蒼明記 ~廻り巡る運命の輪~   作:雷電p

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第142話





されど、雨は何も語らず…

 

 夜―――

 

 本番直前の練習が終わって四半日以上過ぎた頃、黒い雲間から雨がシトシトと地上に降り注がれた。雨粒が路面に落ちると清涼な水音を立てて耳を喜ばせる。その音を聞くだけで身体から発せられる熱が弱まり、自然と涼しい気持ちにへと移り変わるのだ。

 照りつける真夏の日差しを要した昼間とは大きな差だ。昼先に蒼一が話したように雨による気温の変化は大きく、慣れていない身体では支障が出てしまうくらいだ。

 

 しかし、そんな夜の雨道に足を運ばせようとしている影があった。

 

 

「お姉ちゃん、何しているの!?」

「あ、雪穂。ちょっと、走ってくるね」

「走るって……この雨の中を? やめなよ、風邪ひいちゃうよ?」

「平気、平気。雨合羽も着てるし問題ないよ。それじゃあ、行ってきまーす!」

「お、お姉ちゃん!!」

 

 玄関の引き戸を開けて外に出た穂乃果。いつものトレーニングウェアの上に黄色の雨合羽を着こんで、いまから自主練を行おうとしていた。

 けれど、それは蒼一から止められていたこと。彼からは休むようにと言われていたにもかかわらず、彼女は身体の疼きに耐えかねて無理に身体を動かそうとするのだった。

家から外に出ていくと、案の定冷たい雨が降り注ぐ。降り始めよりも雨足は強くなっている。誰が言わなくとも走るリスクは十分に高かった。

 

「雨すごい……でも、やらなくっちゃ……!」

 

 それでも彼女は合羽のフードを被ると、そのリスクを負ってまで雨の中を走り出した。何かに追われているような、蒼一が危惧していた焦燥感に駆られた穂乃果は、暗く冷たい路地を1人走るのだった。

 

 

 

 

 

 

――

―――

―――― 

 

 

 走り始めて数十分が経とうとしていた。

 昼間の暑ささえ吹き飛ばした雨足は、その勢いを増し続けていた。通常ならば雨宿りを余儀なくされるほどであるのに、まるで気付いてないのかのように穂乃果は脚を走らせる。

 いつも朝の練習で通る道のり。それに加えてもう少し距離を伸ばそうとアキバの街を一周していた。当然時間はかかるだろうし、雨が降っている分それ相応の体力も削られる。彼女が一周を終える頃には、肩で息をするほど疲れ果てていたのだった。

 

「はぁ……はぁ……あと、もう少し……」

 

 彼女の走りも大詰めにさしかかり、最終地点の明神へと続く階段を一歩一歩と昇っていく。が、さすがに街を一周した後の脚は思った以上に張っていた。それに昼間の練習の疲れも抜け切れていないため、昇るのも必死だった。

 

「ご、ゴール……」

 

 身体を境内に運び入れた時には、もうくたくただった。身体を燃えるように発熱させ、額から滂沱の汗を垂らし落とす。限界まで出し切った身体はいまにも雨に濡れる石畳の上に倒れてしまいそうだ。彼女はひざにもたれるように両手をつき、全身を支えたのだった。

 

「これくらいやれば十分かな……?」

 

 額に溜まった汗を拭いながら力無く呟いた。

 

 そんな時だ―――

 

 

 

「――ほら、喉が渇いたろう。これを飲んでおけ」

「あっ、ありがとう……」

 

 ふと、視界にスポーツ飲料水のボトルが差し出されたのを捉えると、喜んで受け取り早速喉を通す。少しばかりぬるくなっているものの、火照った身体を整えるには十分な温度だった。それに、何も飲まないまま走っていたために喉はカラカラで、一気に飲み干してしまうのだった。

 

「ぷはぁっ……生き返ったぁ~」

「そのままじっとしていろ、身体を拭いてやるから―――」

「うん、ありがとね、蒼君………えっ……?」

 

 雨宿りできる場所に入り、フードを取られた彼女が見上げた先に彼が立っていた。いや、さっきからいたのだが彼女は気付かなかったのだ。だが、これで彼女は彼のことを認識したので思わず全身を震わせたのだった。

 

 

“体調を整えて明日のために英気を養ってくれ”

 

 

 彼が昼間に言った言葉が脳裏を彷徨った―――

 

 

「え……えっとぉ……そのぉ……」

「フラフラするな。ジッとしてないと身体を拭けないじゃないか」

「ひゃっ! ご、ごめん……」

 

 叱られると感じた彼女は、身体をフラつかせ言葉をつかえてしまう。そこに鋭い言葉が刺されるので身体を硬直させてしまった。何をされるのか気が気でない彼女は、身体は固まっても内心はてんやわんやと荒れていた。

 だが彼は、手にしたタオルで彼女の顔と髪を拭き始めると、そこからゆっくりと下に下がっていくと生肌にまで手を伸ばした。首筋を通し、そのまま前ボタンを外して練習着の中に手を突っ込ませ、胸と腹周り、そして背中まで拭き始めた。

 雨が降り夜の暗さが増した中だとはいえ大胆なことだ。いうなれば、彼女は誰かに見られる中でその身体を晒しているのだ。鈍感とはいえ、彼の前では乙女になる彼女にとってこれは恥ずかしいこと。だが、彼女は蛇に睨まれたみたいにジッとしていて、彼が拭き終わるのをいまかいまかと待つのだった。

 

 

「――これでおしまいだ」

 

 彼女から手を除けると、蒼一は彼女に背中を見せるように立ち返る。けれど、彼の顔を見ることができないことが返って彼女の不安を掻き立てる。その顔が見せるのは怒りなのだろうかと、そればかり気にしてしまうのだ。

 

「あ、あの……そ、蒼君……こ、これはね……その……」

 

 穂乃果は、何か言わないと、と頭で思うものの、考えがまとまらずに口を開くので言葉が定まらない。混乱したままの頭では何もできないのだった。

 

 すると、そんな彼女が思う中、彼は振り返って彼女に向かって手を伸ばした。それに思わず目を瞑ってしまい何もできないままジッとしてしまう。

 何をされるのだろう、何を言われてしまうのだろうと、ただ不安ばかりが蔓延るのだった。

 

 

 そんな時だ―――

 

 

 彼は彼女の頭に軽く手を置いたのだった。

 

 考えもしなかったことをされて、穂乃果は思わず素っ頓狂な声を発してしまう。震える顔を上げてみると、彼は少し難しそうな顔をしているものの、やさしそうな笑みが綻んでいた。

 

 

 

「……ったく、思った通りにやってくれたな。しかし、連絡を受けていてよかった」

「えっ……あっ……?」

「どうして俺がここにいるって顔だな? ついさっき、雪穂から連絡があったんだよ、穂乃果が外に出ていったってな。お前がこの時間に外に出るとしたら万に1つ走りに出るだろうと思ったわけさ」

「……わかってたんだ……」

「そりゃあ、昼間あんなに騒いでたんだ、あれで収まるとは思ってなかったさ。お前の性格をよく知ってたら嫌でもそう思うだろうよ。けど、本当に走るとは思わなかったな……しかも、雨の中を……」

「うぅ……ごめんなさい……」

 

 穂乃果の心境を言い当てられて何も言えない中で、ただ謝りの一言しか言えなかった。

 

「だが、なぜだ? 穂乃果ならよくわかっているはずだ、明日がどんなに重要な日なのかを」

「わかってるよ。わかってる……」

 

 穂乃果は、一度うつむくと胸元に手を置きギュッと握りしめる。すると、雨に濡れた髪を揺らし、水のように潤んだ瞳で彼に臨んだ。

 

「ラブライブは穂乃果にとっても蒼君にとっても大事な日だってわかってるよ。でも穂乃果は、どうしても叶えてあげたいの! 蒼君の夢を叶えるために、穂乃果は何だってするって決めたんだもん! だったら、少しでも優勝に近付けるように頑張らないといけないんだって思ったの! だから、だから……!」

「――もういいよ、わかったから。何も言わなくてもいいよ」

 

 彼女の肩に手を掛けて話を遮ると、指で彼女の目元をなぞった。それでようやく彼女は涙を流していたことを知ることとなる。

 彼は涙を拭うと、その手を彼女の紅い頬に触れ、やさしく撫でた。冷たくなった頬は温もりを求めており、彼の手から感じられる熱にずっと触れていたいとその手を重ねた。

 

 その姿はどこか強がりと寂しさを抱いているようだった。

 

 

「ここにいたら本当に風邪をひいてしまうな。家まで送っていくから中に入って」

「うん……」

 

 雨が少し弱まったのを機と捉えた彼は、持ち寄った大きな傘をさすと、彼女に向かって手を差し出す。拒否することなく彼女は彼の手を取ると、引き寄せられるように彼に寄り添った。

 すると、彼は彼女の肩に手を掛けると、さらに引き寄せ身体と身体を重ね合わせた。

 

「こうした方が身体を温められるかもしれないな」

「うん、あったかい……ずっと、こうしていたいよ……」

 

 寂しさのあまりに消えてしまいそうな彼女を捕まえる。そんな気持ちで掴んだこの手を彼は固く握りしめた。手放し、自由にさせた彼女はどこに行ってしまうか心配になってしまう。こうした不安が彼の中に潜むことが何よりも心を乱す材料となる。

 せめても、この時だけは一緒に…と握ったこの手は、汗ばんでいた。

 

 

 

 

 

 

――

――― 

―――― 

 

 

 その夜―――

 

 自室のパソコンを見ながら腕組みする蒼一の姿があった。

 なにやら彼は、録画した今日の練習を見返しており、本当に問題がないのか見定めていたのだ。

 

「ふむ、特に気にするような問題は見えないな……」

 

 さっきから十数回も同じ映像を見返してはいるが、問題視する点が見当たることはない。それは嬉しい一方で、ちょっとした不安材料でもあった。

 

「ん、これは……?」

 

 すると、十数回目にして彼は、この映像にある問題点を発見する。さほど深刻そうには見えない小さな(ひずみ)。これが彼女たちにどんな影響を及ぼすのかまだわからないが、注視すべきところであった。

 

「……これは対応策を考じておく必要があるな」

 

 目を鋭くさせると、そのままもうひとつの資料に注目し、考えを想い巡らせた。そして、苦肉の策として思い付いたこの方法を持って不安を打ち消そうとするのである。

 

「こうならないでほしいことを祈るほかないな……」

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 ラブライブ当日―――

 

 昨夜を引き摺るような雨模様が空を覆い、晴れ間が出てくる様子は皆無に等しかった。

 ただ、会場は屋内にあるホールを使用するため天候による影響はないように思えた。

 

 

「遅い……遅いぞ、穂乃果のやつぅ~~~……まぁ~た寝坊とかしてんじゃあねェのかぁ?!」

 

 控室で待つμ’sと蒼一と明弘。だが、肝心の穂乃果がまだ不在であることに明弘は腹を立てていた。

 

「本番当日に遅刻って……まあ、穂乃果らしいと言えば穂乃果らしいけど……」

「さすがにあかんやろ……なぁ……?」

 

 本番衣装に着替え終えた絵里と希が苦笑気味に話していた。とは言っても、本番までまだ時間は残っている。それまでに来れれば問題はないだろうと、絵里は付け足した。だとしても、この呆れた空気を一掃するには不十分すぎた。

 

「仕方ない。にこ、穂乃果の代わりに抽選会に行くか」

「えっ、私?」

「にこは部長でもあるのだからいいだろ? 今回は、にこの強運に頼むしかないんだ」

「そ、そう言うことなら仕方ないわねぇ……このスーパーアイドルにこにーのウルトララッキーで絶対にいいのを引いて見せるわ!」

「……なんか頼りないにゃぁ……」

 

 胸をドンと叩いて強い自信を見せる一方で、その自信に不安がる凛の声が邪魔をした。それにやっきになったにこを花陽と真姫が抑えようとする。こうした日常的光景はいつもと変わらなかった。

 抽選会とは、披露する順番を決めることで、全20組あるグループが先頭で行うか、最後に行うかで気持ちの入れようが変わってくる。そうした意味で、にこは責任重大な役目を受けたのだった。

 

「抽選会が終わった後、俺たちはそのまま運営の方に行かなくちゃならない。だから、穂乃果のことを頼んだぞ」

 

 現状、穂乃果がどこで何をやっているのか見当がつかない。大方、寝坊しているのだろうと言うのが蒼一の考えだったが、さすがに遅い。いまからこちらに向かったとしても、運営とのセッションがある蒼一たちと出くわすことはないだろう。だから、いまここにいるみんなに頼まなくちゃならなかった。

 彼にとっては、かなり口惜しいことでもあった。

 

「それと、もしもの場合だ。穂乃果が来れない、何か問題がある場合は、もう一曲の方をやるか、8人編成でやるかを決めてくれ。もし8人でやるとしたら、センターはことりでいくぞ」

「ふえっ!? わ、私が!?」

「そうだ。ことりは穂乃果のところをちゃんと見ていたから踊れるだろ?」

「え、あっ、うん……。できなくないけど、自信がないよ……」

「大丈夫だ、ことりならできる。練習の時にも見たが悪くない感じだった。それに、これはもしもの話だ。あまり気負いしなくてもいい。穂乃果が来るまでの辛抱だと思っててくれ」

「う、うん……わかったよ」

 

 ことりは少しぎこちない笑みをこぼしつつ蒼一に答える。

 できることならばこうしたくはない。実際、穂乃果がいないとなると全体のフォーメーションやテンションの低下を招くことになる。ただでさえ、突貫染みたやりかたで今日まで過ごしてきたのだ、ここでボロを出すことだけはしたくなかった。

 

「それじゃあ、にこ。一緒に行くか」

「わかったわ。にこの運に任せなさいよ!」

 

 胸をドンッと叩き、大船に乗ったような気持ちで彼と共に部屋を出ていった。

 結局、彼がμ’sとともにいる時まで穂乃果と出くわすことはなかった。昨日のこともあり、かなりの不安がこみ上げてくる中、彼は薄暗い道を歩いて行くのだった。

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 

 一方、その頃―――

 

 

「へくしゅっ……! うぅっ……」

 

 朝日はとっくに昇りきったであろう時間にようやく目覚めた穂乃果。寝返りを打ってボサボサになった頭を掻きむしって時計の針を眺めた。

 

「あっ……! もう、こんな時間……行かなくちゃ……」

 

 どこか覇気のない声を発すると、跳ね上がって起き上がろうとした。が―――、

 

 

「あ、れ……?」

 

 ベッドから脚を下ろして立ち上がろうとした瞬間、視界がぼやけた。眩暈なのかな、と憶測するがどうも頭がうまく回らずに抜け落ち、虚無の空気に漂ってしまう。

 

――その刹那、彼女の身体が大きく傾き、床に強い音を立てて倒れ込んでしまう。

 

「お、おかしい、な……身体が、言うこと、聞かない……」

 

 焦点の合わない瞳を回し、自分が倒れたことに驚愕する穂乃果。けれど、どういうことかこの身体は彼女の言うことを聞こうとしなかった。辛うじて動く腕を駆使して、やっとの思いで上体を起こすのがやっとだった。

 

「あつい……からだ、あつい……だめ、だよ……だって今日は、だいじな、ライブの……」

 

 フラつく身体を気合で押し込めたのか、弱々しい四肢を真っ直ぐに伸ばして立ち上がった。

 いつ倒れてもおかしくない、そんな状態でありながらも、彼女は立った。

 何かが、彼女の中にある何かが押し上げているみたいだ。意志か、それとも願望か? いずれにせよ、彼女がこうして立っている、それだけが確かなことなのだ。

 

 

「ぜったいに……、絶対に……穂乃果がやってみせるんだ……!」

 

 額から滂沱の汗が流れるも、燃え盛る炎のような瞳が強く光る。たったひとつの願いを叶えるためだけに走りだそうとする彼女から、狂気に近い意志が感じ取れる。まるで止まることを知らない暴走列車に等しかった。

 

 

 何度倒れても―――、

 

 

 

 何度膝を地に着かせようとも―――、

 

 

 

 

 

 彼女は起き上がり、進んでいく―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが―――、

 

 

 

 

 

 

 

 彼女の前に敷かれたレールの先がどこに繋がっているのかなど、知るよしも無かった―――――

 

 

 

 

 

 

 

(次回へ続く)

 





ドウモ、うp主です。

ジメジメとしてきてようやく梅雨が来たって感じがします…
え?梅雨は1カ月も前に終わってる???うっそだぁ~…


そんなバカなっ?!



そんなわけで、今回の話です。
ようやくこの話をつくれるわけですか……どんなシリアスなお話にしようかと悩んでいるところ。まあ、今までの話よりかソフトに終わらせるつもりなので、胃薬は必須じゃありません。

では、次回もよろしくお願いします!


今回の曲は、
SHUFFLE!オリジナルサントラ/『Purple Moon』

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