第152話
気付いたら駆けだしていた―――
親友、宗方蒼一を追いかける明弘はふと感じた。自分の意志、というより、強引に引っ張られたと言った方があっている。だから明弘は、いま疑問しか抱かないまま直感だけで行動している。どのような結果があったとしても突き進んでいってしまうのだろう、そう思うのだった。
それでも彼は、疑問を疑問なままにしたくなかった。
「兄弟! 何をする気だ?!」
前で走る蒼一に言った。
「連れ戻すんだよ、ことりを。そして、穂乃果も海未も、みんな揃ってまたμ’sをつくるんだよ」
決まってるじゃないか、と言わんがばかりの口ぶりだ。蒼一はこの状況を何とかしてみせると言い切るのかと、胸の内で疑ったが、いやできなくないことなんだろうと答えが出る。自信に満ちたあの顔が、それを見た途端にどこか安心してしまう自分がいるのが何よりの証拠だった。
いつの間にか、立場が逆転していたようだ―――
ついこの間まで、堅く閉ざされた扉を開くことを恐れていた蒼一が、いまは物怖じせずに進んでいる。迷いなんて無い。確実に、しっかりと足をついて、まっすぐ突き進んでいく――負けない力を確かに持っているようだった。
助けられる側から、助ける側へ……彼の進撃は始まったばかりだった。
「さて、お前たち2人にはやってもらいたいことがある」
駆ける蒼一は後ろを追いかける2人に向かい放った。2人は顔を持ち上げ聞き耳を立てる。
「どんなことでしょう? やれることなら何でも言ってください」
余裕を見せる洋子が言う。
「そうだな……洋子には、監視をしてもらいたい。穂乃果、海未、そして、ことりのだ。3人の位置をずっと把握していてくれ。じゃなきゃ、行動しにくい」
「わかりました。そのくらいなら朝飯前ですね」
「兄弟、俺はどうすればいい?」
洋子に続いて明弘が聞いてみると、少し間をとってから告げられた。
「お前は他のメンバーの練習状況をしっかり見てろ」
「………は……?」
意味がわからず不抜けた声が出る。思いもしなかったのだ。まさか、俺にはそれだけなのかと、つい出てしまったのだ。
「勘違いするなよ。お前にはお前の仕事があるんだ。アイツらが戻ってきた時、受け入れられる環境を作ってやるのが、お前の役目なんだ。絶対に手を緩めんじゃねぇぞ」
「……っ! おう、わかったぜ!」
一瞬、蒼一が彼の内を読んだかのようなことを言うので、思わず身を強張らせたが、蒼一の真意を耳にしてわずかばかりだが安堵の様子が見られ受け入れた。蒼一が彼を突き放すことなどないのだ。
「それじゃあ、蒼一さんはそのままことりちゃんのウチに?」
「いや、そうもいかねぇさ」
「ど、どうしてだよ?」
「確かに、俺が直接向かってことりを説得すれば万事解決、って言いたいところだが、実はそこが違う。アイツは、俺だけじゃなく、穂乃果と海未にも聞きたがっている。洋子からの情報が正しければな」
「どうしてそんなことを……?」
「ことりが穂乃果に相談したかったって話や海未からことりに行くなという話をしていなさそうだ、というとこからの推測だよ。それに、ことりは根っからの優柔不断癖がある。心を許す相手にしか相談はしないし、どうするか決めない。かなり面倒なヤツなんだよ」
「それじゃあ、先に行くのは……」
「決まってるさ」
そう言うと、彼はスマホを取り出して電話する。3度のコールが流れると、一瞬途切れて声が聞こえてくる。
『――もしもし?』
彼にとって、実に一週間ぶりの彼女の声だった。
「――聞こえるか、穂乃果?」
―
――
―――
――――
時は遡り、その日の朝―――
高坂穂乃果は、アキバにいた。
人知れず、ただ身体が勝手に動いて、閉塞した空間から彼女を解き放った。
「あつい……」
久しぶりに外に顔を出したので、太陽の眩しさが一段と目につく。いたい…、肌に照りつける暑さとは別に、別のところが主張しだす。
彼女は頬に手を添えた。
そこは、明弘が彼女を叩いた個所であった。
叩かれた当初、生々しく真っ赤に腫れ上がり、痛みが走った。涙も出た。それほどに痛みが彼女を抉った。
けど、その痛みも腫れも残ってはいない。ただそこを“叩かれた”という事実のみしか残らなかったのだ。
「いたいょ……」
それでも、彼女にとってはその痛みは消えていない。ずっとずっと、その痛みを抱えながら今日に至る。痛みの消し方も知らないまま、ずっと……
「あっ……」
すると、彼女はいま、自分が立っている場所はどこなのか理解した。
「UT…X……」
そう、穂乃果はいま、A-RISEがいる学校、UTX学院の真っ正面に立っていた。
どうして、自分がここに立っているのかなんてわからなかった。でも、自然と、どうしてか足がこちらを向いていたのだ。理由なんてわかるはずもなく、それを見つけるかのように彼女は顎を上に持ち上げる。
正面のメインモニター。そこには、でかでかとこの前のラブライブの映像が流れていた。穂乃果たちが出場したあの大会、その映像が、もう一度彼女の前で再生される。
「――あら、これはめずらしい出待ちがいたものね」
「―――っ!?」
突然、彼女に声が掛かった。急ぎ、声を掛けられた正面に向き直ると、そこには彼女がよく知る人の姿が立っていた。
「ツ、ツバサ……さん」
綺羅ツバサ。
A-RISEのリーダーにして、ラブライブ初代優勝者。
そんな彼女がどうして私の前に立っているのと、困惑し始め出した。
「なーに驚いちゃってるのよ。それに、私とアナタの間に畏怖ことなんていらないのよ」
「は、ひゃいっ!」
心配しないでと、八の字にさせた眉を見せるツバサの表情は穏やかだった。それに思わず、裏返った声で返しちゃったものだから、羞恥が加わり余計変な感じになってしまう。
「あらあら、あんなに自信満々にしていたμ’sのリーダーさんも、こんなにかわいくなるのね♪」
「う、うぅ……」
指摘され、顔を真っ赤に染めてあげてしまうのを見て、ツバサの笑顔が綻んだ。ツバサもこんな表情を見せるのはとてもめずらしいことなのだが、対する穂乃果は恥ずかしさのあまり戸惑っていた。それを見て、またツバサはクスッと笑うのだ。
「そう言えば、体調の方はどうなのかしら? 見たところ元気になったみたいだけど」
「は、はい。おかげさまで、高坂穂乃果は元気になりました!」
「それはよかったわ。あの時、急に倒れてしまって心配しちゃったんだから」
「うっ……ご心配かけてすみませんでした……」
「いいのよ、そんなに謝らなくたって」
ツバサは穂乃果の身体を気遣うように接してくれた。それがなんだかむず痒かったのか、つい謝ってしまう。
「でも、残念だったわ」
「えっ……どういうことです?」
「アナタたちのパフォーマンスよ。最後まで見てみたかったわ」
「それは……すみません……」
「こーら、謝るのは無しよ?」
「うっ、すみま……あっ……」
「フフッ、やっぱり穂乃果さんはおもしろいわね」
「うぅっ……」
ツバサに指摘されて、また恥ずかしく顔を赤くしてしまう。だが、ツバサは気持ちが落ち込んでいるだろう穂乃果を励ますような思いで声をかけていた。それに、本当に残念そうに話すのだ。
「アナタたちのパフォーマンス、素晴らしかったわ」
「あ、ありがとうございます……!」
「ウフフ、それで次出る予定はあるのかしら?」
「そ、それは……」
穂乃果は口をつぐんだ。いまの彼女の状況をツバサは知らないはず。だから、言えるはずもなく、ただ俯いて黙るしかなかった。それを見たツバサは、何かを察したようで、そう、残念ね…と落ち込んだ声で言うのだった。
少しの間が置かれる。
どう話をすればいいのだろうと、俯く穂乃果は悩んだ。気の向くままフラッと立ち寄って、思わぬ人と出会ってしまって正直さっきから戸惑ってばかりだ。できることなら、すぐここを離れたい一心だった。
そんな時だった。
―――――♪
「―――えっ?」
UTXのモニターから聞き慣れた音楽が流れ出てきた。それを耳にした途端、思わず声をあげて上を見た。するとどうだろう、穂乃果が見たのは、あの日、ラブライブで披露したあの歌が映像となって流れたのだ。
「どう……して……?」
穂乃果は驚嘆した。なぜ、あの時の映像がここで流れているのかわからなかったのだ。
「いい曲よね」
ぽつり、傍らに立つツバサが言う。彼女に顔を向けると、ツバサはその映像をじっくり目に焼き付けているように見えた。
「私ね、穂乃果さんたちが披露したこの曲、好きよ」
ツバサは口に出して言う。
「力強いメッセージが込められた歌詞、躍動感あふれるダンス。何より、あの時ほどアナタたちが輝いて見えたことは無かったわ」
「輝いてた……? 穂乃果たちが……?」
不思議なことを口にするツバサに目がいく。
「ええ。何故なのか分からないのだけど、アナタたちを間近で見てて思ったのよ。誰のために歌ったのか、何のためにステージに立ったのか、私にはわからない。けどね、アナタたちが向いていた視線の先には何かがあった。それを見据えていた時のアナタたちは、本当に眩しかったわ」
「ツバサさん……」
躍動するあの時の穂乃果たち。それを穂乃果に語りながらツバサは、ジッと眺めていた。その顔はどこか嬉しそうに綻びながら……
そんなことは無いですよ、穂乃果はツバサにそう言おうとした。けれど、それがどうしても口に出せなかった。どうしてだろう、穂乃果にしてみれば、ツバサの言葉を否定することは簡単だった。なのに、どうしても言えないでいる。
ライブなんて、ラブライブなんて、μ’sなんてどうでもいい――そう思っていた彼女なのに、言葉がつかえてしまう。なんでなんだろう……答えが見つからないまま、彼女もまたあの時を眺めた。
躍動する彼女たち。自信に満ち溢れ、何でもできると信じていたあの日の自分。いまはそんな姿さえ眩しく、なんて無知で無謀なことをしていたんだろうと振り返る。そんな自分を恥ずかしいとさえ思えてくるのだ。
「ねえ、穂乃果さん―――」
ふと、ツバサが声をかけてくる。
「どうして、ラブライブに出ようと思ったのかしら?」
「えっ―――」
言葉がまたつかえる。
ツバサが迫るように穂乃果に聞いてくるので、思わずたじろいでしまう。それもまた、言葉にするには難しく、口にすることさえしたくなかった。だが、どうしてツバサさんは私にそれを聞いてくるのだろうと、疑問に感じた。
すると、目元を細めたツバサが語りだす。
「私はね、証明してみせたかったのよ、私たちが本当の王者に相応しいのかをね」
「王者……ですか?」
「そう、私たちは、私たちの実力だけで昇ってみたかったのよ、頂点に。昨年のラブライブの前身の大会で優勝を果たしたけれども、それはただRISERがいなくなったからそのおこぼれをもらったにすぎないと思ってるの。RISERの替え玉、なんて言われたこともあったわ。だからね……だからこそなのよ、私はそれが悔しくって今回の大会に出た。RISERがいないこの大会に。昨年の覇者であるアドバンテージを背負ってはいたけど、その重圧もちょうどいいハンデだったわ。そして、証明してみせた……すべての人の前で、私たちが本当の王者なんだと、ね」
ツバサの言葉には力があった。それが彼女の出ようとした理由、そして証明してみせた実効性が相まって強くさせていた。たとえ、それがなかったとしても、彼女の意志は強いままに変わりなかったと思える。
「さあ、聞かせて……アナタの答えを……」
手を差し伸ばすように聞いてくるツバサに、穂乃果はギュッと握った手を胸に置いた。
――なんて答えればいいのだろう、私がラブライブに出ようとしたきっかけなんて……
悩み、弱りきった表情を見せる穂乃果。彼女がそのきっかけを手にしたのはいつのことだろう……大分前のように思えてしまう。胸の奥に仕舞った記憶を、引き出しを開けるかのように呼び起こし始める。大事に大事に仕舞われた記憶が、いま思い起こされる。
―――俺たちμ’sがラブライブに出場することができれば、確実に音ノ木坂の知名度が上がることだろう
―――全国からここに入学を希望して来る生徒もいるかもしれないってことだね!
あれは、音ノ木坂の廃校を阻止しようと、蒼一が考えたことだ。それに穂乃果も同調、結果的にみんなもそれに乗っかったのだ。
それがきっかけ。
でも、時間が過ぎて行くうちに彼女たちは成長していき、考え方も変わっていく。
―――今回のラブライブの結果次第では、念願のドームライブの開催が決まるかもしれないんだ!
―――やったね、蒼君! 蒼君の夢が、叶うんだね!!
2人だけのヒミツ。それもまた、彼女にとっては理由になる。
でも、
――あ……れ……? 何か、大切なことを忘れて……
『――穂乃果ちゃん――!』
『――穂乃果っ――!』
………っ!
思い出した。彼女がラブライブに出ようとした理由を。
そして、もうひとつ、彼女が思い出したことがあったのだ。
「ツバサさん!」
彼女は向き直る。
「私、ずっと学校のために出ようと思ってました。ラブライブに出たら注目されて、学校が廃校にならずに済むって思って出ていました。ある人との約束もありました。でも、それだけじゃないんです。私、楽しかったんです、スクールアイドルをやっていることが。仲間と見ているみんなといっしょになってひとつのことをするのが楽しくって、ラブライブは多分その続きみたいなものなんです」
穂乃果はそう答える。がむしゃらに導き出し、ふわっとした内容で答えと言うには物足りないようなものだ。
けど、それが高坂穂乃果だ。
いつだって彼女は、がむしゃらになって走ってきた。自分でもわからないくらい真っ直ぐに突き進んでいくのだ。それでも彼女は道を見つけ、その道を突き進んでいこうとする。
それが穂乃果なのだと。
穂乃果の主張に、ツバサはゆっくり瞼を閉じて、そうなのね…と一言。そして、口角を引き上げて若干嬉しそうにしてみせる。それで納得してくれたのかはわからない。彼女はくるりと半回転すると、穂乃果を後ろにまたモニターを眺めだした。ちょうど、ライブが中断するあの場面に差し掛かっていたところだ。
その刹那、映像はあの場面に行きつく前に白い光に包まれてフェードアウトされる。
「あっ―――」
それには、穂乃果も思わず声にしてしまう。てっきり、その場面も含めて流されるモノだと思い、少し身構えていたりしていたのだ。そしていまは、ほっと安心した様子になっている。
「驚いたかしら?」
くすっと弾んだ声がかかる。
「私がお願いしてあの部分だけをカットさせてもらったの。その方がアナタにとっても見ている人たちにもいいと思ってね」
身体を逸らしだすツバサは横目で見つめた。すると、自然と彼女に向かって話しかけていた。
「どうして、私たちのライブを流したんですか?」
「―――好きだからよ、この曲が」
聞かれると、一呼吸吐いてからすぐに答えた。まるで、そう言われるのを待っていたかのような様子で。
ツバサの言葉は続いた。
「それにね、未練があるの」
「未練……ですか?」
「そう……これは私の我儘なのかもしれないのだけど……正直なところ、私はこの優勝を100%満足してないのよ」
「どういう……ことです……?」
満足していない、その意味がわからない穂乃果は、純粋に聞き返す。
―――とその時、ツバサは穂乃果の方を完全に振り返ると彼女を指さして言うのだ。
「穂乃果さん――いえ、穂乃果さんたちμ’sが私の中で引っかかってるのよ」
「ええっ!?」
穂乃果のことを指さされ、さらにその理由が穂乃果たちにあると言われたことに、目を丸くして驚いた。どうしてそんなことを言うんだろうと、困惑し始め出していた。
すると、ツバサは加えて言う。
「私たちはあの時、完璧な仕上がりのライブを披露した。それは私も納得していたし、英玲奈もあんじゅも、お客さんだって納得していたわ。でもね、その後、私は背筋が震えたわ。かつてないほどの観客の盛り上がりように、全身を通して震え上がりそうになったのよ―――そう、アナタたちのライブを見てね」
ぞくり―――、ツバサの視線に捉われた穂乃果は身震いする。真剣な眼差し――それも鋭い瞳が睨みつけるのだ。思わずたじろいでしまいそうになる。
「あの時、私は興奮したわ。ライブをやってて、ここまで胸が高まったのは久しぶりだったわ。それをまさかアナタたちから感じられるなんて思ってもみなかった。同時に、危機感さえ抱いたわ、どっちが勝つかわからないってね」
「――――っ!? そ、そんなことないですよ! わ、私たちがA-RISEに勝てるわけなんかないですよ! 歌だって、ダンスだって、全部レベルが違い過ぎるし……それに、ツバサさんたちの方が魅力的ですし!!」
「あら、アナタにそう言われるなんて光栄だわ♪ でもね、私が言ったことはどれも事実。実際、私はそう思っちゃってた。自信と確信を抱いていた私を動揺させたアナタたちに危機感さえ抱いたわ。でも、開けてみればこの結果。まさか、穂乃果さんが熱で倒れて途中棄権になるだなんて誰も予想してなかったし、予想できなかった。結果的に、私たちが優勝したことになってるけど、それでも納得できなかった。もし、穂乃果さんが倒れなかったらどうなっていたか? きっと、思いもよらない結果になっていたことでしょうね。けど、過ぎたことに“もし”なんて言っても何も始まらない。それでもね、穂乃果さん。私の中ではいまもアナタたちと真剣勝負がしたいって思ってるの。お互い万全な状態で、同じステージで競い合いたいの。そして証明させたい、本当の王者は誰なのかってね」
穂乃果は固唾を呑みながら聞いた。ツバサの熱烈な言葉の数々に胸を揺さ振られるどころか、こっちまで熱くなって汗が湧きでてきそうになった。ここまで熱くなるツバサを見たのは初めてだ。そして、彼女が言わんとしていることも、おぼろげだが理解したのだった。
ツバサは、ジッと凝視した。
穂乃果は揺らいだ。ツバサが彼女の返答を求めていることに。
現在、穂乃果はμ’sを抜けている。そんな彼女が返答できるはずもない、そう思いこんでいた。
けれど、それは違う。ツバサはμ’sの高坂穂乃果に尋ねているのではない、ただの高坂穂乃果に尋ねているのだ。それに気付かされるのに時間はいらなかった。穂乃果は、ハッと胸を押さえながら気付くと、頭の中で言葉が過った―――やりたい、って言葉が。
多分……いや、それが彼女の答えなのだ。
さっきと同じで、がむしゃらになって導き出した答えの続きなのだ。そしてそれは、彼女の心の中の変化を現していたのだ。
―――ごめんね、みんな……。でもね私、わがままだから……我慢できない子だから……!
殻にヒビが入ったような音が鳴る。それが、再び歩み出す彼女の一歩なのだと―――
彼女は大きく深呼吸すると、真剣な眼差しを立てて、ツバサに迫って言った。
「―――私も! 私も、同じ気持ちです! できることなら、もう一度、ツバサさんたちとライブがしたいです! いっしょに競い合いたいです!!」
透き通った声が、空気を震わせた。
これが彼女の本心、これが穂乃果の願いなのだと。
「ふふっ……あははっ!! さすがね、穂乃果さん。いつもの穂乃果さんだ」
屈託のない笑い声をあげるツバサ。心の奥底から出したような声で、とても満足そうな様子だった。
「ツバサさん……!」
「いいわ、穂乃果さんがそう言ってくれるのを信じていたわ。これでようやく次の目標に向かって行けるわ」
「次の……目標?」
「そうよ。次の目標、それは―――穂乃果さんたちと真剣勝負するってことよ」
「――――っ!」
実に嬉しそうな表情で言い切ったツバサに、穂乃果も思わず笑みをこぼす。久しぶりだ、彼女がこんなに笑う姿を見るなんて。自分でも不思議なくらいに心から楽しくなってきていたのだ。
「―――っと、もうこの辺でお開きにした方がいいわね」
「えっ、どうしてですか?」
「ほら、周りを見てみなさい」
「周り? ……あっ!」
ツバサに指摘され、ようやく現状に気が付く。いつの間にか、2人の周りに人だかりができ始めていたのだ。それもそのはずだ。ラブライブの覇者であるA-RISEのリーダーが目の前にいる、それだけで雑踏ができるのに、そこにμ’sのリーダー高坂穂乃果もいるのだ。必然的と言っても過言ではない。しかも、さっきのライブ映像が流れた後なのだから、より人だかりは強まるばかりだ。
「す、すごい数の人……!」
「これだけ注目されているってことよ、穂乃果さんも」
「わ、私もですか!?」
「そうよ。これは、A-RISEだけじゃない、μ’sのファンもいるのよ。これだけの人たちがアナタたちを待っている、その結果なのよ」
「これが……私たちの……!」
穂乃果は周りを見回した。多くの人の雑音、歓声などが飛び交っているが、誰もがその視線を彼女たちに注いでいた。待ち焦がれているんだ、そう思うと、ますます胸が高まってきた。この想い、今すぐ叫びたい、そんな気分だ。
「それじゃあ、さっさとここから抜け出すわよ」
「え?! できるんですか!?」
「当然。これくらいよくあることだから……さ、ちゃんと私の手を握ってなさいよ」
手を差し伸べられると、穂乃果は、うんと頷いてしっかり握った。絶対に離さないと思いつつ、しっかりと。
「さあ、いくわよ―――」
穂乃果が握ったのを確認すると、ツバサは姿勢を低くして、雑踏の中を突き進んだ。小柄なツバサが群衆の中に生じた隙間に身体を入れると、そこがトンネルのような道となっていく。小さく、素早く行動するのに合わせて道は切り開いていったのだ。穂乃果はその様子を驚嘆しながら彼女のペースに合わせて走り続けたのだ。
「――アナタには! やらなくちゃいけないことがあるはずよ! それをしに、早くいきなさい!!」
瞬間、ツバサの声が臨む。まるで、穂乃果の心の中を読んだみたいに言われた言葉は、滞ることなく融けていく。それは穂乃果の次の行動を指し示すものとなって行き―――
「――はいっ! わかりました!!」
自然と返事をしてしまうのだ。
「――そうよ、それでいいわ。さあ、行きなさい――!」
そう言われたと同時に、光が見えた。道の終わりだ。ツバサは速度を落とすことなく突き進み、通り抜けた。次の瞬間、彼女たちは雑踏から抜け出した。同時に、ツバサは手を放し、穂乃果の背中を押しだした。若干、体制を崩してしまう穂乃果だったがすぐに立て直して走り出した。
「ツバサさん! ありがとうございます!!」
ツバサのそうした行為が嬉しかったのか、彼女は振り向き様に大きく手を振った。ツバサも返すように手を振ると、
「まったく、世話が焼けるわね。あの人もだけど……」
小さく呟いて早々にこの場から立ち去るのだった。
―
――
―――
――――
気付いたら駆けだしていた―――
ツバサと別れた穂乃果は、そのまま家路に向かっていた。何かを急かされているみたいで、息を切らしながら前に進んでいた。
すると突然、スマホが鳴りだす。あわててそれを取り出すと、画面に表示された名前を見て息が止まる。前身の毛が逆立つような驚きと、待ち望んでいたかのような嬉しさに思わず言葉にならない声をあげるのだ。
そして、すぐさま通話ボタンを押すと、その声を漏らすことがないように耳をくっつけた。
「――もしもし?」
彼女にとって、実に一週間ぶりの彼の声だった。
『――聞こえるか、穂乃果?』
(次回へ続く)
ドウモ、うp主です。
原作とは違った展開にさせてみました。本来ならば、ヒフミトリオが登場させて穂乃果を勇気づけることになっていましたが、すでにツバサと接点があるから勢いで登場させちゃおうといううp主の願望がカタチになりました。
他意はないつもりですが、これもまた後のいい展開の布石になってくれそうです。
一方で、風邪をひいてしまいました。
ただいま、朦朧とする意識の中で書いています…。。。
頭、重いですねぇ……早めに寝て治したいと思いますが、今回のように更新速度が落ちてしまうこともあるやもしれません……。
今月中に終わらせられなくって、無念です。。。。
次回もよろしくお願いします。
更新速度は早い方が助かりますか?
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ちょうどいい
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もっと早くっ!
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遅くても問題ない