蒼明記 ~廻り巡る運命の輪~   作:雷電p

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第174話


そして物語は動きだす

 

 9月も半ばを過ぎて、夏の暑さもどこかへと消え去って行こうとしていた初秋の日。俺はちょっとした用事でエリチカに呼ばれて音ノ木坂の生徒会室に来ていた。

 今日はめずらしく練習を行わずに休みを設けて、日ごろから頑張る彼女たちに休息を与えることにした。ただ、練習してないと身体がうずうずして落ち着かないよ――、などと駄々をこねる穂乃果を筆頭にほとんどのメンバーが自主練と称して屋上に上がって身体を動かしている。まったく、何のために休みを設けたんだか……。

 

「それに比べて、エリチカはえらいなぁ。ちゃんと身体を休めているんだから俺は嬉しいよ」

「んなぁっ、なにっ?! きゅ、急に頭を撫でないでほしいわ……///」

 

 休みを有効に活用しようとしてくれていたエリチカに胸に来るモノがあり、つい髪が整ったかわいい頭をやさしく撫でた。急にされたからか、クールに装っていたエリチカはびっくりした様子でこちらを向くのだが、真っ赤に破顔した姿と一変した。お硬い生徒会長も感情豊かになったものだと感心して、余計に撫でてしまう。

 

「もう……そんなに撫でなくてもいいじゃない」

「いいじゃないか、減るもんじゃないんだし。それにこうしていると気分が落ち着くだろ?」

「それは、そうだけど……」

「それにさ。気持ち良さそうにしているエリチカがかわいくってな、つい何度もしてあげたくなっちゃうんだよ」

「も、もう……ばかぁ……///」

 

 嫌そうな言葉を口から漏らすものの、わずかに頭をこちらに傾けてくるので、素直じゃないなと思いつつ満足するまで撫でた。また一段と紅潮するそんな彼女の姿を、傍で1人占めするのだった。

 

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 

「何? 次の生徒会長を決めるのに困ってる?」

 

 おおよそ数十分前に、エリチカに聞かれたのがここに来た理由だ。

 学園祭も無事閉幕し、()()生徒会長としての大きな仕事はひとつ残してすべて終わったのだった。そして、残るひとつと言うのが次期生徒会長の取り決めなのだ。

 通常ならば、生徒会選挙を告示して立候補者を募るモノなのだが、悲しいことに告示してから未だに立候補者はゼロ。それ故に、対応策として生徒会長が次期生徒会長候補を推薦しなくてはいけないという状況となっている。それに、生徒会の引き継ぎもあともう少しだというのだから、時間に追われているのは言うまでもない。

 

「それで、俺にどうしろって言うんだ? 生徒会の話はエリチカたちで済ませればいいんじゃないのか?」

「そうしたいのも山々なんだけど、生憎、現状は芳しくないのよ……。今まで生徒会で働いてくれていた2年生たちは会長職とかには就かないと言うし、辞める人もいるの。告示もしてみたけど廃校阻止後の問題って意外と難しいモノでね、それで立候補したくないって思ってるのだと思う。だから、もうこっちで推薦するしかないかと思って……」

「推薦か……まさか、穂乃果たちを推すってことか?」

「ハッキリ言えばね。他の2年生の子にもしようかと考えたけど、見合っている子が見つからなくてね。正直な話、穂乃果たち以外の面識がない子が多いってのが本音なんだけどね」

「つまり、穂乃果たちの誰かを推薦したいが意見が欲しい、ってとこか?」

「ええ、私の一存で決めてもいいと思ったけど、やっぱり自信がなくって……。それなら、あの3人のことをよく知っている元生徒会長の蒼一にならいい答えを持って来てくれると思ってね」

 

 なるほど、そういうことなのか。確かに、音ノ木坂の現状は危機を脱したばかりで芳しくはない。おまけに、自分が就いたらまた廃校の危機に瀕するのではないかと躊躇うのもよくわかる。エリチカが俺に頼むってのは、やっぱり自分の経験上を考えてのモノなのかもしれない。事実、エリチカの代で廃校寸前にまでなってしまったことや、独断でことを押し進めようとしていたことが過ったからなんだろう。

 何より生徒会の引き継ぎは会長にとっては最後の大仕事だ。適任者に任せられなかったらこれまでのことが無駄になってしまうかもしれない。そうならないためにも慎重な判断が求められるわけで、俺に白羽の矢が立ったわけか。

 

「生徒会長って言ってもなぁ……、俺の経験をあまりあてにはしないでくれよ?」

「ううん、私は蒼一がいいの。学校説明会の時だって、蒼一がいてくれたから成功した。廃校阻止も蒼一がいてくれたおかげよ。だからお願い……」

「う、むぅ……」

 

 切なそうにして言ってくるのだから何とかしてやらないと、と思い立たせられる。

 しかし、いつまでも俺に頼りっぱなしってわけにもいかないよな。この先もずっと俺がいるってわけでもないし、いつかは自分で決めなくちゃならない。さて、どうしたものか……

 

「まあわかった。アドバイス程度ならばできるが、最後にどうするのかはエリチカが決めるんだぞ。現生徒会長はお前なんだ、お前が信じた子を次期生徒会長に任命するんだぞ?」

「えぇ、わかったわ……」

 

 少し自信がなさそうではあるが、自分で決めさせることを約束させた。エリチカが生徒会長であったというその意味を残すためにも、最後の仕事くらいは自分の力で終わらせてほしい。もし俺がエリチカの前の生徒会長であったならば、きっとそうエリチカに伝えたかもしれない。今の俺は、エリチカがそのことに自分の力で理解してもらうことしかできない。

 

 

「それで、エリチカは誰がいいと思っているんだ?」

「私は、海未が適任かと思うわ」

「海未、か」

 

 エリチカの口からすぐに出てきたのは海未か。確かに、真面目なエリチカからしたら海未はよく似た者同士と見たのかもしれない。

 

「どうして海未なんだ?」

「海未は文武両道で成績も上位にあり、何事も真面目に取り組む姿勢があるわ。私が残す仕事を1つ1つ丁寧にこなしてくれるだろうと思ったからよ。それに、海未を慕う生徒も多いわ。全生徒の上に立つ生徒会長には人望が必要だと思うの。それが無いとうまくいかないとわかっているからね……」

 

 人望か……。確かに、言わんとしていることはよくわかる。去年がどうだったかは知らないが、μ’sに入る以前のエリチカは近寄り難かったし、生徒からの評判は決してよくは無かった。何か苦い経験でもあったんだろうと、芳しくない表情から見てとれた。

 

「穂乃果とことりはいいのか?」

「穂乃果とことりは正直見てて心配だわ。穂乃果はいつも脱力気味な感じでしょ? 勉強とか嫌がる方だし、生徒会の仕事をちゃんとしてくれるかどうかわからないのよ。ことりはまだいい方だけど、優柔不断なところがあるのが心配だわ。できないこともしちゃいそうだし、たくさん抱え込んでしまいそうだし、身体を壊さないかって思っちゃうのよ」

 

 2人への説明には確かにその通りだと納得させられるものがあった。穂乃果のおっちょこちょいな性格やことりの気弱な性格は客観的に捉えても不安でしかない。そうした意味でエリチカが海未を選ぶのは道理が通っている。

 しかし、その点だけを抜き取ってしまうのはよくないと思った。

 

「なるほど、それが海未を推す理由か。だが、欠点だけを上げると考えたら海未にだってあるじゃないか?」

「海未にも?」

「知らないか? 海未は根っからの上がり症で、人前に出ると取り乱すことがしょっちゅうあったってことをさ。集中しきっていたら周りのことに気を取られずに済むんだが、一度意識すれば落ち着くまでに時間がかかっちまう。もうひとつ上げるとしたら、性格だ」

「性格? 何か問題なところがあったかしら?」

「気になると言えば、問題と言えるのかもな。エリチカが言ったように、アイツは真面目だ。いや、生真面目すぎるのが傷なんだ。真面目故に論理的に事を運ばせようとして、周りが見えなくなって突き進んでしまうところもある。以前、夏合宿の練習メニューを考えた時も、自分のペースに合わせたものをつくっていただろ? アイツは一度周りが見えなくなると、自分基準に事を動かそうとし始めるところが他よりも強い。まるで、どっかの生徒会長みたいにな」

「……それって、私のことかしら……?」

「自覚してるのなら話が早い。自分でもわかっているんだろ、海未とお前はよく似た性格だってことをさ」

「………っ!」

 

 一瞬、エリチカは動揺を示した。2人の性格が似ていることに気付いて躊躇い始めたみたいだ。薄々勘付いていたはずだ、もしこの先大きな問題に直面した時、海未がちゃんと立ち回れないのではないかということを。そう思い始めたら海未を推すか戸惑うはずだ。やさしいエリチカのことだ、同じ(てつ)を踏ませたくないのが先輩なりのやさしさなのかもしれない。

 

「……じゃあ、どうしたらいいのよ……。生徒会運営を完璧にこなしてくれるのは海未だと思っていたから推薦しようとしていたと言うのに、他に誰がいるって言うのよ……」

 

 エリチカは頭を抱えながら深い溜め息を落とした。さっきよりも気力が落ち込んでいるようだ。自分の考えが甘かったのではないかと苦悩しているようにも見える。このままじゃ、引き継ぎどころの問題じゃなくなるやもしれない、そう感じた俺はこんなことを呟いてみる。

 

 

「別にさ、エリチカみたいに完璧にこなせなくたっていいんじゃないか?」

「…………えっ?」

 

 この言葉に素っ頓狂(とんきょう)な声が漏れた。いかにも、どうしてと聞きたそうな表情をこちらに向けてくるので続けた。

 

「どんなに優れた能力を持っていても、周りから心配されることはよくあるし、失敗してしまうこともある。エリチカだって、とっても賢いけど失敗は経験しただろ? でも、失敗したからとて、今日ここまでやって来られたのはどうしてだと思う?」

 

この問いに、少し考え込む様子を見せると、ハッとして声を上げた。

 

「私には……希や蒼一がいてくれたから……私を支えてくれる人が傍にいてくれたから……」

「そうさ、エリチカには支えてくれる人がいた。俺から見ると、エリチカは完璧そうにふるまっているかもしれないが、なんて不器用なヤツなんだと見えてしまう。それは今も昔も変わっちゃいない。見てて危なっかしく思えちまうから、どうしても支えてやりたいとその気にさせてくれるんだ。まあ、少し目を離したらすぐぐずりそうだしな」

「何よ、それ……」

 

 俺の説明を聞いたエリチカは、恥ずかしそうに赤面しだす。だが、僅かばかりだが微笑んでいるようにも見えるのだった。

 加えて。

 

「上に立つ者は、能力の有無によるものじゃない。支えてあげたくなる人でなくちゃならない。もちろんエリチカが言うように人望があって頼れる人であるのも大事だが、すべてをその人だけに任せるんじゃなくって、周りも支えてあげないといけないようにすれば自然と組織は強くなれる。あとは、みんなを引っ張っていける力と素直な気持ち。そして、失敗を恐れない心だ」

「あっ……」

 

 以上のことを語り終えると、何かに気付かされたような顔を見せた。その瞳には、次の生徒会長は誰なのかを決めた意志を感じさせられた。

 

「もう、決まっているんだろ?」

 

 微笑みながら尋ねると、エリチカも微笑んだ様子で、

 

「ええ。たった今、決めたわ」

 

 と胸のつかえがとれたような穏やかな笑みを浮かばせていた。

 

 ちょうど開いた窓の外から、太陽のような声が風と共に高らかに舞い上がり、俺たちの耳に届くのだった。

 

(次回へ続く)

 




どうも、うp主です。

今回から第二期編に突入いたしまして、その前日談のような話です。生徒会が一新されるという過程が新たな始まりを告げているような気もします。
次回から早速第二期のあの冒頭部分を流す予定です。ここから加速する新章の物語をご覧くださいませ。

次回もよろしくお願いいたします。


今回の曲は

新田恵海/『NEXT PHASE』

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