蒼明記 ~廻り巡る運命の輪~   作:雷電p

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第154話






もどろう

 

 

 

 少女は舞台に立つ。

 薄暗く、窓から入りこむ光も少ないこの場所に、その少女は望んで立った。

 

 ここはすべての始まりの場所。川のように流れ、廻り始めた運命が動きだした始点。いまがあるのは、この場所があったから。この場所ですべてを始めようと決意した少女の想いが、複雑に絡み合う運命をこじ開けたのだ。

 やがてその運命に呑まれ、流れるままに身を任せ、時には溺れ、時には逆らい、時には立ち止まった。そのどれもが少女を含む複数の人間が、身をもって経験したこと。喜びもあれば悲しみもある。怒りもあれば赦しもあった。喜怒哀楽すべてをその身で味わった少女たち。そしていまここで、止まってしまった運命を、再び動かそうとするのだった。

 

 扉が開かれる。少女たちの運命を変えさせた運命の扉が音を立て、再び開かれたのだ。

 舞台に立つ少女は、ひたすらそれに眼差しを送り、固唾を呑んだ。そこで何が始まろうとするのか、誰も知るよしもない。

 ただひとつ、わかることがあるとするならば………

 

 

 

「海未ちゃん……」

「穂乃果……」

 

 

 幼馴染が2人、向かい合わせに視線を交わしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

――

――― 

―――― 

 

 

 夏休みの音ノ木坂学院。

 部活動の生徒たちが躍動する声。

 耳を澄ませば、かすかに聞こえるμ’sの練習声。

 動き始め出した彼女たちは、ここで終わっていないのだと告げているかのよう。

 

 そしてここ、講堂には、時間が止まってしまっている2人が交差していた。

 

 

「穂乃果……海未……」

 

 その様子を後ろから見つめる蒼一。彼は一切を彼女たちに任せ、その様子を見守ろうとしていた。

 先日、穂乃果の想いを受け取った蒼一は、続いて海未に連絡を入れていた。穂乃果と同じくμ’sから離れてしまった彼女を連れ戻そうと画策する。

 すると、彼の会話を傍らで聞いていた穂乃果が急に、私にやらせてほしいと懇願したのだ。一瞬、それをどう捉えるべきかと悩ませる彼だったが、穂乃果の願いを無下にすることはできず、その通りにするよう指示させた。何より、彼女が見せる熱情と成し遂げてみせようとする気持ちに押されたのが一番の要因とも言えよう。

 

 そして、日を跨いだこの瞬間にすべてを賭けた。

 

 

 

「海未ちゃん……」

 

 穂乃果はまた、彼女の名を口にする。

 

「ごめんね、急に呼び出したりしちゃって」

「いえ……」

 

 穂乃果の声に、海未は言葉少なく応じた。やや暗い雰囲気が立ち籠っている。見た目穂乃果の方が明るく感じられるが、一方の海未は決していい表情ではない。何か詰まらせているような釈然としない様子だった。

 それでも、穂乃果はひたすら海未を見つめようとしていた。あれだけ暗く、悲観的になっていた穂乃果が、いまではいつもの様子に戻っているように思えるのだ。

 

「私ね、ここで最初のライブをやって、海未ちゃんとことりちゃんと一緒に歌って、蒼君や弘君、そして他のみんなに見てもらった時に思ったの。もっと歌いたい、スクールアイドルをやっていたいって!」

 

 胸を叩くような強い言葉だ。

 穂乃果がこうして口に出来るのは、あの最初の公演、ファーストライブがあったからだ。もし、アレがなければ穂乃果はこうも言えなかっただろうし、何よりスクールアイドルとしてやっていたかどうかすら怪しい。

 

 確かに、簡単な道のりではなかった。最悪なスタートダッシュを切って、すぐに諦めてしまいそうな重圧に身体が蝕まれたに違いない。活動に反対する人たちもいた。仲間と衝突し、傷付けあった時もあった。最愛の人から拒絶されかけた時もあった。

 だが、それでも彼女は、前に進めた。なぜなら、いつも彼女の隣には、頼れる仲間たちがいたからだ。だから、地に足付けて、踏ん張って来れたのだ。

 

 

 けれど、今回ばかりはそうもいかなかった。彼女は初めて、人の夢を奪ってしまった。それも、最愛の人の、だ。同じ仲間とは違う、一線を隔すほどの存在となった彼から取り上げてしまったのだ。その事実があまりにも大きく、彼から慰められた後でさえも引き摺ってしまうほどに……。

 

 そして、続く仲間が離れていくことに後悔するようになった。

 誰にも相談できない混迷の期間が訪れ、初めて心が折れた。すべてが嫌になった。いっそ投げ出して、何も考えたくないとさえ思い、その結果、彼女はスクールアイドルを辞めてしまった。

 

 辞めてからの彼女は、抜け殻同然だった。願った通り、何も考えない日々が訪れた。陽が昇り目を覚まし、日が沈んで目を閉じる。そんな平凡な一時が始まろうとしていた。

 

 けれど、いつも彼女の中に引っかかるものがあった。胸に棒のようなモノがあり、取ろうにも取れずモヤモヤさせていた。それが何なのか分からなかった。

 

 気分を変えようと外出した際、ツバサと出会った。

 

 そこでようやく、彼女の胸の内にある何かがわかったのだ。

 

“諦めたくない―”

 

 一度諦めたはずのすべてのことに対し、傲慢にもそう思い続けていたのだ。けど、それは決して間違っていることではないと、仰ぎ見た2つの輝く存在からそう教えられたような気がしたのだ。

 そして改めて気付かされる。いかに自分が好きであるのかを。彼女にとってスクールアイドルとはどういうものなのかを。

 だから彼女は、もう一度胸を強く打って語るのだ。

 

 

「辞めるって言ったけど、気持ちは変わらなかったの。学校のためだとか、ラブライブのためだとかじゃなくって、私が好きなの! 歌うことが好き! 踊ることも、みんなの前に立って披露することも全部好きなの……。だから、ごめんなさい!!」

 

 深く頭を下げ、海未に向かって謝罪した。

 一方の海未は驚いた顔を見せるものの、釈然としない様子は変わらなかった。

 それでも、穂乃果は途切らせることなく言葉を続けた。

 

「これからも迷惑をかけるかもしれない。夢中になりすぎて、誰かが悩んでいたりするのに気付かなかったり、入れ込みすぎて空回りしちゃうかもしれない……。だって仕方ないもん、私、不器用なんだもん! でも、ずっと追い掛けていたい……わがままなのはわかっているけど……」

 

 多分それは、ありのままの自分なのだろう。初めて自分自身のこと、性格などを振り返るようになり、客観視した彼女なりの答えなのだろう。それと共に、彼女の、もう一度みんなといたい、という願いがそこに込められていたのだ。

 間違いなく、それこそ穂乃果の結論だったのだ。

 

 

 

「……ふっ、ふふふ……」

「え……? う、海未ちゃん? どうして笑ってるの!? 穂乃果、真剣にやってるのに!」

 

 突然、海未が笑だした。大笑いとまではいかないが、口元を指で押さえるまでの笑いが止まらなかった。

 しかし、それが海未の気持ちを一旦は跳ね除けることになり、話しやすくなったのだ。

 

「ふふふ、ごめんなさい。でもですね、ハッキリ言いますと、私はいつも穂乃果から迷惑ばかりをかけられています」

「えっ!?」

 

 嘘、と言ってしまいそうな穂乃果の口調に、やっぱりと口角を引き上げた。

 

「よくことりとも話をしていました。穂乃果と関わるといつも大変なことが起こると。スクールアイドルだって同じです。一度夢中になかった穂乃果は止められないと」

 

 呆れたように話すその口振りは、どこか嬉しそうにしていた。

 

「本当に嫌だったんですからね?」

「海未ちゃん……」

「どうにかして辞めようかといろいろ考えたりしていました。穂乃果のことを恨んだりもしましたよ。気付いてないようでしたけど」

「うぅ…ごめんなさい……」

 

 始めようといい始めたのは穂乃果だった。それに合わせるかのように、ことりと海未を誘い、蒼一や明弘といった幼馴染たちも巻き込んだのだ。結局はゴリ押しみたいに決められたのだが、最後まで海未は悩ませていた。

 

 だが、そんな彼女に彼から助言が突き動かさせた。

 

「でも、穂乃果は教えてくれるのです。私たちが知らない、心を踊らせてくれる最高の時間を与えてくれるのです」

「海未ちゃん……」

「蒼一も言ってました。穂乃果と一緒にいて、後悔したことは何一つないと。無茶なことばかりでしたが、その分、私たちを楽しませてくれると」

「蒼君が…?」

 

 それは穂乃果にとって初耳だった。あの時、初めは海未も嫌がっていたのに、急にやると言い変えた時は驚いたがどうしてかは考えなかった。そして、ようやくその答えが見つかったのだ。

 

「私はよく蒼一に相談していました。穂乃果のこともですが、他のことでもどうしたらよいかと何度も言いました。その度に、『安心しろ。ダメなときは俺が何とかしてやる』と言ってくれるのです。おかげさまで何度も助けてくださりました」

「蒼君……。そうだったんだ。穂乃果たちがこうして無茶なことやわがままが言えるのは、蒼君のおかげなんだ……」

 

 振り返ってみれば、いつも近くには彼がいた。どんな時も、彼は彼女たちの願いを聞き入れてくれたし、指標を示してくれた。彼が隣で支えてくれたからここまでやってこられた。それを思い返すと、ふと彼のいる方に顔を向ける。彼女の立っているところでは暗くて見えないが、頬を緩ませていた。

 

「……ですが、頼りすぎていたのかもしれません。何かあれば、蒼一に頼ることばかりで自らは流されるだけでした。蒼一がいない日々を過ごして、ようやく理解できたのです」

「うん……。私も蒼君がいないとダメだった。不安だった、いつも隣にいてくれたから、それが当たり前なんだとばかり思い込んでいたからわからなかった」

 

 いつも隣に彼がいる―――、それはとても頼もしいこと。でも同時に、頼りっぱなしになっていて、自分ひとりでは決められなくなるくらいに。それは彼女たちに限らず、μ's内でも同じことが広がっていたのだった。

 彼がいない時を過ごし、初めて彼に依存し続けていたことの代償と無力さに気付かされるのだった。

 

「でも穂乃果、あなたは違います。あなたは蒼一がいない時、みんなの前に立って私たちを支えてくれました。そんなあなたに蒼一の姿を重ねてしまいました。だからなのでしょう、私が穂乃果を止められなかったのは……」

「穂乃果が、蒼君に……?」

「穂乃果と蒼一はよく似ています。昔からそうでした。私やことりを引っ張って、最高の時間を与えてくれました。何より好きでした、そうしていること、蒼一のこと。そして、穂乃果のこともです」

「海未ちゃん……!」

 

 心を擽るような言葉に、穂乃果はむず痒そうに頬を染めた。海未の口からそう言われたのがめずらしかったからだ。

 

 海未はそのままゆっくりと舞台に上り、穂乃果の隣に立った。当たり前だった二人の距離。けれど、この数日間の二人は離れ離れだった。しかし、それがようやく元に戻ろうとしていた。

 

 二人は見つめ合う。これがあるべき姿なのだろうが、不思議と離れていた時間が長く感じられた。二人に与えられたその時間がその意味を教えてくれた。

 

 

「穂乃果。私には、私たちにはあなたが必要です。だから、もう一度やりましょう。今度は最後までずっと…ですよ?」

「……うん! 約束だよ、穂乃果は絶対に破らないからね!」

 

 海未に感化され、思わずその手を取った。嬉くってたまらなかったのだ。海未はそれにありったけの思いを込めて、「はいっ!」と応えるのだった。

 

 その目は濡らした星のように輝き潤んでいた。

 

 

 

――

―――

――――

 

 

 

 そんな時だ―――

 

 

「蒼一!」

 

 講堂の扉が勢いよく開かれると、明弘が叫んでいった。

 

「さっきいずみさんから聞かされたんだが、ことりの出発日時が変更されたようだ! しかも、今日の昼頃ときやがった!」

「えっ!? それってあともう少しだよ!?」

 

 火急の知らせに、ここにいる彼女たちが目を見合せて驚愕した。それに穂乃果が言うように時間がなかった。

 

「どうするよ、兄弟!!」

 

 講堂の後ろで見守っていた蒼一に選択が迫られた。彼が次に放つ言葉が彼女たちの運命を左右させる。

 

 

 だが、その選択が与えられているのは彼だけではなかった。

 

 

 

 

「「当然、ことり(ちゃん)を迎えに行く(よ)!!」」

 

 前後から2つの声が重なった。声を上げたのは蒼一だけじゃない、穂乃果も同じく叫んだのだ。

 

「穂乃果!」

 

 引き締まった表情で彼は呼んだ

 

「うん!」

 

 彼女は頷き返した。必ず取り戻すと意気込んだ思いが、決意に満ちた表情から見てとれる。それが、穂乃果の本当にしたいことだったからだ。

 それを見ていた海未は、穂乃果の背中を押すようにして言った。

 

 

「行ってあげてください。ことりを止められるのは穂乃果と蒼一だけなんですから」

「えっ、海未ちゃんは?」

「私は……いいのです……。結局のところ、私はことりを止めることができませんでした。そんな私がいまさら引き留めるだなんておこがましいことではありませんか……」

「海未ちゃん……」

 

 海未は躊躇った。確かに彼女はことりを止められるのは機会が誰よりもあった。なのに、何もして上げられなかったことに罪悪感を抱いたのだ。それが枷となり、留まらざるを得ないと身体をすくませた。

 

「……そんなことはないさ」

 

 視線を泳がせ、寂しさを抱くように俯こうとする彼女に蒼一が迫る。

 

「止めることがおこがましいとか、資格がないだとか、そういうご託を並べて隠すんじゃない。俺たちの絆はそんなものじゃないはずだ。それにお前はまだ、自分の気持ちを伝えていない……そうだろ?」

「……っ! そ、それは……」

 

 海未は小さく身体を震わせ動揺した。それは自分の気持ちを偽っていることを悟られてしまったことにある。本音を言わせれば、海未にはことりに言いたいことが山ほどあった。が、海未はやさしい。やさしいが故に、ことりにこれ以上の負担をかけまいと躊躇して口にすることは無かった。

 

「海未ちゃんっ! 行こうよ!」

 

 穂乃果が海未の両手をギュッと掴んで言った。穂乃果はことりを必ず連れ戻すだろう、その眼差しが告げているかのようだ。なら尚更、私が行かなくてもいいのでは、と考える。

 しかし、振り返ってみれば、あの時のことりは海未に何かしらの期待を抱いていたのかもしれない。でも、海未は言えなかった。ことりにここにいてほしいの一言を……。そう思うと居た堪れなくなり、全身に力を込め直すと、抑えていた気持ちを吐きだすかのようにして叫んだ。

 

 

「伝えたい……ちゃんと、伝えたいです……! 言えないまま行かせてしまうだなんて、耐えられません!!」

 

 感極まった海未は瞳を滲ませた。やはり彼女は、このまま終わりになどしたくなかったのだ。ましてや、10年来の唯一無二の親友だ。語りきれないほどのものがあってもおかしくなかった。

 

 

「腹は決まったようだな」

 

 ゆっくりと彼女たちのもとに行く蒼一。目を向ける2人に手を差し出すと、「行こう」と誘った。それに首を横に振らすわけもなく、二言返事をするとその手をとるのだった。

 

 

「……って、おいおい、間に合うのか? いまから車を走らせてもことりの方が先に行っちまうんじゃねぇのか? それに、いまどこにいるのかすらわかんねぇのに……」

「確かにな。すでに昼近くになって間に合うかどうかなんて怪しい。けど、ゼロじゃない。決まったわけでもないのに敗戦色を見せるのはお前らしくもないぞ?」

「ぐっ……け、けどよぉ、実際この状況じゃあどうにも……」

「なる。ならないなら、なるようにすればいいさ」

「そんなまたゴリ押しを」

「やらない後悔ほど苦い味は無いさ」

 

 こういう彼から自信が見える。だが、余裕はない。状況が悪いことに変わりないし、何より連れ戻す算段ができているのかに明弘は胸をざわめかせるのだ。

 

「ことりの位置は特定済みだ。空港にいる。まだここにいるんだ」

「……っ?! どうしてそんなことがわかる?」

「何故って? 俺たちには優秀な観測者がいるじゃないか……」

「まさか……洋子か! だからあの時にあんな指示を!」

「どこにいるのか知ることも大事だろ?」

 

 蒼一はすでにことりの位置を把握していた。だとすれば明弘が伝えに来た時に、大きく動揺を見せなかった理由になる。だが、それだけじゃない。彼の見せる自信には、もうひとつあるみたいで―――

 

 

「それにどうしてこのタイミングなのか。この話をどうしてこんなギリギリに教えたのか……ねえ、理由を聞かせてくださいよ?」

 

『ッ!!?』

 

 

 彼以外の全員が動揺する中、扉の影からその人が現れたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「いずみさん―――」

 

 

(次回へ続く)

 




どうも、うp主です。

久しぶりの投稿ですね。
つい先日まで旅行で出かけてまして遅れてしまいました。

とか言いつつも、あと残り3話となりました。
アニメ本編は2話で終了。残り1話が後日談な感じになりますね。
これは今月中に終わらせられるやもしれません。
(要、気分と相談ですけどね。。。


では、次回もよろしくお願いいたします。

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