Act.4
―
――
―――
――――
[ ??? ]
― …………………。
― わからない……。
― この男――『宗方 蒼一』がどんな人間なのかわからない。
― もう半分くらいは読み進んだろうか?
― そこに書かれていた記述はどれも、試練と言う言葉では表現し難い出来事が、彼に襲い掛かる。
― 時に傷付き、悲しみ、自分さえも見失うこともあったが、それでも『蒼一』はその足を止めることはなかった。
― 何故……そこまでして前に進むのか?
― 何が彼を突き動かさせるのか?
― 私には……理解できなかった……。
《元より、人の心と言うものは測り知れないモノ。こちらが振りだす賽と相手が振りだす賽が同じことさえ難しい》
― 本を見つめる私の隣で、【はじめ】は2つのサイコロを転がしていた。
― 出た目は、1と6。
― 真逆の出目が出る。
《人の中でも、彼のような
― 【はじめ】は、溜息でも吐くかのように重い声を漏らした。
― 無理もない、あのユーストマという先代神との会合の後に、波のような編纂の嵐が巻き起こったのだ。
― 『蒼一』だけじゃなく、『蒼一』と関わる人間すべての未来が一気に変わったのだ。
― 本棚に置かれていた運命の本らが一斉に飛び出し、中空で開かれページがめくられる。
― 紙一面に書かれた項目に真っ白のページが何枚も付け加えられ、そして文字が浮かび上がる。
― 新しい未来の誕生である。
― 私はその光景を何度も見せられた。
― そして、これからも同じような出来事が繰り返されるのだろう……そう考える。
《彼と、彼女たちの未来は確かに変わった。だが、同時に彼女たちの未来も確定でなくなった。彼女たちが彼と関わる限り、未来に絶対的な保証はない。望まれた未来か、それとも望まれない未来か……いずれわかるだろう》
― ……………。
― 望まれない未来……。
― もし、そのような未来が彼女たちに降りかかってしまえば、どうなってしまうのだろう……?
― また、あの項目にあったように、絶望に打ちひしがれてしまうのだろうか?
― それだけは、あってはならないのだ……
― あの項目を読み進んでいると、どうしてか、頭が痛くなってしまう……
― 締め付けられるような……押し潰されるような激しい痛みに晒される……
― うっ……ま、まただ………また痛みが……!
《何も考えてはいけない。【アル】、考えることを止めるのだ》
― そう、言われても……頭に与えられる刺激が、私の中にある何かを突く。
― それが何かはわからない……。
― 瞳を閉じると、また薄っすらと何かが見えてくる………
― 白い……けれど、私が立つこの空間ではない……
― 薄黒く……汚い……それに、寒い………
― そこに私は……横になって…………
『――――――――――!!』
― ……だれ、だ……?
― わた、し……を………よん、で……?
― ……わ、わ……わた、し……は……
《【アル】》
― ………っ!
― 危なかった……また意識を持っていかれそうになるところだった……
《注意したはずだ。あまり深く考えないようにと》
― わかってはいる……わかってはいるが、どうしても引っかかってしまう……
― どうして私は、
― その真相を突き止めたい……だが、突きとめたところで何か変わるのだろうか?
― それが私にとって有益なことなのか?
― この記憶がないことにも繋がるのだろうか?
― ……不毛か……考えないようにするほかないのか……
《それもいずれ、わかることだろう……》
― 【はじめ】はそう言うと、身体を背けて『蒼一』の本を読み直し始める。
《彼は、自らの心を繋ぎ止めるがため、
― 彼は……必ずしも肉による繋がりが必要だったのだろうか?
― 以前彼は、その行為を嫌っていた。
― 彼の忌むべき者たちがそれを行い、彼はその者たちを排除してきた。
― 故に、彼が行うなどないと信じていた……
― だがいまは、それを快く受け止めている。
― そこまでして貪ることの意味はあるのだろうか?
《以前の彼ならばしなかったであろう。けれど、いまや彼は大きく変わった。心を偽らず、尚且つ自らに架した定めも戒めてことを行っている。彼は想いだけでは人の心は動かないことを知った。身体に刻み込ませることで、真に想いが伝わるのだと理解したのだ》
― ならば、いずれ彼は他の娘たちも……
《そうなるだろう。遅かれ早かれ、その結果だけは変わらないのだろう。また、彼女たち自身がすでに彼を求めている。彼が彼女たちと真に繋がろうと思うのと同等に、彼女らもそうでありたいと望んでいる……》
― 彼女たち……か……
― 【はじめ】は、彼女たちのことを“
― その理由はわからない。
― 安直に、彼女たちのグループ名がそれだからというわけではなく、それらが生まれる数年も前の時にそう告げている。
― それは偶然なのだろうか……?
― 【はじめ】が語る“
――――コンコン
― 空間の扉を叩く音がする。
― そちらの方に目を向けると、同時に扉が開き、誰かが入ってくる。
「やあ、久しぶりだね【はじめ】」
― ひょいと姿を現したのは、黒いマントを纏った小柄な女性だ。
― 背中を隠すほどの長い金色の髪。
― その長い頭髪を目元より高い位置で左右に垂らして、後ろ髪と同じく腰まで伸ばしている。
― 大きく見開いたブルーの瞳は、澄んだ青空を水晶に入れたみたいに美しかった。
― だがしかし、華奢で小柄な姿を見るに子供ではないかと見てしまう。
「こら~、人を見た目で判断しないことだよ? ……って、キミは……!」
― その女性は私の顔を見ると驚いた様子になった。
― 多分、この人と対面するのが初めてだからそうした反応を示すのだろう。
「えっ、えっ……? ね、ねぇ……は、【はじめ】……これは……?」
《あぁ。キミにはまだ紹介していなかったね。彼は私の客人【アル】だよ》
「で、でもっ……! これってどう見たって……!」
《さくら》
― さくら……?
― それが彼女の名前なのか?
― けれど、どうしたことだろうか、彼女は焦った様子で【はじめ】に尋ね聞いていた。
― それも、私をちらちらと傍目にしながらに聞いている。
― 同時に、違和感さえ抱く。
「うぅ……き、キミがそう言うのなら、もう聞かないでおくけど……やっぱりボクは納得できないなぁ……」
《いずれ話すつもりだ。まだその時ではない》
― 【はじめ】は何を言っているのだろうか?
― いままでも理解できないことが数多にあったが、今回もそれに含まれるのだろう……
《そんなことよりだ、彼にちゃんと挨拶はしたのかい?》
「うまく話を逸らされているように聞こえるけど……まあいいわ。あらためて自己紹介しましょうか」
― 彼女は、とんっと胸に手を置くと引き締めた表情をする。
「
― 時空管理? 魔法使い……?
「あ! いま、嘘っぽ~い、って疑っている顔してた!」
― そんなことは考えてはいない……。
「ホントに~?」
《あまり驚かさないでやってくれないか、さくら?》
「むぅ~、おどかしているつもりはないんだけどなぁ……」
《そんなことよりお茶にしよう。クッキーを持ってきたのだが、どうかな?》
「えっ!? それがあるなら早くいってよぉ~! 私はいつものダージリンでお願いね!」
― 疑り深そうにしていた顔も、一変して無邪気な幼顔に戻っている。
― やはり、子供ではないかと見てしまうのだ。
― さくらはテーブルの前に座ると、淹れられたお茶を手に静々と口にする。
― 上品な作法でお茶を嗜む様子からは、幼さをまったく感じられない凛とした女性像が見てとれた。
「ふふ~ん、少しは見直したかな? これでもボクは長い時間を生きているんだから!」
― 長い時間……?
― その様相からは想像もできない……
《さくらは時間を操る程度の魔法が使える。限定的条件はつくが、時を遡ることや進むこと、世界線さえも越えることが可能なのだ。彼女はそれを幾度も繰り返しているためか、精神的には100年以上は生きているはずだ》
― 100年……!?
― そんなことが可能なのか?!
「むっ、レディーの歳を勝手に口にするのはどうかと思うなぁ! そんなことを言えば、【はじめ】だって同じでしょうに!」
《私の場合は若干異なるが、否定はできない。そも、そういうことならさくらは私よりも年下と言うことだな》
「むぅ! いくら年下だからって、おにいちゃん扱いはしないんだから!」
《承知している。キミが兄と呼び慕っている彼にだけ甘えることはよく知っているさ。そのためだけに、容姿を変えず世界線を越えていることくらいもね》
「わーっ! わーっ!! そ、それを言うなぁ!!」
― この2人の話について行けてないが、仲が良いことだけはわかる。
― ただ、その中で耳にする“時間を操る”や“世界線を越える”などの言葉に困惑する。
「時間を操るってのはさっきボクが言った通りだよ。過去や未来に飛ぶことができる魔法。まあ、対象は私だけだし、とあるところじゃないとできない。世界線を越えるってのも同じで、いまある世界とは別の世界――つまり、並行世界に行き来することができる魔法。これも万能じゃないけどね」
― 並行世界?
― そんな世界が存在していたのか?
「うん、あるよ。というか、そう言うことはここの書庫を粗探しすればわかることだと思うし、【はじめ】は教えなかったの?」
《すまない、伝える機会がなかった》
「はぁ……それでも
― 彼女の話をかい摘むと、つまりここにはその並行世界の記録も残っていたりするのか?
《ある。確かに取り出すことはできるが、ここには無い。別の場所に移されており、別の者が管理している》
― 本当に並行世界と言うのは存在するのか。
「並行世界と言っても、いまキミが見ている世界と何ら変わらないモノが多いよ。ここの世界と並行世界で同じ人が存在したりしなかったり、考え方が違っていたり、違う人生を送っていたりと様々だよ。時々、異世界みたいなところに迷うこともあったけど、そこにもちゃんと人類は存在して、生活も文化もあったよ」
― どの世界でも人は生きて暮らしている、か……
「けど最近は、困ったことに科学の力で並行世界に行くことができるようになってきたんだ。この世界でもいる人物なんだけど、その人が作って、いろんなことをしてくれちゃって……あの時は大変だったよ」
― それを人類は作れたのか?
「偶然なんだけどね。でも、科学者の偶然は時に世紀の大発見になった事例がよくあるからね。でも、まさか、ピンポイントでそんな機械を作っちゃう人がいるなんて信じられなかったよ。でも、その人は自分のやってしまった過ちに気付いて、自ら間違いを正してくれたからよかったよ。もし、悪用されたらどんなことになっただろうか……」
― 彼女は悩ましそうに頭を抱え込んでいた。
― 余程大変な事件だったのだろうと推測される。
《キミもその魔法とキミ自身が持つ膨大な魔法を使って悪用したりしたものだ。あの桜の木を何度枯らしてしまったことか……》
「うぅっ……そ、その話はやめて……古傷が痛むから……」
― 桜?
― そう言えば、彼女の魔法はとあるところでしか使えない限定的なものと言っていたが、もしかして……
「す、鋭いね……。そうだよ、私の魔法は“初音島”って言うところの枯れない桜があるところじゃないとだめなんだ。その桜の木はね、私よりもとっても強い魔法を持ってるんだ。時を越える魔法は膨大な魔法が必要になる、私だけが持つ力だけじゃ足りない。だから、桜が持っている魔法を分けてもらいながら力を発動させるんだ」
― なるほど……そういう仕組みなのか。
「時間を過去に行ったり、未来に行ったり、並行世界に行くにはどうしても桜の木があるところしか行けない。それ以外となると、行けることはできるけど元いた世界に戻れなくなっちゃうの。一種のポータルだと思ったらいいよ」
― なるほど、わかりやすい。
《そう言えば、今日は何か用事でもあったのかな? わざわざキミの方から来るのだから、それ相応のことが来るのかと思ったよ》
「あぁっ!! そうだった!! ねえねえ、【はじめ】! そっちの世界に並行世界の人物が入り込んできたって話を聞いたんだけど、ホントっ?!」
― 突然、さくらさんは前のめりに話し始めた。
《あぁ、本当だ。確かつい数週間前の話だったな。また、
「そうなんだぁ! やっぱりおばあちゃんが言ってたことは本当だったんだ!」
― 【はじめ】の話を聞いて大きく頷いている。
― 【はじめ】が話す
― 以前から摩訶不思議な力を放たせていた音ノ木坂の桜。
― あれはいったい何なのだろうか?
「ボクはずっと初音島の枯れない桜の木の研究をしているんだ。枯れないのは、人々の奇跡を願う些細な思いを花びらを通して吸い上げることで花を維持しているの。そして、その桜を植えたのが、ボクのおばあちゃんなの」
《さくらのお婆様――リッカ・グリーンウッドは、その桜を研究し実現させた御方だ。その研究の際に、一度音ノ木坂に訪れたそうです。その時に、彼女は見つけたのです――願いを込めることで花開く木が存在することを……》
― つまり……さくらの話す枯れない桜の木と言うのは、音ノ木坂の桜が起源なのだということか?
― だとしたら、これまでのできごとが証明できる……!
「音ノ木坂の外された二不思議について、おばあちゃんはずっと調べていたわ。結局はすべてを解明できなかったけど、人の強い願いを込めることで花が咲くということを見つけることができた。それに魔法を応用させて、枯れない桜の木は生まれたの」
《これまで音ノ木坂に起きた奇怪な出来事はすべてあの桜が原因である。けれど、あの桜は何百年も願いを叶えることしなかった。だが、不思議なことに願いを叶えるようになったのは、あの男が現れてからなのだ》
「宗方蒼一……【はじめ】から話をたくさん聞かされたけど、なんだか不思議な少年なのよ。ボクの勘なんだけど……彼は、ボクと同じ魔法使いなんじゃないかって思うんだ」
― 彼が魔法使い……!?
― いや、彼は能力者―
《さくらの意見には一理あります。なぜならば、さくらも
「それにね、もうひとつおばあちゃんの研究にはこんな記述があったの―――
『―――私がその桜に近付いた時、私の魔法と桜が共鳴し始めた。私は恐る恐るその木に触れた時だ、驚いたことに私の近くに伸びていた小さな枝から芽が伸び、蕾が膨らんで、小さな桜の花を咲かせたのだ。冬の凍えそうな日だと言うのに、その花は花を散らすことなく私に向かって咲いてみせた。これこそ、私が願い求めていたものに違いない、直感した私はその花を採取し、国に持ち帰り研究した―――』
――もしかしたらあの桜は、強力な魔法を持つ
《魔法使いでなくても、彼はそれ相応の能力を持っている。神に匹敵する能力であれば、自然と共鳴しだして花を咲かせるのかもしれない。願いもまた叶えてくれるのでしょう》
― …………。
― ますます、わからなくなってきた……
― 彼――『宗方 蒼一』とはいったい何者なのだ……?
「わからない……。でもいずれかは、ボク自身が行って確かめるしかないんだ」
― さくらは考え込むように話した。
― 声をかけることさえ躊躇ってしまう真剣な表情が、本来の彼女の姿なのだろう……。
「まあいいや、これ以上のことは実際目にして見ないとわからないや。それじゃあ、【はじめ】また来るからね」
《またいいお茶を用意して待っているよ》
― さくらは腰をあげると、扉の方に向かって歩いていった。
― 【はじめ】も仕事に取り掛かるためにテーブルから離れ、新たに用意した個人机に向かったのだった。
「……ちょっと……えーっと……【アル】だっけ?」
― 不意に、さくらが近くにいて私に声をかけてきた。
「キミ……本当に記憶がない、んだよね……?」
― その問いの意味がよくわからないが、その通りだ。
「そっか……記憶、早く戻るといいな。あと、記憶が戻ったら真っ先にボクに相談しに来て。ボクのことを念じたらすぐに行くから」
― は、はぁ……
― どういう、ことなんだろうか……?
「それと、ね。ボクが並行世界に行き来できるって話したよね?」
― 時間を操ることのできる程度の魔法、だったかな?
「そう。それでね、キミにだけ伝えるけど――――
ボクが行って来た何百もの並行世界には、『宗方 蒼一』って言う男は
― えっ……?
「しかも、不思議なことにね、
― 変とは……?
「ボクには違和感を抱くんだ。彼は何かを秘めている……そして、【はじめ】にもね」
― 【はじめ】が……?
「頼んだよ。彼と【はじめ】のことをちゃんと見ててね」
― そう言い残して、さくらはここから出ていった。
(次回へ続く)
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