[ 別荘・裏山 ]
夜の色も濃くなってきたようだ。別荘から飛び出して数十分くらい、灯火のような夕焼けも今は消し飛んで、代わりに月明かりが俺の道を灯してくれる。
振り返れば我ながら思いきったことをしたものだ。スマホと携帯していた小型の懐中電灯だけを手にしてここまでやってくるとはな。それも通ったこともない山道をただ1人で歩いてきたとは少しばかりか無謀が過ぎる。せめて防寒具を持つべきだったか。日が沈んで来てから急に寒くなり始めた。秋の紅葉シーズン真っ盛りだと言われているが、この身体の芯まで震え上がりそうな冷風は堪える。それに食料もだ。飯を作ったきり食わずにそのままにしているからな、今頃は明弘が1人占めしているところだろうよ。
「だが、一番の問題は………ここがどこだかわからん……」
無作為にただひたすら歩いてきたから自分の位置を確かめることは全然していなかった。スマホの地図アプリを開いても認識出来てないみたいだし、別荘からどのくらいまで離れたのかすらわからん。考え事さえしなければよかったものを、と嘆いてしまう。
と言うのも、別荘から飛び出した理由と言うのはその考え事にある。明弘からあの3人の現状を聞かされた時、身の危険を感じてしまったんだ。俺の勘が外れてなければ、アイツらは今精神異状を起こしているはず。そんじゃそこらの方法では直しようがない。だとしたらどうなるか? 十中八九、アイツらは俺がいるであろう別荘に戻ってくるはず……。それでまたヤバいことに……うわぁ、想像しただけで顔が細くなりそうだ……。
今日だけですでに3回やられたこの身だ、危機感を抱いちまうのは当然のこと。しかし、今に至るまでどうしたらいいのかわからんままだ。どうやってもアイツらは俺の言うことを聞いちゃくれないだろうよ。そうなると、俺はアイツらとどう接したらいいのかわからなくなっちまう。
だが、このまま時間を許す限り山の中を歩き回るか? 装備もままならないこの状態でどれだけ保つことができるんだ? これじゃあ野たれ死ぬことを待つだけじゃないか……考え、考え尽しても一向にまとまるはずもなく、いたずらに時間が過ぎて行くだけ。
「腹が……減った………」
真っ暗山中、ゴローちゃん3段カメラ演出。
愉快な効果音が聞こえてきそうな、ちょうどいい具合に空きっ腹になってきたな。さて、どうしたものか。このままじゃ本当に野たれ死ぬんじゃないか? 最悪、この山に自生している野草や木の実を食って繋ぐしかないか……。
マジで洒落にならない夜の散歩になりそうだ……。
「……ん。なんだ、あの茂みの向こうから灯りが……?」
森の向こうから赤い光がチラッと目に映ったので、自然と脚がそちらに進んでいく。獣か? いや、瞳の色だとしたらこんなにも煌々と周辺を明るくさせるはずがない。灯りか……?
赤く湧き立つ明かりに引き寄せられていく。飛んで火に来る夏の虫、ってわけじゃないが今の俺はその虫になった気分だ。この明かり、どう見ても自然によるものじゃない、人の手によるものだ。だとしたら、あの灯りがあるところに人がいるのかもしれない……!
茂みをかき分けて前進していくと、めらめらと熱と明かりを巻き上げる焚火が目の前に。やっべぇ、すごい炎だ。見ているだけで汗が出てきちまうくらい熱く感じる。しかし、なんでこんなところで焚火何かが……?
「………っ!」
その刹那、こちらに向かって鋭い視線が突き刺さるのを感じた! なんちゅうプレッシャーだ! ピリピリと肌に伝わってくる気迫が痛いと言うか、背筋が凍りつきそうだ。熊か狼の類か? いや、どちらかと言えば蛇に睨みつけられたみたいなのに似ている。いったいどこから……?
「――――おい」
「――――ッ!!?」
炎の向こう側から声がっ――!? と思って目を凝らすと、中折れ帽子を被る白い髭をたくわえたハードボイルドなおじいさんが座っていたのだ!
ずっといたというのか? 全く気が付かなかった。こんなにも色濃いキャラをした人がいれば簡単に察知することができたはずなのに、おかしい勘でも鈍っているのか?
「――――ん」
「えっ―――?」
たじろう俺に構わない様子でそのおじいさんは手招きをしてくる。これは行ってもいいヤツなのか? だが、ここで遠慮をしてもこっちにメリットもない。なんならここは行くしかないな。意を決して燃え上がる炎の前に座った。
温かい……! この寒さにはちょうどいい温もりが身体中に沁み込んでくる。それにこの巻き上がる炎が、どこか懐かしい感じを思い起こさせてくれる。あれは……そう、林間学校のキャンプファイヤーみたいな……。
「――――ん」
「うぉっ?! さ、魚!?」
「……食うか?」
「あっ、は、はい!」
声をかけてきたと思いきや、目の前に出されたのは一匹の魚。木の枝で串刺しにして焼いた、これまた見事な焼き色だ。手渡された時のずしっと手に掛かる重さといい、脂の焼ける匂いが俺の空腹に直接突いてきて辛抱ならない。とりあえず、一口いただくとするか……
「あむっ……ん、うん……んっ! おっ! うまいっ!!」
「フフッ、そうだろう」
何このおいしさ……! かぶりついた瞬間、肉から零れだす脂が舌に触れただけで目が覚めてしまいそう! このジューシーな肉感もすごい! 弾力があって噛みごたえは十分。ほろほろと崩れてしまう心配もなく食べられるのが何ともいえず、これが魚なのかと疑ってしまうほどだ!
「ヤマメ――渓流の女王とも称される高級魚。サケ科の一種であり、北海道、東北、北陸地方では海に降りて大きく成長しサクラマスになる。それ以外の関東地方などでは海へと降りず河川に留まり、小型個体のヤマメとして生息している」
ん? なんか解説が始まったぞ……?
「ヤマメは清らかな流水を好み、自然豊かな山頂付近でよく見られる。そのため、独特の臭みも弱く、味は絶品。その味を噛み締めたらもう一度川に来たくなる衝動に駆られてしまうほどだ」
……意外とよく喋るな、じいさん……。
しっかし、よく見てみると結構カッコいい人なんだな。話している時の腹に響く独特の渋い声。顔いっぱいにしわを作ってるが引き締まっていて活力を感じる。見た目は日本人と言うより白人寄りかな、漫画に出てきたジョゼフ・ジョースターの老いた時とよく似たダンディズムを彷彿させられる。
服のチョイスもかなり渋い。さっきの中折れ帽子といい、袖丈ピッタリのオリーブ色の防寒用のミリタリージャケット。黒のチェックの入った深い赤色が基調の温かそうなネルシャツ。履き心地も実用性も高そうな藍色のデニムジーンズ。何より、ものごつい山岳用ブーツが全体のカッコよさを2割増しさせている気がする。
しかし、このじいさんは何をやっている人なんだ? 使っている椅子やテントなんかかなり使いこんでるみたいだし、もしかしたらこの道のプロなのかもしれない? サバイバル関連? それともキャンプとかの……?
「坊主。どこから来たんだ?」
「坊主じゃないです。宗方蒼一という名前があります」
「ははっ、これは失敬。先に名乗らせては大人として面目がたたない。そうだな……さしずめ、“志摩じい”とでも呼んでもらおうか」
柄にもなく突っ掛かってしまったな。けど、一笑してくれる人で助かった。悪い人だとこれだけでキレられちまうからな。
「それじゃあ、あらためて――宗方くんはどこから来たんだい?」
「自分は東京からです。志摩じいは?」
「俺は――山梨だ。ここまでバイクで来た」
「バイク?」
すると、じいさんはテントの横に停めてある大型バイクを指さした。ほぇ~、こりゃあ立派な……。アーノルド・シュヴァルツネッガーが乗ってそうなものごついヤツだ。
「コイツとは長い付き合いでな、かれこれ20年近くになる。いわば相棒みたいなヤツだ。時間が許す限りはコイツと一緒に日本各地を巡っていたりしている」
「日本各地を……! それはすごいですね!」
「大したことは無い。割と簡単なことだし道具さえあれば誰だって出来ることだ。宗方くんもバイクを買うといい。ついでにキャンプ道具も買うべきだ。新たな自分を見つけることができるかもしれんぞ?」
「あはは……そこはちょっと考えておきますね」
買うかと言われても、あんまし興味がないというのが俺の中にある。バイクもそうだがキャンプ自体あまりしないし、将来的に見ても、近々でやることも無いだろうと思っている。だとしたら、このまま話を続けて行くには苦しいな。話題を切りかえるか……
「ちなみに、お仕事は何をなされているのです?」
「輸入雑貨を扱う貿易商をしていた。歳で引退してからは趣味だったキャンプに勤しむ男になってしまったがな。最近じゃ、俺のことを何故かサバイバルの
「
「そうか? そう言えば、あとは『スネーク』と呼ぶヤツもいるんだが……何故俺が“
スネーク? あっ……もしかして、あの伝説の傭兵の……? 確かに言われてみればそうも見えなくもないし、声も見た目も瓜二つと言ってもいいし……なんだか目の前にいるのが本物のスネークに思えてくるな。
「俺は好きですよ、その名前。志摩じいの男らしさをさらに磨かせているようでとてもカッコいいですよ」
「……蛇なのに?」
「
「そ、そうか……? まあ、若いもんにこうも言われると悪い気はしないな」
こう返すと志摩じいは髭を弄りだしてニカッと笑みを浮かばせる。さっきは難しそうな顔をしていたんだが今は柔らかい表情をしている。気に入ってくれたのだろうかな?
「ちなみに、宗方くんはどうしてこの山に来たんだ?」
「俺は、部活で合宿に来ている子たちの同伴者として来たんです。この近くで停泊しているんですよ」
「ほぉ、合宿か。海を選ばずに山に来たというのはいい選択だ。大いなる自然を全身で満喫し、一体化させる。そうすれば全身の疲れがリフレッシュされ頭の回転もよくなるだろう。だが、宗方くんのその身なりは感心しないな。あまりにも山を舐めてかかっている軽装だ。せめて山の冷えに耐えられる防寒具、使い捨てカイロ、携帯食糧だけは持つべきだったな。一歩間違えれば死んでいたかもしれないぞ」
やはりダメだったか……。全身を鋭い眼差しで見られるとやや強めの口調で指摘される。
「すみません、次から気を付けます……」
「そうだ、それでいい。失敗を次回に向けてのバネにする。うまく切り替えれることも大事なことだ」
渋めの表情を見せつつ、焚火に小枝をくべた。言い方はキツく聞こえてしまいがちだが、諭すような言葉遣いに自然と胸を撫で下ろす。彼の口調と表情からしても、いい人なんだなと滲み出てくる老人独特のやさしさを知ったような気持ちだ。
「で――キミは何の部活の同伴をしているんだい?」
「スクールアイドル研究部です」
「スクールアイドル……あぁ、最近流行りのアマチュアアイドルか」
「さすがに知っていましたか」
「まあな。ニュースで知る程度だが魅力的な部活じゃないか。聞けば、プロ顔負けのクオリティで挑んでくるのもいたりと聞く。とすると、宗方くんは何か関わっているのかい?」
「歌やダンスの指導をしていますよ。他にも色々と活躍させられるようにやってますよ」
「てことは指導者か。ほぉ、その歳で指導者とは大したもんだ」
「それほどでもないですよ。まだまだ未熟ですよ」
「そうかしこまることもないぞ。と言うことは、指導する相手は……女か?」
「まあ、そうですね。パワフルな女子が9人と毎日が大変ですわ」
「ハハハ、いいじゃないか。女は元気が一番だ。少しヤンチャが過ぎるくらいがかわいいもんだろう」
ヤンチャどころか厄介レベルで暴走するんですがね……
「―――と言うことは、もしかしたらこれはキミの仲間が持ってたヤツかな?」
志摩じいはポケットから何かを取り出すと、構えた手の平にポンと手渡される。それをジッと見ると、見たことのある色と『NICO』と刺しゅうされたリストバンドだった。まさかこれ、明弘が言ってたにこのリストバンドじゃないか?
「どこでこれを?」
「昼間、川に行ってみたら川岸に落ちててな。誰かの落とし物として持っていたが、どうやらキミたちのものらしいな」
「俺のではないから確証はありませんが、多分連れが落としたものに間違いないです。ありがとうございます」
「いや何、大したことはしてないさ。魚を追い駆けているついでに見つけたまでさ」
これがにこのモノだってことは確信できそうだ。しかし、魚を追い駆けてた、か……。まさか、この焼いた魚たちは全部素手でとったって言うんじゃないだろうな? さすがにそんなやり方ではとってはいないだろう……だが、もしそうだとしたらちょっとおもしろいかもな。
志摩じいが川で熊のような手遣いで魚をとる――この人だったらやりかねないだろうと思い苦笑を口から零した。
魚を食べきりそれなりに腹を満たして休んでいると、何かを思い出したかのように志摩じいが話し始めた。
「俺には高校生の孫娘がいるんだ。口数は少ないがとってもかわいい子でな、小さい時からキャンプに連れて行ってはよくはしゃいだものだ。それから俺と同じくキャンプ好きになってくれてな、俺のお下がりを背負ってはふらっとどこかの山でキャンプをしている。少し心配だがな」
苦笑いを浮かべる志摩じいの表情がとてもやさしく見えた。よく見るとスマホを手にしていて何かを見つめている様子。何を見ているのかと尋ねると、見せてくれたのは志摩じいと小柄な女の子が映る写真だった。
「これがお孫さんですか?」
「そうだとも! ついこの前の休みに2人でキャンプしにいったばかりの写真だ。どうだ、かわいいだろ?」
確かにかわいい――この事実だけを述べると何度も頷いちゃってるよ……。孫の話を振ったら急にテンションが上がったな。少し興奮気味に見えるんだが、それだけこの孫娘のことが好きなんだろう。ただ、急にその子のことについていろいろと話し始める。
「リンはあまり人と会話することをしないから学校で友達ができているのか心配だったんだが、最近部活に入って友達ができたっていうんだ! 俺の心配をよそにいつの間にか成長してるとは思いもしなかったが、嬉しいもんさ」
「ふふっ、親と言うよりおじいさんなんですけどね」
「おっ、そうだったな!」
今のがツボだったのかダンディズムな顔からは想像もできないほどの屈託のない笑いをあげた。初めは驚いたが、次第とその笑いに気分が良くなってくる。気持ちのいい笑いと言うのはこういうものなんだろうな、そう実感させられる1コマであった。
笑いが収まると大きく深呼吸を2回して、気持ちを落ち着けさせていた。取り乱してしまったな、と謝ってきたが別に悪いことではないからと遠慮してしまう。
ただその代わり――、と言うわけではないが1つだけ質問してみることに。
「どうして、俺にその話を?」
すると志摩じいは、一瞬考え込んでから言った。
「……さあな。キミを見ていたら、どうしてか愚痴を言ってみたくなったんだ」
確信的でない言葉で返され、逆にこっちが困ってしまう。多分それは、“誰かに聞いてもらいたい”というヤツなのかもしれない。理由なんて必要ない。俺も時々抱いてしてしまうからわからないでもないのだ。
歯切れの悪い感じで終わった会話を流すように、傍らに置かれたコップの中身を志摩じいは飲み入れた。
「ところで、宗方くんは好きなことはあるのかい?」
また唐突に聞いてくるから考える間もなく、反射的に歌とダンスと応えた。
「ほぉ、なるほど。通りでいい体つきをしている。骨格といい、姿勢、筋肉の付き方。滑らかな動きをするのに重要な要素がきちんとこなされている。無駄な脂肪を削ぎ落して、代わりに柔軟な筋肉を組みこんでいるため、変幻自在に動かすことが可能な身体となっている。悪くない。それに、肩、背中と身体中に付けられた古傷の後遺症もなく問題なく生活できているようだな」
「―――っ!?」
俺の身体を隅々まで眺めると、俺自身を見通したかのようなことを次々と言いだしてくる。しかも、俺が古傷持ちであることを見ただけで判別するだなんて……この人、侮れない……!
「キミはいい目をしている。真っ直ぐな目だ。曲がることのない強い意志を感じられる。加えて、その若さで多くの経験を積んできたと見える。だが、悩みもそれなりにあるようだな」
「っ……、わかるんですか……?」
「大抵はわかるものさ。現にキミは動揺している。それだけで充分だろう?」
「………っ」
どうやら彼の志摩じいの目を騙すことはできないようだ。事実俺は彼の見通す力に動揺している。身体のことと言い、心の状態と言い、否定を掛けるところが何ひとつない正確なことだけを口にしている。それ故に、少しぎこちなくなるし、どう切り出せばいいものかと悩んだ。
「……ふぅ、認めますよ。確かに俺には悩み事があります」
肩を落とすように一呼吸してからまた向き合い始める。変に悩んでいてもどうしようもないことを悟ると、恥をもいとわず、今抱えている悩みについて打ち明けた。
「―――ほぉ、女か」
「そうです。最近はスキンシップが激しすぎて手を焼いているんです。悪い気はしないんですが、どうも判断に困って……」
「ハハっ、その様子ではじゃじゃ馬娘ってとこかな? おもしろい。女の気性というのはそのくらいで十分さ」
「いやぁ、結構しんどいものですよ。自分の言うことを聞かずに困らせることばかりして……その度に頭を痛くさせてしまうのです」
「キミをそうまでさせる女と言うのは、さぞかしおもしろい子なのだろうな」
えぇ、おもしろいですとも……それが8人もね……。さすがにこれを言ってしまえば大目玉を食らっちゃうから言わないでおこう……。
「まあ、なんだ。俺がとやかく言える立場じゃないが無理に気張るものではい。常に冷静でなければならない。心の余裕を失えば、逆にそこを手玉に取られてあしらわれてしまうものだ」
冷静に、か……。そう言えば、アイツらと対峙する時の俺はどこか余裕がなかったように思える。返って、毅然とした態度を示していた時は案外素直だった記憶がある。今の話、もしかしたらあってるんじゃないか?
一呼吸おいてから志摩じいは追憶するような目で語り続けた。
「女は大事に扱え。手荒な扱いをするとすぐ癇癪を起こし、場合によっては駄目になるぞ。とにかく女にはやさしく接するんだ。そうすれば彼女もきっとキミに応えてくれる。真心を込めろ、必要なのは女に対する愛情。粗略な扱いは許されんぞ。いいな?」
「……! は、はいっ……!」
これを聞いた時、思わず身体が痺れた。言葉ひとつひとつに重みを感じ胸に突き刺さる。まるで、自分が経験したかのように聞こえるし、説得力を感じさせられたのだ。
そう言えば、孫がいるって言うんだから志摩じいにも奥さんがいるんだろうな。その人が志摩じいにとってどんな人であったのかは知らないが、山あり谷ありの経験を過ごしたに違いない。長年夫婦生活を送ったのに対し、俺の悩みはちっぽけなことのように思えて気持ちが軽くなる。
「失敗を恐れるな。失敗しても後悔するな。後悔は人をネガティブにさせる。反省して次に活かせ。そうすれば、おのずとキミが望む方向に進めるだろう。頑張れよ、坊主」
「ありがとう、ございます……!」
背中を強く押される言葉に励まされ、気付いたら感謝の言葉を口に出していた。心強い――! もはや俺的名言集に加えたいほど俺の心にずっしり来たし、何より嬉しかったんだ。悩んでいた俺のことを励ましてくれたことに感謝の感情しか抱けない。本当に、ありがたかった。
俺は心の中で感涙しつつ、志摩じいから出来たてのシチューの入ったカップを受け取りおいしくいただいた。うまい――、身体の芯から温めてくれるし、安心感を抱かせてくれるとてもやさしい味だ。シチューってこんなにもおいしいものだったのか、と頷きつつもう一杯所望するのだった。
―
――
―――
――――
いやぁ、思いがけないところでうまいものを食べられたな。腹を撫でながら夜の山を下り始めていた。また逢うことを約束するとソロキャンプに戻る志摩じいを見ながら、元来た道を手探りに辿りだす。
思えば不思議な人だった。こんな山奥にひとりでキャンプしに来て、楽しんでいるとはね。それに食事も提供してくれたし、相談にも乗ってくれたし、とてもやさしい人だった。腹も心も満たされる最高の時間だったと振り返りつつ思うのであった。
「後悔しない、か……」
志摩じいの口にした言葉を呟いてみた。ふっ、後悔なんてのは俺には相応しくないな。俺はとっくの当に腹を決めているんだ。そうだとも、アイツらが何して来ようが何でも受け止めてやるのが男としての責務だ。怖気付くなんて性に合わない、なんなら満足しきるまで付きあってやろうじゃないか。
「おっ、着いたか―――」
気持ちを切り替え終わる頃には別荘に到着していて、中から煌々と光る明かりを眺めていた。
「どうやら、アイツらが動いたようだな」
バラバラにさせていた制作組が戻って作業に取り掛かっている様子が窓から覗いて見れた。真剣な表情だ。穂乃果の提案が功を奏したようだな。これは出来上がりが楽しみだ。
3人の頑張りを傍目に中に入ると、俺も課せられていることに着手しだす。アイツらの頑張りに少しでも応えてやらんとな。今度こそ優勝させてみせるさ。
昼間できなかった作業を気合入れて行い、日が射す前までには終わらせることができた。時同じくして、アイツらも新曲と衣装を完成させるに至っていた。ただ根を詰め過ぎたか、出来上がったと同時に倒れるように寝始め、呆れながらも1人ひとり抱えてベッドで休ませた。
あとは俺の仕事だ――、と自分に言い聞かせて合宿の時間を全部使ってダンスと編曲を作り上げるのだった。
そして―――、
合宿から帰る前に、志摩じいと出会った場所に訪れたが、すでに旅立った後だった。ただ、テントが張ってあった地面に1つの布と手紙が添えられていた。中を見ると―――
『また、逢おう』
ただその一言が力強い筆跡で書かれていたのだった。
そして、手にした布をよく見てみると『無限』と書かれた文字が布にあったのだ。しかも、この横に長く頭に巻くにはちょうどいいサイズのこれはまさか……
「無限、バンダナ……!」
こんな味なことを……! と言うか、知らないというのは嘘なんじゃないか? と苦笑をこぼしてしまうのだった。どうしてこんなことをしてくれるのだろうか。生きてまた逢えたのならその答えを聞こう、そう決意するのだった。
どうやら俺は、あの日、1人の
(次回へ続く)
ドウモ、うp主です。
合宿編が終わったぁ!!かなり無理やり感があったけど終わったぁ!!ぶっちゃけ、話を深く考えていなかったからこうした話が続きました!すみませんッ!!!
と言うことで、今回登場しましたおじいさん(志摩じい)ですが、こちらは『ゆるキャン』というところで登場する主人公の祖父です。アニメでCVが大塚明夫さんだったからスネーク的な立場で登場させたい気持ちがありまして、やっちまったんだぜ☆
本来ならば、もっと色濃くつくり上げたかったけど、実際どう話すんだろうと思いながら書いてました。あの人、無口だから素性があんましわからんのだ、と言うのが結論でした。そんで大塚さん寄りのキャラになりましたね。原作でも未だに謎のキャラ。キャンプだけじゃなく、サバイバルをしている姿も見てみたいものです。
てな訳で、次回、アイツらが帰ってきます。
ではでは、よろしくお願いいたします。
今回の曲は、
亜咲花/『SHINY DAYS』
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