[ 1年生教室・廊下 ]
さてと、の合図で1年生階にまで来た俺は、あの縁日の教室に向かいだす。最初から向かう予定だったんだが、今となってはその足取りが重く感じる。
と言うのも、蒼一とにこから凛のことでお灸をすえられたばかりだからだ。特に、にこからの説教で罪悪感を植えつけられてしまい、それで今凛に会うのが無性に気まずく感じてしまっているのだ。元をただせば俺が悪いと言うのは百も承知。ここで謝っておかなくちゃならないと逸っている気持ちも十分にある。けど、それが普通にできるような性分で無いため躊躇う方が強くなってきている。
あぁ……早く終われぇ……一思いにやってぇ……。めずらしく弱気になる自分をなんとか踏み止まらせて、この足取りを進ませた。
教室に近付くと、子供のはしゃぐ声が廊下にまで届いていた。穂乃果やにこのところ比べたら客入りは多くはないが、にぎわいは引けを取らない。特に一番の目的だった子供に喜ばれるという点はもう達成済みと言えるだろう。
「あっ、明弘さん!」
入口に来た俺に気が付いた花陽は、接していた小さな子供たちから離れてこちらに来てくれた。体操服の上に青いお祭り法被を着ていて、満面の笑みを浮かばせている。
「よぉ。とっても楽しそうにしてるじゃないか」
「そう見えます? うふふ、実際とっても楽しいんですよ。お客さんたちが楽しく、喜んでもらえるようにって頑張ってみましたら私の方が楽しくなってきちゃって」
「ソイツァよかったじゃないの。やってきた甲斐があったというものだな」
はいっ――、と屈託のない笑顔からまばゆい光が照ってるように思えた。だが、それでいいんだ。楽しい空間ってのは、遊ぶ側だけじゃなくって遊ばせてあげる側も楽しくなくっちゃいけない。花陽の笑顔はやさしいからなあ、見てるだけで微笑ましく感じてしまうんだわ、これが。
「明弘さん。もしかして、凛ちゃんのことで……?」
「あー……うん、まあそうなんだが……」
「――やっと来たのね。遅いわよ」
にぎやかな空間の中に置いても一際通る声で呼びかけてくる真姫。尖った口調にその表情も鋭く強張らせていた。
「なんだ、俺が来るのを待ってたのか?」
「別にアンタのためなんかじゃないわよ」
「ほほぉ、ツンデレですかぁ。こりゃまたいいモノが見れた」
「……バカなこと言ってると、その口縫い合わせるわよ……?」
「oh…ソイツは勘弁……」
ギッと睨みつけられた時、本当に縫いつけてくるんじゃないかってびびっちまった……。病院長の娘だからありえそうなんだよなぁ……
「……って、そんなことじゃなくって。凛のことよ!」
「あ、あぁ……真姫もか……」
「当たり前じゃない。あの時から、凛ってば何だかソワソワしちゃって、練習もそうだけど縁日のことでも気持ちが入ってないみたいなのよ。それを見てて心配にならない方がおかしいわよ」
「そ、そうなのか……」
「そうなんですよ! ここ最近の凛ちゃん、なんだか変なんです。見た目はそんなに変わらないように見えるんですけど、なんだか無理してるみたいで……明弘さん、お願いですっ! 凛ちゃんを元気にさせてあげてくださいっ!」
「うっ……だ、だが、元気にしてやるってどうやって……」
「アンタがいつもやってることじゃない。簡単でしょ? ほら、早くやってしまいなさいよ」
「わかってるさ……。というか、簡単だとか言うんじゃねぇよ! 結構大変なんだからな!」
「あらそう。ちゃんと頭使ってるみたいで何よりだわ」
「癪に触るなぁ……」
「あと、デレカシーの無い言葉は控えなさいよ」
お前もかよ……、と口に出ようとしたが喉元で止めた。面倒事が膨らみそうに思えたからな。
けど、こうも言われちゃあなぁ……まあ元々行くつもりだったし、ケツを叩かれたと思うっきゃねぇや。別に、真姫に叩かれたいって性癖は無いんだけどさ。
「言われなくたってわかってるさ。んで、凛はどこに?」
「凛ちゃんなら多分部室かなぁ。着替えをするって言ってたんだけど、今更衣室がいっぱいだからってそっちに言ってると思うよ」
「サンキュ、花陽。あ、そうだ。さっき兄弟が2年生教室でロミオの格好でウェイターやってたぜ~。行くなら今のうちかもな」
「蒼一にぃがロミオをっ!!? そ、それは気になりますぅ!!!」
おっと、思い切りのいい喰いつき方だな。やはりそういう反応を見せるモンだよなぁ。
……いや、真姫は反応しないぞ? めずらしいなぁ、アイツだったらいの一番に来るかと思ったのになぁ?
「真姫は行こうとしないのか?」
「気になりはするけど……別にいいわ。ああいうのだったらいつでも見れるだろうしね」
「いつでもって……そんな都合よくいくはずが……」
「それに、私だったらもっといい服を着せて給仕させてみせるわ。私だけの執事としてね……♪」
げっ。コイツは思ってた以上にヤベェ事考えていやがる……! 何だかよくわからんが、身の毛がよだつような悪寒に触れたみたいで身体がビクつきやがる! 流石はお嬢様と言うべきか、蒼一が初めて持った恋人の余裕と言うか……侮れないヤツだわ、こりゃあ。
「だから花陽も今行かなくたっていいのよ。その時は私と一緒に楽しみましょ♪」
「ええっ、いいの!?」
「もちろんよ。だって花陽は私の友達じゃない。それくらいしてあげるのは当然でしょ?」
「わあぁっ! 真姫ちゃんありがとう!! その時が来たらいつでも連絡してね! 私、何があっても飛んで行くからね!」
「ええ、楽しみにして頂戴」
いやぁ、怖い……何だか怖い……。悪意の無い笑みを浮かばせているんだろうけど、逆に真姫の言葉が重く圧し掛かってきて身体がビクつくわ。いったい何を考えているんやら……いや、考えない方がいい。それが身のためにもなるんだ、うん、そうに違いない。
こう自分に言い聞かせて湧き起ころうとする好奇心を抑え込んだ。この好奇心によってどんな仕打ちが待っているかを考えたら頭が痛くなる……。止めておこう。うん、それでいい。
友情(?)で結ばれた2人を傍目に見ながら教室を去り、凛のところへと走って行った。
―
――
―――
――――
[ スクールアイドル研究部・入口 ]
ちょっくら軽く駆け走って足先を扉の前に正させて、一回深呼吸をしておく。この向こうに凛がいるのかぁ……これでミスっちまったらホントの意味で終わっちまうかもしれ ねぇ。心しておかなくちゃな。
よし行くぞ、と小さく唱えて扉を開いた。
「凛いるか―――?」
勢い持って扉を開いたその向こうには、窓から光が差し込んで、その中に確かに机の上に座る凛の姿が―――
「あ……ぁっ…………」
「…………あっ」
――上半身を脱いで胸周りにサラシのようなモノを巻いている状態だったのだ……。
「ぁ……ひ、ひろ……くん……?」
「どわあああぁぁあああっっっ!!!! すまんすまんすま―――んッ!!!!!!」
うおおおぉぉぉぉぉ!!!! 何やってんだ俺ェェェ!!!! あれほどデレカシーに気を付けろと忠告されたばっかだと言うのに無暗に扉を開いちまったじゃないか!! そうかそうだったな、凛は着替えているって言ってたんだ! そのことをすっかり忘れちまってたぞオイッ!! は、早くこっから退室しなくちゃなんねぇ――!! っくあぁぁぁ……こりゃあ謝罪どころか断罪モノだァァァ!!
「ま、待ってっ―――!!」
慌てふためきながらここから去ろうとしていた俺に向かって、凛が止めてきた。今とても凛の言葉には敏感になっていたから、すぐに身体が硬直するみたいに止まってくれた。そんで恐る恐る首を若干だけだが回して見ることに……。
これ絶対怒ってるでしょ? 怒ってるよね? 言わなくたって俺にはわかっちゃうんだから、この身が縮まりそうな感じってのは、つまりそう言うことなんだと理解はできているんだ。だからその……全力で言い訳をしよう。
「え……えっとぉ~ですね。ほ、星空さん、コイツは……アレだ。不慮の事故ってヤツだ。まさかここで着替えをしているだなんて思ってもみなくてだな。幸いちょっと光が目に入ってよく見えなかったからセフセフだよな「……弘くん」わああぁぁぁすまないすまない悪意はまったく無いんだ!! 許せッッッ!!!」
「だ、だからぁ! そういうのじゃなくって……ちょっと、見てほしいんだけど……」
「………へ?」
……おや? これはいったいどういうことでしょう? 以前の凛だったら叫び喚いて助けを求めていたと思うのに、今日は何だか冷静だ。
やや疑問を抱きつつ、その言葉通りに首を回して凛の方に顔を向けた。
するとどうだろう、健康的な血色の肌が目に飛び込み、白い光が反射するほどそれは艶めいている。華奢な身体で、腕なんか俺なんかと比べても細い。サラシで巻かれている胸元は他と比べたら平たいが、若干の膨らみを見てとれる。背中には背筋が、お腹には腹筋が、遠目だが肌に影を落としてその形を知ることができる。肉質でもなく筋肉質でもない。そのスレンダーな肢体は見れば見るほど美しく、可憐に思えてしまうんだ。
……いや、何を考えているんだ俺は……。こんなところで欲情とかしたら罰が当たるだろうが。少し慎まなくてはいけないというのに……心は正直なようだ。呆れてしまうほどに、だ。
「た、大したことじゃないんだけど……手伝ってほしいの……」
「や、その……何を……?」
「……サラシ……巻いてる途中だったの……」
「え……えっとぉ、それはつまり、巻くのを? 俺が?」
「……いい、よね……?」
………ごめん、ちょっと理解に苦しむんだけど……。
どうしてこの状況でそれを俺に頼むんだ? 普通違うだろ、手伝わせるんじゃなくって怒るか退散させてやるもんじゃないのか? なのにどうして俺にそうさせるんだ……? わ、わからん……凛が何をたくらんでいるのか俺には分からん……。
と、と言うか、凛は怒ってないのか? 先日から立て続けにハプニングが起こってると言うのに、平然でいられるはずがない……だがしかしっ!
凛の姿を改めて見直した。上半身には服を着ておらず、サラシが巻かれて大事なところは隠れているが、若干緩んで垂れている。それを止めようと両手を交差させて抑えており、恥ずかしそうな表情をして顔を赤らめさせていた。
これを見て俺は思う……こんなん目の前にして撤退なんてありえねぇ! と。
「……わかった。言う通りにしよう」
ゆっくり近付き、凛の目の前に立った。
ええいままよっ! 何もしないで罰を受けるんなら、この与えられた時間の限りを持って凛の身体を目に焼き付けてやるんだ! ああもういいさ、海未にでも真姫にでもこってり絞られてやる! だが、これで得られる興奮を抱きながら棺桶とともに沈んでやるんだァァァ!!!!!
多分、目が血走った様相をしているに違いない。もう腹は括った。決意の表れだと思ってくれと大胆になる。
こんな俺の気を知らないで身体を回して俺に背中を突き出した。
「サラシ、垂れちゃってるから端っこを持ってて」
か弱い声でお願いされるから俺は言われるがままに端を取ると、抑えていた片方の手を外して緩んだところを引っ張った。キュッと引き締まり身体にピタリとくっ付く。後は調整と、凛はもう一方の端を掴むと身体に巻き始め、後ろに回ったのを俺に持たせる。そしてそれを前に戻して、凛がそれを掴んで身体に巻き付ける。その繰り返しだ。
……お、思ってた以上に気まずい。さっきから受け渡しの『はい』としか言ってないから思考が止まりかけていく……。と言うか、これって傍から見たら下着を付けるのを手伝っているみたいじゃないか。背中ばかりを見つめているけど、よくよく見たら女子の背中ってこんなにも色っぽいモノだったか? そう考えると……やべっ、欲情しちまいそう……。
「……弘くん」
「うおっ!!? す、すまんっ!! この前のことは悪いことをしたと思ってるし、いま凛の背中があまりにも色っぽかったからつい見つめちまったことも謝るから許してくれッ!!」
「そ、そうじゃいってばぁ! そのことはもういいんだよ……」
「……へ? り、凛、お前……怒ってないのか?」
「まったくってわけじゃないんだよ。でもホントは……弘くんに凛の恥ずかしいところを見られちゃって、とっても恥ずかしかっただけ……なの……ばかぁ……」
「あ……いや……わりぃ……」
一瞬、凛の言ったことを理解するのに戸惑った。だってさ、あんだけにこたちに散々言われまくったのに、怒っちゃいないと言われちまったらどう返せばいいかわからんじゃん。もう、気が抜けて口を開けてぽかーんとするしかなかったのさ。
「でも……ありがとね。凛のことを思って言ってくれたんだよね?」
「あ、あぁ。さすがにさ、あんなぴっちりした格好してたら注意したくなるんだよ。ましてや、今日みたいにいろんな男どもがやってくるのに、それを見たら変に欲情しちまうじゃんか。悪い虫に付き纏われたりする原因になったら困るだろうし……」
「うん、よかった。やっぱり、弘くんはやさしいね」
「そ、そりゃあそうさ。俺は紳士だからな、女子にやさしいのは当然のことさ」
「だったら、もう少し場所をわきまえてから言って欲しかったにゃ……?」
「……申し訳ございませんでしたァァァ……」
ふと、凛がクスリと笑みを零したように見えた。傾けた横顔からわずかに臨めたのは、頬を少し赤らめてかわいげのある様相で、穏やかな空気に包まれたかのようだった。
「ねえ。弘くん――」
一呼吸置いた言葉を口にすると、背中を見せていた凛が俺の方に正面を向かせた。
瞼を大きく開き、水晶のような瞬く光を閉じ込めた瞳が俺のことをジッと見つめていた。何かを言いたそうな、求めていそうな、そんな素振りを思わせるその姿に胸を揺らした。
「弘くんは……凛を見て、欲情……しちゃうの?」
「っ………!!」
いったい何を言っているんだと、一瞬言葉を見失った。その言葉を耳にして、胸の中に落とし込んでようやくその意味を理解し始めた。
欲情……? 俺が、凛のことを……? 考えてしまうと、余計に凛のことを意識し始めてしまう。目の前の、半裸姿の凛を! 咄嗟に息を呑んだ。まじまじと見入ってしまうその身体に、思わず。理想的、とは言い難いはずなのに、いざ目に入れるとどうしたことなのだろう……身体が熱くなってくるんだ。欲情、しているんだ……さっきも背中だけでも反応しちまいそうだったのに、正面から見た時のその違いよ。純粋に、本能的に、いいと思う俺がそこにいるんだ。否定だなんてできやしない。だが、それを口にすることなんて……
「……ばっ、バカなことを言うんじゃぁねぇよ!! まったく……」
「うん、バカなこと聞いてごめんね。ちょっと、からかってみたかっただけなんだ。弘くん、どんな反応をしてくれるのかってね♪」
「っ……! このぉ、俺をからかうのはよしてくれや」
「は~い♪ うふふ♪」
含み笑みを零しながら凛の表情は柔らかくなっていった。これでよかったのか? 凛は怒ってないみたいだし、根に持っているわけでもない。とりあえずは喜んでもいいみたいだ。
はぁ……肩の力が抜けたと思ったら、全身からもドッと落ちるみたいに疲れが出てきたわ。凛が余計なことを口にしなければなおさらだったんだがな……
「うんしょっと。着替えも終わったし、そろそろ行くにゃぁ~♪」
サラシをうまく付けることができたみたいで、その上に羽織るようにお祭り法被を着ると元気いっぱいに飛び跳ねた。さっきまでの姿とは一変した晴れやかな表情を見せてくる。
「ねね、弘くんこれから何もすることがないんでしょ?」
「え、あ、あぁ」
「だったら、凛と一緒にあそぼーよ! 凛たちのクラスの出し物がとっても楽しいからやろうやろう!」
「お、おおぉっ!? 腕をそんなに強く引っ張るなよ!」
天真爛漫ないつもの凛に戻ったと思うと、相変わらずな強引さに振り回されてしまう。
やれやれ、怒ってると思えば違ってるし、気落ちしているように見えたら今度は高揚しちゃってるし……まったく、女ってのは複雑なもんだぜ。
己の理解の範疇を越えるこの少女に呆れつつも、いつかは理解してみると心に決めるのだった。
そして今は、この強引な波に呑まれながらも嬉々とした時間を味わい尽くすのだった。
……つうか、あの姿で凛は恥ずかしく思わないのだろうか? 謎だ……
(次回へ続く)
どうも、うp主です。
この話を持って学園祭編は終了になります。
個人的にはまだ描きたいところはあったのですが、次の考えが無くなる前に書き起こしたかったのでこれで、とさせていただきます。
今年に入ってからはまだ閑話で話数を伸ばしていましたが、そろそろ本格的にしていこうかと考えております。次回は生徒会長エリチカのお話になります。ここで沸き起こる3年生の問題に蒼一はどう向き合うのか、御期待ください。
今回の曲は
歌組雪月花/『回レ!雪月花』
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遅くても問題ない