蒼明記 ~廻り巡る運命の輪~   作:雷電p

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第143話





残響は鳴り止まず――

 

 

――墨に塗り潰されたような曇天の裂け目から生温い雨がたらりと注がれる。

 

 時に、激しく降り注ぐ不安定な天候の中、炎のように身体を熱くさせた少女が歩きだす。しかし、その足取りはおぼつかなく、いまにも滑ってしまいそうで危なっかしい。長靴を履いているのにもかかわらず、だ。

 けれど、それ以前に彼女の身体はかなり調子が悪い。母親や妹に止められたにもかかわらず、けろりとした表情に笑みをこぼして出ていったのだ。

――が、それもここまでかもしれない。身体が言うことを聞こうとしなくなってきている。そのことは当然彼女も承知している。今すぐにでも休まなければならないことも含めて……。

 

 だがしかし、彼女は脚を止めない。引き返すことも、倒れてしまうこともしてはならないと、震える脚を叩いて自分に言い聞かせた。

 

「まだ……だよ……まだ、倒れちゃ、だめなん、だから………」

 

 蒸せるような汗を滂沱に流し、焼爛れそうな熱を発するいたいけな少女の身体に、無慈悲にも雨が降り注がれる。

 

 

 

 

 

 一方、その頃―――――

 

 

『――お次は、μ’sの代表者、お願いします』

 

「は、はひぃっ!!」

「落ち着け、にこ」

「緊張し過ぎだぜ、にこ……」

 

 一足先に大会の抽選会に蒼一たちは参加していた。

 

 抽選会はくじ形式。これによって披露する順番が決まる重要なポイントだ。

 その運命を託されたのは、にこ。現状出席していない穂乃果の代わりに立たされた彼女は、大会アナウンスを耳にした途端、跳ね上がるように席を立ち、緊張のあまり言葉をつっかえてしまう。

 μ’sにとって、にこにとっての初めてとなる大舞台。念願の夢である大会に参加できたことに胸を高まらせるのだから仕方のないことだ。

 

 蒼一に背中を押されつつ、ぎこちないながらも前に出ると、大会実行委員の指示のもとくじを引き始める。

 

 ごくりっ…!

 緊張で渇いた喉に唾が流れ込み湿らせる。張り詰める空気が彼女を急き立て胸を苦しませる。

 すると、そんな時は、と慣れた動きで片方の手を胸に添えた。「大丈夫、大丈夫」と自分に言い聞かせ、逸る気持ちを落ち着けた。

 

「いざっ……!」

 

 勢いのある声とともに、にこはその手に自分たちの運命を託した。そして、その手に掴んだ―――!

 

 

 

 

 

 

『では、発表します。μ’sは―――!』

 

 

 

 

 

「……あっ……」

 

「「あっ………」」

 

 

 

 

 

――その刹那、結果を見た3人は背筋を凍らせてしまったのだった。

 

 

 

 

 

 

――

――― 

―――― 

 

 

[ μ’s控室 ]

 

「遅いわね……穂乃果、何やってるのかしら……」

 

 抽選会が始まってからだいぶ時間が経った中、未だに穂乃果の姿がこの部屋に無かった。

 

「先程から何度も連絡を入れているのですが、一向に繋がりませんし、メッセージを読んだ形跡もありません」

「穂乃果ちゃんに何かあったのかなぁ……?」

「今の今まで寝ていましたっていう話ならまだいいのだけど……」

「いや、それもアカンやん?」

「で、でも……もし何かの事故とかに巻き込まれてたら……」

「そういうの、あまり考えない方がいいわ」

「そ、そうだにゃ! 穂乃果ちゃんはきっと来るよ……!」

 

 リーダーである穂乃果の不在は彼女たちに不安を募らせた。ただでさえ、精神的支柱である蒼一らと別れて慣れない場所で待たされる彼女たちは、ある意味孤立していたのだ。それを本番が始まる数時間もの間、ジッと過ごすには耐えられそうもなかった。

 

 彼女たちμ’sは確かにすごい。

 無名で新参者であった彼女たちは、半年も経たないこの短い期間でこの舞台にまで立てるようになった。どう考えても普通のことではなく、異例の存在だ。当然ながら、いままで浴びせられたことのない脚光を受け、大会関係者並びに出場校など方々からの注目が集中する。

 

 だが、その一方で過剰なほどのプレッシャーに彼女たちは耐えられないでいる。

 初めての大舞台。以前にスクフェスの舞台に立って披露はしているものの、それはただの通過点に過ぎなかった。学校の存続がかかる今回のとはわけが違うのだ。彼女たちがこの舞台で見せる一挙一動が、母校の存続に有無を付けることになる。この多大な重責が彼女たちの緊張に加速を付けさせたのだった。

 

 数多くの試練を生んでは乗り越えてきた彼女たちでさえ、この状況に手を震わせてしまうのだった。

 

 

 

 

 そんな時だ――――

 

 

「ごめぇーーーん!! 遅くなっちゃったぁーー!!」

 

 部屋のドアが開いて、そこから穂乃果がやってきた。

 

「穂乃果!! 何をやって……って、ええっ!?」

 

 遅刻してきた穂乃果を叱りつけようと、海未は顔を向けたのだがその姿を見て驚いたのだ。同時に、他のみんなも彼女の姿を見て驚きの声を上げたのだ。

 なぜならば、穂乃果の着る夏服の制服が全身ずぶ濡れになっていたからだ。

 

「えへへ……思いっきり濡れちゃったぁ……」

「な、なんでびしょ濡れになってるの?! 早く身体を拭きなさい!!」

 

 失敗失敗、と呆けた様子で言う穂乃果に、顔を強張らせた絵里が怒鳴って指示をした。と言うのも、白のワイシャツが雨に濡れたことで肌の色が透けて見えており、当然、穂乃果の下着もくっきり見えてしまっている。そんな恥ずかしい姿をしている彼女を放っておけなかったのだ。

 

「さあ、穂乃果! こっちに来なさい!!」

 

 タオルを片手に持った海未が穂乃果を誘導し、用意した椅子に座らせて頭から拭き始めた。ことりも穂乃果の濡れた服を取ると雨で冷えた肌を勤しんでタオルで拭きだすのだが、彼女を見ることりの表情はとても不安そうに見えた。

 

「こんなに濡らして……どうして傘を差さなかったのですか?!」

「いやぁ~……出る時はまだポロポロとしか降って無かったから大丈夫かなぁ~って思ってたんだけどね、強くなっちゃった」

「はぁ……まったく、穂乃果は……。雨が降っていたらどんな時でも傘を差してくださいよ」

「ごめんごめんって。今度から気を付けるよぉ……」

 

 髪を丁寧に拭く海未の口からは何度も溜息が零れてしまう。穂乃果には昔からそういうところがあった、と思い出しながら、直らないものなのですね、と心の中で呟いてしまう。

 

「一旦、シャワーを浴びせたいところだけど、ここの施設にはそれは無いのよね……」

「仕方ないわ。それより着替えはあるの? 無かったら私のを使って」

「え? 真姫ちゃんの使っていいの?」

「無いのね……。ま、まあ、穂乃果と私のサイズは同じはずよ。予備として持ってきたけど、いいわ、穂乃果に貸してあげる」

「真姫ちゃん……わーい、真姫ちゃぁ~~ん!!」

「ヴェェ?!」

「こら、穂乃果動いてはダメです!!」

 

 真姫からの申し出に嬉しくなった穂乃果は、思わず真姫に抱きつこうとするが、海未にしっかりと止められてしまう。突発的に行動してしまう、そんな穂乃果の姿を見て、メンバーたちは内心落ち着きを取り戻し始めていた。

 

「しかし、穂乃果。顔が少し熱く感じるのですが、大丈夫なのですか?」

「大丈夫大丈夫! 穂乃果はいま、すっごく燃えているんだ! だからその気持ちが、全身に回っているんだよ!」

「そう? それに、声も少しかすれているような……」

「気のせいだよ! あっ、もしかしたら昨日の練習で喉を使いすぎたのかも。ねぇ、喉飴とかあるかなぁ?」

「しょうがないわね、何個か渡しておくわ。本番は始まるまでずっと舐めてなさいよ?」

「真姫ちゃぁ~~~ん!! ありがとぉ~~~!!!」

「ヴェェっ?! ま、またなのっ!?」

「穂乃果っ!!!」

 

――不安は確かにある。

 けれど、どんな不安も辛いことも苦しい時も、すべてひっくるめて彼女たち9人で乗り越えてきた。そんな時、いつも中心になって前に進んでいたのは、誰でもない穂乃果だった。彼女たちの精神的支柱である蒼一らがいない時には、彼女がみんなを先導してきた。

 

 その姿はまるで、彼そのものようにも見えたのだ。

 穂乃果がいれば大丈夫―――、そんな言葉が彼女たちの中で広がっていたのだ。

 

 

 

「ただいまぁ……」

「あっ、にこちゃん!」

「……って、穂乃果?! アンタ、いままで何やってたのよ?!」

「ごめんごめんってばぁ」

 

 穂乃果が来て安堵に包まれた空気の中、元気のない声を上げながらにこは帰ってくる。だが、穂乃果を見た途端、声を張り上げて詰め寄っては怒りを見せている。なんだか、鬱憤でも晴らすかのような勢いで……

 

 

「そう言えばにこ、抽選の結果はどうだったのかしら?」

「えっ……? ええっと……そのぉ……」

「にこちゃん?」

 

 絵里からそのことを聞かれると、にこはどこに焦点を向けているのか視線を大きくずらし始める。見るに明らかに何か問題があった様子。それを怪しく感じた真姫は少し詰め寄って尋ね出した。

 

「何隠しちゃってるのよ、にこちゃん?」

「か、隠してなんか……ないわよ!」

「何ムキになっちゃってるのよ! 絶対何かあったんでしょ!?」

「うるさいってばぁ!! 何でもないんだからぁ!!」

 

 真姫に指摘されて顔をゆがめるにこは、嫌々そうに言及を避ける。何が問題なのだろうかと、みんなが気にする中、薄笑いを浮かばせた希が会話に入ってきて―――

 

「にこっち。はよ言わんと、本番始まるまでワシワシするで」

「ちょっ?! それだけは勘弁してぇぇぇ!! わかったから、言うからその手を下ろしなさいよ!!!」

 

 いまにも飛びかかっていきそうな希に、さすがのにこも折れたようで、一呼吸付いた後に話しだした。

 

 

「それでね、抽選結果の順番なんだけど……

 

 

 

 

 

 

 

……私たちが最後よ……」

 

『えっ?!!』

 

「しかも、A-RISEの後なのよ……」

 

『ええぇっっっ!!!?』

 

 

 衝撃的な一言は彼女たちの脳裏に直撃する。しかも、その衝撃は二度に渡って彼女たちに突き刺さり、心を激しく揺らさせたのだ。

 

「な、な、なんでよりによって最後なのよ、にこちゃん?!」

「さすがにそれはないにゃぁ!!」

「わ、わ、私たちが大トリ?!!しかも、その前にA-RISEが出るんですかぁ!!?!?! だ、だ、誰か助けてぇぇぇぇ!!!!」

「は、ハラショぉぉぉ………」

「にこっち……ウチは信じとったのに……」

「無理です無理です!! 私たちが最後だなんて……」

「にこちゃぁ~ん……」

「んもおぉぉぉ!! 悪かったわよぉぉぉ!!!」

 

 悲愴感あふれる叫びを口にするしかないこの状況。この事実に彼女たちは酷く落ち込み、責任の重大性に蒼白する者も少なくなかった。さすがのにこも、こんな状況ではただただ謝罪するしかなかった。抽選と言えど、最終的には運であるため、一概ににこを悪く言うことはできないが……やはり、運を持たないとこうなるのだろう。

 

 

 そんなみんなが悲愴している中、引き締まった表情を見せる彼女が立って言った。

 

「すごいじゃん! 大トリだよ! 大トリ!! それを私たちがやるって考えると、とってもワクワクすると思わない?」

 

 そう強く言葉にする穂乃果から自信に満ち溢れた表情から輝きのようなモノが出ているようにも見えた。まぶしく思えるその表情を見上げる彼女たちは、穂乃果を見て一瞬目をくらませる。こんなにも明るく見せる穂乃果を見るのは久しぶりのように感じたのだった。

 

「何言ってるのよ! 大トリはとても大変なことなのよ?! それを私たちみたいな新参者がやるとなるとプレッシャーがかかるのよ!!」

 

 こうした大会の大トリは責任重大である。このことを十分に理解しているにこは、穂乃果に言い聞かせるように話す。けれど、それを聞いてもなお、その輝きは衰えることなく、逆に輝きを増していくのだった。

 

「大丈夫だよ、にこちゃん! 穂乃果たちならやっていけるよ! だって、穂乃果たちはこれまでたくさんのライブもしてきたし、キツイ練習も耐えてきたんだよ。それに、この前のスクフェスでもうまくいけたし、今回もいけるよ!!」

 

 穂乃果の力強い声に彼女たちは鼓舞され、心を震わせる。その言葉には根拠があり、成し遂げてきた事実が確かに存在していた。そして、穂乃果がこうした言葉を発する時は、うまくいくのだということもよく知っていた。

 

「そうね、穂乃果の言う通りだわ。私たちならできる……根拠はないけど、そんな気がするわ」

「絵里……そうね、まだやってもいないのに怯えてちゃ何にもならないわよね」

 

 穂乃果の言葉に賛同するように、絵里と真姫はともに口を開いてはこう話した。根拠はない、けど、立ち止まったままでは何も始まらない。これは彼女たちが経験してきたことであり、身を持って実感したことでもあったからだ。

 

「絵里に真姫ちゃんまで……ああっ、もう!! こうなったら、とことんやるしかないじゃない! A-RISEを押し退けてにこたちが一番を手に入れるのよ!!」

「お! にこっち、いますっごく気合が入ってるやん♪」

「あ、A-RISEを押し退ける……!? か、考えられないことですぅ……」

「大丈夫だにゃぁ! 凛たちなら絶対できるにゃぁ!」

「こういう時は、無理をしてでもやらねばなりませんね。思う存分、力を使い尽くしてみましょうか」

「うん。ことりたちの全部を思いっきりぶつけてあげたい!」

 

 気持ちが共鳴し合う。彼女たちの思いはひとつである、それは彼女たちが彼を助けた時と同じ繋がりを持って紡がれた思い。強い思いが互いの心に呼びかけられ、伝染していく。かつて、蒼一が9人で完全であると話したように、9人が共に同じ思いを抱いたことでまた完全となろうとしていた。

 

「それじゃあ、みんな! 頑張っていくよ!!」

『おー!!!』

 

 9人揃った彼女たちはいま、無敵なのだ。

 

 

「それじゃあ、やる曲のことなんだけど……穂乃果の身体が大丈夫ならこのまま新曲でいくけど、どうかしら?」

「全然問題ないよ、絵里ちゃん! こういう時だからこそ、私たちのいまの気持ちを全力で伝えられる曲でいきたいの!」

「わかったわ。穂乃果がそこまで言うなら止めないわ。でも、無茶はしないでよね?」

「うん、わかってる!」

 

 全身を熱くさせる彼女を見て、少々不安気に感じていた絵里もいつもの穂乃果なのだと思い一安心する。そして、予定通りに新曲を行うために着替えを行い始める。

 

「穂乃果の衣装はことりからもらって頂戴。その後に、最終調整を行うわよ」

「わかった。ことりちゃん、穂乃果のはどこ?」

「穂乃果ちゃんのはこの袋の中に入ってるよ。でも、まだ髪の毛が濡れているからもう少しだけ待ってて。いまドライヤーで乾かすからね♪」

 

 そう言ってことりは、手持ちのドライヤー片手にして穂乃果の濡れた髪を乾かし始めた。しっかり乾かしておかないと風邪をひいちゃうと、自分の髪を手入れするかのように丁寧に整えさせていくのだった。

 

「できたよ、穂乃果ちゃん!」 

「わぁー! ありがとう、ことりちゃん!」

「えへへ、どういたしましてだよ♪」

 

 乾かし終わった自分の髪を見て満足気な表情を浮かべる穂乃果。ことりにお礼を言うと、そのまま髪を束ねようかと思って髪留めを付けようとした。

 

 

「あっ……ごめん、ちょっとトイレに行ってくるね!」

 

 何かを思い出したような仕草を見せると、穂乃果は衣装の上だけを着て、スカートはそのままの状態で部屋を出た。その様子に、女の子らしい恥じらいはないのかしらと、にこが愚痴をこぼすのだった。

 

 

 ただその時、穂乃果はカバンの中を探って何かを取り出していたのを海未は捉えていた。缶のようなものに見えたのだが、気のせいだろうかと首をかしげていた。

 

 

 

 

 

 

 

――

――― 

―――― 

 

 

[ 化粧室 ]

 

 

「はぁ……はぁ………うぐっ……ごくっ、ごくっ、ごくっ………ぷはっ、げほっ、げほっ……!!」

 

 μ’sの更衣室からかなり離れた化粧室に駆けこんだ穂乃果は、手にしていた缶の中身を飲み干した。シュワシュワと弾ける炭酸が口の中で踊り、そのまま喉を通すと少しむせてせき込んでしまう。

 漆黒を基調とし、緑の傷跡をマークにしたこの飲み物。エナジードリンクとして広く一般的に知られているものだが、彼女はこれを今日で2本目なのだ。いくらなんでも飲み過ぎだ。けれど、彼女は外的活性剤を取り込まなくてはならないほど心身共に疲労の限界に到達していた。一番の原因である風邪が、彼女の身体を芯までをも捉え蝕むのだ。

 だから思わず、弱々しい声を口からこぼしてしまう。

 

「はぁ、はぁ……身体中が、あついよぉ……く、くるしいよぉ……頭もガンガンたたかれているみたいに痛いし、足も震えが止まらない……目のまえが、だんだんぼやけてきちゃって、はっきり見えないや………。でも、ほのかががんばらなくちゃ……そうくんの、ゆめ、を…………」

 

 

 瞬間、彼女は立ちくらみを起こし、ふらりと身体を大きく揺らし壁に強く打ち付けられる。同時に、手にしていた空缶が離れて落ち、軽い音を鳴らして床を転がっていく。

「いたっ……!」と痛ましい声を上げるが、痛みはじわじわと時間を掛けて全身に広がり彼女を苦しめた。ただ唯一、痛みに耐えるため奥歯を強く噛み締めることしかできなかった。

 

「がん、ばらないと……ほの、かが、みんなを……」

 

 すでに満身創痍の身でありながらも、それでもなお、彼女は立ちあがろうとする。このまま倒れてしまいたい、それが本心であるのに硬く封をするかのように抑え付ける。身体がこんなになってまでも彼女の意志だけは折れることを知らなかった。

 

 けれどもそれは同時に、彼女には意志しか残っていないことを意味していたのだった………

 

 

「よ、よし……ふぁ、ふぁ……ファイトだよっ!!」

 

 鏡を見た彼女は気合を入れ直すと、身体を引き摺るようにしてここを後にする。正直、自分に言い聞かせるよう暗示しないと彼女の意識は飛ぶ。それでなくても身体が崩れ落ちてしまうため、これが彼女のできる唯一の方法なのだ。

 

 気力だけで立っている彼女は、何かが抜け落ちてしまったようだ。まるで、床に転がる空き缶のように、軽い音を立てて、ただまっすぐ決められた道だけを進むように思えるのだった。

 

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

[ RISER控室 ]

 

 

 抽選会が終わってから数時間、昼を跨いだ後に行われ始めた本大会。すでに、十数組もの出場者たちがこの日のために磨き上げてきた最高のパフォーマンスを披露して、舞台を去る。

 五分も満たない一瞬のような時間。なのに、その一瞬一瞬がとても長く感じられるほどに心に訴えかけてくるモノがあった。メロディ、歌声、ダンス―――、舞台で披露されるこれらの肉体的表現に魅了されるが、ともに魅せてくる彼女たちのこれまでの軌跡に強く惹かれる。

 彼女たちがこの舞台に懸ける情熱、決意、意志などが渦巻き舞台の上で表現されている。穂乃果たちが掲げるモノとは違う別のモノ――彼女たち自身を表現しきったパフォーマンスに、ただただ感嘆の声を上げてしまう。

 

 

 それを控え室のモニターから眺めるRISER、こと蒼一と明弘もその様子に口角を引き上げて喜んでいた。

 

「いやぁ~コイツァすげぇなぁ!! スクフェスで見た時よりも断然にパワーアップしていやがる! やるねぇ!!」

「まったくだ。彼女たちからこの大会に懸ける思いと言うモノがひしひしと伝わってくる。なかなか強敵ばかりだ」

「しかし、ウチのヤツらだって負けちゃいねぇさ。なんてたって、俺たちが指導してきたんだ、負けるはずがねぇ!」

「さあ、まだわかんないさ。こうした大舞台では何があるかわからない。気を引き締めておかなければ足を掬われるさ」

「かっかっか! 相変わらず慎重肌だな。安心しなって、アイツらはやってくれるさ」

「……そうだな。できることを祈るか」

 

 ある程度の着替えを済ませた2人は、閉会式での特別ゲストとして出演する準備をしていた。そのため、打ち合わせも開始直前まで行われたため、抽選会以降一度もμ’sの面々と顔を合わせてはいない。

 

「けどまあ、無事なんとか穂乃果も着いたって言ってるし、上々ってとこだな。そして、今回披露される新曲! 攻めに攻めまくった強主張のパフォーマンスで会場のヤツらを呑み込んでもらいたいものだぜ!」

「今回の曲はいい出来だ。真姫から手渡された時は、内から燃える闘志を感じさせられたな。だから、それに見合った曲調でいかせてもらったし、歌い方にもちと工夫させてもらったからな。いい結果を叩きだしてくれるだろうよ」

 

 本番開始直前に手渡された各出場グループの名前と披露する曲名には、予定通りの新曲が組み込まれていた。穂乃果が来たことで絵里が早速運営に伝えたらしい。もしものために既存曲も用意していたが、これはまたの機会と言うことになりそうだった。

 

 

「おっ、今回の大目玉の御登場だ」

 

 明弘の目が真ん丸と大きく見開かせた先に、優勝候補のA-RISEが映っていた。

 

「ツバサか……」

 

 蒼一が思わず呟いたツバサは、これまで登場してきた誰よりも堂々としていた。さすがは、前回大会優勝者である、顔つきが違う。自信に満ち溢れ、覚悟の決まった強い表情は集まる観客たちを魅了させてしまうほどだった。

 

 

「くるぞ……」

 

 明弘の合図とともに、ステージが暗くなり、始まった―――

 

 

 

 

 

Privaite Wars(彼女たちだけの闘い)”が――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 圧巻、まさに、圧巻――――

これまでに見たことも無いようなパフォーマンスで攻めてきた彼女たちに、割れんばかりの拍手喝采が飛び交っていく。王者としての威厳、それをこれまでもかというくらいに観客、審査員、これまで出場してきたグループたちに魅せつけた。

 

 そして、μ’sにも――――

 

 

 

「……やっべぇ……思わずチビッちまいそうだったわ……。アイツら、立っている次元が違うんじゃないか?」

「あの動き……もはや、スクールアイドルとしてのものじゃない、プロを意識した動きだ……!」

 

 さすがの彼らもこのパフォーマンスには何も言えない気持ちでいっぱいになる。彼女たちは、彼らが想像していた以上の実力を持って臨んでいた。その先に見据えているのは、間違いなく優勝だろう。

 

 

「――実力は良し。だがな、大事なのはそこじゃないな……」

「そうだ。最終的には、()()()()()()()。観客と審査員をどれだけ巻き込ませることができるのかが、ミソになる。さあ、見せてやれ……お前たち……!」

 

 確信を見据えた含み笑いをする2人の先に、彼らが育て上げた9人の少女たちが立っていた。

 

 穂乃果を中心に横に広がる彼女たち。観客席を見つめる彼女たちの顔は、自信に満ち溢れていた。絶対に成し遂げてみせるという強気の姿勢が見てとれたのだ。それを見た蒼一は、何かを確信したような笑みを見せた。

 

 周囲を圧倒できる実力があるわけでもない。憧れの眼差しを向けられるほどの箔があるわけでもない。

 ただじっくりと地道に努力し続け、一矢報いられる一点しか磨き上げなかった。

 

 だが、この一点がそれまでの常識をひっくり返すことのできる力として現れる。彼女たちは無名(No brand)だ――、だからこそ、常識に囚われないやり方で突き通せるものがある。そのすべてを、いまあの舞台に立った彼女たちが体現してくれる。同時にそれは、彼らがやってきたことの正しさを証明するものでもあるのだ。

 

 

 始まりの合図が、宙を舞った―――

 

 

 

 

 

 “No brand girls(ただの9人の少女たち)

 

 

 

 

 

 

 

――さあ、下剋上の始まりだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 

 

 

 音楽がガンガン会場を揺らす、いままでにない音楽を見せつけるμ’s(彼女たち)。ノリのいいテンポと引き込まれていくリズムが、会場中に詰め掛けた観客たちの身体を揺らした。

 蒼一が仕込んだ観客と一体になるというコンセプト。それを体現させる一幕を曲の2番のサビが終わった後の間奏部で仕掛けた。彼女たちが観客を煽ると、反応が返ってくる。最初は小さかったが、煽れば煽るほど反応が強く変わってくる。そして、最終的には全観客を巻き込んでのコールが沸き起こるまでにヒートアップするのだった。

 

 

――よし、勝ったッ!!

 

 

 会場の様子を確認した蒼一は勝利の確信を得るのだった。

 

 

 そして、最後のサビに入ろうとしていた時だった――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドサッ――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――えっ……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 穂乃果が倒れた―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「穂乃果あああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 残響は鳴り止まず―――

 

 

 

 悲痛な雨が降り注がれるのだった―――

 

 

 

(次回へ続く)

 




ドウモ、うp主です。

かなり早く駆け抜けてしまいましたが、急展開です。

自分が一番驚いてるけどな!!!


さて、次回以降どうなるのかなぁ…?



今回の曲は、
幽閉サテライト/『残響は鳴り止まず』

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