蒼明記 ~廻り巡る運命の輪~   作:雷電p

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第二章 最終話


第157話





【*】それが僕たちが選んだ道

 

【前回までのあらすじ】

 

 

 夏休み最後の学校説明会にて、穂乃果たちμ’sは学校存続の報を聞き歓喜に沸いた。彼女たちの夢がひとつ叶ったのだ、これほど嬉しいことはなく、彼女たちと共に支え合ってきた者たちとこの喜びを分かち合った。

 

 ようやく、すべてが終わったのだ………

 

 

 

 

 

 

 

 

――

――― 

―――― 

 

 

 

「みんなぁ! ジュースの入ったコップは行き渡ったわねぇ!」

『おーっ!』

「それじゃあ、にこちゃん。部長として一言どうぞだにゃ」

「いきなり無茶振り!? しょ、しょうがないわねぇ……えー…この度はー学校存続がきm『かんぱーい!!』って、話を聞きなさいよぉぉぉ!???」

 

 学校説明会でのやることをすべて終わらせた彼女たちは、部室に戻ってひと脚早く宴会モードに突入していた。ちょうど昼食とも重なり、急遽明弘が手配した出前飯を食しながら盛り上がり始めているのだった。

 

「いやぁ~、一時はどうなるかと思いましたが、なんとか凌ぎましたねぇ~」

 

 と、出来立てのアツアツの肉まんを頬張りながら蒼一の傍らで洋子が言った。

 

「あぁ……って、それ熱くないのか?」

「ひゃぁ、ほうふふほふぁいふふぇふほ、ふぉっふぉっふぉふぉふっ!?(いやぁ、そうでもないですよ、あっちっちっちっ!?)」

「いや、どう見ても火傷しちゃってるよね? 熱いどころの問題じゃないよねぇ? つうか、その出来立てをどこから持ってきたんだよ?」

「うひぃ……あ、あぁ、これですか……。つい先程、調理室の鍋を使って蒸してきたんですよぉ~! あっ、おひとつどうです? 同じヤツですけど?」

「お、おう……それじゃあ……」

 

 何平然となく、さっき作ってきましたと言う洋子に押されてか、手渡される肉まんを受け取り口の中へと頬張りだす。熱いっ……! 当然、一口噛んだだけで口の中が火傷しそうになる。しかも、それは肉まんではなく、チーズカレーまん(激辛)であった。というわけで、四の五も言わず口内炎上した。

 

「んぐおぉぉぉぉ!!??? くっそ辛ぇぞこれぇぇぇぇ!!!? しかも、ドロッドロの溶岩みてぇなチーズが口の中を蹂躙しやがって……んんんんんっっっ!!」

 

 蒼一は顔を真っ赤にさせて悶絶した。食べ物でここまで余裕が無くなるまで苦しめられるのは初めてで、この状況からの対応に戸惑うばかりだ。一方、提供した側の洋子は、そんなに辛いモノなのかと首を傾げながら最後の一口をペロリと平らげてしまう。

 

 

 

「蒼くん! 飲み物持って来たよ!」

 

 そう言って、蒼一に真っ白なミルクをいっぱい入れたコップをことりが手渡した。彼はすぐにそれを手にすると、半分以上まで飲んでようやく落ち着きだした。

 

「はぁ……サンキュなことり」

「ううん、蒼くんのお役に立てて嬉しいです♪」

 

 ことりは、るんっと嬉しそうに笑って言うのだった。

 ことりが留まることを決めてからの翌日、ようやくこうした表情をするようになった。一時はμ’sの活動自体を脅かすまでの問題にまで発展した今回の一件で、引き摺ってしまうのだろうかと心配していたが、この表情にホッと胸を撫で下ろした。やはりことりには笑顔でいてもらわないと、という蒼一の願いは実現し、いつもの彼女に戻っていた。

 

 

「しかし、この牛乳はおいしいなぁ。ほんのり甘みがあって飲みやすい」

 

 そう安心してしまうと喉が渇く。だからコップの残りを飲み干そうとした。

 

「そうでしょ! そのミルクは蒼くんのための、()()()()()()()()()()()なんだからね♪」

「しぼ……り………?」

 

 瞬間、ちょっとよくわからない言葉が聞こえてきたような……? 難聴なのかと、耳を疑って首を傾げると、ことりが耳元で―――

 

 

「こ・と・り・の♪ し・ぼ・り・た・て♪ だよっ♡」

 

 と、制服の隙間から胸元を彼にだけ見せびらかせ、艶美(えんび)な声で囁いたのだ。

 その強烈な一言に思わず彼は噴き出してしまう。

 

「ぶほっ?!! お、おまっ?! な、何言ってんだ!?」

「やぁ~ん。蒼くん、口が汚くなってるよ~。いま綺麗にしてあげるからね~♪」

「むぐぐっ! ちょっ、まだ話して…むぐぐっ!!」

「あ~! 服まで汚れちゃってるー! これは……脱いで洗わないとだめだよねぇ~♪」

「おい、バカ……やめるんだ……」

 

 ことりの行動を見るに、冗談のようには思えない。瞬時にハンカチを取り出して彼の口元を拭いた方と思えば、今度は着ている服を脱がそうと必死になる。それもかなりの力で、だ。さらに追加で鼻息が荒い……。

 ここ最近の急激な成長で冷静さを高めた蒼一ですら、暴走することりを前にたじろいでしまう。ただ単に、蒼一はことりに弱いのか、それともことりが強くなったのか……。いずれにしても、蒼一が押されている事実を覆すことはできないのだろう。

 

 

 

「あー……なんだ……。ああいうのを見ると、どこか安心しきっちまうのは何故なんだ?」

「奇遇ですね。実は私もなんですよ」

 

 蒼一がことりに襲われている最中、その様子を静観する明弘と洋子が口を開く。

 

「ここ数日の間はとても湿っぽかったですしね。ラブライブでの一件から始まって、次々と不慮の事故が起きましたから余計にですね」

「ホントだよなぁ……。あんなことを立て続きに起こられちゃあ、堪まんなかったぜ……特に、穂乃果が」

「そうですよねぇ……やっぱり一番ダメでしたよねぇ……穂乃果ちゃんが」

「ちょっとぉ?! 話聞こえてるよ!」

「あっ、聞いてたんだ……」

「そんなに言われたら誰だってわかるよぉ!」

 

 それもそうだ。2人はかなり聞こえる声で話をしていたのだ…特に、穂乃果の名前を強調させて。

 すると2人は―――、

 

「「まあね!」」

 

 と、開き直った態度をとるのだった。

 

「なんかすっごくバカにされている気がするんだけど? これって怒っていいの? 怒っちゃってもいいのかなぁ?」

 

 当然、穂乃果はそれに喰ってかかる。影(?)で自分のことを話されていい気持ちにはならない。自然な流れで会話に参加することになるのだった。

 

「だいたいさぁ! 穂乃果があんなところで、スクールアイドルを辞めますだなんて言わなかったら、カオスな状況にはならなかっただろうに!」

「あぁっ! それ言っちゃうの!? そう言えば、あの時叩かれたところ、とっても痛かったんだからね!!」

「しゃーねぇーだろぉー?! おめぇ、あんなこと言い散らかされたら誰だってキレるわ!!」

「だからって、叩くことはないでしょ?! 叩くことは!?」

「叩けば治るかなぁ~って思っただけだよ!」

「酷いっ! 私はテレビじゃないんだよ?!」

「実際治ったからいいじゃんか! 感謝しろよ!!」

「いやいや、治ってないからぁ! 治るどころか、穂乃果のハートを粉々にしかけたんだからね! それに、治してくれたのは蒼君なんだからぁ!!」

 

 挑発した明弘が穂乃果の癇癪に障り、誰も手もつけられない状態になっていた。

 

 

 

「はーい、ストー……ップ!」

「はむっ!?」

「むぐっ!?」

 

 一触即発な状態になりかけている2人の口に、何か小さくされたものが詰め込まれた。軟らかい…パンのような触感でもっちりしている……? 下で触れると滑らかで温かく、若干の甘み。それらを瞬時に食べ物だと理解すると、噛み砕いて胃の中に収めた……そんな時だった。

 

 

 

 

「「~~~~~っっっっ!!!??? あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!」」

 

 ボッ、と何かが弾けたかのように思うと、明弘と穂乃果が急に口を抑えて悶絶しだした。顔を真っ赤にさせ、脂汗を滂沱に流しだす異状がみられる。もはや口喧嘩の話ではない、勢いのいい悪口ばかりを飛ばしたこの口が焼けただれてしまいそうにあるのだ。燃えるような、刺されるような強い刺激にむせ返してしまう。

 

 何を隠そう2人の口に入ったのは、あのチーズカレーまん(激辛)だったのだ。

 

 

 2人は急いで自分のコップを手にして、冷たい飲み物をガブガブと頬張るかのように飲み込み鎮火活動に入った。スポンジのように水分を勢いよく吸収させると、息絶え絶えな思いをしつつなんとか平常に戻ろうとしていた。

 

「い、胃が、ごっそり焼けるかと思った……」

「く、唇が、い、痛いよぉ……」

 

 若干涙目になりながらも激痛が遠ざかったことに安堵しだす2人。そして、とって返すかのように、それを口に入れた希に強い口調で向かった。

 

「おい希っ! なにやってんのさ?! あんなの喰えたもんじゃない!! 俺の消化器官を廃材にさせる気か!?」

「ちょっと希ちゃん! あれすっごく辛かったんだけど! 辛過ぎて死んじゃいそうだったんだけど!?」

 

 文字通り必死な思いでこの身に受けたことに対する怒りをあらわにさせていた。

 それを横から、不味くないんですけどねぇ…、と口をもちゃもちゃさせて、それを頬張る洋子が見ていた。

 

 

 

 すると、意外な情景を目にする。

 普段なら、希は冗談混じりに言い返すものだ。

 けれど、いまの希は冗談で笑っているようにはまったく見えない。むしろ、眉を引き上げて怒っている様子なのだ。その様子の違いから、いつもとは異なる感覚に陥り、目を開いて口籠った。

 そして、

 

「何してるんは2人の方やない!」

 

 と、勢いある声で怒りだしたのだ。

 そのあまりにも意外な様子に、2人どころか他のメンバーも唖然とする。

 

「せっかく、エエ感じになったと思ったのに、また喧嘩するんか?」

 

 腕組みし、仁王立ちに構えるためか威圧を受ける。たじろぐ2人は言い訳するかのようにまた言い争う。

 

「だ、だってぇ! 弘君が穂乃果の悪口を言うんだもん!」

「それはお前の行いが悪かったからだろうが!」

 

 

「……それ以上言うと、鬼ワシワシMAXするで……」

「「―――っっっ?! ご、ごめんなさいっ!!」」

 

 一瞬、希の指がポキポキと骨が鳴る。2人が彼女の顔を見ると、不気味なほどの笑顔を浮かばせていた。それがあまりにも異様で肝が潰れそうな圧迫感さえ抱いてしまう。そして、腹の底から唸るように話す言葉が、2人の血の気を引かせた。

 ヤバイと生命の危機を感じた2人は、目にも留まらぬ速さでその場に土下座。許しを請うのだった。

 

 

 

「――そうそう、それでええんやで~、それで~♪」

 

 2人の謝罪を見た希は、一変して阿弥陀如来のようににっこり笑顔を浮かばせる。

 けれど、さっきの怒った表情がとても印象的だったため、すぐには気持ちを落ち着けられない。普段は怒らない人を怒らせることは危険だと肝に銘じるのだった。

 

 

 

「そうそう、希の言う通りよ」

 

 微妙な空気になりかけていたこの間に、にこが入る。

 

「学校も存続できたし、ことりも留学せずに済んだし、とってもオールオッケーな日なのよ。湿っぽくされたり、また喧嘩なんてのは無しなんだから。今日は楽しく過ごす! これは部長命令よ!」

 

 にこは2人に指をさして明言した。というより、これはここにいる全員の総意なのかもしれない。これまでたくさんそういうことをしてきたのだから、今日くらいは楽しく過ごそうじゃないかと言っているみたいだ。2人もにこの言葉を聞いて省みると、お互いの顔を見合わせた。

 

「きょ、今日のところは見逃してやるんだからな…」

「むぅっ?! なんなの~その言い方はぁ~!」

 

 やや不安が残る様子だったが、嫌悪な様子は見られず、周囲もホッと一息吐くような気持ちにさせられるのだった。

 

 

「あっ、飲み物がないにゃぁ~。ちょっと、買ってくるねぇ~」

「あぁ、では私も行きますよ~」

 

 凛と洋子は飲み物の補充のために部室から出て行った。おおよそ、ついさっきの明弘たちが飲み物をたくさん飲んで消費してしまったのだろう。凛は鼻歌を漏らし、ちょっぴり嬉しそうになりながら行くのだった。

 

 

「――さてと、気を取り直して宴会の続きをすっか!」

 

 口の痛みも治まったし、たくさん食べてやると意気込みながら、どれから手をつけようかと探り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――おい」

「うひっ!?」

 

 不意に後ろから低い声が突く。思わず驚嘆した明弘は、目を見開きながら後ろを振り返ると……

 

 

「きょ、きょう……だい……?」

 

 

 蒼一が満面の笑みで立っていた―――

 

 

 

 

 

 

――邪気を放ちながら

 

 

「こ、ことりはどうしたよ……?」

「ことり…? あぁ、あそこで寝ているさ。起こすなよ、どうやら死ぬほど疲れているようだから……」

 

 ぐるりと目を回して見ると、椅子の上でグッスリ眠っている。だがしかし、いつ、どのタイミングで寝たのだろう? さっきまで部屋の中はうるさかったはずで、ことりも発情して蒼一と取っ組み合いをしていたはずだ。なのに、どうして眠れているのかが不思議だったのだ。

 血脈が大きく波打ち始めた。

 

 

 

「そういえばさぁ……どうして早くさ、俺にことりのこととか、μ’sのこととか言わなかったんだぁ……?」

 

 ゆっくりと、恨めしそうな声をかける。

 それに関しては、ここにいる全員が、ギクッと身震いさせた。そう言えば、蒼一にはギリギリまで口止めしていたことをすっかり忘れていた。

 

 それに、蒼一がそういう重要なことを言わないままでいることが、とても嫌っていることも……

 

 

「もう少し早く言ってくれりゃあ、こんなにドタバタせずに済んだし、もう少しで手遅れになるところだったし……まったくよぉ……」

 

 頭を粗暴にかきむしりながらブツブツとつぶやく蒼一。そんな彼の姿を見つめていると、絵里が何か思うところがあり。

 

「ね、ねぇ……蒼一の様子、何かかしくないかしら?」

「様子? とは言うけど、どう違うか何てわかり辛いわよ……」

「んー……なんていうかね……ねちっこいように思うのよ……」

「ねちっこいって……何だよ、その酒に酔っ払ったおっさんみたいな表現?」

 

 にこや明弘に尋ねてもハッキリした答えは見つからず、むしろ困惑する一方だった。

 

 

「ん、酒に酔う……?」

 

 一瞬、何かを察した海未が、眉をひそめて考え込む。

 あそこまで荒れた様子は普段では見られません。それに、以前にもああいう姿をどこかで見たような気が……

 

「おい、そこ。ちゃんと話を聞いてるのかぁ?」

「えっ、あっ……う、うん、聞いてるよちゃんと!」

「へぇ……じゃあ、ちゃんと罰を受けてもらわないとなぁ……」

 

 そう言うと、蒼一は指の骨をポキポキと鳴らし始めだした。まるで、いまにも喧嘩を始めるのかと言わんがばかりの様子でいるので、余計に不安が募っていた。

 

「話をせずに隠そうとした罰は……そうだな、最近考案したツボ押しの実験体になってもらうしかないよなぁ」

『………え゛っ?』

 

 その刹那、この部屋の空気が凍り付いたのは言うまでもない。見るにイラついているのがわかり、なおかつ聞くに怪しげな行為に身体をビクつかせないはずもなかった。

 しかし、それを何も感じずに楽観的に捉えてしまうのがいた。

 

 

「なぁ~んだ、そのくらいならにこが受けてもいいわよ」

「お、おいっ、止めとけ!」

「いいじゃないの。ちょうど身体が凝ってたからマッサージしてもらえるなら嬉しい限りよ」

 

 ダメだ、何もわかっちゃいない……。

 制止を促した明弘は、一方的に無視するにこを止められず、深い溜め息を吐いた。にこは蒼一の前に行き、どうすればいいのかしら、と尋ね聞くと近くの椅子に座るように促した。それににこはなんの躊躇いもなく座ると、意気揚々とした気持ちで待機していた。

 

「最近は、練習やバイトとかでしんどいのよ~。こんなにかわいいにこにーの身体が、ガッチガチだとかわいさが無くなっちゃうのよ~。だから、しっぽり解しちゃってほしいのよ~」

「なるほど……よし、わかった―――」

 

 μ’s1の苦労人と言っても言い彼女の要望は、何とも悩ましく聞こえてしまう。家族を1人で支えながらも、自らを高める活動をするにこの身体は決して丈夫ではない。むしろその逆で華奢すぎるほどか弱い。だから余計にかかってくる負荷は強いモノだった。

それに応えようとするように、蒼一はにこの肩に両手を添えて始めようとした。その時見せるニタリとする笑みを浮かばせながら………

 

 

 

 

 

 

「――ひっくっ」

 

 酔っ払ったかのようにしゃっくりした。

 

 

 

「――あっ!! 思い出しました!!」

 

 突然、海未は大きな声を張り上げてみんなを驚かせた。どうしたんだと、明弘は耳を抑えながら尋ね出すと、切羽詰まった様子でこう言い切ったのだ。

 

「まずいですよ! いまの蒼一は……酔っ払っているんですよ!」

「はぁ? 何を言ってるんだよ?」

「だから! 蒼一は酔っ払って―――!」

 

 海未が強く訴えるその最中、その光景を目にすることに―――

 

 

 

 

 

 

 

「ぎにゃあああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 

『…………え?』

 

 

 瞬間、彼らの思考は停止する。目の前で起こっている出来事に脳が追い付かなくなったのだ。ついさっき、蒼一の前に座ったにこは意気揚々としっかりした態度をとっていた。

 だが次の瞬間、そのにこは、身体をビクビクと痙攣しているみたいに震わせ、だらしない表情を浮かばせているのだった。

 

 

「おやおやぁ……まだ最初の一押しだと言うのに、もうこんなになっちゃって……さあ、次を打たせてもらうよ……」

「あっ……ひ、ひゃ……ら……らめ……」

 

 よっぽど痛かったのか、目元に涙を浮かばせ、舌を真っ直ぐ伸ばすにこは止めてほしそうに訴えているみたいだった。しかし、その声が彼に届くはずもなく……

 

 

 

 

――ゴリュ

 

 

「んお゛お゛お゛おおおおおおおっっっっっ♡」

 

 脳天を突くような嬌声を吐きだしてしまうのだった。

 

「あっ……あっ……あっ………♡」

 

 喉を壊してしまいそうな声を発したにこは、瞳孔を真上に向けたままその場に倒れ込んだ。それでもまだ、小さな身体はビクつかせて痙攣し、余韻に浸っているように見える。

 彼女の上に何が起こったのか……。彼らは血の気を引かせながらその様子を眺めるのだった。

 

 

「さてと―――次は、誰かなぁ……?」

 

 ギラリとさせた眼光が向けられた。ヤバイ、と身の危険を察したメンバーたちは、一目散にこの部屋から脱出しようと扉を目指しだした。

 

 だが、

 

 

「――逃がさないぞ♪」

「ひゃあぁっ?!」

 

 一瞬で彼らの前に回り込んだ蒼一が、扉に一番近くにいた花陽を捕まえたのだった。目にも留まらぬ速さで追い付く彼に、怖気付いてしまいそうになる。

 

「い、ひやぁっ……そ、蒼一にぃ……」

「花陽……お義兄さんは悲しいです。花陽は嘘を吐かないいい子だと思っていたのに、どうしてお義兄さんに嘘を吐いたのでしょう……?」

「ひゃっ! そ、それは……そのっ……」

「理由もちゃんと言えない義妹は……悪い子だよ……」

 

 

――グリッ

 

 

「ぴやあああぁぁぁぁぁぁぁぁん♡」

 

 肩甲骨と背骨の間にある隙間に指を突っ込まれると、花陽は声高らかに上げたまま失神してしまう。あまりにも良かったのだろうか、とても気持ち良さそうに口を開かせて倒れてしまった。

 

 

「ヤベェ! 花陽が倒れちまったから扉を開けることができねェ!!」

「どうすればいいの弘君! いまの蒼君を止められそうにないよ!」

「そう言ってる場合!? 近付いてくるわよ!」

 

 花陽が倒れると、蒼一は次の目標を定めるかのように目を見開いた。ギョロっとさせた瞳孔が彼らを捉え、絶対に逃さないようにと睨みを利かせていた。ここから逃げ出すことは、不可能になりつつあった。

 

「ん、これなんやろ……?」

 

 そんな時、足元に転がっていた缶を見つけた希はそれを拾い上げて見た。中身はすでになく、飲まれてしまったモノなのだろうと思っていると、

 

「『白いチューハイ:ミルク味』……え? もしかしてこれって……」

 

 それの商品名を目にした希は、冷汗をかき始める。さっき、海未が言ってたことを思い出して、恐る恐る内容欄を見ると、

 

 

「『注意:アルコール飲料です』……お酒だこれぇぇぇぇ!!」

『えええぇぇぇぇぇぇ!!!?』

 

 希の絶叫に相交えるかのように全員が叫ぶ。

 

「ちょっと待って! じゃあ、蒼一はいつそのお酒を呑んだって言うの!?」

「た、多分……ことりちゃんがミルクだって言って蒼君に奨めた時じゃ……」

「あ、ありうるわなぁ……で、でも蒼一が酔っ払っているからって、何か問題があるわけ……」

「いや、ある……」

「……明弘?」

「蒼一は前に一度、間違って酒を飲んじまった時があるんだが……大暴れして大変だった時があるんだ……。止めるのが一苦労だったのを思い出すぜ……」

「そ、そう言えばあの時、蒼君にお酒をあげたのって確か……」

 

 そう言うと、明弘と穂乃果と海未は振り返って、椅子の上でグッスリ眠っていることりの姿を見て溜息を吐いた。

 

「……あぁ、そうだったな……。すべてはことりのせいだったよなぁ……それをまたコイツは……!」

「そんなことはどうでもいいのよ! 早く蒼一を止めるのよ!!」

 

 幼馴染3人が絶望したかのように落ち込む中でも、蒼一の歩みが止まるわけでもなく、ゆっくりと近付くのだった。

 

「仕方ないわ……絵里、希。ここは私が何とかするわ!」

「「ま、真姫(ちゃん)!?」」

「やめとけ真姫! いまの蒼一にはお前だって……!」

「大丈夫よ……私が喰いとめて少しだけ時間を作るから、その間に逃げなさいよ……!」

「真姫……! 頼んだぞ……!」

 

 堂々とした格好で蒼一に向かっていく真姫。あそこまでの自信を持った彼女ならば何とかしてくれるだろうと期待しつつ、彼らは体制を低くさせてテーブルに隠れながら逃げようとしていた。

 

 

「さあ、蒼一。あなたの真姫がきてあげt―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……え……ま、真姫……?」

 

 真姫の霊圧が、消えた……?

 自信に満ち溢れた声をあげていたはずが、途中で途切れてしまったことに違和感を覚えた彼らは、恐る恐る真姫の方を振り向いてみた……。そしたらどうだろう……テーブルの下から見ると、真姫の足が……浮いている……

 

 誰もが怖気付く。悪寒が全身を取り巻いた。

 ま、まさかと、息を呑み真姫の身体がどうなってしまっているのか上を見た……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んんんんっっっ~~~~~~~♡♡♡」

 

 していた。

 すっごく、濃厚なキスを。

 

 真姫の身体を持ち上げながら、大胆にも彼女の唇を奪い、なおも没頭してしまうほどのを行っているのだ。

 不意にも程があるキスを受ける真姫は、それがただのキスではないことを理解するのだが、身体が過敏に反応しだす。真姫の口の中には、蒼一の太くて蛇のように狡猾な動きをとる舌が侵入。不意を突かれた真姫の口は、秒もかからず蹂躙され、即刻陥落させられる。息が苦しく、外からの空気は吸えない。代わりに吸い込まれるのは、蒼一の吐く息。それがどんどん体内に吸収されていくと、自然と身体が火照り、全身が激しく刺激されていく。

 特に、執拗に蹂躙される口の中は、彼の舌に触れるだけで過敏に反応する。それはもはや性感帯。唇が吸われ、舌で口内を犯され、濃密な彼の吐息が彼女を熱くさせた。

 

 もうそこには、自信に満ちた様子で立ち向かった姿はない……。彼の虜となって、彼がなすことをなされるままに受ける木偶となってしまった。理性も意識も飛んでしまった真姫は、全身から力が抜け落ち、哀れに倒れる者たちと同様の姿となるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

『ま、まきいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!』

『ま、まきちゃあああぁぁぁぁぁぁん!!!!』

 

 彼女らが目を放した隙に、真姫が即堕ちしてしまったことに発狂しかける。そのキスを私にもしてほしい、という邪念がわずかに漂ってはいるが、それよりも先に逃げる方が先決なのだと本能が叫んでいた。

 

「早く花陽ちゃんを移動させて逃げないと蒼君のアレにやられちゃうよ!」

「そ、そうですね……べ、別に真姫が羨ましいとかそう言うのじゃないですが、蒼一とはまた別の機会に濃厚な一時を……」

「そんなことはどうでもいいから早くしましょうよ!」

「……って、あれ? 明弘はどこにいったん……?」

 

 そう言えばと、彼の姿が見えなくなっていることに気が付く彼女たち。小さく周りを見回すと、置き紙のようなモノが置かれてあって、

 

 

 

 

『あとは、まかせた。』

 

 と雑に書かれていた。

 

 

「弘君が逃げたぁぁぁぁ!!?」

「このろくでなしっ!!」

「というか、どこから逃げたん?!」

「ね、ねぇ……まさかなんだけど……天井のあそこに穴が空いているのって……」

 

 

 絵里が上を指さした方向には、いかにもと呼べるような穴が空いていた。十中八九、彼が空けた穴なのだろうと想像するのだが、まさかそこまでするモノなのかと唖然としてしまう。

 

 

 

 けれど、そうも言っていられるような状況ではなかったようで……

 

 

 

「やぁ……覚悟はできてるかなぁ……?」

『ぎゃあああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!?』

 

 彼がもうすぐそばに………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――

――― 

―――― 

 

 

 

「……ん、うぅん……」

 

 しばらくの時間が経ったのだろう。

 一番初めに気を失っていたことりが目を覚ましだした。

 

 

「あれ……? 私、何していたんだっけ……?」

 

 きょろきょろと首を回して、状況整理を行おうとしていると、目の前にぐったり眠るメンバーたちの姿が見えて驚いた。

 いったい何があったんだろうと、憶測していると、隣から彼女を呼ぶ声が聞こえた。

 

 

「よお、よく眠ったか?」

「そ、蒼くん!」

 

 ぴょこん、と耳を立てるかのように嬉しそうに彼を見た。

 

「お前、気持ち良さそうに俺の膝の上で寝ていたぞ?」

「えっ? 私、ずっと蒼くんの膝の上で!? えぇ~、それならもっと蒼くんの温もりを感じていたかったよぉ~!」

 

 身体を左右に揺らしながら残念そうにつぶやく。とは言うが、元々はことりが執拗に蒼一に迫ってきたのが問題で、蒼一も彼女を抑えるために意識を落とさざるを得なかったのだ。

 

「というかさ、お前が飲ませてきたヤツにアルコールが入っていたみたいなんだけど……」

「え、そうだったの? お母さんからみんなで飲むようにってもらった飲み物から取ったから大丈夫だと思ったんだけど……う~ん、味見した時に少し苦い味がするなぁって思ったのはそれだったんだぁ」

 

 と言うことはつまり、すべてはいすみのせいなのだと、蒼一は頭を抱えながら理解する。まさか、自分の娘に酒を渡すとは誰も思わないし、もしそれが意図的に混入させていたとすれば軽く犯罪扱いされてもおかしくない。危うく学校存続が帳消しになるところだったと、肝を冷やした。

 

 

「てことは、ことりも酔っ払ったってことか」

「ん? それってもしかして、蒼くんも?」

「あ、あぁ……お前に無理矢理飲まされた後の記憶がぼんやりしてて、何があったのかわからんのだ」

 

 それに頭痛も残ってる、と言って頭を痛そうに抱えている。それを見て申し訳なさそうに思うことりは、しゅんとしおらしくなった。

 

「ごめんね、またことりが迷惑かけちゃって……」

「いいさ、気にすんなよ」

「で、でも……!」

「それよりも俺は、ことりが勝手にいなくなろうとしたことが腹立たしいわ」

「うぅ……ごめんなさい……」

「だからさ……絶対にいなくなるなよ……」

 

 静かに囁くような声だったが、ことりには十分に聞こえており、顔を赤くさせて嬉しそうに「うん」と彼の手を握るのだった。

 

 

「それと、な。ことりに伝えなくちゃいけないことがあるんだ」

 

 どうしたの、とことりが聞き返すと、蒼一は彼女を見つめながら話しだす。

 

 

「今回の一件で……俺は、俺の我儘でことりの夢を遠ざけた。もしあの時留学させれば、きっとことりは夢に向かって真っ直ぐ進んでいくことができたかもしれない。それでも、俺はことりの夢を奪ってでもことりと一緒にいたかった。嘘なんかじゃない……俺は、ことりのことを愛しているから、愛しているからこそことりを手放すことができなかったんだ」

「そ、蒼くん……!」

「だから、さ。ことりの夢を、俺に預からせてもらえないか?」

「わ、私の夢を、蒼くんに?」

「ああ、そうだ。ことりの夢を、俺と一緒に叶えてみせるんだよ。俺はこれからRISERとしてラブライブのために活動することになる。新曲も作ることになるだろう。だが、衣装だけは自分たちじゃ作れない。こればっかりは避けて通ってきていたが、どうしようもない。

 そこで、だ。ことりを、俺たちRISERの専属衣装製作担当になってくれないか?」

「えっ?! わ、私が、蒼くんたちの衣装を!?」

「そうだとも。これはことりにしかできないことなんだ。お前の持つ豊かな想像力は歌と同調できるし、この手が生み出す技術はイメージをそのままに体現させることができる。俺がもっとも欲しいと思っているものをことりが持っているんだよ」

「で、でも……私の腕じゃ、蒼くんたちが求めているようなモノができないかもしれないよ……。衣装を作り始めたのもまだそんなに経ってないし……」

「いや、できる。ことりならできるさ。なぜならことりは、俺の自慢の恋人なんだから。愛して止まない、俺が一番最初に出会った愛しい人なんだから」

「………! わ、わたしが……蒼くんの、愛しい人……!」

 

 彼の言葉に嘘偽りなど無かった。彼は真剣に、真っ直ぐに彼女を見つめて言うのだ。どこにも迷いがなく、彼女が求めている理想的なままの等身大の彼がそこにいる。心迷わせている彼女にとって、彼は迷いを断ち切る一筋の刃のようだった。

 蒼くんといれば、この心のもやもやも迷った思いも無くなる。それなら、私は……、とグッと気持ちを込めるとことりは迷いを断つかのように言う。

 

 

「うん……! 私、どこまでできるか分からないけど、蒼くんのためならなんでもするよ! ことりの全部を、蒼くんにあげる! だから……だから、ずっと……蒼くんのそばにいてもいいですか?」

 

 ことりの、決意の籠った言葉が伝えられる。これが私の真剣なんだと言っているかのような、そんな想いに満ちた気持ちを彼に伝えるのだ。その思いは強く、最後は感極まりそうな思いとなって涙ながらに伝えるのだ。これがことりのできる精一杯なのだと。

 

 すると彼は、ことりの手をしっかりと握って熱い気持ちを高めながら告げた。

 

 

「ありがとう、ことり。お前は、俺と一緒だ。ずっと一緒にいるんだ。そして、一緒に叶えよう。お互いの夢を、実現させるために―――」

 

 熱い視線を交わし合いながら2人は喜びあう。かけ離れていた気持ちがようやく元に戻り、さらには決して離れることのない固い繋がりが2人をひとつにさせようとしていた。これが、彼が彼女に、彼女が彼に出来る最大の関係と言える絆となるのだった。

 

 

「そうだ。ことり、ちょっとこっちに寄ってくれ」

 

 そう言われるままに、ことりは彼に近寄ると、彼は懐から何かを取り出して彼女の首にかけた。かけられたそれを見つめだすと、透明なピンクの宝石が見てとれた。するとことりは、それが何であるかを理解し始め、驚きながら尋ねた。

 

「蒼くん……これってもしかして……!」

「あぁ、それは俺が持っている最後のネックレス。トルマリンだ」

「トルマリン……きれい……」

 

 その宝石を手にとって持ち上げると、宝石のピンクが鮮やかに光って見える。彼女から見ればとても小さなものに思えるが、その石が放つ光は彼女の想像以上の輝きを見せるのだった。

 

「その宝石は、数多くのアーティストに愛された石で、芸術の石とも呼ばれているんだ。想像力豊かなことりにはぴったりの石だ。それともうひとつの意味があってね―――」

 

 そしてまた、彼は彼女の方に顔を寄せると、囁くような声で、

 

 

「『愛の石』って言うんだよ―――」

 

 と告げた。

 

 

 それを聞いてことりは、顔を紅潮させて少しばかりもじもじと戸惑う様子を見せていたが、気持ちを落ち着かせてもう一度彼を見つめだした。そして、そっと彼の胸の辺りに手を添えながら、ぐっと身体を寄せだしていき、

 

 

 

 

「ことりも、蒼くんのことを愛しています―――」

 

 

 

 と囁いてから、小さな唇で彼の口を結んだ。

 

 

 2人の間にぶら下がる宝石が、愛の色を煌々と放たせるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 

 

 

 一方、

 

 

「(ど、どうしましょう……飲み物を買いに帰って来てみたら、なんだかみなさん突っ伏していますし、奥の方では蒼一さんとことりちゃんが愛の空間を作ってますし……と、とても入り辛い……。それに、途中まで一緒にいた凛ちゃんもどこかへ行ってしまいましたし……私、どうしたらいいのでしょう……)」

 

 

 部室前で、こっそり中の様子を覗いている洋子は、そのまましばらく冷えた飲み物がぬるくなるまで待ち続けることになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

――

――― 

―――― 

 

 

 

 

 さらに、もう一方では、

 

 

 

「はぁ……まったく、どうしたもんだろうかなぁ……」

 

 

 部室から無理矢理脱出し、ひとり屋上に上って行ってはたそがれる明弘がいた。

 

 

「なぁ~んか、今回の俺ってば、ダメダメだったみたいだなぁ……」

 

 ゴロン、と身体を寝転がせつつ、彼はこれまでのことを振り返って悲観的になっていた。

 あの時、もう少し自分に勇気があれば――、覚悟があったならば、もう少しうまくいっていたはずなのに、と愚痴をこぼしていた。

 

 

 すると、

 

 

「あ~き~ひ~ろ~さ~ん♪」

 

 ひょこっと、寝転ぶ彼の視界に凛が映り込んできた。

 

「なんだ、凛か」

「どうしたのかにゃ? なんだか元気ないよ?」

 

 心配そうに尋ねてくるのに対し、何でもないさと起き上がり、背を向けて言った。悲観的になっているいまの自分をあまり見せたくないという、彼なりの行動だった。けれど、

 

 

「なんでもないわけないにゃ! 弘くんがそう言う時は、何か悩んでいる時だけだよ!」

 

 と、素早く彼の前に立ち回って言ってくる。少しは人の気持ちくらいわかってほしいなぁ、と思うのだけれども、凛が力になるよ! と胸を叩くのを見て心が揺らいだ。

 彼は溜息を吐きながらも諦めた様子になり、凛の方をやや下に見ながら話しだした。

 

 

 

「俺って、さ……やっぱ無力なのかなぁ……」

 

 脱力した声で語りだす。

 

「今回のことも、蒼一に頑張らせちまった。なんとか、俺だけでやってみようかと意気込んではみたが、やっぱし俺は何もできないままだったわ……。蒼一ばかり気を遣わせちまった……」

 

 呟く度に悲観的な言葉ばかりが立ち並ぶ。彼がこれまでとってきた行動は意味があったのだろうか? 穂乃果にはああ言って強気には出ていたものの、実際穂乃果を叩いたことがよかったのかすら怪しく思っていた。いまの彼には、何が正しかったのかがわからずにいたのだ。

 

 また視線が落ちる。

 

 

 

 

 そんな時だ―――、

 

 

「ううん、そんなことないよ。弘くんもたっくさん頑張ったよ!」

 

 太陽のような明るい声が注がれてきた。

 曇天の隙間から光が差し込むような兆しが見え始める。彼は視線を少しだけ上にあげると、眩しいくらいに微笑む凛が彼をじっと見つめていたのだ。

 

 

「凛知ってるよ。蒼くんがいない時、弘くんがみんなのためにって頑張っていたことを」

 

 眩しい。

 彼にとって、凛の言葉が、凛の無邪気さが眩しく見えた。だからなのか、彼は避けるようにまた視線を落とすと、そうでもないさ、と一言呟いた。

 

 そんな時だ。

 

 

 

「―――っ!」

 

 

 彼の頭が掴まれたと思うと、その顔が何かに包まれたように感じられた。あたたかくって、かわいらしいほどに小さな鼓動が聞こえてきた。彼がそれを、凛の胸なのだと気付くのに時間は要さなかった。

 若干の戸惑いが生じたのだが、凛はそんな弘くんはすごいと思うよ、とやさしく声かけてくれたので何も言えなかった。むしろ逆で、彼の内側から凝り固まったものが吐き出てしまいそうで耐えていた。凛の前だけでは見せたくない、彼なりの強がりだった。

 

 

「かたいな……」

 

 

 ぼそっ、と呟いた。

 

 

 

「……殴るよ?」と言い返すので、「冗談」とだけ返した。

 

 でも彼は、凛の胸の中にうずくまりながら、

 

 

「だが、胸の中ってのは……こんなにもあたたかかったんだな……」

 

 と呟いた。

 凛はそれに、うん、とだけ答えると、彼をそっと抱き包むのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[第2章 “過去”を転じて“今”と為す ~完~]

 

 

 

 

 

 

 

 

《ジジジ………ジ…………》

 

 

 

(次回へ続く)

 





 ドウモ、うp主です。

 ようやく、蒼明記、第二章がしゅーりょーしましたぁー!




…と言うか、長い!!
 たかがひとつの章を終わらせるのに、何故に2年も使わなければならなかったのかが不思議でたまらないし、よくもまあ続いたものだと自分でも感心してしまうレベル!
 しかも、その2年もの間に外伝が2つも生まれては終了すると言う展開と、更にはR指定外伝も生まれているという当初の計画を地下ダンジョン並に迷いに迷わせてしまったというね……。自分でもわけが解らんですよ。
 
 そして、この作品を最初から今日まで読んでくださった読者のみなさん。
 ホントすごいよ……うん、マジで(本音)




 と言うわけで、長い長い第二章が終わりました。
 絵里が加入したところから始まって、蒼一たちの大学の学園祭、他原作とのコラボ、真姫の過去の真実&同棲生活。
 そしてそこから始まった、外伝1、『カメラ越しに映る少女たち』が始まり、μ'sと蒼一たちの熱く、殺伐とした絆の物語が展開されました。
 その後のストーリーは、蒼一と8人の彼女たちとのハーレム生活。内浦での合宿とそこで出会った輝きを求める少女たちとの一時。
 
 そして、今回の章のメインとなった、蒼一の過去。伝説のスクールアイドルRISERであるという真実と故に背負ってしまった苦悩の数々に立ち向かう恋人たちとの協奏曲。そこで、新たな愛が生まれ、育まれていきました。
 最後を飾ったのは、アニメ第一期の10話以降の話。ラブライブに出場したものの穂乃果が倒れて失格。蒼一も倒れ、ことりの留学話も出てきてμ'sが崩壊の危機になりました。その中においても、懸命に足掻こうとする彼女たちの力強さは、見るモノがありました。そのラストには、念願の夢である学校存続を決めることが出来て、この章は幕を閉じました。


 こう振り返ってみると、恐ろしいくらいに濃厚な話ばかりでしたね。
 個人的には、真姫の過去の真実と、RISERは印象的でした。当初の計画の中に含んでいたこの2つの要素は必ず消費しなくては、と画策してましたので叶えることが出来て嬉しかったです。
 他にもたくさん想い出に残りましたが、どれもおもしろく出来たのではないでしょうか?

 読者の皆さんも、これまでの話の中で、ココが好きッていうところがあれば教えてもらえると嬉しいです♪(励みになりますので!


 それでは、ここで次の章についてお話ししましょう。
 以前にも書きましたように、時系列的にアニメ第二期が始まるまでに時間が生じてしまっています。本来ならば、カットしておけばいいのですが、うp主は妥協はしません。ちゃんと書かせてもらいますよ、二学期が始まった時から! もちろん、音ノ木坂の学園祭の話もありますので、お楽しみにしてください。

 そして、A-RISEも本格参戦します。多分、彼女たちには5~10話の間隔で登場することになりそうです。さらに、まだまだ登場していない他原作キャラクターたち。すでに、どんなキャラ達が出てくるのかは察しが良い人にはわかると思いますが、こちらもお楽しみに。


 まだまだ、この章のプロットは考えてはいないので、これから地道に考えていこうかと思います。それでは、まだまだ紡がれていく物語をご賞味くださいませ。


 以上、うp主こと雷電pでした。


 次回もよろしくお願いします!




今回の曲は、

pig star/『永遠の存在者』
 

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