蒼明記 ~廻り巡る運命の輪~   作:雷電p

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第141話





目の前に餌を釣らされると無性に噛みつきたくなる

 放課後―――

 

 ラブライブまで残り2日と迫ったこの日、彼女たちは変わらず練習に励んでいた。

 今回披露することになる新曲と既存曲。どちらも欠かすことのできない勝負曲としている。新曲の方はあの合宿の時に真姫と海未がベースを組み、蒼一が構築させた最高の一曲。そこに、絵里と明弘のダンスも加わり、これ以上に無い出来となったのだ。

 まさに、ラブライブに相応しいモノとなったのだ。

 

 そして、今日は本番を意識した練習で臨み、見事成功。明後日の本番で披露しても恥ずかしくない出来栄えだった。

 それを保障するかのように、練習を最後まで見守ってきた洋子が大きく頷いた。

 

「やったぁ!! 成功だね!!」

「上出来ですよ、穂乃果ちゃん! これなら本番でもよい結果が出そうです!」

「ほんと、洋子ちゃん!?」

「えぇ、間違いありませんよ。いまのμ’sは全国レベルの実力になっています。優勝を目指してもいいと思いますよ!」

『ゆ、優勝……!』

 

 喜びのあまりつい口にした“優勝”の言葉。他意のない言葉を耳にした彼女たちは背筋が震わせた。思いもしないはずだ、自分たちが優勝できるかもしれないと言うことに。

 特に、誰よりも震えていたのが穂乃果だった。

 

 

「できるんだね……穂乃果たち、優勝……できるんだよね……?」

「穂乃果ちゃん……?」

「優勝しようよ! 優勝! ここまで来たらもう優勝しかないよ!!」

 

 飛び跳ねていきそうな弾んだ声で叫ぶ穂乃果。さっきよりも断然元気がみなぎっているようでキラキラと目を輝かせていた。まるで、何かスイッチが入ったような変貌を感じられた。

 

「ゆ、優勝って……そ、そんなの無理ですぅ……!」

「大丈夫だよ、花陽ちゃん! だって私たちは蒼君たちからたくさんのことを教わったんだよ! 蒼君たちが教えてくれたことをちゃんとやれればできるって!」

「そ、蒼一にぃの……?」

「そうだよ! だって蒼君は、RISERなんだよ!」

「―――ッ!!」

 

 穂乃果のこの言葉は花陽の心を動かすには十分だった。彼女は根っからのRISERのファン――その実力も言わずともよく知っている。何よりそれが自分の義兄であり、恋人であるのだからその意味は大きかった。

 

 

「……うん、そうだよね……! 蒼一にぃが教えてくれたんだもんね……うん、できると思う。確証はないけど、でもきっと、私たちならできるって思える気がする……!」

「うん! そうだよ花陽ちゃん!」

 

 花陽の迷いは断ち切られる―――

 強い何かを感じとった花陽は澄み切った明るさで穂乃果に応えると、穂乃果も花陽の気持ちに応えるように両手を握って励ました。

 この様子を見ていた他のメンバーたちも穂乃果の言葉に共感したのか、同じく迷いのない目を見せた。彼女たちから発せられる自信は力強く、それは確証に繋がる。

 

「まったく、穂乃果は無茶なことを言いますね……」

「それに、できないって決まったわけじゃないでしょ?」

「そうね。諦めなければできるものね」

「始まっても無いのに終わりなんて縁起悪いやん?」

「本気のにこたちを見せないで終われないわ!」

「凛たちならできるにゃぁ!」

「穂乃果ちゃんならできるよ」

 

 面をあげた彼女たちは口々に話すが、その気持ちはみな穂乃果と同じだった。

 そんな彼女たちを見た穂乃果は、また目を光らせる。

 

「ありがと……みんな……。うん! 頑張ろう! そして優勝しよう!!」

 

 穂乃果は自信に満ちた顔でそう言ったのだった。

 

 

 しかしそれが、何か焦っているように見えたのだが、誰も気付くことはなかった。

 

 

 

 

 

――

――― 

―――― 

 

 

 穂乃果ちゃんはすごいなぁ……あんなに自信満々に、優勝するって言うなんて。ことりには絶対に言えないよ。だって、自信ないもん……わたし……。

 

 やっぱりだ……何かが違う気がする。ことりと、みんなと何かが違う。穂乃果ちゃんがああ言ってみんなが同じことを言ってたから、ことりもそれにあわせるようにして言っただけ。本当は思っていないの、何も……。

 

 あっ……でも、言わなくちゃ……。()()()()を穂乃果ちゃんだけには……。

 

 

「――それじゃあ、私、明日の準備をするから先に帰るね!」

「―――っ!」

 

 先に……帰る……?

 だ、だめっ……!

 ま、まだ行っちゃ……だめ……!

 

 

「穂乃果ちゃんっ――!」

 

 私は思わず叫んで穂乃果ちゃんを止めたの。穂乃果ちゃんはすぐに振り返って私の方を見て、どうしたんだろうって顔をしてた。伝えなくちゃ……穂乃果ちゃんに伝えなくちゃいけないことが……

 

 

「あのね、穂乃果ちゃん。私ね、伝えなくちゃいけな……」

 

 

 PLLLL――♪

 

 突然、どこからか携帯の着信音が聞こえた。私の声よりも大きな音を出したみたいで、私も驚いちゃって口を止めちゃった。そしたら、穂乃果ちゃんは自分のバッグの中を開いて手探りすると、スマホを取り出したの。

 

「ごめん、ことりちゃん! ちょっと待ってて!」

「あ……う、うん……」

 

 話が途切れちゃって何も言えなくなった私は、口籠って待った。いったい、誰と話しているんだろう? って思っていたんだけど、それはすぐにわかっちゃった……

 

 

「あっ、蒼君! どうしたの急に……?」

 電話相手は蒼くんなんだ……蒼くんがわざわざ穂乃果ちゃんに連絡するなんて……。あっ……た、多分あれなんだよね、穂乃果ちゃんμ’sのリーダーだからいろいろと伝えなくちゃいけないことがあるんだよね……?

 

 でも……あんなに嬉しそうに話をしている穂乃果ちゃんが、とっても羨ましく感じちゃう……。蒼くんは、ことりと話をしてくれないのかなぁ……?

 

 

「えっ……うん、わかったよ! すぐ行くね!」

 

 行く? どこに……?

 穂乃果ちゃんはそう言うと電話を切った。ただ、ことりの中でとってももやもやした感じがする……。前に感じたことのある変な感じだ……

 

「ごめん、ことりちゃん!いまから蒼君のところに行かなくちゃいけなくなっちゃった。だから、さっきの話はまた今度にお願い!」

「あっ、ほ、穂乃果ちゃん……!」

 

 電話を切ってから間もなく穂乃果ちゃんは慌てた様子で荷物を手に取っていた。そして、早い口調でことりにごめんって言われてそのままどこかへ行っちゃった。私、まだちゃんと話せてないのに……穂乃果ちゃんには伝えたいって思ってたのに……

 

 はぁ……だめだなぁ、私。いまになっても変わらないんだね……。穂乃果ちゃんも蒼君も変わったのに、私だけ取り残されちゃってる気がして……なんだか恐いの……。

 

 胸の辺りがすっごく重くなりながら、ことりも帰りの支度を始めます。お母さんには今日伝えるって約束したのにな……電話だとちゃんと気持ちを伝えられないと思うし、メールだとその後の返信が恐いし……。だから、直接伝えたいって思ってるんだけど……いざ話すとなると喋れなくなりそう……。

 そうやって悩めば悩むほど言いにくくなっていくし、胸も痛くなってくるの。どうしよう、私……

 

 

「――ことり?」

「ふえっ?! う、海未ちゃん?」

 

 気持ちがどんどん沈んでいこうとしていた時、急に海未ちゃんに呼び止められた。海未ちゃんの方を見ると、その横に洋子ちゃんの姿もあった。どうしたんだろうなぁ、って思ってると、2人とも心配そうな顔をしてきて尋ねてきた。

 

「ことりちゃん、何か悩み事ですか? 私たちが相談に乗りましょうか?」

「え? あ、いや、いいよ大丈夫だよぉ洋子ちゃん。それに、ことりは何も悩んでないから…」

「嘘ですね」

「えっ……?」

「ことりは悩んでいたりするとよく顔に出るんですよ。気が付きませんでしたか?」

「う、うん……全然」

「さすが海未ちゃんですねぇ! 長く幼馴染やってるからこそわかることですね!」

 

 洋子ちゃんの言う通り、本当にそうだと思う。海未ちゃんはよくことりのことを見ている。ことりだけじゃない、穂乃果ちゃんだって、蒼くんのことだってちゃんと見ている。だから、いまもこうして尋ねてくれるんだ。

 

「ことり。私たちでは頼りないですか?」

「そ、そんなことないよ! 海未ちゃんも洋子ちゃんもとっても頼りになるよ! ことりの大切なお友達なんだもん!」

「ふへへ、そう言ってもらえると光栄ですね♪」

「まったくです。では、お話してもらえるんですよね?」

「う、うん……話すよ、全部ね……」

 

 

 

 

――

――― 

―――― 

 

 

 翌日―――

 

 ラブライブを明日に控えた今日。実質、最後の練習となるこの時に、μ’sメンバー12人全員が勢揃いした。

 ラブライブ運営との交渉で長々と不在していた蒼一と明弘。彼らに代わり彼女たちを見届けていた洋子。この3人が彼女たちとようやく合流を果たし、本格的な練習を行うこととなった。

 そこには、裏で支えてきたヒデコ、フミコ、ミカのヒフミ組の姿も見られた。

 

 学校の講堂を借り、本番の衣装を身に纏いながらの最終調整。立ち位置から細かなステップまでを事細かに確認すると、前通しのリハーサルを行う。前日の練習よりも本格的な本番形式の中で、彼女たちは活き活きとしたパフォーマンスを彼らに魅せ、支障をきたすことなくやり遂げることができたのだった。

 

 

「よし、上出来だ。最高の仕上がりになったな!」

『やったぁ!!!』

 

 通しを終えての蒼一からの総評に歓喜の声を上げる彼女たち。蒼一らが不在の間、必死に練習をし続けて完成させたこれで、蒼一らを納得させることができたことがとても嬉しかったのだ。

 

「いい出来になったじゃねぇの? これなら明日の本番で胸張って披露できるってもんじゃないのか?」

「ですね♪ いまのμ’sでしたらどこにも引けを取らないでしょう。全国に勝負を挑むには申し分ありませんね!」

 

 明弘と洋子はこの練習を大いに満足していた。そして、明日のライブが楽しみで仕方なくなっていた。

 

 だが、その一方で蒼一は、若干懸念する顔つきを見せていた。

 

 

「――それじゃあ、今日の練習はここまでだ。体調を整えて明日のために英気を養ってくれ」

『えっ―――?』

 

 彼の口から聞かされたそれに全員驚きを隠せずにいた。いや、正確に言えば彼女たち9人であるのだが……。

 

「どうして? いま一番いい流れが来ているのよ? その流れを止めるようなことは良策とはいえないわ」

「絵里の言う通り。私たちならまだ精度を高められるわ。それに、さっきの一曲だけじゃなくってもう一曲の方も練習した方がいいんじゃない?」

 

 疑問が渦巻く中、彼女たちから声を上げた絵里と真姫はそうした意見を蒼一に進言した。だが、蒼一は首を縦に振らず、逆に2人を諫めるかたちをとる。

 

「いい流れだと言ってずっと流れ続けていけば深みにはまる。そうすれば、後戻りができなくなってしまうんだ。それと、精度云々の話だが、これ以上はもう無理だろう? いまは疲れた身体を休ませた方が得策だ」

「け、けど……花陽たちならまだできるよ。あと少しだけ確認したいこともあるし……」

「凛も、凛も! まだまだやりたいないところがあるにゃぁ!」

 

 蒼一の忠告に花陽と凛は口をそろえて意見した。この2人からそうした声を聞くのはめずらしく、正直彼も驚いているように思えた。けれど、蒼一は一度深い溜め息を発すると、花陽と希の身体に触れると手前に引いた。

するとどうだろう、2人の身体はふらつきバランスが崩れそうになっていたのだ。

 

「2人とも、かなり疲れているんじゃないのか? それに、顔色もあまり良くないな。そんな状態で練習をさせるわけにはいかないな」

「「そ、そんなっ……!」」

「とにかく、最後の練習はこれでおしまいだ。今日はまだ日が高くなって気温が酷くなる。それに夜には雨が降るし気温も大幅に下がる。こういう時だからこそ体調に気を付けなければならないんだ」

 

 理路整然とした応えを持って彼女たちの言葉を払う蒼一。彼がなぜあの2人を捉えていたのかと言うと、この中で極めて体力に自信のない2人であるためで、この2人が現状でもキツそうな動きを見せていたからだ。それなのに、無理をさせて身体を壊すことがあっては本末転倒だとして止めたのだった。

 

 

 けれど、それを聞き入れずに意見をし続ける穂乃果が喰ってかかる。

 

 

「嫌だよ! 穂乃果たちはまだまだ練習したいの、練習したりないの! だって、明日なんだよ、本番! それなのにゆっくりなんてできないよ!」

「穂乃果……?」

「穂乃果ちゃん……?」

 

 

 穂乃果にしてはかなりめずらしい意見だ。普段ならばすぐ終えてしまうのに、ここ最近は何故か練習に力を入れようとしている。決して悪いことではない。だが、いまの彼女は何やら切迫した様子を見せており、2人の幼馴染も異常に感じていた。

 

「もっと頑張らないと、もっと練習しておかないと、優勝なんて無理だよ……。優勝するには、もっともぉ~~~っと頑張らないとダメなんだよ!!」

「穂乃果っ!」

「―――っ!!」

「何を焦っているのか知らないが、いまここで無理して詰め込んでもいい結果は出ない。付け焼刃なことをして本番でボロをだせばそれでおしまいだ」

「で、でも……!」

「こういうのはテスト勉強とはわけが違う。どれほど自分を毎日磨いてきたかが重要だ。穂乃果たちはそれができている。だからいま、こうして最高のパフォーマンスができるようになった。いまはいまの自分の力を信じることだ」

 

 焦燥感に駆られる穂乃果に蒼一は諫めると、彼女たちにも向かって言った。

 

「みんな初めての大舞台で緊張して不安がっているかもしれないが、大丈夫だ。いまのお前たちならできる。何も考えず、ステージの上ではいつものお前たちを見せるんだ。言っても難しいかもだが、俺はお前たちのことを信じている。無事に戻って来れたら目一杯抱きしめてやるからさ」

 

 蒼一の言葉を耳にした彼女たちは、肩の力を緩ませた。

 彼女たちの脳裏に強く響かせた優勝という2文字が、いつの間にか(かせ)となっていたのだろう。が、蒼一の言葉を聞いたいま、その枷は外れて本来の彼女たちに立ち戻った。

 

 

「――っと、それじゃあ俺たちも行くとするか」

「そうだな、兄弟。今頃おっちゃんもウズウズして待ってるだろうよ」

 

 2人はそう言うと、そのまま荷物を手にしてこの場を去ろうとした。それが突然のことだったので、みな驚いてしまう。

 

「ちょ、ちょっと蒼一! どこに行くって言うのよ?!」

「あー……ちょっと真田会長のところさ。明日の打ち合わせをしないといけないんだ、だからさ、すまないけど先に行かせてもらうよ」

 

 蒼一たちはRISERとしての仕事が残っているため、実行委員会の方に出向かなければならない。そのことは先日彼女たちも聞いている。だがやはり、本番直前における彼女たちの心境は揺れ動いている。それを彼に支えてもらいたいと願ってしまうのは、恋人としての我儘なのかもしれなかった。

 彼もまた、彼女たちが寂しそうな表情を見るので、心苦しく思ったのだろう。彼女たち1人ひとりのもとに寄って抱きしめ一言かけたのだった。それを受けた彼女たちは恍惚な想いに浸って抱えていた不安を打ち消していくのだった。

 

 

「それじゃあお前たち、明日を楽しみにしているからな」

 

 彼は一言残して、明弘とともにこの場を去っていく。彼女たちは彼らの後姿を、ただジッと見つめて送るのだった。

 

 

「――それじゃあ、私たちも早く帰りましょうか」

 

 彼らがいなくなると、絵里が両手を叩いてみんなに声を掛けた。彼の一声で気持ちを切り替えられた彼女たちは、すぐに行動に移すことができた。みなそれぞれ思いはあるのだけど、すべては明日のためにと、彼のためにと意気込んでいるように見られた。

 

 

 

「――やっぱり、じっとしていられないよ」

 

 しかし、散々忠告を受けられたにもかかわらず、穂乃果はまた1人走りをしだすのだった。

 

 

 

 

 

――

――― 

―――― 

 

 

 

「――また、言いそびれてしまいましたね……」

「う、海未ちゃん……!」

 

 練習も終わって解散した後、ことりだけは講堂に残っていたのを海未は見つけた。

 

「どうします? このままでは何も伝えられずに行ってしまうことに……」

「うん、わかってる……。ねぇ、海未ちゃん」

「はい、なんでしょう?」

「海未ちゃんは……賛成してるの?」

「私は……ことりの意見を尊重します」

「そう……」

 

 ことりからの質問に、海未はどっちつかずな答えで逃れてしまう。海未もこうした答えをするのはどうかと思うものの、その答えを言うことを恐れた。もし、自分が答えてしまえば、ことりはその意見に流されてしまう、と。

 だが、そのことりの胸の内は海未とは違っていた。そのことに、海未は気付かないでいたのだった。

 

 

「……明日のライブが終わったら、話すよ……」

「そうですか……では、悔いのないように……」

 

 2人はいま、この胸の苦しみをどうしたらよいかがわからなかった。彼女たちはこの苦しみと共に不安な夜が早く過ぎていくことを願うばかりだった。

 

 

 

 

(次回へ続く)




どうも、うp主です。

最近、身体の言うことが効かなくって落ち込んでいる日々です…。
環境が去年と変わったからかな? 部屋の中がすっごく暑いの……。
おかげで食欲とか、なんとかがお粗末になるのです。
どうしたらいいのか、これは非常に悩みどころだったりします。

でも、まだ描く気力だけは残っているから書けるだけ書きますよ。


ということで、次回もよろしくお願いします。


今回の曲は、
Do As Infinity/『柊』

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