蒼明記 ~廻り巡る運命の輪~   作:雷電p

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第129話





もうひとりじゃないよ

 

 

『聞いて下さい―――もうひとりじゃないよ―――』

 

 

 

 穂乃果のMCが終わると同時に、天井のスポットライトの明りが弱まる。 ステージ上が薄暗くなり、その上に立つ彼女たちの姿も影に包まれていく。 それが曲の始まる合図なんだと知っている観客たちは、どんな歌が披露されるのか期待を抱いて歓声を上げた。

 

 

 だが、その歓声は一瞬にして、泡沫のように消え落ちていった。

 

 

 真姫が弾くピアノの旋律――寂しげに奏でられる美しい音色が会場中に溶け込んでいった。 その音色を耳にした多くの観客は、湧き上がる歓声を止め、動かしていた手を止めてその曲に聞き入ってしまう。 火が一瞬にして鎮火されるような会場の静けさの中―――彼女たちは歌う

 

 

 

 

“もう、ひとりで閉じこもらないで…そんなの悲しすぎるでしょ? そんな時は、私を呼んでほしいの……”

 

 

 彼女たちの口から紡がれる慰めの言葉。

 そっと、囁くように歌いだす彼女たちの想いがこの曲と繋がり始める。

 

 

 

 

――蒼くん…

 蒼くんは、凛のことをとっても可愛いって言ってくれた初めての人なんだよ……。 蒼くんにそう言われた時、凛はとっても嬉しかったよ……こんな私のことをそう思ってくれたことがとっても嬉しかったんだよ。 おかげで、凛は大好きなかよちんと一緒にμ’sに入って、たくさんの歌を歌ったり、ダンスをしたりってとっても楽しい時間が出来たんだにゃ!

 蒼くん、ありがとう♪ 今度は、凛が蒼くんのことを想って歌うからね!

 

 

 

 凛は、彼と初めて出会った時のことから今に至るまでを振り返っていた。 女の子らしさが足りないと、彼女自身そう呟いていた日々が幾度とあった。 それがいつしか彼女にとってのコンプレックスになってしまっていることに、引け目を感じていた。

 

 そんな時、彼女の前に現れた人こそ、蒼一だった。 彼は、彼女が暴漢に襲われていたところを助け、女の子としてやさしく扱ってくれていたことが今でも忘れられないでいた。 それが彼女にとって、初めて女の子として扱われた瞬間だったからだ。

 

 それからというモノ、彼女は彼の勧めでμ’sに入り、女の子としての新たな1ページを刻もうと励んでいた。 ちょっぴり背伸びしたみたいに成長した姿で、凛はありったけの想いを籠めて口ずさむのだった―――

 

 

 

 

“もう、ひとりになろうとしないで…それは傷付きたくないからそうしているんだよね?”

 

 

 

 

――蒼一にぃ…

 私のわがままでお兄ちゃんになってくれてありがとう……。 花陽は、蒼一にぃのことを本当のお兄ちゃんなんだってずっと想い続けているよ。 内気な私をいつも傍に寄せてくれたこと。 花陽をアイドルにしてくれたこと。 そしてなにより、花陽が蒼一にぃの彼女になれたことが、私のこれまでの人生の中で一番嬉しかったんだよ…!

 ありがとう…蒼一にぃ……。 花陽は、ひとりでも頑張れるくらい成長したよ……! 今度は、花陽が支える番だよね……!

 

 

 スポットライトに照らされた彼女の肌が、白く透明に見えた。 まるで、彼女自身が輝いているようにも見えたのだ。

 

 両手を胸に添えた彼女は、まるで祈るように静かに瞳を閉じた。 瞳の裏から見えるのは、彼と彼女とのこれまでの軌跡――彼と出会い、彼と共に笑い、彼と共に涙を流し、彼と共に同じ道を歩み始めたこれまでの軌跡が、今も鮮明に心の中で映し出されていた。

 

 彼と出会ったことで、彼女は大きく成長した。 そして今、彼女はこの成長した姿で彼のために歌うのだった―――

 

 

 

 

 

“『もしも、辛かった時は、どうか私を思い出してね』と、夜中に煌めく星が広がる中で、そう呟いた”

 

 

 

 

――蒼一…

 にこはね、ずっとアイドルになることを夢見てたの。 みんなを笑顔にすることが出来るようなアイドルになるって、そう約束していたの……。 でも、私1人だけじゃダメだった。 何度やっても失敗ばかりで、終いには、アイドルになることさえも諦めなくちゃいけなくなるくらい追い詰められてた……

 そんなにこを救ってくれたのが、蒼一、あなたなのよ……。 蒼一がもう一度、にこにアイドルになるチャンスを与えてくれた。 こうしてにこがこのステージに立っていられるのも、全部蒼一のおかげなのよ。 蒼一、にこはね、あなたに言われたことをここで果たしてみせるわ。 みんなを笑顔にさせる……そう、あなたも含めて絶対に笑顔にさせるから……!

 悲しい顔なんてしないで、蒼一には笑顔がよく似合うから……!

 

 

 

 切ない歌声を響かせるにこは、両手を広げ、夜空に輝く星を仰ぎ見ていた。 そんな彼女の顔には、うっすらと笑みと共にほろりと玉のような滴をこぼれ出していた。

 

 彼女は笑うことで彼を励まそうとした。 彼女にとって、笑顔は魔法のようなモノだった。 彼女が笑うことで自然と周りが笑顔になる不思議な力があった。 そんな彼女の魅力に気付いていたのは、彼だった。 彼は彼女の笑顔が大好きで、その笑顔を見るために彼女を喜ばせるようなことをし続けた。 その延長上として、彼は彼女を恋人として迎え入れ、幸せという喜びに浸らせたのだった。

 

 そして彼女はいま、そんな自分を支えてくれた彼に向けて、精一杯の気持ちをぶつけようとしている。 彼女なりのやり方で、彼を笑顔にさせようとするのだった―――

 

 

 

 

“泣きたい時だってあるんだよ。 それなら、私と一緒にいればいいんだよ。 なんて言葉をかけたらいいか分からないけど、そんなの一緒にいられればいいんじゃないかな”

 

 

 

 

――蒼一…

 あなたは私の恩人……私のために命をかけて救ってくれた……。 それを忘れたことなんて一度たりとも無いわ。 あなたと共に過ごし、あなたの肌に触れ、あなたの本当のやさしさをこの身体で知ることができた……。

 私は蒼一と出会えてよかった……私の隣が蒼一で本当によかった……。 蒼一が私に、音楽の素晴らしさをもう一度教えてくれた。 私に仲間と呼べる人、親友と呼べる人……そして……愛すべき人を与えてくれた……! 好きよ……大好き……愛してるの、どんな宝物でも、この世にあるあらゆるモノとは比べものにならないほどにあなたのことを愛してるの……!!

 あなたがいれば、どんな困難でも乗り越えられる……どんな苦難にだって立ち向かえる……! あなたは……私のすべて……!

 

 ねぇ……聞こえてる……?

 この曲は、蒼一と共に過ごした最後の日に創り上げた曲なのよ……。 あなたの身にどんなことが起きようとも、あなたが挫けそうになった時に聞いてもらいたくって創ったのよ……!

 これを、あなたに…蒼一に捧げるわ……。 だからお願い……! 戻ってきて……!

 

 

 

 

 雪のように白い指先から、炎のように情熱的な音色を奏で立てる―――!

 

 弾かれる鍵盤は大いに震え、その先に伸びる弦が彼女の想いに応えるかのように、力強い調べを生み出していく。 この曲の伴奏は、このピアノのみ――なのに、彼女が弾くことで、7色もの音色が湧きあがってくるようだ! 他の楽器との合奏など不要――彼女の身体全体から流れ出る命のメロディーが息吹となって吹きかけるのだ……!

 

 彼女もまた、歌う―――!

 声を高らかに―――! 彼が褒めてくれた歌と、この音色と、この歌声で―――!! 天に捧げる讃美歌の如く、彼女の声には心に響くモノがあった。 彼と出会ったことで世界が変わっていった、そんな物語(ストーリー)に惹き込まれていくかのように、彼女は歌う―――!!

 

 彼女は決して、天才ではない―――

 だが、この時だけ、天は彼女にたったひとつの才を与えたもうた。

 

 それは――――愛すべき人の心だけを動かす力を―――!!

 

 

 

 

 

“うん、わかるよ…。 その想いが強すぎちゃったから苦しくなっちゃうんだよね。 ねぇ、私に話して…”

 

 

 

 

――蒼一…

 ウチは…ウチが犯した罪、絶対に拭いとることが出来ないくらいの大きな罪を犯した……。 蒼一にも…みんなにも……。 ウチはそれが耐えられなくって、身を投げ出したいとまで思うくらいやったんよ……。

 でも、そんなウチを、蒼一は赦してくれた……。 ウチをギュッと抱きしめてくれた……こんなウチを救ってくれた……こんなウチのことを愛してくれた……。

 涙……止まらんかったんよ……蒼一に抱かれた後ずっと、嬉しくって、嬉しくって……涙がボロボロでてきて全然止まらへんかったんよ……。 ウチみたいな、わがままばっかな女の子を好きになってくれて、本当に嬉しかったんやで……!

 だから、今度はウチの番や――ウチが蒼一を助ける番や。 ウチの気持ち……受け取って……!

 

 

 

 

 片方の腕をぐっと前に突き出し、そのまま人差し指を誰かを指すように伸ばした。 彼女は指さす先に、愛すべき彼がいることを想っていた。

 

 彼女にとって、彼という存在はいつもヒーローのようだった。 ひとりぼっちだった彼女に手を指し伸ばしてくれたのが、紛れもない彼だった。 そんな彼に惹かれて、彼女は彼の近くに居ようと決心させるほどに、彼のことを好きでいた。

 

 だが、その好き故に彼女の心は歪み、あの惨劇を生み出してしまった……。 彼女はその重大性に気が付くのだが、すでに遅かった。 取り返しのつかないことをしてしまったと感じた彼女は、自らの命を絶とうとした……。 だが、そんな彼女を抑えたのが紛れもない彼だった。

 

 彼は、引き千切られ、スス汚れて捨てられてしまう布のようになった彼女をそっと抱きあげ、彼女に生きる理由を与えた―――彼の恋人となり、彼の傍に居続けること―――その宣告に彼女は膝をついて泣き叫んだ。 もう二度と交わることが出来ないだろうと思っていた縁が、それよりも増して交わったのだ。 彼女にとって、これほど嬉しかったことは生まれて初めてかもしれないほどに。

 

 故に、彼女は歌うのだ。 彼のために――彼が自分を愛したように、彼女も彼のことを全身全霊をかけて愛することを心に決めるのだ。 もう、何も隠すこともない。 何も偽ることもない。 純粋無垢な気持ちで、彼女は想いを届けようとするのだった――――

 

 

 

 

 

“うん、わかってるつもりだよ? もし、この想いを羽に乗せられるのなら、真っ先に、キミに届けたいの…『君のことがだいすき』ってね”

 

 

 

 

 

――蒼一…

 私はずっと、アナタのことを突き放していた……。 本当は、アナタのことが言葉に出来ないくらいに大好きだったのに、苦しめるようなことしかしなかった……。 私はアナタの気持ちを何度も踏みにじった、何度も足蹴にした。 本当なら、アナタの前に現れることさえも止めなくちゃいけないのに……なのに、アナタは……私を受け入れてくれた……!

 私のことをここまで想ってくれていただなんて、全然知らなかった。 私のことをこんなに愛してくれていただなんて全然知らなかった! なのに、私は蒼一のことを………。

 だからね、私はいま、蒼一のために尽くしたい。 私のこの身体で、この気持ちでアナタを取り戻せるのなら、身を尽くしてそうさせてもらうわ。 アナタがすべてを尽くして私を包んでくれたように、私もすべてを尽くしてアナタの全部を包み込むわ……!

 受け取って頂戴! 私の、この想いを……!

 

 

 

 

 水晶のように透明で、黄金のように輝き放つその美しき姿は、まさに聖母のようだ。 全身に受け無数の光が束となり、光輝となってすべてを照らしていた。

 

 慈悲深く見える彼女の姿は、それまで彼女が犯してきた数々の罪から生じたモノ。 その1つひとつを赦してくれたことによる霊験あらたかな気持ちによる回心の光。彼と共に過ごして変わることが出来たことへの感謝。 これが彼女の魅せる姿なのだ。

 

 この気持ちを携えて、彼女は彼に向けて感謝を送る―――歌うことでしかできない今の彼女に出来る最大限の手段。 彼女は歌う、彼女が持つすべてを賭けて――――!

 

 

 

 

 

 

“星が見えなくなった夜空を見上げて『辛くなった時は、私のことを思い出していいんだよ』と、ためいき交じりに言ってみた”

 

 

 

 

 

――蒼くん…

 蒼くんは、ことりを前に進ませてくれた。 ことりにたくさんの勇気を与えてくれた。 抱えきれないくらいたっくさんの愛情を受け取ったよ。 それでやっと、大きな一歩を踏み出すことが出来たの。

 ことりは、何にも取り柄がありません……。 とっても地味で、人に相談することが不器用で、わがままで、嫉妬深くって、すぐに誰かに頼っちゃうダメダメな女の子なんです……。 でも、蒼くんのことは好き……誰にも負けないくらい好きって言える……! けど、こんな私じゃ、蒼くんに振り向いてもらえない……だから、いつも傍でベッタリとくっ付くしかなかった。 ことりのことだけを見てほしいから、どんなことでもやってみた……!

 でも、どれも意味がなかった……。 私の過度な不安とは裏腹に、蒼くんは私のことをちゃんと見てくれていたんだ。 なのに、私はまったく気付けなかった。 蒼くんのやさしさに甘えすぎちゃっていたんだ。 それで、訳も分からずみんなを振り回して……ことりは、最低です……。

 なのに……蒼くんは私を引き寄せてくれた。 抱きしめてくれた。 キスしてくれた…! 身体と身体を交じり合わせてくれた……! ことりを……愛してくれた……!! こんなに、こんなに嬉しいことはないよ……! 蒼くんの中に、ことりの居場所があることだけで嬉しくって泣き崩れちゃいそうなんだから……。

 蒼くん。 ことりの…ことりのすべてを見せてあげる……! ことりは蒼くんと一緒にいるよ……だから、感じて……!

 

 

 

 

 

 雛鳥のように小さくも、その気持ちは鷲よりも強く、空高く舞っていた。 美しく可憐な歌声は、ここに集う誰よりも響き、どこまでも遠くへ飛んでいくほどに力が籠っていた。

 

 彼女の想いは、それほどにまで強くあった。 誰よりも先に彼と出会い、彼に想いを告げていたのは彼女だった。 最早、彼女は彼なしでは生きていけないほど、彼のことを溺愛していた。 だが、その反面、彼女の劣等感は凄まじかった。 周りと比べようとすると、彼女は前に進み出ることなく後ろに下がり、周りを後押しするような立ち回りをしてしまう。 彼女の気持ちは常に、矛盾と共に存在していた。

 

 それ故に、彼女は狂気となった。 周囲を排斥することが一番の方法であると、間違った考えを起こしてしまったのだ。 そのために、彼女は彼女自身を深く傷付けることとなるのだった。

 

 もう、自分でも抑えが利かなかった彼女に、彼は手を差し伸べた。 傷付き、血だらけになってまでも、彼女に手を伸ばすその姿に、彼女は自分の間違いに気が付いた。 彼女は何も思い悩むことなど無かったのだ。 今も昔も、何一つ変わることなく、彼は彼女と共にあったのだ。 そればかりか、彼は彼女を以前よりも深く愛した。 深海に沈んでいくよりも深く、空に飛んでいくよりも高い愛で彼女を包み込んだのだ。

 

 そんな彼に、彼女は感謝と涙をただ流すほかなかった。 そして彼女は、そんな彼が与えてくれた愛情に見合う以上の愛で、彼を包み込もうとしていた。 そこにはもう、劣等感を抱く姿などどこにもない。 あるのは、誇らしげに微笑む、可憐な少女の姿だったのだ――――

 

 

 

 

 

 

“泣きたい時だってあるんだよ。 それなら、私と一緒にいればいいんだよ。 なんて言葉をかけたらいいか分からないけど、そんなの一緒にいられればいいんじゃないかな”

 

 

 

 

 

――蒼一…

 私にとって、あなたは憧れの的でした。 私が辛い時、寂しい時、悩んでいた時には、いつもあなたが傍にいてくれて私の背中を押してくれました。 そんなやさしいあなたに惹かれて、いつしか、お慕いするようになりました。 あなたの背中を追っていくのではなく、あなたのお傍で共に歩んでいきたいと、そう願うようになっていたのです。

 蒼一……。 今、あなたはとても苦しんでいることでしょう。 それは私にも測り知ることが出来ないほどなのでしょう。 ですが、それであなたを救えないと言うことなどありえないと思っています。 私は、あなたのために強くなりました。 今度は、心身ともに強くなりました。 ただ、ひたすらにあなただけを救うだけの想いを抱くことが出来ています。

 もう、迷うことはありません。 この真剣な想いを持ちまして、今度は私が蒼一の抱える闇を取り除きましょう……!

 聞いて下さい……私と、私たちが作った歌を……!

 

 

 

 

 

 やんわりと微笑む姿は慈悲深く、今にも涙を流そうとする潤んだ瞳は涙腺を誘う。 あまり感情を豊かにして歌うことが無かった彼女が、この時ほど、歌に想いをこめて歌ったことはなかった。 青く透明に透き通った言霊が、聞き入る者たちの心に沁み渡っていき、湧き上がる熱情に感動を添えさせた。

 

 詩を作りだしてきた者として、言葉を巧みに操ってきた者としての矜持がここで発揮されようとしていた。 メンバーから汲み取った数多モノ言葉たちを、彼女は繋ぎ合わせ、ひとつの歌として紡ぎだした。 これは彼女にしか為し得ない技――彼女に与えられた才能なのだ。

 

 その才能を余すことなく使ったこのひとつの歌は、彼女にとっても比類なきものなのだ。 その歌を、彼女はありったけの感情を籠めて語り尽くすのだった―――

 

 

 

 

 

 

“会いたい時には、いつも私と一緒にいればいいんだよ。 なんて言葉をかけるか迷っちゃうけど、一緒にいられればいいと思うよ”

 

 

 

 

 

 

――蒼君…

 私ね……今こうして歌っていられることが、とっても嬉しいの。 いつもは学校のためだったり、みんなのためだったりって、いろいろな理由を付けて歌っていた。 でもね、今ここで蒼君のために歌えることが何よりも嬉しいんだ。 なんて言ったらいいんだろう……この湧き上がるような気持ち……“好き”って直接言うより、ドキドキしちゃってるし、ちょっぴり恥ずかしい。 こんな気持ち…はじめて……

 蒼君、ちゃんと見てる? ちゃんと穂乃果の声、聞こえてる? 穂乃果ね、今すっごく楽しい…! この場所に立って、みんなで蒼君のために歌えることがね、とっても嬉しいの……! ほら、聞こえるでしょ……? 目の前にいっぱい広がる光の原っぱが……。 あの光全部が、蒼君のために光ってるんだよ……!

 私もね、負けないくらいに歌うよ。 蒼君が、私たちのところに戻ってくることを信じて……大好きな蒼君を信じて……!

 

 蒼君……蒼君は、もう、ひとりぼっちじゃないんだよ……。 穂乃果が付いてるから…μ'sのみんなが付いてるから……蒼君のことを応援している人たちがいるんだから……!

 

 

 

 大好きだよ、蒼君……♡

 

 

 

 

 

 彼女は、微笑んでいた――まるで、暁が昇るような笑みが、彼女の顔から照り輝いて見えるのだ。 誰もがその輝いて見える表情に、一度は目をくらましてしまうほどだ。

 

 彼女にだけ与えられた1本のマイク――それを包み込むように、そっと両手を重ねた。 その光景が、あたかも祈りを捧げるかのようで、それにあわせたのか彼女は瞳を閉じた。

 

 彼女は願った――彼が戻ってくることを。 彼と共に歩むことが出来ることを。

 

 

 そして―――

 

 

 

 ずっと、大好きでいられることを―――

 

 

 

 

 

 

 彼女たち、それぞれ9人の想いが、ひとつの曲に乗せられた。 形も願いもそれぞれ違っている、だが、彼を想う気持ちはみな一致しているのだ。 彼のおかげで今日この場に居ることができる――そう感じているのだから。

 

 

 そんな曲も最後を迎えようとしていた。

 ここまで、ステージに立ってきたグループとは異なった選曲で臨んだ彼女たち。 その表情になんの迷いもなかった。 ただ歌うだけでも無かった。 特別な想いを抱いて歌われた曲は、瞬く間に、観客たちの心に入り込んで行った。

 

 特定の誰かのために歌われた曲である、というところまで推測しようとする者たちもいるだろうが、そこまでで終わってしまう。 聞き入ってしまうのだ……彼女たちのやさしげな声で彩られた賛歌が、心の中で共感し始めようとするのだ。 雑念など不要だ、この歌の一部始終を見届けたいと思う人々が多かったのだ。 それ故、歓声に沸き上がるであろう会場は、この歌がある中では、一度も声を上げようともしなかったのだ。 そのおかげで、会場中に集まる人々の耳に一音一句届けることが出来たのだった。

 

 彼女たちだけの想いが、会場中に共感されていくのだった――――

 

 

 

 その時、彼女たちの身体がさっきよりも光り輝いて見えたような気がする……。 その光は、みんなそれぞれ違っていて、色があった。 色とりどりの光たちは、彼女たちの身体から湧き出て、増長していく。 すると、その光たちは一斉に彼女たちを離れ、どこかへ飛んでいくのだった。 空には、夜にも変わらず、9色の虹が掛かって見えたと言うが、それを見ることが出来たのはわずかな人だけだった。

 

 

 その姿は、まるで―――女神のようだった―――

 

 

 

 

 

 

 そして、この曲の最後に、彼女たちはこう締めくくった―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

“もうひとりじゃないよ”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな中、彼女だけポツリと小さく囁く――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――だいすき―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最後の一音が、中空の彼方へ消えていった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ウ………

 

 

 

 ウワアアアァァァァァァァァァ!!!!!!!!!

 

 

 

 曲が終わると同時に、この時を待っていたかのように、割れんばかりの拍手喝采が湧き起こる。 男たちは雄叫びを上げ、女たちは感嘆の声を上げるのだった。

 

 やりきった彼女たちは、一歩前に踏み出し、観客に向かって一礼をする。 そこに、更なる拍手喝采が重なり起こるほどであった。

 

 

 

『ありがとうございました!!!』

 

 

 すべてを出し切り、納得のいく形を作り上げることができた彼女たちは、ステージ袖に消えていく。 なのに、観客の歓声は鳴りやむことを知らなかった。

 

 それを聞いたメンバー全員は、湧き上がってくる感動を抑えきれず、お互いに抱きしめ泣き合ったのだった。 そして、この声が彼に届きますように―――と願うのだった。

 

 

 

 

(次回へ続く)

 

 

 




どうも、うp主です。

山場です。
今回の山場でした……。(風邪辛い……

ここで、あの曲を使うことが出来たことをとても嬉しく思っています。今回の章を考えるにあたって、μ'sの曲では、どうしてもこの曲は外せないと、決めてたので実現できてよかったです。
歌詞は直接書けるわけではないので、意訳というかたちで書かせてもらいました。
自分はこういう感じなんだろうと思いながら書きましたが、皆さんはこの歌詞にどんな想いで読んでいるのでしょうか?

さて、次回はどうなるのか。残すはあと5話くらい?と予想しておりますが、どうなのでしょう…?

それでは、また。


今回の曲は、

高坂穂乃果/『もうひとりじゃないよ』

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