[ 矢澤家・にこの部屋 ]
「それではお姉様、バックダンサーのみなさん。ごゆっくりどうぞ」
「あ……う、うん……」
こころちゃんのにこやかな笑顔に対し、にこは表情を引き摺らせた蒼白な顔を浮かばせている。と言うのも、にこを部屋奥に座らせて、その周りを俺と穂乃果たちμ'sが取り囲むような形で座っていたからだ。それもみんな、険相な表情で固めているんだ。
「随分と躾のなっている妹さんですね」
「そ、そうでしょ? わ、私の自慢の妹だもん、これくらいは当然よ!」
「―――で、その姉の方はどうなんでしょうね?」
「あっ……あはっ、あははははは!!! そ、それはみんなも認める最高の姉に決まって―――」
「―――にこっち、ここでふざけていられるん?」
「………ごめんなさい………」
う、うわぁ……割と容赦ない感じだ……。
海未の能面のように笑った表情を一切変えない様子から感じられる、身の毛もよだつ恐怖が殺気のように感じられる。希もいつものように冗談を言う様子でもなさそうで、それでもにこをフォローしていると言ったところだろう。
他のメンツも同じく険しい表情を崩さない。にこにとっては絶体絶命とも言える状況である。そして何故か俺も巻き込まれているというね……
「しかし驚きましたね、にこ。蒼一を家に連れ込んで何をしようとしていたのかと思いきや、まさか、私たちのことを“バックダンサー”と称していたとは……正直、残念ですよ……」
「バックダンサーはあんまりだにゃぁ!!」
「だめだよ~にこちゃん。ことりたちに内緒で抜け駆けだなんて……許さないんだから……♪」
いや、怖い怖い……っ!! 平穏そうに話しているようだけど、お前ら全員揃って瞳孔見開いてんぞ?! アイドルがしちゃいけないようなとってもヤバイ顔しちゃってるからぁ!!
「蒼一も、随分とにこの家族と慣れ親しんでいるわねぇ……いったい、どんな関係なのかしら……?」
「い、いや、アレだ。以前、俺が奉仕活動していた時に知り合って、時々にこの妹たちの世話を引き受けたりしているんだよ……。もちろん、にこの親にも許可はもらってのモノだからな! 勘違いするなよ!」
「にこちゃんの親が……?」
「ふ~ん、それはとおっっっっっっっても気になる話よねぇ? ねぇ?」
「おぉぅ……穂乃果、真姫……何だよ、その顔は?」
「いいえ。ただ、にこちゃんのお母さんから他に何かを承認されてたりとかされてないかと思ってね。例えば……婚姻の話とか?」
「………!! そ、そんなことは……ないぞ……」
「あれれ~? 蒼君どうしちゃったの~? 顔色悪いよ~?」
「い、いやぁ、そんなわけないだろぉ? まったく、穂乃果は気にしすぎだって」
「ふ~ん……そう………」
何なんだ今の間は? もしかしなくても絶対確信しちゃってるヤツだよあれは! あの、全部わかってるよ、みたいな穂乃果の表情がどうも引っかかる。それに、真姫もことりもエリチカも……俺と付き合っているこの7人だけが思惑を抱いているみたいに口角を上げるのだから気が気でない! もし、こころちゃんの言ってたことをみんなに打ち明けられた時にはどうされるのか、知れたもんじゃない!!
コイツらの視線が俺とにこ、どちらに向けられるのかと考えるだけで内心冷や冷やして身体に実によくない。さっさと片付けてしまいたいと心から願うのだった。
そう思っている矢先、部屋の扉が開いて、再びこころちゃんが現れた。
「みなさん、お茶をご用意いたしましたので飲んでください!」
そう言って、両手いっぱいに抱えた2ℓのお茶のペットボトルを2本と紙コップを持って来てくれた。ちょうど暗雲が立ち込めてくる酷い状況であっただけに、こころちゃんが入ってきてくれて幾分か空気が和らいだのがせめてもの救いに思えた。
「はい、どうぞ!」
「ありがとうございます。本当に出来た妹さんですよね、にこ?」
「あ……あはは、そうでしょ……」
こころちゃんから海未にお茶を注がれたコップが渡ると、ここぞとばかりににこを凝視した。今海未の中でにことこころちゃんの立ち位置が変わっているように感じられた気がした。
「はい、宗方先生!」
「あぁ、ありがとう……って、なんで俺だけ湯呑なの?」
「宗方先生だけじゃないですよ、お姉様もです! 宗方先生はお姉様の“婚約者”でいらっしゃいますから、同じ器を使うことで、さらにお互いを知ることができると、テレビで話していたのを聞きました!」
「………ッ……!!!?」
なっ……!!! こ、こころちゃん!!!? 今この状況でそんなことを言っちゃだめ何だよぉぉぉ!!! 火に油を注ぐようなことを言っちゃダメなんだってばぁ!!!
『こん……やく………しゃぁ……?』
湯呑を手渡された途端、背筋がゾッと凍りつくような悪寒が迫っているのを嫌でも感じてしまう。目線を上げると、瞳孔を見開いてこちらを見つめる7人の彼女たちがいる。瞳の水晶体がドス黒く濁りきっていて、穴が空いているんじゃないかってくらいにおぞましい目で俺をガン見している。そう感じるだけでこの身が震えて仕方がなかった。
隣を見れば、にこがこれでもかと言うくらい全身を震え上がらせ、手に取る湯呑からお茶が零れ出てきそうな様子なのだ。顔面蒼白させたにこのSAN値はいったいどのくらいまで下がりきってしまったのか、測り知れないだろう。俺だったら真っ先にこの場から逃げ出したい気持ちでいっぱいだ。だが、入口付近は希と花陽が陣取っていて、2人とも逃がさないと言わんがばかりの鋭い眼光を光らせていた。
そんなことも何知れず、こころちゃんは丁寧にひとりひとりにお茶を手渡し、何食わぬ様相で振舞っていた。
「お茶のお代わりが必要でしたら言ってくださいね!」
ぺこりとお辞儀して、軽い足取りでこの場から離れようとするこころちゃん。しかし、こころちゃんが出て言った瞬間、ここにいるヤツらは一気に牙をむき始めることは必至だ! だが、無関係なこころちゃんを巻きこませるわけにもいかない、ここは俺がなんとかしなければならない……!
こころちゃんがこの部屋から出るのにおよそ5秒弱。そのわずかな時間の中で脳をフル回転させ、あれやこれやといい考えを思い浮かばせようと試みた――いや、そうせざるを得ない状況だ! 今ここで考えることを止めてしまえば合宿での二の舞になりかねん! そうならないための決定的なくさびを打ちつけなければならないんだ!
行動しだしたのはこころちゃんがいなくなり、扉が閉まったのを確認した直後だった。みんな一斉にして手元の紙コップを空にすると禍々しい形相で俺に差し迫ってきた!
「蒼君、“こんやく”ってどういうことかなぁ? かなぁ? 穂乃果にわかりやすく説明して欲しいなぁ~♪」
「蒼くんはことりの旦那様になるって約束したのに、どうしてにこちゃんともそんなことを決めちゃってるの~? ことりのことキライになっちゃいましたぁ~???」
「なるほど、そう言うことだったんですね……にこの親から許可を得たのはそっちの話だったというわけですね……」
「蒼一とはすでに身も心も全部あなたのモノなのよ! それに、先に結婚することを決めたのはこの私の方なんだからね! 勝手に決められたら困るのよ!!」
「蒼一にぃは花陽のお兄ちゃんで、恋人さんで、花陽の旦那様になるんだよ……? 朝昼晩毎日蒼一にぃのために尽くすことができるのは花陽だけだよ!!」
「ウフフフ……困ったダーリンね♪ それじゃあ、婚約だなんてなかったことになるくらいエリチカがたくさんたくさん慰めて、アゲルからね……❤」
「いけないなぁ~占いでは婚約を結ぶより、ウチとの濃厚な婚姻をすることが最善やってお告げやで? 逆らったら、どうなるんやろうねぇ~? ふふふ……」
……ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイッッッ!!!!!!! 想像以上にひっじょぉぉぉうにマズイ状況なんですけどォ!!!? コイツら揃いに揃って病みやがった!! あん時の再現みたいなレベルで恐ろしいことになっちまってるじゃないか!?
相手を威圧させる歪んだ形相。しつこく付きまとうような言葉。底知れない闇を垣間見るニタつく微笑。どれをかい摘んでも俺に降り注がれるだろう厄災は免れないだろう。しかも、それが7つも存在するという頭痛の種。彼女たちの表情は至って真剣、ひとつ間違えれば抗争に発展しかねない危険な状況だと言える。
だからこそに、ココを切り抜けられるための考えを振り絞るしかなかったのだ。
「ねぇ~? 蒼君はどうするつもりなの~?」
「ど、どうするって、なんのことさ……?」
「決まってるよ~穂乃果たちの誰をお嫁さんにするのかだよぉ~。もちろん、穂乃果だよね♪」
くっ……! 穂乃果のヤツ、とうとう強硬手段をとってきやがった!! 四つん這いになる穂乃果はゆっくりと俺の目の前にまで近付きしつこく要求してくる! 誰よりも近付いた穂乃果は今にも飛び掛かり抱きついてくるのではないかと思わせられ固唾を呑んだ。
穂乃果からの要求はYes以外ない。というより、他のみんなもYes以外望んではいないだろう。常道で行けば、Yesと応えられるのはひとりだけ。つまり、どうあがいてもみんなが不幸になるルートしかないではないかと言わんがばかりだ―――!!
「ねぇ~答えてよぉ~」
制限時間はもうない。ここで答えるしかない――! 俺は腹をくくった。
「俺は………
………当然、Yesに決まってるだろ」
『…………!』
考え抜いて導き出したこの答えに穂乃果たちはあっと驚いた様子を見せた。
「わあぁ! それって、穂乃果のことだよね? だよね!?」
何より、喜び回ろうとする穂乃果のテンションの高さと、何かを察した他の6人との温度差に一瞬だが身が割かれそうなモノを抱いてしまう。
「―――けどな、これは穂乃果だけじゃない、お前たち全員に対して言っているんだ」
『………ッ?!!!』
この俺の発言にみんなして目を見張った。さっきの質問から得られるはずの答えとは逸脱したモノだったのだろう、驚きの様子が顔に浮かびあがっていた。
「……ったく、お前ら全員揃ってバカばっかか? 今さらたった1人だけを選べってバカ言うんじゃねぇ。俺はお前らのことを誰よりもお前らのことを愛しているんだから付き合おうって決めたんだ。添い遂げる時は全員一緒だ。世の中からどう言われようが貫き通してやるさ」
『…………!!!!』
こう言い放ってみせると、暴走しかけていた7人は急に大人しくなり、顔をポッと紅くさせた。そして、少し照れくさそうに自分の顔を触れるなど仕草が彼女たちの内心が乱れていることを教えてくれる。
しかし―――
うわぁ……我ながらすごいこと言ってしまったものだ。堂々と一夫多妻になることを宣言するハメになるとは……。だが、これしか方法は無かったし、それ以外だと絶対にミスってしまうだろうと躊躇したからだ。
とは言うモノの、俺自身もこうなればいいと思うところがあり、口に出た言葉は俺の理想でもあるのだと言った後に気付く。無意識の中にもこれからもずっとアイツらと一緒にいたいとする気持ちが強いのだと理解し、それが現実のモノとなることを願いたいものだ。
「―――さっ、この話はまた今度にするとして、だ。今は、にこの話を聞かなくちゃならんのだろう?」
「………あっ! そうだった、にこちゃんの話をしているんだった!」
かなりの脱線をしてしまったものの本来の話に軌道を戻し始めて行く。ようやく俺への矛先がなくなったことに安堵するが、依然とにこへ向けられているものは変わる様子は無い。ただ、さっきよりかは穏やかな様子で、俺が口にしたことがまだ胸の内に留まっているからなのだろう、顔を赤く隠すことのできない嬉々として緩んだ頬線が囁いていた。
「にこ、どういうことか説明してくれないと納得できないわよ?」
「うっ……うぅ~………」
腕組するエリチカが顔をしかめて言う。それに対してにこは唸っているだけだ。
「え、えっとぉ……にこっ―――!」
「にこっち、ふざけててもええんかな?」
「………はい………」
みんなからの無言の威圧に耐えられなかったからか、苦し紛れに揶揄しそうになるも希の2度目となる制止を喰らう。この状況、どう考えてもふざけることなんてできない。温厚そうな態度を見せていた希でさえも、めずらしくお怒り気味で声に力が籠っていた。
そりゃあ、にこがみんなのことをバックダンサーだなんて言っていたんだから当然のことだ。同じ仲間同士でありながらそう言われるのは嫌に決まっている。俺でも同じ感情を抱いちまう。にこには悪いがちゃんと説明してもらわないとみんなを納得することはできないだろう。
みんなから威圧されて委縮するにこだが、緊張を解くように深い溜め息をひとつ吐くと事情を話し始めた。
「元からなのよ……」
『元から?』
口少なく、ぽっと出てきた言葉にみんな揃って首を傾げた。ただ、その理由を何となく理解していた俺は、なるほどと納得する。
「そうよ。この家では元からそう言うことになっているのよ。別に、私が自分の家でどう言おうが勝手でしょ」
みんなの反応を見てなのか、少し呆れたのか残念そうなのか表情が沈んでいるようだった。それはまるで、にこのことを理解して欲しいと願うような……儚げな様子だった。
「でも………」
話の全容を掴めないからか穂乃果は食い下がろうとするが、にこの方はもう話したくなさそうな顔を見せた。
「お願い……今日は帰って………」
苦悩する表情で穂乃果のそれを絶ち切り、にこは自分の殻に閉じこもるかのように話に区切りを付けた。にこから話を聞こうと集まった彼女たちも、話すことに苦渋する様子を目の当たりにしてこれ以上何も言えなかった。
ただ、納得したわけじゃないだろう。中途半端なままじゃいられないのが穂乃果たちで、にこの口から理由を聞きたいのは山々だろう。だが、当の本人が喋りたくないんだ。コイツらだって無理に聞こうとするような酷いことはしない。心配からか穂乃果が俺に目配せしてきて判断を求めていたが、今は言う通りにすることを勧めて先に帰らせるのだった。
穂乃果たちが帰っていくのを見送り、部屋には俺とにこだけが残った。
呆気ないものだな。ついさっきまで血走っていたのがいたというのに、一斉にいなくなるとはな。だが、おかげで話しやすくなったというものだ。
少し落ち着いてからにこの前に向き合うようにして座った。目の前にいるにこは、アイツらがいた時から変わらず正座のまま座していた。顔は俯き、膝に置かれた手はギュッと硬く握られている。傍から見ると何に耐えているような我慢しているようにも捉えられた。
ただ、俺からするとその様子を見るのがいたたまれなかった。
「話をしてもいいか?」
この問いかけにわずかに身体を震わせたが、それ以上の反応は見せなかった。
「アイツらはもういない。こころちゃんたちもあっちで遊ばせているから、今なら話ができるだろう」
「…………」
「話してくれないか。にこがどうして嘘を吐いていたのかを」
にこはしばらく沈黙した。それからゆっくり顔を起こして、視線はまだ下にあったがこちらからでも表情が見えるまでにはなっていた。
「……蒼一なら、わかってるんでしょ……」
言葉ひとつひとつを確認するかのように口にした。
「憶測程度だが理解はしているさ。でも、にこの口から聞かないとわからないし、にこもちゃんと聞いてもらいたいんじゃないの?」
「………うん………」
にこは小さく頷くもまだ視線は下を向いていた。上を向かせるにはまだ時間が必要だ、と考えた俺は、そのまま憶測していたことを投げかけた。
「さっき、にこがアイドルであることを“元から”と言っていたが、それは高校以前からの話だな?」
「……うん、そうよ。アイドルは私の目標。私の憧れ。私の夢なの。小さい時からずっとなりたくって、家にいる時はアイドルになりきってパパやママ、こころとここあ、虎太郎に披露していたのよ」
「それが、スーパーアイドル矢澤にこの誕生ってことか」
「そう……だから元からなのよ。家族の期待もあって、本物のアイドルになろうと決心したのが中学の頃。アイドルになるには、まずスクールアイドルになって人気にならないと思ってた。そうしたら、大手の事務所の方から声がかかるんだと信じて、今の今まで頑張ってきたつもり」
「だが、現実は甘くは無かった、と」
「スクールアイドル研究部を立ち上げて夢をかなえようと必死に努力をしたけど、周囲からは理解されずみんな辞めちゃってて、オーディションにも何度も参加してみても審査落ち。気付いたら、私には何も無くなってた。あるのは、家の中での5人のためだけのアイドル……ううん、もう4人なっちゃったんだけどね……」
「にこ、それって……」
「……パパはね、私が中学の時に………」
その時、にこの肩が震えていた。涙が入り交じったかのような哀愁の声を聞かされると、こっちも震えてしまいそうになる。そう、だったな……にこの父親はもうここには……。
「私は長女だったから家族みんなのために頑張らなくちゃって思うようになったの。元気もなくなってて毎日泣くチビたちのためにも私はアイドルになりたかった―――ううん、ならなきゃいけなかったのよ。元気と笑顔を届けるみんなのアイドルにね」
「なるほどな。にこがどうして笑顔にこだわっているのかも理解出来た。そうだよな、にこのことをそこまで持ち上げているこころちゃんたちのことを思えば、今の現状を伝えるのは確かに難しいな。こころちゃんたちは、にこをどんなアイドルよりもすごいアイドルなんだと信じているんだからな」
「だから、言えないの……私の今の姿を見たらあの子たちの私のイメージが崩れちゃうんじゃないかって……」
震える声で言うにこの表情が青白かった。こころちゃんたちが本当のことを知ったら―――と考えるのが恐ろしいのだろう。これまでどれだけの嘘を塗り重ねてきたのだろうか。塗り重ねた嘘が崩れた瞬間の光景など想像もつかないが、にこの怯える様子からすると大変どころでは済まされないのだろう。
だが、現状だってそんなに容易くもない。家で自分を偽っていることが少なからず負担になっているに違いない。それに、μ’sの活動がこれ以上大きくなっていくことは計画の内であるため、いずれかふとした時にバレてしまうのも時間の問題だった。
心の準備もないままでバレてしまうよりは、準備を整え自ら打ち明ける方がお互いに良い結果へと向かって行くはずだ。だとしたら、にこがとらなくちゃいけない行動は決まっていた。
「なあ、にこ。こころちゃんたちは今のにこを見て、本当に幻滅するだろうか?」
「え? そ、それは……! ………わからない。あの子たちがどう感じてくれるか何て……」
「確かに、本人たちに聞いてみないとわからないことだろうけど、俺は受け入れてくれると信じてるよ」
そう言ってあげると、にこはどうしてと言わんがばかりの表情を見せた。ようやく俺に視線を上げた。まだ不安そうな顔色だが光明が射していた。
「あの子たちはにこの妹だ。にこの家族だ。にこが限りない時間をかけて世話をして、見守って、愛情を注いできた子たちだ。姉のにことよく似ていて心やさしい妹たちだ。にこがちゃんと向き合ってやればきっとわかってくれるはずさ」
「そう、かしら……? でも……」
「案ずるな。にこ1人だけにはさせない、俺も一緒に立ち合ってやるからさ。なんてったって俺は、にこの“婚約者”なんだからな」
「………! ふっ、うふふふ、蒼一ってば見栄張るような冗談を言ってくれちゃって―――」
冗談ねぇ……そう言いたいところだが、本当にそれで治まるのだろうか? 本音を言えば、にこは望んでいたからこころちゃんたちにそう言い聞かせていたのだろう。そっけないような笑みを浮かべているが、穂乃果たちのこともあって遠慮していたりしているんじゃないか?
「まあいいさ。にこはすぐにでもこころちゃんたちに話をしてやんないといけないな。このまま隠し通せるわけでもなさそうだし」
「うっ、うん………」
「何しょぼくれた顔してるんだ。そういうのはにこには似合わないぞ?」
「わかってる……それでもね、あの子たちがなんて言ってくるのか気になっちゃってね」
「“私の自慢のお姉様”。こころちゃんたちなら今もこれからもそう言い続けてくれるだろうよ。信じてやんな、スーパーアイドル矢澤にこの一番最初のファンをさ」
「私の、ファン……!」
「そうさ、こころちゃんたちがにこのことを一番近くで見て応援してくれたファンさ。ファンはアイドルを支え、アイドルはファンの期待に応えてあげる―――それがあるからアイドルはアイドルとして成り立っているんだ」
「………! でも……私はこころたちの期待に応えては……」
「応えてるさ、立派に。あの子たちがにこのことをアイドルだと信じ続けているのがそれだ。期待に応えられていなかったらあんなに熱狂的に応援はしない。にこが“元から”アイドルだったと言っているように、あの子たちも“元から”にこのファンだったんだよ。にこがアイドルでい続けられたのもこころちゃんたちのおかげかもな」
「――――っ!!!」
そう言ってやると、何かに気付かされたみたいに目を見開いた。その目は潤んでいたのか少し煌めいているように思えた。
「にこ。にこが望むのなら俺はそのためだけに全力を尽くしてその望みを叶えてやるつもりだ。だから何でも言ってくれよ?」
しょぼくれた様子でいるにこの頭をひと撫でして、俺はそのまま帰ろうとした。
「待って―――!!」
すると突然、にこが俺を止めた。身体をにこに向き直すと何か言いたそうな様子で、少し俯いてからまた俺を見つめて言った。
「蒼一! 早速なんだけど、お願いが―――!」
そら来た―――言ってるそばからすぐに声をかけてくれたことに嬉しく思いつつ、にこがどんなことを願い出て来てくれるのか待ち望んだ。
「言ってごらん。聞いてやるから」
「あのね……わたし――――!」
(次回へ続く)
どうも、うp主です。
今回のにこの話もオリジナル展開でやらせてもらってます。一般的なのはすでに他の作家さんやアニメで確認すればいいだけなのでこちらは違う方向性のものを書き続けていくつもりです。
今回の話とまったく関係ないんですが、ことり生誕が明日です。今年は何か書きましょうかと考えたんですが、特に何も考えずでしたので今年も見送りになりますね……。
またことりオンリーの話を単品で出したいものです。
次回もよろしくお願いします。
今回の曲は
ヨルシカ/『言って。』
更新速度は早い方が助かりますか?
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ちょうどいい
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もっと早くっ!
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遅くても問題ない