第185話
【前回までのあらすじぃぃぃ!!】
μ’sの新曲が完成し、あとはPV撮影をする場所を決めなくちゃと奔走していた俺に、突如穂乃果がツバサに連れ去られたという連絡が入った! 何を言ってるんだ……? と首を傾げたが、すぐUTXに行きツバサによって集められた穂乃果たちとA-RISEと対面。
その初っ端にツバサが、俺たちがRISERであることを暴露されるが、大方察しが付いていたため深い動揺は示さなかった。が、次にツバサが合同ライブを提案するんだが、条件として勝ったら俺たちをいただくとか何とかで一時騒然となったのさ。一発触発にあったが穂乃果が機転を回してくれたおかげで収まったが、条件通りにライブが行われることに……。
多少の不安はあるが、穂乃果たちならなんとかやってくれるだろうと信じている。というか、してもらわないと困るんだが………
[ UTX屋上ステージ ]
ツバサからの挑戦を突き付けられて数日。約束通りUTXに着くとそこの生徒が出迎えに来て、そのままエレベーターで屋上に連れて行かれた。そして、面前に広がる屋上ステージを見るなり、穂乃果たちは感激の声を上げて辺りを見回した。
「わぁ~! すっご~い!!」
「あ、アキバの街を一望できますぅっ!!」
「お天とさんも街に沈んで深い海色の夜空が広がりだして来てて、なんだかスピリチュアルやん♪」
ちょうど日の入りの時刻に差し掛かっていたため、夕焼けと夜空がぶつかり合って幻想的な色を演出するマジックアワーが展開されていて、つい見入ってしまう。
それにしてもいい場所だ。UTX学院自体がアキバ有数の高層ビルだからほとんどの建造物が小さく見える天上世界にいるみたいだ。ここからだとアキバの夜景を楽しむだけじゃなく、東京中の夜景を1人占めできそうなくらい遠くを見渡せる絶好のポイントと言える。言いかえれば、アキバの中で一番空に近いステージと言えよう。こうして空に手を伸ばせば星が掴めるかもしれない、などと物想いに耽ってしまいそうだ。
「μ'sのみなさん、この度は御苦労さま」
みんなが夜景に気が向いていると、颯爽と俺たちの前にツバサたちA-RISEが現れた。あんじゅに英怜奈、3人ともすでにステージ衣装で、今すぐにでも披露してくれそうな状態だ。
「こっちこそ、最高のステージを用意してくれるとは感謝してるぞ」
「当然よ。あなたたちが最高のコンディションで挑んで来てくれるんですもの、相応の場所を用意しておくのが私たちの役目だもの。それに、あなたを賭けてのことなんですから余計に力が入っちゃうわ♪」
「お、おう……お手柔らかに頼むわ……」
ツバサたちのコンディションもバッチリのようだな。ただ、できることなら勝ちを譲ってくれたって構わないんだが……と希望的観測を抱いたとしてもツバサたちが手加減してくれるはずもない。むしろ、今までにないほどのパフォーマンスを見せて来るんじゃなかろうかと内心冷や冷やしている。
「ツバサさん! 今日はよろしくお願いします!」
「ええ、穂乃果さんも頑張ってね」
俺とツバサの間に割り込むようにツバサの前に立ち挨拶を切りだす穂乃果。まるで俺を渡すまいと身体で強く主張する姿から少し焦りを感じさせられるのでちょっぴりかわいく思える。
するとツバサは、これから私たちは打ち合わせがあるから穂乃果さんたちも準備をしてきてね、とウィンクを俺に送ってからこの場を去った。穂乃果の圧に押されたのか? いや、ツバサはそんなことでは動じるはずもない。いつも以上に強気な穂乃果に察したのだろうな。そして当人である穂乃果はゆっくりと溜息を落とすと、くるりと俺を見るや膨れっ面になって言ってくるのだ。
「もう! これ以上ツバサさんとおしゃべりしちゃダメなんだからね!」
「なんだよ、相手方と勝負前の挨拶は当然だろう?」
「ダメだよぉ! それはリーダーの穂乃果の役目だもん! 蒼君じゃなくたってできることだよ!」
「だがなぁ、あっちから話しかけてきたし……」
「もぉ~! 穂乃果がやるって言ったらやるんだよ~!」
へそを曲げ、ムスッとした表情で言ってくる穂乃果の頭から漫画みたいなお怒りマークが見えた気がする。俺がツバサと話をしているのが気に入らなかったのだろう、キャンキャン犬のように聞いてくるのだ。とてもわかりやすい嫉妬心だ。これで
現状、穂乃果も含めて以前のような症状を出しているメンバーは今のところいない。ただ数日前のツバサとの会話でなりかけた実例があるから最後まで気を抜くことはできないだろう。
そんな穂乃果はというと、俺の片手をぎゅっと握り、少し落ち着いた様子で話してくる。
「絶対絶対、負けないから……蒼君を絶対に渡さないんだからね!」
手の平に感じる強い力と熱く湿った感触が穂乃果の手から感じられる。穂乃果の言葉からは力強いものを抱かせられる。と言うのも、完成したての新曲をより完璧に仕上げるためにこのすべての時間を費やしたと言っても過言じゃない。
あのグータラで緊張感の欠けた穂乃果が、誰よりも積極的に練習に参加し、用意していた着替えも汗でぐしょぐしょになるまで頑張っていた。穂乃果だけじゃない、他のみんなも今まで以上に、ラブライブ本戦に向けていた時よりも最高の状態で仕上げてきた。誰一人として手を抜くようなこともせず、自分たちの弱いところと向き合いながらの数日間を過ごしている。そして彼女たちの中には、絶対に負けない、とする精神がしっかりと根付いた。俺自身も満足した状態で彼女たちをここに連れてきた。今日このステージの上で、穂乃果たちがどんな姿を披露してくれるのか、楽しみで仕方なかったりもする。
だから俺は、穂乃果の小さな頭に手をおいてやさしく撫でながら、
「わかってる。穂乃果たちならきっと俺をこのままでいさせてくれるって信じてるから」
と、励ましてやる。
そしたら、少し照れくさそうに鼻の上を赤くしながら嬉しそうに言う。
「……うん。絶対絶対だからね!」
花開くように晴れやかな満点笑顔は、どんな不安でも吹き飛ばしてしまいそうな力がありそうだ。それを見つめるだけで何だってできそうな気がして仕方ない。俺は強い自信を手に入れたような気持ちで、自分たちのために用意された控え室に向かうのだった。
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―――
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[ UTX屋上控え室 ]
控え室に入ると、穂乃果たちを建物内の更衣室に送りこませ着替え始めさせ、俺と明弘だけが待機した。洋子はちょっとした野暮用を任せているため後から来る。そうすればこちらの準備が揃うことになるが焦る必要もなさそうだ。
「しっかし、第2回目ラブライブの初ライブがまさかUTXで、それもA-RISEとやり合うだなんて思ってもみなかったなぁ」
俺たちだけの静寂を保っていた中で明弘が呟いた。
「μ’sにA-RISE。真田のおっちゃんからして見たら、これほど強力なビッグライブはないだろうなぁ。宣伝効果も期待できるだろうし、前回とは違った印象を与えることができる。今年の盛り上がりは相当なモノになりそうだな」
何かを企むような微笑を浮かばせつつ、目を細めて遠くを見つめだしているような気がした。
「なぁ―――どっちが勝つと思う?」
「何故そんなことを聞く。言わずとも知れてるだろうが」
「たはっ、兄弟ならそう言うだろうと思ったぜ。ただ、名実ともに頂点に君臨しているA-RISE。流星の如くこの世界に現れたμ's。総合的な観測からすると実力はあちらが上でも名声はこちらの方が有利だ。前回ではわからなかったことだが、もしかしたらってこともな――」
「―――で、何が言いたいんだ?」
「RISERを目指し受け継いだA-RISE。俺たちが直接指導してきたμ’s。どちらも俺たちの後継者みたいな存在だが、どちらも俺たちとは違う。そんな2つのグループがぶつかったらどうなるのか、かなりおもしろく思ってな」
「おいおい、自分の首が危なくなるって言うのに相変わらずだな」
「物事を楽しく捉えるってのはいいことだと思うぜ? それに、どちらに転んでも俺たちが穂乃果たちから離れるってことにはならないだろうし」
「お気楽だなぁ、お前は」
明弘のそれには呆れるところもあるのだが、実際そう捉えても悪くないと感じている。ツバサの方からはこれといった制約を交わされてはいないだろうし、それならば先手を打っておけば今まで通りでいられるかもしれない。
しかし、これはあくまで推測。あのツバサだ、いったい何を仕掛けてくるのかわかったもんじゃない。だからこそ、穂乃果たちには頑張ってもらいたいと切に願うのだ。
「蒼君! 見てみて!! 新しい衣装に着替えたよ!!」
思考中の俺の集中を一気にかき消すかのような穂乃果の声に頭がリセットされた。どんっと強い音を立てて更衣室から飛び出てきた穂乃果は、いつものように俺目掛けて一直線に駆けてきた。腕を広げて抱きつこうとするから、穂乃果の頭を掴んで止めてみせた。
「だから、抱きつこうとするんじゃないと言ってるだろ!! まったく、お前と言うヤツは相手ホームでもブレないな……」
「いいじゃーん! 本番前の緊張を和らげるための穂乃果のおまじないなんだから、ちゃんとご祈願させてよ~」
「俺は神社か何かか? そう言うのは希に言えよ、神社で働いてるんだからさ!」
「だめだよっ! 希ちゃんに聞いたら絶対ワシワシされるのが見えてるからぁ!!」
希のことを振ると一気に表情が青ざめて顔を強張らせているのを見ると、相当恐ろしい体験をしたに違いない。希のヤツは力加減ってモノを知らないからやられた相手にとってはトラウマモノなのやもしれない。
「穂乃果ちゃぁ~ん! まだ髪が整ってないよぉ~!」
おどおどした様子で更衣室から出てくることりは、片手に髪くしを持ちながらも困った様子でやってくる。それに合わせるかのように後からぞろぞろと着替え終わったメンバーがやってくる。見ている限りでは、他のみんなはきちんと身なりを整えているのに、穂乃果だけがまだな様子なのだ。
「なんだよ、準備できてないのに来たのかよ」
「だってぇ~蒼君に真っ先に見てもらいたかったんだも~ん!」
そう言うと、穂乃果は一歩下がって、くるりと一回転させて身に纏っている衣装をお披露目した。
空色に近い青のドレス衣装に、できる限りのひらひらとしたフリルが肩や胸元、スカートといった全体にあしらわれている。首元には同色の首飾りを巻き、脚にはロングソックス、手にはグローブとどちらも純白の生地で清楚な趣を感じさせられる。何より目につくのが身体の胴を覆ってしまうかのような青く透明なレースが艶美に思わせられて仕方ない。見るに斬新で、思わず見惚れてしまいそうなこの衣装が、今回の新曲『ユメノトビラ』のモノとして披露されるのだ。
「これはまたすごいものを作ったものだなぁ……」
「えへへ、すごいでしょ♪ 合宿の時に見た夜空をイメージして作ってみたの。美しいだけじゃなくって、かわいいがたくさん詰まるようにしてみたの!」
と、衣装を作り上げたことりは本当に嬉しそうな様子で話してくる。徹夜してまで考え抜いたものだからこれまで以上に思い入れのあるものとなったに違いない。穂乃果だけじゃなく、他のみんなが纏っている衣装を見るとそれぞれ個性に沿った作りをしているところは実にことりらしく思える。
「それにしても……今回は露出度が高いし、それに……アレだ。違うものを彷彿させられるな……」
「あ、わかった! ベビードールでしょ♪」
「……わざわざ言わないようにしていたのにどうして口走るのかな、このアホは……」
「あー! ことりのことをアホっていったぁー!! ひっどーい!!」
どっちがひどいんだよ! 普通その単語が出て来ること自体がおかしいだろうが! ことりならいつかは嗜好性の高い衣装を作っちまうだろうとは覚悟はしていたけど、まさか本気で、しかもわかって作るとは思いたくもなかったわ!!
「べ、べビっ……?! こ、ことりっ!! どういうことですか!!」
「ハラショー……いくらなんでもそれは……」
「ふ~ん、ウチにあるのとは違うけど悪くないわね……」
「かよちん。ベビードールってなにかにゃ?」
「り、凛ちゃんは知らなくてもいいんだよ!!」
ことりのベビードール発言で三者三様の反応が見られるが、ほぼ全員が戸惑う様子をみせてくる。と言うより、何やかんや言ってここにいるみんながそれの存在について理解しているということに疑問視したいのだが……スル―すべきなんだろうか……?
「あとね~、このレースのところは外れることができるから、夜の時はバッチリ使えるよね♪」
「ね♪ じゃねーよ!! さらっと恐ろしいことを吐くんじゃない!!」
『…………………』
「おい、お前ら……何閃いちゃったみたいな顔してるんだ? やらないぞ? やらないからなぁ?!」
「―――それはフリ、ってやつだよね! 穂乃果もわかるよ!!」
「ちげぇーよ!! ダチョウ倶楽部なコントじゃねーからなぁ?! マジでやめろ!!」
ことりが余計なことを言うから、また如何わしいことを考えだしやがってさ……どこにいてもコイツらの思考は相変わらずというか、本当に呆れてしまうわ。
すると、そこへ―――
「はいは~い。到着しましたよ~」
張りきった声を上げて洋子がようやくやってきた。
「洋子か。手はず通りにやったか?」
「もうバッチリですよ! μ’sの応援のためならとたくさん来てくださいましたよ!」
「たくさん……?」
洋子の報告を受けて安心する俺の傍らで、首を傾げる穂乃果たち。あぁ、そう言えばまだコイツらには話していなかったな。話を切り出そうとしたと同時に、洋子の後ろからヒフミトリオが顔をだしたのだ。
「やっほー穂乃果。準備はできてるの~?」
「ヒデコちゃん! それにみんなも!」
「穂乃果たちが頑張っているみたいだからみんなで応援しに来ちゃった!」
「みんなって……?」
気になる様子の穂乃果をヒデコちゃんが連れだしてやると、穂乃果は目を大きく見開かせて驚きだした。そりゃあそうだ、今穂乃果の前には十数人ものクラスメイトがμ’sのために応援に駆けつけてきてくれたのだ。
「わあぁ!! みんな、来てくれたの!?」
「当たり前でしょ!」
「μ’sは私たちの希望なんだから!」
集まってきてくれた彼女たちは口々にそう言うので、穂乃果は感涙しそうなくらい喜んだ。
「ありがとうみんな! みんなの応援があれば、穂乃果は元気100倍だよ!」
「あははっ、もう大袈裟だなぁ」
「でも、穂乃果らしいよね!」
「海未ちゃんたちも頑張ってね! ステージ下でサイリュウム振って応援するから!」
そう言い終えると、ヒデコたちはステージのある広場に向かって行くのだった。
同時に、疑問を抱いてそうな難しい表情を見せていた海未が俺に聞いてくる。
「蒼一、どうしてヒデコたちが?」
「ああ、それはだな、ツバサに頼んだんだよ。お前たちが頑張れるようにって、音ノ木坂の生徒を幾人か応援に来させてくれってな」
「それだけのことのためにわざわざ……A-RISEのみなさんはよく了承してくださいましたね」
「ラブライブ同様にやるんだったら応援も必要だろ?って話したらすんなりとOKしてくれたんだ。あっちもUTXの生徒を呼んで応援に付かせることにしているみたいだし、お互いフェアな状態ってなわけだ。それに、お前たちはみんなの応援を受けている時が最高のパフォーマンスを引き出すことができるだろうし、あいつらの顔を見れば緊張もしなくて済むと思ってな」
「そこまで考えていたのですか……! 流石としか言いようがありませんね」
「いやぁ、さすがに負けてツバサの言いなりになるのはごめんだと思ったまでだ。俺はできる限りお前たちと一緒にいたいから最善の策を講じたまでだ」
「蒼一……! フフッ、それでは負けるわけにはいきませんね。私も時間の余す限りは蒼一と共にいたいのですから、相手が誰であろうとも全力で挑みましょう!」
海未は、くすりと笑ったかと思いきや、今は気持ちを引き締めた真剣な表情を浮かばせていた。ほおぅ、いつもとなく自信に満ちた面構えをしているじゃないか。シュッと研ぎ澄まされた様子が海未の覚悟を感じさせられる。穂乃果とは違った安心感を覚えるのだ。
「むぅ~~~海未ちゃんばっかりずるいよぉ~~~!! ことりも蒼くんのために頑張るんだからぁ~!!」
「はいはい、わかったからさっさと俺から離れろ」
ムスッと膨れっ面な顔で不満そうにすることりは、勢いついでに俺に抱きつきながら言うのだが、正直めんどくさい。心配して言ってくれているのだろうが、やっぱりことりが言うと何か裏がありそうな気がして身構えてしまいがちになる。軽くあしらって追い返すくらいがちょうどいい。
「ふぇ~ん、ほのかちゃぁ~ん。蒼くんが冷たいよぉ~!」
「よしよ~し、ことりちゃんかわいそうに……穂乃果が慰めてあげるよ~」
「ほのかちゃぁ~ん……!」
「大丈夫だよ! ライブが終わったら今度は2人でやろうね!」
いや待て。いったいなにをやるって言うんだ? そしてそこぉ! 安易に、うんとか頷いてるんじゃない! まったくコイツらときたら本番前なのに浮かれやがって……少しは海未を見習ったらどうなんだか……。
「こら、穂乃果! ことり! 何を甘いことを言っているのですか―――!」
ほら、言っている傍から海未が叱り始めた。いいぞ海未、気持ちが緩んでる2人に説教してくれ!
「―――その時にはちゃんと私も混ぜてくださいね。抜け駆けはいけませんから」
おいこら。そこに海未まで入るだなんて聞いちゃいないぞ!? ……って、そう言えば最近は海未もあっち側に与しているんだったなぁ、ちくしょぉ……。他のみんなも……はぁ、期待できそうにないな……。
先程まで抱いていた安心も一気に冷めてしまいそうな光景を目の当たりにしながら、今後を左右させるステージへと脚を運ばせるのだった。
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―――
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[ UTX屋上ステージ広場 ]
鳴り立つ歓声が広がる中、戦いの火ぶたはすでに落とされていた。
先行を走るA-RISE。彼女たちのスタイリッシュな出で立ちから繰り出されるダンス。キレ味は抜群。クールな良さがありつつもところどころで魅せる女の子らしい可愛い仕草のギャップが脳裏に強く印象付けさせられていく。そして、彼女たちの魅力を最大限に引き立たせようとするテクノポップ調の音楽。ダンスと同じくグル―ビーで気取るような洒落た曲調は、ビートを刻む度に胸を高鳴らせた。そのくせに、余分なモノを多くは付け加えないあまりにもシンプルでありながらも、それを極めたと言わざるを得ない完成度はさすがとしか言いようがない。
これが王者と言わしめたA-RISEの実力。それをまじまじと見せつけられたような思いであった。
「す、すごい……」
「前に見た時よりもすごくなってるにゃぁ……」
ツバサたちの披露する姿を前にした希と凛は、目を丸くさせてマジマジと見上げては圧倒されている様子だ。いつもは気性に振舞う2人もジッと佇んでしまっている。
「………くっ………!」
「ぜ、全然違います……。やっぱりA-RISEのライブはすごいです……!」
いつも憧れの眼差しで見ていたA-RISEのファンであるにこと花陽。彼女たちの実力を目の前に、にこはいつもになく悔しそうな表情を初めて彼女たちに向けていたかもしれない。花陽も恐れおののく様子を示し、身体を身震いさせていた。
戦う以前からウチのメンバーに揺さぶりをかけてくるとはツバサも容赦ない……。どうやってでも勝ってみせるという自信と激しい熱意が嫌と言うほど伝わってくる。あの瞳孔が、ずっと俺だけを見つめている気がしてならない……。
『―――Let me do!』
最後の決めポーズを見せると同時に音楽も止まり、彼女たちのライブは終了した。応援に来ていたUTX側の生徒たちからの歓声も湧き、中継を行っている地上の巨大スクリーン前からも高らかな声が鳴り響いていた。
「ネットからの反応も相当良いですねぇ。あのパフォーマンスだけでA-RISE陣営を強固なモノにさせたと言っても過言ではないでしょうね」
ノートパソコンを片手に中継サイトにアクセスしていた洋子から芳しくない様子が伺える。それが返って次にステージに立つ彼女たちにどんな影響を及ぼしてしまうのか心配で仕方なかった。不安な空気が立ち込めそうになる中、そんな空気を一変させてしまう声が発せられた。
「やっぱりすごいね、A-RISEは! 穂乃果たちも負けていられないね!!」
冷え切った空気を一気に暖めてしまいそうな熱の籠った声が俺たちを包みこんだ。穂乃果が、意気揚々とした顔を浮かばせていたのだ。彼女たちのパフォーマンスを見て怖気付くのかと思いきや、逆に自信を増幅させて、全身からみなぎる力を放出させていた。にこたちとはえらい違いだ。
それに、穂乃果の力にあてられたのか海未たちが声を上げて言うのだ。
「はい。こんなに素晴らしいものを見せられては、こちらも全力でいくほかなくなりましたね」
「ことりたちだって本気でやっちゃうんだからね!」
意気揚々とした様子の海未とことりが何だか楽しそうに口をこぼして言うのだ。意外にも、あの現実主義的な視野を持つ海未でさえ、穂乃果と同調していたのは驚きだった。
「あ、アンタたち……あれを見ても何も思わないわけ?」
いぶかしげな表情を浮かばせるにこは、自分とは真逆の反応を見せた穂乃果たちに声をかけていた。だが、穂乃果は表情を変えることなく自信に満ちた様子で応える。
「すごかったよね! カッコよかったよね! 間近で見ててワクワクしちゃったよ!」
「そうじゃなくって……! アンタはあれに勝てるって思ってるの?」
「わかんないよ、そんなの」
「わかんないって、アンタそれって―――!!」
「でも―――! やってみなくちゃわからないよ! にこちゃんの言いたいことはよくわかるよ。穂乃果だってA-RISEとどこまで競えるのかわからない。でもね、まだやってもいないのに決まったかのように言うのは穂乃果にはできないよ! やらないで後悔するよりも、やってから後悔した方がいいに決まってるし、案外うまくいくかもしれないし!」
穂乃果はただぶっきらぼうで言っているわけじゃなさそうだ。穂乃果には穂乃果なりの考えがあるんだ。まだ感性で動いているところはあるんだろうが、それでも全体を見極めようとしているところや、リーダーとして自分ができることを理解しているように思えた。
「……何よそれ、意味わかんないんですけど……」
意外とも捉えられる穂乃果の真っ直ぐな答えに、一瞬止まったにこであったがうまく返すことができず拗れた様子になる。それを見かねたのか髪を弄りながら真姫が言う。
「にこちゃんらしくないわね。いつもだったら自信たっぷりに言うのにね」
「なっ?! 何よ、真姫ちゃんのくせに! あれを見たら誰だってビビっちゃうわよ!」
「だから、らしくないって言ってるじゃないの。いいにこちゃん? 私たちは勝たなくちゃいけないのよ、蒼一のために。なのに、にこちゃんが真っ先に諦めるなんてありえないわよ」
「うぐっ……」
「でも、にこの難しいと思う気持ちもわからないこともないわ。実際、私たちがやってみてどんな結果になるなんてわからない。でも、勝つこともそうでないことも分からないのなら変に考えなくたっていいんじゃない?」
「絵里……」
「穂乃果だって言ったでしょ、やらない後悔よりやった後悔。大丈夫よ、にこ。1人じゃ難しいけれど、9人もいればなんとかなれるわよ。だから、希も凛も花陽もそんな暗い顔をしないの。みんなで胸張ってステージに立ちましょ」
エリチカの放った言葉が燻っていた彼女たちの気持ちを大いに奮い立たせた。私たちなら大丈夫、とこっちもらしくないことを口にしだして、エリチカも穂乃果の影響を充分に受けちゃっているんだと少し微笑ましく思えた。
「ふんっ。わかってるわよ、それくらい……」
そして、意固地だったにこもエリチカの言葉でようやく諦めて素直になりだした。照れ出した顔を見ているとついつい微笑みたくなるものだ。
「μ'sのみなさん。お願いいたします!」
ステージの準備ができたのを伝えられて、いよいよかと気が引きしまる。
「よし、お前ら行って来い」
これ以上のフォローはできないからと、励ましの言葉を送って穂乃果たちの背中を押した。みんないい顔つきになった様子で、にこたちも吹っ切れたみたいに自分に気合を込めているようだった。さて、どうなることやら……、とステージに立つ彼女たちを見守りだす。
『穂乃果ぁー!』
『ことりちゃーん!』
『海未ちゃーん!』
音ノ木坂の生徒たちからの声援を受けながらスタートポジションに付く穂乃果たち。緊張で強張っている様子もなく、返って声援を送る生徒たちに手を振ったり笑顔を返したりと余裕があるように見える。かなりリラックスできているようだと、ここからでもよくわかる。同じ仲間がいるだけで気持ちの持ちようが全然違うな、連れてきて正解だったと自分の采配に納得する。
始まる直前の静寂に包まれる。
観客も、中継するカメラも、そして俺たちもステージ上で静かに佇む穂乃果たちに視線を注いでいた。どうかうまくいってくれ、と瞬く星に願いを込めるように見つめた。
~♪
静かなピアノの旋律が風に流れる。小さくも美しい星が輝く様子を描いたような音色が夜空と共に響きだすと、ゆっくり動作し始めた。
『ユメノトビラ―――』
語りかけるようなやさしい歌声の始まったこの曲は、転調して流星群が走る激しいものへと変化する。乱れるような荒々しさではなく、惹きつけるような強い曲調で勝負に出る。これが、俺と真姫が考えついた最高の音楽だ。
白熱色のスポットライトが彼女たちの衣装に煌々と照らし付けられると、眩しいくらいの白さが反射して煌めいて見えた。あの青のレースも光り輝き、まるで夜空に光が射したような美しさが表れた。彼女たちが動作し、リズミカルに踊りだすと、まるで夜空が踊っているようで見目麗しい天体ショーを眺めているようであった。ことりが見つけ辿り着いた衣装は誰の目も驚かせる素晴らしいものとなったのだ。
自分を信じること、自分は1人ではない―――、あの合宿で経験したであろう海未の言葉が誰かの胸に刺さろうとしている。この歌詞は合宿の時だけのことを指しているのではないのだろう。これまでのこと――海未がたくさん見てきたμ'sとの日常。俺たちと過ごしてきてわかったこと、強く印象に残ったことすべてを流水のような美しい言葉に当てはめて歌にしている。
この曲を作ったのは、この3人に間違いはない。だが、彼女たち1人1人の力だけで作ったわけじゃない。各グループ内で話しあったり、μ'sの活動の中で見出したりと誰かを見て、誰かに支えられて作り上げてきたのだ。だからこれは、μ’s9人が作り上げた楽曲なんだと胸張って応えられるのだ。
「す、すごい……!」
「どうした洋子?」
「このライブでμ'sの好感度とランキング順位がどんどん上昇しています! 今まで見たことがないくらいの上率で驚きです!」
洋子が見つめるネット上を見ると、確かにμ'sの上昇率が急激とも呼べるほど高くなっていた。ついさっきのA-RISEのライブに匹敵するレベルで、上昇率だけでは彼女たちを上回っていた。ライブにもかなり好印象の反応が寄せられていて、これは想像以上の結果になりそうだと期待が膨らんだ。
「たははっ! コイツはもしかするとひょっとするとじゃねぇかぁ!?」
「ありえるかもな。コイツらの実力がここまで動かしてしまうとは思ってもみなかった」
「前大会の優勝候補は伊達じゃないですねぇ~。蒼一さんたちの努力の成果だともいますよ」
そうかもな。洋子に言われて思い返すと何だか嬉しく思えてくる。アイツらのライブを見る度に最初のライブを思い出してしまうのは、指導者としての地盤を固めた証拠なのかもしれない。実際、アイツらの成長を見るのも楽しいし、共に練習をしていることに嬉しさも感じている。
だからなのか、コイツらと一緒にいる時間が長くなることを望んでいる。それが今の俺の願いなのかもしれない。
曲が終わる。
歓声が鳴った。
彼女たちは深々とお辞儀してやりきった表情を浮かばせた。
『ありがとうございました!!!!』
彼女たちの声が、夜空に向かって飛んで行くようだった。
―
――
―――
――――
「やあ、蒼一くん」
「あ、真田会長! 来ていたんですか!」
「当然だとも。第2回ラブライブの最初のライブだというし、それに前回大会の覇者A-RISEからの招待も受けては行かざるを得んのでな」
「ツバサが?」
恰幅の良い身体をでんっと突き出しながら満面の笑みを浮かばせる真田会長。この人がやってくるって話はこの前の撮影の時には聞いてはいなかったが、その後に画策でもしたというのか?
「それより、キミのところのμ'sはすごいじゃないか! まさか、A-RISEと同等の票を獲得して引き分けに持ち越すとは私も恐れ入ったよ! キミにはステージに立つ才能だけじゃなく、指導の才能もあるみたいだな!」
「会長……その話はあまりしないでくださいよ。ただでさえ、今回は観客も動員してるんですから……」
「はっはっは! そうかそうか、すまなかったな。嬉しすぎてしまうとつい調子に乗ってしまうのが悪い癖でな」
とか言って、笑って誤魔化そうとしているよこの人は……。別に、悪意があっての意味じゃなさそうだし、問題は無いけどな。
しかし、実際同率票を獲得することになるとは思わなかった。50対50の同票。その結果を見た時は思わず目を疑ってしまったな。ただツバサだけはそれを見て笑っていたんだよな。全力を出し切ってのあの様子、やはり頂点に立つ彼女は肝が据わっていると感心してしまった。
「―――おっと、そろそろ時間が来てしまったようだな。蒼一くん、今度はハロウィンでのライブに期待しているよ」
「わかってますよ。それまでに最高の状態に仕上げておきますから」
「頼もしいね。明弘くんにもよろしく頼むよ」
そう言ってから同行していたラブライブスタッフと共に屋上を去って行った。
「―――真田のおっちゃんはなんだって?」
「明弘……! 急に話しかけるな……」
「はははっ、悪ぃな。んで、おっちゃんとはどんな話をしていたんだ?」
「μ'sの活躍に期待しているってさ。それと俺たちの今度のライブについてもだ」
「ほほぉ、おっちゃんからそう言われるのは嬉しいもんだねェ~♪ アイツらも張りきってくれたんだ、今度は俺たちの番ってわけだな」
「そう言うことだ。明日からその準備を始めようか」
「おうよ! 俺たちの実力をたっぷりと見せつけてやるんだよぉ!!」
穂乃果たちは俺たちの期待に応えて、想像以上の結果を示してくれた。だからこそ、自分たちがその手本を示さなければならない。それを意識した備えをしていかなくちゃならないと強く思わせた。
「―――お疲れ様、蒼一さん」
「ツバサ……!」
ステージ衣装から着替え終えたツバサが俺の前に現れた。その顔はとても満足そうな様子で、穏やかにも見えたのだ。
「μ'sの活躍、思ってた以上にすごかったわね。私も一瞬鳥肌が立っちゃったわ」
「それはどうも。キミたちだって劣らないパフォーマンスを見せてくれたじゃないか。あれがいい刺激になった」
「へぇ~そう言ってもらえるとやっぱり嬉しいものですね。あなたがたの前でキチンと踊れるのか内心戸惑っていましたのに、やっぱりステージに立つと逆に高揚してしまいますね。あなたがたの視線でぞくぞくってなっちゃいましたよ♪」
なんだ……一瞬、悪寒のようなモノを感じたんだが……。コイツ、なんていう目付きをするんだか……穂乃果たちとは違った目付きで震えてきたなぁ……。
「しかし残念です。まさか同率票になるだなんて……私の力不足だったのでしょうか?」
「さあてね。全員が全員、受け入れてくれるのかわからないものだからな。すべては観客次第ってことで」
「それもそうですね。しかし、勝てなかったのは残念なのは変わりません……ですが、負けたわけでもありませんからね」
「……どういう、ことだ?」
ツバサの顔つきが変わった。少し、嫌な予感がした。
「私は勝ったらどちらかの言うことを聞くよう設定しましたが、結果は引き分けでした。では、この場合どうしたらよいのでしょう?」
「どうって……何も無かったことにならないのか?」
「いいえ。ここはどちらの言い分を成立するための妥協案を提案することが大事かと思うのですよ」
「つまり……それって……?」
「はい。あなたがたを貰う、のではなく、貸していただくことを提案しにまいりました♪」
『はぁ?!』
ツバサのこの提案には明弘も驚いた。まさかそんな妥協案が出て来るだなんて考えてもみなかったからだ!
「待て! そんなの穂乃果たちが許すわけがないだろう」
「そこは大丈夫です。ちゃんと承諾してくれましたよ……快く♪」
なんだ、今の間は……? 何かを含ませたかのような言葉にますます身が震えた。
「それでは、時間が来ましたらご連絡させていただきますから、その際はよろしくお願いいたしますね~♪」
「お、おいこら! 待て、ツバサァァァァ!!!!」
戦いは勝敗の付かない拮抗した好試合であったが、どう転んでも俺たちが被害を受けることは決まっていたことに絶望せざるを得なかった。
(次回へ続く)
どうも、うp主です。
先週は投稿できなかったのでお久しぶりです。
今回の話で、ユメノトビラ回は終わりとなります。
過去話で何度もA-RISEと関わりがあったけど、ぶつかり合う話ってしてないなぁと思いながら今回の話を書き進めていました。ツバサの突然の発言で一発触発状態になりましたが、今後に響かないで欲しいなぁ……(遠い目
どちらかと言うと今回は、ことりの吐いたセリフに自分でもビビっていた記憶が……
そんなわけで、次回は何にするのか決めてはいませんが、何かしらの閑話もしくはそのままアニメに沿わせるかしていこうかと思いますので、よろしくお願いいたします。
今回の曲は、
μ's/『ユメノトビラ』
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