蒼明記 ~廻り巡る運命の輪~   作:雷電p

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第162話





休み明けというのはどうもだるいものだ

 

[ 音ノ木坂学院 ]

 

 

 強い日差しが照りつける真夏の日々も過ぎ去り、また新たな月を迎える。

 異様に長く感じられた夏休みも終わり、残暑の厳しい9月が訪れる。季節からすると秋の足踏みを感じられる頃だが、未だにこの暑さがその変化に気付かせてはくれないようだ。安堵を得るにはまだ時間が掛かりそうだ。

 

 そんな蒸し暑い気温を直に感じつつ、新学期の始まりの挨拶と全校生徒が講堂に集った。高校生活最初の二学期。ともすれば、最後の二学期と思うところは人それぞれのようだ。ただμ’sにとっては後者を思うとする気持ちが強まっている。あと半年もすれば今の3年生たちは卒業する、そんな現実が突き付けられるのも時間の問題だった。それに気付く者たちは口にはせず、ただ胸に仕舞うのみ。気付かない者たちはそのままでいてほしいと願うばかりだった。

 

 様々な思いが交差する、そんな一時があった。

 

 

『それでは、新学期の挨拶として、理事長――よろしくお願いいたします』

 

 集会も残すところあとわずか。生徒会副会長、東條希の司会進行により迎えられる理事長、南いずみは講壇の前に立ち一度会釈してから話を行う。

 

『長い夏休みも終わり、新たな学校生活がスタートいたしました。今年は日差しも強く、猛暑に悩まされる日々が続きました――――』

 

 

 すっと透き通る声で登壇するいずみの挨拶は、いつもより活き活きしているようにも聞こえた。夏休み前の挨拶では、やや落ち着きのない声色で淡々と言葉を発していたが、今回は違ったようだ。というのも、今あるいずみの現状は肩の荷が下りた状態にあった。

 

 

『―――さて、先日みなさんに通知させていただきましたように、我が音ノ木坂学院は来年以降の生徒募集を継続、学校存続が決定することができました。これもみなさんの尽力があったからのことで、私の方からも深くお礼を申し上げます―――』

 

 

 こう話すように、音ノ木坂学院の廃校問題は完全に無くなったのだ。理事長のいずみのみならず、生徒全体にとっても必須の課題でもあった。しかし、ここの生徒らの尽力により、その危機は取り去られた。特に、音ノ木坂のスクールアイドル、μ’sの活躍は目覚ましいものであった。現在人気上昇中のスクールアイドルの全国大会に出場、全国人気度も5本の指に数えられるのもあとわずかに迫るほどなのだ。そんな彼女たちを世間が見逃すはずもなく、彼女たちに続こうと入学希望者が続出したのだ。

ハッキリ言えば、今回の最大の功労者は彼女たちと言えよう。

 

 

――そんなμ’sの発起人でありリーダーでもある、高坂穂乃果はというと……

 

 

 

 

「……すぅ………すぅ………」

 

 座席に深く腰を沈めて熟睡するのだった……

 

 

「(ほ、穂乃果ちゃぁ~ん……起きてぇ……!)」

「(穂乃果……! まだ理事長のお話は終わってませんよ……!)」

「うぅ~ん……あともう少しだけぇ……」

 

 両隣りに座る幼馴染たちは、穂乃果をなんとか起こそうとするものの頑なに起きようとはせず、眠りが深まっていくばかりだ。ここまで寝てしまうともはや手の出しようもない。深い溜め息を落として呆れるほかなかったのだ。

 

「(まったく、どうして起きようとしないのでしょうか……昨日は何時頃に寝たのでしょうね?)」

「(穂乃果ちゃんのことだから、また夜更かしして寝るのが遅くなったんじゃないかなぁ?)」

「(はぁ……新学期が始まるといつもこう、だらしのないことに……まだ夏休み気分が抜き切れてないのでしょうね……)」

「(あはは……お寝坊してギリギリに登校しちゃってるのは前からだと思うけど……)」

 

 

「むにゃぁ~……も、もぉ……蒼君ってばぁ……そこを触っちゃ、だめなのにぃ……///」

「「…………」」

「みんなが見てるよぉ……だ、だめっ………あっ♡」

「(ちょっとほのかああぁぁぁぁあああっ!! な、何を口に出してるんですかぁぁぁあああ!!)」

「(わぁ~穂乃果ちゃん、蒼くんにナニされちゃってるんだろうなぁ~♪)」

「(頬を紅く染めて感心しないでください!)」

 

 夢の中でいったいどんな夢を見ているのだろうか、今後の活動に悪い影響を及ぼさないか心配になる。

 

 

 

 

 一方、その蒼一たちはというと―――

 

 

 

「「はあぁぁぁぁぁぁぁ………」」

 

 机の上で突っ伏しているのだった。

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

[ 大学・サークル室内 ]

 

 

 だるい……

 開口一番に出てきそうな言葉がこれかもしれない。

 と言うのも、今日から新講義が盛りだくさんとなる下半期が始まろうとしているからだ。そして、つい先程その講義を受けてきたばかり……。しかもそれが、この大学のお偉いさんが講義するもので、自慢げに講釈ばかりを吐き出すため内容がまったくと言っていいほど頭を通らない。

 結論からすれば、おもしろくない。時間の無駄だ。よくもまあそんなで教授を名乗れるのかが不思議なほど教え方が下手なのだ。幼稚園児の方が完結的で、話短くしてわかりやすいかも?

 まあとにかく、そんな開始30秒で飽き飽きしてしまうモノを90分も聞かされたのだから、変に疲れが溜まるのは当然のことだ。おかげで全講義を終えた俺と明弘は、こうして机の上で意気消沈しかけるのだ。

 

 

「はっはっは! いやぁ~今年もあの教授からの名物講義が行われたのですなあ。拙者も1年目の頃に受けさせていただいたのですが、何とも言えない内容だったでござる」

「酷い内容だったよなぁ。確か、『最近の若者は~…』から始まって『ウチの孫がな~…』という超私的な話を垂れ流すと言う害悪なんだもんなぁ~」

「しかも寝るたりそっぽ向いたら単位を落とされると言う地獄よ。ボクはあんなのまともにやってられなかったよ!」

「常に集中……忍耐力が鍛えられる……」

 

 と口々に話をする先輩方――ぐるぐるメガネをかけた典型的なオタクスタイルの槇島沙織さん。沙織さんとは対照的に白ワイシャツに黒ズボンのごく一般的な雰囲気の柴田秀光さん。ショートヘアの元気があるボーイッシュな相良藤香さん。目にかかるほどの前髪を伸ばした若干暗めの藤堂新八さん――サークル『充電機関』のメンバーが勢ぞろいしていた。

 春先の学園祭でお世話になったのをきっかけとして繋がりを持っている先輩方だ。特に、沙織さんはことりがバイトしているメイドカフェのオーナーを務めていることもあって、この中でも交流は深い方だ。店を手伝ったり、そのお礼として穂乃果たちの遠征ライブの時に知人を紹介してもらったりとありがたいことばかりだ。

 それ以降交流がなかったため、下半期が始まるのを機にまた顔を出しに来たと言うわけだ。まあ、ただ大学の中で一番落ち着くのがココだって話で、都合良く来ているだけなのだがな。

 

 

「そぉ~れ~よ~り~も~、2人はこの夏休み中何やってたのかしらぁ? お姉さんに教えなさいよぉ~?」

「しゃ、シャルさんっ!?」

「見ないうちに2人とも顔つきがよくなったじゃないの? いい女でも見つけたのかしらぁ♪」

 

 すると、ふと思い出したかのように俺たちの背中を叩いて聞いてくるシャルさんこと藤香先輩。ちょっとねちっこい口調で聞いてくるのだが、ちょっとこればかりは答えにくい……何せ、実際その通りのことが起きちゃってるし、世間様から見たらとんでもないバッシングを喰らうものしかない。当たり前だが口に出来るはずがないのだ。

 

「い、いや……特に何も……」

「そんなわけないでしょ~? こんなにもいいオトコができちゃってるのに、何も無かったなんて言い訳できないわよ~?」

 

 俺の顎に指を添えてクイッとあげられると、艶めかしい言葉遣いで俺のことを擽ってくる。目を鋭く細め、ニタリと口角を引き上げてジッと見つめてくる。大人な、小悪魔のような顔つきで俺を誘惑してきているようなのだ。

 この人自身、俺が言うのもアレだが、魅力的なところは少ない方だ。体つきから見ても穂乃果たちの方がエロく感じるし、鼓動が早まることはない。だが、それでも彼女の持つ大人の余裕が俺の知らない痛点として突かれているため、少しばかし動揺はしている。そう言う意味では、侮れない人なのだと唾を呑み込んだ。

 

 

「おいおい、そんなに言い寄るのは止めた方がいいぞ、シャル。キミの面食いなせいで前にも痛い目にあったばかりじゃないか?」

「うっ……! そ、それとこれとは違うし~! あ、アレは私の認識不足だっただけだし……」

「……動画投稿ができない状態になるぞ……」

「ぐぬぬ……それを言われちゃったらぁ……で、でもぉ! 男遊びの何が悪いって言うのよぉ! 周りにイイオトコってまったくいないじゃん! 遊びたくても遊べないじゃん!! 心が荒む私を癒してくれるのがいないのだから開拓しちゃってもいいでしょ!?」

「……処女ビッチ……」

「ぐほっ……!!」

「あ~……クリーク、さすがにそれはキツイだろ?」

「……心配ない……。少しは現実を見せないといけない……所詮、異性に手を握られるだけで萎んでしまうヤツがイキがるほうがおかしい……」

「正論過ぎて何も言えないなぁ~。と言うことでシャル、頑張れ」

「うぅ……うわぁ~~~ん!! さおりぃぃぃぃ!! ミツヒデとクリークがいじめるよぉぉおおお!!」

「まあまあ、落ち着くでござるよお」

 

 容赦ねぇなぁ……。光秀さんと新八さんの、特に新八さんの言葉が矢のように藤香さんに刺さってるわ。そんで藤香さんは沙織さんに泣きついてるって感じか……。

 さすがに俺でもあそこまでは言わないからなぁ……。しかし、藤香さんはああ見えてもピュアな人なんだなぁ。てっきりガッツリ行く方かと思ったけど、ちょっと安心できるかもな。

 

「そういちくぅ~ん、私の傷付いたハートをキミの熱い気持ちで癒してよぉ~」

「すいません、遠慮します」

「即答なの!? しかも若干引いてるってどういうことなのよ!?」

 

……やっぱりだめだ、隙を見せたら何されるのかわかったもんじゃないな……

 

 

「安心して下さい、シャル先輩。俺は先輩の味方ですぜ!」

「あきひろくぅ~ん! ボクはいい後輩を持ったよぉ~」

「さあ、俺が慰めてやりますぜ!」

「わ~い!」

 

「「……調子に乗らない」」

「「は、はぁーい……」」

 

 また悪い癖か、と明弘が腕を広げていたので即刻そのチンケな頭上目掛けて手刀で断罪した。同じく新八さんもそんな藤香さんを止めてこれ以上のことを起こさせなかった。2人とも不満げそうな顔をするが、どちらもそんな性癖をこじらせて問題を起こされたりでもした方が余程恐ろしいもんだ。

 

 

「でも暇なんだよ~! ボクたちが受ける講義も全部終わっちゃったし、もうやることが何もないんだよ! 少しくらい後輩と交流を深めてもいいよね?」

「……ダメ、絶対……。シャルの遊びは、尋常じゃない……それに、どうせ恥ずかしがって終わるのが目に見えてる……」

「は、恥ずかしがらないし! お、オトコなんて、へ、へっちゃらよ!」

「そんな性格で今までどれだけの誘いに失敗してきたんだっけ? 俺と知り合ってからだとかなりあっただろうに」

「やーめーてぇー!! そんな歴史は知りませーん! そんな黒歴史は月光蝶と共に闇に葬られればいいのだァァァァ!!」

 

……一体どれだけの怨みを持っているんだよ……

 藤香さんがじたばたと暴れる中、沙織さんがポンと手を叩いて思い出したかのように言う。

 

 

「そうでござる。気分転換にサバゲでもしないでござるか!」

『サバゲ?』

 

 ひょいと飛び出た意見に声がハモった。サバゲってあれだよな、あのモデルガンを持って実戦形式なサドンデスマッチのアレだよな? まさかとしか言いようがない言葉に驚きを隠せないが、あの沙織さんなら何が来てもおかしくないよなとちょっぴり納得している自分がいる……。

 

 

「いいな、サバゲ! 最近やってないから身体が鈍ってたんだよ!」

「ボクも賛成! この鬱憤を晴らしちゃうんだからね!」

「……サバゲ……俺の技術のみせどころ……」

 

 どうやら先輩方はやる気十分のようだ。俺はと言うと、別段やりたくないと言うわけではない。むしろ興味がある方だ。昔からガンアクションものやFPSなどを嗜んできていたから銃を用いた闘いは好きだ。知識も身に付けてる方だ。あと、月一でアキバの専門店でモデルガンに触れては試し打ちもするくらいはするほどにだ。それの模擬実践ができると言うのだから気分が高まらないはずもない。

 

「蒼一氏や明弘氏もどうでござる? 共にやらないでござるか?」

「いいんですか? 俺なんてまだやったことはないですよ?」

「そこは心配ないござらぬよ。拙者たちも始めて一年も経たない素人同然でござる。わからないことがあれば、拙者たちが教えるでござるよ」

 

 こんなにも温かい歓迎を受けて、無論、この誘いを断るはずもなく、

 

「わかりました。力になるかわかりませんがよろしくお願いたします」

「俺だってやらせてもらいますぜ! こんな機会滅多にないからよぉ、わくわくしてきた!」

 

 同時に明弘も参加表明してくれたので沙織さんもにっこりだ。口元がわかりやすいほど笑っており、どれほど嬉しかったかは想像がつく。

 よしっ、と気持ちを入れるように腰を叩いた沙織さんは、早速行動に出ようとしていた。

 

「それでは、拙者はこれから誘うお相手を探しに行ってまいりますぞ。すぐ近くのサークル故、早めに済ませるでござるよ!」

「すぐ近くのサークル……? って、まさかあの人たちとやるってことなの? う~ん……ボクにはあまりいい思い出が……」

 

 沙織さんの言葉を気掛かりしたのか、藤香さんが悩ましそうに顔を青くさせていた。何か因縁とかでもあったのか? あの表情を見る限り、相当なことをされたことがよくわかる。

 

「そんなにすごい人たちなんですか?」

「そりゃあもう! 始めて対戦させてもらった時、いきなり撹乱させられて、私だけ孤立面状態にさせられたのよ! そこを挟撃させられて……もう、考えただけでも嫌になるわ……」

「シャルがそう言うのも無理もない。彼らのチームプレイはかなり充実しててね、付け入る隙がないのだ。現に俺も同じ罠にハマりかけてしまったことがあったね」

「……侮れない……ヤツらの連携は、それなりの時間が詰まっている……手ごわい……」

 

 そんなにすごい人たちなのか…、先輩たちの話を聞く限りではそう感じてしまう。それなのに沙織さんはそんな人たちを相手するって、一体どんな自信があると言うのか?

 

「ふっふっふ……だからこそのリベンジなのでござるよ。あの時は痺れるほどの辛酸を舐めさせられましたからなあ、今度ばかりは負けたくないのでござるよ! それに、相手方も初心者を入れるという話もしていました故、ちょうど良いかと思いましてね」

「……つまりは負けたままってのは嫌ってことですかい……?」

「そうでござるよ明弘氏! 拙者たちも負けたく手負けたわけではござりませんよ! ただ、開幕直前にちょ~っとばかしMGSごっこしてしまったために惨敗したとかそういうのではござりませんよ!!」

「なんかとても気になる一文があったようだけど……とりあえず、悔しかったと言うことはよくわかりましたよ……」

 

 沙織さんは、だばーっと涙を流して言ってくるから返しがし辛い。というか、差し迫るしつこさに悩むわ。だから言葉を選んで払い除けた。

というか、あのぐるぐるメガネから滝のような涙が出てくるなんて初めて見たぞ……漫画か、これは?

 

「そんなわけで! 今からそのサークルへと出発進行でござるよ!!」

 

 すると、沙織さんは眼を拭うと、何事もなかったかのようにけろっとした表情をしだす。立ち変わりがはぇーな、おい。

 

 

 

「……あっ、蒼一氏も明弘氏も行くでござるよ~」

「「えっ!? なんでですか(い)?!」」

「いや~、ウチの新しいメンバーを紹介するのを忘れてましたからなぁ~。ついでに行こうでござる~♪」

「って、絶対それ嘘でしょ!? ただ1人で行くのが億劫なだけなんじゃないんですか!!」

「オラァ行きたくねェ!! まだここでのんびりしたいんじゃあああ!! てか、腕力強っ!!」

 

 あっはっは! と大口開けながら俺たちの襟を掴んでは引っ張り始めたぞこの人。おいおい、俺たち男2人を引き摺るってどんだけだよ! 要するに片手で俺たちを引っ張ってるんだぞ、ちょっとした化け物だぞ!?

 窮屈な悲鳴をあげる俺たちをよそに訳も分からん方向に連れ去られていくのだった。

 

 

 

――

――― 

―――― 

 

 

 沙織さんに引っ張られて数分後、身体を捻ってひっくり返ってようやく止めることができたがすでに身が持たない……。この人、あははと今も笑っていて顔色1つ変わらない……一体、どこからそんな力を出しているんだと、そのほっそりとした身体をついつい見上げてしまう。

 

「もぉ~蒼一氏ってば~そんないやらしい目で見るモノではござらんよ~♪」

「誰がそんな目で見るもんですかい!! というか、それを校舎内で言わないでくださいよ! 変な目で見られるからぁ!!」

「やめろ、兄弟! 俺たちはすでにこの人に引き摺られて変な目で見られまくってるんだ! 今更過ぎるんだぜ!!」

「くっ……ころs「だめだそれ以上はいけないっ!!」」

 

 下半期開始早々、女性に引っ張られるという羞恥を晒すことになって、この先どうやっていけばいいって言うんだよ!? もうなんか泣けてくるんですけど……

 

「まま、そう焦らずに。さあ、気を取り直していきましょー!」

「「一体誰のせいと思ってるんですか……」」

 

 明弘と声をハモらせてツッコミを入れるも呆気なくスル―されてしまう始末。それについてもまた、おい! と叫んでしまいそうになったが、この人には通用しないと早々に諦めた。

 スタスタと先を行く背中を追いかけるため立ち上がり、溜息混じりに歩きだした。

 

 

「話が変わるでござるが、この間のμ’sの遠征で京介氏ときりりん氏が喜んでいたでござるよ」

「きりりん? あぁ、高坂兄妹さんのことですか。実際あったわけじゃないですけど、話に聞くとそのようですね。あの時は助かりました」

「いえいえ、かわいい後輩のためでござるからなぁ~。それに執事をしてくれたお礼でもありますからなぁ~」

「執事ねぇ……そんなのもありましたね……」

「またやってきてもいいでござるよ?」

「遠慮しときます……」

 

 あの時は仕方なく手伝ったってわけで、バイトとかしなくても今はなんとか収入もあるわけだから必要のないことだ。それに俺があそこで働くとまたアイツらが押し寄せてくるのは目に見えてることだ。しかも、洋子にも目を付けられちまったんだ、この後どういうことになるかわかったもんじゃないのだ。

 

 

「――さて、お2人とも、着いたでござるよ~」

 

 沙織さんに合図されて気が付くと扉の前に立たされていた。ここのサークル棟では左程めずらしい扉と言うわけでもないが、各サークルにはそれぞれ特徴というものがあってだな……

 

 

「湯のれん?」

「『温泉サークル』、だからなのか?」

「そうでござる。ここが今回の目的のサークルでござるよ~」

「それより、ウチの大学にこういうサークルもあったんですね。気付きませんでしたよ」

「あ~…それは仕方ないのですよ。ここのサークルはメンバーが3人しかおりませんし、募集もかけていないひっそりしたものでありますから気付かないのも無理ないのですよ」

「3人しか存在しないサークルって、よく存続できたものだなぁ……」

「はっはっは! まあそう言うものではござらんよ。実際、こうしたサークルや同好会は他にもたくさんありますからなあ。日向に出ることなく影でひっそりしているのが多かったりするものでござる」

「なんだぁ、天井裏に潜んで巣をつくっているアシダカグモみたいな感じか?」

「おい、もっといい例えを出せよ!」

 

 しかも例えになってるのかすら怪しい言葉で切り返すから困ったものだ。

 だがしかし、沙織さんの話が本当だとしてもだ、ここのサークルとサバゲの関係性と言うのはあるのだろうか? 名前から見てもまったく想像もつかないものだ。

 

「それを言われましたら、拙者たちのサークルも人のことが言えないでござる。ニン♪」

「確かに……てか、人の思考を読まないでください。そして、ニンって何ですか。忍者ハッ○リくんですか?」

 

 さ~て、それはどうでござろうかなぁ~、とまた『ω(こんな感じ)』の猫みたいな表情でとぼけてくる。これ以上話してもこちらが疲れるだけだ、早いとこ切り出すとするか。

 

「んで、沙織さんが挨拶するんですよね?」

「いいえ、蒼一氏にお任せします」

「なんでですかぁっ!?」

「だって~その方がおもしろいに決まってるじゃないでござるか~。拙者が行くと蒼一氏たちに与えられるパッションが半減してしますから」

「パッションなんか求めてませんから! 俺をなんだと思ってるんです!?」

「ん? 弾けるものはお嫌いで?」

「嫌い……じゃないですけど……今は違います……!」

「じゃあ任せましたぞ!」

 

 ぐっ……ぐるっと一周させられて、最終的には無理やり押し付けられたって感じで納得できねェェェ!! 明弘からも親指をぐっと立てられて合図してくるし、そんな立ち位置にいる気がしてならない……。

 仕方ねぇ…、と溜息を落として腹をくくり、扉を二回ノックした。

 

「はいはーい、どちらさまで?」

「すいません『充電機関』の者です」

 

 明るく爽やかな女性の声が聞こえてきたので、失礼のないよう返した。

 

「おう、はよ入りや」

 

 そしたら、意気のいい男性の関西弁が聞こえてきたから、関西人でもいるのか? と頭に浮かんだ。希みたいにエセでなければなぁ、とも思いつつゆっくりとドアノブを捻って内側に向かって扉を開けた。

 

 

「失礼しま―――」

「動くなっ!」

「っ―――!?」

 

 扉を開けて数歩中に入った時のことだ。開いた扉が閉じられ、俺の背後から強い声を飛ばされたと思ったら、拳銃のようなモノが突き付けられた! なんだとっ……背後からの気配なんてまったくしなかったぞ……!

 この俺が易々と隙を見せてしまったことに神経が尖る。それと俺の索敵を掻い潜ったこの人物の力量に息を呑んだ。そして、そんなヤツの顔が見たいとも思うようになる。

 

「手をあげて、前に行け」

 

 背後のヤツ――声からして男性――は同じトーンで俺に指示してくる。今の状態ではこちらに優位はないとわかっているため、男の言う通りに両手をあげて前に進む。

 室内は長テーブルが2つに椅子が数個あり、他にはぎっしり本が詰まった本棚とテレビが一台あるのみ。仕様はウチらと変わりない。それと先程声をかけた女性なのだろうか、2人立ってこちらをジッと見ている。そしてその後ろにもう1人男性が座って見えた。

 となると、4人か? 話では3人しかいないって聞いていたが……今はそれを考えることではなさそうだ。

 

 ちょっと賭けてみるか、と思いきった行動をとってみる。

 俺は言う通りに数歩前に進んだが、その後にくるりと身体を反転させて後ろを見た。背後にいた男性はこれに驚いたようで向ける銃口がぶれていた。

 

「う、動くなと言ってるだろうがぁ!!」

 

 その声には焦りがあった。

 改めてこの男性の姿を眺めてみると、少し拍子抜けするところがあった。

 体格は並々なものだが、俺よりも小さい。上は白地のランニングでやや太めの鍛えられた2つの腕が伸びている。下は膝まで伸びる黒の短パン。さらに下は靴下も着けずサンダルを履いているスタイル。そして、容姿はと言うと、絵に描いたようなサル顔。髪の毛がピンッと上に立ち、もみ上げもよく伸ばされている。目は大きい方だが瞳孔は小さく、鼻から口元にかけてはどう見てもサルっぽい。

 俺はコイツに負けたのか……? 目を細めて何度見ても何とも言えぬ気持ちにさせられる。それによく見れば、かなり動揺してるじゃないか。これでよく背後をとれたものだと一周回って褒めてやりたい。

 

 試してみるか……

 

 

安全装置(セーフティー)がかかってるぞ新米(ルーキー)

「る、新米(ルーキー)だと!? 俺はこの道10年のベテランだ!」

「はぁ……」

 

 ふっ、10年とは大した年数だな。見るに俺とそう変わらない歳なはずなのにな……つい溜息が出ちまう。

 

 俺は露骨に目線を逸らして顔をそっぽに向けた。

 すると、だ。俺の言葉が気になったのか、コイツは安全装置(セーフティー)がある銃の側面を見始めたのだ。んなもん指で確かめればいいのに、見て確認するのは握り立てがやることだ。こんな誤報(ブラフ)に引っかかるとはな……

 

 

 今だ―――!

 

 コイツの注意が俺から離れたのを確認すると一気にすり寄り、上げていた両手を下げ、一方を拳銃のスライドを掴み、もう一方を握り手首に向かって手刀を打った。あっ! とコイツはようやく気が付いたがすでに遅い。銃に握る力が失った手は離れ流れるように俺の手中に収まる。最後に相手の胸を軽く押して遠ざけ、今度はこちらが銃を構える姿勢になる。

 

「甘いな、新米(ルーキー)

「なっ……!?」

 

 終始、目を丸くさせていた男は呆気に取られた。コイツもそうだが、これを見ていた2人の女性も口元を抑えて驚いている様子だった。

 

 

「ぷはははっ! おもろいやっちゃな、お前!」

 

 すると、女性たちの後ろから割れるような笑い声をあげる男性を目にした。

 椅子に座っていた男か! その男はゆっくり腰をあげると俺の方に近付いてくる。その容姿はとても印象に残りやすく、全身を白い浴衣で覆っているのだ。ちゃんと浴衣の下にはシャツの襟が見えるのだが、こんな暑い日なのによく着るものだと感心してしまう。ただ、着付け方が左右逆な気もして疑問を抱くところもある。そして顔を見上げるとどうだ。左目の辺りが火傷したみたいに肌がやや黒く変色している。額に巻く手拭いも気になるが、やはり目に映る情報の中では、あの火傷痕が強調している。

見るに自信にあふれ、喜色満面に話しかけてくるこの男はさらに近付く。

 

「CQCやろ、それ? ゲームのだけやと思っとったんやが、まっさかこの目で見れるとは思わんかったわ」

 

 俺がかけた技を知っているのか? 知る人ぞ知るモノだったが、それを知るとなるとちょっと厄介な人なのやもしれない……!

 

「アンタ……一体……」

 

 そう言い掛けた時、扉が大きく開いた。

 

「ちわ~~~っす! 清一郎氏~~~遊びに来たでござるよ~~~!!」

「「げっ」」

 

 扉の向こうからずっと待機していたであろう沙織さんが荒々しくやってきた。てか、いま誰か、げって言わなかったか?

 

「おー! 沙織やないか! ようやくワイのドキドキ山岳温泉ツアーの手伝いをしてくれる気になったんか!」

「いや~~それについてはまたの機会にするでござるよ~~!」

「そうかぁ、ソイツは残念やなあ!」

 

 がはは、と大口で笑い合う2人に少し引き気味になる。直感的に嫌な予感しかしないと察知しちまったからだ。

 

「それで、沙織。今日は何しに来たんや?」

「おぉ! そうでござった! 今日は紹介したい人がいることをすっかり忘れていたでござるよ~~!」

 

 おい待て、人を引っ張ってきてド忘れすんなよ。

 

「こちらが、我がサークルの新人であります、宗方蒼一氏であります! そして、こちらが、滝明弘氏であります!」

「ほぉ、このお2人さんがあの! へぇ~結構しっかりしとるやんけ!」

「あ、あぁ、どうも」

 

 この人、俺のことを知るなり身体をポンポン叩いてくるわでテンションが高い。しかも、俺のことを知ってるってのはどういう?

 

「ダンスがめちゃんこ上手い1年がおるって話は大学では有名やからな、キミらは有名やぞ」

「そうだったんです? そうだったのか、明弘?」

「え? あぁ、まあな……」

「……なんだ、その後を引くような言い方は?」

「べ、別にどうってことはないぞ! 気にすることじゃないさ!」

 

 このいい方、絶対何かを隠してそうだな……。明弘のことだ、有名だからとそれをあてに、また何かしていたんだな? 大方、女がらみだと思うが……

 

 

「俺らだけが知るのもよろしくないな。さて、あらためて自己紹介や。俺は、佐野清一郎や! ここ『温泉発掘研究会』の部長をしてるもんや! よろしゅうな!」

「はい、よろしく」

 

 よく聞いたらサークルの名前が違うじゃないですか、沙織さん! しかも、研究会だし!!

 そんなツッコミは心の奥隅に忍ばせ、佐野さんは次々にここのメンバーを紹介してくれる。

 

「ほんで、あの髪の長くってメガネかけとるんのが、鈴子・ジェラートで、隣の短いんのが、森あいや!」

「佐野! それ雑すぎない?!」

「雑すぎですわ!!」

 

 ブーイング喰らってるんですけど、佐野さん……

 

「んで、さっきキミに仕掛けたのが、宗屋ヒデヨシや!」

「あー、このサル顔の」

「サルって言うなぁー!!」

 

 いや、どこをどう見てもサルにしか見えないぞ……

 あれ? よく見れば、あの髪の短いメガネの人って前にも会ったよな。

 

「って、よく見たら、前にどこかで見たことがあるな」

「え、私?」

「そうそうキミ。名前は……森さんだっけ? 確か、誰かと一緒にいて俺と話をしてた……」

「えっ……あ、そう言えばそんなこともあったわね。ちょっと気付かなかった」

「なんや、森。知り合いなんか?」

「えぇ、まあ……。でも、チョロっとしか話してないからねぇ」

「確かに本当にチョロっとしかだったけどね。また逢うことになるとはな。と言うことは、もう1人の人も?」

「アイツ? アイツならさっき日向ぼっこに行くって言って……」

 

 

 そんな時だった―――

 

 

 

「ふわぁ~……いい気持ちだったぁ~」

 

 いつの間に現れたのか、ゆらりと俺の横を通り抜けてその男はやってきた。

 

「おう、植木! 今、おもろいヤツが来てるで!」

「おもしろいヤツ? 佐野が言うならおもしろいんだろうけど……あ――」

「あ――」

 

 一瞬、お互いの声がハモったような気がした。

 そして、その顔を見るなり思い出す、あの学園祭の前に現れた不思議な男のことを!

 

 

「植木耕助……!」

「お前…………!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………誰だっけ?」

 

『だはっ!!!』

 

 

 執拗に間を伸ばしといてそれかよ!!

 

 

(次回へ続く)





ドウモ、うp主です。

久しぶりの投稿ですね、思わず書き方を忘れてしまうところでした()

なんやかんやで今回の話です。
久しぶりに『俺妹』の沙織さんを登場させました。
大学生編をまたやりたいなぁ…なんて思い登場させまして、また『うえき』からも再登場させました。
次回からもドッタンバッタンしようかと思うのでよろしくお願いします。


今回の曲は
ClariS/『nexus』

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