スクフェス2日目――――
幸先よく始まりを迎えることが出来たスクールアイドルフェスティバル、通称スクフェスは、今日も大盛況を博していた。 各地区の主要都市で行われているこのお祭りには、数多くのスクールアイドルたちが集合し、それぞれのグループのファンたちがひしめき合うと言う大混雑状況が起こるほどだ。
そして、ここ関東地区の開催場所となった東京会場では、他の地区と比べものにならないほどの盛り上がりが起こっていた。
A-RISE
前年度の大会優勝を果たした彼女たちがいるとなると、その盛り上がり具合は俄然異なる。 実質、トップアイドルとなった彼女たちは滅多に見ることが出来ない存在となり、彼女たちを一目見ようと殺到するのは必然だ。 しかも、それは一般者のみならず、他のグループたちをも同じような気持ちで彼女たちを見るほどだった。
ここに集まっているグループには、彼女たちに感化されて始めた者も少なくなかった。 また、ライバル視する者もいたが、それでも彼女たちの実力を認めている。 関係者専用通路を通るだけでも、その格の違いというモノを見せつけられるのだから恐ろしいものだ。
ラブライブの優勝も彼女たちだろう、結果を待たずしてそんな噂も囁かれていた。
そんな慌ただしい会場の中に、ただ1人だけ浮かない様子をする者がいた。
「…………」
宗方蒼一。 そう、彼だ。
彼の様子は昨日に引き続いてかなり悪い。 活力ある表情とは言い難く、暗所と同化してしまうほどに暗かった。 彼をここまで沈ませた原因とは何なのか、そこには昨日までに起こったことが関係するのかもしれない。 だが、原因がわかったところで彼を勇気づけられるのだろうか? それはまた違う問題となるだろう。
そして、最後に変わらなければならないのは、彼自身なのだから………
――――スッ
「――――ッ?!」
彼の背中にやわらかな感触を抱く。 それに、彼の背中を包み込むような温もりがあり、不安に満ちた気持ちを和らげるやさしい香りを匂わせていた。
一瞬、彼は驚きを見せるものの、次第に落ち着いた様子となっていった。 暗かった表情に穏やかな部分が戻ってくる。 影に光が差し込むように彼の心にも光が戻ってきたことなのだろう。 石のように固まっていた身体がゆっくりと動き出し、後ろを振り返る。 すると彼が目にしたのは、頬を赤らめ、目元から口にかけてやんわりと緩んだ質感を生じさせる笑顔となって彼に臨んだ。
「そ~くん♪ 待ったかな?」
顔を少し傾けて話すので、彼女のサイドテールがひょこっと小さく揺れる。 しかし、そうした様子も含めて、彼女が魅せるあどけない姿に気持ちがリセットしてしまいそうになる。 その片鱗か、彼は抱きつく彼女の腰に向かって腕を伸ばしかけた。 ただ彼女に触れることはなかったが、彼が何かを求めているのだと言うことが見てとれる。
そんな彼は氷のように冷えた表情で彼女を見つめると、落ち着いた声をかけるのだった。
「いや、そんなに待ってない。 それより、ことりと海未はどうした?」
「あれ? ことりちゃんたち来てないの? 穂乃果よりも先に走っていったと思ったのに……」
「え……?」
まさか、と彼の脳裏に過る嫌な予感を抱く。 その束の間だった――――
「えーい♪」
「うおっ?! な、なんだ!!?」
後ろから頭に直接入ってくる甘い声と共に、背中に飛びつく羽毛のような感触に戸惑いの声をあげてしまう。 彼はそうしてきた人物が誰であるかを瞬時に把握することが出来た。 というのも、ほぼ毎日身体を合わせ続けてきた間柄なので、その癖や感触、香りまでも記憶の中にインプットされているからだ。
故に、彼は当たり前のような立ち振る舞いで背中にくっつく彼女に声をかける。
「なっ、なんだよことり……。 急に抱きつかれると驚くじゃないか……。」
「だぁってぇ~、ことりは一秒でも早く蒼くんに会いたかったんだもぉ~ん!」
紅潮した顔から甘くて蕩けてしまいそうな声を口にする愛らしい少女。 ちょこんと頭に乗るトサカのような髪を跳ねさせて、ねだるように詰め寄る彼女――ことりは、いつもと変わらない様子で彼の前に現れた。 その大胆なスキンシップときたらμ’sの中でも1、2位を争うレベルの積極性で彼の事を毎日悩ませている。 特に、ここ一カ月の間で恋人関係に発展して以降の押し具合はかなりのものだ。 いずれ彼よりも力が勝るのではないかと心配されていたりする。
「えへへ、蒼くんのいい匂い~♪ このままずぅ~っと、こうしていたいよぉ~♪」
「おいおい、勘弁してくれ……。 ただでさえ、穂乃果で手いっぱいな状態なんだからさ……」
「むっ、それって穂乃果のことが邪魔ってことぉ~?」
「いや、そう言う意味じゃ……」
「むぅ~、そんなヒドイことを言う蒼君には、こうやってぎゅぅ~ってしちゃうもんね!!」
「お、おい…! よせよ……!」
「あぁ! 穂乃果ちゃんだけずるぅ~い! ことりも蒼くんに……ぎゅぅ~~~♡」
「ことりまで……。 こんな人が見ているところでやるんじゃないよ……」
2人の美少女から前後に挟まれてしまう蒼一。 傍から見れば、あんなに羨ましい事をしているだなんて……!と目から血涙を流すくらいの光景だと思うに違いない。 ただ、その正反対な気持ちでいる彼にとっては悩みどころである。
しかし、そんな彼の表情はいつも以上に険しかった――――
「こらっ! 蒼一が困っているではないですか!!」
「「う、海未ちゃん……!」」
「いつもいつもあなたたちは……! まったく、凝りませんね」
「「だ、だってぇ……」」
「だって、ではありません! そう言って困らせてしまうことがいけないと言ってるのですよ!」
凛とした声が周辺に響き渡っていく。 仮にもスクールアイドルをやっているのだから、一般の人よりも発声が強くなっているのは言うまでもない。 そんなことに気を留めることなく2人を叱る海未は、内心呆れながらも厳とした態度で臨んでいた。
そんな彼女に咎められて、しぶしぶ彼から離れる2人。 辛くも解放される彼は訪れる安堵に溜息を零す。 その姿を見て海未は彼に近付くと、しぼんだ彼の顔に触れると心配そうな顔で聞いてくる。
「大丈夫ですか? 肌に艶もありませんし、また寝不足気味ですか?」
ぴとっとか細い手に触れられながらジッと彼女を見つめている彼は、大した反応を示すことはなく、ただ冷静な表情をして返すことしかしなかった。
「……大丈夫。 海未が心配することはないさ……」
海未にはこう言っているのだが、彼の頬の筋肉はわずかにしか引き上がることが無く、限りなく無表情に近い。 澄まして冷静を装っているようだが、見るからに無愛想で、紙に描かれている表情よりも貧しい様子だ。
その彼の冷たい振舞いに歯痒い気持ちになりながらも、何もしてあげられないと思い悩む彼女たちは一斉に思った。 彼を助けよう、その心の愛言葉で決められた決意を胸に彼女たちは彼の身体に触れ出す。
無論、海未によって掃われた穂乃果たちも一緒だ。
「ねえねえ、早く行こうよ! いろんなお店が並んでいるから片っ端から行ってみようよ!」
「それいいね、穂乃果ちゃん! 私も行ってみたいお店があったから蒼くんと一緒に行こうよ!」
「縁日ですか。 ふふっ、悪くないですね。 あなたも参加しますよね?」
「そう……だな……。……わかった、行こうか……」
喜々とした表情で見上げてくる3人の幼馴染に彼はわずかばかりか悩んでいた。 その心境で何かと葛藤していたのだと言うことは分かる。 それが何に対してなのか分からないが、すぐに彼女たちに返事している様子から特に深いものではなさそうに思える。
その些細な変化にも気に留めながら、3人の恋人たちは愛しい彼のために奮闘しようとするのだった。
―
――
―――
――――
蒼君を外に連れ出して、気分転換させてあげようって決まったのは昨日の夜。 昼間に見た蒼君の様子が何だかとっても変だったからみんなに相談してみたの。 そしたら、一旦お仕事のことは忘れて、思いっきり遊べばいいんじゃないかなって言う話でまとまったんだ。
それで誰と一緒に行けばいいのかってなった時に、絵里ちゃんから穂乃果たち3人がいいんじゃないかって言われたの! その時にね「ええっ?! 穂乃果たちでいいの!!?」って電話越しに大声で叫んじゃった。 だって、まさか、穂乃果たちに話が振られるなんて思わなかったんだもん! で、でもね……心の中では蒼君を慰めてあげたいって思ってた。 昨日のあんな顔を見せられたら心配で心配で……。 なんとかしなくっちゃって、思うようになったの。
そして、いまこうやって蒼君と一緒に御出かけをすることが出来ているの。 ライブの方は、絵里ちゃんたちだけで何とかするって言ってたし、弘君もいいよって言ってくれたから思いっきり遊ぶことができるの。 えへへ、今日は結構張り切っておめかしとかしてきたんだからね! 服も結構かわいいのを着てみたんだけど、どうなのかなぁ? ちゃんと、恋人らしく見えてるのかなぁ?
それに、蒼君にもっと私の事を意識して欲しいな……。
「それで、どこから行くんだ?」
「それじゃあ、アイス食べようよ。 なんだか急に熱くなってきちゃったから」
「いいね、ことりちゃん! 穂乃果も汗かいてきちゃったし、アイスを食べて身体を冷やそうよ!」
「というか、お前らが俺に抱きつかなければ熱くならなかっただろうに……。 まあいいさ、俺も食べたいと思ってたところだし。 海未もそれでいいか?」
「蒼一がよろしければ、私はそれに従います」
「決まりだね。 それじゃあ、早く食べに行こうよ!」
ことりちゃんと一緒に気分が盛り上がってきた穂乃果たちは、アイスを売っている屋台目掛けて小走り中。 甘くて冷たぁ~いアイスを食べるから思わずスキップしながらで行っちゃった! おかげで、蒼君たちよりも早く着いちゃった。
「ほぉ~ら、早くしてよぉ~!」
「そんなに急かすなよ……。 こんな暑い日に走らせるなよ……」
もぉ~だらしないなぁ、なんて思いながらも、ちょっぴり嬉しい気分で蒼君を見ちゃう。 久しぶりに蒼君とお出かけすることが出来たからかなぁ? 無意識にほっぺたが緩んじゃってるような気がするよ。
「穂乃果はイチゴがいい!」
「ことりはチョコレートで」
「では、私は抹茶にしますね。 蒼一は?」
「んじゃ、俺はバニラで」
みんなで一斉に注文をかけると、屋台のおじさんが『あいよ!』と気持ちのいい声をあげていた。 そしてすぐに、穂乃果たちにソフトクリームを手渡してくれたの。 うわぁ~! アイスに光が当たってキラキラしてる! とっても綺麗だよぉ!
キラキラ輝くアイスに夢中になっている穂乃果の隣で、蒼君がお支払いをしていると、
「なんだぁ、あんちゃん。 こんなかわいい彼女たちを連れてデートかい?」
なんて、ニヤけた顔をしながら聞いていたの。 一瞬、ドキッとしちゃったんだけど、蒼君が――――
「まあ、そんなもんですよ。 みんな俺のかわいい彼女ですよ、おじさん」
―――って、澄ました顔でサラッと言っちゃったんだよ!! ふ、ふえぇぇぇ……そ、そんなにハッキリ言わなくてもよかったのに……。 逆に、こっちの方が何十倍もドキッとさせられちゃったし、なんだかくすぐったくなってきちゃう。
「くぅ~! 言うじゃねェか、この色男ォ!! 大事にするんだぜ、あんちゃん!」って、少し嬉しそうに言うおじさんに、「当たり前ですよ。 それが俺の役目なんですから」って、またサラッと言っちゃって……もう、穂乃果はおなかいっぱいだよぉ……いろいろな意味でね。 そう、いろいろと……。
ことりちゃんと海未ちゃんの方を見ると、赤くしちゃって口元がかなり緩んじゃってるよぉ!! 2人とも穂乃果と一緒で恥ずかしい気持ちになってるのかなぁ? いくら蒼君の事が大好きで、自分の裸を見られてもそんなに恥ずかしがらない穂乃果でも、あんな風にカッコよく言われちゃうととっても恥ずかしいよぉ……。
それと一緒に、蒼君に対しての想いがまた一段と強くなっていったような気がするの。 もぅ、このアイスよりも早く溶けちゃいそうだよぉ……。
「ねぇ、そ~くん。 ことりのを少し食べない?」
「ん、いいのか?」
「うん、いいよ。 その代わりに……蒼くんのを少しもらうよ♪」
「「えっ?!」」
「あぁ、構わないぞ」
「「ええっ?!!」」
こ、ことりちゃん!? そ、それって……食べ合いっこってことだよね?! しかも、それを蒼君が軽くOKしちゃうなんて……ず、ずるいよぉ~~~!!!
「はい、蒼くん。 あ~ん♪」
「あー…むっ。……ん、これはおいしいな。 それじゃあ、こっちも……」
「あ~…んむっ♪ んんん~~~おいしい~♪ 蒼くんの白くてとってもクリーミーなのがとってもおいしいよ♡」
「おいおい、その言い方はどうにかしろよ……」
「それに…あむっ。……んんん~~~!! あ~ん♪ ことりのと蒼くんのが、口の中で混ざり合ってるぅ~♡ ディープなキスをした時みたいに、甘くてちょっぴりほろ苦い感じが堪らないよ~♡」
「だから、言い方……。 周りから勘違いされるような言い方をするなよ……」
い、いいなぁ……蒼君のを食べることが出来て、なおかつ食べてもらえるだなんて……。 それに……穂乃果のと蒼君のが混ざったらどんな味になるんだろう……? 穂乃果のはイチゴだから甘酸っぱいのかなぁ? うぅ……気になっちゃう……。
「そ、蒼一……! わ、私のも食べてみませんか!?」
「海未ちゃん?!」
「えっ、海未もか?」
「そ、そのかわり……私も…蒼一のを食べさせてくださいね……//////」
「あ、あぁ……構わないぞ」
思い悩んでいたところに、まさかの海未ちゃんがことりちゃんと同じことを言ったからとっても驚いちゃった! それに蒼君も……。
「そ、それでは、いただかせてもらいますね……?」
「あぁ、いつでも」
「あっ……あー……んっ、うん。 これは……! おいしいですね!」
「それはよかった。 それじゃあ、海未のももらうぞ?」
「え? あっ、そ、そうでしたね! で、では、お、お願いいたします!」
「それじゃ……あー…むっ。……うん、これもなかなかいいじゃないか。 海未が好きそうな味だな」
「そうですね! それに、蒼一からもらったのを口の中で駆け合わせると、確かに不思議な味がしますね。 ほろ苦いですが、ちゃんとした甘みのある感じ……。 まるで、蒼一と寄り添った時の気持ちが蘇って来るようです♪」
う~~~……海未ちゃんってば、ほっぺたを赤くして、あんなに嬉しそうにしちゃって……。 もぉ! 2人だけずるいよぉ~~~!! 穂乃果も蒼君のを食べたいよぉ!!
だから穂乃果も蒼君に近付いて、ことりちゃんたちみたいにお願いしてみるの!
「蒼君! あのね、お願いなんだけど……」
「……食べたいんだろ?」
「……ふえっ?!」
「だからさ、食べたいんだろ? 2人みたいにさ」
「ど、どうしてわかっちゃったの?!」
「そりゃあ、ことりと海未がこうしたのに穂乃果が黙っているわけないだろ? それに、恨めしそうにずっとこっちを見ていたしな」
穂乃果が言うより早く、蒼君は私がやってほしいって思っていることをわかりきった口調で言ってきたの! やっぱり蒼君は穂乃果のことをわかってくれているんだね! 今すっごく嬉しい気持ちになってるよ!
でも、恨めしそうだなんてしてないよ!
ちょっとだけ、いいなぁ~穂乃果もしてほしいなぁ~~…穂乃果にしてくれなかったらどうしよう……? もしかして、穂乃果の事だけ嫌いになっちゃってたりするのかなぁ……? そんなこと無いよね? ないはずだもんね??
……とか、まったく考えてないんだからね!
「―――ほら、よそ見とかしてないで早く食べな。 段々溶けてきてるから気を付けろよ?」
「う、うん……! そ、それじゃあ……あむっ。 んんん~~!! おいし~! これ本当においしいね!」
「そのようだな。 それじゃあ、穂乃果のをもらうぞ」
「あっ……」
「……うん、これもおいしいな。 イチゴのさっぱりとした酸味がちょうどいいな」
蒼君のドロッと蕩けちゃいそうなアイスを口の中で堪能していることに夢中になっていたら、蒼君が穂乃果のアイスに口を付けていたことに気が付かなかったの!
わ、わあっ!! 気が付いた時に蒼君の顔が―――まるで、キスをしようとした時と同じくらい顔が近くにあったからびっくりしちゃった! 不意打ちのようだったから、恥ずかしい気持ちが強くなってきちゃったよぉ~……。
そして、目の前にあるのは蒼君の口が付いた穂乃果のアイス……! 口にした部分が綺麗に艶掛かってるみたいで気持ちが高揚してきちゃった。 なんだろう……心を擽られるようなムラムラっていう感情が抑えられない!
「あむっ!」
喉が渇いて仕方がないような気持ちを潤すために、大きな口を開けてそれを口にした。 ドロッとした冷たいクリームが口の中に絡み付こうとしてるの。 そこにイチゴの甘酸っぱい味が加わって、ちょうどいい味になってきてる。
そして、口の中で蒼君との合わさりあうと、キュンとした気持ちがよみがえってくるよ。 蒼君に好きって気持ちを抱き始めた時の懐かしさと切なさが目の前に広がってるみたい。 すれ違うことでしかなかった穂乃果たち。 それが今では、濃厚な時間を2人で過ごすことが出来るほどになった、そんなことを思い出させるような甘酸っぱい味だったの。
ううん、今すぐにでも蒼君と濃厚な時間を過ごしたいって、気持ちを逸らせちゃう!
そんな止まらない気持ちを何とか止めながら、穂乃果たちは自分のを食べながら蒼君のことを見続けていた。 その間に、唇をペロリって舐めてるのを何度も見て、穂乃果の唇も舐めてほしい…だなんて考えちゃってた。
こ、今度一緒になった時にやろうって思ってるだけだから! 決して、いやらしいことじゃないんだからね!
私は切なく乾く唇を濃厚な甘液で濡らして自分を誤魔化した。
―
――
―――
――――
あれから穂乃果たちはいろいろな屋台とかをめぐっていったの。 食べ物があるところはもちろん、遊ぶことが出来そうなところだったり、あとは他のスクールアイドルが出てる舞台に行ったりしてた。 ちょっと慌ただしい感じだったけど、蒼君の表情に少しずつ明るさが取り戻ってきているのを見て心から嬉しくなった。
だって、穂乃果の大好きな蒼君なんだもん! 蒼君にも穂乃果と同じくらいに笑っていてもらいたいし、 楽しんでもらいたい。 悲しそうな顔なんて蒼君には似合わないし、させたくもない。 恋人として、一番身近な存在として、穂乃果は蒼君のことを支えてあげたいんだ!
だからね、穂乃果ももう少しだけ頑張るね!
そう私自身に言い聞かせながら、先歩く蒼君の隣に居続けた。 ちゃんと支えてあげないとね、少し恋人らしく腕を組んで寄り添ってあげたい、そんな想いに駆りたてられていた。
しばらく歩いていると、目の前にお祭りでよく見るような射的屋台があったの。 そしたら、そこに飾られてあるクマのぬいぐるみさんを見つけちゃって脚が止まっちゃった。
「ねえ、蒼君、蒼君!! ここ!」
「ん? あぁ、そうだな……夏祭りの定番と言えば、射的だよな。 やってみるか?」
「うん! やろうやろう! ことりちゃんも海未ちゃんもいいよね?」
「うん♪ 蒼くんの鉄砲で撃つ姿が見たいから行っちゃおうかな♪」
「はい。 的当てなら得意ですから腕が鳴りますね」
蒼君の意見も聞いて、屋台の方に向かっていった私たち。 早速、屋台のおじさんにお金を出して銃と弾のコルクをもらって、いさ始めようとしたの。
射的かぁ……これをやるのはいつぶりだろう?
ふと思い返してみると、最後にやったのがいつだったのかハッキリと覚えていない。 ただ、私は射撃があまり得意じゃなかったから、蒼君と一緒にやっていたような気がする。 そう考えると、去年は家族旅行で蒼君はいなかったし、その前の年も同じだった。
それじゃあ、いつだったんだっけ?……だめ、覚えていないや……。
蒼君と一緒にやっていた、と言う薄っすらとした記憶しか残っていなかった。 それに、何か大事なことも忘れているような………。
「―――おい、穂乃果」
「―――えっ? ど、どうしたの蒼君?」
「どうしたの、じゃないぞ。 急に静かに黙り込んじゃってさ。 どこか悪いのか?」
「え? あっ、ううん。 何でもないよ!」
肩に触れられて、ハッとした気持ちで蒼君の声に反応した。 さっきの事ばかり考えてたから、全然気が付かなかったよ。 いけないいけない、こんなところで立ち止まっちゃ……!
私は自分に言い聞かせながら気持ちを新たにした。 いまは穂乃果のことをよりも蒼君のことを考えなくっちゃ! そのために、みんなの代わりにこうしているんだから張りきらないと!
「うわぁ~~~! あのトリのぬいぐるみかわいい~♪」
「少し小さめなのですね。 あのくらいなら私が落としてあげますよ」
「えっ、いいの!? それじゃあ頑張って、海未ちゃ~ん! ことりは後ろで応援してるよ!」
落ち着いた感じで銃を構える海未ちゃん。 その後ろでことりちゃんの声援を受けながら少し小さめなぬいぐるみに的を絞っていた。 当たるかなぁ……? 自分の事よりも隣でやってる海未ちゃんの事が気になっちゃう。 弓道をしているみたいで、とっても真剣な表情をしているから見入っちゃう。
「そこです―――!」
タァン――――!
銃から出た弾はぬいぐるみに向かってまっすぐ飛んでいくと、ポコンと当たってそのまま後ろに落ちていっちゃった。
「わぁー! すごーい、海未ちゃん!」
「やるじゃないか、海未」
たった一発だけであのぬいぐるみを落としちゃうなんて、やっぱり海未ちゃんはすごいなぁ! よぉし、穂乃果も負けてられないんだからね!
私も欲しいぬいぐるみに的に狙いを付け始めてみる。 どこを狙ったらいいのか分からないけど、とりあえずやってみないと分からないよ。 弾を込めて、それから海未ちゃんみたいに構えて……っと。 これでいいかな?
銃をしっかり構えて、ちょっと重たく感じるこの引き金に指を添えておく。 よく狙ってぇ……そこっ!
タァン――――!
「うわー! 全然動かないよぉー!」
飛び出た弾はちゃんとぬいぐるみに向かっていったんだけど、当たってもまったく動かなくって、何の変化も起こらなかったの。 少しくらい動いてくれてもよかったのに!
「もう一回! もう一回だけ!!」
そう言って弾を込めて何度も撃ってみる。 でも、結果はすべて同じで、まったく動かない。 それに気が付けばもう弾も一個しかなくなっていた。
そ、そんなぁ~~~!!! どうしてうまくいかないのか悩みながらやっていたらすぐにこうなっちゃう。 やっぱり穂乃果には難しいのかなぁ……?
そんな時にね、私の背中に温かいものが当たったような気がしたの。 くるっと振り返ってみると、蒼君が穂乃果の事をジッと見つめていて触れていたんだ。
「穂乃果」
風のせせらぎのようなやさしい声で語りかけてくれる蒼君に、一瞬、ドキッとさせられちゃった。 肌同士が触れ合っていることにじゃなくって、穂乃果の緊張を解してくれる顔に胸を揺らしちゃった。 だって、こんな今にも抱きしめられそうな雰囲気にさせられると、穂乃果はもう蕩けちゃいそう……。
「俺も手伝うから、一緒にやろうか?」
「えっ? い、いいの?」
「あぁ、穂乃果はアレがほしいんだろ? だったら、ちょっと頑張らないといけないじゃん?」
「ありがとー! それじゃあ、一緒にやろう!」
あまりにも出来ない穂乃果のことが気になっちゃったからかな? 一緒にやろうって誘って来てくれた。 もちろん、断る理由なんて無いよ。 蒼君と一緒だったらなんだか出来そうな気がするし、それに、また一緒に出来ることに喜びを感じちゃってたりするもん♪
すると、蒼君は海未ちゃんに話しかけていた。
「海未、すまんが、あのクマの耳を狙ってもらえるか?」
「耳ですか……的が小さいですが、当たるかどうか分かりませんね……」
「大丈夫だ。 海未ならできるって信じてる」
「……ふふっ、そう言われてしまうと気張らねばなりませんね。 わかりました、蒼一の頼みなのですから、しっかりとしませんとね♪」
蒼君からのお願いに海未ちゃんは微笑みながら受けていた。 そして早速、銃を構え出していつでも撃てる準備が出来ていたようなの。
「それじゃあ、穂乃果も準備するぞ」
「うん。………って、えっ?」
蒼君の掛け声に合わせて穂乃果も構えてみたんだけど、ビックリすることが起こっちゃったの! なんと、蒼君が穂乃果の身体を抱きしめるように重ね合わせてきたの!
えっ……えええぇぇぇ?!?! そ、蒼君?!!
背中から蒼君の体温を感じ始めてきちゃった。 それに、銃を構えてる手にも重ねてきたから心臓がバクバク行っちゃってるよ!! それに、耳元近くで甘い吐息が聞こえてくる……って、これって蒼君の顔が隣にあるってこと!? こ、こんなところでこんなに密着しちゃってもいいの……? み、みんなが見ているところでそんなことされたら……穂乃果は……穂乃果は………!
「―――ほら、ちゃんとしっかり持って」
「ふえっ?! う、うん……!」
「そうだ。 そのまま、ゆっくり的を見るんだぞ」
「……うん……//////」
蒼君の温かな手がギュッと穂乃果の手を包み込むから、落ちつけるわけないよぉ……! 穂乃果の胸がこんなに激しく揺れちゃってるのにどうやって落ち着けばいいの? む、無理だよぉ……蒼君の温もり、吐息、胸の音が穂乃果の気持ちを急き立ててるんだもん! どうしたらいいのかさっぱりだよぉ!!
変な汗も流れてきちゃうくらいにおかしくなってくる私。 あまりの熱さで倒れちゃいそうだよぉ……
「―――大丈夫だ。 俺がしっかりと支えてやるから」
「……! そ、蒼君……!」
燃え盛る気持ちを冷ますように清涼を含んだ声がスッと耳を通り抜けた。 それがなんだか不思議で、それを聞いた後の気持ちの持ちようが変わったような気がした。 胸の音は相変わらずだけど、落ち着いた感じで構えられていた。
うん、もう大丈夫かも……。
私はしっかりと構え出した。 少しの調整は蒼君がやってくれて、どこに撃てばいいのかが理解出来た。 あとは、これを引くだけ……。
「海未、俺が合図したら撃ってくれ。 穂乃果も俺がいいぞと言うまで待ってるんだぞ」
「わかりました」
「うん……! 頑張るよ!」
ハッキリとした返事を海未ちゃんからもらうと、いよいよなんだと言うことを感じた。 後ろではことりちゃんが私たちに声援を送っていた。 でもごめん、いまはまったく聞こえないの。 蒼君の……流れてくる音しか聞こえなかった。
それと一緒に私の中で何かが這い出てきそうになっていた……
「いまだ、海未!」
「………ッ!!」
タァン――――!
蒼君の合図に海未ちゃんの弾は撃って出た。 あまり自信が無いって言っていた海未ちゃんだけど、その弾は狙った通りにぬいぐるみの耳に見事命中! そしたら、まったく動かなかったぬいぐるみが揺れ動き始めたの!
「それいまだ、穂乃果!!」
「………ッ!!」
熱の籠った声が穂乃果の事を呼んでいた。 落ち着いていた気持ちが一気に引き絞られていったような感覚だった。 大丈夫、イケる。 心の中でそう唱えながら、支えられている手の中でその引き金を引いた。
タァン――――!!
放たれた弾はそのままぬいぐるみの鼻に当たった。 すると、その反動からかな? 前後に大きく揺れ始めて、そして――――――
(次回へ続く)
ドウモ、うp主です。
思った以上に話を長くしてしまったので分割しました。中途半端な切り方になってしまいましたが、大目に見てください……え?ダメ?
そんなー
次回も穂乃果視点で話が進みそうです。
今回の曲は、
阿部真央/『あなたの恋人になりたいのです』
更新速度は早い方が助かりますか?
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ちょうどいい
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もっと早くっ!
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遅くても問題ない