蒼明記 ~廻り巡る運命の輪~   作:雷電p

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第184話


μ'svs.A-RISE①

 

 

「―――いえ、こう言った方がいいかしら? 私の最も尊敬する―――RISERのアポロさん♪」

 

『ッ!!!!!???』

 

 

 ツバサの放った一言がこの場の時間を制止させた。

 彼女がどうしてそれを知っているのか? μ’sの面々は面食らったような表情でツバサを直視した。普通ならばありえない話だ。彼の正体を知っているのはここにいるμ’sメンバーと限られた人たちのみ。正体を知られたくない蒼一らの考えで秘匿に伏されていたことだったはず……。

 なのに、なぜ目の前にいる綺羅ツバサがそのことを知ってて、かも平然としているのかが不思議でしかなかったのだ。

 

 この驚愕のあまりどう言葉を発したらいいのだろう……何かを口にしたそうに唇が震えるが、言葉が喉に詰まって声が出ない。故に、彼女たちの意識はツバサに対峙する蒼一に集まった。彼がどう反応するのか、μ’s側もA-RISE側からもどのように返すのかが注目された。

 

 

 

 

「―――――ふっ」

「……――――!」

 

 一笑。

 つかの間の、その一笑が彼の口から零れたのだ。そして、したり顔を決めて彼女にこう応えるのだ。

 

 

「――今の俺は、()()()()だ。君と対峙している男は、それ以上でもそれ以下でもない男だ」

 

 これは……どう言うことなのだろう……? 認めた、と決めつけてもいいのだろうか? 周囲は彼の放った言葉の理解できず息を呑んだ。ツバサも彼のこうした反応に目を大きくさせるなど、即座に返答することをしなかった。

 

 しかし、この緊張も長くは続かない。小さな溜息を吐いたツバサは、やれやれと言いたそうな顔を見せた。

 

「なんだ。もっと驚くのかと思ったのに」

「ツバサなら気付いているだろうってわかっていたからな。いつそれを切りだすのか逆に待っていたくらいだから」

「あら、その余裕たっぷりな表情。さすがね」

 

 すると、こうも呆気ない幕切れがおかしく感じたのか蒼一とツバサは笑いだした。正体がバレたというのにこの余裕っぷり。あたかもこれが当然のように思わせられる2人の様子に周囲は呆然とするしかなかった。また、No.1アイドルと伝説のアイドルの2大巨頭が向かい合い、並び立っているこの構図に驚きが付与されるのだった。

 

 

「―――かっかっかっか! もはや、隠す必要性は無かったようだな。けど、このことはキミたち以外は知らないことになっているんだろうな?」

「当然だ。ここには監視カメラも盗聴器もない。あるのは私たちの目と耳だけ。心配には及びませんよ、エオスさん?」

「ふぅん、そんなら安心したさ。けど、そういう堅ッ苦しい言葉遣いは止めてくれ。もっとフランクに話そうじゃんか」

「あらあら、ダンスマスターであるあなたからのご要望ですから応えますね」

 

 蒼一のこともあれば当然明弘も同じだ。笑い飛ばす明弘に英怜奈もあんじゅも平然とした様子で応えていた。彼女たちもまた彼らに影響されてこの界隈に足を踏み入れた者たちであるが、さすがはA-RISEと言った堂々とした様子であった。

 

 慣れ合いが過ぎると蒼一は真剣な顔に戻り、再びツバサを見つめ直した。ツバサも彼から送られる視線に勘付き、雌豹のような(したた)かで鋭い表情を浮かばせた。

 

 

「さて、何故俺たちをここに招いたのか聞かせて貰おうじゃないか?」

 

 するとツバサは、口角を少し引き上げて何だか嬉しそうに話しだした。

 

「勝負がしたいのよ。あなたたちμ’sと、私たちA-RISEだけの合同ライブとして」

「えぇっ?! ほ、穂乃果たちがツバサさんたちと勝負!? 本気ですか!?」

「ええ、私は至って本気のつもりだけど?」

「で、でも、勝負って………」

「悪くない話じゃないか。受けても問題ないだろう」

「蒼君っ?!」

 

 彼女の放ったその言葉に穂乃果たちμ'sは驚かされるが、蒼一と明弘だけは理解を示す様子であった。

 

「だが、理由もなく勝負ってわけにはいかないぞ」

「わかってるわ。そうね、簡単に言っちゃえば納得できてないのよ、前回のラブライブに―――」

 

 前回の? 穂乃果たちが疑問に思う中、ツバサはあの時を振り返るように語り始めた。

 

「私たちはあの日、あらゆる学校を指し抜いて優勝した。それは紛れもない事実―――けどね、私は満足していない。あなたたちのあの日のパフォーマンスを前に私は胸を高鳴らせたわ。圧倒的な勝利を見せつけようとしたはずなのに、私の前にあなたたちが立ちはだかっているように見えたのよ。正直、危機感さえ抱いてしまうくらいに―――」

 

 そう話すツバサはどこか楽しそうで、全身からわくわくとした雰囲気を感じさせられた。身体がうずうずして止まらない――、まるで穂乃果に似たようなところがあるように蒼一は感じさせられた。ツバサは続けて――、

 

「だから、証明がしたいのよ。あの日、本当に頂点に輝いていたのはどちらだったのかをね? それと、ちょっとした約束を果たしにね」

「約束……?」

 

 蒼一は目を細めて何のことやらと首を傾げると、ツバサが穂乃果にウィンクして、それを穂乃果が何かに気付いて微笑んでいるのを見て、なるほどと頷いた。

 

「そう言うことなら、俺じゃなくリーダー同士で話すべきだ。な、穂乃果?」

「え? 穂乃果が決めちゃうの?!」

「お前以外に誰がμ’sのリーダーって言うんだよ」

「で、でも……こんな大事なことを穂乃果が決めていいの?」

「なぁ~にを今更なことを。ラブライブのことだって、スクールアイドルをやるって言った時だってずっとお前の決定で動いてんだ。心配いらねェさ、お前がどう判断しようが何とかしてやるのが俺たちの役目さ」

「弘君……!」

 

 どんっと胸を叩く明弘から強い意志が躊躇う穂乃果の背中を押した。不敵に笑う彼にどれだけ助けられたかは穂乃果がよく知っていた。それに他のみんなも穂乃果にすべてを託す気持ちで同調しており、穂乃果へ送られる眼差しも彼女を押してくれた。

 

「わかりました。やりましょう! ライブ!」

「ええ、楽しみにしてるわ」

 

 やると決めたからには全力でやる! そんな想いが籠めて了解すると、ツバサは表情を綻ばせて受け取った。

 

「早速なんだけど、場所はどこか決めてたりしているの?」

「あっ! そうだった……私たち、まだ場所を考えていなかったよ……」

「学校もアキバも私たちがよく知る場所はすでに撮影に使いましたし―――」

「人通りが多い場所ですと、A-RISE目当てにたくさんの人が押し寄せてきちゃいます……!」

「そうなればライブどころの話じゃなくなりそうね。何かいいところは無いかしら?」

「なら、この学校の屋上はどうかしら?」

「屋上って……UTX学園の屋上野外ステージで!?」

 

 突然の提案された場所に驚愕するにこ。A-RISEのことをよく知る彼女の知識の中には当然その場所がどんな所なのか熟知しているからそう反応するのだ。

 

「ええ。学校説明会や学園祭の行事や練習の時にしか使わなかったから、私たちはまだ今回用のPV撮影には使用してないのよ。もしそこでよければ提供することができますが、どうしましょう?」

「いい提案だな。ちょうどこちらも場所の確保が万全でないままだったんだ。そっちが用意してくれるとなると安心だ」

「あら、えらく私たちのことを信用してくれるのね?」

「当然だ。君たちの真剣なパフォーマンスから嘘を吐いたり、卑怯なことをするようには思えないからな」

「ふ~ん……RISERのアポロに褒めてもらえるだなんて嬉しいわね」

 

 だから今の俺は宗方蒼一だ――、と言い返したかったが気が変わり、そのままでも構わないと言い聞かせるのだった。

 

「……まあいいさ。とりあえず、これで場所も決まったな。日時はいつ頃がいいんだ?」

「明後日の夕方はどうでしょう? その日なら無理なく撮影も出来るだろうと思いますが、どうします?」

「決まりだな。明後日の夕方に始めることにしよう」

「わかりました。手はずは整えておきますのでご安心ください」

 

 μ’sとA-RISE。共に前回のラブライブで競い合ったグループ同士が再びラブライブの舞台で相見えることとなる。実力は明らかにA-RISEの方であろうが、μ’sも劣らぬ実力がある。実際、こればかりはやってみなければ実力がわからないと蒼一もツバサも感じていた中でのこの対決は2人にとっては好都合だ。

 なぜならば、この2つのグループは決勝大会に進むための東京予選で激突する定めとなっている。その意味も含めて今回のライブは、お互いに予選さながら気合が入るのだ。

 

 

「じゃあ、後のことは追って調整するってことでいいかな? こっちにも都合があるから先に帰らせてもらうぞ」

「ちょっと待って。まだひとつ話してないことがあったわ」

「なんだ、手短に頼む」

「今回のライブ、ただ勝敗を決めるだけじゃおもしろくないじゃない? だから、ちょっとした趣向を取り入れてみようと思うのよ」

「……どういうことだ?」

 

 何かを含ませたかのような笑みを浮かばせるツバサに蒼一は嫌な予感を抱き始める。彼女も何を考えているのか見当しにくい、言うなればタチの悪い性格の持ち主だ。蒼一たちの正体をわざわざこの場で聞いてくるのだからいぶかしく思えて仕方ない。

 

 そんな彼女が、タチの悪い頬笑みを浮かばせ、しっとりとした口調でこう告げたのだ。

 

 

 

 

 

「μ'sの指導者であるRISERが欲しい。私たちが勝ったら譲ってもらえないかしら?」

 

『――――ッッッ!!!!???』

 

 

 彼女の口から述べられた言葉に激震が走る!

 こ、この女、とんでもないことを口にしやがるッ……!! ツバサが口にしたその言葉は、今までのどの話よりも衝撃的で、かつナイフを口に咥えさせられるほどの危険を孕んでいた! 蒼一は瞳孔を開かせて聞き入っていたが、何よりも彼の後ろに控える彼女たちから(ただ)ならぬ憎悪が漂い爆発させていた。

 

「ふざけないでッ!! どうしてこんなことで蒼一を渡さなくちゃいけないのよ?!」

「あなた、どんな理由で蒼くんを私たちから奪おうとしてるのかなぁ~? 答えによっては、ことりのおやつにしちゃうからね~♪」

 

 真っ先に噛み付いてきたのは、真姫とことりだった。真姫は真っ直ぐな言葉で憤る気持ちを口にするが、ことりの言葉には憤りを通り越し呪詛(じゅそ)を含ませる身を震えさせるものだった。当然とも呼べる2人の発言はおそらく他のメンバーと同じに思い違いない。口にはしてないが、A-RISEのファンでもあるにこと花陽でさえ、瞳孔を見開き激昂した怒りを見せてしまうほどだったのだ。

 

 

「だ、大胆なことを言うにゃぁ……!」

「さ、さすがA-RISEと言ったところでしょうか……蒼一さんをいただくなどと、ことりちゃんたちの禁忌に軽々触れてきちゃいましたよ……!」

 

 不快な感情を抱かなかった凛と洋子はこの様子を傍観していた―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あらぁ、もちろん明弘さんも一緒にいただいちゃいますよ~♪」

 

『あ゛………?????』

 

 

 

 

 

 このあんじゅの発言を聞くまでは……

 

 

 

 

 

 怯えと焦り、周りからのプレッシャーで身を(すく)ませていた凛と洋子だったが、この発言を耳にするや氷河よりも冷徹な感情を心に固め彼女たちと同調しだした。

 

 

「いやぁ~全国トップクラスの美人ちゃんのあんじゅちゃんからそんなことを言われるだなんてなぁ~。コイツは男冥利に尽きるってもんだぁ~♪」

 

 しかし明弘は、至って変わらない様子であんじゅの言葉を真に受け、顔をニヤけさせていた。これが2人の逆鱗に触れることになるとはいざ知らず………

 

 

「ひ~~~ろ~~~くぅ~~~ん~~~?????」

「なぁ~~~にをくちばしってるのですかぁ~~~~?????」

「……………ゑ゛?????」

 

 肩を突かれて、やっと2人を見た明弘は、その深淵から這い上がってきたような形相の彼女たちを見て言葉を詰まらせた。心臓を抉り取られるかのような笑っていない不気味な頬笑みが2つ、彼の両眼に焼きつくように映り込んだからだ。その刹那、彼は自らの命の危険を悟り、お気楽な様相は焼き灰のように吹き飛んでしまった。

 

「ぁ? …………あ、あだだだだだだだだだッッッッッ!!!!!」

 

 滂沱の汗が滝のように全身を濡らし、激しい悪寒に氷結した。多分これから起こることは、彼が経験した中でも1、2位を争うほどの恐怖体験になりえることだろう。凛は髪の毛をむしり取るような強引さで頭を掴むと、痛みを訴える彼の叫びに耳を傾けることなく床を引き摺りだした。

 

「すみませんねぇ~、ちょぉ~っと、この女ったらしとお話がありますんで退席させていただきますね~?」

「あらぁ~お構いなく、どうぞたっぷりしてくださいね~♪」

 

 死んだ目であんじゅに臨んだ洋子は、実にいい笑顔を浮かばせるが、対するあんじゅは何でもない様子で彼女たちの退室を認め傍観するのだった。

 

 3人が抜けた直後に蒼一たちのいる部屋が大きく揺れ動くほどの衝撃が起こったが、蒼一以外何事もないかのような平然とした様子を保っているのだった。

 

 

 身の危険を感じた蒼一は自然と口が動いていた。

 

「勝負とは言ったが、俺自身を賭けるだなんてできるわけないだろう。その要件には応えられない」

 

 明弘に対してあのようにさせられるのだから俺はもっと―――、火中の中にあるのは自分自身であると察した蒼一は、明弘がいなくなってからすぐに否定する言葉を示す。が―――

 

 

「あら、これはリーダー同士の話し合いですよね? すみませんが、蒼一さんは口を挿まないでくださいますか?」

「っ―――?!」

 

 これにはさすがの蒼一も動揺せざるをえなかった。まさか、自分が口にしたことを逆手に取られるとは思っても見なかったし、ましてやこんな状況にさせられること自体ありえなかった。彼女の独壇場に立たせる手助けをしてしまったというわけかと、後悔してしまう。

 

 

―――だとしても、穂乃果がこの条件を呑むとは思えない。彼女がこの中で一番彼に想いを寄せているのだからありえなかったのだ。不安を抱く彼も、殺気立たせることりたちも穂乃果がどうにかしてくれると信じていた――――

 

 

 

 

 

 

 だが、それは思いもしない方向に向かってしまう――――

 

 

 

 

 

 

「いいですよ。その提案、呑みましょう」

 

『穂乃果ぁっ――――!!!!?!??!』

 

 

 何を血迷ったのか、穂乃果は平然とした様子でツバサの提案を受け入れたのだ! これにはここにいる蒼一らμ’s全員が驚愕のあまり絶叫したのだ!

 しかし、一番驚愕したのはツバサたちの方だった。穂乃果は必ず受け入れない姿勢を示すだろうから了承せざるを得ない状況にさせようと画策していたのだから、逆に頭が真っ白に抜け落ちてしまうほどであった。

 

「ほ、本当にいいのかしら……? 穂乃果さんはこの提案を本当に受けるつもりなの……?」

「はい、もちろんです!」

 

 彼女のまっすぐな返答に、ツバサはクラッと眩暈(めまい)のようなふらつきをしてしまう。どうしてそんなにあっさりと応えられるのだろうかと、逆にツバサは気遣ってしまいたくなるし、理由が知りたかった。

 

「穂乃果さん……あなたは勝負に負けるかもしれないのにどうしてそう言えるのかしら? 蒼一さんのことが惜しくないの?」

「そんなことないですよ! 蒼君は穂乃果の大事な人だよ、だから離れるのは嫌に決まってます!」

「だったらどうして……」

「負けないからです」

「えっ……?」

「穂乃果たちは、負けません! たとえツバサさんが蒼君を持って行こうなんて言う提案をされても、要は穂乃果たちが負けなければいいって話ですよね! だから、絶対に負けませんから!」

 

 とても純粋で、真っ直ぐな、実に穂乃果らしい答え―――それを前にした蒼一たちは、どうしてか納得してしまう。何も間違っちゃいない……確かにそれが一番の近道であり、正しいやり方なのだと彼は気付かされた。そして、これを提案した彼女もまた、そうと落ち着いた様子を取り戻していた。

 

「わかりました。穂乃果さんがそれでいいとおっしゃるのならこの通りに勝負しましょう。勝敗の付け方は私たちのライブをネット上で中継して視聴者にどちらがよかったかを選んでもらうことにしましょう。男女比50人ずつを選抜して投票するというのはどうでしょう?」

「はい、それがいいと思います! ツバサさんにお任せします」

「いいの? 私たちがズルをして勝たせてもらっちゃうかもしれないのよ?」

「大丈夫です。ツバサさんはこうして私たちと正々堂々と勝負しようって言ってくれる人ですから卑怯なことは絶対にしませんよ!」

「――――!」

 

 これには思わずキョトンとしてしまった。もう少し疑ってくれてもいいのに、と残念がりながらも穂乃果を見返して―――なるほど、そういうことなのね―――と小さく頷くのだった。

 

「―――わかったわ。それじゃあ、後のステージの準備や運営への報告は私たちの方でやらせてもらうわ。穂乃果さんたちも準備万端で臨んできてよね。また風邪で倒れて失敗で終わったとしても結果次第で蒼一さんたちを貰っちゃうからね?」

「大丈夫ですよ、穂乃果はもう同じミスはしませんから! かわりに、最高のパフォーマンスを見せてあげますからね!」

「ふふっ、さすがね。私たちも張りきらないといけないわね」

 

 茶々をかけるつもりが逆に気張らせられることになるとは、ツバサは笑いこぼしてしまう。そして、穂乃果とツバサは互いに固い握手を交わして今度のライブに全力を出し切ると誓い合うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 

 ツバサたちの許を去った蒼一たちはそれぞれの帰路に向かっていた。ただUTXを出てからずっと彼女たちも蒼一も言葉をお互いに言葉を交わすことなく、時間が過ぎて行った。

 気まずさが残る静寂の中―――不意にそれを打ち消すかのようにぽつりと、蒼一は唇を動かす。

 

 

「なあ、穂乃果―――どうしてあんなことを言ったんだ?」

 

 彼の言葉にみんな息を呑んだ。彼女たちが一番聞きたかったことでありながらも、いつ触れればいいのやらと悩み落としていたことだったからだ。彼女たちの気持ちは自然と穂乃果に集まる。

 すると、穂乃果は立ち止まり、それに気付いた蒼一たちもまた足を止めて彼女を見た。

 

 

「嫌だったから――――」

 

 それが、穂乃果が口にした最初の言葉だ。

 

「蒼君が、穂乃果たちの前からまたいなくなっちゃうって思ってね、とっても嫌な気持ちになったよ……。でも……でもね、ツバサさんの提案を断るのはなんだか違うと思ったの……」

「違う? それって?」

「うん。ツバサさんは、私たちが負けるかもしれないって言ってたよね? あれって、負けるから諦めなさいって言われているみたいですっごく腹が立ったの……。だって……だって穂乃果たち……、蒼君と弘君からたくさん教えてもらったんだよ? ダンスも、歌も! たくさんたくさん教えてもらって身に付けたのに、負けるかもしれないって諦めちゃうのが嫌だったんだもん! それって、蒼君たちが穂乃果たちに教えてくれたことは全部無意味だったんだって、そう言ってるようなものだよね!? 蒼君たちがいてもいなくても、穂乃果たちはA-RISEには勝てないんだって言われてるみたい思えて嫌だったんだもん!!」

「穂乃果……」

 

 穂乃果の悲痛にも似た叫びは、蒼一たちの胸に突き刺さった。知られざる穂乃果の胸中を知ることとなった彼女たちは、幾分か不満を抱いていたがいつしか消えていた。穂乃果の気持ちに理解を示したからだ。穂乃果は続けた。

 

「穂乃果たちが蒼君と弘君から教わったことは意味のあることだったのかを、穂乃果は証明したい! 蒼君と弘君が教えてくれたことはすごいんだってみんなに教えたい! だから……だから……、穂乃果は、絶対負けないもん……!!」

 

 穂乃果は声を震わせて叫んだ。誰が見ていようとも、彼女には自信があり、それを証明することのできると強く訴える姿は非常に勇ましく見えた。

 彼女は、これまでに一度たりとも蒼一から教わったことに後悔したことは無い。大好きで、最も信頼している彼からの言葉はいつも彼女を励まし生きる糧となっていた。今彼女たちが見つめる穂乃果は、まさしく彼によって作り上げられたといっても過言ではなかった。それ故、彼が彼女に叩きこんだ技では通用しないなどと思うと、彼も、自分自身さえも否定してしまうみたいで苦痛だった。だからこその、“負けない”という宣言は彼女なりの証明を示すものなのかもしれない。

 

 

 この穂乃果の強い言葉に対し、蒼一は彼女に寄り添い寂しそうにする頭を撫で始める。

 

「まったく、人をハラハラさせる困ったヤツだなお前は。けど、穂乃果がそう言ってくれて嬉しかったぞ」

「………! うんっ……!」

 

 大きな手でわさわさと彼女の髪を慣れた手付きで撫で回すと、勇ましかった彼女は急に縮こまって照れくさそうに顔を赤くした。彼女もまた恋する1人の少女。恋人である彼にこうやって褒められると無性に嬉しくなり、歳相応のかわいらしい仕草を見せる。そのすべてをひっくるめて、彼は彼女のことを特別に感じ愛おしく思うのだった。

 

「そうさ、負けるわけにはいかない……」

 

 穂乃果が示してくれたものに共感した蒼一は、彼女たち全員に向かって言った。

 

「わかってると思うが、A-RISEはラブライブ東京予選で必ずぶつかる相手、押し退けなければならない相手だ。どの道、そうなる運命なんだ……その機会が少しだけ早まっただけ。ただそれだけのことだ。俺たちは、全力で彼女たちと向き合わなければならない」

 

 心なしか、みんなの表情が引き締まって見えた。不安や怒りなどない。ただ全力を尽くそうとする強い意志が彼女たちから感じられるのだった。

 

「俺は、お前たちが負けるだなんて一切思っちゃいない。だから、覆して証明して来い。俺がお前たちに教えたことは何なのかを、俺に見せてくれ!」

 

『はいっ!!』

 

 彼の願いを込めた言葉は彼女たちに浸透し、胸に秘めた闘志に火が付いた。彼女たちが見せる結果によって彼の行く末が左右されてしまう恐怖が胸の内に潜むものの、“負けない”という意志は強く増幅していくのだった。蒼一は自分たちで守る―――! いつも守られてばかりいた彼女たちが、今度は自分たちが守る番だと胸を張るのであった。

 

 

 ライブが行われるまでの短い間で、自分たちができる最高の状態を作り上げるんだ―――!

 

 彼女たちに秘められた無限大の力がどこまで通用するのか、気の抜けない日々が始まるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方――――

 

 

 

 

 

「―――………ふっ、この俺を縛り上げるとはいい趣味だな……」

 

 明弘はUTX学院の屋上で何故か全身を縛られていた。もちろん、縛ったのは凛と洋子であるというのは言うまでもない。

 

「……くっくっく。だが、たかが縛られたくらいで俺のこの純粋な気持ちは揺らぐことは無いだろう……。女はかわいい。美しい。この世のすべて……多くの時間をかけて眺める時こそ俺の至高の時間と言えるだろう………で。キミたちは何をしているんだい? まだ俺の身体に用があるって言うのかい? はっはっは、縛った身体で楽しもうとは悪い趣味じゃないか~」

「おやおや~まだその塵よりも軽々しい口は健在のようですね~。煩わしすぎて羽虫が飛んでいるかと思いましたよ~」

「でも~これから飛ぶんだから本当の羽虫になれちゃうもんねー!」

「ハッハッハッハ! 人のことを羽虫とは酷い扱いですねェ~。もう少しいい例えが欲しかったものですねェ~………ん。ねぇ、脚に何か付けられたんだけど? 身体にもワイヤーみたいなのが付いたし、いったい何してんの?」

「ねぇ、弘くん――――バンジージャンプって知ってる?」

「………………わっはっはっは! またまたぁ~御冗談を~。いくらUTX学院がお金持ちの学校だからって屋上にバンジージャンプ台が常置されることがあるわけ―――うぉぁあったああぁぁぁッ?!!!」

 

 屋上の片隅にポツンと設置されてあったバンジー台。この学校のちょっと狂った人の趣向で取り付けられたと言われているが定かではない。ただ、使えることだけはわかっている――――はず。

 

 

「“はず”って何ぃぃぃ?! どうしてそこが疑問形で説明されているの? おかしくない!!?」

「大丈夫大丈夫。今から点検するから、それで安全なのかわかるよね」

「そうかそうか、それなら安心だぜぇ……。てっきり俺がここからバンジーしなくちゃならないってことになっているのかと思ったぜ」

「弘くんが落ちるんだよ。安全を確かめに。今」

「――って、やるんかぁぁぁぁい!!! しかも、俺が点検すんのかよぉぉぉ!!?」

「大丈夫ですって~死にはしませんから~♪」

「弘くん頑丈だから、もし紐が切れて落下しても平気だもんね~♪」

「平気なわけあるかぁ―――!!! 死ぬから!! 確実に死んじゃうからぁ!!!」

「うるさいですね~あなたのおっしゃった素晴らしい女性からのお頼みなんですから引き受けちゃってくださいよ~」

「何ぃ?! 美少女か! 美女なのか!? 顔面偏差値全国トップクラスの美少女達が集うUTX学院の子からの頼みだったら、お兄さん何だってしちゃうからね~~~~♪」

「何言ってるんですか、素晴らしい女性は目の前にいるじゃないですか~」

「ん~? どこにいるっていうんだぁ~???」

「だ~か~らぁ~、私と~」

「凛のことだよ!」

「………………………はぁ」

 

「………言い残すことはありませんね? わかりました、サヨウナラ」

「………地面に激突して身体がグチャグチャになっても骨は拾ってあげるからね」

「いやいやいやいやいやいや!!!! 待て待て待てェェエエエ!!!! 冗談だってば!!!! 本気にするんじゃねぇーってばぁ!!! あ、アレだ! ちょっと場を和ませてみただけさ――――」

 

 

 

 

 

 

 

「「―――えい★」」

 

 

 どんっ―――――――――

 

 

 

「ぬぅぅぅぅぅぅぅううううううおおおおおおおおおおああああああああ!?!?!?!?!??!?!」

 

 

 女を舐めてはいけない。明弘は身を呈して、その理解するのであった――――無事でいればの話だが……

 

 

 

 

(次回へ続く)

 




どうも、うp主です。

久しぶりのA-RISE全員の登場にワクワクしていた自分ですが、あんまし他2人の登場回数が少ないことに驚きを隠せない……もう少し2人に焦点を置いた話を書きたいものだなぁ。

というわけで、ユメノトビラ回ですが、予定では次回で終わることになりそうです。もしかしたら2分割することになるかもですが、最後までお楽しみください。


そして、高評価ありがとうございます!感想も受け付けておりますのでよろしくお願いいたします!!

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