蒼明記 ~廻り巡る運命の輪~   作:雷電p

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第156話





そして再び、時は動き出す―――

 

【前回までのあらすじ】

 

 ことりの留学をギリギリのところで止めることができた蒼一は、穂乃果と海未、ことりを連れて音ノ木坂に戻った。仲間たちは帰ってきてくれた彼女たちをあたたかく迎え入れ、後日に控えたライブに向けて、練習を再開させた。

 一時はどうなるかと思われたこの騒動も、ようやく終わりを告げようとしていた。

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 

 学校説明会、当日―――

 

 

 夏休み最後の説明会。

 ここでの良し悪しによって、音ノ木坂の存続の是非が決まる。そのため、これに関わる人間誰もが強い気持ちをもって臨んでいた。この学校のスクールアイドルであるμ’sも当然、かつてないほどに気持ちを高めていた。

 もっとも、大きなカギを担っているのは彼女たちなのだから……

 

 

 

「――おまたせ、説明会の方は何とかなりそうよ」

「そうか。お勤めご苦労だったな」

 

 生徒会長として、出席者に向けた挨拶などを終えた絵里が舞台袖に戻ってきた。生徒代表をやっているだけあって、緊張とか焦った様子など見せず話通せている姿は称賛に値する。それを出迎える蒼一は、そんな彼女の労をねぎらうかのように頭を撫でるのだった。

 

「も、もう……こんなところでそういうのは無しよ……!」

「けど、別段嫌がっている様子はなさそうだがなぁ? むしろ嬉しかったり?」

「ば、ばかぁ……! そういうのは、2人っきりの時にだけでいいから……」

 

 とは言いつつも、紅潮させる顔の輪郭が少々緩んでいるように見えている。言葉ではこう口にしてしまうが、本心は真逆なのだろう。身体を捻らせ、露骨に羨望する眼差しがそう物語っているようだった。

 それに気付かないはずもなく、彼はそっと彼女の耳元で小声になって呟いた。

 

「わかったよ。お言葉通りに、エリチカの都合のいい時間にしてあげるからな……♪」

「えっ………! そ、それじゃぁ……また、連絡するから……ね……? 今日はちょっと用事があるからできないけど……絶対、だからね……?」

「あぁ。早めに言ってくれたら、予定を開けるからな」

「………っ! えぇ……!」

 

 彼からの約束を取り付けた時の絵里の表情ときたら。まるで、子供がプレゼントをもらったかのような、周りを照らす明るい笑みを向けさせてくるのだ。彼女が見せるこうしたかわいらしい姿は、普段の大人びた姿からは考えられないほどのギャップがあり、それを見ることのできる彼も当然顔を緩ませて見入ってしまう。

 

「ほら、早く着替えないと。いすみさんの話の後に披露するんだから準備しておけよ?」

「わかってるわ……。絶対に成功させてみせるんですから!」

 

 そう言った時の絵里の表情は、元の引き締まった姿になっていた。やはり、彼女も気持ちを強めているのだろう。学校存続は、言わば絵里の悲願でもある。そのために、彼女の学校生活におけるほとんどの時間を費やしてきた。それがようやく報われる時が来るのだ、真剣になるのも無理もない。

 

 

 

 

 絵里が控室の方に駆けて行くと、遅れて希がやってくる。

 

 

「やっほー、蒼一♪」

「あぁ、希も付き添ってたもんな。ごくろうさん」

「おおきになぁ~♪ とは言っても、ウチはえりちと比べたらなんもしとらんよ」

「そうでもないさ。希がずっとエリチカの傍にいてくれたおかげで、アイツは潰れずに済んだんだ。改めて礼を言う」

「もぉ~大袈裟やなぁ。……でも、ホンマやね……。もし、えりちがひとりぼっちやったら、どうなってたやろう……? そう思うと、胸が痛くなるよね……」

 

 一瞬、希の言葉から独特の関西弁が抜けた。余裕がない時や本音を口にする時に、つい標準語で話してしまう。決して悪いことではない。むしろ逆で、それほどまでに絵里のことを気にかけていたという証拠なのだから。そんな友達思いな彼女に、蒼一は胸を撫で下ろしてしまう安心感を抱くのだ。

 

「そ・れ・よ・り♪ 蒼一も、だいぶえりちの扱い方に慣れてきたんやないの?」

「ん、なんのことかな?」

「ふふ~ん、とぼけちゃってぇ~。さっき、えりちの頭をよしよししてたやん? それに、えりちがあないな顔もしとったしなぁ♪ そろそろ本格的にえりちを落とす気になってきたん?」

「……って、そんなことをここで口にするなよ……! 誰が聞いてるか分からないし……!」

「ええやん、別にぃ~。そんなら、昨日ことりちゃんとイイことしとったやないの、空港で」

「……! 何故それを知ってる!? まさか……」

「さぁ~てな~? カードがウチに告げるんや~♪」

 

 ジト目で見る希は、にやにやさせながらいかにも悪そうな顔を見せてくる。うしし、と白い歯を見せて笑うその反面、何故昨日のことを知っているのかが心に残る。タロットによる読心であると言い逃れようとするが、またしても盗聴していたのかと疑って見てしまう。

 そういうのがあるから、()()では蒼一も優位に立ち辛かったりするのだ。

 

 

「それで、何が望みだ?」

「ん~? 何のこと~?」

「とぼけるなって……、どうせ、また俺に何かを頼むつもりなんだろ?」

「ふふふっ、そ~やなぁ~……えいっ♪」

「うぉっ?!」

 

 一旦、辺りを見回した希は、突然蒼一に抱き付いてきた。それも腕に、だ。当然、予想だにしなかったので、蒼一はたじろぎ気味に体制を傾けてしまう。

 

「おいおい、こんなところを誰かに見られるとマズイだろ……?!」

「大丈夫やって。舞台袖には誰もおらへんし、理事長はいま登壇してこっちを向く暇なんて無い……。つまりや、いまはウチと蒼一の2人っきりなんやで……♪」

「お、お前なぁ……」

 

 確かに、いま2人を見ているものは誰もいない。出入りも扉と舞台口の2つで、扉は閉まっており、舞台口も幕が邪魔して外からは見えにくい。おまけに、左程広くない空間なために希は余裕をもって蒼一に迫ることができるのだ。

 それに続き、抱き付く希の身体が動きを鈍らせる。音ノ木坂一の豊満なバストが彼の腕に喰い付き、肉欲的暴力を振いあげる。加えて、艶めかしい甘い吐息と彼女から発せられる独特の香水が聴覚と鼻孔に強烈な刺激を与えてくる。まったく、18歳になった女子高校生がなせるものとは到底思えない。彼女は少女としてではなく、飛躍した1人の女性としての魅力を惜しみなく解き放たせているのだった。

 

「最近、ウチと一緒におることが少なかったやろ? なのに、穂乃果ちゃんや真姫ちゃんたちとは多いって、なんか不公平やん?」

「……んで、どうしろと?」

「せやなぁ……だったら、いまだけウチが蒼一を独占や♪」

 

 ぐいっ、とさらに身体を密着させていく。たわわな胸も強く押しつけるのだから煎餅のように潰れるが、その分、肉々しい質感が想像以上の刺激を加えていこうとしている。魔性に近い魅力的な女性からの誘惑……一般的な男性や彼女のファンが相手であったなら、即堕ちは必至だったであろう……

 

 

 

 

――しかし、彼女が相手しているのは、そんな気弱な男性ではなかった

 

 

「へぇ……そうか……」

「ほぇ……?」

 

 希は油断した。

 この体制で、かつ彼の性格ならば狼狽して見動きはとれないモノだと踏んでいた。

 

 だが、そうではなかった。

 彼の腕は彼女の拘束を蛇のようにすり抜けしまう。一瞬だった――彼女は自分の手の中にあったはずのモノが無くなった呆気なさに思考が停止して、きょとんとしてしまう。しかし、これで終わらなかった。束の間の一時さえも与えさせないほど彼の手が素早く動き、彼女の背中にまで回してグッと身体を引き寄せる。きゃっ、と愛らしい驚嘆を漏らした彼女の身体は、吸い込まれるように彼の胸の中に収められる。

 

「ふぇっ……?! そ、蒼一……!」

 

 呆気に取られるほどの出来事に彼女は狼狽した。

 

「どうした? こう言うのがしたいんじゃないのか?」

「そ、そうだけど……そうなんやけど………うぅ……」

 

 希は見つめる蒼一をまともに見ることができず、顔を逸らしてしまう。

 顔が紅く熱を帯びていた。お調子者でポーカーフェイスな彼女が、決して見せることのない恥ずかしさでいっぱいの表情。天岩戸が開かれて、そこから絵に描いたような可憐な乙女が晒け出てきたみたいだ。

 

 

「ふっ……、余裕が無くなったその顔も、なかなかかわいいじゃないか」

「ほわわっ!? そ、そんなに……見ないで……! は、恥ずかしいよぉ……////」

「そう言われたら余計に見たくなっちゃうな……ねぇ、もっと見せてくれよ?」

「くひゅっ……?! やっ……やめっ……! 恥ずっ……かしっ……////」

 

 彼の両手が彼女の頬に触れ、くいっ、と強引に首を回し目と目をあわしだした。すると、たちまち彼女は心の余裕を切らし、ばくばくと心臓を脈打たせた。

 

「へぇ、前から思っていたが……希はこうして見つめられるのが弱いんだな。こんなにしおらしくなってるし、胸の鼓動もこんなに主張してくる」

「だ、だから見ないでよぉ……こんな私を、見せたくないのに……////」

「どうして? こんなにかわいいのに? それに、俺のことを独占したいって言ったのは希じゃないか。いま俺は、希のことしか見ていないのに、こんな絶好のチャンスを逃すのかい?」

「う、うわぁっ……そ、そんなこと言われても……////」

 

 蒼一を独占したい――確かに、それはいまの彼女の願いだった。

 彼が他のメンバーたちと絡み、濃密な時間を過ごしていることを認識していた彼女は、それを羨ましがった。彼女とてひとりの女であり、彼の恋人なのだ。心が、身体が、彼のことが欲しいと訴えていた。幾多の時もそれを喉元で抑えてきたのだが、それも限界。わだかまっていた今回の一件をスッキリさせ、プレッシャーから解放されたいまだからこそ、肉欲的欲求が抑えられなくなり訴えたのだ。彼を独占する、それこそ彼女にとって有意義な行動だったのだ。

 

 しかしだ、その欲求行動は思わぬ方向に転じ、逆に彼が彼女を独占するような形となる。これにはさすがの希も堪らなかった。彼を間近で感じ、いままで味わったことのないほどの感情と羞恥を抱く。なのに、満更でもない。口では嫌がる素振りを見せるモノの、身体と感情は悦びに浸っている。はち切れんばかりの脈動で胸を高鳴らせ、嬉しさのあまりにだらしない表情になってしまう。そればかりは、彼女の本心までを見られたくないという一心からの逃避は唯一の抵抗。それさえも籠絡されるのに時間の問題だった。

 

 

「それじゃあ……この小さな唇を奪ってしまっても……いいよね?」

「~~~~っ!!」

 

 希は眼を強く見開いた。瞳孔が縮んでしまうほどの驚きをもって彼を凝視し始める。まさかそんなことをこんな場所で、と耳を疑った。誰も見ていない空間であるが、すぐ隣では理事長が登壇し、それを公聴する参加者たちがすぐ近くにいる。下手をすればバレてしまうと言うのに、彼は平然と言いのけてしまうことが衝撃的なのだ。以前の彼なら制止する立場だったはず。なのに、どうしてこうなってしまったのか、困惑するばかりで心が乱れ狂うのだった。

 

 

「希」

 

 すっ、と耳に入り込む彼の声。抵抗していた感情も、一瞬その声に聞き入ってしまい停止してしまう。そんなふうに…彼女を求めるような声で言われてしまえば、拒絶することなどできるはずもない――、希はゆっくりとその心の扉を解放させていく。抵抗してきたこの首も、心も従順になり、彼の求めを素直に聞き入れる。くっ、と顎が自然と上に伸びと、それを待っていたかのように彼の唇が近付く。もはやそれを止める術もなければ、理由もなかった。

 

 

 

 

 

『――――んっ――――』

 

 触れるような口付け。

 溢れてしまいそうな甘さが口の中で充満する。その一口だけで十分、彼女の欲求は満ち満たされていく。けっして濃密なモノが欲しかったのではなく、ただただ彼からの甘い蜜を欲したかっただけなのかもしれない。満悦な顔を浮かばせているのが、すべてを物語っているようであった。

 

 

 

「はうぅ……////」

「希?」

 

 彼からのを受け取った直後、希は腰が抜けたみたいになる。意識を正そうと問いかけるも、聞く耳が遠退いてしまい呆けた様子になる。どうも卒倒してしまったらしい。だらしない表情をしながらも満足そうにしている彼女に問いかける自信は無かった。そんな彼女を、彼は負ぶると扉を開けてこの場を去った。

 

 希が元に戻るまでの少し時間だけ待ち、その後メンバーたちのもとに戻るのだが、その時起こったことは誰にも話すことなく胸にとどめた。

 

 

 

 それと、今日この日の終わりまで、彼女は彼を見つめることができなかった。

 

 

 

 

――

――― 

―――― 

 

 

 本番直前の舞台裏は大忙しだ。

 説明会に使用した小道具や生徒たちの出入りと、おまけにこれから行われるライブに向けての最終調整も同時に行われた。μ’sの9人はもちろん、指導者の2人、広報部の洋子。ライブを支える裏方のヒデコとフミコとミカらが率いるヒフミ組など、スタッフ総動員でことに当たっていた。

 泣いても笑っても、これが最後の勝負。結成当初から肝に銘じてきたμ’s9人と3人。それを支える彼女たちもこのライブにどんな意味が込められているのかを理解していた。

 

「明弘さん! 音響、照明、ステージの準備は整い終わりました!」

「おっし。それじゃあ、最後まで気を抜かせるんじゃあねぇぞ。いまが勝負だ! 最後の合図があるまで終わりがあると思うなよ!」

『はいっ!!』

 

 裏方の総指揮を任されている明弘は、全要員に向けて檄を飛ばした。そんな彼の期待応えるように、彼女たちは自信に満ちた顔で返事をする。

 彼がいまできることは限られている。けれど、彼の声だけでも十分に彼女たちの気持ちを推し進める力となれる。彼と共に歩み、私生活の中でも彼の助けを受けてきた彼女たちにとって、全力を発揮することは恩返しみたいなものだ。ひとりの人間として、異性のひとりとして、尊敬と羨望の意味を込めながら彼女たちは力を尽くし始める。

 

 

「洋子。ネット配信の方はどうだ?」

「ネットワーク設備、およびカメラ機能は健在。いかなる角度からでもバッチリ撮って見せますよ!」

 

 こちらも抜かりは無い。蒼一の指示に従い、洋子の撮影技術を見込んでのネット配信を行おうとしている。以前も、ライブをネット配信させてランキングをあげることや学校紹介も行ってきた。しかし、今回は初の試みとなる生放送。本当の意味でのライブ配信となるのだ。

 例え、今日この場にいなくても、このライブを見ることで少しでも学校に興味を持ってもらうことや入学志望者を得ようと考え出したものだ。どんなわずかな希望さえも零さない、蒼一ができる最善の手段とも言えたのだ。

 

 

 

 準備は……整った……!

 

 

 

 

「さあ、お前たちも準備はいいか――?」

 

 控室から舞台裏にやってきた9人の音ノ木坂学院のスクールアイドルたちに声をかけた。

 

「うん―――! いつでもいけるよっ!!」

 

 みなぎる思いが詰まった声で穂乃果が言った。それに同調するかのように、みな引き締まった表情となって頷くのだ。覚悟のある、強い意志を感じる。

 

「けど、まさか、学校の制服でやることになるとはね」

「いいじゃないの。その方が学校をアピールすることができるんだから!」

「にこの言う通りよ、真姫。私たちは今日、音ノ木坂学院のμ’sとして立つのよ。それをわかりやすく見せるには、やっぱり着慣れた制服でやった方がいいわよ」

「まあ、そうね。絵里の言う通りかもね」

 

 不敵な笑みを零し、真姫はスカートを翻した。確かに、これまでのライブとは違って、制服を使ったライブは初めてだった。いつも学校で着ているせいか、それをライブで使うことにわずかな違和感を抱かなくもない。けれど、逆を返せば、ありのままの自分を見せることができるという意味にも捉えられる。学校があるからこそ自分たちは活動でき、輝くことができる、そうした意味を込めることもできる。

 それに、やはり彼女たちはスクールアイドルなのだ。自分の学校に対する思いを抱いてライブをすることに誇りを感じるのだった。

 

「このライブですべてが決まるのですね……なんだか、急に緊張が出てきました……」

「もー、海未ちゃんってば、力み過ぎ! もっとリラックスするべきだにゃー!」

「せやで。緊張し過ぎて、転んでスカートの中をお客さんに見せんようになぁ~♪」

「の、希っ!! な、何を破廉恥なことを!!」

 

「き、緊張……! や、やっぱりしてしまいますぅ……!」

「大丈夫だよ、花陽ちゃん! いままでやってきたことを思い出せば平気だよ!」

「そうだよ。それに、花陽ちゃんはひとりじゃないんだから、心配になったら周りを見て落ち着こうね?」

「周りを……? う、うんっ! が、頑張ってみます!」

 

 

 時間が着実に進んでいる。本番まであとわずか、としかわからない状況が続き、彼女たちの間にも動揺が広がってくる。失敗は許されない、そんな雰囲気を漂わせてしまえば、呑まれてしまうのは必至だった。

 すると、それを見かねた蒼一が、彼女たちに檄を飛ばす。

 

 

「みんな、よく聞いてくれ。もうすぐ、お前たちの出番が来る。このメンツであの舞台で行うのは初めてになるかもしれない。いままでのライブとは違って、雰囲気も違うはずだ。緊張するのも無理もない。

だがな、ここはお前たちの学校だ。お前たちが朝から登校し、夕刻の下校までの時間を幾日、幾年も過ごしてきたお前たちの学び家だ。いままでとは違うのはそういうところだ。お前たちは今日、かつてないほどの声援を受けてステージに立つ。ここに来てくれた裏方のみんなだけじゃない、この学校すべての関係者たちがお前たちに向けて声援を贈るんだ。こんな暖かいものを受け取りながら上がって行くんだ、気持ちがよくないはずがないだろう? 胸張って、背筋伸ばして、その足で、その身体で感じろ。スクールアイドルの本当の意味を噛み締めながら!」

 

 どんっ、と心を打ち立てるような言葉が並ぶ。いくつもの強いメッセージが彼女たちの胸に掛かる緊張を打ち壊したのだ。おかげで、何不自由ない気持ちで挑むことのできる姿になって行くのだった。

 

 

「まあ。もし、心が折れかかったら俺を思い出せ。俺はお前たちが成功することをここで祈って待ってるからな」

 

 胸を叩いて、最後の言葉を伝えた。すると、見事に全員の意識が強まり、成し遂げてみせようとする意志が垣間見えてくる。ラブライブに出場した時よりそれ以上の気持ちが、彼女たちの中に生み出されるのだった。

 

 

 

『―――以上をもって、私のお話を締めさせていただきます』

 

 いずみの話が終わった。と同時に、参加者からの拍手が裏にまで聞こえてくる。

 

 とうとう、やってきたのだ―――

 

 

 

『――理事長、ありがとうございました。―――最後に、我が校のスクールアイドルを紹介させていただきます―――』

 

 

 アナウンスが始まった。しばらく、司会がμ’sの説明をしてから合図が飛んでくる。それこそが本番。ライブ開始なのだ。

 ここにいる全員が、ともに息を呑んだ。

 

 

 

 

 

『―――それでは、ご紹介いたします。国立音ノ木坂学院高等学校所属、スクールアイドル、μ’sのみなさんです―――!』

 

 

 

―――きたっ……!

 

 

 誰もがそう感じ取った。

 合図に合わせるように、みなの気持ちが切り替わる。息を吸いこみ、止めて顔を引き締める。裏方はそれぞれの配置位置に行き、9人もまた、舞台袖にまで足を運ばせた。その途中で、舞台からはけるいずみをすれ違い、頑張りなさいね、の一言を受けとった。それが、彼女たちの気持ちを一層高めさせた。

 

 本番前の高揚感。緊張からではなく、楽しみを待つ子供のような気持ちとなって彼女たちは立った。

 

 

「さあ、行って来い―――!」

 

 蒼一からの見送りの言葉を胸に、手を振って返しながら彼女たちは行く―――

 

 

 

『いってきます―――』

 

 

 

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 拍手が飛び交う中、9人の少女たちは舞台に立つ。穂乃果を中心に左右に一列に並んで客席の方を向いた。まだ拍手が鳴り響く。彼女たちへの期待の高さが現れ出ているかのようだ。

 

 まずは挨拶と、手渡されたマイクをもって一歩前に出る。

 

「みなさん、初めまして! 音ノ木坂学院、スクールアイドル研究部所属、μ’sです!!」

 

 ハッキリとした力のある声で話すと、さっきよりも大きな拍手が贈られる。合間に歓声のようなモノさえ聞こえていた。おおよそ、彼女たち目当てで入学希望してきた子たちなのだろう、観客席から若々しい声が聞こえてくる。静寂となって理事長の話を聞いていた時とは訳が違う。

 穂乃果は、そんな人たちに向けて感謝の言葉を贈りつつも、何かを話そうとする素振りを見せる。すると、それを察したようで拍手と歓声が小さくなり、穂乃果の声が届くほどまでになった。

 一度咳払いした後に、穂乃果は話し始めた。

 

「本日は、お忙しい中、夏休み最後の学校説明会にお越し下さり、ありがとうございます! 私たちの学校、どうですか? 入学したいと思いましたか? まだ、わからないことがあって迷っているっていませんか? 私は、この学校に入れて、とってもとっても嬉しく思っています! 何故なら、私は、こんなに素晴らしい仲間と出会えたからです! 入学した1年前は、私の幼馴染がこの学校での最初の仲間でした。でも、月日が変わって行くうちにクラスの仲間ができて、たくさんの思い出をつくりました。

 そして、2年生になった時、私はスクールアイドルを始めて、もっと仲間を増やしました。下級生の後輩たちや上級生の先輩たちとも繋がって、一緒に始めたらいつの間にか仲間に…ううん、大切な仲間になっていました。

 

 私は、スクールアイドルを始めた時、正直不安でした。思い付きでやりはじめて、うまくいかなかった時もありました。でもそんな時、いつも私の傍には仲間たちがいてくれました。この、大切な仲間たちがいたからやって来れました。そして、ラブライブにも出場することもできました! 結果は残念なことになってしまいましたが……でも出場することができたのは、支えてくれた仲間たちと学校のみんなのおかげなんです! だから、私はそんなみんなの応援に応えて、もう一度ラブライブに出場します!どんな未来が待っているのか分からないけど、こんな素敵な仲間たちがいればどこへだっていけるって信じてます。

 

 みなさん、この学校には素敵な仲間たちと出会えます。頼れる先輩たちもたくさんいます。そんな人たちがみなさんを支えてくれるんです!

 

 ですから、私たちと一緒に、素晴らしい青春を送りませんか…?」

 

 

 そっと、手を前に伸ばした。

 誰かに向けられた手。それは、この場にいる人たちに向けられたものかもしれない。あるいは、この配信を見ている人たちに向けてかなのもしれない。わからない……ただ、やさしくいつくしむその笑顔が誰かの心に届いた。

 

 

 そして、穂乃果は最後に、こう言ってマイクを置いた。

 

 

「――入学を希望して下さるみなさん。これから何かを始めようとするみなさんに向けて、この曲を歌います。聞いてください―――『START:DASH!!』」

 

 

 

 会場一帯が暗転する。

 その間に、彼女たちは自分の立ち位置に移動し、始まりを待っている。

 それを、いまかいまかと待ち望む観客。

 息を呑み、見守る蒼一と明弘。

 自分たちのやるべきことを為そうとする裏方たち。

 

 誰しもが異なる思いを抱いて、その開演を待った。その直後だった――――

 

 

 

 

 

 

 ~~~♪~~~♫

 

 

 ピアノの軽やかな音色を携えて奏だす。

と同時に、動き始めるステージ。まばゆい光が1人――、また1人と照らしだし、9人の 少女たちの姿を煌めかせた。光を纏った彼女たちの口から高らかに始まりの合図を耳にする―――。

 

 

 

『I say…Hey Hey Hey,START:DASH――!!』

 

 

 彼女たちの―――、

 

 

 ここから動き出す―――、

 

 

 

 新たなはじまり(Re.START:DASH)だった――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――

――― 

―――― 

 

 

 

 何とも不思議な気持ちだ。

 まさか、この曲を、こんなかたちで再び聞くことになるとはな……。

 

 舞台袖から見守る俺は、アイツらの後姿を見ながらそう感じ始めていた。

 この曲は、アイツらの、穂乃果たちが一番最初に歌って、踊ってみせた、正真正銘μ’sのデビューソングだ。

 あの曲を生み出すまでに、いろいろなことがあって、いまよりも我武者羅にやっていたようで懐かしんでしまう。穂乃果から始まって、ことり、海未を勧誘させた。偶然、音楽室に行って出会った真姫に作曲を頼んで、俺と明弘が仕上げた。ダンスも明弘の指導とアイツらの根性がかたちとなり、ぎこちなかったがそれでもアイツらの証を打ち立てるには十分だった。

 

 あの時の会場は本当に真っ暗で、誰が入ってきているのかすら、ここからじゃまったく見えなかった……。

 けどさ、見てみてくれよ……あの、無数の光を輝かせた観客席を……。どこから仕入れてきたのか分からないサイリュウムを持った観客たちが、一生懸命に振って応援している。まったく、すげぇよ……

 

 あんな歌もダンスもド素人だったアイツらが、いまではそれなりの力を身に付け、人を魅了させるくらいにまで成長しやがった。普通に考えて、ありえない話だ。やり始めた時には、無謀だと俺も感じていた。だが、アイツらが見せる燃えたぎるような情熱が精錬させていったんだ。俺が持ついくつものスキルを自分のモノにして、本当の意味で、アイツららしいステージを作り上げている。

 

 成長したな、お前ら――――。

 

 

 

「いい感じじゃないか、なあ兄弟?」

「明弘……」

 

 裏に回っていた明弘も、こっちに来だして成長したアイツらの姿を見ていた。

 

 

「しっかしまあ……、よくもここまでできもんだ。ワンステップ踏ませるだけで素っ転んじまってたのが懐かしいわ」

「ははっ、そんなこともあったなぁ」

「おまけに、部員数は増えていくし、その度に面倒なことに巻き込まれるし……。そうそう、絵里の時なんかめっちゃ酷かったじゃん? 断固拒否を構える岩よりも硬い、硬度10なヤツだったわ」

「ダイヤモンドは砕けない、ってか?」

「そうそう。だが、砕く必要なんざまったくなくって、包み込めばそれでよかったんだと後々になってわかったものさ。そこんとこは、兄弟の采配勝ちってヤツだ」

「まぐれさ。けど、エリチカが入ったことで9人になって、いまのアイツらがいる」

「その間に、七転八倒するような苦ぁ~い経験も踏まされたけどな」

「苦いどころか、吐き出したくなるような血生臭さが含んでいたけどな」

「だが、それさえ上回るあまいひととき(シュガーライフ)をつくりだした。そんな兄弟が羨ましいわ~」

「ふふっ……アイツらの相手をするのは、かなりしんどいぞ? 何せ今度は、こっちの精力さえも吸い取りに来るんだからな」

「ほっほ~! そんな関係にまで発展しやがったかぁ~! つうか、そう言う割には、随分と楽しそうな顔してんじゃん? 余裕もありそうだし……」

「それは……気のせいってやつだ」

「そのわずかな間が気になるんだが……」

 

 

 ジト目でこちらを伺う明弘にこれ以上言うことは無い。言えば墓穴を掘るかもしれないからだ。

 けど、実際ここまでにはたくさんの苦労があったことは確かだ。それがある度に、誰かが傷付き、泣いてしまう時もあった。

 だが、それを乗り越える度に強くなって、意志も強固になっていった。逆にそれが、アイツらを成長させていったのかもしれない。だからと言うわけではないが、その御褒美としてできるだけのことをしようと思う。もっとも、アイツらの秘めている欲望を解放してあげることでしかないけどな。

 

 ただそれで、アイツらが成長するのであるならば、してやってもいいと思う。俺にも恩恵が来るしな。

 

 

「たった3人だけのメンバーが9人になって、観客0と言っても過言じゃなかった会場にこんなにもたくさんの観客が入るとはねぇ……」

「有言実行か……」

「ん、なんだそりゃ?」

「穂乃果の言ったこと、覚えてるか?」

「ん~……あっ、そういうことね、理解」

「アイツは、ちょうどあの立っている場所で宣言したんだ、『いつか私たちは…ここを満員にしてみせます』ってな」

「はははっ、またひとつ夢を叶えやがって。アイツの貪欲さがここまでさせるとはなぁ……。こりゃあ絶対、うまくいくな……」

「ああ、俺もそう思う。絶対に、終わることなんかないってさ……」

 

 俺たちが願った、最後の夢。それが叶うのだと言う確信を抱いていた―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――蒼一くん」

 

 ふと、後ろの方から声が掛かったので振り返った。すると、扉の前にいずみさんの姿が見えたのだ。

 

「どうしたんです?」

 

 問いかけてみたが、こっちをにっこりと見つめるだけで返事をしない。気になって近付いてみると、ひとつの紙を手にしていることに気付いた。そして、もう一度いずみさんの顔を見ると、瞳が潤んで見えたのだ。

 

「これを―――」

 

 いずみさんは俺にその紙を差し出してきて、それをとって見てみた。その内容を目にした途端、俺は見開いてそれを何度も見直した。

 

「い、いずみさん……こ、これって……!」

 

 いずみさんは何も言わず、ただゆっくりと頷いた。そして俺は、この事実をいまは胸の中に仕舞って、アイツらが終わってくるのを待つのだった。

 

 

 

 

 

 

 

――

―――― 

――――― 

 

 

 

『ありがとうございました―――!!』

 

 

 説明会のために用意した一曲を披露し、彼女たちは深々と頭を下げて締めた。全力でやりきった彼女たちは、満面の笑みを浮かばせて舞台袖へと戻って行くのだった。

 すべてを出し切った――、さわやかに滴り落ちる汗を拭い、荒れた呼吸を整えるだけで精いっぱいだ。あとは、どういう結果になるのかを待つばかり……。

 

 

 そんな時だ―――。

 

 

「お前たち―――」

 

 彼女たちの前に蒼一が立った。その声を聞くと、疲れた体をバッと起こして見上げた。疲れがどこかへ吹き飛んでしまったみたいだった。

 しかし、彼の表情は硬かった。てっきりあたたかく迎えてくれるものだと思っていた彼女たちは、真逆の表情に感情が止まりかける。心がざわつく。

 

「蒼君……どうしたの……?」

 

 不安に思った穂乃果が彼に問いかけると、彼は一枚の紙を彼女に渡した。それは、ついさっきいずみが彼に渡したあの紙だった。

 穂乃果は白の裏面のまま受け取ると、ますます不思議な気持ちとなっていく。この紙に何が書かれているのだろうか……、その真相を知ることに息を詰まらせる。けれど、見なければならないのだと割り切った穂乃果は、意を決して裏返した。

 すると、そこには―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『学校存続のお知らせ』……えっ……? えぇっ……?」

 

 穂乃果は目を見開いてその紙を凝視する。他のメンバーも穂乃果が口にしたことが本当なのだろうかと、気持ちを逸らせて押し寄せた。そこに書かれていたのは、見間違えることのない『存続』の二文字が。

 

 

 

「……えっ………うそっ………」

 

 夢を見ているかのようだった。

 彼女たちがこれまで願い続けてきた学校存続の夢が、今日この時、叶ったのだ。この事実に、誰もが喜び、声を震わせた。悲願をようやく果たすことができたのだから……

 

 

 

 

 

「おまえたち―――」

 

 感情が高まりつつあった彼女たちに、もう一度声をかける蒼一。震えながら見上げる彼女たちは、今度は屈託のない笑みを浮かばせた彼を見ることとなる。そして、彼の口からこう告げられた――――

 

 

 

 

 

 

 

「―――よくやったな」

『~~~~~~~っっっっっ!!!』

 

 その一言だけで十分だった。

 その一言にどれだけの想いが籠っていることか。彼女たちがこれまで懸けてきた時間と労力、言葉通りすべてを費やしてきた彼女たちだからこそ、その言葉の重さに耐えきれなかった。

 

 

 感情が崩壊する。

 

 堪らず、穂乃果はそのまま彼の胸に向かって飛び掛かり、大号泣しだした。それに続くかのように、他のメンバー全員も同じように涙を流して号泣。涙で服がびしょ濡れになってしまうのだった。

 そんな彼女たちを受け止める蒼一も、わずかに目元を光らせ、この感動を共に味わうのだった。

 

 

 

 今日この日、音ノ木坂はかつてないほどの歓喜に揺れ動くのだった―――

 

 

(次回へ続く)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――ジ―――――ジ――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ドウモ、うp主です。

やっと……終わった………アニメ第一期が終わりました……。
長かった……ほんとに……。長過ぎて、見返すのが怖い(笑)

さて、最後に近いからほんのりと終わらせようかと想いましたが、ちょっとイチャイチャさせたかった感情に負けてしまって、最推しの希に犠牲になってもらいました()
最近、希との絡みが無かったから、なおさら濃いめに出てしまったような…?
そこのところはご了承ください。。。。。


ではでは、次回ようやく『蒼明記』の第二章が堂々の完結になります。



今回の曲は、

μ's/『START:DASH!!』

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