第145話
彼が見舞いから去ると、穂乃果はひとり、パソコンを開いてめずらしくニュース記事を読んでいた。
目が覚めてからいまに至るまでの間、ずっと頭から離れられなかったあることが彼女を突き動かしていた。
「これだ……」
ニュースサイトの『本日のトピックス』に記載された項目から、彼女が知りたがっていた記事を1つ取り上げる。中を開き、その記事の見出しにはこう書かれていた―――
“ラブライブ初代覇者―――A-RISE!!”
つい数時間前に、あの会場で結果が発表され、その授与式の様子が写真として収められていた。記事には他にA-RISEの優勝インタビューが記載され、中でもリーダーである綺羅ツバサのメッセージはどの文章よりも栄えて見えた。
だがその一方で、『μ’s』の文字だけが見つからなかった。記事の隅々を眺めても見つからなかった彼女は、記事に貼られた大会のリンクに飛んで掲載された結果を眺める。
優勝者『A-RISE』
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その次に、準優勝、特別賞などと様々な結果が映る中、最下部に彼女たちの名前をようやく見つけたのだ―――
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失格『μ’s』
――と。
「……うっ……うぁぁぁ………うわぁぁぁぁぁぁぁぁ…………」
現実を突き付けられた穂乃果は、再び泣いた。喉を痛めて強く張り裂けるようにはできないため、むせび泣くように、地を這うかのような悲愴を上げるしかなかった。声に出してもこの悲しみは消えることはないだろう。
「穂乃果のせいだ……穂乃果のせいで、蒼君の思いを……みんなの思いを………」
何もできない喪失感に駆られ、ただ泣くことでしかできない彼女。その姿を彼女は不快に感じ、また自らの行いを責め立てていく。
嘆き悲しみ、悲痛のどん底に突き落とされた彼女を、誰も慰めることはできなかった――――
一方――――
ドサッ――――――
「……はぁ……はぁ………、どうやら……とうとう俺にも、ガタがきちまったようだな……」
穂乃果のところから帰ってきた蒼一は、早々に倒れ込んだ。額からは滂沱の汗を垂れ流し、口からは白い蒸気が出るほどの熱い吐息を漏らす彼は、疲弊しきった身体を壁にもたれさせる。
「……終わっちまった、な……すべて……俺の仕事も、これま…で………」
目を虚ろに暗がりの中をただ呆然と眺めながら、彼は静かに瞳を閉じた。ゆっくりと沼に沈んでいくように、彼は眠りに就いた。
彼にとって、この夏は激動の連続だった。大きくうねりを上げる高波をひとりで受け止めるような重責が常に彼を襲っていた。平然と立ち振舞っているその陰で、その重責は着実に彼の中で蓄積、それがとうとう限界を迎えたのだ。
再び目標を失ったことで、彼を支えていた気力は事切れてしまった。
だが、彼の顔には、もう後悔の様子は見られない。むしろ逆で、やりきったような満足感が見られたのだ。その理由はどこから来ていたのか、とんと見当もつかなかった………
―
――
―――
――――
それからまた日は昇り、翌日となる。
蒼一が風邪でダウンしたという連絡が穂乃果を除くメンバー全員に通知された。
送り主は、明弘。
朝、いつものように蒼一の家に行くと、彼が玄関にて倒れているのを発見した。すぐに救急車で病院に運ばれると、ただの風邪だと診断されたそうだ。特に問題ないだろうと言われたため、そのまま蒼一を家に戻して、現在寝かせている、といった現状である。
明弘から通知が送られると、彼女たちは全員揃って見舞にやってくる。が、案の定、静寂に満たされていた彼の部屋は、一瞬にしていつもの騒がしい空間になる。彼を心配すると言うより、彼の許にずっといたいと言う気持ちの表れがあったからだろう。看病する明弘はそれを呆れた様子で眺め、目覚めた蒼一はやさしい眼差しで見守るのだった。
これが、午前の出来事―――
そして午後には、別の光景が見られることとなる―――
「―――着いた」
澄ました顔でちょこんと家の前に立つ彼女。彼のことが心配になった南ことりはこの時間も来ていた。薄いライトグリーンのやわらかなワンピースに風に揺れる白の帽子。見るに愛らしく、清楚な姿恰好なので、今日のような夏日にはもってこいだった。
ただ少し、何か思いつめている様子が伺える。
「蒼くん、また倒れたって聞いたからとても心配しちゃったけど、ただの風邪でよかったぁ。でも、まだ心配……蒼くん、ことりの知らないところで無茶するから……」
ことりの言う通り、風邪で済まされたのはよかった方だ。過去に彼は、大きな負債を抱え込んで体調を悪くさせてしまった経歴が残っている。だから、今回もそれではと心配するのも無理もない。ましてや、そのすべてを見てきたことりにとっては尚更だ。
ただ、ここ最近は彼女でも知りえないことが多い。彼がRISERであったことを始め、それ故に大きな傷を抱え込んだことも。だがそれは、同時に彼女の心にも暗い影を落とす原因にもなる。ましてや、穂乃果と同じく幼馴染で彼のことをよく知っていると自負する彼女もまた同様なのだ。
「ううん、いけないよ! 悪いことばっかり考えちゃ、ダメだよ! 今日は蒼くんのために頑張るって決めたんだから、暗い顔しちゃ困らせちゃうよね!」
彼女がここに来たのは、無論、彼を看病することだ。彼の彼女でもあり、彼のことが好き過ぎるのだから、たった一回の訪問で終わるはずもない。彼女は、彼が好きであろうリンゴを何個か袋に入れていた。さしずめ、彼のために食べさせてあげようかと考えているのだろう。
その一方で、何か思い詰めるような表情を浮かばせている。
「……伝えた方が、いいよね……? やっぱり、蒼くんに聞かないとダメかもしれない……」
ギュッ、と胸元に小さな拳をつくり、決意を示した。
彼女がこんなにも真剣になるのはめずらしい。彼女をそうさせてしまうほどの大事なことが、話されるのだと思われた。
「そ~くぅ~ん、入るよぉ~?」
彼女はおもむろに玄関の扉を開けて、いつものように中に入った。すると、彼女の目に飛び込むものがあった。
「あれ……? 蒼くんじゃない靴がある……。誰か、来ているのかなぁ……?」
床に目を向けると、見るからに女の子の靴が揃えられていた。彼を見舞う先客がいることを考えていなかったわけではないが、本当にいることに一瞬眉をひそめる。「ことりと一緒にいる方が嬉しく思ってくれるはずなのに…」と小さく口を動かし、やや不穏な気持ちを抱くのだ。
彼女は靴を脱ぎ、整えることなく彼のいる2階の部屋に向かった。彼と一緒にいるのは誰なのか、気になって仕方なかった。
焦燥感に駆られる彼女は、彼の部屋の前に来ると、中から彼と隣にいる子の笑い声が聞こえてきた。ことりはそっと扉の隙間から中を覗いてみると、そこには彼のベッドの横に座る真姫の姿が―――。
――真姫ちゃん……!
真姫を一目見たことりは動揺した。
ことりは誰かが来ているだろうとは確かに予想はしていた。こういう時真っ先に来るとしたら穂乃果だ。だが、その穂乃果も風邪でダウンしているから他にこの時間に来るのは以内と高をくくっていた。
が、彼女は失念していた。
穂乃果とことりと同等に、彼のことを好き過ぎて堪らない人物がもう一人いることに………
それが、真姫なのだ。
彼女の蒼一に対してのベタ惚れ具合はことりもよく知っていたはず……。しかし、立て続けに起こった不運な知らせが彼女の思考を弱まらせてしまっていた。結果、彼女の中に、真姫の存在は無かったのだ。
「……真姫ちゃん……なに、話してるのかなぁ……?」
身体をできるだけ近付け、聞き耳を立ててみることに。
「――御馳走様。おいしいお粥だったぞ。また一段と腕を上げたな、真姫」
「ウフフ、そうでしょ? 蒼一に喜んでもらえるように、って頑張ったのよ? 毎日ご飯を作ってあげてもいいのよ♪」
「それはありがたいが、さすがに真姫に悪いさ。こんな身体でもそれなりに家事はできるし、無理しなくてもいいんだぞ?」
「あら、私は家事全般もやってあげようかと思ったのよ? 将来のあなたのお嫁さんとして♪」
「おいおいおい、どうしてそうなるんだよ? 結婚とか考えちゃいないのに……」
「善は急げ、って言うじゃない? だから、早めに蒼一の御両親に挨拶して、婚約を決めてもらわないと♪」
「……展開がかなり飛躍し過ぎて頭が痛くなってきた……」
「それは大変ね。なら、いまからこの私が、蒼一だけの看護婦になってあげるわよ? 花嫁修業の一環だと思ってね♪」
「看病から始まる花嫁修業とか、ドラマの見過ぎじゃね……? というか、そこまで望んでないから……」
「そう……なら、ナース服じゃないとダメかしら?」
「俺の話、聞け。な……?」
「大丈夫よ。ちゃんと、処理もできるよう勉強したから♡」
「処理って何ッ!? 何か、いかがわしい匂いしかしないのだが……」
蒼一と真姫の談笑。
いろいろと軌道がずれ込んだ話をしているが、彼の表情は豊かだ。おどける真姫にたじろぎ、困り果てて、なのに、嬉しそうだ。張り詰めたことばかりを自分に科していた蒼一からこうした表情を見るのはいつぶりだろうか。
「蒼くん……なんだか、嬉しそう……」
彼のその姿を見るのはことりにとっても嬉しい、嬉しいのだ―――。なのに、彼女の心に積もるのは虚しさだった。
「蒼くんのその笑顔は、ことりがあげるつもりだったのに……蒼くんを楽しませるのは、ことりだったのに………
蒼くんは……コトリダケノモノナノニ………」
その刹那、彼女の瞳から光を失いかける。理性にも大きな波が生じ、危うく自分を見失いかける。
「はっ……! だめだめだめっ……!! また蒼くんに迷惑をかけちゃうことはしたくないの……! もう、誰かを傷つけることもしたくないの……」
自我を抑えたことりは、その場でしゃがみこむと塞ぎ込むように身体を丸めこめた。荒れる理性を表に出したくないのだろう、あの日の当事者である彼女にとって思い出したくない記憶が過るのだ。
あの日の自分にはなりたくない。そう思う一方、その心境の振幅はあの日と同様に大きい。ことりの精神的支柱であった穂乃果と蒼一が立て続けに倒れたことが彼女を弱くさせるのだ。さらに、人生の岐路とも呼べる選択を迫られている現状ではなおさらだったのだ。
「やっぱり……ことりじゃなくって、真姫ちゃんの方がいいのかなぁ……」
自分を硬く立てさせることのできない彼女は劣等感ばかりを抱いてしまう。自分でも抑えが利かなくなるほど、自分がわからなくなるくらいに。
「――何してるのよ、ことり?」
「ぴやあっ?! ま、真姫ちゃん!??」
突然、真姫が彼女に声をかけてきたことに慌てふためいた。周りのことに気を留めていなかったため、真姫が近付いていたことに気付かなかったのだ。
「なに花陽みたいな声をしてるのよ……」
「だ、だってぇ~真姫ちゃんが急にやってくるんだもぉ~ん! びっくりしちゃったんだからぁ~!」
「そ、それは悪かったわ……で、ことりも蒼一のお見舞いに来たんでしょ?」
「えっ、あっ、そうだけど……」
「なに遠慮してんのよ。逢いに来たのならさっさと行きなさいよ」
心の準備ができていないことりは、半ば無理に真姫に引っ張られて部屋に入った。どうしようと、頭の中をこんがらせることりは、この後の行動を考える余裕がなかった。
そして、彼女が彼の前に立つと、異常なほどの胸の高まりに全身を揺らした。彼が放つ、彼女を眺める視線。そのやさしく温かく迎えてくれる、いつもと変わらぬ姿に見入ってしまう。彼女の中で失いかけていた支柱が、その時だけ硬く立ち、支えるのだった。
「どうした、ことり? 見舞いに来てくれたのか?」
「あっ、う、うん、そうだよ。蒼くん、リンゴ好きかなぁ~って思って持ってきたの」
「それはありがたい。ちょうど、食べたいと思ってたところだったんだ」
「よかったぁ、そう言ってもらえて持ってきた甲斐があったよ。それじゃあ、包丁とお皿借りるね。どこにあるかなぁ?」
「あー、それはだなぁ……」
「いいわよ、蒼一。私がことりに教えるから大丈夫よ」
蒼一が無理に立ち上がろうとしたので、真姫はそれを制止させるかのように名乗り出た。それに対して蒼一は、任せるよ、の一言をかけて真姫たちを行かせた。
2人は下に降りて台所に向かうと、ついさっき蒼一に食べさせていたお粥の食器を流しに置きながら、器用にこの家の包丁と食器を取り出しことりに手渡した。それを見たことりは思わず声にして褒めるのだ。
「これでよかったかしら?」
「う、うん。すごいね、真姫ちゃん、いろいろ知ってるんだね」
「それは……まあ、何やかんや言って、一か月もこの家で暮らしていたからね。記憶が曖昧でも、身体は覚えているのよ」
「そっか、そう……だよね………」
真姫が話したそれは、蒼一との同棲生活のことを指していた。そのことはことりも知らないわけではない。だから、真姫の行動に合点がいくのだが、同時に複雑な気持ちが込み上がる。
――真姫ちゃんは、蒼くんと一緒に暮らしてた……それも一か月も……。ことりはそこまでしてもらえたことがないのに……羨ましい……。
わかってる、わかってるよ……。でも、わかっちゃうと何だか悲しくなっちゃう……。真姫ちゃんの方がよっぽどいいのかも……。
思い募らせる感情がこじれ、自らを卑下してしまいがちになる。
そもそも、自らを誰かと照らし合わせられることをあまり好んではいない。誰かと比べられることに自信がなく、対象と重ね合わせられると自身の弱さを真っ先に見つけてしまいがちになる。それが彼女の弱さであり、コンプレックスでもあった。
そしていま、ことりは自分を重ね合わせた。真姫と――。彼と釣り合うのはどちらかを。
そうして導き出された答えを胸に、ことりは真姫に語りかける。
「真姫ちゃん、ことりの代わりにこれ持ってって」
「え、どうして私が?」
「真姫ちゃんの方がいいよ。その方が蒼くんも喜ぶと思うし」
「何を言ってるのかわからないんだけど……」
ことりはリンゴを取り出しては真姫に差しだした。いきなり手渡されそうになるのだから、当然真姫は驚いた様子を見せるのだ。
けれど真姫は、出されたリンゴを押し返した。
「ことりが行きなさい。ことりが持ってきたんだから自分で渡しなさい!」
「やー! 真姫ちゃんじゃないとダメなのー!」
「子供みたいに駄々こねないでよ! 私、このあと用事があるから帰らないといけないのよ。だから、責任もってやって頂戴よ!」
押し付けるように言ってくることりに、かなり困惑しつつも逃げるように言い聞かせようとする。ことりはと言うと、真姫の私用に口をはさめるほど強くはないためについ引いてしまう。
押そうとも押し通せない弱さも彼女にはあった。
「なんだか、今日のことりは変よ? あんなに蒼一のことが好きなのに、逃げるような姿勢をして……」
「好き! だよ……好きだけど……」
「煮え切らない感じね、やっぱり変よ」
真姫から見てもことりの様子はおかしく見える。いつも見ているのだから、その違いが明白に映ればなおさらだ。
すると、ことりは重い唇を動かすとこう語った。
「私、真姫ちゃんのことが羨ましい」
「何よ、いきなり?」
「真姫ちゃんは歌もうまいし、素敵な曲も作れる。お料理もできて、家事もできるし、蒼くんのことをよくわかってる……」
「前半は確かにそう思うけど、後のはことりもできるでしょ?」
「ううん、違うよ。全部、真姫ちゃんにしかできないことだよ。だから、すごいと思うし、羨ましいなぁって思うの……」
真姫には、ことりの言わんとしていることがよくわからなかった。こんなにも自虐的な視線を送りながら話をすることりは初めてで、どう返したらよいかと悩んでしまうほどに。
ただひとつだけ理解できることがあるとすれば、ことりがおかしいと言うことでしかなかった。
「ことり。あなたがいま、何に悩んでて何を考えているのか何てわからない。でもね、ことりがそう言うのなら、私だってことりのことが羨ましく思うわよ」
「ことりの? ことりにそんなところないよ……」
「あるんだから言ってるのよ」
「それって、どこら辺なの……?」
「それは……あっ、もう時間だわ。悪いけどまたの機会に話すわ。それでもいいかしら?」
「う、うん……忙しいもんね。ことりは大丈夫だから……」
真姫は時間を見て話を途切らせると二つ返事をした。洗った食器を立てかけると荷物を手にしてそのまま家を後にした。
その時、彼女の胸元で光るネックレスを見て、「やっぱり、羨ましいよ…」と静まり返る部屋の中で呟くのだった。
―
――
―――
――――
「――うん、おいしいよ、ことり」
「うん、ありがと、蒼くん♪」
蒼一はことりが切ったリンゴを一切れ口に頬張り深く味わっていた。
真姫が帰ってから、ことりは渡された食器と共に蒼一の許に行き、その場で切り渡していた。器用な手先をうまく使いながら、等分したそれにひと工夫させてウサギの形に象らせた。その丁寧な仕上がりを見た彼は、当然のことながら彼女を褒め、彼女もまた嬉しく受け止めていた。
ただ、その心境は未だにモヤモヤさせており、割り切れない思いも残っていた。
「蒼くんは……真姫ちゃんをお嫁さんにしたい?」
「ブフッ!! ちょっ、何を急に!? もしかして聞いてたか?」
「うん……さっき、こっそり聞いてた……」
「そ、そうか……参ったなぁ……」
突然、ことりからそんなことを聞かされたので思わず吹き出してしまう。蒼一は何かの冗談かと思ったのだが、ことりを見てそうではないのだと察して頭を抱えた。あやふやな答えはできない、そう感じると少し悩んでから答えた。
「正直、考えていない。いまは、な。いずれそうなる日が来るのかもしれないが、選ぼうにも選べないだろうな」
「どうして?」
「どうしてって、それは俺には、ことりがいる。それに、穂乃果だって海未だっている。8人もの彼女をつくってそこからひとりだけを選べってなったらさ、到底選びきれないだろうよ」
「ことりが……! そう言ってくれると、なんだか恥ずかしいなぁ」
「聞いてきたのはことりなのになぁ。けどまあ、いまは現状で満足しているんだけどな。お前たちがいて、こうして見舞いに来てくれるだけで十分に嬉しいのさ。俺にとってはいまが一番なのかもしれないな」
頬を少し掻きつつも彼なりの答えを導き出した。聞いてきたことりは、彼のその言葉にやや照れくさそうに顔を赤らめる。なんとも彼らしい答え。その上、ことりたちのことを想っている言葉をかけるので彼女にとってはこの上ないものだった。
顔を赤らめて喜ぶ彼女を見て、彼も嬉しそうに微笑むが、その言葉の意図を探っていた。彼女のいままでのことを振り返った上で導き出したものを持って聞き返す。
「何か、悩みごとでもあるのか?」
すると、ことりは飛び跳ねるように身体を震わせた。
事実、彼女はいま悩んでいる。それを海未や洋子には話したものの結論を出すのは彼女自身。だが、決めることを苦手とする彼女には難しいことだった。だからそれを彼に相談しようと訪れた、はずだった……。
肝心の彼女は言うのをためらったのだ。
言わねば解決しないことはわかっているが、言えば変わってしまうことも怯えたのだ。弱い彼女はうまく口にできず、言葉を変えて聞くのだった。
「蒼くんは、自分がやらなくちゃ! って思ってることよりも、自分の夢を優先しちゃ?」
「なんだそれ?」
思わず蒼一は疑問の声をあげるのだが、また少し考えると答え出した。
「それは時と場合によるな。時間などの縛りによってはどちらに転ぶことも想定される。けど、俺は欲張りだからどっちもやる、手に入れてみせると意気込んじまうな」
濁すことなくハッキリと答える彼らしい答え。彼自身やってみせたことがあるからそう言えるのだと彼女は思った。ただ、それを自分に置き換えた時、できるかわからなかった。ここでもまた、結論を出せないまま引き摺ることになるのだった。
「……ちょっと寄ってもいいかな?」
ことりはそう言うと、彼は心配気味だが、風邪をひかないようにな、と言って了承した。そして、ことりは彼の傍に座るとその肩に頭をもたれる。風邪をひかないようにとは言ったが、これではうつってしまうのではと思うのだが、彼女が気持ちよさそうにしているので口を閉ざした。彼はしばらくの間、その小さな頭を撫でてあげるのだった。
その時、彼女はポツリと小さく、「言えないよ…」と消えかかった言葉を口から零す。
知らぬ間に2人は、真逆の方向へと突き進んでしまうのだった。
(次回へ続く)
ドウモ、うp主です。
夏休みも終わりに近付き、そろそろ残暑の時期になるんだなぁとしみじみ思う今日この頃。
俺にとっての夏は、ただひとつ覚えの仕事づくし。コレと言って大きな休みが取れたわけでもないので正直落ち込んでいます。
それに、来月の休みも無くなったし……悲しくなるわ……。
学生のみんな……社会に出る前に、十分楽しめよ……。
というか、この章も今月中に終わらせたかったなぁ…
次回もよろしくお願いします。
今回の曲は、
AKINO/『素足』
更新速度は早い方が助かりますか?
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ちょうどいい
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もっと早くっ!
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遅くても問題ない