蒼明記 ~廻り巡る運命の輪~   作:雷電p

158 / 230


第146話





この想いも、この気持ちも、すれ違い

 

 ことりが蒼一の見舞いに赴いたその日の夜。彼女は親友の海未と話をしていた。とは言うものの、電話をかけてきたのは海未の方だ。

 ことりの例の件が心配になった海未は、ついさっきチャットメールを送って確認しようとした。ところが、ことりはそのことを未だに話せてないと返したので、急ぎ通話し始めたのだ。

 話を聞かされてから早一週間が経とうとしているのに進展がない。海未にとっても今後を大きく左右させる話であるのにも関わらずに、だ。それ故に、彼女は焦りを覚え始めていた。

 

 

「まだ、このことを蒼一に話せていないのですか……?」

「ごめん、海未ちゃん……。どうしても言えなくって……」

「大丈夫なのですか? もう残された期間もわずかなのですよ?」

「わかってる……わかってるけど、言えないんだもん……!」

 

 電話越しのことりは、鼻を啜らせ、震える声で言い返す。だが、これで何度目のやりとりなのだろう。海未がことりにそう促してから何日経ったのだろうか。そうやって、歯切れの悪い回答ばかりを繰り返されることに苛立ちを覚えた。

 

 違う、そうではない。海未は決して、ことりに苛立っているのではなかった。

 

 

 ことりのそれに甘んじ、流してしまう海未自身に、だ。

 

 海未は、ことりを叱ることができない。穂乃果や蒼一、明弘に対してはズカズカと怒鳴っていくのだが、どうしても彼女には甘くなる。穂乃果たちはいい加減なとこ、危ないことなどを繰り返す常習者であるので、それを正すために怒りを発する。

 だが、ことりはそうしたことを決してと言いきれるほどしない。逆に、怒る海未をなだめる役を買って出るほどやさしい子だ。唯一あるとすれば、蒼一に過剰に反応するところに呆れるくらいだが、別に怒る理由はない。

 それが何年間も続いたので、自然とことりをどう怒ればよいのかがわからなかった。わからないことには手を出さない性格も相まって、発せられる苛立ちは一周回って自分に返ってくる、ということなのだ。

 

 だから、海未はいま、心の中でこう唱えている―――

 

 

 

――私のせいで、ことりが苦しんでいる、のだと

 

 

 

 とは言ったモノの、何をしたらいいのか彼女自身も分からない。どうしたらことりが話すようになるのかを思い付かない。それだから、彼女は困り果てることりに「次は、必ず伝えましょう」とだけ言い残して会話を終えてしまう。

 結果、以前とまったく変わらない言葉を繰り返す。そこでようやく大きな溜め息を吐いて自身に苛立つ。

 

 

――これでは、また同じことを繰り返してしまうだけです。ここは、私が……

 

 

 この時、彼女が意気込んだこの事が、大きな問題へと続く火種となるとは知りもしなかった………

 

 

 

 

 

――

――― 

―――― 

 

 

[ 音ノ木坂学院・部室 ]

 

 

「風邪、治ったあああぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

 

 風邪をひき倒れてから4日目。全身の熱も体調が優れなかったところも含めて完治した穂乃果は、天真爛漫に叫んだ。

 

 ただ、耳をつんざくような声だったので、その場に居合わせたにこに叱責される。風邪をひいていたとは思えないくらいだ。けれど、穂乃果が元気で帰ってきたことに、にこを始め全員が喜んだ。やはり穂乃果がいないと始まらない、そう思い合える仲間意識が彼女たちの中に根付いていた。

 

 

「さてと、穂乃果も戻ってきたし、いずみさんからの自粛期間も解けたことだし、ぼちぼち練習再開といきますか!」

 

 蒼一の代わりに立つ明弘は、気持ちの切り替えを促す。すると、それに疑問視するように穂乃果が尋ねてくる。

 

「ねえねえ、自粛期間って何?」

「あー……穂乃果には伝えてなかったなぁ……」

 

 “自粛期間”――この言葉に、ただ単純に気になってしまった穂乃果は、口にした明弘に聞いたのだ。だから、明弘は単に受け答えるような気持ちで返した。

 

 

「穂乃果がライブで倒れたのを見て、いずみさんから注意が入ったんだよ、『生徒に無理させてまで活動を行わせるようにとは言っていません』ってね。それに大会運営からも注意が入ったのも合わさって、『しばらく自粛して部全体で反省するように』ってことで昨日まで活動停止してたわけさ」

 

 穂乃果たちのライブが中断して以降、明弘は蒼一の代わりにRISERとして大会運営に従事していた。その際、誰よりも先に真田会長から注意と失格の件を伝えられ、続いていずみから自粛の指示を受けたのだ。

 これらすべては事実。いずれ、穂乃果にも嫌でも耳にするだろうことだったため、包み隠さずに話したのだ。それに、その自粛期間も取れたことだし何も問題ないだろうと踏んでいたからだ。

 

 

 

――が、これが思わぬ落とし穴となった。

 

 

 

「そう……なんだ……。穂乃果のせいで……μ’sを……みんなに迷惑かけちゃったんだね……」

「穂乃果……?」

 

 瞬間、穂乃果の態度が一変したことにこめかみが揺れる。ついさっきまで、にこにこと晴れやかに笑っていた彼女が、一瞬にして曇天が立ちこむような暗い表情を浮かばせたのだ。その異変に彼が気付かないはずもなく、嫌な予感を脳裏に過らせ始めた。

 

「穂乃果が悪いわけじゃないわ。あなたに負担をかけ過ぎた私にも責任はあるわ」

「えりちの言う通りやで。穂乃果ちゃんだけの問題やない、これはμ’s全体の問題なんや。それに、今回は穂乃果ちゃんがそうなってもうたけど、あの時正直限界を感じていたのはウチも同じやったんやで」

「希…ちゃん?」

「ウチ、元々体力とかそんなにないやろ、なのに練習ではかなり必死やったんよ。キツイ練習でもうヘトヘト。でも、ウチがみんなの足を引っ張るわけにはあかん。ラブライブに出て、この学校を存続させるためにって、気ぃ張っとったんや。それは多分、みんなも同じなんよ」

「希ちゃん……」

 

 希はそう話した。綻んだ表情を浮かばせて、けどどこか寂しそうな気もして。穂乃果が自分を追い詰めていることを察した希は、穂乃果を励まそうとする。穂乃果ちゃんを落ち込ませちゃあかん、そう考えた結果の答えだった。悩んでいる仲間がいれば助けたい、手遅れになる前に……かつて親友を危険な目に遭遇させてしまった反省から出た言葉だった。

 

 

 すると、希の話の直後、飛び掛かるように近付いたにこが穂乃果の頬をつねった。

 

「いたっ…! いたいよ、にこちゃん!」

「な~にしょぼくれた顔してんのよ! あんたはμ’sのリーダーなんだから、もう少しシャキッとしなさいよ!」

 

 餅のように伸びた頬から指がとれ、赤くなったところを痛そうに擦る穂乃果。そんな彼女に、にこは真剣な表情を見せた。

 

「いい? あんたはアイドルなんだから体調管理はちゃんとしておくものなのよ。それを怠った穂乃果が悪いのは確かよ」

「にこ! 何も直接言わなくても!」

 

 絵里と希が穂乃果の失態を何とか切り離させようとしているのに、にこは逆のことをしたのだ。これには絵里も焦って声を上げる。だが―――

 

「でもね! 一度失敗したらやり直せばいいのよ。チャンスは一度きりじゃない、次がある。その次のチャンスに向けていま頑張ることが大事なのよ!」

「にこちゃん……」

 

 ぷいっ、と穂乃果から顔を背けるにこ。これは不器用な彼女なりの励まし方なのだろう。よく見れば少し顔を赤くさせていた。

 

「にこちゃん照れてるにゃぁ~♪」

「う、うっさい!!」

 

 相変わらず照れ隠しが苦手なのだが、そういう不器用なところを含めて憎めない人なのだ。彼女たちのそんな姿を見て、話を聞いて少し元気が湧いてくる。心に余裕ができ始めてきたのか、わずかばかりだが嬉しそうに微笑んだのだ。

 

「ありがと、みんな…」

 

 ぽつり、と小さく呟いた。

 誰にも聞こえないだろうと発せられたようだが、何人かは耳を澄ませて聴いていた。明弘もその一人で、不穏な空気が消えていくのを感じて、ほっと一息吐いた。

 

 

「しかし、次のチャンスはどこにありましょうか? 事実、ラブライブは終わりましたし、次のライブなどは決まってないはずですし……」

 

 顎に指を添えて思考する洋子がつい口から零した。実際、ラブライブが終わってからのμ’sの予定は考えられていない。そもそもラブライブを目指していたので、それが無くなったいま、何を指標としたらよいか明確になっていなかった。

 

「そんなこともあろうかと、蒼一からちゃんと指示をもらってるんだぜ。」

 

 すると、さも待っていたかのような笑みを浮かばせる明弘が、彼女たちに向けてあることを提示したのだ。

 

「今度、夏休み最後の学校説明会が行われるんだ。そん時に、お前たちにライブをしてほしいそうだ。ラブライブに出場したグループってだけでも箔が付くんだ、ここで成功すれば廃校阻止は確実と言っていいだろうよ」

 

 明弘の提示に、その場に居合わせる彼女たちの目に、再び火が付いた。彼女たちの目標である廃校阻止。そのライブが、事実上最後のチャンスであると察したからだろう、全身から力がみなぎってくるように見えるのだ。こうして明確な目標を掲げることで、彼女たちの意識を繋ぎ止めるのが彼に出来ること。蒼一が帰ってくるまでの辛抱だと、彼は自身に言い聞かせた。

 

「行う楽曲はすでに決めたぜ。ラブライブで披露したのと、その予定だったヤツの2曲だ。あん時、やりきれなかったことを全力でぶつけてやれ。それがお前らのリベンジだと思えよ!」

「うん、わかったよ弘君! 今度こそ穂乃果は成功して見せるからね!!」

「よし、その意気だぜ! それじゃあ、この調子で頼むぜお前ら!」

 

 いまの一言で、穂乃果のやる気を完全に取り戻せたと、明弘は確信した。絵里たち3年生らの働きも功を奏し、彼女が前向きになってくれて、ようやく安心する。後は、それを引き摺ることがないようにと願うばかりだった。

 

 

 気持ちを切り替えさせて、練習を始めようと意気込んだ矢先のことだった―――

 

 

 

 

「ちょっと待ってもらえませんか」

 

 突然、澄んだ声で語りかけられたので、つい身体が反応してしまう。振り返った明弘は、よく知るこの声の主に顔を合わせた。

 

 

「どうした、海未?」

「明弘に……いえ、ここにいる全員に伝えなくてはならないことなんです」

 

 彼が彼女を見た時、とてもじゃないが気分の良い顔ではなかった。何と言うか、全体的に暗い。まるで、悪いお知らせを告げに来たかのような、そうした雰囲気を出していたのだ。しかし、それはあくまで予想だ、そんなはずはないだろうと、悪い予感を頭から排除させた。

 

 だが、彼女が見せたわずかな沈黙が、彼に動揺を与えるのだ。それだけじゃない、海未の後ろに控えていることりもまた、同じような顔を見せて俯いているのだ。

 そう言えば、この2人はさっきまでどこにいたのだ? みんながやる気になる中で、声を上げていただろうか?

 いや、違う。あの2人は加わっていない。彼女たちはずっと、部屋の隅で黙り込んでいた。それを彼は、一瞬だけだが見ていたのだ。いつ言おうかと考えているようにも見えなくもなかったが、彼はそれを気にも留めなかった。

 

 そして、この見落としが最悪な事態を引き起こすこととなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ことりが―――今度、留学することになりました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「は…………?」

 

 

 それは、あまりにも突然のことだった。

 彼らは自分たちの耳を疑った。海未の口から出た言葉が信じられなかったからだ。

ありえない……まさか、このタイミングでそんなことを聞かされるなんて、誰が思っただろう。次の指標が掲げられ、一斉にそれに向かおうとしているのに、出鼻を挫かれるようなことがあるだろうか。

 

 

 まさに、最悪の瞬間に、最悪が訪れたのだ。

 

 

「すまん、海未……意味がわからないな……。留学……? ことりが……? そ、そんなわけ、ないだろ……?」

 

 状況把握が難しいほど激しく動揺する明弘は、何かの冗談だろ、と願うばかりに尋ねる。が、彼女が見せる表情は暗い一方で、首を縦に振ろうとしない。逆に、難しい表情になっていき、冗談という言葉が遠ざかっていった。

 

「ことりは……留学することになったのです。7日後に日本を発ちます……」

「7日後っ……?!」

「そんなっ! 早すぎます!!」

「たった一週間なんて、あっと言う間じゃないのよ!」

「それだけじゃねぇ……その7日後に、その説明会が、ライブがあるんだぞ……まさか、それに出ないまま行く気なのか……!?」

 

 海未はもう一度、ハッキリと聞こえるように伝えた。さらに、その日程が提示されると、ようやく沈黙していた彼女たちからの反応が表れる。さらに提示された日程と言うのが、不運なことに、この学校の運命を決める日だったのだ。

 

 

「前から、服飾の勉強を本格的にしたいって思ってて……それをお母さんに相談したら、お母さんの知り合いの学校の人に、来てみないかって……。ごめんね……。もっと早く話そうと思ったんだけど……」

 

 海未の影に隠れていたことりは、その口で説明する。けれど、その何とも言えない弱々しい語り口は、聞くに堪えられるものではなかった。

 

「ラブライブでまとまっている時に話すのはよくないと、ことりは気を遣っていたのです」

 

 海未の話を聞いて、ことりの異変に気付いていた何人かは合点を得た表情を見せる。しかしだが、納得できるものでもない。

 

「行ったっきり、戻って来れないのね……?」

 

 絵里の問いを聞いたことりは、ゆっくりと、ただ黙って頷く。そして、俯き様に悲しそうな顔を見せる彼女は、震える唇で答える。

 

「高校を卒業するまでは……多分……」

「…………っ!!」

 

 その答えは、実質μ’sを辞めると言う意味。それも、永遠に、だ―――

 同時にそれは、彼女の感情を壊す一言でもあった―――

 

 

 

「……どうして……どうして、言ってくれなかったの……?」

 

 穂乃果だ。

 いままで、ずっと黙って幼馴染たちの話を聞いていた彼女が立ち上がった。硬い表情――まるで、納得いかないと訴えているようだった。いや違う、本心から納得できていないのだ。

 蒼一と明弘、ことりや海未と幼い頃からずっと共にいた幼馴染であり、何より親友である。だからこそ、納得がいかなかった。

 

「ですから、それはラブライブがあったからで……」

「海未ちゃんは知っていたんだ……」

「………っ」

「蒼君はこのこと知ってるの……?」

「し、知らないよ……蒼くんにも話してないから……」

 

 その時、穂乃果の目元がわずかに動いたのが見えた。明らかにおかしいと感じたのだろう。そういった話ならば、真っ先に蒼一に話をするはずだと、思っていたからだ。しかし、実際ことりは、蒼一はおろか、明弘にも、そして穂乃果にも話をしなかったのだ。

 ただそれを聞いていたのが、海未だけだった――それが彼女の内に強く引っかかったのだった。

 

「どうして言ってくれなかったの……? ライブがあったからって言うのはわかるよ……でも! 私と蒼君と弘君と海未ちゃんとことりちゃんは、いままでずっと一緒に……!!」

 

 穂乃果はことりに近付くと、その手をギュッと掴んだ。力強く、離れないように。どこかに行くことを恐れるみたいに。

 穂乃果は瞳を潤わせながら大好きな親友に尋ねる。十何年という長い間、ずっと一緒にいた親友であるのに、教えてくれなかった。相談してくれなかった。その理由が知りたかったのだ。

 

 

「穂乃果……」

「ことりちゃんの気持ちもわかってあげないと……」

 

 絵里と希は、穂乃果にことりのことも理解してあげてと、諭そうとした。だがしかし、

 

「わかんないよ!! わかんないよそんなの!! だって、いなくなっちゃうんだよ!? ずっと一緒だったのに、離れ離れになっちゃうんだよ!? もうみんなと一緒にいられなくなっちゃうんだよ!? なのに……!!」

「穂乃果……」

 

 穂乃果のくぐもった叫びが、希の声を遮る。無我夢中に、その手をしっかり握り締めて。

 そんな切なくも聞こえる声が、幼馴染である彼の胸に痛く刺さった。離れてしまう悲しみ、いなくなってしまう恐怖が………

 

 

 

 

 

「……何度も、言おうとしたよ……」

「……えっ?」

 

 穂乃果の必死の呼びかけに、重い唇が開く。

 

「でも、穂乃果ちゃんも蒼くんもライブをやるのに夢中で……ラブライブに夢中で……。だから、すべてが終わったらすぐ言おうと思ってた……! 相談に乗ってもらおうと思ってたよ……! でも、あんなことになっちゃって……蒼くんも()()()()()()()()()……」

「ッ……!」

 

 

 その刹那、穂乃果の脳裏に過った。

 

 ラブライブでの出来事を―――。

 そして、蒼一のことを―――。

 

 

「聞いてほしかったよ……! 穂乃果ちゃんと蒼くんには、一番に相談したかった……! だって! 蒼くんは私の初めての友達だよ! 穂乃果ちゃんも私の初めての親友なんだよ! なのに……なのに……! そんなの……、当たり前だよ!!」

 

 ことりは強く叫ぶと、穂乃果のその手を振り払い、走り去ってしまった。

 

「あっ……! ことりちゃん……!!」

 

 穂乃果は、ことりを追いかけようとするが、走れなかった。脚に力が入らなかった。身体が思うように動かなかった。様々な要因が彼女を押し止めさせたのだ。

 何より、彼女の心に深く突き刺さったものがあった―――

 

 

 

「ずっと、行くかどうか迷っていました……。いえ、本当は行きたくなかったのだと思います。ずっと、穂乃果と蒼一のことを気にしてて、穂乃果と蒼一に相談したら何て言われるかと、そればかり……。黙っているつもりはなかったんです。本当にライブが終わったら、すぐ相談するつもりだったんです。わかってあげてください……」

 

 海未は、申し訳なさそうに、ことりの気持ちを代弁する。実際、ことりの相談に乗っていたのは海未だ。けれど、それは名ばかりなもので、明確な答えを与えられなかった。結局、何もできなかった。穂乃果にはこう言うが、本当にわかっていなかったのは自分だったのだと……。

 何もできなかった不甲斐無さに、手首を強く握りしめた。

 

 

「ねぇ……弘くん……。ひとつ、聞いてもいい……?」

 

 呆然と、ただそこに佇んでいた穂乃果が声をかける。明弘は少し躊躇うが、それでもすぐに反応を示した。

 

「な、なんだ……?」

「蒼君は……どこ……?」

「………ッ!!」

 

 瞬間、彼は心の中で、しまった、と叫ぶ。穂乃果には隠しておこうと決めていたことが、不幸にもことりの口から聞いてしまった。蒼一がいま、どんな状態に陥っているのかを……。それを、いまの穂乃果が聞いたらどんなことになるかは、容易に想像できる。

 

 はぐらかすことは可能だ。けれど、穂乃果のあの目を騙すことはできないと理解させられる。彼は隠すことを諦めるも、慎重な言葉遣いで伝える。

 

 

「蒼一は……穂乃果が倒れた後に風邪をひいた。いままでの無理が祟ったんだと思う。いまは安静にさせて休養をとらせている……」

「そう、なんだ……」

 

 明弘は事実を述べた。それに対しての彼女の反応は、非常にか弱く、いまにも崩れてしまいそう。

 ついさっき取り戻した元気は、ろうそくの火を吹き消されるように刈り取られた。やる気を完全に失ってしまったのだ。

 

「ごめん……私、帰るね……」

 

 ふらっと、風に揺られるように身体を動かすと、彼女はこの場を去った。その力の無い後ろ姿は、悲惨で見ていられない。あんな姿になった穂乃果を誰も見たことがなかった。

 

 彼女が去ったことで、彼女らは解散する。練習どころの問題ではない、誰もがそう判断したからだ。そして、明日はどうなるのだろうかと、思い悩みながらそれぞれの家路に向かうのだった。

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 

 一方――――

 

 

 

「くそっ!!! どうしてこんなことになっちまったんだ……! アイツらの異変くらい、前から察知していたはずなのによぉ……どうして反応してやれんかったんだ……! 蒼一や穂乃果が相談できなくても、俺にだったらできたはず……! そしたら、こんなことには……!」

 

 今日の練習が解散に終わった後、彼はただひとり部室に残って叫んでいた。未然に防げたはずのことを防げなかったことに負い目を感じ、やるせない気持ちを吐きだしていたのだ。

 

 そして、ここにはもうひとり、居残っている人がいて……

 

 

「明弘さん……」

 

 洋子だ。

 彼女はひとり残る彼のことが心配になって、ともに残っていた。けれど、何かするわけではなく、自暴自棄になる彼を、ただじっと見つめてあげることしかできなかった。

 

 

「洋子は……知っていたのか……?」

「はい……海未ちゃんと同じくして聞いていました。すみません、お役に立てなくって……」

「いいんだ、洋子のせいなんかじゃねぇよ……」

 

 気遣うように声をかけるのだが、決してやさしい様子ではない。なんとか怒りを抑えているといった感じなのだ。

 

 

「わかっていたさ……穂乃果が無茶してるとこや、蒼一が変わらず過度な負担を背負い続けてることも……。俺は結局、アイツらのために何もしてやれねぇんだ……」

 

 顔を両手で覆い、どうすることもできない状況に、苦しむしかない。彼が背負ったものは、相当に辛いモノに他ならなかった……

 

 

 洋子は、傷付く彼の背中を、ただ眺めることしかできなかった。

 

 

(次回へ続く)





ドウモ、うp主です。

背中の痛みに悩まされうp主です。


さて、今回の話でかなりぶれてます。穂乃果が。
原作の方を知っている人ならばどんな展開になるのかわかると思いますが、こちらも久しぶりに原作重視気味にしていこうかと考えています。

と言うことで、次回も重くなるよ!(震え


次回もよろしくお願いいたします。


今回の曲は
ChouCho/『かみつれを手に』

更新速度は早い方が助かりますか?

  • ちょうどいい
  • もっと早くっ!
  • 遅くても問題ない

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。