蒼明記 ~廻り巡る運命の輪~   作:雷電p

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第118話


あなたに触れたい

 

「えへへ♪ もふもふ~♪」

「さっきからそればっかりだな、穂乃果」

「だってぇ~蒼君が獲ってくれたからとっても嬉しいんだもん!」

 

 

 嬉しい気持ちになった私は、蒼君に獲ってもらったクマさんのぬいぐるみをギュッと抱きしめた。 ふわっとした毛が少しくすぐったかったけど、触り心地はバツグンだよ! やっぱりいいよね! これと目があった瞬間、欲しい!ってものすっごーく思っちゃってた。 しかも、それを蒼君が獲ってくれたってのがとっても嬉しいの!

 

 

 

 

 

 PPPPPP―――――

 

 

「ん、電話でしょうか?」

 

 

 海未ちゃんはポケットからベルをうるさく鳴らしている携帯とり出すと、誰かと話をしてた。 声は聞こえなかったけど、絵里ちゃんなんだってことがすぐにわかった。 海未ちゃんの口からそう話し出てきたんだから絶対だよ。

 

 

 

「―――えぇっ?! 人手が足りないと!?」

 

「「「えっ――――?」」」

 

 

 すると、海未ちゃんは急に目を見開くと、驚嘆の声を張り上げた! あまりにも突然のことだったから、穂乃果たちはビクッ!って身体を震わせちゃったよ……。 ど、どうしたんだろう……?

 海未ちゃんは真剣な表情で会話を進めていくと、みるみる眉間にしわが寄り始めてきた。 う、うわぁ……あんなに怖そうな表情をしているなんて……こ、怖いよぉ……。

 

 

 

「――――分かりました、なんとかしてみましょう」

 

 

 険しい表情のまま電話を切ると、大きな溜め息を吐いて穂乃果たちの方に振り向いた。

 

 

「蒼一……少し大変なことになりました……」

「……いったい、どうしたんだ?」

「実は……急に追加ライブの依頼が来たらしく、どうしても私たちにお願いしたいと運営が言ってきたようなのです……」

「それで絵里は何と?」

「参加したいと言っています。 けど、人数が足りないから来てくれないかと……」

「そうなの!? だったら、穂乃果たちも行かなくっちゃ!」

 

 

 海未ちゃんからの言葉を聞いて、すぐに行かなくっちゃって気持ちになった。 だって、そのために穂乃果たちは頑張ってきたんだもん。 こうやって1つでも多くのライブを行うことでラブライブに出場するチャンスを近付けさせる、蒼君たちはいつもそうやってきてくれていた。 だから、それに応えられるように穂乃果たちも頑張らなくちゃってなっていた。

 

 

 

 

 けど、ここで思わぬ言葉を耳にしてしまう――――

 

 

 

 

 

「―――いえ、穂乃果は残っていてください」

「えぇ?! ど、どうして!?」

「絵里は2人来てくれるだけで結構だと言っておりました。 ですから、私とことりだけで言って来ようかと思っています」

「だ、だったら、穂乃果と海未ちゃんで行った方がいいんじゃないの? だって、ことりちゃんの方が……!」

 

 

 ことりちゃんの方が蒼君と一緒にいた方がいいと思う、って言おうとしたところ、そのことりちゃんに指で口をつむがれちゃった! そんなことりちゃんは、ちょっぴり残念そうに眉を引き下げながら――――

 

 

「ことりは衣装のこともあるから、行かないといけないんだよ。 それにね――――いまの蒼くんには、穂乃果ちゃんが必要なんだよ――――」

「えっ――――?」

 

 

 小さな声で、囁くような声で私の耳元でそう言うと、口元を引き上げて微笑んでいた。 ど、どういうことなの……? 咄嗟に、穂乃果は口にして聞いてみようとしていた。 けど、どうしても言えるような状況じゃなかった。 海未ちゃんも穂乃果に向かって、微笑んでいたから――――ちょっぴり、寂しそうに――――

 

 

 

「そういうことなので、蒼一。 行ってきますね」

「あぁ、気を付けていくんだぞ?」

「わかっております。 けど、その前に――――」

 

 

 残念そうな口元で蒼君に言うと、海未ちゃんは蒼君に近付いてそのまま抱きついたの! 何の躊躇もなく真っ正面から蒼君の胸の中に飛び込んで、腕を回してギュッと抱きしめちゃってた!

 

 

「……海未……」

「すみません……行く前に一度、あなたとこうしたいと思いまして……」

 

 

 小さく囁く声を震わせて、海未ちゃんは胸の中に顔を埋めていた。 あんなに甘えている海未ちゃんを見たのは久しぶりかも……いつも、穂乃果たちに厳しい海未ちゃんがあんなにしおらしくしているのが何だか不思議に思えちゃった。

 

 

「海未ちゃんばっかりずるいよぉ~! ことりも蒼くんを抱きしめたい!」

「こ、ことりまで……」

 

 

 海未ちゃんを見ててガマンできなくなっちゃったのかな? ことりちゃんも蒼君に抱きつき始めちゃってた。 正面には海未ちゃんがいるから、反対の背中からでしか抱きつけられなかった。 それでも、ことりちゃんはとっても満足そうな表情で大きな背中に顔を埋めていた。

 むぅ~2人だけずるぅ~い! 何だか仲間はずれにされちゃったような気持ちになっちゃう。 穂乃果も蒼君に抱きつきたいよぉー! 大きな声で叫びたかったけど、2人があまりにも気持ちよさそうにしているから何も言えなっちゃう。

 

 ずるいなぁ……なんて思いながら、頬っぺたを膨らませてジトっと恨めしそうに見つめるしかなかったよ。

 

 

 

「――――――――」

「――――――――」

 

 

 

 うん……?

 

 

 一瞬、海未ちゃんたちが蒼君に向かって、口を開いて何か話していたような気がした。 それは、本当に一瞬で、穂乃果の耳に入ることがない程に小さく囁いたような……本当に話したのかすら分からない光景だった。

 

 

「それでは、行ってきますね」

「それじゃあ、行ってくるね♪」

「あぁ、行って来い」

 

 

 身体に絡めていた腕を解くと、海未ちゃんたちは蒼君の顔を名残惜しそうな笑みを浮かばせていた。 蒼君は泣いている子供をあやすように、2人の頭を軽く撫でていた。 それがとても気持ち良さそうで、少し暗かった2人の顔から明るさがとり戻っているようだった。

 

 

 くるり、と蒼君に背を向けて穂乃果の方に近付いてくると、今度は私の事をジッと見つめてきていた。 え? なになに? いったい、何が始まるの? 突然やってくる2人に私は身体を震わせちゃう。

 

 すると、海未ちゃんが私の肩にポンと手を置いたの。 ふぇ?! と抜けた声が私の口から洩れたような洩れなかったような……。 けど、それくらい驚いたのは本当なんだよ。 それで、その時海未ちゃんの口からね―――

 

 

「蒼一のこと任せましたよ、穂乃果」

 

 

―――って、言ったんだ。 しかもね、ことりちゃんも―――

 

 

「がんばってね、穂乃果ちゃん♪」

 

 

―――って、言うんだよ!

 

 ど、どういうことなのかなぁ?! 海未ちゃんたちは穂乃果に何を期待してるのかが分からないよ!

 あわあわと身震いさせる穂乃果を片目に、海未ちゃんたちは意味ありげな笑みを浮かばせていたんだけど?! もう何が何だか分からないよ―!!

 

 

 

 そうしているうちに、いつの間にか蒼君と2人きりになっていた。 おどけている視線をこのまま蒼君の方に向けると、ちょうど穂乃果の事をジッと見つめていた!

 

 ドキッ―――という胸の音を鳴らしちゃって、穂乃果の心が蒼君のことを欲しがり始めちゃってる。 い、嫌だって事じゃないよ! 穂乃果もすぐに蒼君の胸の中で埋まって、そのまま眠っていたいんだから!

 

 

 

 

―――だけど、それは普段の話。

 

 今はね、普通にそうすることが出来ないでいる私がいる。

どうしてなのか私にもわからない。 でも、なんだか触れちゃったらすぐに消えて無くなりそうな、そんな昨日の寂しい姿が目に焼き付いて離れなかった。

 

 どうしたらいい? 何をしたらいいの? 自分の中に聞いてみてもちゃんとした答えなんて出てきやしない。 穂乃果が行き詰ってるのに、いつまでも自分に向かって聞いても分からないのは当然だよ。

 

 

 

 

 それじゃあ、どうすればいいの――――?

 

 

 その答えは見つからない。

 

 

 

 

 

「穂乃果、どうしたんだ? さっきから様子が変だぞ?」

「え……?……って、ふえぇぇぇっ?!! そ、蒼君?! ち、ちちち近いよぉ!!?」

 

 

 穂乃果の事を呼ばれたような気がして、ハッと我に返ってみると、すぐ目の前に蒼君がいてびっくり! お尻から倒れちゃいそうになっちゃった。 その勢いで抱きしめていたクマのぬいぐるみが放れちゃって、道に落ちちゃった。

 

 

「……! おっと?! 大丈夫か…?」

「う、うん……大丈夫……」

 

 

 だけど、倒れかかった私を背中に手を伸ばしてすぐに支えてくれた。 危なかったぁ…って、安心しちゃっているけど、穂乃果の胸の高鳴りがすごいことになっているの!

 

 そ、それは……

 

 

「急に倒れそうになるなんて、さすが穂乃果と言うべきか。 よく転ぶもんだ」

「そ、そんなことないよ……! ほ、穂乃果が転びそうになったのは、蒼君のせいなんだからね……!」

「俺の? いったい、何が悪いって言うんだ?」

「そ、それは………」

 

 

 蒼君の顔がこんなに近いってことだよぉぉぉ……!! と大声で叫びたかったけど、どうしても言えなくって顔を逸らしちゃった。 というより、穂乃果の身体は今、蒼君の腕の中にすっぽりと収まっているの!……突然の事だから動揺しちゃって、まともに蒼君の顔を見ることが出来ない……。 ただでさえ、とっても近くで感じてるのに落ち着いてなんていられないし、そもそも心の準備が出来ていなかったから余計に恥ずかしい気持ちでいっぱいだった。

 

 はうぅぅ……突然こんなことをされたら、穂乃果はもう………。

 恥ずかしさのあまり顔を熱くさせちゃっているに違いない。 こんな穂乃果の顔を見ないでほしいって、手で覆い隠したくなっちゃう。 でも、こうやって蒼君の腕の中で包まれているととても心地良くって、何をしようとしていたのか無意識に忘れちゃっている。

 

 それに、2人だけしかない今なら……蒼君を………

 

 

 

 

 

……!! だ、だめぇ―――!!!

 

 ほ、穂乃果はそのためにここにいるんじゃないんだから! い、いくら蒼君と2人きりだからって、そんな……ううん、やっぱりだめなんだよぉー!!

 

 

 頭をぶんぶん揺らして、私の本来の目的を思い返していた。 私は蒼君を元気にさせたい、その一心で蒼君を連れ出してきたんだから。 それに、ここに来れないみんなの代わりに穂乃果が頑張らなくちゃ! 絶対に元気にしちゃうんだからね!

 

 鼻息を鳴らして意気込む私。 これからが勝負なんだと自分に言い聞かせた。

 

 

 

「ううん、何でもないよ、蒼君。 もう、手を放しても大丈夫だよ」

「…………」

「蒼君……?」

 

 

 支えはもう必要ないから蒼君の手から放れようとしたんだけど、蒼君が穂乃果の身体を抱いたまま、まったく動かなかったの。 どうしたんだろう? 不思議に思った私はゆっくり顔をあげると、蒼君の表情がなんだか険しそうだった。

 それが私の心配する気持ちを強まらせていたからジッと見つめていると―――

 

 

 

 ギュッ―――――!

 

 

「!!?」

 

 

―――蒼君が私の事を抱きしめ始めた!

 それも強く、苦しくなっちゃうほど強く、お互いの胸を重なり合わせるように抱きしめたの。 一瞬、何が起きたのか分からなかった。 抱きしめられたという感覚はあるのだけど、どうして急に……? 慌て始める気持ちを抑えながら蒼君がくれる温もりを感じていた。

 

 

「……そう……くん……どうしたの……?」

 

 

 

 何も言わないで穂乃果のことを抱きしめたのはどうしてなの? それは昨日からのことと何か関係するの?……聞きたいことはあった。 でも、今の蒼君を見ててそんな気にはなれなかった。

 

 

 

 

 

「……ごめん……しばらく、こうさせてくれ………」

 

 

 

 息を殺すような小さな声で語られた言葉を何とか耳に捉える事が出来たけど、何とも言えない焦燥感に駆られてくる。

 

 

 

 震えてるの……?

 

 

 私に掛けられた手が微かに揺れ動いているの。 身体に伝わってくる小刻みの振動が私の中に不安をかき立たせ始めてる。

 

 どうしたんだろう……なんだか、怖いよぉ……

 

 それまであまり感じてこなかった蒼君の不安。 いつもの強気で穂乃果たちを引っ張ってきてくれていた蒼君が、今私の前で萎びた花のように弱々しくなっているの。 こんなにも暗い気持ちになっている蒼君を見たのは久しぶりかもしれない。 穂乃果たちがお互いに傷付きあっていたあの日々、あそこで見た、消えて無くなりそうになっていたあの時の姿を思い出してしまう。

 理由は分からない、けど、そんな蒼君を穂乃果は助けてあげられるの? それが問題だった。

 

 

 

……でも、ここでじっとしてちゃダメなんだ……! こんな時だからこそ、穂乃果が蒼君のために頑張らなくちゃいけないの。 蒼君に元気を与えるのが穂乃果の役目なんだもん! よし……ファイトだよ!

 

 

 不安に駆られていた穂乃果の気持ちを一新させるために、自分に勇気を与えた。 そして、蒼君の身体に腕を伸ばしていって、そのまま首周りに絡めた。 それは自然と蒼君の顔を近付けさせることになるけど、それでいいの。 コツンと小さな音を立ててお互いの額を重ね合わせることで、今の蒼君を見続けることが出来るの。

 そして、思った通りに蒼君が真っ正面だけを向いて、穂乃果だけを見ているの。 突然の事だから、少し驚いて小さく見開いていたんだけど、不安を感じさせるかのように目元を引き下げていた。

 

 そのあまりにも悲しそうで、いまにも崩れてしまいそうな蒼君に語りかけるの。

 

 

 

 

「大丈夫だよ。 何もいわなくても穂乃果は平気だよ。 だから、満足いくまで穂乃果は蒼君を抱きしめてあげるから……ね♡」

 

 

 すぅーっと息を吐くように耳元へ囁くと、蒼君は私の事を強く抱きしめてくれた。   ちょっと苦しい……けど、少しだけ蒼君に穏やかな気持ちがとり戻ってきたことの方が嬉しくって仕方がなかった。 だから穂乃果も会話をするように蒼君の事を抱いて返しちゃうの。

 

 そんな時――――

 

 

 

「―――あっ―――」

 

 

 

 お互いの鼻頭が微かに触れ合った。 その一瞬の接触が今の穂乃果たちにお互いの意識を高まらせたの。

 蒼君の黒い瞳が穂乃果の事を呑みこんでしまいそう……。 唇もあんなに艶めいて触れたら気持ち良さそうだとさえ考えちゃってた。

 

 

 ドキドキと心臓の音が止まらない。

 蒼君の身体からも力強く脈打つ音を鳴らしていた。

 

 

 

 

 蒼君も同じ気持ちなのかな……?

 

 

 胸を高鳴らせたままの私は、この気持ちに忠実に従うように顔を近付ける。 鼻息が乱れ始めてくる。 これは蒼君のかな? それとも、私のが跳ね返ってきて掛かっているのかな?

 顔に掛かってくる甘い吐息に疼き出す身体の熱を跳ね上がらせていた。

 

 

 

 

 蒼君………

 

 

 

 ほんの小さな声で、穂乃果が世界で一番大好きな人の名前を呼びながら、目を瞑って顔を突き出すの――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 bbbbbbb――――――!!

 

 

 

 

 

「「――――――ッ?!!」」

 

 

 突然聞こえてきた音に反応して、ビクッと身体を震わせちゃった! 瞑っていた目蓋も思わず大きく見開いちゃって、入ってくる光で目が眩みかけてしまうの。

 何があったんだろう? 私たちの間に割り込むように入ってきたモノを目で追いかけながら、まだドキドキさせている鼓動を抑えつけていた。

 

 

 

 

 

「――――っと、はい、もしもし――――?」

 

 

 発信音がわかったのか、蒼君は自分のポケットに手を突っ込ませて、そこから携帯を取り出して話しだした。 穂乃果の目に入った時には、ぶるぶると振動させながら機械のベルを鳴らしていた。 それで「あ~ぁ…どうしてそんなタイミングの悪い時に……」と晴れのち雨模様になる気分をどうしようかと悩み始めちゃう。

 

 

 

 

「―――あぁ、うん―――わかった――――」

 

 

 電話越しから聞こえてくる勢い余ったような声が漏れ出ているのだけど、それに相対するように蒼君は淡々と勢いに歯止めをかけるように話をしてた。 何と言うか、心の籠っていないような……で、でも、蒼君はちゃんと穂乃果のことを愛してくれるっていうあつぅ~~い感情を持っているんだからね! だから……!……だから、きっと何かがあるんだよ……絶対に………。

 虚ろに視線を散らすその顔を、脆そうな身体を抱きしめながら見上げ続けていた。

 

 携帯を耳から離して元の位置に戻すと私を見つめだした。 それはとても申し訳なさそうな顔を引き摺らせているようにも見えたの。

 

 

 

「―――すまんな、穂乃果。 どうやら、時間が来ちまったようだ」

「時間?」

「昨日話したろ、ステージの打ち合わせをさ」

「あっ……! あ、あぁ、思い出した! そうだったね、すっかり忘れちゃってたよ」

「ふふっ、思いだしてくれてありがとな」

 

 

 クスッと微笑んだのかなと思ったら、蒼君は大きな手を広げて私の頬をスッと撫でたの。 それが突然のことだったから、あっ、と思わず声をあげちゃう。 そしたらね、蒼君の手が背中に伸びて穂乃果の身体を軽く引き寄せだしたの! 穂乃果はそのまま蒼君の胸の中に飛び込んじゃって、ほんのちょっとの間だけ蒼君の温もりを感じていた。

 

 

 

 

 

「―――ありがとな―――」

「―――!」

 

 

 

 い、いま……蒼君が……私に……!

 そよ風が吹いたようなやさしい声が空から降ってきたみたい。 ギュッと抱きしめられて顔を埋める私には、それがどこから聞こえてきたのか知ることはできなかったけど、蒼君が穂乃果のためだけに言ってくれたような気がしたの。 それが嬉しくって、緩んだ頬っぺたを紅くさせちゃうの。

 真夏の暑さもすごいけど、蒼君がくれた温もりの方がよっぽど熱くって、火傷しちゃいそうだった。

 

 

 

 

「―――それじゃあ、行ってくる」

 

 

 穂乃果の両肩に手を置いた蒼君は、身体を引き離すと私の事をジッと見つめてそう言ったの。

 

 

 

 

「待って――――!!」

 

 

 私の身体からすり抜けていくその手を、離れてほしくないと思わず引き留めてしまう。 咄嗟に出た手が蒼君の人差し指から小指の先をキュッと握っちゃったの。

 それに蒼君は反応を示すと、また穂乃果のことを見つめるの。 心配そうにしている顔―――でも、まだ影を落とすみたいに暗い表情なの。 それが心配で……だからね、私は思わずね―――――

 

 

 

 

 

 

 チュッ――――――

 

 

 

「―――――ッ!!」

 

 

 蒼君の右の頬っぺたにキスしちゃったの―――!

 

 こんなに暑い日だと言うのに、ひんやりと汗で潤った肌の感触が印象的に残りそう……。

 

 

 

 

「穂乃果……!?」

 

 

 目を大きく開けた蒼君が驚いた様子で聞いてきた。 さっきまで、あんなに冷たい表情をしていたと言うのに、そう思うとやっぱりやってよかったと感じちゃうんだ。

 私はやんわりとした気持ちとなって蒼君に笑って見せた。

 

 

 

「不安そうにしている蒼君に、穂乃果からの贈り物だよ♪ いまは頬っぺにだけど、帰ってきたら……ちゃんとしたのをしようね……♪」

 

 

 口の近くに手を合わせて、蒼君だけに伝わる言葉で口にするの。 その…した直後から急に恥ずかしさが蘇ってきちゃって、ちょっと顔を隠したかった気持ちもあった。

 一方、蒼君はきょとんとした顔で見てくるのだけど、少しずつ頬が緩み始めて、穂乃果の大好きな喜んでいる表情になったの。 やさしい眼で見てくるその姿が見れただけで、穂乃果は幸せなんだよ。

 

 

 

「ありがとな、穂乃果。 それじゃあ、帰ってきたら……俺と付き合ってくれないか?」

「……! うん! 蒼君が望むなら穂乃果は何だってやってあげるからね!」

「ふふっ……そう言ってもらえると、俺も嬉しいぞ―――行ってくる」

「……!!」

 

 

 その時、蒼君が今日初めて笑った。

 爽やかな風が吹き抜けるかのような、口から白い歯をのぞかせたやさしいその表情に胸を撃たれそうになっちゃった。 そうだよ……やっぱり蒼君は笑っていた方がすごくいいよ! 涙が出てきそうになるところを何とか抑えて、私から離れていく蒼君を出来る限りの笑顔で見送った。 元気でい続けてほしい、頑張ってきてほしいって願いを込めながらあの大きな背中を見続けたんだ。

 

 

 

 

 

「……頑張ってね……」

 

 

 手からすり抜けて落としちゃったぬいぐるみを拾って、蒼君の姿が人ごみの中に入って見えなくなるまで、祈るようにギュッと抱きしめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから数時間後に、また落としてしまうことになるなんて考えずに―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

〈ジジ……………ジジ……………ザ………ザザ―――――――〉

 

 

 

 

 

 

 

 

(次回へ続く)

 




どうも、うp主です。

今回から投稿時間を変更することになりました。
時間はこの22時ということで、以後よろしくです。


さてさて、穂乃果とのデートとかうらやましーなー。
え?2人っきりになっただけではデートにならないと……?


えっ………?女の子と2人でいる時点で、大抵の人はそれで満足するのにか?!


そんな私は希とデートがしたいです(欲望に忠実


次回もよろしくお願いします。


今回の曲は、

幽閉サテライト/『ペルソナ』

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