蒼明記 ~廻り巡る運命の輪~   作:雷電p

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第130話





言葉に出来ないものを下さい

 

 大きな歓声が地鳴りのように響いている――穂乃果たちが歌い終わった瞬間に湧き起こった大喝采は、会場のみならず、モニター前にいた観客をも巻き込んで高らかに鳴り響いていた。 あの1曲があの場の雰囲気をガラリと変えてしまった。 それまで続いていたロック調の曲とは一変して、バラード調の曲を歌い上げたことが一因だろう。

 

 いや、観客たちも気が付いているはずだ……アイツらの想いを………。

 

 

 アイツらの歌を聞き入っていると、無性に胸が苦しくなってくる。 ギュッと締め付けられるような……打ち付けるような痛みのようなモノさえも感じている……

 

 

 

 

 あつい―――

 もし、心臓が圧迫されているのだとしたら、そこから真っ赤な血液が身体全体に向けて流れていくのだろう。 けど、それとは違うようだ……。 生存活動的なモノによるんじゃなくって、一種の精神論的なモノを与えられたようなモノだ。 一言で言うと――情熱だ。

 そうだ、身体中を廻っているのは情熱なんだ。 この熱が俺を――心の奥底から熱くさせているんだ……!

 

 それを訴えかけてきたのは、言うまでもない―――アイツらだ!

 

 

 

――伝わってきたぞ……お前たちの想いが……

 

 

 初めて聞いた曲だ。 俺の知らないところで作り上げられたモノなのだろう……。 なんの脚色も、演出も施されてないシンプルな音色――だが、そのシンプルな音色出会ったからこそ、俺の胸に届いたのだ。 アイツらの本当の気持ちってヤツを―――

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――涙、出てますよ?」

「えっ―――――」

 

 

 横にいるツバサに指摘されて目元をなぞってみると、確かに、目尻からボロボロと涙が零れ落ちていることに気が付いた。 人前ではそんなに流さないはずなのに、どうしてか、ここ最近は緩い。 心を硬派なモノにしてからは、全くと言っていいほど涙を見せなかった。

 だが、どうして俺は涙を流すようになったんだ―――?

 

 そう振り返り始めると、あの顔を思い出してしまう―――みんなの顔を―――

 

 

 

 

 

 

 

 

―――希……!

 

 

 いつも澄ました表情で俺のことを見ていてくれた希。

 俺に音ノ木坂学院を護ると言う気持ちを決定付けたのは、あの希の涙だった……。 転勤族だった希が、唯一定着したのがあの学校だった。 その学校が無くなることを恐れた希は、俺に泣きついてきて、その心の内になる不安などを吐露した。

 散々泣いた希を見て、俺は心を動かされた。 久しぶりに、誰かのために頑張ろうと思い始めたのは、その時からだった。 ただ純粋に、何とかしてあげたい。 自分の抱えていたトラウマや自責の念、そういった柵を一切感じることなく、そう言えたのは奇跡のようだった。

 

 この奇跡が、俺を変えていったんだ………

 

 

 ありがとう、希―――――

 

 

 

 

―――凛……!

 

 

 元気いっぱいで、俺のことを慕ってくれているかわいい凛。

 花陽と一緒にいて、時にやんちゃで、時にやさしい凛は、みんなの元気印みたいな存在だ。 そんな凛が、花陽のために暴漢に襲われた時、一目散に助けたのは凛だ。 幸い重度の怪我にはならなかったが、その勇気に感動した。 そして、()()穂乃果に襲われそうになった時も、脚を竦ませながらも凛は花陽を護った。 あの時ほど、凛を強く抱きしめたことはなかった。

 

 あの勇気に、俺は助けられたんだ………

 

 

 ありがとう、凛―――――

 

 

 

 

―――花陽……!

 

 

 かわいいかわいい俺の義妹の花陽。

 引っ込み思案で、前に出ていくことを躊躇っちゃう控えめな女の子だったけど、少しずつ前に進んでいくようになっていった。 アイドルになれる自信が無いと言ってたけど、今では立派なアイドルだ。 そんな成長を見守っていくのが、とても嬉しかった。

それに、形だけだが、俺の妹になってくれた。 下に兄弟がいなかった俺は、その分とっても甘やかしていた。 まるで、本当の妹のように思っていたんだ。

 

 花陽のそのやさしさが、俺を癒してくれた………

 

 

 ありがとう、花陽―――――

 

 

 

 

―――エリチカ……!

 

 

 かしこくって、かわいいエリーチカ。

 しつこくって、強情で、わがままなキミは、いつも俺を困らせてくれた。 何かと付けては文句を言うし、駄々もこねる。 挙句の果てには、俺のことを避けるようにもなった……。 正直、あの時は悲しかったな……。

 でも、キミはそんな子じゃないって、俺はよく知っている。 心やさしいか弱い女の子。 誰かに甘えたくって仕方ないエリチカのことを俺は今でも好きだ。 それに、どんなに離れていても俺のことを想い続けてくれていた、そんなエリチカだったから俺は好きになれたと思うんだ。

 

 その想いが、俺の励みになった………

 

 

 ありがとう、エリチカ―――――

 

 

 

 

―――にこ……!

 

 

 素敵な表情を見せてくれる笑顔のにこ。

 その微笑んだ姿にどれだけ助けられたことだろう……。 苦しくって、辛かった時、よく、にこのことを思い出しては頬を緩ませていたよ。 魅力的なんだ、にこの笑顔は。

 そんなにこが悲しい顔をしていた時、無性に俺も悲しくなった。 あんなに楽しそうに笑顔を振り撒いていたのに、どうしてそんな顔をするのか。 その理由を知った時、俺は泣いた。 にこはこんな辛い中で、誰にも相談できずに、ただひたすらと毎日を過ごしてきていた。 俺は、そんなにこを助けたかった――辛い気持ちを無理矢理吐き出させようとまでやった。 そして、共に泣いた。 少しでも、慰めてやりたかったから………

 そして、いつもの笑顔を見せてくれた―――俺の大好きなその笑顔で

 

 にこの笑顔は、俺を救ってくれた………

 

 

 ありがとう、にこ―――――

 

 

 

 

―――真姫……!

 

 俺の愛しい真姫。

 キミを助けたあの日から、すべてが運命付けられていたのかもな。 俺は真姫を助けたが、その代償は大きかった。 もう二度と手に入れられないところに行ってしまった……。 だが、そのおかげで、この世界に飛び込むことが出来た。 明弘と共に頂点に立つことだってできた。 その時の嬉しさは今でも忘れない。

 そして、真姫を再び廻り合えた……! あの時助けたあの少女が、こんなに大きくなって俺の前に現れるだなんて、夢にも思わなかった。 だからこそ、真姫には特別な想いがある。 俺がやってきたことが無駄ではなかったんだと言う何よりの証だった。

 

 俺が、ここにいる理由を示してくれた………

 

 

 ありがとう、真姫―――――

 

 

 

 

――海未……!

 

 真っ直ぐな想いを見せてくれる俺の海未。

 実直で、どんなことでも真剣に取り組もうとする海未は、俺にとってもいい手本だった。 海未はいつも、迷いを断ち切るように正しい道を教えてくれた。 時々、間違えてしまうこともあったが、その時はお互いに協力し合って乗り越えてきた。 そんな海未は、俺にとって明弘に続くもう1人の相棒のようにさえ思うのだった。 そんな海未は強く、そして、脆かった。 俺が事故にあって以降、見違えるほどに強く成長していた。  身体的にも俺と同等になるほどにだ。

 けど、そんな海未でも心までは強くなりきれなかった。 誰にも知られないところで泣きじゃくることもあった。 そんな海未をずっと支えていきたいと思った。 それに、少しは自分のために我慢することを止めることだって……。 今日まで頑張ってくれてありがとな、海未。 今度は、俺が海未のことを支えてやるからな。

 

 海未の励ましが、俺を強くさせてくれた………

 

 

 ありがとう、海未―――――

 

 

 

 

 

――ことり……!

 

 いつも俺を困らせてくれるやんちゃなことり。

 俺と一緒に居続けては、常に抱きついてきたり、その身体で誘惑してきたりと、頭を悩ませることばかりをしてきたね。 穂乃果と一緒になってやって来られた時は、ほどほどにしてほしいくらいだったよ。 そのおかげで、精神力は大幅に強くなってくれたのだけどね。

 でも、ことりがそうしたくなるのには、ちゃんと理由があるってことを知ってるさ。 自分には何も無いと控え目になって、誰かの影に隠れて支えてもらいたかったんだろう。 そんな甘えたがり屋なところもちゃんと知っているさ。 だから俺は、ことりが俺のところに来ることを拒もうとはしなかったさ。 それで幸せになれるのなら本望さ……。

 今度は、もっと幸せにしてあげられるように頑張らからな……。

 

 俺に、守るべきモノを与えれくれた………

 

 

 ありがとう、ことり―――――

 

 

 

 

 

――そして、穂乃果……!

 

 

 俺と並んで前に進んで共に過ごしてきた。 泣いたり笑ったり、たくさんの思い出を穂乃果と一緒になって作ってきたな。 どれも鮮明に覚えているし、懐かしく振り返ることだってある。 1人で突っ走ってみんなに迷惑をかけるのに、泣く時は誰よりも先に泣いて、俺たちを困らせてくれた。

 だが、そんな穂乃果のことを俺は好きなんだ。 何があってもその眩しい笑顔があって、俺たちを励ましてくれるのが何よりも嬉しかった。 まさに、太陽だった。 俺はその光に何度も助けられたんだよ。

 そして、今も……穂乃果は俺に向かって笑ってくれているんだよな。 そこで見せているその笑顔は、ちゃんと俺に届いてるぞ……!

 

 

 また、助けられたようだな………

 

 

 ありがとう、穂乃果―――――

 

 

 

 そして――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 愛してるぜ―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 みんなの顔がよく見える……。

 みんな揃って、同じ方向を向いているんだ。 そうだ、みんなして俺のことを見てくれている。 朗らかな笑みを浮かべて、俺が来るのを待ってくれている……! あんなに厳しく接したのに、顔色一つも変えずに待っているんだ!

 

………ったく……本当に……お前らってヤツは………!!!

 

 

 涙が止まらない……

 留まっていた涙腺が崩れて、そのまま滝のように一気に流れ出てきていた。 自分でも抑えが利かない、ただ流れ落ちることを感じるしかなかった。

 

 

 また、胸がギュッと締め付けられるみたいだった――――

 

 

 

 

 

 そんな時だ―――――

 

 胸の中で、何かが大きく揺れ動き始め出した……! 脈音を強く立て、今にも心臓が飛び出しそうだった。 いや違う、他の何かが共鳴しているんだ……! 心臓の音とは違った何かが……!!

 

 

 そう思った矢先、何かが近付いてきているように見えた。 白い何かが……いや、あれは光だ。 白だけじゃない、赤や青、白に緑とそんな色が9つも束になってやってきたんだ!

 

 

―――あの光は……まさか………!!

 

 

 胸の高鳴りがさらに強まった―――!

 

 知っている……俺は、あの光を知っている……! 以前にも見た色とりどりの光たち――俺の苦難な道を照らしてくれた無数の光たち。 彼女たちの運命を変えてきた、“運命のかけら”たち―――!! それが、俺のもとに――――

 

 

 

 無数の光は、速さを落とすことなく、俺の胸の中へと入り込んで行った。 一瞬、息が詰まるような気分に晒されるのだが、決して苦しくはなかった。 むしろ、気持ちが休まったのだ。 あるべきモノがウチに戻ってきたような、そんな帰郷の喜びさえも抱かせる感覚に心が喜び弾んだのだ。

 

 それに、あたたかな温もりも携えてくれたおかげで、縛られ続けていたモノから解放されたかのような気持ちとなるのだ。

 

 

 聞こえる……アイツらの……みんなの声が………!!

 

 

 胸に宿った光たちが、彼女たちの心を語り始める。 つい先程、彼女たちが語り紡いだ歌と共に、その本心が心の声となって直接胸を震わせるのだった。 彼女たちの真っ直ぐな気持ち――嘘偽りの無い、まったく純粋な気持ちで彩られた言葉たちは、俺の汚い心を輝かせた。

 黒ずんでいたはずの心の壁が、その言葉たちによって、白く透明なモノへと綺麗になっていく。 アイツらを疑っていた気持ちや、どうしようもない憎しみさえも綺麗に捨て去られていく。 そして、残ったのはたったひとつ――――アイツらの……穂乃果たちの本当の気持ちが………!!

 

 

 

 

―――あぁ……うぅっ…………

 

 

 穂乃果たちの言葉たち1つひとつが胸に沁み込んでくる……! アイツらと出会って……音ノ木坂に来て……再開を繰り返して、俺は―――! 俺は……本当に大切なモノを見つけたんだ……! 穂乃果たちという、最高の宝物を俺は手に入れたんだ! 世界中、どこを探しても見つかることはない、俺だけの宝物――俺だけのために与えられたモノだといっても過言じゃない。

 

 

 俺はいま、そんなアイツらに―――救われたんだ

 

 

 

 今は涙を流すことでしかこの気持ちを表すことが出来ない――いや、表しきれない!! アイツらが教えてくれた気持ちというのは、そんなモノじゃ語りきれないんだ!! ただ声を張り上げて叫ぶんじゃなくって、身体全体を解放して、あるがままの姿で応えなくちゃいけないんだ―――!!

 

 想いが湧きあがる―――!!

 伝えたいと思うモノが強くなる―――!!

 だったら―――! それを伝える唯一の方法を―――!! 俺が知っているその方法で伝えなくちゃならないんだ――――!!!

 

 

 手摺りに掛ける拳をギュッと握り締め付ける。 あまり強くやり過ぎて、手の甲に指が貫通してしまいそうなくらいに強く―――!!

 高まる気持ちは抑えられない、気持ちを気持ちで抑制できないほどに大きく膨れ上がってしまった! もう止められやしない――いや、止まりたくない!!! 抑え続けてきたこれまでの時間と共に、いま、何もかもを吐き出したい衝動に駆られるのだった――――!!!!

 

 

 

「―――なら行きなさい。 アナタの思うままに、アナタの為すがままにしなさい」

「――――!!」

 

 

 こんな俺の様子を見たからなのだろう、ツバサは見つめながら俺にそう語りかけるのだった。 彼女もまた、真剣な眼差しを向けてくる。 冗談を言えるような様子でもなかった。

 

 そんな彼女は、俺の背中を叩くと、こう言うのだった。

 

 

「みんなアナタの帰りを待っているわよ。 さあ、早く行ってあげなさい。 アナタが伝えなくちゃいけないことを早く―――!」

 

 

 背中を押されるような言葉に、一瞬、俺は躓きかけそうになるが、すぐに踏み止まって立ちなおった。 もう、こんなところで躓くなんてごめんだ、転んで倒れ込むこともごめんだ―――俺はもう、立ち止まらない!!

 

 

 脚を強く地面に立たせ、真っ直ぐに背を伸ばす。 迷うことなんて何もない。 恥ずべきことなんざ、何もない。 俺はただ――俺が思うがままに、この道を進んでいくだけなんだ―――!!!

 

 

 

「ツバサ―――」

 

 

 足を踏み出し、進んで行こうとする前に、俺は彼女にこう告げた―――

 

 

 

「ありがとな。 それと、いいパフォーマンスだったぞ。 いいセンスだ―――」

「―――こちらこそね」

 

 

 

 今度こそ、脚に力を込め出すと、俺は颯爽とこの場を立ち去った。 今あるすべての力を出して、駆け走っていくのだ! 早く、はやく走りだして、この気持ちを伝えたかったんだ―――!!

 

 

 みんなに―――そう、みんなにだ――――!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――

――― 

―――― 

 

 

 

 

「『いいパフォーマンス』ね……ふふっ、褒められちゃったわね♪」

 

 

 蒼一が去ったこの場には、ツバサがたった一人で佇んでいた。 彼女は、少し呆れながらもかアレから言われた言葉に、頬を緩ませているのだった。

 

 

「『いいセンス』……かぁ……ようやく、その言葉を聞くことが出来たわね………」

 

 

 何かを口走るように――呟くように言葉にした彼女は、何故か、瞳を細めて潤わせているのだった。 彼女はそんな姿を見せまいと夜空を仰ぐ。 その瞳は、何かを予見するかのように輝いていて、とても美しかった。

 

 そして、光り輝く星に向かってこう言うのだった――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いってらっしゃい――――そして、おかえりなさい――――」

 

 

 

(次回へ続く)




どうも、うp主です。


思った以上に早く出来たので連続投稿です。

前回に引き続いて、会話文少ないなぁ…
心情描写のほうが多いけど、大丈夫かなぁ…なんて思ってたりしています。

さて、蒼一くんの心が一歩一歩変わっていってます。彼が次にとる行動、それが今後の展開に大きく関わってくることになります。

まだ、クライマックスじゃないよ。

次回もよろしくお願いします!




……あと、できれば、感想を……




今回の曲は、

TVアニメ『セイクリッドセブン』より

FictionJunction/『stone cold』

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