蒼明記 ~廻り巡る運命の輪~   作:雷電p

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第181話


みんな同じ夜空の下で

【前回のちょっとした続きィィィ!!!】

 

 訳あってμ’sと離れている蒼一と明弘は、西木野家の別荘で話し合いをしていた。今後のラブライブについて、そして自分たちRISERの活動についてのだ。2人は結論を見出し、それを許に今後の活動方針としていくことを決めたばかりだった。

 そのちょうどいいタイミングで3つのグループに分けた彼女たちからそれぞれ明弘に連絡が入ったのだ。

 

「―――あ、あぁ……了解した。伝えとくわ……」

 

 明弘は通話を切ると深い溜息と混迷の表情を浮かばせて、沈んでいく夕陽を見上げていた。浮かない顔を見せる明弘に蒼一はどうしたと声をかけた。

 

 

「えーっと……な。心してよく聞けよ?」

 

 何故そんなに緊迫するのだろうと不思議に思う蒼一だが、息を呑んで言葉通りに聞こうとした。

 小さく呼吸すると明弘はゆっくりと口を開いた。

 

 

「……今、アイツらから連絡を受けたんだが……

 

 

 

 

 

 

 ことりが脳内お花畑状態になって、真姫が幼児退行しちまって、海未が山頂アタックしているんだ……」

 

「お゛ぁ゛っ゛ん゛?!!!」

 

 

 明弘の口から聞かされる、訳の分からない話に蒼一の口からおかしな声が漏れ出てしまう。制作メンバー全員が揃いも揃っておかしな精神異常を起こしてヤバいことになってしまっている、とまではわかる。だが、その光景がまったく想像もつかないものだから蒼一自身もどう言葉にしたらいいのかわからない。表現し辛い。だから、部屋の中をうろうろして落ち着かなくなっているのだ。

 

 落ち着け……こう言う時は俺がなんとかしなくちゃ……! ざわめく心の中で蒼一は悩み、悩んだ末に考えついたことがあった。

 

 

 

「……ちょっくら山の中を散歩してくるわ……」

「ちょっ!? きょ、兄弟!? な、なんで逃げようとしてんの? お、おい、ちょっと待てえええぇぇぇぇ!!!!」

 

 

 蒼一は身の危険を感じて、懐中電灯片手に外へ出て行ってしまった。そして、薄暗い森の中に入って行き、ついには考えることをやめた……

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

[ 山間部・温泉 ]

 

 

『ふはぁ~~~』

 

 日が沈み辺りがすっかり夜の暗さに覆われる中、平原を中心に行動していた彼女たちPrintemps(プランタン)は、歩き回っている際に偶然見つけた温泉に身を浸らせていた。

 

「あ~生き返るぅ~」

「穂乃果ちゃんてば、まるでおじさんみたいだよ」

「だってぇ~こんなに気持ちのいい温泉に入ったら口に出ちゃうんだもん」

「うふふ、それちょっとわかるかも♪」

 

 湯船に浸かった瞬間、ほぼ一日歩き回った疲れが嘘みたいに抜けるのだからつい口に出てしまうのだろう。そんな穂乃果の口調に微笑む花陽だが、ことりと同じく気持ちはわからなくもなかった。

 

「温泉に入っちゃうとみんなおじさんになっちゃうんだよ!」

「おじさんになるだなんて、大袈裟だよぉ……」

「あ、それおもしろいかも♪」

「でしょでしょ?! ねぇねぇ、ことりおじさんや、ワシはもうヘトヘトじゃぁ~」

「あはは、穂乃果ちゃんってば、それじゃあおじいさんだよ」

「あっ、そっか!」

 

 夜空に浮かぶ満月が、薄い雲に時々隠れながらもやさしい光を放って彼女たちを明るく照らした。そのおかげか、彼女たちの他愛もない会話に花を開かせていた。

 

 いつもにないほどゆったりとした時間を過ごし、身も心もリラックスしていく。湯船に温められながらことりは夜空を眺め出した。

 

 

「みんな、ちゃんとできてるかな……?」

 

 小さく霞んでしまいそうな声を発する。

 今頃、他のみんなは新しい曲や詩を完成させているかもしれない……でも、まだ自分は何もできてはいない――。いつもならばいい考えが浮かぶはずなのに、どうしてかうまくいかない。なんでだろう――、もどかしい気持ちに不安と焦りを抱き始めていた。

 

 

 月に雲が掛かった。

 

 

 

 

「できるよ、ことりちゃんなら」

「―――えっ?」

 

 俯いていた気持ちが穂乃果の声で上に向き始めた。肩に手を添えられたことりは、穂乃果に目を向けると微笑を浮かべる引き締まった顔を向けているのを見た。

 キラキラした目。まるで、夜空の星がはめ込まれたかのような輝きが穂乃果の目から溢れでていた。ことりはそんな彼女に見惚れた。

 

「大丈夫だよ、自分を信じてよ」

「で、でも~……」

 

 自信のある励ましの言葉を受け取ることりだが、見合った自信が自分の中にはなく咄嗟に否定しそうになる。

 

「だって、私たちがいるんだもん!」

 

 だが、穂乃果が言わせなかった。急に立ち上がり、力の籠ったことばを口にしたのだ。まるで、ことりの心を読んだかのようなちょうどいいタイミングで言い放った。

 ことりも思わず口をつぐんでしまい、自分を見つめる瞳に釘付けになった。

 

「誰かが立ち止まれば誰かが引っ張る。誰かが疲れたら誰かが背中を押す。立ち止まったり、迷ったりするけど、それでも前に進んでいるんだよ!」

「穂乃果ちゃん……」

「今までだってそう、私たちはたくさん悩んだし迷ったけど、ちゃんと進むべきところを見つけられてここまで来たんだもん。だから、きっと出来る! 私のことりちゃんなら出来ちゃうんだから!」

 

 穂乃果の言葉のひとつひとつがことりの心を響かせた。なんて力の籠ったあたたかい言葉なのだろう。今胸の奥で熱くなっているこの気持ちは、穂乃果が炊き付けたものだろう。情熱とやる気が湧いてきて溢れ返りそうだ。

 

 

 雲間から光が射す。

 瞬く満天の星々と純然たる満月が彼女たちをやさしく照らした。

 

 

 ことりは光に眩しく感じ手でさえぎるが、この光は穂乃果から出たモノのように思えた。彼女の月の光りにも負けない太陽のような笑顔が、まだことりには眩しくさえ感じていたのだ。

 だけれども、ことり自身この光に当てられたことを嬉しく思い、表情が軟らんだ。彼女の笑顔に含まれたやさしいメッセージを感じ取って、つい緩んでしまうのだ。

 

 

「そうだね。花陽もことりちゃんならできるって信じてるよ」

「うん、花陽ちゃんもありがとね」

 

 2人からの励ましに自然と不安な気持ちはどこかへと消えた。代わりに嬉しさにあふれる頬笑みが顔いっぱいに咲き開いた。

 

 私1人じゃ多分無理だと思う……でも、こうして励ましてくれたり応援してくれる仲間がいてくれるから頑張れる。あの日――留学するか迷った時も、私のことを引き止めてくれたみんながいてくれる。もうひとりで抱え込まないよ……もうひとりじゃないから――だから、逃げたりなんかしないよ。

 

 ことりの胸の中で、決意を固めた1つの意志が出来上がった。もしかしたら、多分……今だったら―――

 

 

「――いけそう?」

 

 彼女の顔を覗き込む無邪気な笑顔にちょっぴり胸を張って笑みを浮かべた。

 

「できるよ。とっても素敵でかわいい衣装をつくっちゃうからね!」

 

 深い黒に溶け込んだ濃い海原に広がる(そら)を眺めながら決意を言葉にするのだった。

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 

[ 河川部 ]

 

 

 一方、川沿いに拠点を置いたBiBi(ビビ)の3人は、みんな揃ってテントの中に入っていた。と言うのも、昼間、急に真姫が幼児退行するという精神異常を引き起こし、にこがあやすという問題が発生。いくら時間が経っても一向に収まらず、絵里も加わって真姫の面倒を見ている始末であった。

 

 さすがに日が暮れることには大分治まりが見え始め、終いにはにこの膝の上ですやすやとかわいい寝息を立てていた。

 

 

「――ようやく治まったわね」

 

 膝の上にいる真姫の頭をやさしく撫でながらにこは呟いた。

 

「ええ、今はにこの上でぐっすりね。昼間の乱れっぷりが嘘みたいだわ」

 

 にこの横で見守る絵里は落ち着いた様子で2人を眺める。

 

「やっぱり、にこの方が落ち付くみたいね。ちょっと羨ましいわ」

「相手をするのが一苦労だけどね。でも、こんなかわいい笑顔を見せられたら頑張れちゃうわ」

 

 無垢な寝顔をする真姫に愛らしさを抱く2人。意地っ張りな普段とは違った一面が見られて、つい表情が緩んでしまうが、相手をした絵里にはあまり関心を示さなかったみたいで少し残念がる。

 

「こうして見てると、何だか亜理紗のことを思い出しちゃうわ。今も時々、そうやって膝の上で寝ちゃったりするのよ」

「私のところのチビたちも同じよ。ママがいないからその分甘えてきちゃってね、3人相手にするのは大変だけどね」

「でも、不思議と嫌じゃないのよね」

「ホントにね。知らない内に母性が湧いてきちゃったんじゃないの?」

「じゃあ今のにこは、真姫のママってことかしら?」

「あら、それ悪くないかも♪ じゃあ絵里はパパかしら?」

「え~、私もママがいいわよ~」

 

 2人もママがいたら真姫も大変ね――、にこがくすりと微笑みながら言うと絵里も釣られて笑ってしまう。他愛もない話で花を開かせ笑い合う2人。BiBiが結成されてから2人だけで話す機会が増え、以前よりも距離が短くなった。敬遠しあっていたなんてもう昔の話。今はこんなにも素直になれる関係になっていた。

 

 そうとも知らずに真姫は夢の中に迷い込んでいるのだった。

 

 

「こんなになるまで頑張っちゃって、少しはにこたちに頼ってくれたっていいのにね」

 

 彼女の髪を撫でながらにこは呟いた。

 

「仕方ないでしょ、音楽経験がない私たちにはどうしようもないわ。頼れるのは蒼一くらいよ」

「そうなのよね……だからなのかしら、真姫ちゃんが蒼一に入り浸っちゃうのは?」

「最近は多いわよね。まだ15歳なのに無理させちゃってるからかしら、大好きな蒼一に慰めてもらいたいんじゃないかしら?」

「それは……うん、わかる気がする……」

 

 何か思い当たる節があり頷くにこ。彼女も寂しい時には、こっそり蒼一と逢っては慰めてもらってたりしている。ただ、にこは自制心が強い方なので頻繁に連絡することもないが、逆に真姫はそれがないように思える。

 μ’sの作曲と言う無理難題とも言えるものに、ほぼ1人で向き合ってきた真姫。それも高校入学したての若干15歳といううら若き少女がこれまでに10曲近くも作曲してきた。しかも半年で、だ。プロの音楽家でもこのペースで作る人はほとんどいないだろう。それくらい、この作業は難しいもので負担も大きい。彼女たちから見たら当たり前のように思えるかもだが、今日までよく耐えていたと褒めたくなる。

 

 にこはそれらすべてをわかっていた。

 

「この子のしていることの難しさは私がよくわかってる。1人で活動していた時に歌を作ろうとしてやってみたんだけど、作詞はできても作曲だけはうまくいかなかったわ。作曲は才能があるかないかで決まってしまうモノなんだって……それをこの子はできちゃう。でも、代わりに負担は大きいわ。産みの苦しみってヤツかしら、一から作りだす時の難しさときたら堪ったもんじゃない。途中から嫌になって投げだしたわ」

「でも、真姫には出来た。それは才能があったからなの?」

「確かにそうだと言える。だけど、それを支えてあげられるだけの存在がいるからだと思う。いるだけでどれだけ安心できるか、分野は違うけどわかるのよ」

 

 にこの話に自分にも重なるところがあると絵里は考えた。ふと考えつくのは、やはり生徒会長であった頃だろう。1人では辛い状況でも傍らに希がいてくれて、後から蒼一も来てくれた。そのおかげで廃校は免れたし、無事に引き継ぎもすることができた。支えの重要性はよく理解しているつもりだ。

 

「……そう考えると、なんだかかわいそうね……」

「これも真姫ちゃんのためだと思うけど、やっぱり真姫ちゃんには蒼一がいてくれないとだめよ。にこじゃなくって……」

 

 口にしようとしたが急に言葉が詰まった。自分で言いだしたのに落ち込んじゃうなんて情けないと思うが、彼女が必要としているのは自分じゃないと考えてしまう。

 

 

「……ぅ……ん~……」

 

 そうしていると真姫が膝の上で寝返りを打った。そのせいで頭が落ち掛けそうになったから起こさないように慎重に安定した位置に戻そうとした。

 

 

「……にこ、ちゃん……?」

「………!」

 

 しかし、思いとは裏腹に真姫はゆっくり目を開け始め、半ば夢現な状態で覚醒した。

 

「あっ、ごめんね。びっくりして起こしちゃったかしら?」

「……………」

「真姫、ちゃん……?」

 

 彼女に声をかけるも返事をしてこない。代わりに、ジッとにこの顔を覗き込ませてくるのだ。言葉が詰まる。あどけない顔を見せる彼女に惹かれて何も言えないまま見つめてしまう。傷一つないような無垢な姿がにこからするとかわいく感じ、見惚れてしまいそう。

 

 その刹那、真姫はおもむろに手を伸ばすとにこの頬をかすめた。彼女に触れられて眉がピクッと小さく跳ねた。どうしてなのかわからないままでいると、真姫は小さく唇を動かし、それも何度もにこの名前を呼んでいるような気がした。

 にこは咄嗟に彼女の手を自らの頬に押し当て、取り乱さない平然とした様子で彼女に応える。すると彼女は、唇を震わせだして言葉を紡ぎ出す。

 

 

「にこ、ちゃん……いかないで……私を、ひとりにしないで……」

「―――ッ!」

 

 にこに衝撃が走った。こんなにも弱々しい姿をみせて、私を頼ろうとしているだなんて――、と今までにない反応に戸惑いを感じた。だが、彼女が見せてくる今にも泣き出しそうな瞳を目にしては、ぐっと気持ちを押し殺して向き合おうとした。

 

「大丈夫よ、真姫ちゃん。怖い夢でも見たの?」

 

 やさしく尋ねると真姫は小さく頷き、不安そうに言うのだ。

 

「にこちゃんと絵里が、私だけを残して卒業しちゃう夢を見たの……2人とも背中だけを見せて、ちっとも振り返ってくれなくって……呼んでも返事もしてくれないままどこかへ行っちゃって……とっても寂しくって悲しかったのよ……」

『っ………!?』

 

 真姫の言葉を聞いた2人に衝撃が走った。まさか真姫が私たちのことで悩んでいただなんて思いもしなかったからだ。特に、真姫に好かれていないと思われていた絵里が自分のことを必要としてくれていると知って胸が熱くなった。

 卒業――そう言えば、昼間に明弘が私たち3年生のことについて話したわね――、と2人は回顧する。あれはあまり気にしなくていいと言って治まったと思ってたが、実際は胸中に留めて言えずにいたのかもしれない。特に、真姫の性格から考えたらそうあってもおかしくない。それが幼児退行したことで素直になり、胸中に収めていたこの気持ちが爆発したのやもしれない。

 

「BiBiは、私たち3人でBiBiなのよね? 来年になったらもう、にこちゃんも絵里もいなくなっちゃう……そうなったら解散になって無くなっちゃうの……? そんなのっ、そんなの嫌よ!」

 

 感情が抑えられなくなったのか、急にぐずりだして叫んだ。

 

「私はっ、もっと2人と一緒にいたいの! にこちゃんと絵里と、もっともっと歌っていたいし、遊びにだって行きたい! 離れ離れになるのは嫌なの!!」

 

 胸中に仕舞われていた生の感情が抑えられず、瞳からぽろぽろと涙をこぼす。寂しいとする気持ちが前面に現れ、怖いくらい身が震える。ひとりになる孤独を知っている彼女にとって、いつか迎えるその日が近く感じられて泣きだしてしまう。

 悲しいから泣いてしまう。今の彼女には感情を吐き出すしかこの悲しみから耐えられることはできなかった。

 

 

 

 でも――

 

 

 

 

「真姫ちゃん―――」

 

 にこはやさしく耳元で囁くと、彼女の額に口付けをした。額にあたたかいものを感じた真姫は、泣くのを止めてにこを仰ぎ見た。

 そこに目にするにこのなんともやさしい顔よ……。慈愛に満ちた母性を感じさせるやさしさが顔いっぱいから溢れ出てきていて、見つめられるだけで彼女が抱く負の感情が溶けていこうとする。

 

「にこ………ちゃん………?」

 

 どうしてそんな顔をしてくれるのかと目を向けていると、にこが微笑んだ。

 

「バカね……。にこが真姫ちゃんからいなくなるだなんてありえないわ。たとえ卒業を迎えて学校からいなくなっても、にこはずっと真姫ちゃんと一緒なんだからね」

「………! に、こ……ちゃ……!」

 

 とくん――、胸が鳴り動いた。

 傍らで眺めていた絵里も彼女に覗き込んだ。

 

「そうよ真姫。かわいい後輩ひとりだけをおいてどこかに行けるわけがないじゃない。私たちはいつだって、どこに行ったってBiBiなんだから」

「……え、え……り………!」

 

 パンッ。何かが弾け飛んだ気がした。彼女――真姫は急に起き上がると絵里の首元に抱き付きだして、倒れそうになる。

 

「もう、元気ね……」

 

 やさしく背中を擦る時には、真姫は絵里の肩にぼろぼろと大粒の涙を流して号泣した。

 

「まったく、手の焼ける後輩ね」

 

 しょうがないなと言いそうな顔を浮かばせながら、泣き続ける真姫の背中をそっと抱き締めてあげた。2人に抱きしめられた真姫は、2人からのやさしさに溺れそうになる。いっそのこと、このまま溺れてしまいたい――それほど心地良い時間であった。

 

 

「私たちがこうしていられるためにも、さいっこうに素敵な曲を作りなさいよ? 残された時間があるだけ楽しい思い出を作りましょ」

「………うん!」

 

 涙で濡れる顔を拭いながら真姫は応えた。絶対にいいモノを作ってあげたい。2人のために、私たちのために、真姫は自らを鼓舞した。それがみんなと過ごす楽しい時間になれるのなら――、と信じて……。

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 

[ 山岳部 ]

 

 その頃、lily white(リリーホワイト)の3人は山を下ってテントを張っていた。本当ならば山頂に登ろうと目論んでいた海未だったが、希と凛の必死の説得によりやむなく下山。現在に至る。

 

「……絶対いけると思ったのですが……」

「文句言わんの。さっきのウチの言葉、忘れとらんやろ?」

「そ、それは……そうなのですが……」

 

 釈然としない様子で希の忠告を聞き入れる海未。その心の内は今でも山頂を目指そうとする気持ちが残っていて、日が沈むこの時間からでも行こうとする構えだった。

 

「海未ちゃん。アカンで。夜の山は思っている以上に厄介や。足場が見えにくいから怪我をするかもしれんし、熊とか出たらどうするんや?」

「うっ………」

 

 身を疼かせて落ち着かない様子を見てなのか、心の内を覗いたのか、いつもとは違ったトーンで海未を諌めた。

 

「山に入る時の一番大切なこと、それは諦める勇気や。難しいことばかり立ち向かうんやなくて、時には一旦手放すことの選択ができることが大切なんや。海未ちゃんがしとることをウチは了承できへんし、蒼一やって同じように止めに来ると思うで」

 

 この言葉に海未はようやく行くことを諦める気持ちになる。海未の関心を惹かせるためにあえて蒼一のことを口にしたことが功を奏したのだろう。おかげで今は、このままでいることに集中しだすのだった。

 

 

「――そう言えば、凛はどうしたのです? さっきから見かけないのですが?」

「あぁ、凛ちゃんなら散歩に出かけてるで。何でも綺麗な星空が見たいって聞かなくってな」

「大丈夫なのですか?! たった1人で夜の山を歩き回ると言うのは!?」

「そこは大丈夫やで。それに、今の凛ちゃんは()()()()()()()♪」

「どういうことですか……?」

「それは秘密やで……♪」

 

 何か知ってそうな感じであったが、希は唇に指を立てて教えてはくれなかった。

 

 

「それより……どうなん、作詞の方はうまくいきそう?」

「いえ………すみません……」

 

 希に言われ、自分が作詞するためにここまできたことをようやく思い出した。ずっと、あることのために山ばかりを考えていたから本来の目的を忘れていたようだ。

 

「謝ることは無いで。蒼一だって、焦らずに気長でええよって言ってたんやろ? なら、蒼一のことを信じて落ち着いてもええんやないの?」

「そう、ですね……。そうしてみます」

「うんうん、わかってるならそれでええんよ。蒼一も喜んでくれると思うで。蒼一は海未ちゃんの作る詩が大好きやからね、出来上がったらめっちゃ喜んでくれると思うわ」

「……あの……希? さっきからどうして、蒼一のことばかり話すのですか?」

 

 その問いに希は含み笑いをして返した。確かに、さっきから希は執拗に蒼一のことを口にしているのが海未には気になって仕方がなかったのだ。

 

「どうしてって? だって海未ちゃんってば、蒼一のことを話すと反応するから面白いやん♪」

「なっ……!? そ、そのようなこと、ありえません……!」

「ふ~ん。でも、蒼一って言ったら海未ちゃん、身体をぴくぴくさせてるやん? それに、今もこうやって―――」

「やっ……やめてください……!!」

 

 おもむろに近付こうとしていた希を遮るように跳ね退けようとしていた。だが、そうは言うけれど、海未の顔は耳まで真っ赤に染まっているので気付かない方がおかしかった。特に、希は表面的なところだけじゃなく彼女の胸中も覗いてしまう程の鋭い勘で見抜いていた。

 

「なんや、海未ちゃん。必死に蒼一のことを忘れようとしとるん? せやったらそれ、まったくの逆効果やで」

「………ッ?! ど、どうしてそれを!?」

「言わなくてもわかるで。海未ちゃん、隠し事するの下手やもんな」

 

 図星になる海未は見るからに残念そうな様子を見せた。表情が豊かだと言えばやさしいが、実際海未は真正直な性格なので嘘を吐くのは下手なのだ。そのため、顔に出てしまうのだ。

 

「作詞のことで悩んでるんやろ?」

 

 多分、すべてを見切っているのだろう――希が見せてくる表情がすべてを物語っているみたいで、これ以上隠しても意味がないと感じ打ち明けた。

 

「……はい。新曲のイメージはなんとか出来上がってはいるのですが、頭の中でずっと蒼一のことを思い出してしまうのです……。最近は、いろいろとご無沙汰してましたから、こう……求めようとしていて作業がはかどらないのです」

「あちゃ~そら欲求不満やなぁ~。そう言うのは自分で何とかできへんの?」

「できていたら苦労はいたしません……。ですから、山に登ることで紛らわすことができるのではないかと思った次第でして……希たちには迷惑をかけました……」

「ええんよ、ウチは気にしてないから。でも、我慢するのはあかんなぁ~」

「何がです?」

「蒼一のことや。無理に忘れようとしなくてもええやで」

「で、ですが! それでは集中できなくって……」

「でも、忘れることに気がいってるんやない? 集中できないのはどちらも同じやろ?」

 

 戸惑いを見せる海未に対して、希は平静な様子で彼女に声をかけた。

 

「逆に考えてみるんや――蒼一のことを想ってみたらええやん」

「それでは本末転倒じゃないですか!」

「ホンマにそう思うん?」

「えっ?」

 

 彼女の言葉を打ち消すように言う希を不思議そうに見てしまう。どう言うことなのでしょう? 希が考えていることとはいったい――? 少し不安そうに海未は見つめた。

 

「海未ちゃんはまだ、新曲のイメージができてるだけですべてが決まったわけやないんやろ? そこにはどんな思いが込められていて、誰に聞いてもらいたいのかまでは出来上がってないんやろ? ウチやったら蒼一に真っ先に聞かせてあげたいんや」

「希……?」

「ウチってこんな面倒な性格やから自分の気持ちを表現するのはちょっと下手な方なんよ。せやから、せめて歌を通じて気持ちを伝えたいって思う時があるんよ」

「そうだったのですか?」

「そうやで。だから海未ちゃんも歌を通して伝えてみたらええやん。歌は自分の気持ちを伝えるための手段やって蒼一も言ってたわ」

「蒼一が? ですが、私は何を伝えたらよいのでしょう……?」

「何でもエエんよ。思い切って、愛してますって伝えてしまったらええやん」

「そ、それはいくらなんでも恥ずかしすぎますっ! それに歌うのは私だけじゃなくって希たちもなんですよ?!」

「あはは、冗談や♪」

 

 自分がそうした歌詞を作り、それをみんなで歌うのを想像しただけで顔が破裂しそうだ。恥ずかしさのあまり顔を紅くしてしまう。

 その、あまりの初心な反応に笑いが込み上がる希だが、ちゃんとした考えがあり伝えだす。

 

「せやったらこんなのはどう? 蒼一に自分たちが成長したことを伝えるというのは?」

「私たちの、成長ですか?」

「ウチらが活動を始めて約半年、たくさんの経験と時間を送って今の自分たちがある。前のウチらと今のウチらとじゃ比べものにならないくらい成長したと思う。そして、こうして頑張って来られたのは蒼一が支えてきてくれたおかげ。もし、蒼一がおらんかったらウチは途中で諦めてたかもしれんわ」

「蒼一が……。ええ、本当にそうですね。思い出します、私がμ’sに入るか悩んでいた時に蒼一に相談したことを。私1人だけではどうしても決まらなかったのですが、あの時、蒼一が私の背中を押してくれた気がして――そうして今、こうしてμ’sの一員となっているのですよね」

「そうそう。たくさんのことがあったけど、こうしてみんなと居られるのも蒼一のおかげ。成長できたのもそう。蒼一には感謝の気持ちしかないんよ」

「なるほど、成長したことというより、成長できたことの感謝を伝えるということですね」

「お、ええやん。それで作ってみたらどうなん?」

「簡単に言わないでくださいよ。ですが、とてもいいと思いますよ希。ありがとうございます」

「どういたしまして♪」

 

 希からのヒントを得た海未の顔は明るかった。自分は何を書けばいいのか、何を伝えたらいいのかわかった気がしたのだ。

 

「思い立てばすぐに行動するのみです。希、私は今から別荘に戻って書きあげてきますね!」

「うん、いってらっしゃい。あとのことはウチに任せとき」

「助かります。後日、お礼を兼ねて食事にいきましょう」

「ええの? せやったら、焼き肉食べ放題で頼むわ~♪」

「わかりました。食事後のカロリー消費用のトレーニングも付けておきますからね♪」

「ちょっ! そういうのはいらんて!」

「ふふふ、冗談ですよ♪」

 

 

 嬉しそうに笑いながら応えると、海未は走って別荘に向かって行くのだった。残された希は少しお茶目に見えた海未に少し呆れながらも、そう言えるようになったのも成長の証やな、と喜んだのだった。

 

「さて、誰もおらんようになったし、テントを片付けて別荘に戻るのももったいないなぁ~。そんなら、今日はここで綺麗なお星様でも見ようかな。久しぶりの天体観測。澄んだ空気をしたこの山だったらたくさん見れるかもしれんなぁ~」

 

 緑の絨毯に仰向けになって満天の星を眺めだす。こんなに気持ちのいい景色を見るのは初めてかもしれないと、つい口元が上がってしまう。彼女にとって素晴らしい一夜になるのだと感じたからだ。

 

 

「もう、そろそろやな―――」

 

 

 希は時間を見て何かを測っていたらしく、それが今、的中したのではないかと感じて含み笑いをする。同じ星空を眺めるもうひとつの視線の許にいる2人を想って………

 

 

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 

[ ??? ]

 

 

 月夜が地上を照らし、緑一色に染まった平原。その中心に1人、ポツンと立つ少女がいた。みんなから離れては空をジッと見上げ、眩いばかりの星々を瞳いっぱいに臨ませていた。

 少女は少し、胸を高鳴らせていた。何かを待ち焦がれるような姿で、やんわりと紅くなる頬を覗かせた。

 

 あと、もう少し―――

 

 心の中で時を測り、その時が訪れることを今か今かと気持ちを逸らせていた。

 

 

「――――!」

 

 緑の海原に風が一吹きした。

 草たちがさざめく。

 

 すると、風と共にゆっくりと少女に近付く影があった。彼女はそれを見ると、月よりも輝かしい笑顔を照らして駆け寄った。

 

 

「時間、通りだね―――」

 

 たどたどしいいつもの彼女らしからぬ緊張があった。もどかしく、あどけない様子が彼女の中の女の子をさらに磨きあげた。

 煌めく彼女の視線の先にいる存在――彼女の想いが届きますように、と流星に願いを込めたくなる存在。

 彼女を一目見ると、やさしく微笑んで彼女が喜ぶ言葉で挨拶を交わす。耳まで赤くなる少女は、恥ずかしさのあまり顔を逸らしそうになるも、ちょっぴり成長した自分を見てほしいからとジッと見つめ直した。

 

「今日も――ううん、一緒に星を見ようね」

 

 夜空のどこを探しても決して見つからない一番星からの誘いに、()は断る理由もない。

 

 

「目に焼き付くくらい綺麗な星空をたくさん眺めような」

 

 にこっと微笑み、さりげなく彼女に向かって語るので、ついに顔を逸らしてしまう。そういうふうに言ったら自分に言われているように聞こえて恥ずかしくなる――、緩み、綻んだ顔から恥ずかしさ半分、嬉しさ半分が詰まっているみたいで何だか複雑。

 でもいつか、自分にもそう言ってもらえるようになりたいと、彼女は星に願いを託す。

 

 

 

 

「行こうか――凛」

「――うん。ちゃんとリードしてね、弘くん」

 

 

 

 2人は同じ星を見るのだった。

 

 

 

(次回へ続く)




ドウモ、うp主です。

多分投稿されている時は、白目引ん剥いて眠っていることでしょう。


次回、合宿回が終わります。そしていよいよA-RISEの再登場がくるところ…!割かし力を込めようかと思うのでよろしくお願いします。


今回の曲は、

米屋純/『星座の屋根の下で』

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