蒼明記 ~廻り巡る運命の輪~   作:雷電p

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第136話





【*】風は舞踊り、高く飛び…(後編)

――

―――

―――― 

 

 

 

[ スクフェス・メインステージ控え室 ]

 

 

 多くの観客らの声が空気を震撼させる―――

 

 ステージに立つ現役スクールアイドルたちが、集まってくれた観客のために力いっぱいの歌とダンスを披露していた。 彼女たちのその熱に動かされ、観客らも大いにヒートアップさせていた。

 会場が一種の熱狂の渦に呑み込まれている、そんな感じだ。

 

「――っと、準備の方はいいか、アポロ?」

「問題ない。 ――というより、さっきからこの部屋の前にいる子たちが気になって仕方ないのだがな」

 

 今回の大会のフィナーレを飾ることとなる俺たちRISERは、準備された部屋の中でその時がいつ来るのかを待ちわびていた。 待機している時間がそれはまた長いものだから、噂を聴き付けた他のアイドルたちが扉前に集まっている、と言ったところか。

 

「かっかっかっ!! そりゃあ、俺たちは今も昔も変わらない最強のアイドルなのだから仕方の無いことよ! むしろ、こうして多くの人たちに期待されていることに感謝しないとな!」

「……まあ、それも一理あるな。 休止期間を跨いでのこのライブ、変わらないファンのみんな。 どれもかしこも懐かしい……。 以前と何も変わらないようだ」

「いいや、ソイツは違うぜ」

「ん、どういうことだ?」

「ファンの人からすりゃあ、今の俺たちを見ても変わった、だなんて感じないだろう。 けど、当の本人である俺たちは違う。 ちゃぁんと変わってるだろうに、な?」

「…………! ふっ、確かに、そうだったな」

 

 くっくっくっ、と不自然な笑いをしながら俺の胸の扉をノックする感じで軽く叩く。 そんな明弘の言葉を耳にして、俺はハッとする。

 そうだ、今の俺は昔とは違う。 俺には、護るべきモノがある。 それは、とても大切で、かけがえの無い宝物のような存在。 それに気が付き、素直になって受け入れたことで俺は変わったんだ。 苦しさや悲しみ、たとえそれを抱いても、そうした存在が俺を励まして支えてくれる。

 それはもう、ひとりじゃないということだ。 孤高に生きた人生も、これからは夢に向かって走り抜ける、ひとりの男として生きていくんだ!

 

―――そう、胸に抱くのだ。

 

 

『RISERのみなさん、お時間です』

 

 コンコン、と扉をノックする音が聞こえると、大会スタッフが連絡のために扉越しに伝えてきた。 「わかりました」とすぐに返事を返すと、よしっ、と意気込んで腰をあげる。 汗でむせ返りそうになるジャケットをピンッと張り、ベタ付く手に革製のグローブをはめ込む。 黒地に金の刺繍が施された帽子を被り、いつもの仮面を装着させる。

 鏡の前に立ち、その装いを眺めてみると、まるで軍人――礼装服と呼ばれるような煌びやかな服装に、袖を通してからやっと満足してしまう。 これにマントでも翻させるのなら完璧だな。 だが、さすがにそこまでは望みたくもないし、やろうとは思わない。 激しく踊る俺らには邪魔にしかならないからだ。

 

 

……ただ、私用で使うのであれば……悪くないかも………

 

 

「さてと――さあ、兄弟。 時間(ショータイム)だ♪」

 

 俺と同じような服装を身に纏わせる明弘は、そう告げるとすぐさま扉に向かっていこうとする。 俺も後を追って行く。 そして、扉を開けた瞬間――――

 

 

 

 

 

『わあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!』

 

 

「………っ!」

「うひょっ、コイツァ……!」

 

―――割れんばかりの大歓声に出迎えられたのだ

 

 

 そのあまりの唐突な出来事に、俺は一瞬、頭の中が空っぽになった。 扉の前に彼女たちが待ち構えていることは知っていた。 だが、この数は一体どうしたことだろうか……? 昨日のライブに出演していたグループだけじゃない、出演しなかった他のグループもこの中に含まれていたのだ。

 そうした人たちが一斉に、俺たちに向かって声をあげるのだ……。 これに胸が躍らないわけが無かった。

 

「ありがとう―――」

 

 俺は右手を小さく上げて迎えてくれる人たちに向けて感謝の言葉をかけた。 そしたら、またさらに声は大きく鳴りあがり、耳の奥がキーンとなるくらいの奇声に近かった。 が、それがとても嬉しかった。 同じ演者からこのような祝福の声に出迎えられる、これ以上の称賛は存在しないだろう。

 

 俺たちは、歩み出す――――

 

 彼女たちが整わせてくれたこの栄光へと続く道に乗り、俺たちの舞台へ――――

 

 

 

 

 

「あっ―――」

 

 突然、俺たちの前に、1人の少女が倒れ込んだ。 どうやら躓いてしまったらしい。 が、その予想外の出来事に、周りが動揺し歓声が鳴りやんだ。

 

 静寂が、少女に突き刺さる。

 

「あっ……あ、あの……え、ぇと……」

 

 少女は自分でもよくわからない感じで辺りを見回すと、目の前に立つ俺らを見上げていた。 その表情には、怯え畏むように青ざめた様子がうかがえた。 震えているのか……まるで、絶望を見ているかのような、そんな姿を見せる少女を、黙って見ていられなかった。

 

「…………ッ!!?」

 

 俺は床に膝を立て、少女の前に屈んだ。 それを見た少女は眼を大きく見開いて、俺の顔をジッと眺めていた。 怯えたと思えば、次は驚きの表情を見せる。 そんな少女に向かって俺は、手を指し伸ばした。

 

「乙女よ、立てるか―――?」

「~~~~ッッッ!!!」

 

 驚きを抑えたかのような声を口から漏らし、指し伸ばしたこの手と顔を交互に見て戸惑いを隠せていない。 どうした、手も震えているのかな? と、やんわりとした声で聞くと、い、いえっ! そ、そんなことは…! と震える手をこの手に添えてきた。

 冷たく、か弱い手。 見れば少女自身も弱々しい身体をしており、風が吹けば吹き飛んで行ってしまいそう。 その儚げな少女の手を取り、もう片方の手を腰に回してゆっくりと立たせた。 足に力を籠めて立ち上がらせると、生まれたての小鹿のように足を震わせていたが、そこは俺が支えているので崩れることはない。

 

「乙女よ、もう1人で行けるか?」

「は、はひっ!! ら、らいじょうぶれすっ!!」

「ふふっ、その様子では心配だ。 俺たちのライブで腰を抜かさないでくれよ?」

「―――ッ!! は、はいっ!!」

「よし、いい子だ♪」

 

 少女が1人立ちできることを確認すると、かけた手を放し、少し微笑んでから去り始める。そしてまた、大歓声が俺たちを包み込むのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 また、さっきの少女が泣き崩れたことを、俺は知らない――――

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 彼女たちの道を歩み続け、その先端に辿り付こうとした時だ。

 

 舞台袖で俺の目の前に待ち受けていたのは彼女たち、μ’sが道の両側に立って待っていた。 彼女たちは他とは違い拍手喝采を立てず、ただ羨望の眼差しを持って俺たちの歩みを讃えているようだった。

 

 そんな彼女たちに反応を示したい――だが、それはできない相談だ。 何故なら、今の俺たちはRISERであり、宗方蒼一ではないからだ。 もし、変に彼女たちへ反応を示そうとすれば、俺の正体はおろかμ’sに対し何かしらのことが起きかねなかったからだ。

 それもあって俺たちは、通り過ぎていった彼女たちと同様に反応を示すことなく歩み続けようとした。

 

 

 あっ――――――

 

 

 思わず、俺の視線が彼女に集中する。

 俺を受け入れ、俺のことを失望せずに信じ続け、お互いに愛を確かめ合った――穂乃果に。 この道の最終地点にただ一人、まるで俺だけを迎えるためにいるのだと感じてしまう位置に、穂乃果は待っていた。

 太陽のように眩しく、暖かな眼差しでやさしく包み込んでくれる――そんな彼女の存在に、この足が止まり掛かった。

 

 いや、止まってはダメだ。 堪えろ……

 

 自分に言い聞かせるように、受け止めたい、抱きしめたい気持ちを抑えて彼女の前を通り過ぎようとした。

 

 

 

 

 

 トンッ――――――

 

 

「………えっ………?」

 

 その時、背中を何かに押されるような衝撃を受け、身体のバランスが崩れ出した。 不意に生じた出来事に、足取りが不安定になり身体が大きく横に逸れ出した。 しかも、その先には穂乃果が―――

 

「「あっ――――!!」」

 

 俺と穂乃果の声が交わった瞬間、俺の身体は穂乃果の方へ吸い込まれるように抱き付いていた。 ちゃんとバランスがとれるはずもなく、2人揃って身体を傾けてしまう。 ちょうど倒れそうになる瞬間、俺たちの身体に黒い幕が絡み出し覆い隠した。

 それが神様のいたずらなのかわからない。 そのおかげで、俺と穂乃果の時間が不思議なかたちで生まれることに。

 

「蒼君―――」

 

 ヴェールのような幕と言えど、覆い被さればその中は真っ暗だ。 何も見えることはない。 なのにどうしてか、穂乃果のリンゴのように紅らめた顔がよく見えるのだ。

 

「穂乃果―――」

 

 堪らず穂乃果の名を呼ぶと、身体を思いっきり抱き寄せ、その緋牡丹の蕾のような唇に―――――

 

 

 

 

 

 

 絡み出す幕を自力で抜け出し、幸いにも倒れることなく立ち留まれた。 この腕の中では、()()()()()()()()()()()()()()彼女がうずくまるようにして身体を縮めていた。

 

「乙女よ、ケガは無かったか?」

「だ、大丈夫……平気です……!」

 

 彼女はそう言って、満面の笑みを浮かばせて返事する。 それを聞いて安心すると、この腕を彼女から解き放たせ、そのまま歩みを続けた。

 

 まるで、何事もなかったかのように――――

 

 

「……おい、明弘……てめぇ……」

「くっくっくっ……いいじゃねぇか、別に。 周りからはただの不慮の事故にしか見えなかったぜ?」

「そうじゃなくってな……もっと普通に……」

「まあまあ、そう言うなって。 おかげでいい感じになったんだろ、な?」

「ぐっ……ま、まあ……それはそうだけど、さ……」

「なら、褒めてくれたっていいんだぜ、この俺を♪」

「ぐぬぬ……なんだか釈然としないが……礼だけは言っておく……」

「新作美少女フィギュア1/12スケールで許す」

「高ッ?! なんだその詫び代はッ!! ……あぁぁ、わかったよ、出せばいいんだろ、出せば!!」

「話が早くて助かるぜ、兄弟♪」

 

 何か、コイツにしてやられた感があるが……そこは大目に見てやるか……。

 不意の一瞬だったとはいえ、あそこで感じれた穂乃果の感触に張り詰め出してきていた緊迫が和らいだのは確かだ。 おかげで、今こうして落ち着いた様子でステージに臨むことができそうだ。 それに、この唇に残る口融けの感じが――――

 

 

「おっ、顔が赤いようだが……熱か?」

「熱なんかあるわけないだろ、火照ってるのさ、緊張で」

「へぇ~……そうかそうかぁ……」

 

 何かを見据えた感じに言ってくるコイツが腹立たしい……どうせわかってるくせに……。 帰ったらその口に甘々の生クリームに甘酸っぱいイチゴをふわっふわなスポンジケーキで挟んだデザートを詰め込ませてやるからな……よくやったぁ(覚悟しておけ)………

 

 

 

『それでは、RISERのみなさん、よろしくお願いします』

 

 

 大会スタッフが俺たちに合図を送ると、俺たちは身構えた。 これから始まるのは再会の一幕――新たな伝説が生まれる瞬間だ。 俺たちの歩みは止まらない、それを告げるかのように今走りだそうとしている。

 怖くたって立ち向かうんだ、理由なんてあるわけがない。 ただ目の前に広がる世界へこの身を投げ出すんだ。 そこから見える景色はきっと、どんなモノよりも美しく見えるのだろう。 あの日見た、頂の景色と同じように――――

 

 

 

「明弘―――」

「なんだ、蒼一―――」

「ありがとな、待っていてくれて―――」

「ふっ、そいつはこっちも同じだ。 よく戻ってきてくれたぜ、兄弟―――」

 

「こっからが正念場だ。 気合を入れろよ」

「ハッ! 誰に言っていやがる。 無理を無茶で押し通すこのエオスに?」

「それでこそ俺の相棒だ―――」

 

 お互いの手の甲をぶつけ合い、互いの健闘を祈った。 後には引けない長い闘いへの序曲として、今、その火蓋が切られようとする――――

 

 

 

「いくぞおおおぉぉぉぉぉ!!!!」

「おうッッッッッ!!!!」

 

 力の籠った声がステージに響き渡る。 俺たちの歩みは、まだ始まったばかりだった――――

 

 

 

 

 

――

――― 

―――― 

 

 

 

 力強い歓声が会場全体を轟かせる。

 スクールアイドルフェスティバル、最終日にして最高の盛り上がりを見せていた。 これまで出演した数多くのスクールアイドルたち――関東全域から集められたこの関東エリアのアイドルたちは、この期間とその後に控える全国大会、ラブライブに向けての最後の仕上げをここで見せていた。

 

 その熱情、感情―――共に最骨頂に到達していた。

 

 

 観客の熱気で蒸し殺されそうになるそのステージに、誰もが待ち望んだあの2人組のアイドルが……来る!

 

 

 

『ご来場の皆さま方、本日もスクールアイドルフェスティバルにお越し下さりまして、誠にありがとうございます。 個性豊かなアイドルたちに見惚れていることでしょう。 メインプログラムは先程のステージで終了となります。

 

――本日最終日、それではこのステージでの最後のプログラムに入りましょう!!』

 

 司会者の合図と共に、暗闇に包まれたステージ上に白い霧が立ち籠り始める。 ステージを照らすブルーライトが漂う霧に吸い込まれ、妖々とした輝きを放ち、耳に入る荘厳な音楽がこの場を一気に幻想的な空間へと一変させた。

 観客の間からざわつきと、待望する声が交差する。 今まで出演してきたアイドルたちにはない演出となっていたからだろう、格の違いと言うモノを感じられる。

 

 

 

『それでは、長らくお待たせいたしました。 これより、エキシビジョンステージを始めさせていただきます――――!!』

 

 司会の力の籠った説明と共に、音楽が鳴りやむ。 静寂がこの空間を包み込み、観客らも静観してその様子を見守っていた。

 

 

 そして―――――

 

 

 

 

 

『その想いは()(ため)に?』

 

 

 力強く精錬された低い声と共にこの言葉が語られる―――

 

 

 

()の想いは()(ため)に?』

 

 

 また、もう一方は、やさしく包むような高い声で語られた―――

 

 その2つの声が交差し、一体となって現れる―――!!

 

 

 

 

 

『『その想い……我らが果たさん!!』』

 

 

 2人の男から語られたその合い言葉に会場中が湧いた。 その言葉を知る者たちがこの場の大半を占めていたからだ。 平静を保っていた観客らは、その言葉を聞いて思わず歓喜の声をあげる。 曲がスタートする前から、すでに熱狂の渦が巻かれる。 情熱と歓声とが入り交じるこの空間に、誰も分け入ることなど出来やしない―――いや、可能なのはただ2人だけだった……

 

 

『『RISERrrrrrrrr!! Set Up! Go On!!!』』

 

 

 ドンッ! と、会場が震撼するほどの爆発音と共に2つの火炎が吹きあがる!龍のように高く舞い上がる2つの火炎の中から、これまた異彩を放つ男2人組が現れた。 仕立て上げられた衣装は、一目見ただけでカッコいいと見惚れてしまいそうなもの。 その姿が火炎の中で精錬されたかのようで、数段以上も見事な姿を披露させている。

 

 観客らにとって、もうそれだけで満足しきってしまいそうになる。 が、それすらも上回るステージが、今この時をもって始まるのだった――――

 

 

 ドラムがリズミカルなビートを効かせる。 まるで心臓の鼓動のように、流れる血液のように逸る衝動が身体を揺さぶらせる。 観客らの中に蓄積する熱情が、ビートに合わせて沸々と熱湯のように湧き上がりつつあった。 沸騰寸前、鍋蓋が弾き飛ばされそうになる瞬間だ。

 

 その瞬間を、この男は見逃さなかった――――

 

『最初は、俺から行かせてもらうぜ!! お前ら、準備はいいかァァァ!!!?』

 

 ステージギリギリにまで身体を寄せるエオス、明弘が、観客らを煽る。 その誘いに乗るかのように、一斉に大声で返答するのだ!

 

『オーケイ、オーケイ! 結構なこったぁ……それじゃあ、1曲目からブッ飛ばしていくぞォォォォォォ!!!』

 

 エオスの雄叫びと共に、刻み続けていたドラムが制止し、代わりに彼の声だけが轟く。 そして、ダンッ! と床に大きく踏み出し、彼らが歌う曲の名を叫ぶ。

 

 

 

『心絵ェェェェ―――ッ!!!』

 

 それを叫んだ瞬間、観客らの沸点が越えた! 抑え込んでいた鍋蓋は熱情によって弾き飛ばされ、中から溢れんばかりの感情が、ドッと雪崩れ出てくるのだった!!

 

 今はもう存在しないロックバンドのメジャーナンバー。 駆け抜けていく青春を歌った最高の曲であり、観客らもよく知る名曲だ。 その曲を選択した彼らが、この曲に掛ける想いとは……? そのすべては、彼らの口から直接伝えられる――――

 

 

 

“過去に夢見た景色と、今見えている景色。 そのどちらを比べてみると、形は違えど、確かに存在するのは、ひとつのもの”

 

“過ぎ行く春を惜しみ、心弾む夏を迎え、ようやく色んな事に気付き始めた秋と、何かを失った冬”

 

“我武者羅に地を這いつくばり、もがいて、あの日の夢にしがみ付こうとしていた…”

 

“この涙が枯れ尽くすまで、まだ出ぬ答えを追い続けていた”

 

“迷いながらも、どんな壁が来ようとしても、必ずこの手で掴んでみたい”

 

“心に描いた、あの夢を――――”

 

 

 

 彼、蒼一は、壮大な夢を描いていた。

 彼は、将来野球選手となって、多くの人を魅了する選手になろうと願っていた。 だが、7年前に起きたあの事故で、彼の夢は途絶えてしまった。 夢破れ、抜け殻のようになってしまった彼に、もうひとつの夢が与えられる。 それこそ、今こうして歌い踊る姿がそれである。 アイドルとして、新たな夢へと駆け抜けていくその姿が、まさにこの曲と合わさっていた。

 

 しかし、それをメインで歌うのは明弘、エオスだった。 彼がそれを歌う理由――彼が、彼こそが蒼一にもうひとつの夢を与えた張本人だからだ。 そのことで彼は、一度大きく後悔してしまう節があった。 蒼一が再び挫折してしまった時、彼は何もできずにいた。 その悔しさから彼は、今度こそ共にその夢を叶えようと決意したのだ。

 その気持ちの表れ様をこの曲に乗せて歌うのだ。

 

 

 彼らが歌うこの青春群像劇を表したかのような曲に、拍手喝采が止まらない。 ただ、彼らのその真の意味を知っているのは、ほんのわずか――彼の過去を知り受け入れた彼女たちと、数人の男性のみだ。 それを知る者たちにとって、曲の意味を考えようとすれば自然と涙が零れ落ちてくる。 彼が受けた辛苦を感じ、心が激しく動いてしまうからだった。

 そんな彼がこうしてステージに立ち歌い輝いている――この感動的瞬間を彼女たちは息を呑むような気持ちでジッと見つめ続けるのだった。

 

 

 

 

『―――待たせたな』

 

 耳に掛けたインカムをONさせると、それにむかって声をかける。 簡素な挨拶。 それに対して、観客らは豪奢(ごうしゃ)な喝采を持って彼らに応えたのだ。 観客らの声が彼らに届くと、揃って嬉々な表情となっていた。

 

 

『俺の名前は、アポロ。 そして―――』

『同じく、エオス。 俺たちが―――』

 

『『―――RISERだ』』

 

 

 彼らの口からその名をようやく聞かされる。 まるで、長きにわたる封印を解かれたかのような解放感と、安堵を抱いてしまう。 ようやく彼らが戻ってきた、と確信付けるのであった。

 

 

 

『キミたちからすれば、俺たちは過去の産物にすぎないだろう……。 俺たちがいない間に人は変わり、街も変わり、景色も変わった……それが時代の変化でもある』

『それに、俺らの次を担ってくれる新たな世代も現れた。 俺たちを越えるであろう数多くのグループが生まれ、花開き始める――こうした変化に喜ばないはずはねぇさ!』

『だが――だからと言って、俺たちもただ指をくわえて待つことはしない。 キミたちが自らを成長させていくというのであれば、我々も遅れることなくその壁を乗り越えよう』

『どんな苦難に陥ろうとも、決して諦めない心があれば必ず叶う――己を信じ、己を認め、己を変えていく。 難しいことかもしれないが、絶対に不可能ではない。 強い意志は、どんなことでも乗り越えてゆけるはずさ』

 

『そんなキミたちに向けて……この曲をカバーさせていただく。 夢見ることへの楽しさと、その苦悩……そして、叶えた先に見える幸せの未来を歌ったこの曲を、キミたちに捧げよう―――』

 

 

  

 

 

 

『Next Songs―――探求Dreaming』

 

 囁くように小さな声で、アポロは告げる。

 そう宣言した瞬間、どこからともなく流れ出すバイオリンの音色が会場を包み込み、それを耳にした観客らの歓声とが入り交じる。 知る人ぞ知るその選曲に、心が躍ったのだ。

 彼、蒼一が尊敬するアーティストの最高のナンバー。 夢を追い続けていくことの意味を教えてくれる、力強くもやさしさあふれるメッセージだ。 そのメッセージを、彼が、彼の言葉として贈るのだ―――

 

 

“いまの自分には、大切な人たちといつも繋がれている。 逢いたい、と強く願えば、必ず逢いに来てくれると、いまは信じていられるくらいに――”

 

“昔は当たり前だと思っていたのに、見つめ直してみたらそれは自分にとって本当に大切な、宝物のようなものだったんだと気付くことができた”

 

“自分に素直になってみて、本当に自分がして欲しいことはなんなのか、それを求めたら何かが変わっていったと、そんな予感を抱いたんだ”

 

“理屈ばかり考えないで、勢いでいいかもしれないと学んだ。 みんなのやさしさが自分の力になってくれるんだと学んだ。 だから自分は、大丈夫だと信じて進んで行けるんだ。 そして、その道は開かれるんだと―――”

 

“掴もうとしようとした夢がこの手からすり抜けてしまう…そんな時でも、大切な人たちが自分を支えてくれる。 その支えのおかげで、夢をあきらめずに進んで行けるんだ”

 

“そして、その夢がもうこの手で掴むことができる、そんな近くにまで来ることができたんだ。 あきらめないでよかったと、みんなで笑いあえる幸せの未来を掴むために、自分は夢を追い続けよう――”

 

“――終わらないDreaming”

 

 

 

 夢見ることをあきらめない―――

 それを全身全霊で応援する力強い歌だ。

 

 彼、蒼一はこの歌詞に込められた意味と想いを自らに取り込み、それを彼なりの解釈とを言葉に乗せて歌う。 歌詞に込められる、戸惑い、不安、葛藤――そうした人が抱く負の感情に親身に寄り添うかのような安心感が観客らの胸を打つ。

 

 

 だが、それだけではない。

 彼、蒼一は、この歌に自分を重ね合わせていたのだ。

 ちょうど彼が2度目の挫折に遭遇した際、彼の中で何かが終わってしまったという観念に囚われてしまった。 夢を追い続けてきた彼が、その目前で夢を打ち壊されてしまったことが彼の心に暗い影を落としたのだ。 それからというモノ、彼はそれまで手にしてきた栄誉、才能、歌唱、舞踏……これらをすべて捨て、ただ生きるだけの、水に浮かべられた木葉のような存在となってしまったのだ。

 

 もう、夢など追いかける必要など無い……そう思い続けてきた………

 

 

 

 

 だが、そんな彼の前に一閃の光が差し込む―――

 

 

 

 

 

“蒼君!!!どうしよう!!!音ノ木坂学院がなくなっちゃうよ!!!!!”

 

 

 焦りと戸惑いが絡み合った理不尽にも捉えられる言葉――そんな彼女の言葉が、彼を変えていった。

 彼は、彼女のためにと、もう一度この手に才能を取り戻した。 彼女たちを成長させるためにと、歌唱と舞踏を取り戻した。 彼が捨ててきたあらゆるモノが、飼い犬が主人の許に駆け戻るかのように、彼の許に戻ってきたのだ。 そして、彼女たちが大きく成長し躍進していくと、その彼女たちからの栄誉が贈られるようになったのだ。

 着々と彼が元に戻っていく中で、新たに2つの感情が生まれるのだった。

 

 『覚悟』――

 彼が、彼女たちのために全力を尽くそうと、誓った意志。 この意志が彼をここまで運んできたのだ。

 

 そして、『愛情』―――

 彼は知った、自らがここまで愛されていることに。 今まで知ることも考えることもして来なかった彼の中に、それは生まれた。 初めは気付かなかった……いや、気付こうとしなかった。 彼は恐れたのだ、何かが変わり、何かを失うことを………。

 実際、気付いたことで変わり、失ったこともあった。 が、それらよりも遥かに大きく、尊いものを彼は手にする。 それこそ、彼女たちからの『愛情』そのものだったのだ。

 

 愛が、彼というセカイを変えた(取り戻した)――そして、今。 彼はこのステージで歌う。 憧れの、夢の続きを見るために―――

 

 

 これは、彼から、彼女たちへ贈る感謝のメッセージ―――――

 

 

 そして―――もう一度、夢を与えてくれた彼女に向けてのメッセージでもあったのだ

 

 

 

 

 曲が静まると、再び会場に歓喜の豪雨が降り注がれる。 彼らが魅せる最高のパフォーマンスに言葉に出来ない感情で応えるのだ。

 彼らが魅せるモノは、他のアイドル達とは桁が違いすぎた。 膨大な感情と彼の生き様を共にした歌声は、人々の心深くに浸透させていく。 覚悟を決めた大胆不敵な躍動が、見るモノの感情を大いに高ぶらせた。 あの学園祭で見せたモノとは比べものにならない――これこそ頂点に君臨したモノたちが見せる業。 神の名に相応しい業なのだ。

 

 その最高の姿を、今日この場で見ることができた人々は、恍惚の想いを抱いて、溢れ出るモノが流れる瞳を開かせるのだった―――

 

 

 

 

 

『ありがとう……お前たち――――』

 

 

 額から滴り落ちる汗を拭い、光が差す方を見るように観客らに瞳を落とした。 無数多色に輝く光が、彼の瞳から反射してしまうほど入ると、思わず目を瞑り言葉を失う。 観客らから贈られる量り知れないほどの感情が、心の器から零れ落ちてしまいそうだったのだ。

 

 まだだ……まだその時じゃない………

 

 言い聞かせるかのように、心をグッと締め付け、感動を閉じ込めた。 それでも、割れんばかりの歓声は彼の心を何度もノックする。 出てきてもいいんだよ、とやさしく囁かれているようで堪らなかった。

 

 

 腕を震わせながらマイクを手にすると、観客らに向かい語りかけた。

 

 

『………俺は、キミたちからたくさんのモノをもらった。 キミたちが俺たちに贈ってくれた歌と踊りに感動した……。 ここまで、俺たちのことを待ってくれていたこと。 覚えてくれていたこと。 愛してくれていたことに、感謝でいっぱいで何と言えばいいのか、わからなくなっちまった……』

『……けど、俺たちがやらなくちゃぁいけねぇことは重々承知さ。 ちょいと不器用かもしれねぇが、次の曲をお前たちのために贈ろう……』

『RISERとして……アポロとして……1人の男として、この気持ちを歌に込めよう………』

 

 

 そう言うと、蒼一はステージ前に進んでゆき、観客らの手が届くところにまで近付いた。 明弘はと言うと、蒼一とは正反対の方向に下がってゆき、新たに用意されたであろう大型ミキサーの前に立つ。 そのあまりにも不思議な光景に、人々はざわつく。 長く彼らを見ていた観客ですら、初めて見る光景だと目を見開いた。

 

 そんな観客らを余所に、蒼一は語る。

 

 

『俺たちは元々、俺が歌い、エオスがバックで支えるそんなかたちをとっていた。 それは最初のPVを撮る以前の話、キミたちが知らないRISERの姿。 その原点である姿を、今日ここで、キミたちのために見せよう。 俺たち、RISERの新曲と共に――――』

 

 

 それを聞くと、歓喜と驚愕の声が上がりだす。 約1年ぶりの新曲は、待ちに待った瞬間でもあった。 それを、今日ここで聴けることに感激の嵐がやまない。

 

 

 

『さあ、聴いてくれ。 俺の姿を、俺のすべてを――――』

 

 

 

 スッ、とそよ風に触られたような声で呟くと、会場が静まり返る。 足音一つも聞こえない静寂の瞬間。 この静寂に、エオスが、明弘が動く――――!

 

 

 

♪~~~♪♫~~~♪~~~~♩♫~~~♪

 

 

 ピアノの調べが聞こえる――――

 バイオリンの弾き語る音が鳴りだす――――

 

 美しき旋律が、明弘の操る機械によって調和し、ひとつのメロディーとなって空気に浸透していく。 穏やかな音を含む空気を吸うだけで、身体を豊かにさせてくれる。 今まで聴いたことの無い真新しい音なのに、どうしてか、懐かしい気持ちにさせてくれるのだ。

 どこか心に響いてくるこのメロディーが、恍惚な表情にさせるのだった。

 

 

 しっとりとしたムードが会場を作り上げると、待っていたかのようにアポロが、蒼一が歌い出す――――

 

 

 

『泥まみれの身体を這いずり回し 呼吸する

 

 ココは寒いトコロだと ようやく知った

 

 光も 熱もない ()のまま彷徨っていた

 

 光はあたたかいって知っているけど 最後に浴びたのはいつだったか もう覚えていない…

 

 Please save me and raised the rake me!

 

 声に出して のどが涸れるまで叫んだのさ

 

 Why do so? Why I’m here?

 

 誰も答えてくれない…』

 

 

 

 哀愁漂う雰囲気の中、彼の口から紡がれる言葉は重い。 闇の中を彷徨ったことを口にし、絶望の中で暮らしてきたことを語っていた。 まさに、彼のこの1年を象徴しているかのようだった。

 

 

 

『身体に受けた傷が痛む 触れてもいいかい?

 

 受けた時よりも 今になってからの方がずっと痛い

 

 無くならない 消えることが無い それが痛みってものだ

 

 誰かに癒してもらえれば治ると言うけれど ココには誰もいない…

 

 It’s pain ful too painful!

 

 心のキズは簡単に治るものじゃないさ

 

 Why my? So mind is likely broken

 

 誰も救ってくれりゃしない…』

 

 

 

 アポロは歌う……心の思うままに。 彼の見てきたモノすべてを見せるかのように………。

 

 やさしいメロディーに隠れるように、深い影を落とすかのような暗い言葉。 聴き逃すことができない言葉に、観客の表情は一瞬にして凍り付く。 冷汗さえも落ちてくる。 聴いていくうちに不安に駆られていくのに、どうしてか聴き逃せなかった。何故だかわからない。 彼の口から紡がれる物語に惹かれていくようだった………

 

 

『ひかりの中から 手が差し伸べられた

 

 ためらうことなく掴んだら 思いっきり引っ張ってくれた

 

 そして…そこにキミが待っていてくれた』

 

 

『抱きしめてくれたその温もりを きっと忘れない

 

 ここから連れ出してくれて

 

 ひかりとなったキミがくれた夢を 全力で叶えるよ

 

 でもその前に

 

 “ありがとう”――――』

 

 

 

 

――これは、1人の男の物語

 

 傷付き、夢を奪われ、もがき苦しんだその日々を包み隠すことなく言葉に乗せた。 その中で繰り広げられる苦痛や葛藤と戦い、思い悩む姿が鮮明に映し出される。 実に、生々しい歌だ。

 

 だが、そんな歌詞でありながらも曲調は明るい。 何故か―――?

 

 その答えはすべて、歌いきった彼の表情が――感謝と満足に満たされたその表情がすべてを物語っているようだった。

 

 

 最後に、彼はこう言い残した―――――

 

 

 

 

 

――Overcome myself…

 

 

 

――Thankyou…

 

 

 

 

 

 

――

――― 

―――― 

 

 

 

 あれから数日が流れた――――

 

 

 スクールアイドルフェスティバルは大盛況のまま、その大きな幕を閉じた。 集まったアイドルたちは、そこで目にした夢のような一時を胸に、それぞれの場所へと帰っていった。 そして、μ’sもまた次へのステップへと駆け上がっていくために練習を始めるのだった。

 

 

 

「おっはよー!!」

 

 校舎内に溢れんばかりの陽気に包まれた声が透き通る。 それを聴いた他のメンバーたちは、やれやれと思いながらも彼女を出迎えた。

 

「穂乃果、少し遅れてますよ」

「ごめんごめん、ちょっと寝坊しちゃってて……」

「まったく、あなたと言う人はいつもいつも……」

「わぁー!! 来て早々にお説教なんて嫌だよぉ~!! あっ、そう言えばさっき蒼君が海未ちゃんのこと呼んでたよ?」

「えっ……?! そ、蒼一がですか……? コホン、で、では、そちらの方を優先させていただきますね。 穂乃果には後でちゃんと言い聞かせますからね?」

「うんうん、わかってるって♪」

 

 穂乃果の軽い相槌が打たれると、海未は急いで走っていくのだった。 しかも、何故か嬉々とした表情をしながら………

 

「穂乃果ったら……あんな見え透いた嘘なんて、海未ぐらいしか騙せないわよ?」

「あっ、真姫ちゃん! てへへ、やっぱりわかっちゃう?」

「当然よ。 大急ぎでこっちに来た穂乃果に、蒼一と会う時間なんて無かったはずよ」

 

 肩まで伸びる癖の掛かった髪を指に絡ませながら、冷静に判断する真姫。「まあ、それが本当なら私も飛んでいっちゃうけどね♪」と冗談交じりな口調で言ってみたりと、今日も相変わらずのようだった。

 

「それじゃあ、穂乃果。 私たちは先に練習に向かってるわね」

「はーい、穂乃果もすぐに追い付くからね!」

 

 練習着に着替え終えた絵里たちは、穂乃果の横を通り過ぎて、海未が駆けていった方向に歩きだした。

 部室に残ったのは、穂乃果と真姫だけ。 どちらも着替え終えていなかったのだ。

 

「それじゃあ、早く着替えましょ♪」

「うん♪ 早く、蒼君に逢いたいからね♪」

 

 2人は嬉しそうに鼻を鳴らすと、更衣室に入り、早速着替え始めた。

 

 

「あら、それは……」

 

 穂乃果がシャツを脱ぎ出すと、彼女の胸の辺りに掛け下がったネックレスに真姫の目が留まった。

 

「オリーブみたいなくすんだ緑ね……かんらん石かしら?」

「うん。 すごいね真姫ちゃん、物識り~!」

「ふふん、このくらいの宝石なら私も持っているからね。 で、どうしてそれを穂乃果が?」

「これね、蒼君からもらったの」

「蒼一から?」

 

 真姫は少し驚いた様子をして穂乃果のそれを眺めていると、確かにそうね…私のと同じ作りだわ、と言って納得した様子だった。

 

「かんらん石……確か……ふ~ん、蒼一もおもしろいことをするのね」

「ん? どういうことなの、真姫ちゃん?」

「ねえ、穂乃果。 かんらん石に込められた意味って知ってる?」

「え? なぁにそれ?」

「花言葉って言うのがあるように、石にも意味があるの。 わかる?」

「わかるわかる! 穂乃果も前に、蒼君から教えてもらったよ!」

「へぇ……蒼一が……ホント、おもしろいことをするのね。 それで、そのかんらん石に込められた意味にね、“太陽”っていうのがあるの」

「太陽……? どうして太陽なの?」

「昔の人々が、この石を太陽の石として崇拝していたことが始まりなの。 それだけじゃない、夜になると輝きを放つと言われてて、恐怖や悲しみと言った負の感情を取り除けてくれる、そういう願いが込められているの」

「そうなんだぁ……でもでも、それと穂乃果と何か関係があるのかなぁ?」

「……はぁ、穂乃果ってこう言うことには鈍いのね」

「え? ええっ? ど、どういうことなの?」

 

 少し呆れ気味に溜息をつくと、少し顔を赤らめさせながら穂乃果に言いだす。

 

「あのね、穂乃果。 あなた、自覚あるかどうか分からないけど、穂乃果って太陽みたいなのよ」

「……え? ごめん、全然分かんないや………」

「……つまり、太陽みたいに元気で明るくって、穂乃果のことを見ていたら嫌なこともどこかへ行っちゃうのよ! それで太陽だって思っちゃうのよ! は、恥ずかしいからこれ以上は聞かないでよ!」

「………! へ、へぇ……えへへ、真姫ちゃんからそう言われると、なんだか照れちゃうなぁ~♪」

 

 普段、あまりこういうことを蒼一以外には言わない真姫にとって、恥ずかしいことだった。 一方、穂乃果はそんな真姫から褒められたような、嬉しい気持ちになって心を弾ませていた。

 

「そっかぁ……穂乃果は、太陽なんだ………」

 

 そのことを何度も頭の中で巡らせていると、頬を照れくさそうに紅く染めた。 ともに、頭の中で彼に言われた言葉を思い起こすと、またそれも巡らせては紅くなった。

 

 

 

『―――穂乃果は、俺の太陽だ』

 

 

「~~~~~!! そ、そうだ! ほ、穂乃果、ちょっと早く行かなくっちゃ!! それじゃあ、真姫ちゃん、先に行ってるね!!!」

「え、えぇ。 気をつけなさいよ……?」

 

 穂乃果は瞬時に練習着に着替えて出ていこうとした。 が、真姫からの注意に耳を傾けることなく、穂乃果は一目散に駆けていくのだった。

 そんな彼女に、またしても呆れた溜息が洩れでてくる。

 

「まったく……でも、これで穂乃果も特別なコトになったわけね……ふふっ、負けないんだからね♪」

 

 着替え終えた真姫も穂乃果の後を追いかけるように、軽く駆けていくのだ。 彼からもらった蒼い宝石と共に――――

 

 

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 

 

 あれから、1年が経ったんだな―――

 

 夢を諦めざるを得なかったあの日から、俺は変わっていったのかもしれない……いや、変わったんだ。 少しずつだったが、それでも確実に変わっていったんだと思っている。

 ステージに立つことも、踊ることも、歌うことさえも恐れていた俺が、このたった数週間で気持ちを変えたのだ。 いや違う、変えさせてくれたんだ、みんなから……彼女から………。

 

 思えば、やっぱりあの日からこの運命は決まっていたのかもしれない。 俺がこうしていられたのも、この選択を見誤ることなく突き進んでいくことができたからだ。 進んで行こうとする力をみんなからもらったんだ。

 

 

 

 桜の木に生い茂る葉がさざめく―――

 そこから風に吹かれて取れてしまった葉が、ひらひらと宙を舞い、俺の手の上に落ち着いた。 青々と生命力にあふれるその葉が、いつも以上に美しく見てとれたのだ。

 

「確か、あの日もそうだった――――」

 

 俺が、ここの門をくぐり抜けた時は、白桃色に染め上がった桜の木が俺を待っていた。 その木の前に立った時、嵐のような吹き抜けていく風が俺に襲いかかってきたことを思い出す。 そして、手の平には、小さな花びらが1枚………。

 

 

 そして、もうひとつ。 この背中に寄り添うかのようにいてくれた存在が――――

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

「―――そーくぅーん!!」

「―――! あぁ、わかった。 すぐに行く!」

 

 そう、あの時も――そして、今も。 俺の背中を支えてくれる大切な存在が、俺の傍らにいてくれるんだ。

 

「―――おまたせ、穂乃果」

「みんな待ってるよ! 早く早くぅ~♪」

「はいはい、そんなに急ぐなって」

 

 変に催促を促す穂乃果を抑えながら、俺のペースで進み出す。 それに合わせるかのように、穂乃果もまた同じペースで歩んでくれた。

 

「ねえねえ、桜の木の下で何をしてたの?」

「ん、そうだな……今日も穂乃果はかわいいってことを自慢しに、な」

「んもぉ~! そんな冗談はやめてよぉ~///」

「別に、冗談でも何でもないんだけどな。 本当にかわいいぞ♪」

「も、もぉ~……///」

 

 少しからかい気味に言うと、照れ恥ずかしそうに顔を赤らめて視線を逸らすのだ。 明るさまに恥ずかしがっている姿を見るだけで、本当にかわいく見えてしまうのはひとつの特徴であり、嬉しいところだ。

 そんな彼女の肩に手を添えると肩を寄せ合う。 驚き様に身体を震わせていたが、すぐに収まると逆に穂乃果の方から寄ってきては、腕にベッタリとくっつくのだ。 言葉には出さないが、こうしたさり気ない仕草もまた、愛くるしく思えて仕方が無かった。

 

 

 その時、穂乃果の首周りに、あの日渡したネックレスが顔を覗かせていた。 俺が持つ3つの中の内の1つ、太陽の石と銘打ったその宝石を、俺の太陽に手渡したのだ。 もう、あの石がなくても大丈夫。 俺は、本物の太陽を傍に置くことができたのだから――今度は、その石が彼女の輝きを遮らせないように護ってもらいたい、そんな意味を籠めて、穂乃果に手渡したのだ。

 

「これからもよろしくな、穂乃果―――」

「うん、こちらこそだよ、蒼君―――!」

 

 

 

 

 

 暗く塞がれた道に光が灯った。 こうして道は切り開かれ、進んでいくことができる。 これはまだ、始まったばかり、まだまだ見果てぬモノがこの先に待っている――そう信じつつ、彼らはまた歩きだすのだ。

 

 

 涙を流し続けたあの日々を拭い、そして、笑いあえる幸せの未来を夢見て、今日もまた、太陽のような笑顔を零すのだった――――

 

 

 

 

 

〈ザ――――――ジッ……カチッ〉

 

 

 どんな(運命)でも、必ず乗り越えられると信じて――――

 

 

 

(次回へ続く)




どうも、うp主です。


ついに、完結しました。第2章の山場である『Arkheros~めざめのあさ~』でした。

この話を考えるのに、とても苦労しました。
まさに試行錯誤の連続です。何をしたらいいのか、どういう風に展開を進めていくべきなのか、どれをとってもイマイチであったり、納得しないことが多々ありました。
そうした中で、ようやく、コレだ!!と言えるモノが出来て個人的にはホッとしています。

ここまでの話で大いに助けられたのは、歌ですね。今回までに使わせていただいた既存歌は計4曲、そのどれもがすばらしく心に響くメロディーだったわけです。

そうした中で、初の試みをいたしました――作詞。なんといいましょう…見返してみると、とんでもねぇモノを書いちまったなぁ…なんて思っています。でも、大体あっているんだよなぁ…もう少し明るくしたかったけど……
作詞の方は、もっと勉強が必要ですね。今後もまた、機会があれば書き綴ってみたいと思いますので、よろしくお願いいたします。

なんという曲だったのか……?
それは、皆さんの御想像にお任せいたします。


そして、前々回でもいいましたが、今回の話で蒼一は大きく変わります。この変化によって、今後の行動がおもしろいことになっていくのですが……さあ、どうなることやら……
今はただ、第2章のラストを書くのみ、と考えていますので、そちらもよろしくおねがいいたします。


さらにお知らせデス。。。

次回―――



コラボ回を出します。


コラボ相手は、

うぉいど氏

『ラブライブ!〜少年を救う女神たちの詩〜』
https://syosetu.org/novel/101980/

そこからオリ主が挑戦者として登場するので、次回をお楽しみに!


あっ、挿絵は自作です。
穂乃果と蒼一(初公開ビジュアル)です♪


今回の曲は、

新田恵海/『探求Dreaming』

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