蒼明記 ~廻り巡る運命の輪~   作:雷電p

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第119話


悪夢よ、こんにちは

 

 

 

 カッカッカッカッカ――――――

 

 

 

 長い通路一帯に響き渡る足音―――急ぎ足で駆ける靴が一定のリズムを刻むように石の床の上を進んでいた。 同時に、男の軽い呼吸も聞こえてくる。 身体が発熱してきたのであろう、額からわずかばかりだが汗がにじみ出ている。

 

 彼は何に急いでいるのだろうか?

 

 

 その答えは、この道の先に存在した――――

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……はぁ………」

 

 

 通路を走り抜けると、そこにはとてつもないほどに広々とした空間が彼に待ち受けていた。 息切れるように下を向いて呼吸を整える状態にあっても、口から洩れる音がこの空間内で反響して弱い音で耳に戻ってくるのを聞いて、思わず彼もそのすごさを体感するのだ。

 

 

「ここが……メインステージか……」

 

 

 おもむろに額を上げると、100人くらいは乗れるであろうステージ上に視線が注がれる。 白のスポットライトが光り出すと、ステージ全体が銀色に輝き始める。 まだ一色しかないこの場所に、一体どんな彩りが映し出されるのだろうかと待ち焦がれている様子に見えた。

 

 そのステージから降りたところに、いくつもの人影が揺れ動いていた。 彼は進んでそれらを凝視すると、他のスクールアイドルに関係する者たちなのだと気が付くのに時間はかからなかった。 集まった人たちの年齢層が自分たちよりも高いこともそうだが、何よりも関係者用にと首から下げられた名札がすべてを物語っていた。

 

 ただ、ここに集まっている人たちはみな女性であった。 スーツや普段着、スポーツウェアなど統一性が見られないモノの、この場において彼自身が最も統一性からかけ離れた存在と言えるかもしれない。 音ノ木坂でも男性がいないスタンドアローンスタンスを噛まされてきたが、まさかここでも同じ情景を見せられるとは…とやや苦笑いするのだった。

 

 

 

 

 そんな女性たちのまとまりの中から見覚えのある男が彼に近寄ってきた。

 

 

 

 

 

「よぉ! 用事の方は片付いたようだな」

 

 

 口元を大いに緩ませ、にへらと白い歯を見せるように笑う蒼一の親友、明弘。 彼は蒼一よりも早く会場入りを果たしており、つい先程連絡を寄こしてきたのもここからのようだった。

 そんな呆れるほどに緩んだ表情を見せる親友に、気持ちを張らせていた彼も思わず力を緩ませてしまう。 そして、親友が口にした言葉の意を捉えるような返しをするのだった。

 

 

「用事と言ってもな……ただの休息みたいなもんだったぞ。 まったく、一体誰の指図なのやら……」

「ほんとな、一体どんなヤツからの指示なのか逢って見てみたいもんだぜ」

 

 

 わざとらしく的を外すような言葉で語りかける彼に、親友も同じように真意を突こうとしない言葉で返すのだった。 もちろん、お互いにここでの真意と言うモノをよく理解していた。 が、あえてここで言わないように話を通すのが彼らの1つのやり方なのだ。

 

 

「しっかし、昨日よりかはいい顔してんじゃねぇか。 なぁんか、いいことでもしてもらっちゃったりぃ?」

「ふんっ、さすがにそこまでいう義理はないはずだ。 お前の想像に任せる」

「たはは…まあ、そういうことにしておこうじゃないの」

 

 

 明弘が言うように今の蒼一の表情は、昨日とはまるで違う。 暗く黒ずむほどに俯きがちだった表情が、光が差し込んだみたいに明るく前を向いていた。 それを見て、安堵の声が聞こえてくるのは当然のことだったのかもしれない。

 

 

「それより、はよ説明でも聞こうじゃんか。 アイツらが立つこのメインステージのことについてちゃんと知っておかなくちゃいかんだろうしな」

「当然だ。 穂乃果たちが快く走り回れるように手配するのが俺たちの役目だからな。 出来る限りの可能性をこと細かに探ろうじゃないか」

 

 

 そういう彼の瞳から光り輝くほどのやる気が垣間見えていた。 それは燃え盛る闘志のようにも思えるくらいに真剣な眼つきをするのだった。 そんな彼を見てやる気を出さない明弘ではない。 同調するかのように目に力を入れ出しては顔を引き締めた。 キリッと整った表情をしてみせて、そのまま共に関係者たちの群れの中に入っていくのだった。

 

 

 

 

『えー…時間となりましたので、ここの会場についての説明をさせていただきます。 では、まずは――――』

 

 

 彼らが前を向いたと同時に始まった会場スタッフからの説明。 ここも関係者たちに合わせてなのだろうか、イベント制服で身を覆った女性スタッフが前に出て話をし出したのだ。

 髪を後ろで束ね、ビシッと引き締まった服装で臨むこの女性は、資料が顔を出すバインダーを片手に持ちながら淡々と事務的説明を行っている。 その様子からかなり真面目な人なんだと言うこと印象付けさせた。

 

 そのスタッフの話を耳に入れては、時に頷いて納得などをするなど真剣な眼差しで見つめていたのだった。

 

 

 

 

 

 

『―――では、実際にステージ上に上がってみて、その目で会場中を見渡してみてください』

 

 

 スタッフの案内によって集団が続々と階段を登りだすと、蒼一たちもそれに倣って足を運ばせてステージ上に立つ。 そこから見ることが出来る景色とは、まさに雄大なモノだ。 敷き詰められた椅子の数と奥にまで広がる暗がりが、ここの広さを見せつけていた。 その様子に思わず、おぉ…と声を出してしまう人が何人もいた。

 

 明弘もまた同じように上々たる気持ちで全体を見回しているのだった。

 

 

「ほほぉ~! なかなかにいいところじゃんか。 これならば、最高のパフォーマンスをさせてやれるのか指導しやすくなるってヤツだぜ!」

 

 

 手の平同士を擦らせて、腹に含ませる美食を堪能するかのような気持ちで見ていた。 その目の見張り方は常人では考えられないほど細部まで見渡しており、その名の通り舐め回すように凝視するのだった。 そうした彼の飽くなき探求心とも捉えられる行動が、これまでのμ’sの活動に良い影響を与えている。

 

 パフォーマンス指導を行うと同時に、観客にどういったモノを提供させればウケるのかを熟知していた。 その思考が反映されてカタチとなったライブ映像は、ネット上においてどれも好評。 たちまちμ’sの名前を広く知らしめるものとなった。

 

 

 そして今回も、その実力を限りなく発揮させようと努めるのだった。

 

 

 

 

 

 

〈ジジ………ジジジ…………〉

 

 

 

「………兄弟? どうした、急に黙り込みやがって?」

 

 

 一瞬、不穏とも呼べる雰囲気が彼の肌に触れたような感覚を抱く。 ぶるっと身震いを起こして、初めてこの異変に気が付いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 蒼一が全く反応しないのだ。

 

 

 

 

 直立不動のままステージの真ん中に立ち尽くし、視線を最後部の観客席に向かっているようにも見えるのだ。 そんな様子に不信感を抱いた明弘は、心に忍び寄る何かを感じながら相方に声をかけた。

 

 

 

 

 

 

「………………。」

 

 

 

――――が、全く反応なし。

 

 彼はこめかみ一つすらも動かすことなく、気味が悪いほどに直立したまま制止するのだった。

 

 

 

「なあ、おい。 さすがに反応してくれたっていいじゃないかよ?」

 

 

 

 不穏な気持ちを抱えながら、無反応を示し続ける彼の肩を叩いた。 すると―――――

 

 

 

 

 

 

 

 ユラァ―――――

 

 

 

 

 

 

 

「………は………?」

 

 

 

 

 

 

 彼の身体が大きく揺らぎ始めたのだ。 しかも、肩を叩いた方向に大きく……そして―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バタンッ―――――――!

 

 

 

 

 

 

 会場中に響き渡るほど大きな音を立てて、倒れてしまったのだった。

 

 

 

 

 

 

「―――――ッ、蒼一!!!」

 

 

 

 

 異様な倒れ方をした蒼一に奇異を感じとった明弘は、咄嗟に彼の名を大声で叫ぶのだった。 彼は蒼一に駆け寄ると、すぐさま表情を見てとろうとする。

 

 すると、蒼一に触れた彼の手がぶるっと震えだす。 まるで、氷に触れるかのような冷たさを感じとるのだが、それが蒼一の肌から感じ取るなどありえないと思っていた。 しかし、よくよく見てみると、その顔は青白かった。 それに、吐く息さえも冷たかったのだ。

 

 この只事ならぬ様子に、明弘自身も困惑しだしてしまう。 どうしたらいいのか、瞬間的に脳がフリーズを起こしてしまうのだった。

 

 

 

 

 

『―――大丈夫ですかっ?!!』

 

 

 会場スタッフが異変に気が付くと、彼らの許に駆け付けてはこの状況を見た。 そして、明らかに異様に感じると、所持していたトランシーバーの電源を立ちあげて連絡を図りだす。

 

 

『血脈低下――――全身に冷えがあり――――過呼吸気味の様子――――至急、担架と医療施設の解放、そして関係者の連絡をお願いします――――!!』

 

 

 彼の身体に2、3度触れて感じたことをそのまま言葉にして連絡をする。 その瞬時の判断があってからか、担架がすぐにやってきて、彼をそのまま運び出していくのだった。

 

 

 

 

 そして、明弘も連れて行かれる彼の後を追うように走り出すのだった。

 

 

 

 

 

 

「(蒼一の身に一体何が……? さっきまで平気だったはずなのに、ステージに立った瞬間こんなことに……。 原因は一体………ッ!! ま、まさか………!?)」

 

 

 

 

 彼はハッと何かに気が付くと、駆ける足を止めた。 早急に運ばれていく彼を見送ると、明弘は一度会場の方に戻り始める。

 

 まさか……まさか……と小さく口を零しながら青ざめ始める表情をしつつ、とある場所に足を止めた。 息切れながら辺りを見回して、彼は大きく頷いて何かを理解するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「おいおいおい……冗談、キツイじゃねぇですか………。 正気とは思えんですよ、真田のとっつぁん……」

 

 

 それは観客席の真横にあったモノ。 しかも、それはステージ上からもハッキリ見える位置にあったこと。 蒼一が確実に見るであろう位置に、それがあったことが問題だった。

 

 

 そして、思うのだ……去年のあの日の出来事を………

 

 

 

 ごった返す人ごみの中に埋もれていった、相方の姿を―――――

 

 

 

 そして、儚く途絶えてしまった夢を―――――

 

 

 

 

 

 

 

 止まっていた時間(運命)が動き始めようとしていた―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

〈ジジジジ………ギチッ……ジジジ…………ザ―――――――――――――〉

 

 

 

 

 

 

 

(次回へ続く)




どうも、うp主です。


極寒の中で、まさにスタンドアローンコンプレックスなうである()
寒いので、誰かあたたかいモノを下さい。ココアがいいと思う。バーンホーテンココアを所望するよ。砂糖、ミルクたっぷりでね。

それと、ホットな感想もね…



さて、冗談はほどほどにしておいて…
この章の序盤戦も次回で終結だね。というか、本編が始まるってヤツかな?話の大部分を占めるであろうお話が続くだろうと思います。まあ、去年みたいな急展開とか無いと思うんで、淡々と読んで行って下さればいいと思います。

次回もよろしくです。



今回の曲は、

redballoon/『雪のツバサ』

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