蒼明記 ~廻り巡る運命の輪~   作:雷電p

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第164話





嵐の中では本当に輝いて、マジで

 

 

……あ……れ……?

 

 ぼ…ボクは、なにを……?

 

 なんでだろう……あたまがくらくらして……しかいもぼやけて……なにもみえないよ……

 

 いけないなぁ……もうたたかいははじめってるのに、うごかないと……

 

 あれれ……う、うごかないなぁ……いしみたいにかたくって、うごかないよぉ……

 

 だめだよ……はやくいかなくっちゃ……

 

 そうしないと……また……まけ、ちゃ……う…………

 

 

 

――

――― 

―――― 

 

 

「前方2時の方向から弾幕ッ!!」

「同じく前方11時の方向から連射を確認! さらに奥の方からも弾丸が飛んでいます!!」

「くっ、壁を盾にしつつ前方に弾幕を張りつつ後退! 後衛ラインまで持ちこたえるでござる!!」

 

 爆煙が立ち上り、それを掻き消すかのように弾丸の雨が降り注がれた。

 開幕早々、手榴弾の直撃を受けた藤香さんは衝撃で倒れ込み、そのまま気を失ってしまう。このままでは狙い撃ちにされかねないとして、沙織さんとともに壁のある安全地帯まで引き下げた。

 幸い、と言うべきだろうか、未だ戦闘不能したというアナウンスが無いため復帰する可能性は残っている。だが、手榴弾から破裂して飛び散ったBB弾を多く受けてしまったようでインナーの硬直が起こっている。左半身をやられたようだ、本当に石みたいに硬い。辛うじて胴と頭は守られたって様子だった。

 

「どうしますかい。このままじゃ埒が明きませんぜ!」

「クリークがシャルを拠点まで下げているまでガマンでござる! ここから先を通せば勝ち目はないでござる!」

 

 いつもとは違う沙織さんの余裕のない声が明弘に向けられた。ここまで動揺しているとは、そこまで追い詰められているってことか。

 後衛に回っていた明弘と新八さんがつい先程合流。新八さんは藤香さんを担いで一時後退、明弘は俺たちとともに足止めを行っているところだ。しかし、対処するこちらが3に対して、相手は5で攻めかかっている。どう見てもこちらの不利は明白と言える。おまけにどこから現れるのかさえ分からないときた。

 

「相手は広く散開して徐々に前に出てるって感じですね。どこかで隙を生じさせなければ……」

 

 隠れ撃ちをしつつ相手の布陣を予想立て、相手の行動を考える。前方から聞こえる射撃音は1か2、それも間隔を開けてからのもので何人が撃ってるのか把握できない。それも作戦の内なのだろうな、錯覚を抱かせてその隙に奇襲をかける、俺がよくやった常套手段だ。

 しかし今回は、よく練られた作戦だ。最初に撹乱用にと爆発を利用し混乱させ、守りが薄くなったところを攻め立てる。守りに入ったと思ったところで回って側面を撃つ。こちらの余裕を完全に失わせて翻弄させていく、想像以上に手強い相手なのだと気付かされるわけだ。

 

「見立てはどんな感じですか蒼一氏?」

「前方からの攻撃が続いてますが本命は両側面からの挟撃、そこから総攻撃が行われることでしょう。フィールド上、ド真ん中にいる俺たちは格好の餌となっていますね」

「ふはっ、ソイツァヤベェなぁ。3方を取り囲んでそのまま潰すのもよし、後退するところを撃つのもよし。まんまと敵の術中にハマったってわけだ」

「フフッ、さすが清一郎氏でござる……拙者の好敵手として最強の相手でありますな……」

「どうします、このままでは殲滅させられますが……降伏しますか?」

「いやぁ~それで助かるのならそうしたいものですなあ~」

 

 冗談めいた言葉で聞いてみると、頭を掻きつつ、ふにゃぁととろけた笑みを浮かばせた。諦めたのだろうか、この顔を見ると一瞬そう思わされるのだが、そうではない。むしろ、逆のことを見据えているのだ。

 

「しかし、何もしないで終わるというのは、どうも性に合わない者でしてねぇ……いっそのことド派手にブチかましてやりたい気分でござるよ~」

 

 抱き抱えていたライフルを持ち直して、ニカッと笑みを零す。悪戯をしようとする悪童のように。

 

「くっくっく……ちょうど俺も同じことを考えていたんですよねぇ……気が合いますなぁ」

「おやぁ、明弘氏も同じことを?」

「俺は昔っから立ち止まったりするのが苦手でしてねぇ、どうも身体が疼いて仕方ないんでさぁ。穴の中で燻ってるよりも外に出て野ざらしにされる方がよっぽど性に合ってるんでさぁ」

「なるほどぉ~とってもわかりやすい性格なんだと言うことがわかったでござる~。このまま放っておいたら敵のど真ん中を突っ込んでいきそうな気がしますなぁ~」

「おっ、しましょうかい? 今だったら相手を何人か道連れにしながらくたばれそうですわ」

「あっ、なら清一郎氏に突っ込んでいってもらってもいいでござるか? 今なら手榴弾がありますんで自爆もできますんで♪」

「はっはっは! それいいですね、採用させてもらいますわ♪」

 

 2人揃って悪童面を合わせ、いかにも楽しんでいる様子を見せる。緊張感のないヤツだと思いたくなるが、俺自身も隣で聞いてて少し笑っている。極度の緊張感から気分が高揚しだし、逆にこの状況を楽しみだしている自分がいた。

 我ながらバカなヤツだと思うさ。けど、恐怖や敗北を引き摺ったまま終わることは絶対にしたくない。たとえそれが、お遊びだったとしてもだ。

 

「さてと、2人は腹決まりましたかい?」

 

 弾丸が撃ち込まれる壁に寄り添いながら言った。

 

「当然、突っ込むでござるよ。しかし、自滅行為ではなく、生き残るための決死の突撃でござる」

「乗ったぁ! くははは、やっぱそれがいい。そういうわかりやすいもんでなくっちゃいけねぇなぁ」

 

 悪童の顔が秒で覚悟を決めた顔に切り替わっていた。

 

「では、拙者から1つの策を講じさせていただくでござる」

 

 くいっとメガネをあげた沙織さんは指を立ててこう言って来た。

 

「明弘氏、ちょっとアクロバティックなのをひとつ―――」

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 初弾命中。

 爆発確認。

 敵勢力の足止め成功。

 包囲完了。

 

 その手法お見事と言わざるを得ない佐野の戦略は的中し続けていた。

 彼が立てる作戦はどれも成功を収めており、偶然ではないかと現実を受け入れないプレーヤーも幾人もいた。しかし、これは偶然などではなく、紛うことなき必然なのだ。

 作戦を立案・実行に移すこの男、佐野清一郎は大学切っての鬼才。その上、運動神経も高く、行動力も桁外れの存在なのだ。過去に彼は、今ともに闘う4人と大きな争いに巻き込まれ、彼らの参謀として戦い続けてきた。そこでの経験が彼の秘めたる才能を開花させ、こうして今も規模は小さいものの闘い続けている。表向きでは温泉大好きオタクと揶揄されているが、この側面を見れば歴戦の勇士と評されてもおかしくない。

 そして今回も彼の打ち立てた作戦は相手を翻弄させていた。辺りを見回す鋭い慧眼は、未来の先さえ見通しているようにさえ感じられた。

 

「佐野ぉ~アンタの指示通り、植木も鈴子ちゃんもヒデヨシも動いてるわよ~」

「おーこっからでもよー見えとるわー」

 

 ライフルのスコープを覗く仲間の森あいからの呼びかけに応える佐野は、小高な壁によじ登り、その上であぐらをかいて眺めていた。右手に植木、左手にはヒデヨシ、正面は鈴子っと――、仲間たちの現在地を把握して、頭の中で構築させた盤上で詰将棋している。あともう一手加えれば詰めが決まる、勝利は目前にあった。

 しかし先程とは一変して、溜息を吐くような気の抜けた様子が見受けられた。

 

「張りあいが無いのぉ……」

 

 ボソッと呟かれた彼の瞳は今にも眠ってしまいそうなほどやせ萎んでいる。彼の作戦が思った以上にうまくハマったため、その呆気なさに気が抜けていた。

 これで何回目だろうか……彼が参加してきた闘いで呆気なく終わってしまったのは? ここ最近の試合では両手に収まらないほど勝利し、どれも速攻で終わりを迎えていた。連戦連勝しているのは当然のことのようになりつつあった。

 初めは彼自身も喜んでいた。が、こうもあっさり勝ちを重ねると感覚が麻痺すると言うか、面白みに欠ける。それでも手を抜くことなく作戦を打ち立てて実行する。この作戦を撃ち負かしてくれる相手が表れることを信じて……

 

「今日も佐野の作戦が的中ね、これならみんなとケーキ食べに行けそうだわ~♪」

 

 すでに勝利を確信したのか、森はだらけた様子を見せる。まだ試合は終わっとらんのやで――、と呆れた口調で彼女に言い付けるのだった。

 

 

 

 

 その刹那、フィールド上に再びつんざく激音が鳴り響いた―――

 

「なんやっ?!」

 

 これは予定に入っていないで――、彼は咄嗟にライフルスコープを覗き始めた。すると、彼は驚くべき光景を目にする。

 

「うえぇぇっ!? な、何よあれェェェ!?」

「空中に……飛んどる、やとっ……?!」

 

 驚く2人の目に壁よりも高い空中で身体を捻らせる明弘の姿が捉えられた。そのあまりにも大胆な行動、一歩間違えれば狙い撃ちにされかねないと言うのに明弘はしてみせたのだ。しかも、明弘が向いていた方向というのは……

 

 

「大変っ! 相手の攻撃全てが正面の鈴子ちゃんに集中しちゃってる!!」

「なんやてっ!? それで鈴子の様子はどうや!?」

「なんとか回避してるみたいだけど、片腕が動かなくなっちゃってる! 被弾しちゃったんだわ!!」

「くっ……よりによって正面を狙うとはな……自暴自棄になってもうたかと思っとったが違うようやな……」

 

 その時、佐野は狙われている視線を感じ、その方向に目を向けた。すると、それを見た佐野は思わずニヤリと笑みを零した。視線を捉えた瞬間、弾丸が一発彼に向かって飛び、わずかの差で頬をかすった。間一髪のところで回避することができたのだ。

 その弾丸を放ったのは言うまでもないあのぐるぐるメガネをかけたバンダナ少女。

 

「……ふっ、さすが沙織や……」

 

 

 

 

―― 

―――

―――― 

 

 

「にゃははははは!! うまく決まったでござるぅ!!」

 

 高らかに大きな声を張り上げて走る沙織さん。俺たちもその後を追うようにしていた。

 つい先程、3方から囲まれ追い詰められていた俺たちだったが、沙織さんの指示で俺と沙織さんのグレネード2個を両側面の敵に放り投げてから状況が変わる。沙織さんが一計を案じたのだ。

 投擲したグレネードが空中で炸裂したが、藤香さんみたいに直撃を与えられたかはわからない。しかし、撹乱させることに成功、相手に隙が生じた。それを好機と見た沙織さんは明弘に合図し、壁を蹴り上げ高らかと空中にへと飛び上がる。空中からだと当然この迷路のようなフィールドも相手の位置を一目で見分けられる。正面の敵を捉えられた明弘は、手にしたライフルで掃射し見事命中。1人を半身機能不能にまで追い込んだと言うが、トドメを刺す直前で沙織さんから制止が掛かる。あくまでも足止めすることが目的なんだと。

 次いで、空中を飛んだ明弘からの索敵報告を耳にした沙織さんは迷うことなく全力後退を指示する。それも敵中正面を突破してから大きく迂回する難儀なもの。関ヶ原の島津の退き口かよと口に出そうになる。しかし、相手に打撃を与えるという面では的を得ている内容だ。一瞬だけ牙を鋭く立たせ、威嚇する。油断していた相手からすれば青天の霹靂のようなもんだ。そこで見せた恐怖が後々の戦闘に悪影響を及ぼすことも考察すれば、割と正しい判断だと言えた。

 

 今は高笑いをあげる沙織さんの背中を追い駆けているところ。

 

「さぁ~て、ここからが楽しくなってくるでござるよ~! これで相手は本気で闘わざるをえなくなりますなぁ。清一郎氏のことでござるから警戒するよう指示しておりましたが、己が一番油断していたことに苛立つでしょう。でもまあ、あのお人ならすぐにやりなおそうとしますからそこは意味が無いでしょうけど、与えた恐怖というのは拭いきれなくなるでしょう」

「と言うことは、もうさっきのような奇襲はしなくなるってことですかい?」

「完全にとは言い切れませんが、する回数は大幅に減らすでしょうな。明弘氏のあの特大ジャンプが効いてるはずですよ、索敵も可能な三次元的闘いが可能だとすり込められたでしょうなあ。くしし、清一郎氏の驚く様が目に浮かびますわ♪」

 

 この人、今ものすごく悪い顔してるなぁ……おまけに気分もかなり高くなってるし、抑えが絶対効かなさそう。前に佐野さんに滅多打ちにされたとか言っていたが、多分その時の怨みが込み上がってのそれなんだろう。巻き添え喰らわないように退避するしかないな……。

 

「だぁー!! あの余裕ぶった温泉手拭いに撃ち込めたかったでござるぅ!! あと、もう少しずれていれば当たったものを……ぐぬぬっ!!」

 

……私念が強すぎやしないか?! 確かに、あともうちょっとで仕留められたと思うが、そこまで気持ちを込めるモノなのか!? ここまでくると佐野さんがどんなことをしてきたのかが気になってしまうじゃないか……。

 

 しかし、状況が好転したことに違いは無い。この機を逃すわけにはいかなかった。沙織さんは計画通り正面に向かって突き進み、佐野さんらがいる一歩手前のところで大きく横に逸れる。フィールドの端に出来た一直線上の道を駆ける。ここから始まる拠点までの撤退戦。決して遅れてはいけない、ダメージも負ってはならない極めて危険な賭け。現代の島津の退き口の開始だ。

 

「蒼一氏、後方からの攻撃は?」

「壁が盾代わりになって撃ってきませんね。そもそも撃てる余裕はなさそうに見えますがね」

「よし。明弘氏、側面からの襲撃の可能性は?」

「依然無し、とだけは言っておきますよ。ただ相手はいつでも攻撃できそうな感じですがね」

「そうこなくては張りあいが無いというものですなぁ~」

 

 相手側からの攻撃は今のところない。遠距離だろうが近距離だろうが狙い撃ちしやすいところにいることは間違いない。下手すれば3人全員が脱落することだってあるやもしれない。そのため、できる限りの警戒は怠らなかった。

 

「拠点まで残り15m。狭道に突入開始」

 

 拠点まで近くなった。ここからは脇道に逸れて入りくねった迷路に戻る。しばらくすれば新八さんとも合流ができる。それまでの辛抱だ。

 

「蒼一氏、交代でござる」

 

 合図に俺はすぐ応え、入れ替わって先頭に立つ。狭いところではライフルを使う沙織さんや明弘では分が悪い。リーチが短いサブの俺が出るのが当然と言えよう。警戒も変わらず高めに決めて岐路があるごとに警戒を厳としていた。

 

 カツン―――

 

「っ!!」

 

 なんだ、今のは……? 耳をかすめる音に足が止まってしまう。咄嗟に出したハンドサインで後ろの2人も俺に合わせてか脚を止め壁に背を張り付かせる。敵か――? あとわずかと言うところで足止めされるとは思いもしなかった。

 沙織さんに索敵の合図を送ると、小さく頷いた。場所はL字型の左曲がりの角。いるとすれば向こう側だ。緊張を纏いながら俺はゆっくり顔を覗かせた。

 人影は……無い……それじゃあ何が――? ふと視界の下に何か黒いモノが転がっているようだと、視界を下げて見つめようとした。

 

 

「――もらったぁ!!」

「!!?」

 

 天井から声――?! 咄嗟に身体が動き地面を蹴った。同時に上から乱射音と弾丸が雨のように降り注ぐ。

 

「ぐっ……!」

 

 我武者羅に反応させて回避はできてるが、いつまで持つか分からない! 相手がどこにいるかわからないまま、身体をL字路の先に跳ね飛ばさせた。

 

「蒼一氏、助太刀するでござる!」

「オラオラっ! これ以上好きにさせるかよ!」

 

 2人からは相手の姿が見えているようで、同じく乱射している。そのおかげでこちらに来る弾丸の雨も止み、相手の顔が見えるくらいには体制を戻せた。視線を上に向けると、その男は明弘がやってみせたように飛んでいた。ピンッと上に立つ髪に、目をクリッと見開かせた絵に描いたようなサル顔。確か宗屋ヒデヨシと呼ばれていた男が、ライフルを片手に壁の上を自在に動き回っているのだ。

 さらに驚かされることに男の動きには無駄が無い。明弘たちが放つ弾丸を前に身体をタコのように捻らせ、最小限の動作で避けている。動くことで生じるわずかな隙間を利用し、その中に弾丸が入るよう誘っているみたいに正確に入っている。そのため明弘たちの応戦も虚しく、その男を仕留めることができないまま逃してしまう。

 

「ちぃっ、素早いヤツだぜ!」

「仕方ありません、切り替えましょう」

 

 怪訝そうな顔をあらわにする明弘を嗜める沙織さん。だが沙織さんも納得のいかない暗い顔をしている。あの動き、明弘と同じく空中からの攻撃が可能であると考えると辛いものがある。空中芸はこちらが持つ抑止力と考えていたから余裕が持てた。が、それを相手側も持っているとなると状況が違う。依然として、俺たちは危機の上に立たされているのだと知らされたのだ。

 

「クリークとの合流を優先。万が一交戦やむなしの場合、1人を置き、残りは合流を急がせるでござる。合流できないままのクリークは負傷したトウカを守るために動けないはずでしょう。こちらから出向いて助けるほか方法はなさそうです」

「こっちを追ってきたのは3人。内1人は行動抑制させて、もう1人はさっき交戦した。けど、まだ1人見つけてねぇんだ。さっき飛んだ時にも見当たらなかったんだ。けど、ソイツは見た感じとっぽいヤツみてぇだからあんまし気にすることはねぇさ」

 

 植木か……、俺の頭に過った彼の姿が奇妙な存在として現れてくる。再会してから終始気だるそうに眠たそうにしているから明弘からも警戒から外されている。

 しかし妙だな、見る限り戦力にならなさそうな彼を佐野さんが選ぶのだろうか? 俺たちを追い詰めたこの作戦を打ち立てたあの人が、そんな無茶な賭けに出るように思えない。彼には俺たちにはまだ見せていない隠された何かがあるというのか? 深く考えるべきか……いや、もしかしたら気にしなくとも平気な相手なのかもしれない……。

 

「もう少しで合流できるでござる」

 

 拠点入り口を視界で捉えられるところまで来て安心からか一息零れかけた。

 

「行せるかよっ!」

 

 背後から再び、あの声とともに弾丸の雨が降り注がれた。またあの男、サル顔男が立ちふさがってくる。壁を盾代わりになんとか防いではいるものの、飛び回られたら手の出しようもなかった。手持ちにグレネードも持ち合わせていないため錯乱させることも出来やしない。ならばどうする……?

 

「……しゃーねぇーな。ここは俺に任せな」

「明弘……?」

 

 急に何を言い出すのかと思いきやと彼を見ようとすると、それよりも先に明弘は飛び上がり壁の上に立った。まさかアイツ……!

 

「相手はぴょんぴょん飛び跳ねる猿公(えてこう)だ。猿公(えてこう)に対抗できるのは猿公(えてこう)でしかねぇんだよ」

「後退しながらでも迎え撃てるはずだ。無茶はするな!」

「何言ってやがる。下手に後ろを見せりゃあ、がら空きになった背中に風穴が空くだけさ。それに後退したとて十中八九アイツは追ってくる。敵はアイツだけじゃねぇ、拠点に戻ってまた囲まれたりしたら心中するしかないってのだけは勘弁してほしんだよ」

「……やれるのか?」

「さてな。100%で挑めば楽とは思うが、ここでそれを見せたらヤベェだろ? 飛び道具使っての戦闘は初めてだ、神様にでも祈って勝率でもあげてもらうしかねぇよ」

 

 含み笑いを浮かばせて、マガジンの装填と持ち合わせの数を指でなぞるように数えている。弾数は充分だろうが勝算に繋がるとは限らない。だが、1%でも上がると言うのであるならば……

 

「ほらよ、ひとつもってけ」

「おう、さんきゅ。大事に使わせてもらうぜ」

 

 俺の持つサブマシンガンの弾倉を1つ手渡した。

 

「ここは任せたぞ」

「おうよ、任せなって」

 

 気持ちの乗った強い一言を放ち、明弘は前に突き進んだ。準備を整えたライフルを構え、雷の如く駆け抜ける。

 

「かかってこいやァ猿公(えてこう)ォォォ!!」

 

 押し負けない意地の咆哮を上げ、銃口が火を噴かせた。

 

「さあ、拙者たちも行くでござる」

 

 明弘が接敵したのを確認した直後、沙織さんからの後退が掛かった。俺は指示に従い、すぐさまここを離れ始めた。後ろを振り向けば、明弘が空中を飛びまわり戦闘を続けている。アイツが負けるはずがない、その確信だけを胸に拠点への後退を進めていく。

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 

 明弘の足止めが功を奏し、接敵することなく拠点に戻れた俺たち。そこで待っていた新八さんとようやく合流を果たすと、すぐに次の段階への準備を押し進めた。

 

「戦況はどんな状態でござるかクリーク?」

「……芳しくない……こちら全員がここ周辺に固まっているから相手は戦線を上げてきている……片方の守りが手薄だ、ここを突かれたらお終い……明弘が抑えているところもいつまでもつかわからない……」

「拠点攻略か全滅かの2択みたいなものですから、一気に畳みかけて来るのが常道でしょうね」

「……おまけにシャルが使えない……戦闘不能ではないが気絶したままだ……アイツが復活しても戦力になるかは不明だがな……」

「戦力に違いないでござるよ、クリーク。シャルは身体がうまく動かなくとも闘おうとするはずですぞ」

「かなりの無茶じゃないですか。そこまでして勝つと?」

「……アイツならやりかねない。負けず嫌いだからな……」

 

 沙織さんが頷くのを見ると相当なのだろう。前回の負けもあるから何が何でも勝ってやる気構えが違う。そこに見合った技量が勝ちを近くさせる、それだけの可能性があればいいのだが……

 

「……ただこの状況、どうにかできないわけでもない……もし明弘の方が片付いたら4on4で闘える。相手の1人は負傷持ち、明弘が健在のまま戻って来れればどうなるか分からないな……」

「今はアイツ次第ってことですかい」

 

 ここまでの闘いを見れば、ただ突っ込めば勝てる闘いではないことはよくわかる。智略戦は力任せじゃなく智略でぶつけなくちゃならない。沙織さんが立てる次の作戦がどう出るのかが勝敗を分かつことになるのだろう。

 だからこそ、アイツが無事に戻って来てくれることが勝利の道に大きく繋がることになる。アイツがこんなところで負けるヤツじゃないのは俺がよく理解している。そして、そろそろ決着がついてもいい頃だな……

 

 設置された時計の秒針を見つめつつ、勝機を伺わせるのだった―――

 

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 

「はぁ……はぁ………」

 

 ちょうど同じ時、明弘の闘いに終止符が打たれようとしていた。

 

「おめぇ……なかなかやるじゃねぇか……」

「ソイツァ、どうも……」

 

 明弘の握るサブマシンガンの銃口がヒデヨシの胴体に押し当てられていた。しかも動けない。両腕と片足を撃たれたヒデヨシは満身創痍となって地に仰向けになっていた。

と言うのも、この2人は言葉通りの死闘を繰り広げていた。

 地から脚を放し、空中を飛び交い、己の身軽さと技量をぶつけ合った。戦闘という面では明弘の方が上だろう。が、ここでの経験はヒデヨシの方が上手で戦闘も長けている。その意味では、拮抗した闘いとなったのは間違いなかった。

 

 だが、勝ったのは明弘だった。

 勝敗を分けたのは、彼の捨て身の攻撃だった。

 彼は迎え来る弾丸をあろうことか片腕で受け止めたのだ。当然、その腕は硬直し使いモノにならなくなる。この意外な行動がヒデヨシに隙を生ませ、明弘が付け入ったのだ。

 拮抗した中で油断が生じればどうなるものか想像に容易い。明弘は尽かさず弾丸を撃ち込み彼の攻撃手段を奪うと、行動さえも奪ってしまう。もはや彼に勝つ術は与えられなかった。

 

「おめぇの勝ちだ……さあ、一思いにやりやがれ……」

「あぁ、言われなくともな……」

 

 ゆっくりと息を吸い込み、引き金を引いた。

 空気が抜ける軽い音が反響して、ヒデヨシはぐったりとして戦闘不能になった。

 

 

『――宗屋ヒデヨシ、戦闘不能(リタイア)――』

 

 

 サイレンが鳴ったと思ったらアナウンスが入り、この情報がフィールド内で共有される。

 

「勝ったか……」

 

 ようやく息を吐くことができると、明弘は壁にもたれて休息する。息詰まることが1つ終わり、安心が顔に出始めた。

 

「くっくっくっ、これはいい報告ができそうだぜ……!」

 

 勝機が見えたと、この勝利が全体にどんな影響を及ぼすものか理解していた故の言葉だ。あとは仲間と合流することができれば何とかなるだろう、明弘は確信していた。

 

 その時だ―――

 

 

 

「―――うぐっ!!?」

 

 明弘の身体に、一発の弾丸が貫いた。

 

「んなっ……ばか……なっ……」

 

 全身から力が抜け落ち言うことを聞こうとしなくなる。段々と硬直が始まり、もはや闘うことはできなかった。

 音も聞こえず、気配も感じられなかった。なのに、正確に身体を撃ち抜くことができると言うのはつまり……!

 

「なるほど……厄介なのがいるんだな……」

 

 相手のもうひとつの戦力を知った明弘は悔しい思いをしつつも納得した表情を見せながら静かに意識を手放した。

 それから間もなく、サイレンが鳴り響いた。

 

 

『――滝明弘、戦闘不能(リタイア)――』

 

 

 

(次回へ続く)

 




ドウモ、うp主です。

隔週更新になって今までにない落ち着きと物足りなさを感じる日々が続いております。
同時更新するのって難しいモノですね。

ゆっくり落ち着いた気持ちで待っていてください。


今回の曲は、
織田哲郎/『炎のさだめ』

更新速度は早い方が助かりますか?

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  • 遅くても問題ない

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