蒼明記 ~廻り巡る運命の輪~   作:雷電p

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第175話


最後の務め

[ 音ノ木坂学院・講堂 ]

 

 

『―――以上を持ちまして、私、()生徒会長の言葉とさせていただきます』

 

 全校生徒の視線が講壇に立つ1人の少女に注がれた。光で金色に輝くブロンドの髪を後ろひとつにまとめて流し、スッと伸びた背筋と重なり凛とした姿の彼女が言葉を述べた。それは同時に、彼女――生徒会長・絢瀬絵里にとって最後の役目を果たしきった瞬間でもあった。

 

 音ノ木坂の生徒会長となっておよそ1年。学校廃校の危機と言う前代未聞の事件に見舞われたこの1年は、彼女にとって大きな試練でもあった。若干17も満たなかったこの少女がこの問題に真剣に立ち向かい、そして、この危機を脱したのだった。

 これは彼女1人だけの力でないことは誰もが知っている。だが、彼女でなければ為し得なかったとここに集まるすべての人がそう確信していた。故に、今深くお辞儀する彼女に向けて贈られる拍手喝采は感謝をこめてのものだった。その拍手は彼女が講壇から下がり、その横に立つ間も鳴り続けるほどだった。

 

 音ノ木坂学院を廃校の危機から救った生徒会長として、彼女はその名を歴史に刻むこととなるのだった。

 

 

 

 

『続きまして、新しく任命されました()生徒会長をご紹介いたします』

 

 そして、彼女に続く新たな生徒会長が壇上に上がろうとしていた。

 絵里は新たに講壇に立つ彼女に向けて拍手を贈った。それに合わせるかのように、生徒たちも新たな生徒会長に向けて拍手を贈り始めるのだった。

 

 絢瀬絵里に続くことのできる新たな生徒会長とは――?

 もうすでに、ここに集まる生徒たちは認知しており、加えて大部分が納得している人物でもある。絵里と比べれば頼れる存在であるかは怪しいところだが、今回の廃校の一件ではもう1人の立役者として存在感を表し、人望も以前とは比べものにならないほど厚くなった。

 彼女の生徒会長就任には誰しもが納得するほどに、だ。

 

 

 壇上に上がる少女。

 いつもとはめずらしく身なりがきちんと整われ、脱力気味だった身体も筋が通ったみたいに鋭く伸びていた。黄色のリボンでまとめたサイドテールをなびかせ、自信に満ちあふれた表情を上げて講壇に立った。

 同時に、すべての拍手が鳴り止んだ。すべての視線が彼女を注目させた。すると、彼女はくすりと微笑んだみたいで表情を綻ばせた。その表情にすべての光が彼女に集中すると、まるで彼女自身が光輝いているみたいに眩しく、その姿は太陽のように思えるほどだった。

 会場中が息を呑んだ。彼女が放つ最初の一言を待ち望んでいた。

 

 そして、その期待に応えるかのように彼女はその場で一礼すると、マイクの前に立ち口を開いた。

 

 

『どうも、初めまして! この度、新しく生徒会長に任命されました―――』

 

 

 ()()()()()何事もなかった。

 だが次の瞬間、誰もしもが思いもよらない行動をとったことに会場中が動揺した。

 彼女は言葉を自ら遮ると、固定していたマイクを手にとり、真上に向かって投げ飛ばしたのだ! これには前生徒会長の絵里もギョッと目を真ん丸にさせて凝視するほか、見守っていたμ’sメンバーも背筋を凍らせ、唖然するなどした様子を見せるしかなかった。

 で、空中に投げ飛ばされたマイクはと言うと、くるくる回転しながら落下して、見事に彼女が掴みとったのだ。そして、

 

『―――高坂穂乃果です!!!!!』

 

 マイクを介さなくても充分な声量で自己紹介をする新生徒会長・高坂穂乃果の最初の挨拶だった。

 

 

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 

 放課後―――

 

 

[ 生徒会室 ]

 

 

「あっはっはっはっはっは!!!!! まったく、初っ端からやらかしてくれたなアイツは!」

「もう、笑い事じゃないんだからぁ! もうちょっとで台無しになるところだったんだから!!」

 

 穂乃果の任命式でのことをエリチカから聞かされた俺は、思わず笑いこけてしまっていた。穂乃果が生徒会長に決まった直後から、何かやらかしそうな気がすると思っていたので、まさか初日からやってくれるとは思わなく呆れ含めで大笑いしてしまっていたのだ。

 逆に、エリチカは相変わらずでそんなことをした穂乃果のことを怒っており、つい先程注意したばかりだと言う。まあ、そんなパフォーマンスをかましたくせに挨拶文を全部忘れちまったんだから気持ちはわからなくもないがな。

 

「それで、穂乃果は今どこにいるんだ?」

「海未ちゃんとことりちゃんと一緒に理事長室に向かったと思うで。新生徒会長としての初仕事で色々な心がけをせなあかんみたいやから、その説明を受け取ると思うわ」

 

 同じく()副会長の希が答えた。

 

「となると、それからこっちに戻ってくるのかな?」

「いいえ、穂乃果たちはこっちには顔を出さないわ。今日は私たちのこれまでやってきた資料をまとめなくちゃいけないから、明日来てもらうことにしたのよ」

「それに、理事長の説明の後には、海未ちゃんからキッツ~~~~イお説教が待っているみたいやしね」

 

 あぁ、それなら納得だわ。穂乃果と同じくして生徒会役員に抜擢された海未は副会長に、ことりは書記となったため結果的にいつものメンツで穂乃果を支えていくことになった。というか、穂乃果を任せられるのはこの2人しか考えられなかったわけだが……。

 ともかく、海未は穂乃果に生徒会長としての自覚を持たせるための指導がされることは確かだし、この先も同じような光景が見られることになるのだろうと思い浮かばせるのだった。

 

「アイツらも大変だな。生徒会に入っても穂乃果の面倒を見なくちゃならないんだからな」

「いいんじゃないの? 逆に穂乃果だけが生徒会に入って、それを遠くから見守ると思うと心配になってしまうわ。前にも言ったようにね」

「それにな、穂乃果ちゃんが生徒会長になるって決まった時、海未ちゃんが『穂乃果が生徒会長だなんて心配すぎますよ! ならば、私も生徒会に入ります!』って言って、役員になってくれたんやで」

 

 いかにも海未らしい言い分だな。確かに、あの穂乃果を野放し状態にさせておくと危なくって見ていられないかもしれない。ちゃんと手綱を引いてくれる人がいてくれないと何をしでかすかわかったものじゃない。幸いにも、いつもの抑え役である海未とことりがいてくれるからどうにかなるだろうし、何かあればエリチカたちも助けに入れると言うことだから、とりあえず来年度までには立派に成長してくれることを願うばかりだ。

 

 

 

「穂乃果のことは置いといて、どうだ? そっちの作業は終わりそうなのか?」

「そうね。私の方は何とかなりそうだわ。あとは……」

 

 カバンに収まる程度の私物しかなかったエリチカに対し、傍目で眺める希の方はというと……

 

「……希。その私物の量はいったいどうしたよ……?」

「いやぁ~いつかやろうと思っとってたらずっと放置してしもうたんや。結局使わへんかったけど」

「にしても、この量は……」

 

 希が抱えて持ってきた量は、なんとダンボール3箱分。しかも両手で抱えて持って行かなければならないほどの大きさなのだ。これにはさすがに俺もエリチカも思わず言葉を失ってしまうほどで、この狭い空間のどこにそんなに置くスペースがあったのかと疑問を浮かばせるのだった。

 

「何が入っているんだ……? タロットカードに占い本。オカルトブックに水晶玉……おいおい、生徒会に占いの館でも隣接させる気だったのか?」

「せやで。できれば、生徒会の力を使って超常現象部かオカルト研究部みたいなのを創設したろうかとも思っとったんや」

「もろ希の趣味趣向の塊みたいな部活動になりそうだな……。創設しても同好会レベルに留まっちゃいそうだわ」

「そこはエリチやにこっちの名前も借りて、あと2人も生徒会の人に頼もうかとも思っとったよ」

「生徒会全員をオカ研メンバーにさせるつもりだったのかよ! 怪しげな生徒会だと他校から言われそうじゃん!」

「もう、人聞きの悪いこと言わんといてや! ちゃんと真面目な部活にするつもりやったんだからね! あ~あ、エリチが却下しなければ今頃、μ’sのみんながスピリチュアルパワーを持てるはずやったのになぁ~」

「って、穂乃果たちにもやらせるつもりだったのかよ!! 音ノ木坂がますます怪しげな集団にしかならなかったわ!!」

 

 希の思わぬ野望を耳にして驚き呆れるとともに、なんとも希らしいものでちょっぴり和んでしまう。いつも自分より他人のことに気をかけてしまう性分であるから、何かしたいことは無いかと気にはなっていた。だが、ちゃんとしたいことを持っていたことが何だか嬉しく思えるのだ。

 機会があればどこかで希のしたいことができるようにしてやりたいな……

 

 

「だがその前に、ちゃんと私物は持ち帰れよ。ここに置いたままだと、海未に処分しかねられんぞ」

「嫌やぁ!! ウチのオカルトコレクションを捨てられるなんて困るぅー!!」

 

 海未のことを告げた途端に悲鳴のような声を上げて騒ぎ出す希。あの海未のことだ、レッカー移動の如き手さばきで容赦なく処分作業を行っちまうだろうことを思えば、どんなことになるのかは想像に容易かった。

 

「まったくしょうがないわね。私も手伝うから、いやいや言ってないでさっさとやるわよ」

「うぅ、えりちぃ~……」

 

 助けをしてくれるエリチカに泣きべそかきながら抱きついちゃって、まったく世話の掛かるヤツだな。

 

「お前ら2人だけじゃ、こんなダンボール片付けきれないだろう。ほら、俺も手伝ってやるからすぐ終わらせるぞ」

「うわあぁん! そういちも~ありがとぉぉぉ!!」

「うおぉっとぉ!? こ、こら! 抱きつくんじゃない!!」

 

 手伝うと言った途端にネコのように目を光らせ、俺の首元に腕を巻き付かせるように抱きしめてくる。さっきまでエリチカにはひ弱そうに見せていたのにケロッとしやがって、まったく現金なヤツだなぁ。

 

 

 てか、希の身体がおもいっきり当たってくるんだけど……。相変わらずな大きさを誇る豊乳が形を崩しながら圧をかけてくるから感触が直に伝えてくる。やわらけぇ……羽毛のような……と言うには柔らか過ぎるようで、マシュマロあたりがちょうど良いくらい。指で摘むだけで簡単に形が崩れてしまうくらい柔らかく、なのに元の形に戻る弾力も瑞々しいほどに健在である。おまけに、マシュマロというには相応しい女性的な甘い香りを漂わせて俺の鼻孔を刺激してくる。このまま口に入れても惜しくないほどに欲を掻き立たせてくる。抱きしめられることを苦に思えなくなってくるほどにだ。

 

 

「……ほら、バカやってないで作業始めるぞ」

 

 だが、いつまでもこの身を明け渡すにはいかない。魅力の塊でしかない希の身体を押し退けて、作業に移ろうと気持ちを切り替え平素に装う。そうでもしないと勘の鋭い希に悟られるだろうし、それをネタにからかわれるだろう。だからすぐにでも豊満な肢体から離れて気取られないようにしたかった。

 

「蒼一、蒼一♪」

「……ん、何だ?」

 

 希が俺に向かって尋ねてきたから振り返るように応えると、口角を引き上げてニコォっと伸びた笑顔を見せて言うのだ。

 

 

 

「……どやった、ウチのおっぱい?」

「ッ――――!!!?」

「昨日、今までしてたブラが入らなくなったんよ。それでサイズを測ってみよったらハーフサイズ上がってたんよ。ウフフ、どうや? 成長したおっぱいの感触は? 気になるんやったら……あとで、じっくり確かめてもええんやで……♪」

 

 こ、こいつ……っ!! 俺の思考を読みとり、抑制している欲望を騒ぎ立てるようなことを言う! この一言で俺の心はざわめきを起こし、すぐさま行動に移ろうとしている。欲望に忠実な行動を。

 しかし、欲望のまま動くなどそんな獣紛いのようなことなど俺の道理に反するためと、意志のみでこの感情を抑制させる。一歩手前で思い止まれた身体から欲にまみれた荒息を排出し、気持ちを落ち着けだす。

 

 一方希はと言うと、思ってた通りにいかなかったからか、不満そうな顔でちぇっと舌打ちをするのだった。

 

 

 

「こら、バカなことをやっていないで始めるわよ!」

 

 ジト目で様子を見ていたエリチカから、まるでやる気のない声を放ち催促を促してくる。

 ただ、何か不満を抱いているみたいにムスッと御機嫌斜めに唇が結ばれている。まるで、私も混ざりたかったとでも言いたそうな様子で軽い目配せも送られてくる。

 

「なに嫉妬してんだよ、エリチカ」

「なっ!? 何言ってるのよ! 私が嫉妬なんてするわけないじゃない!!」

「えー。と言う割には顔が紅くなってるじゃないか。説得力無いぞ?」

「うぅ……だ、だから違うってばぁ! 私はそんな、羨ましいとかそんなんじゃないんだから……!」

 

 わぁ……本音がじわじわ口に出てきちゃってる……。

 

「ふっふっふ、エリチってば素直になれへんのやなぁ~。ウチみたいに、こうやってぎゅぅ~って抱きついてあげると蒼一は喜ぶで~♪」

「ばっ……! バカ言わないでよ!! ほ、ほら、さっさと始める!!」

「ふふ~ん、エリチ、逃げたわ」

 

 希に煽られて一旦はやる素振りを見せていたが、結局は自制心が勝利したみたいで片付けを始めるのだった。こちらとしても今2人に抱きつかれる程の余裕は無いので、止めてくれたのは正直ありがたかった。

 今抱きついている希を引き離し、もっとしていたかったわ~と愚痴るも片付けに専念させることにしたのだ。

 

 

 

 

 その際、エリチカからの熱い視線が背中に向けて釘付けにされているような、そんな怪しげな悪寒を抱いていた。

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 

「――っと、これで全部か?」

 

 掃除し終えた生徒会室を見回してまだやるのかと確認をとった。するとエリチカは、完璧よ! と、とても上機嫌そうな様子で応えるのでやっと終わったと肩の力を抜いた。

 希の私物をとりあえず部室に移動させて、生徒会室の掃除をし始めると、床や机の上だけかと思いきやエリチカがこだわって戸棚や窓枠までの、ありとあらゆるところを(ほうき)と雑巾を駆使して綺麗になるまで掃除を行った。毎度ここに来ると、一見して清潔感にあふれてゴミは無いだろうと思っていたが、いざ隅々にまで手を伸ばすと(ちり)(ほこり)が結構溜まっているみたいで、その分一苦労はした。

 だが、おかげで見違えるほどに綺麗にすることができ、どことなく空気が澄んでいるように感じられた。

 

「これでお終いかしらね。私の生徒会長としての仕事も」

「ホンマやね。ウチもこれで生徒会とは関係なくなるんやなあ」

 

 エリチカと希は、視界に入るものすべてをとても感慨深そうに眺めていた。そうだったな、生徒会室(ここ)の掃除は2人にとっては本当に最後の務めなんだもんな。

 部屋の真ん中にどっしり構えたコの字型に並べられた長机に、その一番奥にある中央の椅子に腰を構えていたのは生徒会長であったエリチカだ。そして、その隣にはいつも希がいた。

 

 俺が初めて生徒会室に足を踏み入れた時もこの2人は並んで座っていた。あの時のエリチカは笑みひとつ浮かべないとっつきにくいくらいに自分を追い込んでいて、見るからに余裕がなかった様子だった。そんな彼女をなだめるように、そっと手を差し伸べていた希の姿もまだ記憶から綻んでいない。この場の空気が張り詰めていたのも思い出せる。

 エリチカが笑うようになってからは緩やかな空気が流れるようになった。俺が来る度に、頬を緩ませて嬉しそうに笑って出迎えてくれた。希も俺と関係を持つようになってからは積極的にスキンシップを取るようになっていた。そのどちらかも晴れやかな表情を浮かばせていて、見ているこっちも釣られて嬉しくなるのだ。

 だからなのか、思い悩んだりしていた時は、ついここまで足を運んでしまう。自慢の2人の彼女を眺めるためだけに……。

 

 

 そんな空間も今日を境に無くなってしまう。

 やはり寂しい気持ちになるのだが、2人がいなくなるわけじゃない。始まりがあれば必ず終わりもある――、それを受け止めるには心の余裕は欠かせない。

 特に、ここの住民であった2人は余計に……

 

 

「どうだ。やり残したことは無いか?」

 

 ジッと前を見つめる2人は、一度ゆっくり瞬きをすると穏やかな表情となって言葉を紡いだ。

 

「ウチは大丈夫かな? あとのことは、穂乃果ちゃんたちに任せるわ。ウチらみたいな生徒会をつくることができるかちょっぴり心配やけど」

「大丈夫よ。穂乃果たちなら、きっと私たち以上のことをしてくれるわ。だって、私たちμ’sのリーダーなんだもの」

 

 心配の影を伺わせていた希に、エリチカは屈託のない笑顔をこぼした。その表情からは安心という2文字が見てとれそうな気がした。エリチカの顔を見た希も、ひそませていた眉が緩み、ホッとした様子で「せやな。ウチらのリーダーやもんな」と綻んだ顔をして見せた。

 やはり2人は上級生として、先輩として、後を引き継ぐ穂乃果たちに心配の色を見せてはいた。だが、それ以上にμ’sに引き入れてくれた穂乃果たちのことを信頼していた。つい先日までは、見ていられないとまで口に零していたエリチカも深い眠りに落ちてしまうかのような穏やかさを見せていた。

 

 そうだったな。エリチカと希を変えてくれたのは穂乃果だったっけな。エリチカの頑なな心を開いてくれたのも、優柔不断で心を見せない希に勇気を与えたのも、紛れもない穂乃果なんだよな。

そして俺さえも……

 

 

 

 アイツが引き継ぐのなら納得してしまうよな――、と心の中で呟くのだった。

 

 

 

「これで、終わりやね」

 

 ポツリと消えてしまいそうな声で希は口にした。すべてのものを片付けた2人は並んで、再びこのスッキリとした部屋を見渡して、どこか物足りない感傷に浸った。

 

「この部屋って、こんなに広かったのね……」

 

 エリチカもまた、風の中に溶けてしまいそうな小さな声を発して思うのだった。

 

 ゆっくりと時間が流れていく。何も無い静寂が2人を包み、何かを思い出させようとしている。遠くを見つめようとするキラリと瞬く瞳。その中には、2人がこの場所で過ごしてきたこと、取り組んできたこと。成功したこと、失敗したことなど、たくさんの思い出が走馬灯のように流れ込んできているみたいで懐かしんでいた。

 多分それは、俺の知らない2人だけの思い出なのだろう。2人がここで得たものは何物にも代え難い記憶なのだろう。2人の瞳が滲み始めていた。

 

 

 

 そんなエリチカと希の間に入り、2人の肩に手を添えて言葉を紡いだ。

 

 

「よく頑張ったな、2人とも―――」

「「―――――ッッッ!!!!?」」

 

 2人は驚いた様子で俺を見たが、同時に2人の中で止めていた何かが壊れたみたいで、目から大粒の涙がこぼれ始めだした。

 

「……もう。そんなこと言われたら、止まんなくなるじゃないのよ……」

「卑怯や……ホンマに卑怯やんな、蒼一は……ホンマに……ほん、ま、にっ……」

 

 泣きぐずりだした2人は、鼻をすすりながら俺に身体を向けると、涙で破顔した顔をそれぞれ俺の肩に押し付けた。

 じんわりと熱くなる両肩。

 胸の奥がキツくなる。

 涙に暮れる2人をやさしく包み込むように抱きしめると、その長きに渡った労苦をねぎらい、慰めた。

 

「エリチカ。お前は学校を守るという誰も成し遂げたことのない偉業をやってのけた。生徒会長として、μ’sの一員として、全力で取り組み尽力してきたお前のことを俺は誇りに思う。エリチカがやってきたこの2年間は決して無駄じゃなかったんだ。エリチカはそれを自分自身の力で証明したんだ。お前はもう、俺を越えたんだよ」

「わ、わたしが……! 蒼一を、越えっ……?! あ……あぁっ……うわあああぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

 

 エリチカは胸の奥に仕舞われていた心の(かせ)が外れたみたいに、何かが抜け落ちた様子で泣き崩れだした。

 ずっと俺のことを追い続けてきたのだろう。生徒会長になったのも俺と同じようになりたかったことや、俺を越えたかった気持ちも含まれていたんだろう。いつの日にか聞いた、俺を越えたいと言う想い、これでようやく果たせることができたのかもしれないな。

 

 

 次に、希の背中を擦りながら囁いた。

 

「希。エリチカを支えてくれてありがとう。希がいなければ、エリチカはずっとひとりぼっちのままだった。エリチカが、今日この日まで成長できたのは、いつも希が傍にいてくれたおかげだよ。エリチカの親友になってくれてありがとう」

「そう、いっ……! う、ウチは……うちは……う、うぅっ……ああああぁぁぁぁぁぁん!!!!!!」

 

 ずっと胸中に溜めこんでいたモノが吐き出ていくみたいに、希もまた悲痛な声を叫んで泣き崩れた。

 やりたいことがあったはずだろう……片付けたあの箱は、希のやりたかったことそのものなのかもしれない。それでも、希はたったひとりの親友のために全部を捨てて支えとなった。きっと苦しかったのかもしれない。自由じゃないことに悩んだのかもしれない。でも、希が魅せてくれるエリチカへの愛情は何よりも越えて強く美しかった。

 支えになることを選んだ希を、俺は誇りに感じた。

 

 

 泣きじゃくる2人に称賛の意を込めて、お互いの額にキスした。2人はキスされたことに気がつくと、泣いて紅くした顔をさらに紅くさせて困惑していた。嬉しくて表情は緩むのに、でも泣きたい様子の狭間に立たされているみたいでむず(がゆ)そうにしていた。

 

 しばらくして、泣き止みつつある状態になると、むせび泣きながらも俺の服を引っ張って話をしたそうにする2人がいた。2人の身体を擦って気持ちを落ち着かせようとしていると、先に口を開いたのはエリチカだった。

 

「蒼一。私ね、蒼一がいてくれたから頑張って来れたのよ。もしあの時、あなたが穂乃果たちと一緒にμ’sを始めなかったら……もし、この学校であなたと再会することができなかったら……きっと、今の私はいなかったわ」

「エリチカ……」

 

 声を震わせながらも、強く訴えてくる言葉に胸を撃たれた。

 続けて今度は希が口にした。

 

「ウチも同じや。辛いことがたくさんあって、心折れそうになった時には、ウチの隣に蒼一がいてくれた。蒼一はウチの心の支えやったんよ。だからね、私は嬉しいんだよ。蒼一と、こうしていられることができることが……ね……」

 

 水晶のように澄んだ瞳で告げられる言葉に心が締め付けられそうになる。

 こうして2人から礼を言われるとこっちまで貰い泣きしてしまいそうで、涙を堪えるのが辛かった。エリチカと希にとって、俺がこんなにも2人のためになっていただなんてな。何もしてあげられず過ぎ去っていってしまった日々のことを思うと、後悔してしまうこともある。

 だが、今だから……それが今だったからよかったのだ。過去がどうであれ、今こうして2人のことを抱き締めてあげられている事実が、すべての正しさを証明してくれている。だから、俺は―――

 

 

「―――ありがとう。エリチカ、希」

 

 

 

 

 

――2人を愛することができたんだ。

 

 

 

 

 

 

 

― 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 

 生徒会長と副会長の役目を無事終えて、3人で帰路に向かっていた。泣きじゃくっていた2人の目はまだ赤みを残してはいたが、とうに気持ちは落ち着いていた。やり残してきたことや後悔もない、満足しきった顔を見せるのだった。

 

「さて、これからどうしようか?」

「そうね。今日は亜理紗が穂乃果の家に遊びに行って留守にしているし、私も予定がないわ」

「そんなら、ウチでご飯食べる? もちろん、焼き肉パーティーや!」

 

 なんだ相変わらずだな、と思いつつも、2人を祝う分にはちょうどいい話だ。

 

「賛成だな。何か祝いものを考えようかと思ったが、エリチカがそれでいいのなら今から準備するんだが?」

「ふふっ、もちろんやりましょ。今日はこの3人でご飯が食べたいと思ってたところなのよ♪」

「意見が合致したな。そんじゃ、これから買い出しだな」

「よ~し、たくさん買うで~! 蒼一! ウチはロースがいい!」

「お高いヤツを選んでくるなぁ……買い過ぎには注意しろよ?」

「は~い♪」

「私はスープをつくるから野菜を見に行くわ。希ってば、家に野菜をほとんど置いてないから食生活が心配なのよ……」

「まあ、肉しか食べないイメージだからな……。てか、よく希の家の食糧事情を把握してるなぁ」

「よく希の家に行くから目にしちゃうのよ。希ったら時間がないからって冷凍食材ばかり溜めこんでてね、不健康な生活をしているんじゃないかって心配して作り置きとかしているのよ」

「失礼やな! 冷凍食材だって健康にエエんだからね!」

「冷凍食材生活は否定しないのかよ……」

 

 まったく、生鮮食材を使った食事をしていないのかよ。不健康だとは言わないが、料理できるんだからちゃんと作って食べてほしいと言う気持ちが芽生えてくる。

 

「しゃあない、俺たちで希のために健康管理をしなくちゃいけないようだな。頼むぞ、エリチカ」

「仕方ないわよね。体調を崩す希なんて見たくないものね……」

「なんやー! ウチをダシに変な結託しないでほしいわ! 蒼一とエリチはウチの親かぁー!」

「えっ……! 希が私の娘……?! と言うことは、蒼一は……私の旦那様、なの……!?」

「いや、どうしてそうなるし? 本気にするなよ、例えばだろ? 例え」

「蒼一が、私の旦那様……! えへへ~♪」

「おーい、エリチカー? 聞こえてますかー?」

 

……ダメだ。エリチカのヤツ顔をふにゃけさせちゃってかなりだらしなくなっている。明後日の方向に意識を飛ばしてるのか……? 聞く耳なしだなこれは……。

 

「よしっ、善は急げね! 早く買い物に行きましょ、ダーリン♡」

 

 突然何を言い出すかと思いきや、エリチカは俺の腕に抱きつくと撫で声で聞いてきたのだ! 俺は度肝を抜かれたみたいにギョッとさせられ、慌てふためいてしまう。

 

「おいおいおい! 明後日どころかとんでもない方向にまで思考をぶっ飛ばしちまったんじゃないのか?!」

「何照れちゃってるのよ、ダーリン♪ ほら、早く食材を買って私たちの家に行って料理しちゃいましょ?」

「私たちの家ってどこっ!? 俺ん家か? エリチカのか?」

「おバカさんやなぁ~、もちろんウチに決まってるやん、ダ~リン♪」

 

 すると今度は、希がもう片方の腕にしがみ付いてきて、甘える声で誘ってくるのだ!

 

「げっ?! 増えてるし!! 娘ポジじゃなかったのかよ!!」

「やだぁ~娘じゃあなたと結婚できへんやん?」

「結婚まで考えていやがるのかよッ!! 先走りすぎてて頭が痛くなってきたわ!!」

 

「「蒼一(ダーリン)……♡」」

 

 双方向からの甘い誘惑に困惑させられて頭がおかしくなりそうだ……。コイツら、生徒会という(かせ)が外れた瞬間に頭が弾け飛んでいやがるわ。振り払えることは難しそうだし、これは受け止める他ないのだろうか……

 

 諦めを付けるように深い溜め息を吐くと、しゃーなしと受け入れて気持ちを前向きにさせた。

 

「わかった、わかった……。今日は好きにしていいから、今は離れてくれよ……」

「え? ホント!?」

「やったぁー! 蒼一を1人占めや♪」

 

 受け入れれば離れてくれるだろうと思っていたのに、結局はさっきよりも強く抱きついてくる始末……。あぁもうわかったわ! これでいいからっ! もうこのままでもいいから、早く買い物に行かせてくれ!!

 悲鳴のような叫びを胸の内で上げながら、両手にバラな状態で歩き始めるのだった。

 

 この2人、まさか今日以降もこんな感じになるんじゃないだろうな? 人目も気にせずイチャイチャしだす2人のお姉さまに、この先も頭を抱えさせられるのだろうと嬉しい溜息を吐くのだった。

 

 

 

 

(次回へ続く)

 




 どうも、うp主です。

 この話を境に絵里と希は生徒会メンバーではなくなることになりますね。アニメ本編ではかなりあっさり終わって穂乃果に引き継がれたけど、その間では様々な葛藤があったんだろうなぁと想像しています。
 絵里たちがいつから生徒会役員になったのか公式発表されてはいませんが、それなりの期間はあったんだろうとは思いますから、その分の想い出パンチが彼女たちに襲いかかってきているのでしょうね。そりゃあ泣くわな。。。

 さて、次回はアニメ本編の内容がほとんどとなる予定です。アニメとは違う部分があるってことは多分承知だと思いますので、それに沿って書いていこうかと思います。今週中には書きおろしたいなぁ……。
 てなわけで、また次回をお楽しみに。

 お気に入り登録や感想、評価もしてくださりありがとうございます。励みになっております。

 今回の曲は、
Naoki Hirai/『きみとであえたことが』

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