蒼明記 ~廻り巡る運命の輪~   作:雷電p

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第170話


感情を抑えるべきか、抑えないべきか…そこが問題だ

 

 

 学園祭前日・前夜祭―――

 

[ 音ノ木坂学院・体育館 ]

 

 

「ああ、ロミオ! あなたはなぜロミオなの――?」

 

 これは、戯曲『ロミオとジュリエット』に登場する名場面の1つである。

 血で血で争う互いの名家に生まれた2人の男女は、誰にも言えないほろ苦い秘密の恋に落ちてしまう。これは公然と会えない2人が、夜、ジュリエットの屋敷で相見える瞬間なのだ。

 

「もしあなたが私に愛を誓うなら、私はキャピレットの名を捨てましょう――!」

 

 凛とした声で体育館中に響く声。舞台の上に立つ彼女が言い放った言葉だ。純白のドレスに身を纏い、ふくよかでありながらもやさしさと哀愁を思わせる彼女の姿は、戯曲『ロミオとジュリエット』のジュリエットを見ているみたいだ。天井のスポットライトに照らされ、さらに増してその美貌を観客に見せるのだった。

 彼女を見上げる観客たちはうっとりとした表情で一挙一動を眺めている。視線の先に、女の子の憧れとも言えるドレスを纏った中世ヨーロッパのお嬢様がいる。しかも、愛する人のためにと紡ぐ言葉を耳にするのだから、眠る乙女心が目覚めだし、舞台の世界へと誘われていく。

 そして――、待ち焦がれるジュリエットの心を慰めるかのように颯爽と現れる好青年――ロミオ。シュッと縦に伸びた身長に無駄のない引き締まる身体。影に隠れた顔を臨めば、金剛石のように美しく磨かれ、不動の力強さがある。なのに、一度微笑ませれば清純な風が吹き、見るモノの心を射止めてしまう。

 思春期真っただ中にある少女たちにはこの男の姿は魅力的過ぎた。ジュリエットの悲痛なる言葉に、ロミオは大手を広げて叫んだ。

 

「おお、ジュリエット――!!」

 

 深愛籠った言葉で応えると、ジュリエットは今にも泣きそうになりながらロミオの胸の中に飛び込んだ。

 わっ、と息を呑むようなどよめきが起きたと思えば、飛び込んできたジュリエットをロミオが包み込むように抱きしめるので、どっ、と黄色い歓声が湧き起こる。

 つい大声を上げる者――、頬を赤く染め恥ずかしがる者――、観客の反応は様々だった。しかし、観客全員が音ノ木坂の女子生徒だったので、このような男女が抱き合う瞬間を興奮しないはずもなかった。

 

 ただ、興奮しているのは観客だけでなかった。

 

「(え、えぇ……?! ほ、本当に抱きついちゃったやん! みんなが見ている前で、う、ウチ……蒼一と……!)」

 

 現在絶賛彼の抱擁に包まれるジュリエット役――東條希は、興奮と戸惑いを抱くもそれが表情に出てこないようにと緩みかかった頬筋を必死に堪えていた。

 

「(ど、どうしてこうなったんや……!)」

 

 希がこう思うのもそのはずで、この学校の生徒でもない蒼一が、どうしてかロミオ役として選抜されたのか不思議でならなかった。

 

 事の発端は数日前に遡る―――

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 数日前―――

 

[ 生徒会室 ]

 

 

「えっ……エリチ、本番でれへんの?!」

「希ごめんなさい! 急に亜理紗の学校から保護者として担任と面談しなくちゃいけなくなったの。だから、劇に出れるかどうか分からなくなったの!」

 

 薮から棒に伝えられた絵里の言葉に希は驚きを隠せなかった。

 それもそのはずだ。学園祭が行われる前日、前夜祭と呼ばれる生徒たちだけの催しの中で、毎年生徒会が主催する何かがあった。今年は寸劇で『ロミオとジュリエット』をやることになっていた。ただ、さすがにすべてをやるとなれば大がかりになってしまうため、かなり簡略化された劇となっている。

 それでも与えられた台本に書かれた台詞は多く、新学期の長々とした校長からの挨拶並にあり、加えて演じるのであるから生徒会メンバーは時間をかけて仕上げてきた。なのに、ここに来てメインキャストである絵里が抜けるとなるとすべてが台無しになる。何せ絵里は主人公であるロミオ役なのだから。

 

「そうなったら今回の劇はどないするん? もうここまで来て辞めるなんてされても埋め合わせができへんよ?」

「私も早めに終わるように努力してみるけど、面談が始まるのが前夜祭開始直前だからそれまでに帰って来られるかわからないのよ。最悪中止になるかも……」

「そんなぁ……! せっかくみんなでやってきたのに途中で辞めるなんてありえへん。なんとかできんかなぁ……」

 

 この問題はさすがに2人だけでは解決できそうもないと気付かされる。とは言っても、生徒会長と副会長が何も代案を提示せずに他のメンバーたちと話を付けると言うのは失礼過ぎる。キツく言えば、絵里の勝手で現状が起こっているわけで、何かしらの方策を練るのが当然なのだ。

 しかし、本当の現状を鑑みれば絵里の代わりを務められそうな人選は難しいだろう。μ’sメンバーの誰かにと一度は考え、最有力候補と思い浮かべたのは海未。文学に通じ、これまで多くの歌詞を手掛けてきた彼女ならば適役だろうと2人揃って納得しかけた。――が、問題は海未が極度の恥ずかしがり屋で、まして男女の恋を題材にしたこの劇でまともに立ち回れるか不安だった。他のメンバーだとことりも考えたが、彼女には衣装をお願いしておりやれる暇がない。やはり海未に優る人選はありえなかった。

 

 無理言ってお願いするしかなさそうと難しい顔をした絵里は、すぐさま海未のところに行こうとした。

 

 

 

「おーい、失礼するぞ――」

 

 ちょうどその時、扉が開き、そこから蒼一が入ってきた。急に入ってきた彼を見ると絵里は少し驚いた様子で長身の彼を見上げた。

 

「何か用かしら?」

「あぁ、これからの活動についての話を少しだけしたくってな。邪魔だったか?」

「いいえ、平気よ。私も話したいこともあったしね」

「そうか、ならよかった」

 

 安心したのか蒼一の表情が緩んで朗らかに笑った。それを見ると張り詰めていた気持ちが大分楽になる。安心できる相手がいるだけで気持ちの持ちようがこんなにも違って感じられるなんてね、と頬を緩ませた。

 蒼一と話をするとなれば海未への頼みはどうしよう? 大変だと思うけどここは希に代わってもらおうかしら、と希の方に振り返ろうとした時だった。

 

「おっ、ロミオとジュリエットか! 懐かしいな」

 

 蒼一がテーブルに置かれていた台本を手に取り、ページをめくり拝読しながら言った。

 

「蒼一知っとるん?」

「知ってるも何も、シェイクスピアの名作じゃないか! 逆に知らない方がおかしいだろ?」

 

 意外だと思って聞いた希だったが、かも当たり前のように口にする蒼一を前に納得してしまう。台本を読み進める蒼一は、ページをめくるごとに懐かしむ様子を伺わせたり、時には感心する様子も見られた。その姿がどうして気になって絵里は眼を逸らせなかった。

 すべてを読み終え台本を置くと満足そうな声色を立てた。

 

「いいじゃないか! あの長々しい物語をこうも簡潔的に、しかもラストが感動的なハッピーエンドで収めながらも納得のできる内容に仕上げるだなんて大したものだ!」

「どう? おもしろい?」

「おもしろい。こんなにもおもしろく感動的なロミジュリを見たのは初めてだ!」

「せやろ? ウチもめっちゃおもろく思うとるし、演じてて楽しいわ」

「ほぉ、そうか、希も出るのか。と言うことは、ジュリエット、かな?」

「おぉ! 大正解や! なんで分かったん?」

「そりゃあ、生徒会が主催する劇なんだろ? だとしたら、大方絵里と希がロミオかジュリエットをやることになるだろうし、何よりジュリエットの可憐な愛らしさを表現するとなれば希しかいないと思ってな」

「やぁん、そんなに褒めても何もしないで~♪」

 

 褒められて平気そうな顔を見せてはいるが内心胸を弾ませている。ただ気を引き締めないと鼻の下を伸ばしたにへら顔になってしまうから我慢してしまう。最近は隠すことが下手になってきているから余計に気を入れてしまうのだ。

 

「これって今度の学園祭の中でやるのか?」

「せやで。正確には前夜祭になんやけど、蒼一なら見れるはずやで」

「ホントか? なら楽しみだな」

「せやけど……」

「ん、何かあるのか?」

「うん……今な、エリチが急に用事ができてしもうたって言うてな、もしかしたらできへんかもしれんのや」

「急用? それは大変だな……」

「亜理紗の学校の担任と面談するだけだから深刻な話じゃないわよ」

「そうなのか……しかしそうなったら残念だな」

「えぇ、それで代役を立てようかと思ってるんだけど、どうしようか悩んでて……」

「ふぅ~ん、そうなのか……」

 

 2人が悩んでいる中、蒼一は置いた台本を再び手に取って中身を読み始めた。少し悩んでから蒼一はこう2人に切り出した。

 

「――なら、俺がやろうか?」

「「……え?」」

 

 突拍子もないその言葉に2人は眼を丸く見開き固まった。何かの聞き間違えと思って耳をすませた。

 

「台詞はこれだけなら時間内に覚えられるし、いざとなればアドリブを入れて誤魔化すし……うん、いけなくないな」

 

 ところが聞き間違いでもないようだ。それに本気でやってしまいそうな感じだったため唖然とするほかなかった。

 

「……ちょ、ちょっと! もしかしてホンマにやるって考えとるん? ホンマに?」

「あぁ、本気だとも。このくらいなら何ら問題なくできそうだし、このまま公演するかどうか定かではないままにしておくのは生徒会としてもよくは無いだろ?」

「それは……せやけど、さすがに理事長も許してはくれないかと思うのやけど……」

「……いいわね……」

「え、エリチ?」

「いいわね、それ! それなら私も安心できるわ」

「え、ちょ、ちょっと待って! まさかホンマにするつもりなん!?」

「役柄もピッタリだし、台詞も覚えられるっていうじゃない? これなら無事に開演できそうだわ。ねぇ希、いいと思わない?」

「そ、それは……」

 

 この提案に絵里も乗る気になってしまい、もう後戻りできそうもない気がした。蒼一が代わりにしてくれることは喜ばしい限りなのだが、希にしてみれば気が重い。この劇は男女の恋がメインとなっているため、自然と恋人同士の描写が出てくる。しかも、希と蒼一は本当の恋人同士。それも公にできない秘密の関係。形は違えど、ロミオとジュリエットの関係とよく類似している。そうした意味では適役だった。

 しかし、希が気にしているのはそこではなく、蒼一と触れ合うことにあった。台本の中にはジュリエットはロミオに抱き付くシーンが多数出てきている。しかも、その度に情熱的な愛を語るのだ。希自身、滅多に口に出さない台詞を役柄であっても恋人の彼に向けて語るのだ。それも全校生徒の前でやるのだから堪ったものではないだろう。

 だが、せっかくここまでつくり上げてきたものを投げ捨てるわけにはいかず、希は承諾してしまうのだった―――

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 そして現在――

 

[ 音ノ木坂学院・体育館 ]

 

 蒼一はロミオ役として、この舞台に立っていた。

 

 生徒会メンバーと理事長からも何故かすんなりと了承を得られるとすぐさま稽古が行われたが、彼が見せるロミオは想像以上にできがよかった。男性だからこそなし得る力強い台詞語りに他の出演者も思わず見とれてしまうほどで、はなはだよかった。特に絵里は、もし私がジュリエットだったらよかったのに、とぼやいてしまうほどであった。

 

 そして本番当日。

 予想は的中し、絵里は時間に間に合わなかった。開演直前になってようやく学校を出たと言っているが、距離的に無理があったため予定通り蒼一がロミオを演じることになった。

 蒼一が出演することはギリギリまで隠されていたために、開演当初での登場ではざわめきが絶えなかった。しかしその演技を見るやいなや、一般生徒から疑問の声を上げる者はなくなった。彼の佇まいや演技を見るやいなや、観客は物語の世界に引き込まれ劇に陶酔してしまった。彼のロミオがまさに乙女たちの理想が具現化されたように思えたからだ。

 

 一方、希はと言うと―――、

 

 

 

「(あかーーーーーーーん!!!!!!)」

 

 

――内心かなり悶絶している模様。

 

 先程から多くの台詞を語ってきたがもう限界に近い。何せ、蒼一に向かって公然と『愛してると言って!』と愛に餓えた人のように詰め寄ったり、『あなたなしでは生きていけない』など胸が張り裂けそうになるような言葉を何度も口にした。おかげで彼女の顔はリンゴのように紅潮し、恥ずかしさで本当に胸が張り裂けそうになっていた。

 

「(ほ、ホンマに蒼一と共演するやなんて思ってもみいひんかったわ……と、と言うかこないに密着する必要はあるん? いくら台本に書いとるからって、抱きついたりするところを多くせえへんでもええやん! ウチの気持ちも考えてほしいわ!!)」

 

 舞台からはけた希は、蒸気が出てきそうなほど熱くなる顔を押さえながら悶絶し始める。さっきから何度も蒼一と熱い抱擁を交わし、胸の鼓動は早まり、その度にニヤけそうになるのを堪えた。稽古中も抱擁する度に休憩を挿んで整えてきたが、未だになれないこの感じに限界だった。身体が疼き始めてきていた。

 

「(あ、あかん……か、身体があつぅなってきよった……胸がじんじんしてきとるし、腕も脚も、なんやチクチクしてて気味が悪いわ……)」

 

 これほど彼と触れ合う時間を遅く感じたことはなかった。実際に流れている時間は左程だが、舞台に立っている時の異様な遅さを体感していた。この時間の遅さが希の身体をおかしくさせていた。

 こんなにすぐ近くにいると言うのに抱きしめる以上のことができないと言う欲求不満に駆られていたのだ。恋人関係となってからはそれなりのスキンシップも果たした間であるがために、抱きしめられるだけじゃ満足できなくなってきている。しかも、この劇の真っ最中に抑制が効かないでいるのだ。

 

「(が、我慢や……我慢せなあかん……。こないなところでしよったら大変なことになるのは間違いない。せめて、この劇が終わった後まで我慢してほしいわ……。でも……ホンマにかっこええなぁ……ホンマの王子様みたいな姿をしとるみたいや……あないな姿で抱かれた時の心地良さは格別過ぎて止められへんのや……!)」

 

 希の言うように、蒼一も舞台に合わせた衣装を身に纏っていた。若き剣士と言えるような凛とした姿にどこか柔らかさを感じさせられる衣装。もちろんこれもことりが手掛けたモノ。だからなのか、彼をカッコよく見せようと力が籠っており、一見すれば一国の王子にも見える姿にもなるのだ。故に、希も観客も共にその姿にうっとりさせられるのだ。

 

 こんな二重、三重にも織り混ぜられた魅力を放つ彼を目の当たりにするのだから理性を保っていること自体が奇跡に近かった。

 

「(だ、大丈夫や……あともう少しでフィナーレや。あと数分で終われるはずや……)」

 

 舞台もいよいよ大詰めに差し掛かろうとしていた。

 

「(そう言えば、最後はどんな感じになるんやったっけ――?)」

 

 台詞は覚えているモノの、この後の展開をど忘れしてしまった希は、再び舞台に立って台詞を叫んだ。

 

「ああ、私はロミオ様の永遠の愛を信じて、今この毒薬をこの胸に――!」

 

 そう叫んで小道具の小瓶を手に持った瞬間、ハッとなって思い返した。

 

「(……この後って、キスシーンやないかぁ―――!!!!!!)」

 

 そのことを思い出した希は額から滂沱の汗を流しだした。紅潮した顔から湯気が立ち上りそうになるほど熱く沸騰しかけていた。

 ただ実際はキスするフリをするだけなのだが、狼狽している彼女は落ち付いていられなかった。気持ちが大きく揺らいでいる中でのそのシーンに入るとなるとどのような結果になってしまうのか、誰も予想できるはずもない。

 

「(と、ととととりあえず飲むんや……飲むフリをして……えっと、そ、その場に倒れるフリを―――)」

 

 瞳をぐるぐるさせながらも覚えた通りの動作をして物語を進ませようとしていた。落ち付けば何とかなる、と胸の内で唱えているが、まったく落ち付いてなどいないのであった。

 希が倒れたと同時に舞台が暗転し、その中央に人ひとりが寝られる小さなベッドが置かれると、希はそこで仰向けに横たわるのだった。一見、白雪姫が毒によって深い眠りに付いたのと同じようなシュチュエーションである。と言うのも、悲劇に終わる今回の劇にアレンジが加えられて恋物語という名目となっていた。このまま劇が進めば、毒薬によって仮死状態になったジュリエットをロミオがキスで目覚めさせて幸せになる、というハッピーエンドになる……はずなのだ。

 

「(ど、どないするんや……!! 目を瞑ったままやと何が起こっとるのか全然わからへんし、ウチに何が起きるのかもわからんやん……!! あかん……めっちゃ緊張しちゃう……!!)」

 

 ベッドの上で静かに目を瞑っている希なのだが、どうしても胸の鼓動がうるさく打ち鳴らしていた。その緊張の度合いがよく見てとれる。

 

「おお、私のジュリエットよ。どこにいるのだ―――?」

 

 体育館の隅々にまで響く声が希の耳に入る。いよいよそのシーンが訪れようとしていた。

 声高らかに上げた蒼一が舞台に立つと、観客がざわつき始め、彼を見るや黄色い歓声を上げる人も少なからずいた。観客の盛り上がりも最骨頂に立とうとしていた。

 

 一方、希の心はざわついていた。いままでにないほどの緊張に胸の鼓動を鳴り立たせ、徐々に近付いてくるであろう蒼一に身体を強張らせた。目を開けられない彼女は耳を頼るしかないのだが、あまりにも自分の鼓動が大きすぎて他の音が聞き取りにくい状態だった。しかもよく聞こえるのが蒼一の声で――、

 

「おお、私のジュリエット! 今こそ私のすべてを君に捧げよう――!」

 

――まさに、希にキスをしようとする瞬間の台詞だった!

 

 

「(ええええええ!!!!!!? も、もうなの?! まだ猶予があったはずなのに、どうして―――!?)」

 

 現状に混乱し過ぎて思わず標準語に戻ってしまう希。確かに、この台詞を言う前にいくつか台詞があったのだが、単に希が聞き取れなかっただけで時間も正確に計れていなかった。だから急な出来事のように思えたのだ。

 

 そんな彼女の頬に蒼一の手が触れ始める。蒼一は身を屈ませて眠る希に近寄ると、顔を彼女に向けた。その表情は希にキスする時と同じ、頬を僅かばかりか染めて、恍惚とした眼差しを落としていた。この姿が本当にキスするみたいに生々しく見えた観客からは、待ってましたとばかりの黄色い歓声が沸き起こった。たとえ演技だとしても男女のキスする瞬間が目の前にあるのを見てしまうと興奮が収まらなくなる。すべての視線が2人に向けられた。

 

「(だめだめだめだめええっ!!! こんなところでキスはダメぇ!!! 公衆面前で私たちの関係を晒すようなことをしないでぇ!!!!)」

 

 こちらも混乱の頂点に達した希は、本当にするものだと勘違いしてしまう始末。しかも、観客からは見えない片方の目をチラッと開いてしまう。

 

「~~~~~~~~~~~~ッッッッ!!!!」

 

 ちょうど、目を閉じた蒼一の顔がすぐ目の前に! 希の限界が臨界点を突破しようとした瞬間だった―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドサッ―――――

 

 

 

 突然、何か大量の物が舞台に落ちてきたのが観客の目からよく見えた。それも、希と蒼一の上に。

 まるで時が止まったかのような静寂が体育館中に広がった。観客はいったい何が起こったのかまったく見当がつかず、代わりに空中をひらひらと漂う紙吹雪を眺め出していた。そして―――

 

 

「――はーっくしゅん!!」

 

 この一発のくしゃみが静寂を打ち破った。

 紙吹雪を顔にかかった希は鼻がむず痒くなって何度もくしゃみをしてしまう。感動のラストだったはずが、一気に腑抜けたものとなってしまった。

 

「おいこらっ! 何やってるんだよお前ら! 肝心のラストが台無しになっちまったじゃないかよ!!」

 

 天井目掛けて蒼一が大声で叫ぶと、穂乃果と海未が顔を出してやってしまったと言わんがばかりの表情をのぞかせていた。しかし穂乃果は、詫びるようなことは素振りを見せず、逆に茶々を入れてくる。

 

「ごめーん、2人とも! でも、ジュリエットが生き返ってよかったね!!」

 

 幸か不幸か、その一言が観客の歓喜を湧かせることとなり、不格好ながらも劇を終えることができたのだった。

 

 その直後、絵里がようやく戻ってくることができ、生徒会長として明日からの学園祭にむけて全生徒を鼓舞するのだった。

 

 

 そして、劇を終えた直後に姿を消した希はと言うと―――、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………あっ……ほ、ホンマに、キス、してもうた………」

 

 1人更衣室に閉じこもり、事故で唇を重ね合わせたことに頭を沸騰させるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「……蒼一の唇……うふふっ……♪」

 

 

 

 

(次回へ続く)

 




ドウモ、うp主です。

一カ月ぶりの最新話ですよー
遅れてしまって申し訳ありません。
こちらもいろいろとドタバタしててまったく執筆出来る状況じゃありませんでした。今週の日曜から少しずつ書き進めてようやく今に至るわけであります。
ちなみに、あともう一本を外伝のために準備していたりするので、こちらもお待ちくださいませ。

今回の話は、前夜祭として書かせていただきましたが、ご存知の方もいるかと思いますが、これは公式漫画で描かれているSIDストーリーをベースに書かせていただきました。あっちでは海未の視点で書かれておりまして、とても興味深い内容ですので時間があれば読んでみてください。

ちなみに、次回もそのSIDストーリーをベースに書くつもりです。よろしくお願いいたします!

あと、高評価を入れてくださり感謝いたします!励みになっております!



今回の曲は、
茅原実里/『ZONE//ALONE』

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