[ 大会最終日 ]
[ 神田明神・男坂 ]
明朝―――
太陽が昇りだし、強い日差しを燦々と受ける街に彩りが戻りだす。 心弾ませてくれる小鳥のさえずりと挨拶し合う人々の声、今日一日の活力となる朝食の匂い。 どれも朝独特の雰囲気を醸し出して深い眠りから覚醒するのだった。
そんな街影の中に、ジッと佇む10人の人影が伸びている。
「今日も蒸し暑いわねぇ……」
「そうですね、小まめに水分補給を行わなければ倒れてしまいそうですね」
そう言うのは、両腕を組む絵里と肩腕に手を添える海未だ。 メンバーの体調管理を任されている2人は、この日の見通しをつけて判断しそう語ったようだ。
「大丈夫にゃぁ! 熱さに負けないように、ちゃぁんと対策してきたんだからね!」
「さっすが凛ちゃん、わかっとるやん♪」
「あはは、そう言ってもタオルと水筒を準備しただけなんだけどね」
元気いっぱいに応える凛と頷いて感心する希、それと少し苦笑気味になって凛の説明に軽く補足する花陽。 3人を見ているだけで夏の暑さにも負けない気持ちにさせてくれる。
「蒼くんまだかなぁ~?」
「そんなにきょろきょろしてもすぐには来ないわよ」
「そういう真姫ちゃんもそわそわしてて落ち着かないにこ♪」
首を回して、今か今かと待ち望んでいることりと真姫、それににこも。 余裕を伺わせるような態度を見せるにこだが、言ってる彼女が一番落ち着いていなかったのだ。 それに反発するように真姫も噛みついていくのだった。
ただ、少しにこの様子が変に見えた。
「まったく、騒がしいったらありゃしませんね」
「まあ、そう言うなって。 どっちかと言うと、こういうのが性にあってるもんだ。 こうやかましいのが俺たちみたいなもんだろ」
彼女たちの様子を見て、溜息をついてしまう洋子と、逆に容認しようと気楽に話す明弘。 2人ともみんなから一歩身を引いて全体を見回していた。 ふと、彼女たちの姿や会話を見ていつも目にしている光景が戻ってきたと、明弘は喜ばしく眺めるのだった。
しかし、彼からしてみれば満足のいく形ではない。 彼が望む情景はもっと整われたモノで、何不自由の無い完璧なモノとして考えていた。 彼はただ、それだけを胸に秘めてその時が来るのを待ち望んでいたのだ。
ヒュンッ――――――
彼女たちの間を矢の様な風が吹き荒れる。 髪をすり抜け、手で顔を覆い隠させてしまう強い風は、一瞬にして吹き抜けていった。 なんだったのだろう? と彼女たちは驚きのあまり薄目になって風の後を眺めるが、明弘と洋子は含ませるような笑みをこぼしていた。
「向かい風か。 どうやら今日は、随分と騒がしいようだな……」
「ですが、この風、とてもやさしいようですよ」
風にそよがれる髪を掻き揚げて、緩んだ視線を空に伸ばした2人は、どこか遠くに想いを馳せている様子。
「おまえたち――――」
『!!!』
全身から力がみなぎってくる、そんな頼もしい声が全員の背中を押した。 とくん、と彼女たちは胸を揺らし、喜びに輝いた顔を振り向かせた。 すると、彼女たちが見た先に、煌々と光り輝く姿が目に入る。 その眩しさに思わず目を瞑り、太陽でも見ているのでは、と錯覚させるほどだった。
かすむ目を少しずつ開かせていくと、そこには確かに太陽のような彼女が――そして、その横に朗らかな表情で彼女たちを見つめる彼が立っていたのだ。
彼は――――
「みんな―――」
宗方蒼一は――――
「ただいま―――」
歯に噛んで笑うのだった――――
『―――――っ!!!』
彼女たちは、そんな彼の許へ身を委ねていった―――。
―
――
―――
――――
朝早く、いつもの場所で――と、昨日の夜に全員に連絡を送り、連絡通りにこうしてみんなと逢えたことに胸が熱くなってくる。 俺の身勝手でみんなと距離を置いてしまったのに、何一つ変わることなく――いや、前よりも熱の籠ったかたちで俺のことを迎えてくれたのだ。 何百、何千、何万ものファンが俺たちRISERのことを待ってくれていたことよりも遥かに彼女たちの存在はあまりにも大きすぎた。
直接、肌に触れ、お互いの胸の音を聞き合い、言葉となった愛情を感じ合う。 コレに関してだけは、ファンでは決して知りえることの無いモノ。 愛し合ったもの同士でなければ感じられない喜びなのだ。
「そ~くぅ~ん! もう逢えないと思っちゃったよぉ~~~!!」
「心配かけたなことり。 やっぱりお前は、誰よりも早く来てくれる」
「当たり前だよ! ことりは蒼くんと一緒じゃなくちゃ嫌だもん!蒼くんがいないなんて考えられないもんっ!!」
誰よりも早く、ことりは正面から俺に抱き付いてきた。 ことりの、ふわっ、としたやわらかい香りに包まれて、長く触れていないもののように感じられ無性に懐かしさを抱く。 ことりのこうした甘え癖を感じるだけで戻ってきたと実感できるのだ。
「お待ちしておりましたよ、蒼一」
「海未。 あぁ、俺はちゃんとお前たちの許に戻れた」
「はい。 ことりではありませんが、私もあなたがいないと寂しくって……いえ、何でもありません……」
ことりの後ろで見つめてくる海未。 ゆったりと落ち着きのある表情で俺を見上げ、薄っすらと口角を引き上げる姿と、何かを口にしようとして恥ずかしそうに顔を赤らめる様子がかわいらしく見える。
「待ってたわよ、蒼一」
「待たせてすまなかったな、真姫」
「ホントにね。 まったく、私を待たせるなんて……今回は特別よ…♪」
両腕を組んで、むすっ、と、ちょっぴり膨れっ面になる真姫。 でも、なんだかとても嬉しそうで、膨らんだ頬をしぼませると、艶めいたウィンクを飛ばしてくる。 実にお茶目な部分であるが、それも含めて真姫らしく思えた。
「蒼一……もう、心配したんだからね」
「泣くなよ、エリチカ。 綺麗な顔が大なしだぞ?」
「そ、そんなこと言ったって……。 本当に心配したんだからぁ……!」
俺を一目見るなり、ポロポロと涙を零すエリチカ。 昔は泣き虫だと言ってなじっていたが、それは相も変わらずと言ったところか。 でも、俺のために流してくれているのだと、知っているから嬉しく思うのだった。
「蒼一にぃ…! 蒼一にぃっ!!」
「あぁ、花陽。 寂しい思いをさせてすまなかったな」
「ううん、花陽は大丈夫だよ。 だって、蒼一にぃにまた、こうしていられるんだもんっ!」
エリチカと海未の間を抜けて、俺の腕にしがみ付く花陽。 目元から涙をじんわりと浮かばせ、鼻を啜ったような声で俺のことを呼んだ。 俺が最後に顔を合わせたのは、大声をあげて怒鳴り散らした時だ。 あの時の花陽はとても怯えてしまっていた。 強く当たってしまった分だけやさしくしてあげたい、その思いで花陽を受け止めた。
「おかえり、蒼一」
「ただいま、希。 ちゃんと、戻ってこれたよ」
「そうやね……うん、そうやね……そう、やね……」
何度も小さく頷いて言う希。 頷く度に声も仕草が小さく、声も苦しそうに震わせているようだった。 そんな彼女を見て胸が苦しくなる。 普段は強がりを見せて感情を表に出さない希を、ここまで悲しませてしまったことに強く胸を撃たれた。
「そ~くぅ~ん……よかったよぉ……」
「凛……そんなに泣くなよ、こっちも悲しくなっちゃうじゃないか……」
「そんなこと言ってもぉ……弘くんから蒼くんのことを聞いて、とってもかわいそうだと思ったんだもん……! だから、蒼くんが今、とっても喜んでいるのを見て凛も嬉しいの!」
目に涙を浮かばせ、鼻を啜りながら話しする凛。 小さい身体を震わせて俺のために涙を流してくれているのを見ると申し訳ない気持ちに駆られる。 俺の恋人ではないにもかかわらず、他と変わらぬ悲しみを抱いてくれていることに嬉しさ半分、悲しませたことへの懺悔の気持ちを抱かずにはいられなかった。
全員の声を聞いて、あらためて周囲を眺めると、涙に暮れる表情と共に、嬉しそうに瞳を輝かせる表情が目の前に広がる。 涙を流し、くぐもった声を漏らしている一方で、その中から聞こえてくる喜びの声に張り積める気持ちを溶かしていった。
ふと、俺の近くを見回していくと、にこの姿が見えない。 どこにいるのかと思いきや、俺たちから少し距離をあけたところで背中を向けて立っていた。
「どうしたんだ、にこ?」
くっ付くことりたちから振り解くと、にこに近づいては声をかける。
「……別に、アンタってば、ほんっっっっっとに来るのが遅いのよ……!」
「えっ? あっ、すまん……」
何故かよく分からんが不機嫌な声で怒られ、しかも俺もまともに反応して謝ってしまう。 一体何に怒っているのだろうか、と考えても検討が付かない。 ただ、へそを曲げたみたいに俺に顔を見せない彼女はとてもお怒りなのだろう。
でも、にこの気持ちを優先させるよりも、俺自身が彼女に伝えなくてはいけないことがあった。 例え嫌がられても構わない。 それでも、伝えなくちゃいけないことだと、心に決めたのだ。
「にこ――――」
「なによっ! あたしは今、アンタの顔なんか見たくないんだからっ!!」
声をかけても強情に俺と顔を合わせようとしない。 しかも、さっきよりも言葉尻を強めてくるので思わずたじろいでしまいそうになる。 それでも、だ――俺は負けずにこのまま前へ進む。 その小さな背中にこの手が届きそうになって―――
「にこっ――――」
「だからいい加減にしてっ!! 今アンタの顔なんかみたく――――」
ギュッ―――――
「――――ッ!!!?」
にこは身体を、ビクンッ、と震わせて、強い言葉を発する口を閉ざした。 まだまだ何かを話すと思いきや、ろうそくの火が一瞬で吹き消されるみたいに、パッと止まった。
代わりに、胸の音が激しく鳴り響いていた――――
何故それが分かるのか、それは実に簡単なことだ。
「ア、アンタっ……!」
俺の腕は、にこの身体を通り、胸の辺りで交差させた。 身体もにこを直接感じるために、その小さい背中に合わさった――そう、俺はにこを背中から抱きしめていた。
「は、放しなさいよ! な、なんでアンタにそうさせられなくちゃいけないのよっ……!!」
「にこ、聞いてほしいんだ。 にこにだけに伝えたいことがあるんだ……!」
嫌がるように身体を捻らせ始めたにこ。 抜け出そうとする彼女を引き留めるため、俺は咄嗟に声をかけると、身体を震わせるも押し留まってくれた。
それから、俺はにこに囁く――――
「ありがとう、にこ。 あの時、にこが背中を押してくれなかったら、こうしてみんなの前に立つことはできなかった。 約束も果たすことができなかった。 みんなみんな、にこのおかげだ……ありがとう」
「…………っ!!」
にこにだけ聞こえる囁きを口にして、少しだけギュッと腕に力を入れる。 声にならないような小さな音を口から漏らすが、それ以上は何も聞こえなかった。
すると、抱きしめる腕に、ポタポタと熱いモノが触れだす。 いくつも落ちるそれは、腕の曲線に添って撫でていき、そのまま腕から離れていく。 くすぐったい――だが、撫で落ちるまでの瞬間に抱く、無情の幸福が注がれるようだった。
「にこ………?」
何も言わずに、ただ注がれる――何とも言えない心配が胸に込み上がり、彼女に声をかける。 すると、抱きしめる腕に、ギュッと力が加わりだす。 決して痛くはない、が、感傷的な気分になる。 そんな彼女の口から小さな声が、聞こえてくるのだ。
「……な、なによぉ……べ、別にアンタのためにやったんじゃないんだから……アンタは、穂乃果のことを一番に思ってるんでしょ……! だ、だったら……私なんかより、穂乃果の方に行きなさいよ……!」
嫌がる様子を見せる言葉なのに、何故か、耳に入ってくる声はか細く消えかかる。 強情になりつつある彼女を、俺は「にこ、こっち向いて」とやさしく囁く。 だが、にこは「い、いやっ……み、みないで……」と顔を逸らしだす。 それでも、俺は彼女の顔を見ようと絡めた腕を解き正面に立つ。
その時だ―――
にこが泣いていたのだ。
顔を涙で汚しているのに、無理に強がっている。 それが無性に痛ましく思えてならなかった。
俺は指で彼女の涙を拭い、不安に思うその顔を見つめた。 その際、俺は穏やかな気持ちになって笑って見せる。
「にこ。 俺は、誰かを一番に、だなんて考えていない。 俺は、俺を想い、愛してくれたお前たち全員を一番だと思ってる。 もちろん、にこもその1人だ。 もし、にこが不安に感じているのなら、俺は全力でにこのことを幸せにしてあげるからな」
視線を逸らさず、ジッと真剣な眼差しで彼女に語りかける。 今俺にできることは限られてるかもしれない。 だが、その中にあっても不可能なんてことはない。 絶対に実現できると断言できる――そんな自身が俺の中にある。
すると、にこはまた俺から隠れるように手で顔を覆い隠してしまう。 本当にどうしたのだろうと思い、どこか悪いのか? と声をかける。 そうしたら首を横に振り、いいえ…違うの…そうじゃないの……、と小刻みに震えて声をあげる。
「……アンタは、蒼一は私の大切な人、本当に大好きな人……しかも、私が憧れたRISERの、アポロだった……十分、十分すぎるのよ……私にとって、これ以上にない幸せなのよ……幸せすぎて、涙が止まらないのよ………夢なら覚めないで………」
今にも消えてしまいそうな霞のような声に、身体の震えが止まらなかった。 にこはずっと俺、RISERのファンだった。 にこはそんな俺とこうした関係になれたことに驚きと感動があったに違いない。 俺だって、憧れの人と恋人関係になったら天にまで昇る気持ちになる。 それと同じことがにこの身に起こっているというのだ。
もしも、俺なら――――
俺がもし、にこと同じ立場に置かれたら、どんなことをしたら喜ぶのだろう? 俺から見ると、非常に簡単で分かりやすいやり方。 これを今から彼女に贈るのだ。
「にこ――もう一度、顔を見せて」と、顔を隠す彼女に問いかける。 そしたら、少しずつだが顔が見え始める。 天照大神が天岩戸に隠れ、そこから顔を覗かせるように、お日様のような顔を見せてきた。 そして、華奢な岩戸に隙間が生まれると、それを無理矢理こじ開けるようにその手を掴んで顔から離すと――――
『んっ―――――!』
岩戸から出たばかりの可憐な唇に、軽く口付けを添えるのだった。
切なそうに潤った唇はややほろ苦い――一方で、舌に残る甘味に蕩けそうになる。 複雑な気持ちの奥には本当の気持ちがある、そう口溶けていく思いを呑みこむ。
にこはと言うと、突然のことで顔を真っ赤にさせていた。 口をぱくぱくと開閉させて動揺するから余計にかわいく見えてしまう。 そしてまた、彼女の頬に手を添えてそっと囁く。
「これでも、夢だと思う?」
「…………っ!! ち、違うわ……ほんと、ホントのことよ……。 だ、だって、私の唇に触れた感触は、紛れもない蒼一の……! あ、ああ、ああぁっ……」
「それじゃあ、あらためて言うな。 ただいま、にこ」
「……うんっ、おかえり、蒼一っ……!」
絡まった紐が解けるように、凍った氷が溶け落ちるように、にこの凝り固まった感情に変化が起きる。 いや、そもそもにこの感情に変化なんて無かったんだ。 ただ強情になっていただけで何も変わらない普通の女の子なのだ。 だから俺は彼女のためにも尽くそうと思う。 荒んだ俺の心を笑顔にさせたにこを、いつまでも笑顔でいさせるために――――
「んもぉ~~~!! にこちゃんばっかでずるいよぉ~!! ことりも蒼くんにちゅーしてもらいたいよぉ~!」
「待ちなさい、ことり! 次は私だって決まってるのよ! 横入りはダメよ!」
「真姫も落ち着いて下さい! こほん、ここは間を取り持って私が……」
「海未ちゃんが行っちゃうのォ?! う、うぅっ……は、花陽が先に蒼一にぃとしたいのにぃ……」
「最近、ウチに全然構ってくれへんからなぁ。 ウチとシテ欲しいんやけどなぁ~♪」
「まったく困ったわね、私が入る余地がなさそうじゃない……いいわ。 私は最後でじっくりと楽しんじゃうから♪」
にこと寄り添っている横で、なにやら不穏な動きが……と思って振り向くと、案の定ことりたちが羨望の眼差しをこちらに注ぎつつ話を進めていた。 ……ったく、困ったもんだな、俺の気持ちを知らないで。
しょうがないな、と一息吐くと、にこに触れながら彼女たちの方を向いて声をかける。 一斉にこちらに顔が揃うと、彼女たちに一体何をしてあげようか、と悪だくみをするかのような表情してみせて―――
「そんなに焦らなくても、みんな揃って相手をしてあげるさ。 もちろん、じっくりと……ね?」
『っっっっっっ!!!』
クスッと口角を引き上げ、少しいやらしい口調を彼女たちに与えると、ボンっと爆発するような音が聞こえてくる。 みんな揃って真っ赤な顔をして、いったいどんなことを想像したのやら……ふふっ、俺を飽きさせないな、みんな。
こんなにもそそっかしくって、賑やかで、安心感のある……あぁ、やっぱり俺はここにいられることを幸せなんだと、つくづく痛感させられる。 だからこそ、護らなくてはいけない。 俺のために、みんなのために――――
「蒼一さんの様子が……何か変に思えるのですが………」
「あー…うん。 ありゃあ、何か吹っ切れたみたいだなぁ。 昨日いろいろとかっ飛ばしちまったが……なあ、穂乃果。 お前は何か知ってるだろう?」
「んっ~~………わかんないや♪」
「「(絶対何かやったぞ、この子……ッ!!)」」
「穂乃果ちゃんが今まで見たことが無いくらい顔が蕩けてるにゃぁー!?」
―
――
―――
――――
「お前たち、今ここでもう一度だけ言わせてもらうよ――――」
穂乃果を含めたμ’s9人と明弘、洋子の11人を前にして、気持ちを真剣なモノにする。 こっちが真っ直ぐな視線を送ると、みんなもそれに応えるように、澄んだ瞳を向けてきてくれる。 よく輝いた瞳だ。 純粋に、何のやましいこととか考えない美しい瞳だ。 そんなみんなのことを疑っていただなんて、曇っていたのは俺の瞳の方だったんだ。 人の道を間違えたモノばかりを目に焼き付けてばかりいたのがいけなかったのだろう。
だが、ようやくその肩の荷が下りた感じがする。 長いこと悪い夢を見ていたような、それから醒める清々しい気持ちになってきやがる。 それと一緒に、ずっと俺の中で燻っていた気持ちにも区切りをつけることができた。 もう迷うことは止めよう。 これからは、俺が思う正しい道を彼女たちと共に歩もう。 そして見つけよう、俺が望む夢の世界を―――――
「――しばらくの間、みんなに迷惑をかけてしまった。 すまなかった。 俺が不甲斐無いばかりに、また皆を困らせてしまって………」
みんなの前で深々と頭を下げる。 俺がやってしまったことへの罪滅ぼしはやらねばならないことだ。 いまこの時にしかできない誠意ある行動を、こうした形で示した。
すると――――
「なぁ~に言っちゃってるのよ、そんなの気にしないわよ!」
「うんうん、凛も平気だよっ! それより、蒼くんがいないと退屈にゃぁ~!」
「そうやで、誰だって人に迷惑をかける。 それは当然のことなんよ。 せやから、そんなに気負わんでもええんよ」
「花陽は、蒼一にぃが迷惑をかけたと思ってないよ。 それよりも、蒼一にぃの気持ちが聞けて嬉しかったよ♪」
「蒼一はいつも頑張りすぎよ。 あれだけ多忙のに、たったそれだけのことで悩んでいたら、私なんていつも泣いちゃってるわよ♪」
「蒼一が間違ったらこの私が正しい方向へ導いてあげる。 あなたが私を導いてくれたようにね♪」
「困った時はいつでもことりに相談していいんだよ! 蒼くんの悩みをいっぱい聞いてあげるんだからね♪」
「もし、ひとりで辛い時は頼ってくださいね。 あなたはもう、ひとりではありませんから」
「蒼君には穂乃果たちが、穂乃果たちには蒼君がいる。 それって、とっても心強いし、とっても幸せなことなんだと思う。 ひとりぼっちなんかじゃない、蒼君には大切な仲間がいて、護りたいモノがあって、叶えたい夢だってある。 それは1人では難しいかもしれない。 だったら、大いに頼っていいんだよ。 蒼君のためなら、穂乃果は頑張るからね!!」
「―――だとよ、兄弟」
「幸せ者ですね、ホントに♪」
……ったくよぉ……まったく、どいつもこいつもお人好しで………ありがとな。
思い悩んでいた自分がバカだった、そんな思いと共に感謝の気持ちで胸がいっぱいになる。 また、みんなに助けられちまったな……。 みんなを助けたいと心に決めていたが、それよりも遥かにみんなからの気持ちが強かった。 ありがとう……本当にありがとう……。
「あっ、蒼くんが泣いてるにゃぁ♪」
「な、泣いてねぇし!」
「うふふ、どうしたの、そんなに切なそうな顔をしちゃって? いいわ、私の胸に飛び込んできてもいいのよ♪」
「ちょっと、真姫ちゃん!! 蒼くんを慰めるのはことりの役目なんだから勝ってに取らないでよ!!」
「誰もそんなことを取り決めた覚えはないんだけどな……まあいいさ。 お前たちに甘える時は、思いっきり甘えさせてもらうから」
「「ほんとっ?! 絶対にだよっ!!」」
これは個別でやるよりも2人まとめてじゃないと怒られそうだな……
でもまあ、みんなの想いはよくわかった。 みんなが俺のことをどう思い、感じているのか、すべては昨日のあのライブで知ったつもりだ。 言葉よりも強い、そんな想いを胸に抱いて、俺はまた一歩を踏み出すんだ。
「みんな、ありがとう。 みんなが俺のためにしてくれたこと、一生忘れない。 絶対にだ。 お前たちからもらったたくさんのモノを、ずっと大切にしていくつもりだ」
「それで、話は変わるが、今日の最終日のライブなんだが……」
「おっと、その前に兄弟には伝えておかにゃあならねぇことがあるんだぜ」
「ん、それはいったい?」
「それはな―――真田のおっちゃんからの伝言だ」
そう言うと、明弘は一枚の紙を取り出して俺に手渡してくれた。 その内容を見てみると、今日のライブプログラムがびっしりと書かれていて、そこにはμ’sの名前もあった。 それに――――
「………えっ……こ、これは……!」
「へへっ、驚いたろ?」
「だって、これって……どうして、俺たちの名前が……?!」
「おっちゃんがどうしても運営による正式な発表をしたいんだとよ。 それで俺たちに出演して歌を披露してほしいんだとよ」
「急に言われても歌えるのって……」
「なぁに、兄弟ならできるさ。 兄弟が思うがままに歌えばいい、いつだってそうしてきたじゃねぇか」
肩に触れられながら明弘の言葉に耳を傾けると、そう言えばそうだよな、と納得する。 思えば、活動していた時は、俺のわがままでいろいろと押し通してきたし、即興で歌い踊っていたことも少なからずあったものだ。 昨日だって、俺の心の思うままに、あのを歌ったのだ。
もし、今日も同じように歌っていいのであれば……俺は、あの歌を………
「―――わかった。 やろう、思うがままに……この声が届く限り、伝えようか」
「それでこそ、兄弟だ」
ニヤリと今度は屈託の無い笑みを浮かばせて応えた。
「―――と言うことだ。 急遽、俺たちも出演することになったが、お前たちがやることは変わらんぞ。 できる限り、全力を尽くしてやることはやる。 ただそれだけだ――いけるな?」
『はいっ!!!』
「よし、いい返事だ。 それと、もうひとつ。 ちゃんと伝えておきたいことがあった――――」
右手で顔を覆い隠すと、大きく息を吸って吐いた。 気持ちを落ち着かせてから彼女たちにこう宣言したのだ――――
「ハジメマシテだな、μ’sの諸君――――」
「俺の名は―――アポロ。 高みを目指し、高みに到達したRISERの、現人神だ――――」
〈ジジジ……ジ、ジザッ―――――ギギギ―――――〉
(次回へ続く)
ドウモ、うp主です。
あいや、今回で終わらせようと思いましたが、思った以上に長く書いてしまったので、分割します。(また)
そういうことで、数日後に後編を出しますので、それで終わりです。
次回もよろしくお願いいたします。
更新速度は早い方が助かりますか?
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