蒼明記 ~廻り巡る運命の輪~   作:雷電p

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第132話





アポロ

[ 野外ライブ会場 ]

 

 

 RISERが――蒼君が出ていた映像が、全部流れ終わった。 どれもこれも、力強くって、繊細で、それにかっこいい…そんなたくさんの蒼君の姿を見て、胸が熱くなってきちゃった。 なんて言えばいいんだろう……このジンジンと湧き上がってくる感じ。 自然と身体が火照ってきちゃうこの感じって、いったい何なんだろう……?

 

 でも、悪い感じじゃないんだ。 むしろ、気持ちがいいの―――

 さっき歌った時にあらためて感じた、蒼君への好きっていう気持ちとよく似ているの。 その気持ちの返答がこの映像の中から伝わってきたんだろうなって、勝手に思ってる。

 

 それでも構わない――だって、こんなにも嬉しい気持ちでいられるんだから――!

 

 

「終わっちゃったね……蒼君に、穂乃果の気持ちが伝わったかなぁ……?」

 

 

 穂乃果のわがままで始まったこのライブ――たくさんのグループが参加して、蒼君たちに向けられたライブは、お客さんたちには好評だったみたい。 だって、あんなに嬉しそうな声を張り上げちゃってるんだから。

 

 だけど、やっぱり一番大切なのは、蒼君がどう感じてくれているかなんだよ。 これで蒼君の気持ちが晴れてくれたら……って、思っているんだから、ね。

 

 

 

「穂乃果、そろそろ集まる時間ですよ」

「うん、わかった、海未ちゃん」

 

 

 海未ちゃんに声を掛けられると、私も準備を始める。 というのも、これでこのライブはおしまいなんだ。 私たちのライブもやった、RISERのこれまでの軌跡として過去の映像を流した。 少しでもRISERのことを思い出して欲しいと言うツバサさんの願いで、このライブは構成されていた。

 そして、出演者全員がステージに立って締めくくりの挨拶をする――そう言う流れになっていた。

 

 

「……あれ? ツバサさんは?」

 

 

 ハッと思い付くように周りを見回し始めた。 A-RISEの英玲奈さんやあんじゅさんがいるのは見えているんだけど、肝心のツバサさんの姿がどこにもないの……。

 どうしちゃったんだろう……? 心配になった私は、周りをキョロキョロと見回してみるんだけど、何故か見つからない。 あの2人は知っているのかなぁ……? ちょっとだけ心配になってきちゃった。

 

 

 

 そんな時だった―――――

 

 

 

 

 

 

『―――えっ、な、なに??』

『なんなの、これ?』

 

 

 この部屋から慌ただしい声が次々と聞こえてくる。 私たちの他に出演していた全グループがこの部屋で控えていたんだけど、どうもその人たちからの声なの。 気になった私は、その人たちの間をかき分けて前に出ようとした。

 何が起きているんだろう、そう思って進んでいくと、みんながひとつの方向に向かってジッと見つめていた。 私もみんなと合わせるように、視線を前に送ると、その先に見えたのは――――

 

 

 

――モニター?

 

 

 みんな煌々と光るモニターに目を向けていた。 なんだ、まだ終わって無いモノがあったんだ、と一瞬そう思っちゃった。 だけど、それは変だ。 この後にやる予定なんて入って無かったはずだから……

 

 だとしたら、これはいったい……?

 

 

 そう思い始めた矢先、画面の中に黒く(うごめ)く影が見え始めてきた。 それは画面真ん中に立ち、微動だにしないまま佇んでいた。 人……かな……? 一瞬だけ、そう思ってじっくり見つめ続けてみると、確かに、人の姿をしていた。 それもとても大きな身体で、私たちと比べてもかなり大きめで、しっかりしているように見えたんだ。

 

 

 でもなんだろう、この安心できちゃう感じ……とっても心が和んじゃうこの感じって……

 ふつふつと湧き上がってくる感情――なんでか分からないのだけど、身体の中から嬉しい気持ちが溢れでてきそうなの!

 

 すると、画面が急に明るくなり始め出した。 ライトが照らされたんだろうと思った矢先、驚きの声が出そうになったの!

 

 

 

「―――!! そ、そう――――」

 

 

 思わず口に出そうとしちゃったところを無理矢理手で塞いだ。 危ないと思うのだけど、それよりもなによりも、今目の前に映っていることに驚きを隠すことが出来なかった……!!

 

 

――そうくん……蒼君だ……!

 

 

 私はその人影から現れたそれが、蒼君なんだと一瞬でわかった。 まるで、すでにわかっていたかのような、そうなることを知っていたみたいに、私は蒼君だと断言した。

 だって、またこんなに胸がドキドキしちゃってるんだもん……こんなにドキドキしちゃうのは、蒼君だけに、なんだから!

 

 

 周りのみんながざわつく中、穂乃果はジッと、蒼君のやろうとしていることを静かに見守ろうとしていた――――

 

 

 

――蒼君、がんばってっ……!!

 

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

[ スクフェスメインステージ ]

 

 

 

 

 広大なステージ―――

 

 隅々にまで広がる客席―――

 

 空虚を感じさせる暗闇―――

 

 誰もいない、空間―――

 

 

 

 そんな空間に、ただ1人―――俺は立っていた。

 

 目を開いても誰も俺のことを見てはいない。 俺のことをしっかりと捉えてくれているのは、正面に見えるカメラと、空から降り注ぐようなスポットライトだけ―――たった1人だけのステージだ。

 

 

 

 ここには俺のほかに3人いる。

 

 1人は、真田会長―――

 この俺を、俺たちRISERを見つけ出してくれて、ラブライブの前身である大会に出場させてくれる手続きやその後のバックアップまでもしてくれた恩人だ。 そして、今立っているこのステージを使わせてもらう無茶な願いも聞いてくれた……。 今回もあなたに支えられていますよ……

 

 

 もう1人は、謙治さん―――

 俺たちが、RISERとして活動を始めた時、一番最初に支えてくれた。 曲の作り方や編曲の仕方、ライブで必要な知識を教えてくれると共に衣装まで用意してくれた。 正直、ありがたかった……俺たちではできないことを何でもしてくれた、最高のバックアッパーですよ。

 

 

 そして、明弘―――

 お前が俺に、ダンスを教えてくれなかったら、きっと今の俺はいなかったのかもしれない……。 病院のベッドの上で塞ぎ込んで、無気力にしょうもない人生を送り続けていたかもしれない……。 苦しいこともあった、悲しくって諦めたくなっちまうことだってあった……

 けど、その度に、お前は俺と共にいてくれていた。 あぁ、そうだ明弘……お前は、俺の最高の相棒(ダチ)だ……!

 

 

 今頃3人は、どこかで俺のことを見ているのだろう――まあ、それは俺が頼んだことなんだけどな。

 俺の完全なる復活――それを告げるには、明弘、お前がいてはダメなんだ。 俺が、俺自身がこの場に立って言わなくちゃならねぇんだよ……! 俺のことを待ってくれている人たちのために…アイツらのために……そして、真田会長―――、謙治さん―――、明弘―――! お前たちにも見てもらいたいんだよ! 俺の……俺のありのまますべてを……!

 

 

 俺の目の前に立てかけられたスタンドマイク――ちょうど、俺の口元に合わさる高さに調整されたマイクに手を添える。 箱から出したばかりの新品なのだろうか、少しひんやりしており触り心地が非常によかった。 そして、そのままスタンドに全体重を預ける体制をとる。

 

 

「……ふぅ……」

 

 

 俺は杖代わりにしているスタンドに支えられつつ、顔を俯かせ瞳を閉じた。 まだ、俺の中に不安要素が残っているのだ。 それが俺に対して、嫌な焦りを生じさせてくる。 また、同じことが繰り返されるんじゃないかと、完全に拭いきれないモノもあった。

 だが、それは違うのだと気付かされ始める。 その不安要素を払拭するんじゃない、乗り越えることこそ俺に与えられた試練なのだと……。 払拭することは、それを捨て去ること――つまり、それは一種の逃げなのだ。 向き合いもせずに力だけで薙ぎ払う、これのどこが自分を変えることなのだ?

 否――! 俺は変わる。 それを捨て去ることじゃない、超越するんだ! それを乗り越えることができてこそ、俺は初めて新たな自分になることが出来る……

 

 だから、俺は変わる―――

 今度こそ、途中で挫けることもない自分となって、この敷かれた道を進んで行こうじゃないか。 そしていつかは、その道から独立して、俺だけの道を作っては進んでいくんだ。

 負けるものか……負けてなるものか……!!

 

 

 フッと力強く息を吐き出し、今度は上を仰ぎ見る――会場の屋根が空の景色を見せないようにしているが、俺には見える。 俺に向かって光ってエールを送り続けてくれるあの満天の星たちが―――!!

 そう思い始めると、自然と力が入り始めてくる……! 恐れるモノが無くなった。 酷く荒れていた胸の高鳴りも収まりだした。 もう、何も怖くない……今はただ、この夜空を自由に飛びたい……!

 

 気持ちを大きく切り替えることが出来た俺は、俯いた顔をあげて前を見る。 誰もいない観客席だが、そこには超満員の大歓声が聞こえてくるみたいだ。 俺を待っている人たちが、確かにそこにいるんだという確信を得ながら。

 

 

――しかし、まさか同じ状況に立たされるだなんて思っても見なかった。 からっぽの会場に立った1人、か……これを見ると……以前の穂乃果たちを思い出しちまうな……。 誰もいない講堂に打ちひしがれそうになったアイツらのことを……。 でも、アイツらは諦めなかった。 諦めなかったから、今があるんだと俺は知っている。

 だから、俺も諦めない……たとえ、この声を直接届けることが出来なくても、確かにそこにいる人たちにこの想いを届けたい―――だから俺は、歌うんだ!

 

 

 

 大きく息を吸い込むと同時に、力強い眼光でカメラを凝視する。 決意を籠めた俺の真剣な気持ちからなる強い意思表示でもある。 それこそ、始まりの合図だというすべての人に向けての俺からのメッセージだ――――

 

 

 

「さぁ―――歌おう」

 

 

 俺が歌う歌に伴奏は必要ない。 俺の口から出る1つひとつの言葉に感情を籠めることで、本来の美しいメロディーを生み出すのさ。

 だから、伴奏はいらない。 静寂に包まれた中でこそ、人々は歌の――その歌詞の意味を聴き取ろうとする。 無駄な演出はいらない。 人が――人としての感情を語ったこの本来の歌い方で、みんなの気持ちに応えよう……。

 

 俺の声をよく聴いててくれ―――

 

 俺が語る言葉を胸に刻みつけてくれ―――

 

 音の無い空間に、彩りを―――!

 

 声に色を付けて、華やかに―――!!

 

 

 語ろう―――

 

 それでこそ、俺が俺であることを証しするために―――!!

 

 

 

 声を拡張させるその機械に向かって、俺は生命を吹き与える――――

 

 

 

 

 

 

 

 “俺の人生は幾つもの試練によって出来ている。 その試練を目の前にしては何度も乗り越えていくことをしてきた。 中には、それはとんでもなく高く、乗り越えられずに後ろから転げ落ちてしまうモノさえあった。

 

 それが“いま”だ

 

 苦しみもがいて、幾度となく涙を流し続けてきた。 悔しすぎて、まったく眠れない日々だってあった。 いますぐにでも、投げ出してしまいたいとさえ感じることだってあった。

 

 だが、それでも俺は前に進めた

 

 俺には、たくさんの支えがあったからだ

 

 俺が挫けそうになった時に、いつもとなりで支えてくれる人がいた。 そして、こう言うんだ「一緒に頑張ろう」って。 そう言ってくれた時、俺は嬉しかった。 俺は1人なんかじゃないって、そう実感させられたんだ。

 それは“いま”も同じなのかもしれない。 この辛い、つらい悲しみや苦しみの中で、俺は希望の光として俺を照らしてくれているみんなに支えられているのだと実感するんだ!

 逃げ出すことだってできる。 でも、こうして俺のために頑張ってくれている人たちがいるんだと知ったら、俺も頑張らなくちゃって思うようになった。

 

 ありがとう……そして、さあ行こう。

 決して平らじゃないけど、確かにそこにある道を……!”

 

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 

[ 野外ライブステージ・バックヤード ]

 

 

『あっ、あぁ……アポロ様だ……アポロ様が映ってらっしゃるわ!!!』

『ね、ねえ……! こ、この映像って……ホンモノ?!』

『う、うそ……本当なの……?!』

『わ、私は今までたくさんの映像を見てきたけど、この衣装は初めて……しかも、あのブレスが利いた美声は、他でもないアポロ様よ!!』

『あ、あのアポロ様がアカペラを歌うだなんて……! しかも、あの「栄光の架け橋」をよ……!!』

『激しい曲調で攻め立てられるような快感を与えていたのに、バラード調の曲だなんて……!!』

『で、でも……同じよ……あの方の歌声は全然変わってないわ……メロディ―がなくても感じるわ、力強くって“大胆”に突き進んでいく気持ちが!』

 

 

 モニター前に集まる彼女たちは、映っているその男の姿を見て強烈な衝撃を受けていた。 彼女たちは目をくいしばるようにジッと凝視し、その男の姿を目に焼き付けようとしていた。

 μ’sもまた、その映像を凝視し、彼女たちがよく知る彼の姿をこの目に収めようとするのだった。

 

 

 

「……ねぇ、これってまさか……」

「……そのまさかよ、アポロが――蒼一が戻ってきたのよ……!」

「……てことは、これって中継なんよね? せやったら、はよ行かんと……!」

「……そうね、蒼一の声を直接聞きたいし、何より、隣にいてあげたいと思うから……!」

 

 

 彼女たちの間でも、この予想することさえしなかった出来事に動揺を感じていた。 同時に、彼がここに居るということに湧き立ち、早く彼の許へ駆け走りたいとそわそわしていた。

 

 

 

 

 ただ、ひとりを除いて―――――

 

 

「ほら、穂乃果ちゃん! はやく、蒼くんのところに行こ!」

「そうよ、穂乃果。 アンタが行ってあげたら蒼一も喜ぶはずよ!」

 

 

 ことりとにこが、モニターの前で静かに佇んでいた穂乃果に声をかけるのだが、当の本人はそれに反応を示そうとしなかった。 彼女の意外にもとれる様子に疑問を持ったメンバーたちは再度、彼女に声をかけるのだが、一向に返事をしようとしなかった。

 周りとは違うざわめきが彼女たちの間で起こり始めようとした時、ようやく固く閉ざされた口が開くのだった。

 

 

 

「―――ごめん、みんなは先に行ってて。 穂乃果は、ここに残るよ」

 

『………っ!!?』

 

 

 突然の言葉に、彼女たちは驚愕した。 まさか、あの穂乃果がそんなことを言うだなんて、と目を大きく見開くのだった。

 とりわけ、中でもにこの苛立ちは凄まじいモノだった。

 

 

「どうしてよ! どうしてアンタが行かないって話になるのよ!! 蒼一は、アンタのことを待ってはず……なのに、行かないってどういうことよ!!」

「にこちゃん落ち着いて―――!」

「いいえ、落ち着いてなんかいられないわ! アンタは私よりも蒼一との距離が近い! そんな立場に居ながらそうするなんてありえないわ!!」

 

 

 周りのことを気にすることなく、その怒りを爆発させるにこ。 そんな彼女を抑えようと、真姫や花陽、絵里や希までもが止めに入ったのだ。

 すると、穂乃果はにこたちの方をジッと見つめた。

 

 

「ごめん、にこちゃん。 それに、みんな……これは、穂乃果の我がままなの……お願い………」

 

 

 力の入っていないしおらしい声で話す穂乃果は、とても申し訳なさそうな笑みを浮かばせていた。 それを見たにこは、あまり目にしない彼女の姿に動きを止めた。 にこ自身、もし穂乃果がただの我がままでそう言ったのなら無理矢理にでも行かせようとしていた。 が、いざ彼女の姿を見て、その考えは大きく変わった。

 穂乃果がその表情を浮かべる一方で、震える握りこぶしを見てしまったのだ。 瞬時に、にこは穂乃果の本心を悟った。 一目散に駆け出したいと思っているのは、穂乃果自身なのだと。 でも、それを抑えなくちゃならないことがあるのだと推測した。 だとしたら、その想いに彼女は口出すことはできないのだと知り、止めたのだ。

 

 穂乃果を見て、同じようなことを考えたのは、にこ以外いない。 にこだからこそ察することができたのだと言える。

 

 にこは、彼女を抑える真姫たちの手を払い、ちゃんと立った状態で穂乃果と対面する。

 

 

「……わかったわ。 今日は、アンタの我がままを聞いてあげる………」

「うん、ありがとね、にこちゃん………」

 

 

 いつもの朗らかな笑みを小さく浮かばせるのを見て、にこはこれ以上は何も言えないと悟って身を翻した。 また何かをするんじゃないかと肝を冷やしていたメンバーたちは、ホッと一息吐くのだった。

 

 

「にこちゃん――――!」

「………!」

 

 

 ここから立ち去ろうとしていたにこに声をかけて引き留めると、穂乃果は彼女に向かって言うのだ。

 

 

「にこちゃん! 蒼君はね、にこちゃんのことも大切に思ってるよ。 穂乃果が幼馴染だから特別とか、そう言うふうに思ってないんだよ。 蒼君は私たちみんなのことを特別に思って、大切に思ってくれているんだよ!」

 

 

 穂乃果のその声を耳にすると、にこは振り向くこともせずに足を進ませた。

 

 

 

――やっぱり、違うのよ……穂乃果と蒼一との間って………

 

 彼女はスッキリしたような、寂しいような、そんな複雑な想いを顔に乗せながらこの場を去った。 そして小さく「敵わないわね…」と呟くのだった。

 にこの後を追うかのように、他のメンバーたちは釈然としないままで走っていく。 一方、穂乃果のことが気になってしまう2人の幼馴染たちは、つま先を返すことなく彼女と話す。

 

 

「穂乃果ちゃん……」

「いいのですか、穂乃果……?」

「うん、心配しないで。 ことりちゃんたちは蒼君のところに行ってあげてよ」

「ですが……」

「もぉ~、心配性だなぁ海未ちゃんは。 穂乃果は大丈夫だよ」

「……はぁ、仕方ありませんね。 穂乃果は一度言ったら止まりませんから」

「ごめんね、海未ちゃん。 無理言っちゃって」

「いいのですよ。 それに、穂乃果のやろうとしていることは、余程大事なことなのだと理解していますから」

 

 

「では」と小さく会釈し、海未はその場を去ると、ことりもまた、かわいらしい笑みを穂乃果へのエールとして送ると海未を追いかけて行くのだった。

 

 駆けていく彼女たちを見たのだろうか、集まっていた他のグループたちもまた、その後に続いて会場を後にした。 それこそ、一目散になって憧れの人物に会いに行こうとするのだった。

 

 

「蒼君、頑張って……穂乃果はここで待ってるからね……」

 

 

 ただ、彼女だけはこの場所で、愛しい彼の晴れ舞台を祈りながら見守り続けるのだった――――

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 

[ スクフェスメインステージ ]

 

 

 あつい―――

 

 

 喉が、身体が、あつい―――

 

 

 マイクを握ってステージに立ち、スポットライトに照らされた俺は、誰もいない無人の会場内で歌い続けた。 曲は流れず、ただ俺の声だけが広い会場内に残響となっていく。

 意味の無い歌かもしれない……誰も聴いてはくれないかもしれない……でも、それでも俺は、歌い続けた……。 この場所で、俺が俺であり続ける理由を見つけるために。 そして、俺のために歌ってくれたみんなのために……!

 

 

 

 

 

 そんな時だった――――、

 

 

 閉じきっていたはずの会場の扉が、大きく開きだしたのだ。 しかも、その中からおびただしいほどの人の波が押し寄せた。 流れる人の波。 光るサイリュウム。 どれをとっても異常な規模で、すぐに観客席が一杯になるくらいに押し寄せてくる。

 

 人々のざわめく声――普段のように全力を出さない声量で歌い続けていたが、観客たちの声が俺の声よりも勝ってしまう。 途中から、俺が何を歌っているのかすら分からなくなるくらいに……。

 

 正直、ここまで騒がしいのは好きではない。 ただそれが、俺のために叫んでいるんだと考えたら気分が高揚しまくるんだ! 観客たちの声援が、このステージに立つ俺に向けられているのだとしたら、そんな彼らの想いを無下にすることなんざ出来やしなかった―――。

 

 

 歌の途中、ちょうどいい間奏部で口を止め、大きく間を開けた。 その変化に観客たちは、またざわめき始める。 歌うのを止めた姿を見れば、誰だって戸惑う……大丈夫、それは俺がよく知っている。 ただ俺は、ここに集まるすべての人に向けて…みんなが満足してこの会場から帰路に向かうことが出来るように、俺が持つ、全力全開で、みんなに応えるんだ……!

 

 

 マイクを両手で強く、しっかりと握りしめ、腹いっぱいに空気を吸い込んでいく。 そして最後に、俺のこの全力な気持ちを、感謝の籠った最高の気持ちを胸に、喉に、舌に――! 身体全体で共有するかのように、共鳴させるかのように、2つ目のサビを歌う―――!!

 

 

「―――――――ッ!!」

 

 

 風船が炸裂したかのような爆音を、大きく開いた口から吐き出す!!

 腹に溜まった空気を全部歌に変えた。 声に翼が付いたみたいに遠くへ、遠くへと伸びて行く―――。 すぐ近くで豪快になりだすスピーカーから自分の声が聞こえるが、隅々の壁から反響した声も耳に入ってくるほどだ。

 

 

――あぁ、息苦しい……胸が痛い……

 

 張り叫ぶような声、シャウトして喉が押し潰されそうなくらいの声量が俺の身体を壊しにかかる。 慣れないことをするもんじゃない、もっと自分の身体を労われ、と以前の俺なら言うだろう。

 

 だが、今はそうじゃない。 というより、そうも言っていられないんだ………

 

 

 

 

――歌いたいんだ!! 口が自然と、息が不思議と、喉が力強く語りだすんだ――!

 

 

 歌に必要なモノは、音程、呼吸、姿勢、リズム――そうした音楽技術を追求される。 けど、それらが今この場で、この状況で必要とされるか―――

 

 

 否

 

 

 必要なのは、この想いを歌に込めるための表現を――!

 全身全霊を賭けて、この想いを伝えるための声を――!

 

 不格好でもいい――、

 音が狂ったって構わない――、

 音楽と言うには貧相かもしれない―――

 

 

 でも!!

 それでも俺はッ!!

 

 

 心の奥底から叫びたいんだッ―――!!

 

 

 

 会場中の空気を呑みこんでしまうくらい大きく息を吸い込むと、ありったけの声量で叫び出す!! ひとつひとつの言葉に思いを乗せて、息吹を吹きかけて意味を与える。 そう、それはまるで、言葉に生命が宿るように、歌が生き物となって人々に届くように歌いきるんだ!

 

 歌は技術でカバーできるかもしれない。 現に、そういうテクニックだけで業界を生き抜くアーティストだって少なくはない。 それに甘んじることの重要性だって知っている………

 

 でも、今の俺がやりたい、歌いたい曲はそうではない。

 “歌”を“歌”として“歌う”こと――、俺の中でくすぶっているこの気持ちを歌にして吐き出すんだ!

 

 

 だから……だから……!!

 この(気持ち)よ、届いてくれっ――――!!

 

 

 

――最後のサビが……はじめる………

 

 

 

 

 “誰にもこの涙を見せたことはなかった。 ただ、ずっとひとりで泣き続けていた……

 

 

 でも、俺はそれらを乗り越えた! この辛い現実から、悲愴な過去を乗り越え、いま、ようやくここまで辿り着くことが出来た!

 だからもう、迷うことなんてしない、ただひたすらとこの道をまっすぐに進んで行くんだ。

 

 この道に終わりはない。 長い永い旅路は始まったばかりなんだから。

 

 そして、きっとキミの許へ続く―――

 

 

 

 

 

 

 

―――栄光の架け橋を…”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 長い……ながい……ロングトーンが会場中に轟く………

 俺がみんなに、ここにいる観客全員に伝え届けたい一心で声を出し続けた……。 胸が激しく震える。 喉から出る声が胸の中で反響しているからだろう。 胸だけじゃない、手も、足も震えが止まらない……。 苦しいから……? いや、違う……。 これは……この感じは……!

 

 

 

 

 つぅ――――――

 

 

 目元から零れる水滴が頬を撫でた―――

 

 

 あぁ、そうか……、俺は悦んでいるんだな……。

 こうしてこの場で歌えることに、俺は心が弾んでいるんだ……!

 

 おかしいな……嬉しいはずなのに、涙が……涙が止まらない……。 このアツいモノが留まることをしてはくれないんだ……!

 涙はみんなには見せないんだと、そう歌ったじゃないか……それらを乗り越えてみせたって、そう歌ってみせたじゃないか……! なのに、どうして……止まらないんだよ……! 目の前が滲んで、もう、何が映っているのかわからねぇよ……。 無数の光たちが、ぼんやりと輝いている以外に何も見えない……!

 

 その光が……そうだよ、その光が俺の気持ちを大きく揺らすんだ。 もう、2度と見ることが無いと思っていた……あの、暗闇に広がる無限の光。 まるで、そう……銀河の海みたいなあの景色を、もう一度――――

 

 

 

「―――――――ッ!!!」

 

 

 

 

――もう一度、この目で見ることができたんだ―――!!

 

 

 

 

 

 

 

 

―――歌が、鳴り止んだ

 

 

(次回へ続く)

 

 

 

 




ドウモ、うp主です。

違うところで投稿をしていたらこちらの方が疎かになってしまいました……。

そして、今回の話はあまりにも長過ぎたので分割しております。今回が前半だとしたら、次回が後半となります。

今月も残りわずか。
この少ない日数で、現章は終わるのだろうか……?

次回もよろしくお願いいたします。


今回の曲は、

ゆず/『栄光の架け橋』

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