「うーん! すっごく楽しかったねー!!」
「そうですね、お客さんたちの反応も上々でしたし、よかったです」
観客からの盛大な歓声を受けながら、穂乃果たちμ’sは無事に初日のライブを終えることが出来た。 納得のいく結果を出すことが出来たためか、彼女たちの表情はとても晴れやかなモノで、ライブの感想を口々に話し合っていたのだ。
今回のような大きなライブというのは、彼女たちにとっては初めてのモノではあったが、不思議と緊張している様子はなかった。 むしろ、ステージに立った瞬間から緊張が解れ、自信満々な様子であった。 彼女たちをこのようにさせたのは、ひとえに彼の存在があったからなのだろう。
「けど、汗をたくさんかいちゃったなぁ……。 もう、衣装がびしょびしょだよぉ……」
「そうね……私もかなり動いたから汗がすごいわね。 わかってると思うけど、風邪をひかないようにしっかりと身体を拭きなさいよ?」
「はーい、わかってるよ絵里ちゃん。……あっ、そうだ! このまま蒼君に突撃しちゃおっかなぁ~?」
「ええっ?! ほ、穂乃果ちゃん?!!」
「蒼君に穂乃果たちが頑張ったところを褒めてもらおーっと!」
それに、もーっと穂乃果のことが好きになるようにしちゃうんだから♪ と、少々拗らせ気味なことを頭に浮かばせながら、彼女は愛しの彼を探しに行くのだった。
「あ! 蒼君だ!! おーい!!」
通路の奥の方に彼の姿を見つけ出した穂乃果は、早速大きな声で彼を呼ぶ。 私の方を見てほしい、早く抱きしめてもらいたいと身体をウズウズさせながら溜まった感情を抑えていた。
「そう!……く……ん?」
彼の近くにまでやってきた彼女の足取りが急に遅くなる。 彼だけを求めていた口をつぐませてしまう。 彼女に何があったのだろうか? 彼女のことを追いかける他の8人も追い付いた先に見えた光景に疑問の様子であった。
「あれって……たしか、スクフェスの主催者じゃないかしら?」
「え、嘘?! それって、真田会長のことよね? ラブライブの実行委員長でもある人がどうして蒼一たちに?」
絵里が見た先に立っていたのは、蒼一よりもかなり歳を喰っているだろう老け顔の男性だった。 白髪と白髭をたくわえる、見た目優しそうなその男性は、嬉しそうな表情で蒼一たちと語り合っているのだった。 しかも、にこが語るようにその男性は、この大会のお偉いさんであると言うことが彼女たちを驚かせた。 蒼一たちは彼と面識があるのだろうか? そんな疑問を渦巻かせるのであった。
「あっ……行ったわね」
蒼一との話が済んだのだろうか、その男性、真田会長は終始頬を緩ませ嬉しそうな表情のまま彼らの前から去った。 それを見計らい、彼女たちが蒼一たちの許へ駆け寄り始める。
そんな彼女たちが来たのを察したのか、明弘は振り返って彼女たちの前に立つのだった。
「おっ! 帰ってきたようじゃんか。 どうよ、うまく行ったか?」
「うん! 練習通りにちゃんとうまく行ったよ!」
「よっし、そいつぁよかったぜ! こういうのは最初が肝要だからな、このままいい流れに乗っていきたいもんだな!」
大きな笑いを含ませて話をする明弘。 その様子を見て、ライブで息が上がっていた彼女たちは安堵する。
しかし、一方に眼を向けると、そんな彼女たちの気持ちが揺らいでしまいそうになる。
蒼一が笑っていないのだ――――
つい先程まで、満面の笑みを浮かばせて彼女たちを送っていかせていたはずなのに、どうしてかその表情は暗く沈んでいた。 それに、彼女たちに顔を見せることなく、背を向けたままだった。 この異様な変化に気が付かない彼女たちではなかった。
「……どうしたの、蒼一? 顔色が変よ……?」
「…………」
口に溜まった唾を呑みこみ、気持ちを振り絞って声をかける絵里。 だが、彼女のやさしい問いかけに、彼は一言も話そうとはしなかった。
これには、彼女たちの不安が高まるばかりだった。
「ま、まあまあ……ちょっとな、兄弟は寝不足だったみたいでよぉ、ついさっきもその辺で眠りこけちまっていたんだぜ。 疲れが溜まっているからよ、勘弁してくれや」
「そ、そうなの……? 」
何か見繕うかのように話をしてきた明弘の言葉に、何となく納得を示してしまう彼女たち。 そう言えばと思い、朝方から何だか眠たそうな表情をしていたような……と自らの中で納得しようとする。
「そういえば、さっきこの大会の主催者らしい人と話していたようだけど……知り合いなの?」
「ん……あぁ、会長ね。 いいや、これと言ってそんなに関わりなんざねーよ」
「ふーん……結構楽しそうな表情をして話をしていたようだけど?」
「あれは、にこたちのパフォーマンスがあまりにも良いって、褒めていたからだぜ」
「えっ?! ほ、ホント!?」
「ホントだし、マジなわけ。 一目置いてるって言ってたし、こりゃあいい感じになってきたわけだ」
にこの重々しい問いかけに対して、明弘は軽々と言葉を並べ立て説明をするのだった。 顔色一つ変えないいつも通りの明弘の姿を見せていることから、本当に何でもないのだろうと思ってしまう。 なんだ、と肩を落とすような残念さを抱きつつ、誰にも気付かれないように溜息を洩らすのだった。
「あとはそうだなぁ……明日、大会のエンディングライブに向けての説明会があるらしいからよ、ライブの途中かもだが俺らは抜けさせてもらうぜ? あとのことは、洋子に頼んでおくから頑張ってくれよぉ~」
「えっ? 弘君たち2人で?」
「そうそう。 こっちも締めのライブをどうやって飾ってやるか考えてるからよ、兄弟と一緒じゃねぇと無理なんだわ、これが」
「そうなの? それじゃあ、仕方ないわね。 2人の代わりに私たちが何とか支えておくから、心配しなくていいわよ?」
「おっ、そいつぁ助かるわ、絵里。 生徒会組がいりゃあ何とかなるっしょ」
絵里が進んでそう言ってくれたことに、明弘は安心している。 現役の生徒会長である彼女に任せておけば、何とかなるだろうと思っているし、共にいる希という存在もいるためにその期待度は高かった。 以前、彼が彼女、絵里のことを快く思っていなかった時期がぼやけてしまうくらいの違いが生じていた。
「ちょっとぉ! なんでにこが含まれてないのよ?! 私は3年生で、部長なのよ!?」
「どうどうどう……まあ、落ち着けぇ…にこぉ……。 忘れていたわけじゃない、決して、忘れていたわけじゃないからな?」
「どうして、2度も言ったのかしら……? そこが気になるのだけど……」
「そこは触れないでおくれや……。 けどな、実際、にこにも期待してるんだぜ? 絵里や希には無い、特質で後輩たちをまとめてくれるって信じているのさ」
「ふーん……ま、そういうことにしておきましょ」
ジトっと明弘を睨みつけるが、そんな彼が彼女に期待していると言うので、ちょっとだけ嬉しく思い顔に緩みが出ていた。 こういう性格な故に、褒められ慣れていないので素直に表に出すことをしようとしない。 一見、素っ気なく思える彼女でも、彼も彼女の本質を見抜いているため不快に思うことはない。 むしろ、ツンデレ……そういうものもあるのか……! と心の中で雑念が入り乱れていたりしていた。
「そんじゃ、俺たちの今日のライブはこれにて終了だ! ちゃっちゃと撤収準備をすんぞ!」
手を2度叩いて、合図を出す。 その音に彼女たちの中で蠢いていた雑念が一瞬だけいなくなり、彼の言葉が頭の中で反芻した。 そして彼女たちは、彼の言葉通りに衣装を着替えようと足早に更衣室の方に駆けていくのだった。
みんなが駆けていく中、ふと穂乃果は1人立ち止まって、後ろを振り返った。 彼女の視界に飛び込んできたのは、辛そうな表情を浮かばせる蒼一の様子が……。
「蒼君……」
彼の普段見せることが無いその素顔を見た瞬間、胸が締め付けられるような気持ちになり始める。 ギュッと握った手を胸の辺りに置きながら、心配そうに彼の姿を見つめ続けるのだった。
―
――
―――
――――
その夜―――
黒一色に包まれていた空間に青白い月の光が突き刺す。 空間を蠢いていた影は相対するその光に当てられて、ささっと逃げ出す。 おかげで、この部屋にあるモノの様子が捉える事が出来るようになる。
何段にも積み重ねられた箱。 その上には、真っ白の絨毯のように埃がびっしりと敷き詰められていたりと、決して居心地良さそうな場所ではない。
そうした部屋の中心で佇む男―――蒼一はそこにいた。 当たり前と言えば当たり前である。 何せ、ここは彼の家であり、その最上階の物置き部屋にいるのだから。 しかし、ここは滅多に開くことのない言わば開かずの部屋。 誰にも見せたことはないし、彼自身もここに出入りすることは少ない。 そんな場所にいる理由とは一体何故だろうか? こちら側としては疑問となる。
すると、彼はその手に何かを掴み上げた。 身体の一部を覆い隠すことが出来そうな装飾品のようだが、見るに異様な雰囲気を放っていた。 人類には早すぎた、という大袈裟すぎるような言葉が出てくるかもしれない。 だが、そうした言葉でないと言い現わすことが出来ないほどの代物なのだと、そのモノが言っているようだ。
―――ゴクリ
固唾を呑み込むと喉骨が鳴り響く。 無音の空間であるために、その小さな音さえも耳に入ってしまう……そんな緊迫した状況が音となって重く圧し掛かる。
「大丈夫だ……大丈夫だ………」
彼は何度も同じ言葉を繰り返す。 自分自身に暗示をかけるかのように……呪いでも掛かってしまったかのように唇を動かす。
そんな彼の心情は大丈夫なのだろうか? いや、言うまでもなく大丈夫ではない。 不意に襲いかかってきた恐怖が彼を包み込み、不安を煽らせていた。 そのせいで挙動不審となり、焦点もハッキリとしないままそれを見つめ続けているのだ。
そんな彼に動きがあったのは、それを手にして数十分が立った後だった。 彼はそれを顔に近付けようとし始めた。 ぶるぶると肢体を震わせながら持ち上げるため、手元が整っているはずもなく、今にも手からすり抜けてしまいそうだ。 だが彼は、自分の身に起きている現象に気が付くことも無く、眼を瞑り、それを近付けるだけだった。
ストン、とそれが顔にくっついた。
そのはまり具合は絶妙で、顔の一部だったのではと勘違いさえ生じさせてしまうほどの出来だった。 それを身に付けた彼を彼であると断言することさえできなくなるほどの変貌っぷりである。 “風神”とは異なった雰囲気がそこにはあった。
だが――――
――――ドクンッ!!!
「うぐっ―――?!!」
彼が眼を開いた瞬間、異変が起きた。 彼の身体が膝から崩れ落ち、その場に倒れ込んでしまったのだ! 気色が悪くなる表情は昼間見た時よりも青味を増して酷くなるばかりだ。 それに苦しいのだろうか、口に手を当てて体内から吐き出そうになるモノを必死に抑え込んでいたのだ。
「う゛っ……! うぐぐぐっ………あ゛ぁ゛っ………!! あっ、頭がっ……!! く、来るなぁ!!」
その場で苦しそうに身悶えする蒼一。 そんな状態に陥った彼を支えてくれる者はこの家には誰もいなかった。 家族も友人も恋人も……孤独の中にある彼にとって、これ程までに辛いモノは無かった。 誰でもいい……そんな想いからなのだろうか、力無い腕を伸ばすのだった。
――――コトン、カラカラカラ
苦悶でのたうち回る彼の顔からそれが軽い音を立てて落ちていく。 それと同時に、彼の様子に変化が起き始める。 苦しい呼吸をし続けていたのだが、急に落ち着きを取り戻し始める。 どうしてなのだろうか、それは当事者である彼のみにしか分からないことなのかもしれない。
「だめだ……まだ、俺には……身体が受け付けてくれない………!」
悔しそうに口を零す彼の表情から悔し涙が零れ出ていた。
そんな彼は何とか身体に力を込め出すと、そのまま歩きだしてこの部屋から去った。
いつもしている施錠をし忘れたまま――――
彼が身に付けたその『仮面』を床に残したまま――――
月の光に照らされるその仮面に、ベールを添えるように、白い埃がうっすらと覆い被さるのだった。
(次回へ続く)
ドウモ、うp主です。
今回は結構軽めの話でまとめさせてもらいました。ただ時間が無かったとか、モチベがアレだったというわけではないのですが……まあ、それも原因だったりするんですけどね……。
そして、チラホラと含み言葉が聞こえてきましたね……。これが後にどうなるのか……続きを待って欲しいですね(頑張らないと…)
では、また次回に!
今回の曲は、
『うたわれるもの』のサウンドトラックより
『神結 -カミ・ユウ-』
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