蒼明記 ~廻り巡る運命の輪~   作:雷電p

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第169話


祭りは始まる前段階がおもしろい

 

 

 あぁ……ふらつく……。

 保健室で寝ていたらしい俺は、なんとか身体を起こして、乱れた身なりを整えるとまた校舎内をうろつく。ただ貧血なのだろうか、頭がぼーっとする状態が続いてて身体も左右にふらつくのだ。

 目覚めた瞬間、そこは保健室でした――、だなんて、いったいどんなシュチュエーションだよ……。RPGならばありえるやもしれないが、これはゲームじゃない現実だ。何の理由もなくあそこで寝ていただなんてありえない。記憶が抜けていた間に何かがあったのだろう……しかし、思い出そうとすれば頭痛が起きてそれどころじゃない……。

 ふぅむ、思い出さない方がいいのかもしれないな……。考えに区切りを付けると、そのまま廊下を進んでいく。

 

 

「ここは……1年生の階か……」

 

 俺の横を通り過ぎる生徒たちみんなが青いリボンを胸元に付けていたので間違いないだろう。とすると、真姫や花陽、凛も教室にいるのだろうか? ちょっとだけ覗いてみるか――、と足を運ばせる。

 

 ん、なんだか楽しい音が聞こえてくるな。

 1年生の教室が見えてくると、中から祭囃子のような音が聞こえてくる。和太鼓の腹に振動するような音も聞こえてくるのだが、さすがに和太鼓が使われているはずがないだろうに……。

 

 

「お~、やってるじゃな……んっ?」

「あら、蒼一じゃない♪」

「ま、真姫……それに、和太鼓……」

「あぁ、これ? いいでしょ? 縁日にはピッタリよね♪」

 

 教室に入って早々、俺の目に飛び込んできたのは、バチを持って和太鼓をトントコ叩く真姫の姿だった。赤い祭り法被を着、頭に祭り鉢巻きを巻いて本格的にお祭り気分になっている。いやまぁ、嬉しそうなのはいいのだけど、まさか本当に和太鼓があるだなんて思いもしなかったわ……。

 

「……って、明弘もいるのかよ」

「おうよ!」

 

 周りを見回していたらこっちにも太鼓を叩いてるヤツがいるな、と見てみたら明弘がそこにいた。何普通に一年生たちに溶け込んでいるんだよ、って言いたくなるくらい馴染んでいるから他の人も気にしていない。

 しかもさっきからドンカカ叩いているその太鼓が気になって仕方なくって……

 

「――というかさ、それ太鼓じゃないじゃん……太鼓の○人じゃん……」

「んんんっ~? 何を言ってるんだ兄弟、祭りと言えば太鼓。太鼓と言えば太達って相場で決まってるじゃないか!」

「どういう勘定すればそこに行きつくんだよ!? しかも、TVゲーム版じゃなくってアーケード版かよ!! いったいその太達はどこから持ってきたんだよ!?」

「私よ!」

「知ってた……ッ!!」

 

 やっぱり真姫か! アーケード版をわざわざ呼び出すことのできるヤツってのは、どう考えてもこの中では1人だけだし、むしろそうじゃなかったらもっと驚くレベルだったわ! てか、したり顔で言うもんじゃないから!

 

「べ、別に、凛があったらいいなぁ~って言ってたから、持ってきたら凛が大喜びしそうだったからパパにお願いして持って来てもらったわけじゃないからね……!」

「割と明確、且つ久しぶりのツンデレっぷりをありがとう……」

 

 髪を指でクルクルさせながら少し恥ずかしげに言う真姫。ただ凛のためだけに持ってきたと言えば、なんて友達思いなんだろうと済ませるが、規模が違う! ゲームセンターにあるべきものをポッと持ってこさせる時点でおかしいし、一介の女子高生がやるレベルじゃない。さすが金持ち、暇を持て余してるなぁ、と気が遠くなりそうになる。

 

「いずみさん……理事長の許可は取れてるのか……?」

 

 当然思い付く疑問なのだが、それに答えてくれたのは近くで折り紙を折っていた花陽だった。

 

「あっ、あの、ですね……申請の話をしたら……『いいですね。おもしろそうだから通しておきましょう』って言ってました」

「おもしろいからって、ずいぶんと投げやりだなぁオイ」

 

 自由奔放なお人だな、あの人も……。というか、学校にこういうモノを置いていいのかよ。これがOKなら他の生徒たちがいろんなものを通しに来るだろうに……ハァ……だが、俺のことじゃないし深く考えない方がいいか……

 

 

『もう一回遊べるドン!』

 

……いやぁ~これはもっと深く考えておくべきなのでは……?

 

「それにしても折り紙でたくさんのものを作ってるな。これは景品にするのか?」

「うん、小さい子にも喜ぶかなぁって思ってやってるの。どう、かなぁ?」

「いいと思うぞ。花陽は手先が器用だからどれも綺麗な仕上がりだ。きっと喜んでくれるに違いないさ」

「そ、そうかなぁ。そう言ってもらえると、照れちゃいます……///」

 

 向かい合って話をする顔が急に赤くなると、視線をずらした。褒めると嬉しそうになる一方で恥ずかしがるのはいつみても愛らしく思える仕草だ。

 この縁日には、太達の他に射的や水ヨーヨーすくいもあったり割と充実はしている。その景品の一部として花陽たちが折り紙を折っており、しかもその出来栄えはかなりいい。鶴はもちろんのこと、動物や花などの見ただけで喜びそうなモノばかりだ。これは子供たちから人気が出そうだな。

 

「そう言えば凛がいないな。どこに行ってるんだ?」

「あ、えーっと、ちょっと着替えるって言って出て行って――」

 

 よく見れば凛がいないと思って花陽に尋ねたのだが、大急ぎで駆けてくる足音が聞こえてきた。噂をすれば何とやら、か。扉の前でピタリと脚を止めると、気持ちのいいハツラツとした声が入ってきた。

 

「戻ってきたにゃー!」

「おう、戻ったか……んッ!?」

「うん、おかえ……ええぇっ?!」

 

 帰ってきた凛を明弘と花陽が迎えようとしたのだが、2人が凛を見るやいなや目を見張るような声を上げた。それが気になって俺も顔を向けると、俺も思わず変な声が出てしまった。

 と言うのも、凛が着替えてきた服装は、体操服の上にお祭り法被を着て祭り鉢巻きを締めているところまではいい。問題は、その下――黒くピチッとしたスパッツらしきインナーの上に白のふんどしを付けていたのだ!

 しかも、そのふんどしがかなり締められているからか、凛のお尻のラインがくっきり見えてしまっている! ただでさえピチピチのスパッツで身体のいろんなラインや下着のラインまでもがくっきり見えまくっていると言うのに、そこをふんどしで強調させちゃっているのはいかんだろ! 世の男がこれを見たら興奮してしまうのは待ったなしだし、子供が見れば新たな性癖を誕生させてしまいかねない!

 

「ふふんっ! これで凛もお祭り気分を満喫するにゃー!」

 

 何も知らない無垢な笑顔と言うものはこれほどまでに眩しくって目がくらむものなのだろうか……?

 自分の姿を鏡で見て本当にそれでよかったのかって疑問視したくなる……。今この時点だってクラスの女子たちが目を見開いて、明らかにおかしいと思ってそうなのにまったく気付かないとは……恥じらいがないのだろうか? もしこんな姿を海未にでも見られたら、即刻お仕置き指導を受けることになるのは間違いないだろうな。

 

「り、凛ちゃん……! そ、そのっ!」

 

 おっ、花陽が指摘してくれるのか! さすが幼馴染、俺が言うよりも素直に聞き入れてくれそうな気がするぞ。

 

「どうしたのかよちん?」

「その……ね? り、凛ちゃんのその衣装なんだけど……」

「にゃ? 凛の衣装、どこか変だったの……?」

「へ、変じゃないよ! 全然変じゃないよ! むしろすっごくかわいいよ!! とってもとってもだよ!!」

「か、かよちん……! そう言ってくれて嬉しいにゃ~♪」

 

 は、はなよォォォ!!! どうして肯定しちゃったのォォォォ!!?

 俺の中で心の声が胸を裂けて出てきそうなほどの悲鳴が響いた。ダメか、凛が傷付く姿に負けてしまったと言うのか……だが、苦渋を噛み締めても指摘してもらいたかったのに……こ、これではまったく意味がないじゃないか……!

い、いかん……! これでは、凛がこの姿のままで本番当日に出てしまう。それだけは何とかしなくちゃ……。だが、それが言えるのは俺だけ……仕方ない、何言われようが泥を被るしかなさそうだ……!

 胸を落ち着けると決心して凛に近付こうとする。

 するとその時、明弘が俺の前に出てきて、ここは俺に任せろ――、と親指をグッと立てて俺の代わりに凛に向かって行った。アイツ、まさか……! 俺はアイツが何を言おうとするのか見守ることにした。

 

「凛――」

「あっ、弘くん! もうこっちに来てたの?」

「凛、大事な話があるんだ――」

「えっ―――」

 

 明弘と凛が向かい合って話をし始めたんだが、なんだ……この空気……? ひどく重々しく感じて固唾を飲んでしまうんだけど……?

 

「その、なんだ……とても言いにくいことなんだけど、さ……」

「うん……」

「ハッキリ言っても、いいか……?」

「うん……言っていいよ――」

 

 えっ、なにこれ? 何で顔を紅くさせちゃってるの? 照れてる? もしかしちゃって、照れているのか? いや、ただ指摘するだけなのに、何か告白するような展開を迎えちゃってるの? 告白するって言うのは間違ってないが意味が違うと思うんだ、うん。それに、こっちまでドキドキしてきたわ……。

 何と言うか……そう……ラブコメの波動を感じる……。

 

「―――ッ、凛!」

「――――っ!」

 

 

 明弘はグッと手を握り締めて言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………パンツのラインが見えてる………」

 

 

 

 

 

 

 

「…………………………………え?」

「だから凛のふんどしとスパッツで見え見えなんだよ、いろんなもんが、さ」

「…………………………………………えっ?」

「目のやり場に困っちゃうからさ、着替え直した方がいいと思うんだ、うん」

「…………ふぇ…………へ……………ぇ……あっ、うん………」

「それに今日の凛は、色っぽい。えっちだ。うん」

「~~~~~~~ッッッッッッ!!!!!!!!!」

 

 あ、これまずいな。

 何かが爆発したような音が聞こえたと思ったら、凛は腰に手を回してふんどしの紐を解き始めた。あまり固く結んではいなかったようですぐ解けると、それを束ねて棒状に近い状態にしてみせた。そして―――

 

「………ひ………ひ………」

「ん?」

「ひ……ひ、弘くんのえっちィィィィィィィィィィィィィィ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

「うぐおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉん!!!!!!!!!!!!????」

 

 こん棒のようにして明弘の頬に直撃させ、バチィィィィィン!! と割れんばかりの快音をとどろかせた。聞くに痛々しい絶叫を立てて明弘の身体は吹き飛ばされるようにして倒れていった。

 そして凛は、燃えるように真っ赤にした顔を抑えてどこかへ走り去ってしまった。その後ろを花陽が追い駆けて行くのだった。

 

 

 あーこれはひどい。

 どこから見ても明弘が悪いと言わざるを得ないもので、俺は眼を瞑った。少しは反省するべきだと思うんだけどなぁ……少しは気付いてやってもいいんじゃないか?

 

 

 

「ねえ、蒼一」

「ん、どうした真姫?」

「蒼一は……スパッツありと無しと、どっちが好き?」

「……何の話をしているんだ……?」

「ふふっ、ナ・イ・ショ♡」

 

 真姫が妖艶な笑みを立てて何かを企んでいるように思えたのは、気のせいでありたい……。

 

 

 

 

――

――― 

―――― 

 

 

 1年生の教室でのびてしまった明弘を置いてくると、俺はまた校舎内を歩きだしていた。

 2年、1年と回ってきたから今度は3年生のところに行ってみようかと思い立ち、階段を昇って3年生教室に向う。3年生の階に足を踏み入れた途端、ドッと雪崩れ込むような熱気に足が止まりかけた。

 

「おぉ、やってるなぁ」

 

 活気あふれる声と俺の前を通り過ぎる幾人もの生徒たち。俺がいることさえも忘れてしまっているほど自分たちの出し物に丹精込めているようだ。生き甲斐を感じている顔から気持ちのいい汗を流している。完成を待ち望んでいる様子がひしひしと伝わってくる。

 これほどにまで彼女たちが力を込めるのは、やはり今年が最後の学園祭だからなのだろう。最終学年の3年生で悔いのない時間を過ごしたい、そう思っている子も少なくは無いはず。それに音ノ木坂学院の存続が決まったことの嬉しさで気分を暗くする必要も無くなり、陽気な気持ちで臨めているのだ。

 

「さて、どんな店があるのだろうか……ん?」

 

 少し奥の方に進んでみると、黒いカーテンなどで教室の入り口を覆ったいかにも妖しい店が現れる。目の前に立って見ても教室内から出てくる禍々しい妖気が俺の背筋を凍らせようと努めてくる。生憎、このくらいでは俺を震え上がらせることはできないが、雰囲気だけはバッチリだな。

 

「およ? なんや蒼一、来とったんか」

 

 ちょうど扉が開くと中から黒いマントを纏った希が出てきた。

 

「あぁ、おもしろそうなのやってるからつい見に来ちまった。かなりしっかりしているんじゃないのか、このお化け屋敷は?」

「せやろ? ウチのスピリチュアルパワーをたぁっぷり注入した、どきどきいっぱいお化け屋敷や! 今年の学園祭の目玉になるところやで!」

「それはまた大きく出たな。まあ、オカルト専門の希が手を加えたんだかなり様になってるんじゃないのか?」

「ふっふっふ……なってるじゃない? やなくて、なってるんやで! 幽霊もお化けも心霊も盛りだくさん、来た人たちの記憶に残すくらいの恐怖を与えたるで~♪」

「一部の人からはトラウマ確定になりそうな内容なんだが、大丈夫なのか?」

「大丈夫大丈夫♪ と言うより、それくらい恐くないとおもしろくないやん?」

「あー……主に希が愉しむための仕様なのかよ……」

「そうとも言うなぁ~」

 

 最後の方は言葉を濁されたが、やはり……まったく、いい趣味してるよな。人を驚かせたりすることが好きな希だから、こうした催しを考えることは造作もないことなんだろうな。おまけに、趣味で研究しているオカルト関連の知識が役だっているから相当な関係度を誇っているのだろうな。そしてそれが完成している。いつもより気分がいいのはつまりそう言うことなのだろう。

 

 ただ、希がこのクラスにいるってことはつまり、エリチカはどうなっているのだろうか?

 

「なあ、エリチカは反対しなかったのか?」

「したで。めっちゃ」

「でも押し切った、と?」

「せやで♪」

 

 にやりと笑ってみせる希が言うと、エリチカのことが哀れに思う。

 エリチカは根っからのお化け嫌いで、おまけに暗いところが苦手と言うコンプレックスまで抱えている。その両者が合致しているお化け屋敷を、まさかクラスの出し物になるだなんて夢にも思ってないだろう。どおりでここ最近、落ち込んでいたと思ったらそういうことだったのか。

 

「で、ニコはどうしているんだ?」

「ニコっちなら今教室ん中で最後の調整をしてるで。衣装とか外装とかのデザインを監督してるんやで」

「さすがだな。さしずめ、ニコ監督ってとこか?」

「お、それええなぁ~♪ 後でそう言っとこ♪」

 

 くしし、とまた堪えるような笑みを浮かべる希。また新たな弄り方を見つけた悪い顔だ。

 そう言ってると、また扉が開き、噂のニコ監督が中から出てきた。

 

「希ぃ~終わったわよ」

「お疲れさん、ニコ監督♪」

「かん、とく……? 希、またアンタ変なこと考えてるでしょ?」

「別に~何も考えてへんよ~」

 

 嘘だ。絶対嘘だ。あの笑みの下でいろんなことを考えてそうだわ。

 

「――って、蒼一じゃない! 来てるなら連絡くらい頂戴よ!」

「あはは、すまんすまん。今日がこう言う日だって知らなくってな。さっき来たところなんだ」

「ふ~ん、それじゃあ仕方ないわね」

 

 少し不満そうな表情を浮かばせてはいるものの、俺を見た後のニコは頬を紅くさせていて嬉しそうだ。表情に出やすい性格だから見てて安心感さえ覚えてしまうくらいだ。

 

 すると、希が急に手を叩いて言った。

 

「せや! 蒼一、今からウチらのお化け屋敷に入って見ぃひん?」

「ん、今からか?」

「そうやで。ちょうどニコっちが終わったって言うとったし入れるやろ?」

「バッチリよ! ニコニーが最終調整したんだから完璧に仕上がってるわよ! そうね……お客さんがどんな反応するのか気になるから、蒼一頼めるかしら?」

「別に構わないけど、いいのか?」

「もちろんよー! 蒼一に、ニコニーのハジメテを見てほしいにこ~♪」

「その言い方は止めろ、勘違いされそうだ……」

「あっ、奪っちゃうって言った方がいい?」

「絶対狙ってるだろそれ?!」

 

 ニコがこういうことを言うとマジで洒落にならないからな。こっちもあまり深く考えすぎないのがいいのかもしれないな……。

 

「あっ! なんならエリチも呼んでくる? このお化け屋敷は一応2人1組の参加も可能にしとるんよ。もちろんカップル奨励やで♪」

「とか言って、恐がるエリチカを見て愉しむんじゃないのか、お前?」

「もぉ~そんなことないで~。ウチがそんなんに見えるん?」

 

 見える、思いっきり見えるから。と言うか、エリチカの反対を押し切ってやった癖にどの口が言うんだよ。

 

「そんならすぐに呼ばないとアカンな~……ちょっと待ってて」

 

 そう言うと希は、とっとっと、と廊下を駆けて行った。そしてしばらく経たない内に戻って来た時には、エリチカと一緒に帰って来たのだ。

 

「おまたせ~♪」

「割と帰りが早かったな」

「うん、蒼一がおるって言うたらすぐに来てくれたんよ。わかりやすいやろ?」

「も、もう、希ってばぁ……///」

 

 希の言葉にエリチカは少し慌てた口調で返すと、恥ずかしそうに顔を赤らめた。一瞬、瞳が水晶のように煌めき、焦った様子で口元を隠す仕草がなんとも愛らしく見えた。大人びた姿なのに、時折見せる幼子のような表情が俺の心をいつも擽るので胸が弾んでしまう。

 

「で、俺とエリチカがこの中に入ればいいのか?」

「そう言うことやで♪」

「えっ!? 私そんなこと聞いてないわよ!!」

 

 え? と思わず声を漏らしてしまう。希から何も聞かされていないのだろうか? と希の顔を見ると、やはり意味ありげな笑みを浮かばせているのだ。希の笑みを見たエリチカはすべてを悟った様子で詰め寄った。

 

「の、希……! まさか、騙したわね!!」

「騙しとらんよ~。ウチは今なら蒼一と一緒におられるかもなぁ~ってちゃんと言うたで?」

「なっ……!? だ、だからって、お化け屋敷のことは全然知らなかったわよ!!」

「やぁ~ん、それはウチやなくって、蒼一が行きたいって言うから~」

 

 うわっ、こっちに振ってきた……! わかってはいたがこのタイミングでもってくるのかよ。おかげでエリチカの目標が俺へと切り替わり、近寄ってきては何も言わないで両手に拳を作ってポコポコ軽く叩き始めだす。嫌でも入りたくないんだろう、若干涙目になり、頬を膨らませて拗ね気味でいる。そこまで嫌なのなら、と断ろうかと思っていた矢先、ニコがちょっかいを出し始める。

 

「あれぇ~? 生徒会長の絢瀬絵里さんは~お化け屋敷が苦手なんですかぁ~? もしかしてぇ~恐いモノがダメだったりするんですかぁ~?」

「………!」

「みんなから、かしこい、かわいい、エリーチカとも言われている学校の人気者がぁ~このくらいで怖気付くなんてカッコ悪いわぁ~」

 

 嫌ったらしい言い方だなぁ、明る様にエリチカを挑発してるじゃないか。いくらプライドが高いエリチカだからって、そんな安っぽい言葉に乗せられるはずが……

 

「しょ、しょうがないわね……! いいわ、行ってあげるわよ!」

「エリチカ?!」

「行くわよ蒼一! こんなところ、さっさと回って終わらせるわよ!」

「は~い、お2人様ごあんな~い♪」

 

 ムスッと顔を強張らせたエリチカは、俺の手を掴むと希とニコが示す入口に入って行く。そして俺は、それに付き合わされる羽目になるのだった……。

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 お化け屋敷に入ると、案の定かなり暗くて前が見えない状況だった。唯一、入口付近に置かれてある机の上にスタンドライトが視界をつくっていた。机の上には手に持てるほどの小さな懐中電灯が3本置かれており、どうやらここから一本使って出口に向かうらしい。ただし、ともに添えられてあった注意事項には、不良品なので時々消えてしまうことがあると書かれてあった。途中で切れるとかかなりホラーチックじゃないの……、最初から手の込んだことをしてくれる。

 そして、エリチカはと言うと……

 

「……こわくないこわくないこわくないこわくないこわくないこわくないこわくないこわくないこわくない……」

 

 まるで念仏を唱えるかのようにぶつぶつと身体を震わせて口にしていた。

 

「おーい、エリチカ?」

「ひゃあっ――?! お、おどかさないでよ!!」

「別におどかしているわけじゃないさ。それよりもかなり震えてるけど大丈夫か?」

「へ、平気よ、これくらい……!」

 

 かなり強気に聞こえるようだが、俺の手を握る手には力が入り震るえていた。俺が思ってた以上にエリチカのプライドは高いようで、やせ我慢して耐えているのだ。けど、それがいつまで続くのかなんてわかったものじゃない。

 

「じゃあ手を放してもいいよな?」

「だめっ!! ……や、その……ほら、こういうのってカップルで入るものだし、手を繋ぐのってなんだかロマンチックじゃないかしら?」

「お化け屋敷の中でロマンを求めてはいけない気が……」

「と・に・か・く! 私は繋いでいたいのよ! いいわね?」

「あ、あぁ……」

 

 強情に、いろんな理由を付けて手を握ることを止めたくないらしい。素直に恐いからって言えば楽なんだろうけど……とりあえず様子見ってとこかな?

 震えるエリチカの手を握り直し、懐中電灯の灯りを付けて道を進み始めた。道は細く、側面は黒い布でびっしり固められている。おかげで灯りを入れても光に反射するモノがなく、ただでさえ懐中電灯の灯りが弱いため、視界不良なのだ。おまけに、肌に触る冷気とじめっとする湿気。夏物を着る俺たちには肌寒く感じてしまうし、この悪寒が恐怖心を騒ぎ立たせていくのだ。

 そんな時だ、

 

「ん? 何か顔にかかったような……」

 

 顔にサラッとしたモノが触れて、少しくすぐったく感じたのだ。変に思ったのでそれに灯りを向けると、細い糸のようなモノが無数に垂れ下がっていたのだ。

 

「上の方に何かあるのかしら……?」

 

 エリチカが上を向くのでそこに光を当てると……

 

 

「―――きゃあぁぁぁっ!!!!」

「―――っ!!」

 

 目玉をくりぬかれた禍々しい顔をした人の頭が、逆さになって吊り下げられていたのだ! つまり、この細い糸のようなモノは髪の毛だということなのだ!

 エリチカはそれを見るなり悲鳴を上げ、俺の腕に顔を埋めてしがみ付いた。さすがにこれは刺激が強すぎるな。髪の毛を垂れ下げるだけじゃなく、表情まである顔も見せるようにするのは俺も驚いた。ホラーゲームにはよくある手だが、慣れてない人にはこれだけでお手上げになるかもしれないな。

 

「おい、大丈夫かエリチカ?」

「へ……平気よ……ちょ、ちょっとだけ……驚いちゃっただけ、なんだから……」

 

 こう言ってはいるものの、すでに目元を涙で赤くさせて今にも泣き出しそうな状態だ。序盤でこれでは途中で気絶するんじゃないかって心配してしまう。

 

「無理しなくたっていいんだぞ? 今なら引き返せるぞ?」

「だ、だめよ……! わ、私がこんなところで棄権するってなったらみんなの笑いモノよ……! そ、それに……今は蒼一と一緒にいるんだから、心細くないから……ね?」

 

 埋めた顔を腕から離すとゆっくり顔を上げ、小鹿のようにか弱い表情で俺を見上げて来る。プライドを捨て、本心を丸出しにした可憐な乙女が訴えかけてくる。そんな彼女の気持ちを無碍にはできなかった。

 

「わかったよ。だが、ホントにダメだと思ったら無理するなよ?」

「っ! えぇ……!」

 

 恐怖で震えていた身体は収まり、表情に明るさが戻ってきた。自信を取り戻しだしているのが見るだけでわかるほどに。

 さて、どうしたものか……。こんな姿を他の人には見せられない。知られれば、エリチカのプライドが無くなってしまうからな。恐がりなのを克服してもらいたい気持ちはあるが、当分は難しい課題だ。だとしたら……できるだけ恐がらせたりしないのがいいのではないか? うん、それしかなさそうだな。

 どうするか思い立つと出発する準備をした。脚をしっかり立たせたエリチカは、寄り添うように俺の腕を抱きしめ、そのままゆっくり進み出した。途中、壁に飾られていた人物絵から人が飛び出てくる仕掛けや、置き物の墓場の後ろから幽霊が出てきたり、背後から何者かに追いかけられるなどに遭遇した。俺は平気なのだが、エリチカはそうした仕掛けに出会うたびに声を抑えた悲鳴を零していた。本当は怖い、それでもエリチカはなんとか堪えてくれていた。

 感じ方ではもうそろそろ出口が見える頃かと思っていると、急に懐中電灯の光が消えた。

 

「え? え、えっ? ど、どうしたの?」

「わからない。電池が無くなったのか、不良品だからどこか故障しちゃったのだろうか?」

「そ、そんな……! は、はやく……早く灯りを頂戴……!」

「待て、少し落ち付いてくれ」

 

 突然、灯りが消えたことにパニックになるエリチカ。灯りがないと辺りは闇に包まれて何も見ることができないから余計に不安に駆られているに違いない。早くしないと……。

 見えない視界の中では手先が頼りだ。懐中電灯のキャップを回して外し、中の電池が入っていることを指で確かめると、もう一度入れて閉じた。もう一度スイッチを入れるがそれでも点かない。荒技だが手首を動かして振ってみることに。そしたらようやく灯りが点き始め、これで前が見えるぞと前に向けると、

 

「ッッッ―――!!!?」

「うわッ!? あっ!! きゃああああぁぁぁぁぁ!!!!!!」

 

 突然、さっきまで無かったはずの生首が目の前に現れたのだ! これにはさすがの俺も血の気が引くほど驚愕したが、何よりエリチカの驚きようは尋常ではなかった。

 

「エリチカっ、大丈夫か……!?」

「うっ……えっぐっ……えっ……もういやぁ……たえられないわぁ……」

 

 生首を見るなり泣き叫び、腰が抜けたみたいに脚が崩れ、その場に座り込んでしまうほどだ。おかげでここから一歩も動けなくなってしまう。

 参ったな……距離的にはあともう少しなんだが……ここでリタイアと言われたとしてももう進む他ない。ここはどうしてでも頑張ってもらわないと……

 

「エリチカ立とう。立たなくちゃもう帰れないぞ?」

「いやぁいやぁいやぁ……エリチカ、たちたくない……かえりたいよぉ……」

 

 まずいなぁ、あまりの恐怖で思考が幼児退行してきてる……! この仕草が親に駄々をこねる子供にそっくりだ! 立たせるだけで苦労することになるとは思わなかったな……。

しかし、だからと言ってこんな姿のエリチカを他の人に晒すわけにはいかない。それこそみんなの笑い草になってしまう。それだけは何とかしてやりたい……だが、どうしたら精神を元に戻させられるだろうか?

 考えろ……エリチカがエリチカとして戻れる方法は……そうだ……!

 瞬間、荒療治とも呼べる手法が脳裏を過った。もしかしたらこれで何とかなれるかもしれないと考え、すぐに実行に移し始める。

 未だにうずくまって、小さく啜り泣くエリチカ。その彼女に光を当てつつ、顔を上げさせた。涙で汚れた顔。息を吸う度に身体が震え、見るに可哀想な姿をしている。そんな彼女に、エリチカ――、と小さく声をかけるとゆっくりこちらに目を向け始める。不安に満ちた顔。あやすように頬を撫でると、ちょっと我慢してて――、とだけ告げて灯りを消した。

 

「っ! 消さないで……! 灯りを消さないで……!」

 

 小さな悲鳴が囁かれるが我慢する。

 俺はエリチカの顔をしっかりと捉え、両手を頬に添えると親指で口元を探し当てた。そしてゆっくり顔を落として――――

 

 

「んっ――――」

「――――っ!」

 

 冷たく震える唇に熱い口付けを与えた。

 音を立てず、ただ触れるだけ。それだけで充分なのだ。

 震えが収まり、身体がぴんっと張っていた。エリチカのやつ驚いてるな――、暗がりの中でもわかってしまう彼女の表情。鼻から抜ける息遣いが、唇から感じる震えが、ビクつかせる身体が教えてくれる。

 唇をゆっくり離した時には、彼女は落ち着きを取り戻していた。

 

「どうだ、なんとか立てそうか?」

「え、えぇ……なんとか、ね……」

 

 たどたどしい口調で返すエリチカは、まるで借りてきた猫のように非常に大人しくなり、さっきのあり様が嘘のようだ。再び灯りを灯すと、紅潮した顔が現れ、恍惚とした視線を送っていた。駄々こねていた子供は、一瞬にして顔をとろんと蕩けさせた艶女へと変化したのだった。

 エリチカに手を差し伸べ、そのままゆっくり立たせると彼女は再び俺の腕に抱きついてくる。だが今度は、指同士を絡ませ、身体を押し付けてくる。絶対離れたくない現れなのだろうか、おかげで柔らかく特に強調されたモノを執拗に感じてしまう。

 これは絶対理性を殺しにかかってきているに違いない! 自分を保たせている内にさっさと出て行かなければと思い立つのだった。

 

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 エリチカとゆっくり出口に向かい、外に出られた俺は燦々と輝く太陽の光に目を眩ませた。じばらく夜のような空間に入り浸ったから、こんな光を急に浴びたらこうなってしまう。

 目が慣れると、視界に入った希とニコが意味ありげな笑みを浮かばせて俺を出迎えていた。

 

「お疲れさん。どやった、ウチらのお化け屋敷は?」

「かなりいい出来だったぞ。逆に恐すぎるんじゃないかって心配しちゃうくらいだ」

「イヒヒッ♪ 思ってた通りの感想で嬉しいわぁ♪」

 

 悪戯な笑いを見せつつ自らが手がけたものの完成度に満足している様子。俺自身も希が考えたこれを高く評価してる。心霊的な恐さよりも現実的な恐さが強調されていて、背筋を震わされたものだ。だが、さっきも言ったように度を越えた恐さがあったのは確かで、来場者のどれくらいがトラウマを植えつけられてしまうのかが心配になる。

 

「それで、中でたくさん叫んでくれちゃった絵里はどうなの? あまりにも恐すぎちゃって泣いちゃってたりしないわよね?」

「なっ、泣いてなんかいないわよっ!」

「本当かしらぁ? 私たちが見てないのをいいとして、本当はぼろぼろ涙零してたんじゃないかしら?」

「も、もうっ!! ニコったら、それ以上言うと怒るわよ~!」

「あ~ん、こわ~い♪ ニコ、鬼のような絵里に泣いちゃいそう~♪」

「にこっ!!」

 

 怒鳴るエリチカをもろともしないニコは、おちょくるような言い方で困らせていた。まあ、実際エリチカは大泣きしていたんだけどな、それは言わないでおくか。

 

「よしよし。えりちと蒼一のおかげでいいデータが取れたわ~ご苦労さん♪」

「希、何のデータをとってたんだ?」

「ん~? それはやね……男女のカップルがお化け屋敷の中に入ったら、ムフフ♡ なことが起きるのか? やん♪」

「「っ?!」」

「わからんようにやっとったみたいやけど、ウチの目は誤魔化せんからな♪」

 

……なんだよ、すべてお見通しだったってわけかよ……。

 ここまでくるとなんだか呆れてしまうな……ただそうもいかない人を除いて……。

 

 

「の~ぞ~みぃ~……!!」

「わー! えりちが怒ったでー! にこっち、逃げるでー!」

「きゃー! こ~わ~いぃ~! 襲われる前に逃げるにこー♪」

「待ちなさい!!」

 

 エリチカの制止を振り切って、2人はどこかへと逃げ去ってしまった。

 逃げ足も速いヤツらだ。だが、今追いかけなくても否応なしに次の時に逢えるんだから、少しお灸を据えておこうかな。中でのことは知られたくないしな。

 

 

「……ねぇ、蒼一……」

 

 2人を追い掛けずに留まっていたエリチカが、俺の手を握って聞いてくる。ちょっと頬を紅くさせて、目線を逸らすようにして。

 

「ちょっと、ね? まだ震えが止まらなくって、ね……その……慰めてほしい……かな……?」

「えっ……」

「生徒会室……多分、誰もいないから……ね?」

 

……あれ? もしかして、誘ってる……? エリチカがそんなことを言ってくるだなんて……あぁっ、もう……そんな感傷的な顔で寂しそうに言われたら断れないじゃないか……!

 変に心臓がバクバク打ち鳴らすのだ。

 

「……わかったよ……でも、手は放そうか。変な噂が立てられたらまずいからな」

「別に、いいじゃない……私は、いいと思う……」

「エリっ……あいや、だめだだめだ! それだけは了解しないから!」

 

 風波立てられたらそれどころじゃない。だからこうしたことも気軽にできないのだ。

だが、それでもエリチカは、つぶらな瞳で俺のことを見つめるのだから無碍にもできず、あっちに行ったらたくさんしてあげるから――、と妥協してもらうことに。すると、嬉さが溢れ出てくるような笑顔を見せるので、それでよかったんだと内心ほっとさせた。

 

 そして、誰もいない生徒会室にて、彼女が満足するまでずっと慰め続けるのだった。

 

 

(次回へ続く)

 




ドウモ、うp主です。

少しずつイチャイチャさせていき、裏の方でさらにイチャイチャさせたいうp主です。

体調が良くなってきたかなぁ? って思ったらまた体調を崩す毎日になってて、執筆できる時間が少なくなってます。
できるだけ早くお届けできるように励みます。

次回もよろしくお願いいたします。


今回の曲は、
林原めぐみ/『〜infinity〜∞』

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