蒼明記 ~廻り巡る運命の輪~   作:雷電p

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第159話





赤色の錯覚

 

 

 朝―――

 

 蝉のやかましい鳴き声が俺の目覚ましとなる。少しは小鳥のさえずりのように穏やかであってほしいものの、ヤツらには関係なさそうだ。7年もの間、幼虫の姿で地中の中をくすぶり、長き充電期間を終えて成虫になった。だが、その活動時間は地中にいた頃よりも200倍から400倍近くも短い、およそ1、2週間程度。そのためか、ヤツらは死に物狂いで生命活動を行い、ギャンギャン鳴くこともその一種なのだ。

 これらのことを聞かされれば、まあしょうがねぇなぁ、と言って片付けてしまう心やさしい人もいるだろう。

 

 だが、俺は違う。俺にとっての生命活動の一種である安眠を妨げるヤツらに慈悲などなかった。人が気持ち良く寝ている時に、耳障りな音を聞かされれば嫌な気分になる。それもこの夏においては毎日のことだ。それに何故か今朝は頭が痛い……。おまけに、地球温暖化とかで熱帯夜になる日が多くて、エアコンなしでは生きていけない環境に晒されている。度重なるこうしたことが続けば、誰だって頭が痛くなるはず。こういう時だけは、防音機能が付いている音楽機材室で寝たいものだ……もう少し寝れるだけのスペースがあればの話なのだが……。

 

 

 そんなくだらないことに脳を使うことが俺の日課になりかけている。

 まだ眠たいシワだらけの瞼を擦りつつ、背筋を伸ばして大きな欠伸をする。

 窓から差し込む朝焼けが瞳を掃除するみたいに通り抜けるので、割と目がさえてくる。身体を起こせば、自然と全身に向かって血液が勢いよく流れてゆき、眠気が抜けていく。気だるさをわずかに残したまま、俺は新しい1日を始めようとしていた。

 

 

「ん、なんだこの匂いは……?」

 

 ふと、俺の鼻腔に付くあたたかな匂いに反応する。お日様の匂いなのかと思ったが、扉の向こうから発せられているとわかり違うと判断。おまけにこの匂い、ほんのり甘く、そしてうまい。ちょうど朝に欲したくなるエネルギーだと感じ、無性に腹が減りだす。

 誰かが台所で料理しているのか?

 一瞬、母さんが帰ってきたものかと思ったが、現在母さんは海外で仕事中。そうした内容のメールをついこの間確認したから違うし、親父でも兄貴でもない。

 俺の家族でないとすれば、誰がこの家にいるのだろう?

 もっとも、強盗とは思えない。いちいち人の家で飯をつくる強盗がいるものか、と考えるのが普通だろう。

 

 すると、階段を小刻みに上がってくる音を耳にし始める。割と軽めのステップで丁寧な足取り。女性のような奥ゆかしさを感じさせるようなものであると同時に、どこか懐かしいモノを感じさせられる。現に、俺の身体がこの足音に異常なほどに反応を示している。

 まさか……、と寝覚まし後の目を見開き、こちらに近付く気配に目を凝らした。扉のノブが回される。ギッ、と軋む音を立てつつ扉が開かれると、懐かしい姿をした彼女がそこに立っていた。

 

 

 

 

「おはよう、蒼一。いい朝が迎えられてよかったわね♪」

「真姫……!」

 

 なんとそこには、白いエプロンを身に纏った真姫が立っていたのだ。

 なんで…、と思わず口に出してしまいそうになると、「蒼一の寝顔が見たくって、来ちゃった♪」と眩しい笑顔で答えるのだ。

 真姫は続けて、

 

「私、蒼一と過ごしたあの時間が忘れなれなくって、夏休みの最後の思い出として来ちゃったの。パパとママにわがまま言っちゃったけど、迷惑をかけないようにって許してくれたわ」

 

 と言う。

 そう言われると嬉しく思う反面、あのお2人は…、と顔を引き摺らせてしまう。

 と言うのも、時計を見ればまだ6時前。つまり、真姫はこれよりも前にここに来ているってわけだ。それも多分下で料理も作ったとなればそのまた前になる。そんな時間から愛娘を外に送りだす真姫の両親の寛大さと危なっかしさに言葉が見つからない。

 

「……というか、どうやって家に入ってきた? 玄関のカギは閉めてたはず……」

「……聞きたいかしら?」

 

 俺の疑問に対し、真姫は含み笑いで返してくるので深く聞かないことにした。何か嫌な予感しかしないし、心なしか、俺の横の窓が開いているような気がして……。お、おかしい……、昨日ちゃんと閉じたはずなのに……。

 

 

「それにしても蒼一ってば、寝ている時も油断ならない表情をするのね。てっきり、前みたいにかわいい寝顔が見れると思ったのだけど、引き締まったのも素敵よ♪ つい、キス、しちゃった♪」

 

 とまあ、指を唇に触れさせて小悪魔のような笑みを浮かばせる。真姫のそういうところは以前とまったく変わっていない。むしろ逆に悪化してるんじゃないかと思うほどに。

 

「それじゃあ……蒼一にも感じてもらえるように、お目覚めのキス、しちゃう?」

 

 飢えた雌豹のような仕草で俺を誘ってくる。魔性に近い色気を発して俺の官能部を刺激してくるが、時折見せる無邪気な愛嬌が胸を突くので、つい真姫をこちらに寄せてしまう。グッと顔を近付けると、恍惚な眼差しを立て、頬を赤らめさせる。甘い吐息も吹きかかり少し胸の辺りが息苦しくなる。

 見上げれば惚れ惚れしてしまう艶美な顔が目の前に。それがつい前まで俺と暮らし、彼女を1人占めしていたのだ、俺にしか見せないこの姿を……。だからつい、彼女を欲したいという気持ちに誘われるのだ。この寸止め加減が俺を生殺しにさせる。

 対する真姫は一気にしてしまうことを寸前で押さえつつ、じっくりと俺を見て胸を躍らせている、と言ったところか。ちょうどいい頃合いで始めるようとするのが真姫のやり方なのかもしれない。ちょっとした狩りの時間だ。

 けど、真姫がそうするのであれば、こちらは逆を打つことにする。

 

 

「んっ、んちゅっ、んぁっ―――?!」

 

 されるのであれば、こちらからすればいいさと。

 

 近付けた頭を両手で抱き、そのまま、ぐっと唇を押し付けた。ぷるんっ、と弾けるようなみずみずしい唇を吸い込み、蛇のように波打つ舌を押し込める。不意を突かれたからか、真姫は()()()()攻めの姿勢から受け身へと変え、俺からの攻めに蹂躙される。俺だけが知る()()()()真姫を。

 乱暴に、深く。捻じ込むような唇との間と、鼻から漏れ出る熱々の甘息に気分が高揚する。ドロッとした甘く、熱い真姫の唾液が口の中に溶け込み、俺の体内へと送り込まれていく。一気に身体が熱っぽく火照りだし、欲情してしまう。

朝から熱が入ってしまうな。

 唇を離すとまだ熱い吐息を互いにこぼし、透明の糸を引いた。真姫は蒸発しそうな赤顔で俺を眺めてるが、すでに出来上がっているみたいでいまにも身体を押し付けて続きを始めそうだ。

 

「もう……朝から強引ね……♡ そんなに真姫ちゃんが恋しかったのかしら……?」

 

 蕩けた口でそう呟かれる。

 

「当たり前さ……。真姫がこの家から離れてしまった時、胸に小さな隙間ができたみたいに、ぽっかり空いちまった……。逢いに行こうとすればすぐに会いに行ける……。だが、こうして手を伸ばして届くところに真姫がいないことに寂しさを感じていたのさ……」

 

 この言葉に間違いはなかった。事実、真姫がいない生活と言うのはどこか抜けていた。物足りなさでもあり、寂しさでもある、言葉にしにくい感情が胸の中に生じたのだ。空虚。まさに、この言葉に尽きた。たった一か月がいつの間にか、俺にとってかけがいのない時間となっていたのだ。

 だからこそ、こうしてまた2人でいられることが嬉しく感じるんだ。

 すると、真姫は一変してやさしい笑顔で頬笑むと、俺の頬に触れて言った。

 

「私もよ、蒼一。蒼一から離れてからの生活はとても悲しかった。私の大切なモノを奪われたみたいなそんな気持ちよ。あなたがいたから私がいる。あなたと結ばれたから離れたくないと思うの。不安定なの、わたし……。だから、こうしてあなたのもとに……ね?」

「真姫……」

 

 切なそうにする顔が俺の胸を締め付ける。掴まれるみたいな苦しみもまた、同じく感じられる。なのに、心の奥では、こうしていられることに安心している。じーん、と沁み渡るような感情。こんなにも情緒が激しくざわつかせるのは、やはり真姫によるものなのかもしれない。初めて、自分の心を打ちあげ、気持ちを通わせた相手だから余計に。

 

「ねぇ……もっと、しましょ?」

「……作った料理が冷めるかもよ?」

「いいのよ、もう一度あたためればいいのよ……私と、蒼一の、愛と同じように……ね♡」

 

 愛おしく、無邪気な顔で真姫は言う。

 またあたためればいい、じゃなく、ずっとあたためてあげたい。もう寂しい想いをしないほどに……

 

 

 ゆっくりと真姫の身体がベッドの上に乗る。ちょうど寝ころぶ俺の横に並ぶように横たわり、物欲しそうな目で、じっと見つめてくる。だから布団をあげてみせると、吸い込まれるように中に入り、ピタッと身体を重ね合わせた。

 

「これじゃ、二度寝確定だな」

「そうかもね。私もちょうど眠たくなってきたし、いまなら幸せな気分で寝れそう♪」

「かもな。それじゃ、前みたいに抱きしめ合おうか?」

「ええ、もちろん♪」

 

 横にした身体同士をくっつけ、両腕でしっかりと彼女を抱きしめる。首元にかかってくる息が生温かくってくすぐったい。それがちょっとだけ懐かしく感じ、思わず頬を緩ませてしまう。

 すると、細く澄み切った瞳を転がして俺だけを捉えている。鼓動が強く波打つ。耳に入ってくる雑音は弾かれる。聞こえるのは、真姫の余裕がない吐息と迫る鼓動だけ。それがもどかしい。

 

「蒼一……」

 

 切なく小声で呟く真姫は、ぐっと顔を近付けて目を閉じた。俺もそっと目を閉じ、その顔を引き寄せて―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……んっ……うぅん………」

 

 

「「っ………!!」」

 

 

 その刹那、誰かの声を耳にした。

 お互いの鼻が触れ合う近さと、その緊張で敏感になっていたためか余計に強く反応を示してしまう。俺は辺りを見回しだすと、足元から何か生温かい感触に当てられる。身体を起こしてゆっくり目線をそこに向けると、むくりと布団が盛り上がった。その形はまるで人のよう、真姫以外にもここに来ていた人がいるのかと気持ちを逸らせた。

 すると、盛り上がった布団がめくれて、その姿が現れた。

 

 

「う、ん……そう、いち……にぃ……」

「花陽?!」

 

 

 

 

 

 

 

 

――

――― 

―――― 

 

 

 

「ん~~~! ご飯、おいしいですぅ~~♪」

「あぁ、まったくだ」

「ふふっ、2人にそう言ってもらえると嬉しいわ♪」

 

 眠りから完全に覚ました俺は、真姫と花陽と共に食卓を囲み、真姫の料理にあり付いていた。真姫の料理はどれもおいしく、また各段と腕をあげていることを実感させられた。

 

「それはそうと、どうして花陽が俺のベッドの中にいたんだ?」

「え、えっとですね……ちょうど朝早く起きちゃって、心細くなって……来ちゃいました」

「来ちゃいました、ってそんな簡単に家に上がられてもなぁ……」

「だ、だってっ……お兄ちゃんが、また花陽に黙って出掛けちゃったんですよ! 夏休みは最後まで花陽と一緒だよ、って約束してたのに……!」

「お、おいおい! 泣くほどのことなのかよ!?」

 

 花陽は急に涙をこぼして泣きだすが、一向に口元が忙しく緊張感も説得力も欠けている。

 花陽のお兄ちゃんと言えば、智成さんのことだ。俺の兄貴とタメで友人関係にあり、俺とも面識がある。そんな智成さんが出ていったとなると、大方大学のことなのだろうなぁ。校舎が遠くて1人暮らしを強いられているとも聞かされたこともある。あの人も相当な(花陽)好きだから別れが辛いからわざと挨拶なしで行ってしまったのだろう。

 だが、残された花陽がねぇ……。こうなっちゃったら何とも言えなくなる。逆に不憫で仕方がなかった。

 

「……んで、どこから家に入ったんだ?」

「蒼一にぃの部屋の窓が開いてたからそこから……。そしたら、蒼一にぃが気持ちよさそうに寝ていたから花陽も一緒に……」

「うん、わかった。それ以上は言わなくても理解したから」

 

……少しばかり頭が痛くなる。

 つまり……あれだ。2人とも同じ手段でこの家に侵入してきたってわけだ。それも、2階の俺の部屋に……。

 どうしてこうも、みんな揃って部屋の窓から侵入したがる? ことりといい、穂乃果と言い……今度は、真姫と花陽ときた。いくらみんなの運動神経が高まったからと言って、そういう侵入経路は止めてもらいたいものだ。

 

 

「でもよかったわ。てっきり、蒼一の女癖が悪くなって、花陽を連れ込んだのかと思ったわ」

「しないって。俺がそんなことするわけないだろうが……」

「あら、この前穂乃果とことり、海未を連れ込んで何かしてたのは違うって言うのかしら?」

「………前言撤回。俺は女癖が悪い男ですよ、悪ぅございました……!」

 

 どうして真姫がそのことを知っているのか気になるが、聞かぬが仏だ。どうやら俺の秘密はどこかしらかで漏れているんだろうなぁ……あまりいい気分ではない。

 

 

「そう言えば、蒼一にぃと真姫ちゃんはさっき何してたの?」

「えっ……あっ、いや、その……だな……」

 

 つい、ドキッと胸を打たれるような気持ちになり身体を震わせた。さすがに真姫とちょっとイケナイことをしそうになっていた、などと直接言えるわけもない。ここは茶を濁すような言葉を選んでくぐり抜けるしか……

 

 

「蒼一とね、おはようのキスをしてたのよ♪」

「そうなの!?」

「あと、蒼一が私のことを抱きしめたいって言ってきて、それで一緒に……」

「おいィィィ!! 人がそのことで考え込んでいるのに直接伝えるんじゃぁない!」

「あら、減るものじゃないでしょ?」

「減るから! 俺のメンタルがごっそり減らされるから!!」

「そう? だったら、減った分だけ私が満たして、ア・ゲ・ル♡」

「だめだぁ……何を言っても聞く耳をもたねぇ……」

 

 面妖な笑みを浮かばせて誘ってくるのだから嬉しいと言えば嬉しい。けど、それを花陽の前で言うのは勘弁してほしい。恥ずかしい、とても恥ずかしいから!

 一方、花陽はと言うと……

 

「いいなぁ……花陽も、蒼一にぃにおはようのキス、したいです……」

「は、花陽……?」

「蒼一にぃ! 花陽にもください! とびっきりのキスを花陽にも!」

 

 おいおいおい、どういうことだよ、これは……?! さっきまで、とろんとしていた目が、一瞬で煌めきだしたぞ! それになんだろう、生命の危機さえも感じさせるような雰囲気が気になって仕方ないのだが……!

 

「そうね……なら、私と花陽の両方で蒼一をいただきましょうか♪」

「人を喰いモノ扱いするな」

「そうですね! 欲張りはダメですよ! ちゃんと交互にしましょうね!」

「ねえ、人の話聞いてる? ダメだからな? ダメなんだからな?」

「決まりね」

「いや、決まってねぇよ。勝手に決めるなよ!」

「さすが真姫ちゃんです! 賢い!」

「賢いとかそういうものなの? かなりアバウトすぎやしない?」

「蒼一もちゃんと準備しててよね。この後に、私たちからあま~いデザートをあげちゃうんだから♡」

「準備って何を? 心か? 心の準備なのか?! もう俺に逃げ場はないって言うのか?!」

「そうよ。だって、蒼一は()()()()()()()()()()()―――」

「は? いったい何を根拠に―――」

 

 そんな時だ、ぐわんと視界が歪んで見え始めたのだ。疲れているのかと思って指でこめかみを抑えてみるのだが一向に変わらない。むしろ逆に悪くなる一方でくぐもって見える。まるで霧がかったみたいに、だ。

 それに、意識も……だんだん……遠く、なっ…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目の前が真っ暗になった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 

 

 

 

 

「………ハッ!?」

 

 知らな……いや、よく知ってる天井が見えた。つうか、俺の部屋だよ。そして、俺はベッドの上で寝転んでいる状態にあった。

 目を開くと、茜色の日差しが部屋の中に差しこんでいた。時計を見れば短い針が5を通り過ぎているところ。あれ、もしかして一日寝てしまっていたのか? と焦燥感に駆られる。

 おかしい……俺は朝ちゃんと起きていたはず……それに朝飯も食べて……あ、れ……? なんだ、なんでそこだけ記憶が曖昧に……?

 食べていたものは何だ? ご飯か、それともパンだったか? 汁ものは? 添えものは? 主食は? どれを思い出そうとしても、どこか曖昧でぼやけている。唇や口の中を舐めても乾いた唾液の味しかしない。何かを口にしたと言う痕跡もない。服だって寝巻のままだし……だとしたら、本当に俺はずっと寝ていたのか……?

 そう結論付けるしかなかった。

 

 

「あっ……、真姫はどうした? 花陽も家の中にいたはずだ!」

 

 咄嗟とも呼べる一瞬脳裏に過った2人の姿。確かにあの2人がいた。真姫は台所で料理をしていてエプロン姿で俺と口付けをしたんだ。花陽だって俺の布団の中に潜り込んでいたんだ。こんなに記憶がハッキリしているんだ、間違いない。

 そう自分に落とし所を見つけると、すぐさま部屋を飛び出し1階のリビングに足を直行させた。どんっ、と大きな音を立てて入ると、そこには思ってた通りに2人がいたのだ。

 

 

「あら、蒼一。やっと起きたのね、もう何時だと思ってるのよ!」

「蒼一にぃがこんな時間までお昼寝なんて……ちゃんと睡眠とれてますか?」

 

 俺を見た2人は見つめていた。真姫は呆れて少しばかり起こった様子で。花陽は逆に心配そうにしていたのだ。

 

 思っていた反応と、違う……?

 てっきりと俺は、2人は動揺するものかと思った。今朝方起こったこととかを考えれば、当然のことだと。だが、2人からはそうしたものを一ミリも感じ取れない。むしろ、俺が寝ていたことをついさっき知ったような素振りな感じがするんだ……。

 

 

「な、なあ……お前ら、今朝いたよな? 部屋の窓からこっそり入って来てたよな? それに、朝食も真姫が作ったのをみんなで食べてたよな?」

 

 逆に動揺し始めている俺は、2人に問いかけた。だが2人は、互いにキョトンとした顔を見合わせてから俺に言った。

 

「何寝ぼけたこと言ってるのよ。私が蒼一の部屋の窓から入るなんてできるわけないでしょ?」

「無理ですよぉ……。私だって2階まで登るだなんてできないです……」

「え、いや、そんなわけが……」

「だから、そう言ってるじゃない。確かに料理は作らせてもらってるわよ、今晩の分だけどね」

「私と真姫ちゃんが来たのは、ついさっきです。蒼一にぃと一緒にご飯が食べたいなぁって思って来たんだけど、蒼一にぃはベッドでグッスリ寝むちゃってて……起こそうかと思ったんですけど、真姫ちゃんがそっとしとこって言ったからそのままにしていたんです」

「そう、なのか……じゃ、じゃあ、この記憶は……?」

「夢でも見ていたんじゃないの? もしかして、夢と現実の区別ができなくなったのかしら? ふふっ、私のお目覚めのキスが必要かしら?」

 

 そう言うと、真姫は小悪魔的な笑みを浮かばせて近寄ってくる。瑞々しく弾力のありそうな唇を見せつけようとするので、少しばかりか戸惑ってしまう。それに……その唇を見ていると、何故か自分の唇に生々しい感触が蘇ってくるような気がして……。

 

 

「いや、大丈夫だ。夢と現実くらいは区別できてる、そう思ってるさ」

「あら残念。絶好の機会だと思ったのにね♪」

 

 真姫は、ふふんと鼻で笑うと嬉しそうに見せた。

 

 夢と現実くらいは、か……

 あれは夢だったのだろうか? あんなに生々しいほどの感触を抱きながら、貪るような口付けを真姫にしたというのにか? 夢にしては何とも言えない気持ちだ……

 

 

 けど、実際は違うと言うのだから受け入れるしかない。早めに頭を切り替えよう。

 

「それで、真姫はいま何を作ってるんだ?」

「トマトソースよ。蒼一が私に教えてくれた通りのレシピのね♪」

「へぇ~、なんだスパゲティでも作るつもりだったのか?」

「そうしたかったけど、花陽はご飯ものが欲しいって言うのよ。だから、ドリアみたいなのがいいかと思ってるのよ」

「ドリアか……。いや、なんならもっといいのを作ろうか」

 

 何をつくるの? 真姫と花陽は聞きにくると、俺は冷蔵庫からひき肉を取り出して、

 

 

「ハンバーグってのも手だとは思わないか?」

 

 そう言うと、なるほどと言わんがばかりの顔を見せると、それなら私もと花陽も手伝いをすることとなった。料理をすれば気も晴れるだろう、そう思っての行動だ。いつまでも踏み止まって詮索するのもどうかと思うしな。

 

 そんなわけで、3人で作ることになったわけだが、割と効率よく作業は進み6時になる前には食べられそうだ。肉の仕上がりもよろしく、副菜やご飯の準備も順調に進んでいる。肝心の真姫の作るソースも結構な仕上がりをみせており、歓声が待ち遠しくなる。

 

 

 

 

「そう言えば、お前たちはどうやって家に入ったんだ? 玄関も窓も鍵が掛かっていたはずなんだが……」

 

 すると、どうしてかこの場の空気が固まったような気がした。2人の方に顔を向けてみると、動きを止めていた。背筋が固まった。2人の様子と言い、この場の空気と言い、何かがおかしく思えた。

 そんな時、2人は小さく微笑みながら俺に向かって、

 

 

 

 

 

「「聞きたい?」」

 

 

 

 そう、2人の声が重なって聞こえた。

 

 

 冷汗が額から流れ落ちる。

 俺はそれを聞くのを躊躇った。絶対に聞いてはいけないことだと、直感が示したのだ。

 

 結局、俺は聞くことをせず、ただ流すように言葉を打ち消した。

 そして俺は、これを忘却へと向かわせた。決して聞いてはいけないことなのだと、悟ったからだ。

 

 

 

 どうやら、長い夢を見ていたようだ―――

 

 

 

 現実に呆けて、肉を焦がしそうになった。

 

 

 

 

(次回へ続く)

 





ドウモ、うp主です。


夢オチかよっ!!!って思ってる方々。。。

すんません……途中までうまく考えていたんですけど、なんかうまくできませんでした。いいわけですが、これ3話構成でして……あとの2話は、もう一方のお話で……。

ちなみに次回は、違うメンバーのお話を書こうかと思います。
では、また。

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