蒼明記 ~廻り巡る運命の輪~   作:雷電p

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第167話


終結の法則

 

 

 

 手榴弾の炸裂音はフィールド全体に響き渡った。

 その近くで接戦を繰り広げていた新八と鈴子もこの音を聞き、手を止めた。

 

「何事ですのっ!?」

 

 この音に過敏に反応を示す鈴子は、佐野がいる方向で鳴ったことに驚きを隠せなかった。佐野には手榴弾を持ってなどいない。もしものためにと鈴子に手渡されていたからだ。それにこれが彼女たちの持つことのできる最後の一個でもある。だとしたらこの爆発は―――!

 

 血相を欠いた様子で彼女はこの場から離れ去ろうとした。目の前に彼女を狙う新八が立っているのにも関わらずに、だ。

 しかし、新八は走り去る彼女を撃とうとはしなかった。逃げる相手を狙い撃つなんて卑怯だ、との考えで構える銃を仕舞った。

 

「……バジーナのヤツ、最後の手段を選んだか……」

 

 そして、彼女の背中を追うように沙織のところに駆け付けようとした。

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 

「……う……うぅ……」

 

 手榴弾が炸裂してからわずかな時が流れていた。かすれた呻き声をあげる佐野はゆっくりと意識を戻していた。どうやら気絶してしまっていたらしい。さっきの爆発で耳鳴りを起こしたのが原因だろう、今もまだ耳が遠く聞こえる。

 

「……め、目がくらくらするのぉ……」

 

 眩暈もして視界がハッキリしない。加えてインナーが硬直してうつ伏せになった状態の身体が動かなかった。これでは今置かれている状況がわからなやないか、と頭を悩ませた。

 

「せ、せや……どっちや……どっちが勝ったんや……?」

 

 意識を失う直前、彼はトリガーを引いた。ただそれが沙織の身体に直撃したのかまではわからず、ましてやどちらが先に当たったのかさえもわからなかった。すべては聞こえてくるだろうアナウンスに期待を込めるしかなかった。

 

 その直後だ―――

 

 

『――沙織・バジーナ、佐野清一郎、戦闘不能(リタイア)――』

 

 2人が被弾したことを伝えるアナウンスが佐野の耳にもハッキリと聞こえた。さらに続けて、

 

 

『――なお、リーダーの戦闘不能(リタイア)を確認したためゲームは終了となります――』

 

『――戦闘不能(リタイア)したのは――』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『――沙織・バジーナ――』

 

『――よって、佐野チームの勝利となります――』

 

 

「よしっ―――!」

 

 このアナウンスに佐野が安心したのは言うまでもない。勝敗を喫したこの瞬間ほど心が休まるモノは無かったからだ。

 

「(……せやけど……なんや、この嫌な胸騒ぎは……?)」

 

 戦いには勝った佐野だが、違和感を抱き始めていた。

 

「(そう言えば、さっきからワイの下に何か変な感触が……)」

 

 感触と言うよりも感覚と言った方がいいだろうか。彼の顔にわずかだが温もりを抱いたのだ。

 温かい? そんなはずは無いだろう。何故なら地面の上に突っ伏しているはずだと思っている。しかし地面にしては柔らかくないか? と頭の中で錯綜する。と、その時だ―――

 

 

 

 

 むにゅ―――

 

 

「………………ん?」

 

 佐野の顔色が急に青くなった。右手にとてつもなく嫌な感触がしたからだ。

 ぴとっと指につく感触と滑らかな肌触り。加えてこの温もり……まさかと思ってもう一度それに触れてみたら、

 

 

「ふひっ―――」

「―――っ?!」

 

 聞いた声を耳にした。

 これには驚きを隠せず、動悸が一気に早くなった。自分の心音が確かめられるほど大きく聞こえる。

 佐野は何かを悟り、息を呑んだ。彼は硬直していない頭を動かして恐る恐る視線を上げた。そしたら、きらりと光るぐるぐるメガネが視界に入ると、()()は『ω(こんなかんじ)』の口をしてニヤ付いて言うのだ。

 

 

「―――ぷふふっ、清一郎のえっち♪」

「んなっ―――!!!?」

 

 脳天に雷が落ちるような衝撃が彼を襲った。

 佐野は自分の下に沙織がいると言うことに気付いてしまったのだ! そして、右手に抱いた感触と言うのは、沙織の顔! しかも、頬に触れていたと言うのだ!

 これにはさすがの佐野も慌てふためきだしたが、全身は硬直して動けないままなので自力ではどうすることもできない状況になっていたのだ。

 

「お、お、おおおっ!?! な、なんで沙織がここにおるねんっ!?」

「いや~、まさか清一郎氏が拙者のことを押し倒しに来るだなんて思ってもみませんでしたなぁ~♪」

「な、なに意味わからんことぬかし取るんやぁぁぁ!! ワイがそんなことするわけがないやろ!!」

「とは言ってもですねぇ~、どう見たって清一郎氏が押し倒さなければこんな構図にはならないでござるよ~」

「だぁぁぁ!! ワイはやってぇぇぇぇ!! 無実無根やぁぁぁ!! てか、離れろや!!」

「離れろと言いましてもな~、下敷きにされてる拙者が動けるわけがないですぞ。それに拙者も身体がカッチカチに固まっていまして無理でござる」

「嘘やろぉぉぉぉ!!!?」

 

 悲鳴にも似た佐野の声はよく響いた。彼からしてみれば、女を押し倒すようなかたちになったのは負けるよりも恥ずかしい。物事を器用にこなす彼だが、こればかりは不得手のようで不器用な自分を曝け出していた。

 そんな彼の醜態は誰にも知られないわけもなく……

 

 

「……せぇ~いちろぉ~………」

「………ッッッ!!!」

 

 佐野の背筋がビクッと跳ね上がった。まるで、氷柱に突き刺されたかのような酷い悪寒に苛まれ始めたのだ。そして、腹の深淵から這い上がってきたかのような声が聞こえてくるのだから、心臓に掛かる負担は大きかった。脈拍が、心拍が、沙織の上にいる時よりも早く、激しくなっている! 前にも同じようなことを経験したことがある彼は、走馬灯のようにあの時のことをふと思い出すと青ざめた笑みを引き摺らせた。

 

「(ろ、ロベルトの時と同じような感じや……あかん、これ死ぬで……)」

 

 殺気―――

 彼が感じたものは紛れもない殺気に他ならなかった。それも莫大な憎悪とに満ち溢れ、これだけで彼の生命線を絶ち切らせてしまうほどだった。

 下に敷かれている沙織もこの気配の出所を見ると、何とも言えぬ笑みを浮かべては明後日の方角に目を向けていた。何かを悟ったかのような、諦めが付いたような表情であった。

 そして、この殺気の根源である()()が、ゆっくりと2人に近付き見下ろすかのように仁王立ちした。振り向きたくない……、だが振り向かなければいけないとする使命感に駆られた佐野は恐る恐る首を回すと、ニッコリ笑う鈴子がそこにいた。

 

「……なにを……しているのです……?」

「や……り、鈴子……!? ちゃ、ちゃうで、これは単なる事故で……」

「事故……? へぇ~事故ですか……」

「せ、せやで! 事故! これは事故なんや! なんかこう、接戦しとったら急に気ぃ(うしの)うてな、気が付いた時にはこないなことになっとったんや!」

「気を失ったのですか……それでそれを理由に沙織さんを押し倒したと言うわけですか……?」

「ちゃうちゃう!! ちゃうで鈴子ぉ!! 無意識だったんや、無意識! ワイがこないなことになっとるやなんて全然知らんかったんや! 信じてやぁ!!」

「そうですか……つまり、無意識だったことをいい機会に言い逃れをしようと言うのですか……そうですか、そうですか……」

「ちっがあああぁぁぁぁう!!!!!!」

 

 ああ言えばこう言う、佐野の言葉は鈴子にはすべて悪い言葉として変換され、状況はさらに悪化するばかり。言い訳にしか聞こえない彼の言葉には、もはや説得力がない。鈴子の目の前に起こっている実態がすべてを物語っているからだ。

 

「り、鈴子……まさか、怒っとr「怒ってませんわ」――いや、怒っと「怒ってませんわ」――怒っt「怒ってませんわ」――……」

 

 畳み掛けられる言葉と、眉ひとつ動かさない菩薩のような笑みを浮かばせるので何も言い返せられない。ただただ身に迫る恐怖に顔を強張らせるほかなかったのだ。

 鈴子は絶対怒っている――、言わなくてもわかっていたことだが、口にしてここまで全否定してくるのを見ると尋常ではないものを感じる。もはや取り返しのつかないレベルにまで到達しているのだと、佐野は察してしまったようだ。

 

「それでは……今から沙織さんから引き離そうかと思いますが、よろしいですよね――“佐野くん”?」

「――――ッッッッッッ!!!!!!」

 

 見開いた。鈴子の瞳がギンッと音を立てるように見開いた。漆黒の瞳孔とその周りを囲む血走った白目が迫る恐怖を増大させていた。その表情はまるで般若のような迫力があり、一種のホラーテレビに出てくる白い女のような戦慄さえを覚えるのだ。

 そして彼は知っている。彼女が怒りを発している時、名前ではなく名字で問いかけてくることを……

 

 すると鈴子は、懐の中へ手を忍ばせると、おもむろに手の平に掴んだものを見せてくる。それは佐野が鈴子に手渡したあの武器で―――

 

 

「ちょっ、り、鈴子?! そ、その手榴弾、どないするんや?!」

「あー……害虫駆除するには焼却が一番だと聞きまして……ですから、これを投げてしまおうかと思ったのですよ」

「いやいやいやいや!! それは燃やすもんやない、身体中に弾丸を埋め込ませるもんや!! そないなもん当たったら、また気絶してまうわ!!」

「はぁ……まあ、いいじゃないですかそんなこと……動かなくなれば、その方が動かしやすいですし、手間が省けます♪」

 

 口元を緩ませてニタリと笑みを浮かばせるが、見開く目元はまったく笑っていない。むしろ逆に、段々笑わなくなっていて本当にホラーに登場しそうな不気味さが立ち込めている。まさに人を殺しそうな目をしているのだ。

 この時、佐野に死を覚悟させた。もはや助かる見込みは0なのだと、心のどこかで諦めが付いていた。しかし、あのようなものを再び喰らっては身体が保たないだろうと、痛みから起こる恐怖に苛まれていた。どうにかして説得を――、と思ったのだが、時すでに遅し。鈴子は手榴弾の安全ピンを抜いて大きく振り被っていたのだ。

 

「鈴子ぉぉぉぉぉぉ!!!! ストォォォォォォォォップ!!!!!!!!!!」

 

 佐野の必死な叫びもままならず、首を斜めに曲げて死の宣告を吐いた。

 

「いっぺん―――死んでみる―――?」

 

 まるで本物の閻魔を見ているような心地だった―――

 

 

 

 

「―――って、それ中の人ネタやんけぇぇぇ!!! しかもマジで洒落にならんヤツやんかぁぁぁぁ!!!」

 

 佐野の悲痛な叫びをもろともせず、鈴子は佐野の頭に目掛けて投げ出された。空を切るような勢いを持った手榴弾は力失うことなく佐野に向かっていく。必死な抵抗が木霊するものの、どうすることもできない彼は、ただ来る死を迎えるほかなかった。

 そのとばっちりを買う沙織も口には出さないが、内心決して穏やかなはずもなく、冷汗をだらだらと垂れ流すのだった。

 瞬きする頃には爆散することだろう、そう思う2人は身構えるのだった。

 

 

 だが―――、

 

 

 

 パコーン――――!

 

「いでっ―――!!」

 

 なんと佐野の頭に当たったが爆発することなく、どこかへ飛んで行ってしまったのだ。

 不良品だったのか? けれど、そのおかげで難を逃れることができた2人は張り詰めた線を緩めるかのように気持ちが和らいだ。

 

 

 だが、2人の難が本当に逃れたわけでもなく……、

 

 

「あらぁ~残念ですわねぇ……あそこで爆発して下されば、こんなことはせずに済んだのですのに……」

 

 とこれもまたおもむろにサブマシンガンを取り出すと彼の頭に銃口を向けるのだ。

 

「お……おい……じゅ、銃は相手に向けるモンやない()うこうと習わんかったんか……?」

「……なんですの、それ……?」

「あっ………」

 

 難から逃れるなど到底不可能と言うモノだったようだ……

 

「あっ、あのぉ……り、鈴子氏……? せ、拙者はただ巻き込まれただけなのでござるが……拙者は関係ないでござろう……?」

「……ん? 何かおっしゃいました?」

「あっ………」

 

 その言葉に対して満面の笑みを浮かべる鈴子に沙織は言葉を失った。まったく弁明を受け入れる様子が微塵もないその態度は、彼女に死を覚悟させた。もうだめだぁ……おしまいだぁ……、とどこぞの王子のごとく意気消沈してしまう中、鈴子はゆっくりトリガーを引いて―――

 

 

「お逝きなさい―――」

 

 冥府へと見送る言葉を与えた―――

 

 

 

「「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!!!!!!!!!!」」

 

 

 銃口から多量の弾丸が彼の頭に撃ち込まれ、撃ち損じたり兆弾した弾が沙織に当たる阿鼻叫喚が湧き起こる。数秒間に30発もの弾丸が集中的に撃ち込まれ、弾が尽きれば再装填される、まさに地獄のような時間を繰り返すのだった。

 

 

「わぁ……これはひどい……」

「……女の嫉妬……恐るべし……」

 

 この光景を、ただただ肝を冷やして眺める藤香と新八は、手も出さずに黙っているほかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 一方その頃―――

 

 少し時間を遡った蒼一と植木は未だに一進一退の攻防が続いていた。お互いに弾薬のほとんどを枯らし、蒼一はサブマシンガンを、植木はハンドガン1丁を捨てお互い最後の弾倉を込めて撃ちあった。

 近接戦闘術を織り交ぜたガン=カタとCQCの使い手同士の闘いに終わりは見えない。植木が拳で突くように腕を伸ばせば、その腕を蒼一が掴み受け流すようにして体制を崩させた。かと思えば、今度は植木が蒼一の身体を自分が投げ飛ばされたみたいに背負い投げると、蒼一はうまく反応して体制を崩そうとしなかった。

 一見、どちらも同じ技量で闘っているようなのだが、時間が経つにつれて差が開いている。植木が蒼一を上回っているのだ。植木はどうしてか、蒼一がかける技を覚えるのだ。正確に言えば完璧に、ではない。少しずつ、時間を掛け、着実に覚えているのだ。なるほど、だから植木はあの時、これができたらいいなと頷いたわけだ。技を覚えることができると言う自信が彼にはあったのだろう。

 だが、相手の技を覚えられるほど厄介な相手はいない――、蒼一はいつ自分を越えられてしまうのかと内心穏やかではなかった。だから、できるだけ早く仕留めておきたかった――自分の技をすべて盗られてしまう前に……!

 

 緊迫する鍔迫(つばぜ)り合いのようにハンドガン同士を打ち鳴らし、お互いの最後の一発が装填される。これを逃せばあとは無い――、すべての気持ちを込めるかのように銃口を相手に突き立てた。それも2人同時にだった。

 どちらが先に撃つのか―――

 反応はほぼ同じ―――

 照準に狂いは無い―――イケる!

 

 確信を抱いた蒼一と植木は一斉にトリガーを引こうとした――――!

 

 

 

 

 

『――沙織・バジーナ、佐野清一郎、戦闘不能(リタイア)――』

 

『――なお、リーダーの戦闘不能(リタイア)を確認したためゲームは終了となります――』

 

「「!!」」

 

 突然サイレンが鳴り響き、2人の動きが止まった。2人はこのアナウンスの情報に耳を傾けたのだ。

 

 

 

『――戦闘不能(リタイア)したのは――』

 

『――沙織・バジーナ――』

 

『――よって、佐野チームの勝利となります――』

 

「「はぁ~…………」」

 

 これを聞いた2人は勝ち負けによる反応と言うよりも、安心した溜息を吐くのだった。見る限り試合のために闘っていたというより、自分たちの闘いに集中しているようにも思えた。

 

「興醒めだな」

 

 蒼一が呟くと構える銃を腰まで下ろして、ホルスターに仕舞った。植木も同じく意見があったのか銃を仕舞った。

 

「お前、なかなかできるじゃないか」

「そうか? アンタも強かったぜ。久しぶりに熱くなったわ」

 

 蒼一が植木を讃えると彼はニカッと白い歯を見せながらいい顔で笑ってみせた。こんな顔もできるのか、と初めて目にした植木の笑った表情にどこか安心感を覚えた。彼もちゃんとした人間なんだと、当たり前のようだが不思議な人物と捉えていた蒼一にとっては新たな発見でもあった。そして、自然と笑みを浮かばせてしまうのだ。

 

 

 

「うえきー!! どこよー?」

 

 どこからか声が聞こえたかと思ったら、少し離れた先から森が走ってきた。明弘を狙い撃ったあのスナイパーだ。ゲームが終了したのを聞いて駆け付けに来たのだろう。

 

「おー! 森ぃ~こっちだ~」

 

 彼女の姿を見つけた植木はこっちに来るようにと手を振ってみせた。森も陽気な声に誘われてか植木の方に駆け寄って来ようとしていたその時だ―――

 

 

 

バンッ――――!!

 

 

「「「ッッッ!!?」」」

 

 突然、天井から大きな爆発が起こったのだ。あまりの爆音だったため3人は思わず耳を塞いでその場に立ち止まってしまった。

 どうやらこの爆発、先程鈴子が投げた手榴弾が爆発したらしい。佐野の頭にぶつかったそれは、反動で高らかに上がると天上の隙間に入り込んでしまったのだ。それで起爆時間を迎えてこうなってしまったらしい。

 しかしこれがとんでもないアクシデントに繋がった。この爆発の影響で天井に取り付けていた大型の照明器具の一部が外れかかったのだ。それもちょうどよく蒼一たちがいる上のものが、だ。しかもまだ蒼一たちはそのことに気付いていない。

 

 

 ガタンッ――――!!

 

「なっ………!?」

「………!!」

 

 重く圧し掛かる嫌な金属音にようやく気付いた蒼一と植木は天井を見上げてその光景を目にした。いつ落下してもおかしくない状態のライトのすぐ下に、森が佇んでいるということも……。

 

「危ないっ! そこから離れろ!!」

「森ッ!!」

 

 2人が一斉に声を掛けに行くが、森はこの異変に気付くのが遅く、天井を見上げた時には軋んだ音を立てていた。

 

「えっ………」

 

 それを目にした森は金縛りにあったかのように身体が硬直して動けなかった。あの大きなモノが落下してくると想像しただけで身を竦んでしまうのだった。

 

「くっ……!」

 

 咄嗟に蒼一は動いた。このままではあの子にぶつかってしまうと、地面を強く蹴り上げて走り出した。ギアを上げ――加速する。脚にエンジンが取り付けられたみたいに加速量が跳ね上がり、彼の出せるトップスピードで彼女の許へと辿り着く。

 

「掴まれっ――!!」

 

 ぐっと手を伸ばすが森の反応が遅れてしまう。そのせいで蒼一は脚を止めざるを得なくなる。彼女を抱え上げた時には、すでに数秒ものロスが生じてしまったのだ。

 

「あぁっ!!」

 

 抱えられる中で森は驚愕する眼で天井を見上げると、照明器具が迫るように落下してきて叫んだ。横目でその様子を見ていた蒼一も、早く逃げねばと脚に力を入れるが速度が上がらない。一度止めてしまった脚では、すぐに走り出せなかった。それに今は彼女を抱えているわけだから余計に難しかった。

 

 今走り抜けば逃れることはできなくもない……だが、その確証は低い。たとえこの子が助かったとしても俺自身がどこか痛めてしまいかねない――、と彼は悩んだ。しかしそれでも、彼はリスクを背負ってまでも彼女を助けることに全力になる。危険が迫っている人を見過ごせない彼の性分が身体を突き動かせたのだ。

 

 彼は走りだす。地面を強く蹴り上げ、さっきと変わらぬスピードを出そうとした。だが、落下速度が思った以上に早く、もはや避けきれない状況になっていた。蒼一は覚悟を決め、落下するそれから目を逸らし、ただ前へ走ることに専念した。

 

 照明器具が彼の頭上に寸前にまで迫った―――!

 

 

 

 

 

 

 

 その時だ――――

 

 

 

 

 

「――――“電光石火(ライカ)”!!!」

 

 

 刹那に叫ぶ声が聞こえた。同時に、高速で駆け抜けるモノを見た――!

 アレは何だ? 傍から見れば誰もがそう思える()()は、まさに光の速さで蒼一らに近付いた。そして、

 

「―――よっ、と!」

「―――?!」

 

 一瞬、蒼一の身体が宙に浮いたと思いきや、次の瞬間、身体は遠くへと移動しており、振り向けば照明器具が鈍い音を立てて地面に叩きつけられているのを見たのだ!

いったい俺の身体に何が起こったんだ、とばかりに見回しだすと、すぐ隣に植木がいることに気が付いた。

 

「お前……いつからそこにいたんだ……!?」

「えっ……あぁ、ついさっきだ」

 

 尋ねても曖昧な答えしか返って来ず、まさか植木が俺を持ち上げて移動したのか? と考えてしまう。だが、俺と彼女を抱えられるくらいの力があるのだろうか、と細い身体に疑問を抱いた。

 

「まさか、お前が……」

 

 そう言い掛けた時、抱えられていた森に言葉を遮られた。

 

「植木! 植木っ!!」

「おー森無事だったか!」

「無事も何も恐かったんだからぁ~! もう少し心配してくれてもいいんじゃないの~?!」

「あぁ、わりぃわりぃ。俺もちょっと必死だったから……」

 

 森への受け答えを見ていても、ややとぼけた様子をして見せる。それを見てなのか、いや植木な訳じゃないか、と疑問を解いた。ギアを入れ過ぎたのか、それとも落ちた衝撃で飛んだのか…? と切り替えたのだ。

 

 

 

 

「……植木、アンタもしかして“神器”を使ったんじゃ……!?」

「……まだ、使えたみたいだ……我武者羅に出してみたらうまくいっただけだ……」

 

 

 

 気になる会話を残して、彼らの闘いは幕を閉じたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 

「っ~~~かぁ~~~! たのしかったぜぇ~~~~!! なあ、兄弟!」

「そうだな、久しぶりにいい運動になったわ」

 

 ゲームを終え、フィールドから出てきた俺たちは帰路に立っていた。こんなに激しく頭と身体を使った運動をしたのはいつぶりだろうか、明弘共々満足しきった気分だわ。こうした心地になれたという面から考えると、今回の誘いは充分過ぎるほどありがたかった。

 そう言えば、戦闘終了後に沙織さんたちと合流した時だが、何故か解らないが沙織さんと佐野さんの顔が赤くなってるのを目にした。よっぽど激しい戦闘だったのだろうと想像を巡らせたが、藤香さんと新八さんの方に目を向けると苦笑いで遠くを眺めているわ、鈴子さんはとってもにこやかな表情をしていたりと重苦しい空気が漂っていたような……?

 まあ結果的には負けてしまったが、初めてのサバゲを十二分に楽しめたと思っている。

 

「しっかし、相手したヤツらは中々強かったじゃないか。あのヒデヨシってヤツ、ちょこまか動くだけかと思いきや隙を突いて攻撃しやがるから、ちょいとばかし焦っちまったぜ」

「あのサル顔が? なるほど、人は見かけによらないものか」

「それだけじゃねぇ、俺を狙った森って女も相当な猫被りだ。じゃじゃ馬みたいな性格かと思ったら、緻密なことができるときた。いざという時の冷静さもあったわ」

「確かにな。植木を引っ張っていくようなヤツかと思えば、そんなことも……。明弘狙い落とすくらいの技量だ、当然褒めなくっちゃな」

「それはそうとしてよ……どうだった、植木のヤツは?」

「想像以上の化け物だ、ありゃあ。もしかしたら佐野って人よりも厄介かもな。あんな腑抜けた顔の裏にあんな激しい性格を隠してるなんざ誰も思わないだろうよ。接近戦は五分五分だが、相手の動きを真似る力もあるみたいで、一瞬、俺を越えやがった」

「マジかよ……兄弟の動きについて来れるヤツがいるのかよ……」

「ただ()()じゃないから本気は出せなかったさ。そこまでやる必要はないと思っていたが、もしかしたらそこまで引き上げなくちゃいけなかったかもしれない」

「おいおいおい、勘弁してくれよ~お遊びなんだからやりすぎるんじゃねぇ~ぞ?」

「はいはい、わかってるさ……」

 

 明弘にはこう言ってあしらうのだが、実際どうなるか分からないものだ。ふとした勢いで本気を出してしまう、そんなこともありえなくもない。植木と闘っていた時、まるでもっと力を見せてみろと言わんがばかりの気持ちをぶつけてきていたんだ。危うく自分のペースを乱すところだった……。

 

「しっかし、あの佐野って人のチームはすごいメンツにかなりの連携だったな。まるで本物の小隊みたいな動きに見えたぜ」

 

 明弘の言う通りだ。あんな動きは一朝一夕でできるようなモノじゃない。ずっと一緒に闘ってきたようなそんな雰囲気さえ感じられた。あれはいったい、何だったんだろう……?

 

 植木を始めとした不思議な5人組。またどこかで会えるのだろうと、思いつつ空を見上げるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 

 一方――――

 

 

 

「お疲れさん。今日はホンマにエエ試合ができてよかったわ~♪」

「へぇ~佐野にしてはかなり御機嫌じゃない。何かあったの?」

「どうせ、あの沙織さんって人に触れられたのが嬉しいのではないですか?」

「お、おい鈴子……まだ怒ってるのかよ……」

「別に……なんでもないですわ……」

「はっはっは!! 佐野、また鈴子のこと怒らせるようなことしたのかよ!!」

「うっさいねんヒデヨシ!! お前には関係あらへんやろ!!」

 

 蒼一らとは別の道で街を歩く佐野と4人たちは今日のことを振り返りながらゆっくり歩いていた。

 

「今日は久々に歯ごたえのある試合やったんや、気分が上がらん方がおかしいわ」

「確かにね~。今までの試合だったら一瞬で終わっちゃってたものね」

「マリリン仕込みの闘い方が役に立ってたってわけだな!」

「あぁ、おかげで中学ん時よりもめっさ(つよ)ぉなったもんなぁ」

「い、いやだ……アタシ、もうあんな合宿行きたくない……!!」

「あいちゃんには厳しかったですもんね……」

 

 彼ら5人がこうして顔をあわせるのも久しぶりで、おまけにいい試合もすることができた。嫌々言っていた森も終わってからは満足してるほどだった。

 

「う~ん……」

「どした、植木?」

「う~ん……いやな。今日俺が戦った、蒼一ってヤツのことなんだけど……」

「蒼一?」

「もしかして、沙織が連れてきよったあの一年坊主か? アレがどないしたんや?」

「……なんかさ、前に感じたことのある感覚だったんだ。その、俺が初めて佐野と闘った時みたいな」

「ワイが植木と?」

「あ、私もちょっとだけ感じたかも。何かね、似てたのよ、『能力者』に」

「「「えっ……?」」」

 

 森の考察に佐野と鈴子、ヒデヨシは息を呑んだ。数年ぶりに聞いた名称で、彼らにとって関わり深いことだったからだ。

 

「まさか……そんなことがあり得るのかよ……?」

「そんなはずはありませんわ! だって、あのバトルはもう6年も昔のこと……『能力者』は私たちを含めてみんな無くなったはずですわ!」

「……いや……わからんかもしれん……」

「清一郎?」

「めっちゃ前の話やけど、ワイがあのバトルに参加し始めた時なんやけど、ワンコから気になること言われたんや」

「気になること?」

「ああ、ワンコが言うにはな……“101番目の能力者”がおるってな……」

「「「!!!?」」」

「うそでしょ!?」

「ま、まさか……!?」

「あ、ありえないですわ……!」

「せや、ワイも初めはそう思っとって、なんかの聞き間違いやと思って流してたんやけど……もしかしたら……」

「聞いてみるしかいないよな、犬丸(神様)に……」

 

 

 

(次回へ続く)

 




ドウモ、うp主です。

これでとりあえず大学生遊戯はおしまいですね。終わらせるのに、めっちゃ時間がかかりましたね(汗
個人的には後半あたりからとても楽しんで書いてました。昔見ていた作品のキャラ達がこんな風に動いたらいいなぁ、なんて妄想に耽っていましたわ。これだからクロスオーバーは止められないのです。

…と言ってたらラ!キャラ達の影が薄く……

次回から戻ってくるだろうと思いますから……



あと、私用なのですが、今週末の30日でこの作品は3周年を迎えます。何やかんやでこんなに続くとは夢にも思いませんでした。
自由気ままに指を弾かせていたら、1人こんな場所に…、だなんてことになってて、ほんとよく続きましたわ。すでに『蒼明記』はシリーズ化して番外編などを合わせれば300話近く、200万文字も書いているのですから、現状のラ!作家の中では上位で書いているのではないかと、某業界一位さんが言ってました…()
とは言ってもまだ物語は半分しか終わってませんので、これから少しずつ終わりに向けて地道に書き続けていきたいと思います。

もしかしたら記念話書くかも…?(言うだけタダ


次回もよろしくお願いします。



今回の曲は、
倖田來未/『No Regret』

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