蒼明記 ~廻り巡る運命の輪~   作:雷電p

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第158話





夏の夜空に華咲かせ

 

 

 

 

 夏の夜空に祭囃子が舞い踊る―――

 

 祭囃子―それは祭りの始まりを告げる合図。耳を撫でるこの音色に自然と人の心は高揚する。日本人の血肉に深く刻まれた祭りへの執着心に火を点火させるのだ。祭りには心を満たしてくれるものがあると信じて、音の鳴る方へと引き寄せられる。そして、解放。世俗のことを一切忘れて思うままに楽しむ、それが祭りなのだ。

 

 

 その祭りに向かおうとする、3人の少女たちが支度を進めているのだった―――

 

 

 

―― 

――― 

――――

 

 

 

「わああぁぁああん! 帯がうまく締まらないよぉ~!」

 

 お祭りだから浴衣を着ようと思って押し入れから取り出したのはいいけど、全然着かたがわからないよぉ! 浴衣って普通に、バッと着て帯をくるくるくる~って巻けば大丈夫じゃないの?! えぇーもうわかんないよぉ! うわあぁあっ、また変なふうに絡まっちゃったよぉ~! もうやだぁ~……

 

 

 いつも練習で使っている神田明神でお祭りがやってるって聞いて、μ’sのみんなで行こう、って決めたはいいけど……まさか、自分の浴衣でこんなに苦労するだなんて思わなかったよぉ……。みんなうまく着れているんだろうなぁ……。海未ちゃんは家が日本舞踊の家元だから着慣れてるだろうし、ことりちゃんはいろんな服のことを調べてるからわかってるんだろうなぁ……。

 それに比べて、穂乃果にはちんぷんかんぷんだ。何から始めればいいのかさえ分からないでいるの。こんな私を見て雪穂は、「難しいならいつもの服でいけばいいじゃい」って言われちゃう。

 確かに雪穂の言う通りだけどさ……、でも穂乃果は浴衣で行きたいの! だ、だって……綺麗な浴衣で行ったら、蒼君が穂乃果に注目するかと思って……。いつもと違う綺麗な格好をしたら、きっと喜ぶだろうなぁって思ったから……。だからね、諦めたくないの……! ちゃんと着て、『穂乃果、今日は見違えるほど綺麗だよ』って言われたいんだもぉ~ん♪ そ、そしたら……また、2人だけでこっそりキスとかしちゃって……キャー! 考えただけで胸がドキドキしちゃうよぉ~♪

 

 いろいろ考えちゃうと身体をぶるぶる震わせちゃう。実際、これは浴衣デートみたいなものだから気持ちが落ち着くわけがないよ。あぁ、もう待ち遠しいよぉ!

 

 

「穂乃果ぁ~、着替えは終わったの……? って、まだ終わってなかったの?!」

「あっ、お母さん! ちょうどよかったよぉ~、浴衣着るの手伝ってよぉ~!」

「またそんなこと言って……と言うか、着る前からこんなにシワを作っちゃって……ホント、アンタって子はガサツなんだから」

「うぅ……そ、そう言わないでよぉ……だってぇ、わからなかったんだもん……」

「それ、去年もその前の年も同じこと言ってなかったかしら? 雪穂はできてアンタができないなんて、どっちがお姉ちゃんなんだか……」

「そ、そんなこと言わないでよぉ~! というか、雪穂はもうできてたの?!」

「そうよ。あの子はしっかりしてるからすぐできちゃうからね。もう亜理紗ちゃんと一緒に行っちゃったわよ」

「……まるで穂乃果がしっかり者じゃないって言われているような気がする……」

「つべこべ言わないで、さっさと着る! ほら、手伝ってあげるから早くしないさい!」

「うわあぁん! おかあさ~ん!!」

 

 

 結局、お母さんに手伝ってもらって何とか着ることができた。海未ちゃんたちと待ち合わせをしてるけど、間に合うかなぁ? いざとなったらダッシュして……

 

 

「……って、わわわっ!!? だ、だめだぁ~! 下駄だと全然走りにくいよぉ~!」

 

 

……穂乃果、ちゃんと間に合うことができるのかなぁ……?

 

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 

「えーっとぉ……青がいいかなぁ……? やっぱり、白が……! でも、赤いのもいいかも……」

 

 ことりはいま、鏡の前で浴衣を選んでいるところです。たくさんある色の中から選んでいるけど、どれにしようか迷っちゃうの!

 どうして選んでいるのかはね、今日どこからか楽しい音色が聞こえるなぁって窓を開けたら、近くの明神さんでお祭りがあるんだそうです。それに昼間に穂乃果ちゃんから連絡をもらって、μ’sのみんなと行くことになりました。それでね、なんと蒼くんも来るって聞いて、ことりの心は弾んでます!

 夜のお祭り。ことりのとっておきの浴衣を着て、蒼くんと待ち合わせ。そしたら、ことりに気がついて手を振ってくれる蒼くんはとってもかっこいい浴衣を着て迎えに来てくれるの。それでねそれでね、私に手を伸ばして、『今日は、俺がことりをリードしてあげるよ』って言ってくれちゃったり! はぁ~ん♪ ことり、そんなこと言われちゃったらこの手を離せなくなっちゃうよぉ~♪ それで、2人で誰もいない茂みの中で楽しいコトをシちゃって……♡

 あぁんっ、妄想が止まらないよぉ~!! 蒼くんのことを考えちゃうと全然手が進まないよぉ~!

 

 

「ことり、着ていく浴衣は決まったかしら?」

「わわっ! お、おかあさん!!?」

 

 考えていておかあさんが扉を開けて入ってきたことに気付かなくって、ちょっぴり驚いちゃった。そんな私を見てなのか、おかあさんまで驚いちゃって……えへへ、ごめんなさい……。

 

「まだ決まってなかったのね。早く決めないと遅れちゃうわよ?」

「ふぇ~ん、そんなこと言ってもどれにしたらいいのかわからないんだもん」

「あらあら、ことりにしてはめずらしく迷ってるのね。よっぽど蒼一くんのことで頭がいっぱいなのね」

「も、もう、おかあさんってば! からかわないでよぉ!」

「うふふ、ごめんなさい。でも、ことりの顔にはちゃんと書いてあるからわかっちゃうわよ」

「ふえっ!」

 

 ことりの顔に出ちゃってるの?!

 そう言われちゃって、思わず顔を手で覆っちゃった。私って、そんなに顔に出やすい性格なのかなぁ?

 

「くすっ、かわいいことしちゃって。そんなことりだから蒼一君もあなたのことを好きになっちゃうのね」

「えっ?! お、おかあさん知ってたの!?」

「知ってるわよ。もちろん、あなたたちが付き合ってることもね♪ 母親の勘ってのはね、結構敏感なのよ?」

「そ、そうなんだぁ……。も、もしかして、ずっと知ってたままにしてたの……?」

「そうよ。だって、その方がおもしろそうじゃない♪ それに、蒼一君がウチの家族の一員になる日が近くなるかもしれないと思ってね♪」

「お、おかあさんってばぁ……///」

 

 冗談のように言っているみたいだけど、多分本気にしてると思うの……。娘の勘、なのかなぁ? そんな気がしちゃうの……。もしかしたら、この前、蒼くんを家にあげたことも 知っているんじゃないかなぁって心配しちゃう……。

 さすがのことりでも、蒼くんとの関係を他に知られたくないもん! で、でも……μ’sのみんなになら……ちょっと恥ずかしかったけど、穂乃果ちゃんと海未ちゃんにはもう……

 

 

「さあ、冗談は置いておいて……この色のはどうかしら?」

「あっ、お花の柄のピンクの!」

「かわいいことりには、ピンクがよく似合うわよ。花もあるとより一層引き立つわよ」

「うん、ありがとうおかあさん! ことり、これに決めた!」

「うんうん、それでいいと思うわよ。ちゃんと、蒼一君を射止めてきたら上出来よ♪」

「も、もうっ!」

「あら、家に連れて帰ってきてもいいわよ♪ そのまま部屋で何をしてても私は気にしないから♪」

「お、おかあさんっ!!」

 

 う~……おかあさんから公認してもらったことは嬉しいけど、やっぱり恥ずかしいや……。今度も蒼くんの家でヤっちゃおうかなぁ……? それとも、やっぱり外で……?

 むぅ~……頭が痛いよぉ……

 

 

 

 

 

――

――― 

―――― 

 

 

 

「袖通しよし。帯の締め具合もよし。うん、バッチリですね」

 

 着付けも自らの手で整えまして、鏡の前でどこか不具合など無いか確認中です。久方ぶりに棚卸をしましたので、糸の解れがあったり、色褪せていたりなどの問題がないかとくまなく調べてしまいます。しかし、見たところそのような問題もなさそうですし、このままで行きましょうか。

 

 穂乃果からのお祭りの誘いを受けましての身支度。今日のお稽古も、μ’sの練習も終えまして、少し時間が余っていましたところに丁度良いお話でした。いつもお世話になっております神田明神での夏祭りは、私の中で毎年恒例の年行事のひとつとなっておりました。幼い頃から穂乃果やことり、それに蒼一らと出掛けては楽しんだものです。いまも色褪せることのない記憶です。

 そんなお祭りを今年も行くことができる、いつもと変わらぬ心持かと思いますが、今年は少し違います。長年の夢でもありました蒼一の恋人となりました初めの年。愛し合う2人と共に行く最初のお祭りとなるのです。ふふっ、考えただけでもうこんなにも胸が弾んでいるのです、楽しくないはずもありません。2人で行く屋台廻りもまた格別なものとなっていることでしょう。そして2人で手を繋ぎ、人目につかない場所で、あなたとの愛を確かめ合いたいです……♪ うふふっ、考えるだけで胸がときめいてしまいます♪

 

 

 すると、部屋の扉をノックする音がしますと、お母様の声が聞こえてきました。

 

「海未さん、着付けの方はすみましたか?」

 

 すぐに扉を開け中へ入れまして、私が選びましたこの浴衣を見ていただくことに。

 

「あっ、お母様。どうでしょうこの生地は?」

「まあ、とってもお似合いですよ。淡い青地に紫の朝顔が添えてあるなんて風流ですね。よい選びしましたね」

「お母様にそう言っていただけてありがたいです」

 

 お母様にも気にいっていただけてよかったです。これなら蒼一の前に立っても恥ずかしくありませんね。

 

「ふふっ。海未さん、とても嬉しそうですね。今日は誰かとお逢いになる予定ですか?」

「はい。穂乃果とことりと一緒にお祭りを、と思いまして」

「あら? 蒼一さんではないのですか?」

「えぇっ?! な、なぜそれをっ!?」

「あらあらまあまあ♪ 海未さんがそのように頬を染めてしまうだなんて、蒼一さんも罪なお人」

 

 お母様の口から蒼一のことを切り出されて、思わず戸惑ってしまいます。そんなお母様は嬉しそうに微笑んで、ちょっぴり頬を赤くさせるのです。

 

「お、お母様! 蒼一とはですね……その……もしかしたら逢うかもしれない、と思っているだけで、連絡さえまだしてないのですよ?」

「そうなのですか? では、早めに思いを伝えるべきですよ。戦いは常に先手必勝。出遅れては得たい獲物を取り逃がしてしまいますよ?」

「そ、それは……ごもっともですが……」

「あなたの心の中には、もうすでに蒼一さんが住わっています。その心に従わなければ、自分を傷つけることになります。偽らず、ただ真っ直ぐにお伝えなさいな。恋慕の情をこの目で見て、従ってきた私が言うのです。安心なさい。あなたのお父様もそのように射止めましたから」

「お母様……」

 

 やさしい顔からどこか懐かしそうに過去を思う面影が見えました。お母様もお父様に恋慕を抱いた時も同じようになさったのでしょう。そして、私が生まれたのですよね……。

 

「わかりました。お母様の言う通りにさせていただきます。園田海未、お家に恥じない恋をさせていただきます」

「励みなさい。あなたが慕う蒼一さんは唯一無二の存在。あの方のようなお人は、この先も現れることのない人でしょう。必ず、射止めるのですよ」

 

 お母様は私に向かって手を伸ばしますと、弓を引き、矢を放つ構えを見せて話したのです。お母様なりの励ましなのだと思い、ありがたく受け取らせていただきます。

 

 さて、では早速蒼一に連絡を……って、もう穂乃果たちとの約束の時間がっ?!

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 夜も深まり、辺りに赤色の提灯がぶら下がって夜道を照らしていると、カランコロンと忙しい下駄の音を打ち鳴らす少女が小走りしてくる。

 

 

「はぁ、はぁ……、や、やっと着いたぁ~」

 

 肩で息をしつつ、走って熱くなった身体に服の隙間から空気を入れだす穂乃果。彼女たちがいつも待ち合わせをする場所には誰の影もない。なんともめずらしく、穂乃果は一番乗りを果たしたのだ。しかし、そんな些細なことに気にも留めず、他の2人はどこにいるのかとキョロキョロと辺りを見回していた。もしかしたら、私が最後でみんな先に行ったんじゃ……とさえ思い悩む始末だ。

 けれど、スマホの時計を見てまだ時間になってないことを知り、初めて自分が一番先に来たのだと自覚するのだった。

 

 

「……あっ、あの姿は……!」

 

 カランコロン、また忙しい音がコンクリートの上を転がるように鳴る。それもまた2組も。穂乃果はジッと目を凝らして、薄っすら視界に入ってくる人影を見て、それが誰なのかを理解した。

 

「海未ちゃん! ことりちゃん!」

 

 周囲を気にすることなく大きな声で2人を呼ぶ穂乃果。それに気が付いた2人は視線をあげて、大きく手を振る彼女を捉えることができて反応する。

 

「すみません、少し遅れてしまいました」

「ご、ごめんね……思った以上に着付けに時間掛かっちゃって……」

「ううん、大丈夫だよ。穂乃果もついさっき来たところだから」

 

 穂乃果はそう言って2人を安心させようとした。いつもならば逆の立場なので、少しばかり申し訳なさそうにする2人だが、穂乃果の笑顔に自然と安心を覚えるのだ。いつもと変わらない無邪気な笑顔で。

 

「そう言えば、蒼一はまだ来ていないのですか?」

「うん。蒼君も時間が掛かるって言ってて、先に行ってくれって」

「そっかぁ……。それじゃあ、蒼くんが来るまでゆっくり行こっか?」

「さんせーい! 海未ちゃんもそれでいいよね?」

「構いませんよ。やはり、蒼一がいないと何も始まりませんからね」

「そうそう、やっぱり穂乃果には蒼君がいないとダメなんだよ」

「ことりもだよ。蒼くんがいてくれないと、寂しいよぉ~」

 

 3人はそれぞれここにいない彼について話をし、互いに微笑んだ。

 

 不思議なことに、この3人がこうしてゆっくり話をすることができるのも久しぶりのことだ。つい先日まで、度重なる催しや事件などでてんやわんやし、おまけにμ’s解散の危機さえ迎えそうになっていた。この3人も例外ではなく、穂乃果の失敗とことりの留学で振り回され、この関係にさえも切れるが入ってしまいそうになるほどであった。

 

 だが、誰もが絶望しそうになる中、彼は3人の間に立ち元通りに引き戻した。彼女たちの彼が懸命に行ったおかげで、こうして再び3人は顔を合わせ、ゆっくり話をすることができるようになった。

 そして3人の中には、彼との強い絆で結ばれた愛が詰まっていた。

 

 

――穂乃果が大きな失敗をしてみんなを困らせちゃった時、蒼君は気にしないでって励ましてくれた。こんな私を必要だって言ってくれた。

 

――留学しようか迷っていた時、蒼くんが私を引き止めてくれた。蒼くんがいなかったら、いまのことりはここにいなかったよ。

 

――蒼一がいなければ、いまこうして2人と話すことはなかったでしょう。私たち3人の中にあなたがいることが私にとって幸せな時間なのです。

 

 

 一度崩れかけた絆は、再び彼の手によって取り戻された。そんな彼のことを、それぞれの胸中で思い巡らせていた。彼と結ばれたことの喜びを。

 

 

 

 

 

 

 

「きゃっ―――」

 

 その刹那、どんっ、という衝撃がことりの肩に襲い掛かった。人とぶつかったようだ。ことりは衝撃で軽く横に突き飛ばされ、小さな悲鳴をあげた。

 

「ことり?!」

「ことりちゃん大丈夫!?」

「だ、大丈夫…だよ……」

 

 穂乃果と海未は、倒れかけそうだったことりをすぐさま抱えると様子を伺った。さいわい、平気そうな様子だったが、突然のことで驚きを隠せなかったようだ。

 

 

「……ってぇなぁ……どこ見てんだっ!?」

 

 すると、ことりにぶつかってきたであろう若い男が威嚇する。そんな男の態度に腹を立てた穂乃果は顔をしかめて言い放った。

 

「そっちこそどこを見てるの! ことりちゃんにぶつかってきたのはそっちでしょ!!」

「……なにぃ……?」

 

 穂乃果の言葉に間違いはなかった。事実、この時ことりたちはその場から動かずにいたわけで、男の方からぶつかってきたのが誰の目から見ても正しい。が、この男、良識を説いても聞く耳もたない輩であった。故に――、

 

「そこに止まってんのが(わり)いだろぉがぁ!? 文句付けんじゃねぇ!!」

 

 自分の仕出かしたことを正当化し、逆上してしまう。酒に酔った様子もなく正常な判断が行える状態にありながらも男は、今度は理不尽な怒りをぶつけてくる。

 

「バカ言わないでよ! 普通はそっちが避けるものでしょ! あなた、いい年してそんなことも分からないの?!」

 

 この男に対し、穂乃果も負けていなかった。大切な親友を傷つけられたことに腹を立てていた穂乃果は、怒号を飛ばす男に一歩も怯まずに大声をあげる。また、男のその性分を咎める言葉で言い返したのだ。

 だが、この一言が男の怒りの沸点を最大値に引き上げてしまう。

 

「この……クソ生意気なガキがっ! 大人を舐めてんのかっ?!」

『っ――――!』

 

 荒れた声を大にして、穂乃果の前に立ちはだかる。あらためて見ると、その男、彼女たちよりもかなり大きく見えた。身長は蒼一ほどではないがそれなりにあり、腕には並々以上の筋肉が引き締まっている。顔つきも悪く、ゴロツキと変わらない粗悪な人相を見せていた。

 彼女たちを威嚇するには十分な風体であった。

 現に、男の姿と怒号で穂乃果の後ろに控える2人は怯えていた。穂乃果もそうした様子を見せないモノの、わずかに冷汗を額から垂らしていた。

 体格差でも圧倒的に不利。おまけに、辺りには助けを呼べる人が近くにはいなかった。不利な条件が立ち並ぶ中でのこの状況はどう見ても危険極まりなかった。

 

 

「かわいい顔して調子に乗るとどうなるかわかってんだろうな……? ちょっとこっちこいや……」

 

 男は一瞬微かに笑うと、穂乃果に向かって手を伸ばそうとする。何もできない穂乃果は咄嗟に目を瞑ってしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――が、

 

 

 

 

 その手は決して、穂乃果に触れることはなかった。何故なら……

 

 

 

 

「なっ……な、何しやがっ……?!」

 

 その男の腕を掴み、阻んだのは、

 

 

「そ、そう……」

「そう、くん……」

 

 

「おい……、何やってんだ……?」

 

 

 深い藍色の浴衣を身に纏う長身の男、宗方蒼一に他ならなかった。

 

 

「そ、蒼君……?」

 

 聞き慣れた声を聞き、目を開いた穂乃果は自分の前に立つ大きな背中を見た。力強く、頼もしく、温かさをもったその背中を。

 

 

「な、なんだてめぇはよぉ?! なんなんだよっ!!」

 

 急に現れた蒼一を前に男は動揺した。誰も彼女たちを助けに来る者などいないと高をくくっていたが、まさか来ようとは思いもしなかったからだ。しかも、男よりも10も高く、体格もしっかりしている。見るにどちらが強いかはハッキリしてしまう。

 おまけに、このギラリと睨みつける瞳が男を震え上がらせた。鋭利なナイフのように切りつける視線と、深くドス黒い瞳孔が男を捉えていた。それを見れば見るほど、男の心は切り付けられ闇に深く沈んでいく。自尊心は失われてゆき、逆に恐怖心だけが植えつけられていく。

 

 

「おい―――」

「っ―――!!」

 

 男は震え上がった。初めて触れたかもしれない恐怖に身体が震撼させる。この男とやり合ってはいけない、と心の中ですでに逃げに入っていた。やり合う以前に、すでに結果は見えているようなモノだった。

 

 

「貴様、この手をどうしようとしていた……?」

「あ、あ、あああっ……い、いや、そ、その……」

「俺の女たちに、なに手を出そうとしやがるんだ、このゲスがぁぁぁ!! とっとと()ねっ!!」

「うわああぁぁあああっっっ!!?!?」

 

 極めつけはこれだった。

 蒼一の腹に来るこの怒号に、男の恐怖心は絶頂し慌てて掴まれた腕をとり払って走り去っていった。その慌て様は凄まじく、この近くの階段状となる道で脚を躓かせ、そのまま横転。何段も転がり落ちては身体を痛ませ、傷をつくりながらも一目散に立ち去っていくのだった。

 

 

 

 しばらくの静寂が訪れた。

 彼女たち3人は、蒼一の背中をただジッと見つめていた。

 

 そして、くるりと身体を返すと、穂乃果を見るなり手をとって言った。

 

 

「大丈夫か、穂乃果? どこか怪我してないか? 痛いところはないか?」

「……う、ううん。穂乃果は平気だよ……」

 

 彼の温かい手の温もりを感じて、我に返ったように穂乃果は答えた。しかし、彼を感じて安心したのか、急に胸が苦しくなりだした。グッと抑えていた気持ちが少しずつ崩れ始め、身体が震えてしまう。

 咄嗟に穂乃果は彼の胸の中に飛び込んだ。自分だけでは、多分立てなくなってしまうだろうと思っての行動だった。蒼一は穂乃果を受け止めると、微かに聞こえる彼女の声に耳を傾けた。

 

 

「……恐かった……こわかったよぉ……。ほんとうに、こわかったんだよっ……!でもっ、ことりちゃんをきずつけられて……くやしくって、つっかかっちゃって……! でも……やっぱりこわかったんだよぉ………」

 

 声を殺すほど小さな言葉。涙で滲んだ言葉は脆く震えていた。

 勇気を振り絞って1人立ち向かった彼女もまた、音は恐くて仕方なかった。けれど、どうにかしなくちゃという正義感が彼女を後押しさせていた。無謀だとわかっていたかもしれない。それでも、彼女はその信念を曲げずに立った。

 だがやはり、彼女は弱かった。このような弱い自分を見せれる彼の前だけは、泣きじゃくっていたかったのだ。

 

 すると、蒼一は穂乃果の肩甲骨の真ん中に手を重ね、持ち上げるように抱きしめた。また、右手で背中を擦り、泣き続ける彼女を慰めるように言葉を紡ぐ。

 

「まったく、無茶ばっかりしやがるなお前は……。けど、よくやったな……ことりのために頑張った穂乃果を俺は誇らしく思うぞ」

「そ、そ~くぅ~ん……」

「ふっ、泣き過ぎだって。そんなに泣くと、綺麗な姿が大なしになるぞ?」

「きれい……? そうくん……穂乃果、綺麗に見えるの……?」

「あぁ、見違えるほど綺麗に見えるぞ。穂乃果と2人だけで花火を見に行きたいものだ」

「ふしゅぅぅぅ……そ、そんなこと言われちゃうと、恥ずかしいよぉ……」

 

 泣いて顔を赤くさせていた穂乃果は、今度は恥ずかしさで赤くさせていた。まさか彼女が想像した通りの言葉を聞けたことに嬉しく思っているが、面と向かって言われたことへの恥ずかしさがあり、また泣きたい気持ちもわずかに残っていて複雑になっていた。実際、どんな顔をしていればいいのかわからなかったのだ。

 

 

「むぅ~! 蒼くぅ~ん! ことりもいること忘れないでよぉ~! ことりだって綺麗になったから見てほしいよぉ~!」

「わ、私だって……! 今日は良いものを着たので、是非見てもらいたいですっ……!」

 

 穂乃果を抱く蒼一に嫉妬したのか、ことりと海未は詰め寄って声をかけた。

 

「わかってるさ。ことりの浴衣も海未の浴衣も、どれもお前たちに似合っていて素敵だぞ」

「えへへ、さすがことりの蒼くんだよ~♪ そう言ってくれると思った♪」

「そう言ってもらえて嬉しいです! 着た甲斐がありました♪」

 

 むっすりさせていた顔も一瞬にして蕩けて嬉しそうにする。

 

「そんじゃ、一足早く浴衣デートでもしましょうか?」

『えっ……?』

 

 にこっ、と微笑ませるとそう言うのだから、彼女たちは一瞬頭が真っ白になってしまう。そしてすぐ、その意味を理解すると、ポッとかわいらしく頬を染めて恥ずかしがった。

 

「おや、今日の誘いはそういう意味、じゃなかったのかな?」

「ううん、あってる! あってるよ蒼君! で、でも……そう言われちゃうと、やっぱり恥ずかしいや……///」

「ならいいだろ? 今日はお前たちを含めて8人とのデートだ。根気を張らなきゃならないし、1人ひとりとの時間も必然的に少なくなっちまうだろう。なら、いまからみんなと合流するまでの間だけでも、この4人だけでデートしないか?」

『………!!!』

 

 彼からの突然の提案に彼女たちは花開くようにして喜んだ。そのような魅力的溢れるひとときを送ることができる、首を横に振るなどありえなかった。

 

 

 

「さあ、お手を拝借させていただきますよ、お嬢様方♪」

 

 彼女たちに手が差し伸べられると、彼女たちはそっと彼の手を握って言うのだ。

 

 

「不束者ですが、どうぞ―――」

「ことりのゼンブを蒼くんに―――」

「穂乃果のことを―――」

 

 

『さあ、私を連れて行って―――♡』

 

 

「あぁ、もちろんだとも―――」

 

 

 彼は手を引き、彼女たちと身を寄せ合った。代わる代わる彼の手をとっては、恋人繋ぎなどして手の温もりを感じさせた。言葉を交わし、お互いに喜び合う声を湧かした。そして、誰からの目が届かない場所で―――秘密の口付けを――――

 

 

 

 愛しい彼と共に歩む今年最後の夏の夜空は、実に美しく輝いて見えた。

 

 

 

 

(次回へ続く)

 





ドウモ、うp主です。

こっちでは久しぶりすぎる投稿になりました。
前回投稿してからちょうど20日ぶりって、どんだけ休んでいたんだよっ!って突っ込まれそうで怖い。。。

しかしながら、この期間を使って新たなシナリオも書きましたので、順次投稿をしていきたいと思います。
あとは、執筆できる時間が欲しいものです。

ついでに、睡眠も。デス。


あと、報告なのですが、

現在、平成最後のラブライブ合同企画として、『ラブライブ!~μ's&Aqoursとの新たなる日常~』でおなじみの薮椿さんの企画に自分も参加させていただいております。
総勢32人もの作家が一堂に会するという滅多にない話なので、どうぞご覧になってください。
自分は、来月の17日あたりに投稿されるはずなので、そちらの方もぜひぜひです。



では、また次回。


今回の曲は、

DAOKO×米津玄師/『打上花火』

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