蒼明記 ~廻り巡る運命の輪~   作:雷電p

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第127話





それは俺が思っていたよりも遙かに―――

 

 

「ただいまぁー!」

 

 

 蒼一の家から返ってきた穂乃果は、家に上がると、そのまま自分の部屋に向かって行った。 部屋に入ると彼女は一目散にベッドの中に顔を埋めるように入っていった。 そして、ついさっき起こった出来事を思い出して頬を緩ませるのだった。

 

 

 

「『俺は、穂乃果のことを信じてる』、かぁ~……。 えへへ♪」

 

 

 彼が彼女に対して真剣に語った言葉が、さっきからずっと彼女の頭の中で繰り返し流れ続けていた。 それを思い出す度に顔を赤らめさせ、表情をだらしなくさせてしまう。 それだけに収まらず、やわらかな枕に顔を突っ込ませては嬉しそうに悶えたり、じたばたと脚を揺らして布団を蹴るのだ。

 それほどまでに、彼女の興奮度は高まっていたのだ。

 

 

――蒼君が、穂乃果のことを信頼してくれてて嬉しいなぁ♪ しかも、よくよく考えてみたら、あんなに真剣な顔をして見てきたのは初めてかも。 うわぁ~……そう考えたら、また顔が……身体が熱くなってきちゃったよぉ~///

 

 彼女は、当初の目的である彼をライブに招くと言うことには成功はしている。 だが、それ以上に今は、1人の乙女として愛しい彼のことを想い更けることでいっぱいだった。

 それ故、彼女がベッド上で悶絶していることや、勢い余って淫らな行為に走ってしまうこと―――はだめだな。 うん、それだけは、さすがに許されないので割愛させていただくことにしよう。 まだ、健全な物語である故にだ。

 

 

――蒼君は変わってきている。 それはちょっとずつかもだけど、確実に変わってきているってわかるから穂乃果は嬉しいよ♪ 穂乃果も蒼君のために何かしてあげたいな……

 

 

―――あっ、そうだ!

 

 部屋を見回し、目に入ってきたモノを凝視した彼女は、ふとあることを思い付く。 そうだよ、それがあるじゃない!と突っ伏していた身体を無理矢理起こさせると、スマホを取り出す。 電話帳を開いて、スクロールさせ、目的の番号を見つけるとすぐさまコールボタンを押した。

 

 

 PLLLLLL――――――

 

 

「あ、もしもし! 穂乃果なんだけど、ちょっとお願いがあってね――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 大会も4日目を迎えた――――

 

 

 午前、午後のプログラムも順調に終わり、最後のライブもあとわずかと言うところまで来た。

 

 

「さて、いよいよその時がやってきちまったようだな……」

 

 

 溜息のように、ボソッと呟いちまったが、この言葉通りに受け取ってもらいたいね。 そうだ、今日の裏メニュー(メインプログラム)であるもう一つのライブ――蒼一に向けてのライブだ。

 

 もっとも、名称のところは違って、俺らRISERに向けての支援ライブってヤツか? たはは……本人を目の前にしてさ、どこにいるかわからないRISERのために、って意気込んでるグループとか見てると、なんだか申し訳ねェ気持ちになるわ。 つうか、むず痒い……。

 

 あんまし、他人から褒められるってのは慣れてねェんだよな。 特に、名指しで言われるとな……こう、なんというか……内側から擽られるような感じでなんか変なんだよな。

 けど、割とそう言う刺激ってのは悪いもんじゃねェって思ってるし、実際、ステージに上がって大歓声を浴びた時の興奮は今でも忘れねェからな……。

 

 ホント、不思議ったらありゃしないぜ。

 

 

 両手をズボンのポケットん中に突っ込ませて、ぶ~らぶ~らと揺れ動いると、ふと目に留まるもんがあった。

 

 

「うっひょー! コイツァ、いい場所だなぁ……!」

 

 

 ジッと目を揃えた先にあったのは―――野外ライブ場だ。 でけぇスピーカーが舞台の両隅にドンと居座り、すげぇ数のライトがその上を舞うように飾られていやがる。 ついさっきまで広場として使われていた場所が、熱情の限りを尽くす空間によって、スッポリ収まっていやがらぁ! この規模なら今回名乗りを上げたグループ全員をこの舞台に集わせようが、隙間が出来ちまいそうだわ。 それに、観客用の場所だってバカにならねェほどにある。 即席にしちゃあ、完成度は高すぎなんだよな。

 

 くっくっく、真田のおっちゃんもいいところを押さえるじゃねェか!

 

 

 夕日をバックに煌めきを魅せつける会場に向かって、ほくそ笑みが止まらんでいる。 ある意味で、こんなに心が躍り高ぶるのは久しぶりだ。 テンション上げ過ぎて、頭が炎上しかねないかもしれねぇや!

 心にある程度の余裕を持って落ち着かせようとするんだけどさ、全然制御が利かねぇのなんの……。 いやはや、こりゃあ参ったねェ……こりゃあ、このまま踊りだすかもしれねェぞ?

 

 

 

 

―――なんてな。 あの舞台は、アイツらのもんだ。 俺みたいなヤツが立っていい場所じゃあねェな。

 

 

 時代は変わってきている……

 俺たちがあの舞台から引き下がった後、世間は一変した。 俺たちの代わりに、世間は第二のRISERを担ぎ揚げ、この業界の震撼を抑え込んだ。 俺たちが何度も闘った大会は『ラブライブ』という形になって存在するが、あれは俺たちの存在を否定するために無くしたにすぎねェ……。

 俺たちが築き上げてきたモノは、地位や名誉だけじゃない。 『スクールアイドル』そのものを強固なモノにさせてきたんだ……! 世間からは注目もされず、ただ燻るだけでしかなかったあの自由を! 俺たちは多くの者たちに与えたかっただけ、ただそれだけだったはず……。

 

 なのに、切り捨てられた……俺たちが育て上げてきたモノによって! 無残にも捨てられるゴミのように、切り離され捨てられるトカゲのしっぽのように……!

 こんなに悔しいこたぁねェ……世の中は理不尽だ。 だが、その理不尽でこの社会は成り立っている。 訳が分からんかもしれねェが……今起こっていること、すで起こっちまったことが証明していやがるんだ。 はっ!とんだしっぺ返しだな、まったく……ほどほど嫌になるぜ……。 そして、俺たちの存在そのものは、永久に奈落の底に落とされ、人々の記憶から除外されていく――――そう思っていた。

 

 

 

 だが―――――

 

 

 

 

 

『ねえ、ここがあの会場よ! 早く場所とりしましょ!』

『RISERへの特別ライブだってよ! 見に行こうぜ!』

『A-RISEやそのほかのグループが大勢参加するらしい……RISER人気もまだ終わっちゃぁいねぇぞ!』

『アポロ様とエオス様も見ていらっしゃるかしら……?』

『これって、RISERがやってくるパターンあるんじゃね?』

 

 

―――なんとまあ、人ってのはおもしれェもんだなぁ……!

 

 

 続々と会場に足を運んで行こうとする観客。 賑わいの声と騒がしい足音がおびただしい数となって更新し続けていた。 その手には、タオルやサイリュウム、追っかけ用うちわまでありゃあ! そのどれを見ても、俺たちRISERに関係するものばかり……

 

 あぁ……こんなにもたくさんの観客が俺たちのことを待ってるだなんてな……夢にも思わなかったぜ……。 てっきり、見限って離れていくものかと思えば、ジッと堪え忍んできたってわけか……。 まったく、時代遅れのロータルなんざより、ピッチピチで若々しい女の子たちの方が全然良いだろうに……

 

 

―――みんな、バカばっかだな――――

 

 

 

 会場が開かれて数十分もしないうちに、観客席は満員となった。 あふれた観客たちは、ライブを一目見ようと身を寄せ合ったり、背伸びするなど無茶な体勢になりながらも舞台から目を離そうとしなかった。 会場外に設けられた巨大スクリーンの前ですら、ごった返している始末だ。

 日が沈み、夜の暗闇が会場を支配しようとしているのに、そんなことお構いなしに観客は増え続けている。 観客たちにとって、それはちんけでどうでもいいことに過ぎなかった。 彼らを引き付ける理由がそこにあったからなのだ――――

 

 

 

 ウワアァァァァァァァァ―――――!!!!!

 

 

 

「見ているか……蒼一。 俺たちは、何も間違っちゃいなかった……。 なにも……なにも……!」

 

 

 おびただしい歓声が渦を巻き、そこから龍が現れて空高く昇って行くように、彼らの声が天を揺るがせた――――

 

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 

「―――あらよっと。 ちょいと、ごめんよ! 通してくれ!!」

 

 

 観客の熱狂っぷりが見られる表舞台とは真逆の舞台裏の控室。 ここで出演するグループたちが所せましに肩を並べては準備をしていた。 そこには、あのA-RISEの姿だって見えた。

 

 そんな中で俺はと言うと、ウチの担当グループが集合しているところに向かってるのだが……はてさて、どこにいるのやら……?

 

 

 

「―――弘君! こっちこっち!」

 

 

 耳障りな雑音の波に溺れ掛けそうになる中、その波を真っ二つに分けるような声に思わず顔を向ける。 人、ひと、ヒト……とおびただしいほどの人ごみに、何故か1人だけポツンと周りとの配色に同調せず、光り輝く鮮やかな色を醸し出す少女に目が止まってしまう。

 

 

「おうよ! ちょいと待ちな―――!」

 

 

 ごめんよ! と言いながら、人波を割って突き進んで行き、遂に彼女たちの場所に辿り着くことが出来た。 しかしまあ、こんな部屋の隅っこにいるとは、なんとも目立たない場所にいるもんだ。

 

 

「遅くなったな、そんで準備の方はどうなのさ?」

「もうバッチリだよ、弘君!」

「あとは本番を待つのみよ」

「うわぁ~、あともう少しで始まるんだって考えたら緊張してきちゃったぁ~」

「そ、そう言う時は、深呼吸をするのですよ、ことり……!」

「そう言う海未だって、緊張してるじゃない。 もっと、楽しみましょ♪」

「凛も思いっきり楽しむんだにゃぁー!」

「うぅ~……たくさんのスクールアイドルたちが……憧れの人たちばかりで……幸せですぅ~……」

「ありゃりゃ、花陽ちゃんが違う意味でダウンしそうやん!」

「花陽の気持ち、わからなくないわ……。 にこだって、今すっごく我慢してるんだから……!」

 

 

 すでに衣装に着替え終えた9人全員は、迫りくる本番にそわそわして落ちつかねェ様子だ。 緊張からか……? その割には、普段とさほど変わらんようにも見えなくないが……。

 まあいい、今はコイツらがやりたいことを思い切ってやらせてやるようにしなけりゃあなぁ。 いつもだったら、蒼一がその役割を担っていたが――今回ばかりはそうも言えねェよな。 そらそうだ、なにせ――蒼一のために歌うんだからよぉ。 その背中をそんなふうに押すってのも変な話だ。

 

 何より、今はそうも言えねェ状態にあるからさ……

 

 

 

「よし、準備は整ったように思えるからよ、これだけは言っておくぜ―――やるなら、最後まで気を抜かないでやれ。 お前たちの全力を魅せつけてやれや!」

 

『ハイッ!!!!』

 

 

 ふっ、いい返事だぜ!

 

 コイツらの背中を押すのに十分な言葉を選び出し、そう伝えると力強い声が返ってきやがる。 ガッチリ引き締まった表情で言うんだ、生半可なモンじゃねェってのはよくわかるぜ。 コイツらの情熱――蒼一を想う気持ちってのは、並大抵のモンじゃなさそうだ。 普通のRISERファンより遥かに超えるモンを抱えているんだ、伊達じゃねェさ。

 

 

 

 

『そろそろ会場入りでーす! 準備のほど、よろしくお願いしまーす!!』

 

 

 会場スタッフの合図が聞こえてくると、ここら辺に広がっていた雑談談笑などのざわめきがピタッと止まりやがる。 誰1人として大きな声で話そうともせず、僅かに聞こえてくる小言くらいしかない。 後は、会場内に集まった数多くの歓声――観客たちの多くの熱声が背景音としての役割を果たしていただけだった。

 

 

――そんじゃ、俺もお暇しようかな……

 

 抜き足指し足と誰にも気付かれねェようにこの場を退散しようとした。 その時、服の裾を穂乃果に引っ張られ、危うく後ろに転倒しちまいそうになる! 身体をぶらぶらさせつつ、なんとか維持できたが、まったくあぶねェこったぁ……

 

 

「……おい! ちと、あぶねェじゃぁねェかぁー!!」

「……ご、ごめぇん……」

「……ったくよぉ……あと、もうちょいでスタイルのいい女の子の胸の中にダー~ブするところだったじゃなねェーか! チクショウ、なんで転倒させてくれなかったんだ!!」

「……え……?」

「……なに……? あっ……やべっ」

 

 

 やっばっ……! つ、つい口が滑っちまったぁ……!!

 

 

「ほほぉ……明弘……。 あなた、こんな時にそんなことを考えていたのですかぁ……」

「ひっ……! う、海未よ……こ、これは言葉のあやと言うヤツだ。 許せ!」

「狼藉を働こうとしていたのにそれを見過ごせと言うのですか……? 断じて、許すわけにはいきません!」

「ストップ! ヘイ、ストップ、海未! 俺はやってない……俺はまだやってないぃぃぃ!!」

「“まだ”と言うことは、“これから”があると言うことですね? わかりました、そんな明弘のために、この場で分からせてあげましょう……」

「待てェェェい!! それダメェ!! グーはダメだよウミチャー! 可憐な女の子が憎しみの籠ったグーパンなんて、どれくらいはしたないことなのかわかってるだろうに――……って! 言ってる傍からやめてぇぇぇ!!!」

 

 

 うおぉぉぉぉん!! 何気ない一言が、ウミチャーを怒らせた―――……だけじゃない! それだけじゃねェからァァァ!!! すでに、俺に向かってズイズイと踏み寄ってくるから自然と身体は避けようと後ずさる。 だがな、俺の背後には壁が……!

 

 あっ……詰んだわ、これ―――

 

 避けることなんざ出来やしないことを悟っちまったぞコレ!! だ、だめだぁ……おしまいだぁ………

 

 ちなみに、これでも小声でのやり取りだ。 凄く切羽詰まってるのに、あまり声を張り上げてないって、ある意味凄くね?

 

 

 

 

「――あら、随分と楽しそうにしているじゃない?」

 

 

 海未の高らかに振りかぶった拳が俺の顔面に当たる寸前、急に声を掛けられて動きが間一髪で止まった! 鼻の先をかすめるくらいに間近で、当たった? いや、これ当たってたよね?! と心臓をどぎまぐさせまくってたんですけど……!! おかげで変な汗とかかくし、産毛も逆立っちまったぞ……?!

 

 と、と言うか……風圧がすごかったんですけどォォォ……!! 絶対に殺す気満々だったよねこの子…!!

 

 

 寿命が縮みそうになる体験をしたばかりだが、それを止めてくれた声の主に顔を向けた。

 

 

 

「――……な、なんだ……ツバサくんか……」

「なんだ、って、あまり驚かないのね、アナタは―――」

「通常ならご期待に添えてのオーバーリアクションでもやってやるんだけどねぇ。 けど、状況が状況だし、初対面でもねぇんだ。 そんなにお堅い付き合いなんざしたくないんでね」

「ふふっ、アナタもホントに面白い人よね♪」

 

 

 引き締まった表情からクスッと笑みを零す、綺羅ツバサ。 こんな時に何故彼女が俺たちの前に現れたのか、なんとも不思議なことのように思えちまった。

 周りも彼女の存在に気が付いたのか、身体をビクつかせたり、後退りするなどの反応を示していやがる。 おまけに、ウチのメンバーもそうだ。

 

 

「―――んで、何か用かな?」

「そうね、これと言ってあまりないのだけどね―――そう言えば、彼は今日も来てないのかしら?」

「蒼一のことか? キミが気にするようなことじゃない。 蒼一はちょいとした野暮用で外しているだけだ。 時間になれば、ちゃんと来るからよ」

「ふ~ん……そう。 ならいいわ」

 

 

 一瞬、彼女の口角が引き上がったように見えたが……気のせいか? そうだとしたら、何か変な感じだぜ……。

 ツバサの表情から垣間見えたモノに背筋を舐められたような感覚に陥る。 こう言う時って、何かを含ませているモンだと、長年の勘が叫ぶんだ。 だとしたら、彼女はいったい何を待っているんだ? それと、彼女がここに来た理由って―――――

 

 思考を回せば回すほど土壺にハマっちまいそうで、一旦思考を止める。 そんで、目を凝視させて彼女の姿、様子をハッキリと目の中に収めようと努めた。

 だが、見れば見るほどわけが分からない。 彼女の考えていることがサッパリだ。 理解に追い付かねェってヤツかもしれねェ。

 

 

「―――そうだわ。 言い忘れていたことがあったわね」

 

 

 ふと、何かを思い出したかのように、ツバサは手の平をポンと叩く。 それで、よっと一歩踏み出すと穂乃果の前に立ったのだ!

 

 何をする気なんだ―――?!

 イヤな汗と共に緊張が走る――――!

 

 

 すると、そんな緊張とは裏腹に、ツバサは穂乃果の手をとり握り締めたのだ!

 

 

「ありがとう、穂乃果さん。 アナタがこの企画を提案してくれたと聞いて、お礼を言いたかったの。 この私が――RISERに関わることが出来て、本当に嬉しく思ってるの。 だから、アナタには感謝してるわ」

「つ、ツバサさん……! い、いえ、そんなことないですよ……! 穂乃果…いえ、私は! ふっと思い付いたことを言っただけで……大したことはないですよ……」

「いいえ、違うわ。 アナタの言う思い付いたことを言うこと、実現させようとすることは、かなり難しいことなのよ? 大抵は周りからの反対などで断念せざるを得ないことが多い――けど、本当の理由は、自分との葛藤にあるの。 言ってみたけど私にはできないだろうって、途中で挫折しちゃうこともたくさんあるものよ。 なのに、アナタはこうして実現に漕ぎ着けた。 それに、この私もアナタのその熱意に引き込まれてしまったのだけどね♪」

「…… つ、ツバサさん……!」

「アナタをそんなふうにさせてくれたのって、誰なのかしらね……? ふふっ、気になっちゃうわね♪」

 

 

 穂乃果に頬を緩ませながら話をするツバサは、何とも表情豊かに言葉を交わしていた。 あんな風に話している様子は、過去の映像やら写真やらでも、昨日の様子からも見たことが無い……。 よっぽど、この企画に参加できることが嬉しいのか、それとも―――――

 

 

 

「もう時間ね、続きはまたいつかしましょうか、穂乃果さん♪」

「……は、はい! その時は是非ともお願いします、ツバサさん!」

 

 

 固く繋いだ手を解くと、彼女は手を上げて挨拶をする様子を見せつつ、俺たちの前から消え去った。

 まるで、嵐の後の静けさのような緊張感が解れた感覚がとり戻ってくるようだった。

 

 

「……このタイミングでよくもまあ、あいさつ回りをするもんだ。 結構肝が据わってんじゃねェかねぇ?」

 

 

 皮肉交じりな言葉で見えない彼女に言ってやる。 ただ礼を言うだけに来たとは考えられねェ……何かあるのか?

 彼女が見せた行為を振り返ってみるが、何もわからんな。 普段から使わん脳ミソを使ったんだ、鈍くなっちまうのは当然のことか……。

 

 

 

「―――……それと、いつまで俺の傍にいるつもり何ぞ、海未?」

「えっ? あっ―――!」

「―――ったく、いくら俺が女好きだからって、蒼一のを奪い取ろうなんざしたかn―――」

「それ以上言いますと、顔面が崩壊するだけではすみませんよ……?」

「おーけー、よくわかった。 俺はまだ死にたくないんでね、ここいらでお暇させてもらいますわー。 そんじゃあ、みんなーがんばってなぁ~♪」

 

 

 もうちょっとで始まろうとしているんだし、もうここいらで退散することにしよう。 身体に風穴が開く前に………

 

 

 

「あぁ! 弘君、ちょっと待って!!」

「止めるな穂乃果、今止まれば、瞬間的に俺は秒殺されるだろう……だからよぉ、止まるわけにはいかねェんだよぉ!」

「そうじゃなくってぇ! 海未ちゃんも一旦ストップだよ!!」

 

 

 生命の危機を感じている最中に、ストップなんざかけないでもらいてェよ。 悪鬼と化っした海未にフルボッコにされるなんざ、まっぴらごめんだぜ!

 

――とまあ、言うモノの、そんな海未をちゃんと抑え込んでくれたから良しとしようか。 んで、いったい何の用なのだろうかと首をかしげていると、穂乃果から紙袋を手渡されたのだ。

 

 

「なんだ、コレ?」

「えへへ。 ちょっとね、みんなで頑張って作ってみたモノなんだ♪」

 

 

 みんなで作ったモノ? ふ~ん……それにしちゃあ、結構な大きさだなぁ。何が入ってるのだろうか?

 袋を開いて中を見てみた――――

 

 

 

「―――っ!! こ、コイツァ?!!」

 

 

 ソイツを見た時、一瞬、ドキッとしちまった。 まさか、こんなところでコレを見ることになるなんざ、思いもしなかったからよぉ!

 

 

「それね、ことりちゃんに頼んで大部分は何とかしてもらってね、その裏に私たちみんなの想いを込めたモノを付けてみたの―――どうかな?」

「ほぉぉ………さすがに、ここじゃあ大っぴらに見ることはできねェが、最高の出来栄えだぜこりゃあ! さすがだな、ことり!」

「うん! 昨日、穂乃果ちゃんに急に渡されて戸惑っちゃったけど、それを見てやらなくっちゃって思ったの。 だから、目一杯頑張って仕上げたんだ♪」

「ありがとよ……コイツなら蒼一も喜ぶだろうよ……。 もし、会えれば渡しとくぜ」

 

 

 開いた袋を閉じると、そのままコイツらに礼を言ってからこの場を後にするのだった。

 

 

 

 

 すたこらさっさと、なんとも微妙なリズムをとりながらあの場を後にする俺。 ふぅ、と大きな溜め息を吐くと共に、もう少しだけあの空間にいたかったぜ……と女の子盛り沢山の擬似ハーレムを体験できたあの場所におさらば! そのためか、口惜しい思いもしてしまう……。

 

 

「女の子って良いねェ~やっぱいいと思うんだよ、コレ!」

 

 

 両手をワキワキとイヤらしい手付きで動かして妄想に耽ると、自然と口元やら鼻元やらが伸びちまいそうだ。 おっと、危ない危ない……こんな姿を見せるわけにはいかんな。 あくまでも、俺は冷静沈着、いかにも聡明なヤツだとアピールさせておかにゃぁならんからな。 うんうん。

 

 

 

「―――いったい、どこら辺をかい摘んだらそういう結果に至るのですかぁ―――?」

「……ってぇ!? よ、洋子かよ!!……ったあぁぁぁ、お、脅かすんじゃねェ―よまったくぅ……」

 

 

 ひょこっと、俺のすぐ横から顔を出してくるから変な声が出ちまったじゃぁないかぁ! 神出鬼没ってこういうことなんか? 望んじゃいねェのに現れるってどうなんよって?

 

 

「開演も間近ですし、そろそろ呼ばなければと思っていたのでちょうど良かったです。 しかし、また変な妄想とかしていませんでしたか?」

「も、妄想なんかしてねェーし! ちょ、ちょいとした考え事に耽っていただけなんだぜ!」

「じぃー……明弘さん、明らかに動揺しまくってるのですが……」

「ど、ドキッ?! そ、ソンナコトナイヨ―」

「おまけにカタコトになってるし……」

 

 

 ジトォっと座った眼つきで見つめる洋子の顔があんまし直視できねェ……! 言ってることの大体があってるからさ、何とも言えねェ気持ちになるんだよ!

 

 

「……はぁ、なんとまあ、こう言う時でもアナタは自然体のままなんですね」

「ん? どゆこと?」

「蒼一さんのことですよ。 自分の相方がああなっていますのに、どうして平気なのです?」

「あー……そのことね。 俺はただ……アイツらを信じてるだけさ」

「穂乃果ちゃんたちをですか?」

「まあな。 というか、今の蒼一を何とかできるなら、とっくにやってるものさ。 けどな、蒼一の抱えたもんってのは、俺なんかじゃ収まりがつかねェんだ」

「どういうことです?」

「つまりだ、蒼一に必要なのは、蒼一の中に出来ちまった心のスキマを埋めることが出来るモノ――それがアイツらってわけさ」

「それって、そのスキマを穂乃果ちゃんたちが持っている“何か”で補わせると言うことです?」

「そゆこと。 けど、すでに蒼一のスキマは埋まりそうにある。 あと、もう一歩のところまで近付くことが出来たわけで、その総まとめをしなくちゃならんのよ」

「それが今回のライブ――ということですか?」

「ご明答。 あとは、アイツらの想いがどれくらい蒼一に響くのかが、最後の問題だ」

 

 

 自分でも変に思うくらいに落ち着いた声で言いきると、ふと、以前のことを思い返し始める。

 蒼一の心にスキマが生まれちまったのは、今回が初めてじゃねェ。 過去に夢を諦めざるを得なかったことがあってだな、その時、俺は新たな生き甲斐を教えてやった―――それが、ダンスだ。 無論、すぐに飛び付いて、無我夢中になってのめり込んで行ったっけな。 そいで、いわずもがな、RISERとして活躍することになったってわけだ。

 

 ただ、今回は夢だけじゃねェ。 疑心暗鬼も患っちまってるときた。 そうやって出来ちまった心のスキマってのは、さすがの俺でも治すことなんざ出来やしない。 昔読んでた漫画の中には、異性との恋がそれを解消してくれるって、神にーさまの作者が言ってたようななかったような……。

 

 まあ、アイツらが蒼一と恋仲になってくれたおかげで、回復の兆候にあったのは事実だ。 特に、穂乃果なら………

 

 

 

「ふっ。 ここで無駄口を叩くより、早く行かねばならんようだな。 さーて、先に家に戻るかなぁ?」

「今からですか? もう時間がありませんよ?」

「大丈夫だ、問題ねェ。 ちょいとチートを使ってすぐに行ってくるわ♪」

「チートって……」

 

 

 思い立ったらすぐにやる! あぁ…穂乃果の癖が俺にも付いちまったようだな……。 もちろん、いい意味でだ。

 そんで取り出したスマホから電話を掛ける。 まあ、連絡入れる先は、あの人なんだけどさ。

 

 

 

「―――あぁ、師匠? ちょいと、野暮用を頼んでもらってもいいですかい?」

 

 

 

 

 

 

―――あっ、蒼一にも連絡入れておくか

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――

――― 

―――― 

 

 

 

 人だかりがすごい――隙間なんざどこにも無いってくらいに、人の塊が出来上がっている。 どころを見回しても人ばかり。 前も後ろも、階段登った高見所すら人しかいない。 なんとも、おびただしい数だと苦笑いが出てしまいそうだ。

 

 

 明弘からココに来るようにと指示されたのは、会場外に設置された巨大スクリーン前―――すでに、会場が瞬殺レベルで満席となったから代わりにライブビューイングで見てくれとのことだ。

――にしても、これ全員が? いや、そんなことはないだろう。 人気アイドルたちを集結させたんだから、これくらいのファンが集まって当然だ。

 ブツブツと小声で呟きながら、どこか見晴らしのいい場所は無いかと足を運ばせる。

 

 

「ん―――あそこはどうだ?」

 

 

 少し歩きまわって目に留まったのは、会場全体を見渡せそうな高見所。 何とか、スクリーンを見ることはできる場所だからある意味その大きさに助かっている。

 その場所に設置された柵――と言うより、塀だな。 これに肘を掛けては身体を前のめりにさせて、煌々と輝くスクリーンに目をやっていた。

 

 なんとも不思議な気持ちだ。

 いつもなら、アイツらの傍近くに行って、アイツらの目の届く場所に居て見守っていたと言うのに……。 今はどうしてこんな場所に立っているのだろうか?

 

 また拒絶されることを恐れているからか? こんな俺を認めてくれないはずだからか?

 

 

 言いや違う―――俺が弱いからだ

 

 俺は、俺自身を認められない。 こんな非力な俺だってことを認めたくないんだ。 誰よりも強くあろうとした、誰よりも高みを目指す者となろうとした。

 

 なのに、今はどうだ?

過去に囚われ続けて、その殻から出ることが出来ず、挙句の果てに、関係ないアイツらまでも巻き込ませることになっちまった……。 拒絶されるのも、俺の考えとは裏腹なことになってしまうのも、すべて俺の弱さにある。

 何かを決定する決断力、認めようとする潔さ―――それらが明らかに欠如していた

 

 

 わかってる―――!!

 わかってるさ―――!!!

 

 俺に足りないモノなんて砂の塵のように、空の星の数ほどたくさんあるってわかっているさ!! でもな……人は、わかっていても簡単に良くなろうとしない……頭で分かっていても、身体は言うことを聞いちゃくれない。 ただ現実から逃げているだけなんだ、俺は……!

 

 

 グッと、握りしめた拳を塀に叩きつける。 痛いという感覚はあまり感じられず、逆に悔しい気持ちの方で心が痛かった。

 

 

 

 

 

 ワアァァァァァァァ―――――――!!!

 

 

 下に見える観客たちの声が熱のように湧き上がる。 いよいよ、始まりの時間が来たんだと、悟った瞬間だった。

 

 

 モニターに映り始める会場の風景―――そのステージ上に立つのは、数十人ものスクールアイドルたち。 そのアイドルたちの真ん中に堂々とした出で立ちで構えているのは―――現在、トップアイドルのA-RISEの3人だ。

 こうして見ると、やはり他の子たちとは明らかに違う何かを持っているように見えるのだった。

 

 そして、そのステージの端に固まっていたのが――穂乃果たちμ’sだった。

 

 

 

 ツバサがマイクをとりだした。

 

 

 

『みなさん! こんばんは!! 本日は、スクールアイドルフェスティバルのスペシャルステージにお越しくださいまして、本当にありがとうございます!!!』

 

 

 ツバサのその一言だけで、この一帯が大きな地響きを起こしたように揺れ動いた! さすがは、トップアイドルと言えよう。 ここまで、ファンの声援を浴びる者は数少ないはずだろう。 たった1年――たった1年という歳月が彼女をここまで引き揚げさせてくれたのだと考えると並大抵のモノじゃないことが瞬時に伺える。

 

 

『―――通常ならば、日があるうちに帰路につかせたいと言う気持ちがあるのですが、今回ばかりは私たちの我儘を聞いて下さい。 今から行うライブは、私が――ここにいる全員が尊敬し、指標とし続けていた、あるグループのためのライブです。 そのグループの名は―――RISER』

 

 

 ザワッ――――――

 

 

 その名前を彼女が叫んだ瞬間、大きなざわめきが走った。 まるで、予想しなかったようにも思えるような反応を示したのだった。

 だが、俺は表情を一切変えることなく、彼女が次に語りだす言葉に耳を傾け続けた。

 

 

 

『―――私が、このスクールアイドルに足を踏み入れるきっかけを作ってくれたのは、彼らでした。 彼らのダンスを見て、歌声を聴いた当時の私は心が震え上がりました。 世の中には、こんなすごいモノがあるんだと―――そして、彼らに負けないくらい頑張ろうとして、今に至りました。

 ですが――RISERは昨年、私たちの前から消えました。 その消息は未だに不明――残された多くの動画と歌声だけが彼らを知る手掛かりとなりました。 私は、出来ることなら彼らと同じステージに立って、一度でいいから本気でぶつかり合ってみたかった。 それは今の私がどれだけ成長したのかを知るため、ここに連れてきてくれた彼らに感謝をするために、私は闘ってみたかった。

 けど、それは最早叶わぬ夢―――ですから、私は、彼らに感謝したい! この歌とダンスをもって、彼らに感謝の気持ちを伝えたいと思ってます!

 ここに集まる十数組と各地に繋がっている数組も、それぞれ彼らに対する思いがあると思います。 今日は、そんな私たちの想いを私たちのあこがれの人たち(RISER)に捧げるために、歌い踊ります!』

 

 

 凄みのある言葉が会場の隅々にまで浸透していく! 地表に落ちた滴が乾いた土の中に吸収されていくように、1人ひとりの心の中に沁み渡って行くのだった。

 

 

 ツバサのその想いは、俺にも届いた――――

 

 

 

 

『それでは、最初に私たちA-RISEから行かせてもらいます。 聴いて下さい――――』

 

 

 

 A-RISEの3人が前に進み出ると、他のグループは下手にはけると、彼女たちだけのステージが出来上がる。 スラッとした佇まいが1枚の絵のように煌びやかに飾られているようにも見えた。

 

 

 そんな彼女たちの口から、まだ発表されていない新曲が歌われるのだった―――――

 

 

(次回へ続く)




ドウモ、うp主です。


先に言わせてください、、、



総執筆文字数、100万文字を超えました……!!



長い……長かった……。
寄り道しなけりゃ、去年辺りには超えてただろうに……()
でも、こうして書き続けることが出来たということは、一つの誇りです。


そんなこんなで、今回の話。
スペシャルライブの始まりですわ!
彼女たちが魅せるライブがどんな影響を及ぼすのか?
そして、μ'sが蒼一に送る歌とはどんなものなのか?
それは次回のお楽しみに。


今回の曲は、

高垣彩陽/『君がいる場所』

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