蒼明記 ~廻り巡る運命の輪~   作:雷電p

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第114話


小さな革命者~レボルター~

 

[ 東京某所 ]

 

 

 ジリジリと焦がす真っ赤な太陽が俺の身体から体力を吸い上げていく。 真夏の日射というのは、1年を通しても最悪レベルで人類に嫌われる代物―――特に、暑がり体質を持っている俺からすると大敵中の大敵である。 例えるなら、東方のEXボス的なアレだ。 出来ることならば、避けて通りたいと思ってしまうほどである。

 

  だが、現実とは厳しいモノで、こんな猛暑の中に引っ張り出されてライブをさせねばならなん。 今が大事な時だってことは百も承知だ。 だからこうやって、これからのスケジュールとランキングを掲載させているスマホと1人で睨めっこだ。 しかも、炎天下の中でだ。 苦しいったらありゃしないのだが、少しでも気を許せば俺たちがラブライブに出場することなど不可能だ。 何が何でもやってのけなければならない、それが俺の使命でもあり、一種の覚悟のようなモノなのだ。

 

 

「やってみるさ――――」

 

 

 溜息を吐くように口をこぼすと、額に掛かる汗を拭い、前を向く。 そして、俺が構築させたこの計略に完遂へと至らせるための一手を打ち込もうとする――――はずだった――――

 

 

 

 

「はい、蒼一。 あ~ん♪」

「あーん………ごふっ!? あっふっ!!? はっ、はんひゃほりゃあ?!?!」

 

 

 く、口の中に何か丸いものを入れたと思いきや、舌が焼き焦げるような熱を放出しだした!! あまりの熱さに呂律も回らねぇし、身悶えしちまいそうだ!!

 どうしようもなくなってくると、その場に立ち上がってじたばたし出してしまう。 わかってくれ、こんくらい痛いんだ、マジで痛いんだ!! わかってほしいッッッ!!!

 

 

「蒼一!」

 

 

 俺のこの様子に真姫が近寄ってきた。 さすがに心配してくれているのだろうと思いつつ、彼女を見上げた。 すると、真姫は頬を紅潮しつつ、微笑んで――――

 

 

 

「たこ焼き、もう一つ食べる? それとも、中のモノを出したのなら、私が口移しで取り上げるわよ♪」

 

 

 

――――まともじゃねェェェェェ!!!??

 

 

 一瞬でも適切な処置をしてくれるものだと信じた俺がバカだったよ!! というか、真姫のヤツ、普通に考えて口の中にあんな熱いモノを突っ込ませようだなんて考えないぞ?! それに、公衆面前で口移しという超難度の技をやるつもりかよ?!

 

 そんな焦燥感MAXになっちまった俺に、何の躊躇もなく迫りくる真姫。 グイグイと身体を寄せ、ペロリと上唇を舐めて艶めかせた。

 まずい…あの仕草は、かなり欲情していることを示すヤツだ! ああなると、そう簡単に止まることを考えちゃくれない。 彼女の火照り出した身体を鎮めさせる術は、未だに1つしかないと言う現状。 しかも、その1つというのが、諦めて現実を受け入れろと言う無常なる宣告……残酷や……

 

 

「ひゃっ…はてっ! らいひょうふらから!! はんなふへひひはら!!(訳:ま、待てっ! 大丈夫だから!! やんなくていいから!!)」

「あら……そんなに私の唇が恋しかったの……? うふふ、アナタのその火傷した口を私が癒して、ア・ゲ・ル♡」

「ひひひりもあっへへぇぇぇ!!!(訳:一ミリもあってねぇぇぇ!!!)」

 

 

 火のような熱い息遣いで彼女は近付き、欲情の眼差しで俺を捉えた。 ダメだ、コイツ…人の話をまったく聞こうとしないや。 そればかりか、勝手な解釈まで持ち出してまで俺に襲い掛かろうとする。

 真夏のこの暑さに頭がやられてしまったのだろうか……? ホント、性欲に餓えるって怖い……肉食系女子怖い………

 

 

 

 

 

「てい!」

「ひゃっ?! い、痛いじゃない!」

「真姫ちゃんってば……少しは自重しなさいよ!」

 

 

 間一髪のところで、にこが真姫の後頭部に手刀を喰らわせたおかげで、からくも俺のアレの危機は去った。 それに安心を感じたのか、詰まっていた息を吐きだして身体をグッタリとさせる。 熱でやられそうだと言うのに、要らぬ事をしてくれたせいで身体のダルさが増してしまう、なんのメリットもないくたびれ損というわけだ。

 

 

「ほらほら、こんなに汗をかいちゃって。 タオルで拭かせてもらうわよ?」

「蒼一、これを食べたら身体が一気に冷えちゃうわ♪」

「あ、あぁ、サンキュな」

 

 

 真姫に代わり、エリチカとにこが俺の傍によると揃って奉仕をし始める。 白いタオルを手にしたエリチカは、汗ばんだ腕や額などを入念に拭いてくれるため、気分も爽快になっていく。 にこは屋台で買ってきたであろうかき氷の器を持ち、そこから掬って俺に食べさせてくれると、火照った身体が一気に冷やしてくれるのだ。

 こんな至れり尽くせりなことをしてもらえるだなんてありがたい話だ。 しかも、これからライブを控えているスクールアイドルにだ。 本来ならば、逆の立場なはずだというのにこうしてもらえるのは嬉しい限りだ。 そんでもって、疲れた身体も癒されるのだから一石二鳥ってなわけだ。

 

 

「悪いな、こんなにさせてもらってさ」

「いいのよ、いつも蒼一には助けてばかりなんだから、これくらいさせて頂戴」

「ふふん♪ にこは、蒼一のお嫁さんになるんだから、御奉仕するのは当たり前なのよ!」

 

 

 エリチカのやさしい言葉に安らぐ一方で、にこの意味ありげな言葉に顔を引き摺ってしまう。 まだ、どうこうするとか考えちゃいないのに、そう迫られると引いてしまいたく思うのだ。

 

 

 

「むぅ~~……私だって、蒼一のために奉仕してあげたいわよ!」

 

 

 2人の奉仕に頬を膨らませる真姫は、恨めしそうにこちらを見つめていた。 どちらかというと、駄々を捏ねる子供のような感じだ。 けれど、先の欲情染みた仕草に警戒していたため、今のところは彼女を受け止めることはせずにいた。

 

 

 

 

 

――――はずだった

 

 

 

「あら、真姫。 別に、今じゃなくても今晩があるじゃないの? その時に、たっぷりしてあげなさい♪」

「!! そう…ね。 確かに、その手もあったわね。 でも……本番前には、成分を摂取させてよ……?」

「おい、成分ってなんだよ? それに、今晩いいだなんて誰が許可したんだよ?!」

 

 

 この問いに対して、3人はクスクスと笑うばかり……何の解決にもなりゃしないな。 そして、まるで何事もなかったかのように、3人は俺の身体にべた付く。 ほのかに紅潮させた顔を連ね、彼女たちは見つめてくる。 ギラリとした妖しげな光を放つ瞳で俺を捉え出すと、甘い誘惑を囁かせる吐息を漏らし始める。 何かを期待しているような感じが嫌でも伝わってきそうだった。

 

 

 

「ねえ、蒼一。 ここでじっとしていないで、私たちとアソビましょ♪」

「そうそう、時間もまだあることなんだし、構わないわよね?」

「にこがちゃぁんとエスコートしてあげるからね♪ もちろん、どこまでも……ね♪」

 

「あはっ…あははは………」

 

 

 肩が抜けたようにガクンと下がり、共に気持ちすらも下がる一方だった。 もはや、どうすることもできない状況に、俺もまた苦笑いするほかなかったからなのだ。

 

 

 

 今、願うことがあるとすれば、俺のメンタルが持ちますように――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな時だった―――――

 

 

 

 

 

 

「あ、あのぉ!……お取り込み中すみません……!!」

 

 

 ふと顔を上げると、オドオドとした様子でこちらを伺っている少女―――肩まで伸びる髪を頭の横で団子にしてまとめる、燕尾のような学生服の少女が1人いた。 その少女に応えるため、しがみ付く3人を一旦掃いその前に立った。 表情から見るに、何か困っているようで、視線が落ち着かない様子だ。 何かを探しているのだろうか、と考えた俺は聞いてみることにした。

 

 

「ん、どうしたんだい?」

「はい……その…この辺にギターケースなんて置いていませんでしたか? ピンク色のケースで、それと白い羽が付いてるやつです!」

「白い…羽……?」

 

 

 少女から聞かされる探しモノの特徴に、少々疑問を抱いてしまう。 だが、少女の困っている表情の方が気になってしまうと、そちらの方が優先してしまう。 それに少女が何故それを持ち歩いていたのかについても思うところがあった。

 

 

 

「ない……ですよね……あはは、すみません。 ご迷惑をおかけしました!」

 

 

 わずかに微笑しつつ、一礼して慌ててどこかへ行こうとする少女。 その去り際、眉をひそませて悩み疲れている顔を見るのだった。

 

 

 

「ちょいと待ちな」

「ふえっ?」

 

 

 突然の制止に思わず素っ頓狂な声を上げる少女。 振り返ってそのまま過ぎ去ろうとしていた少女にとっては不意なことかもしれない。 けど、それも承知の上で引き留めさせた。 それに、ちゃんと理由だってあるわけなのだから。

 

 頭のエンジンに再回転の息吹をかけ、少女の様子や言動などを分析し出す。 そこから割り出された1つの予想を質問として投げかけてみることにした。

 

 

 

 

 

「キミは……今回のライブに参加するのかい?」

「ッ!! は、はい! そうなんですよ、そのためにはあのギターが必要なんですよ!!」

 

 

 少女は眼の色を変えるようにして、そのことについて声を荒げさせていた。

 

 なるほど、ほぼ正解ってとこか。

 予想していた内容と少し差異は生じたが、左程の問題ではない。

 

 それを踏まえて、俺はチラリと一瞬だけ3人の方に眼を向けた。 3人は揃ってジトっと俺のことを睨みつけている。 それに何だか黒くくすむ不穏な空気さえも抱かせていたため、ヘタに近付こうと言う考えに至ろうとは思えない。 今行けば、さっきのとの組み合わせで精神的に吸い取られることになりかねん。

 

 それで、俺が導き出した答えというのは――――

 

 

 

「それじゃあ、俺も探すのを手伝おうか?」

「えっ?! いいんですか!?」

「ああ、構わないさ。 ちょうど暇していたところだし、キミがどんな音楽を聴かせてくれるのか気になってね」

「あ、ありがとうございます! ありがとうございます!! そうしてもらえると、本当に助かります!!」

 

 

 少女は何度もお辞儀してお礼を言ってくる。 俺自身、そんな大層なことをしようとしているわけではないと思っているし、第一まだ見つかっていないのだからそう言われるとなんだかやり難さも感じてしまう。 それでも、一度やると決めたからには、ちゃんとやらねばならない。 この子のためでもあるんだしさ、こんなことで出場できませんとされたら一生悔いを残しちまうだろうよ。 気合を込めておかないとな。

 

 

 首筋を掻きながら散漫していた気合を集中させ始め、捜索の身支度をし出す。 いっちょやってみるか、と自分に言い聞かせるとその子と共に探しに行こうとする。

 

 

 

「ちょっ、ちょっと蒼一!! まさか、本当に行く気なの?!」

 

 

 驚き荒げた声で言ってくるにこの方を見ると、他2人も驚きを隠せない様子をしていた。 俺は腰に手を当てて、当然のような声色で3人に語りかける。

 

 

「困っている人がいるんだから、助けないでどうするのさ?」

 

 

 助けを求めているのだから助けると言うのは当然のこと。 俺が前からやっていることでもあり、いまでもそれを行っている。 見返りが欲しいわけじゃない。 その人が喜んでくれればそれでいい、そう考えてもいいじゃないか……。

 

 

 

 

「……ふっ、しょうがないわね。 私も付き合ってあげるわよ」

「真姫ちゃん?!」

「蒼一がそういう人だっていうのはわかっているからね、止めてもやりそうね。 私もやるわ」

「絵里まで?!」

「おまえら……!」

 

 

 めんどくさそうに言うのだが、それでもやってくれると真姫とエリチカは進み出てくれた。 それを見て、にこはムスッと顔をしかめてしまうのだが、はぁ…と大きな溜め息をついた。

 

 

 

「しょーがないわね……少しだけよ……?」

 

 

 面倒だと思いつつも、にこも折れて俺の我儘に付き合ってくれると溜め息交じりにそう応えてくれた。 少しツンツンしているところはあるが、根はとてもいい子なのだ。 故に、誤解を招きやすい態度をとってしまうのが、少し気掛かりだったりする。 もっと、素直になってくれればと願うばかりだ。

 

 

 

「そういうわけで、微力かもしれないがキミの探し物を手伝わせてもらうけどいいかな?」

「うわあぁぁ!! ありがとうございます!!」

 

 

 少女はさっきよりも明るい表情となると、また大きな声をあげる。 それに、眼をキラキラと輝かせた羨望の眼差しのように俺のことを見つめていたのだった。

 

 

「それじゃあ、手分けして探すとしようか。 その前に、ちゃんと名乗っておかないとな―――」

 

  

 少女と向かい合うように立つと、おもむろに右手を差し出して自己紹介を行う。 少女もまた、それに応えるように手を差し出して握ってくれた。

 

 

「俺は、宗方蒼一。 音ノ木坂学院のμ’s、今はBiBiの指導者としてこのライブに参加している」

「私は、藤原あかねです! 奏ヶ丘女学院の声楽部所属のライブユニットdubstar(ダブスター)のリーダーをやっています!」

 

 

 えへっ♪ と溢れ出て来る笑顔を振りまきながら彼女はそう自己紹介するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

――

――― 

―――― 

 

 

 

 手分けして探し始め出して数十分、あかねちゃんが行ったであろう場所を隈なく探しまわったのだが、一向に見つかる気配が無かった。 エリチカたちにも連絡して見るモノのそれらしきモノは出てきてないそうだ。 この人だかりもそうだが、それに伴って出店している屋台が俺たちの行動範囲を狭まらせていた。

 参ったなぁ…と困り始め出し始めた頃、あかねちゃんと合流した。 手ぶらの状態で現れた様子を見る限りでは、成果なしと言ったところだろうな。 息が上がり、汗が滴るだけの時を過ごしてしまいがちになりそうだ。

 

 

 

「あはは……すみません、こんな面倒なことにつき合わせちゃって……」

 

 

 俺の顔を見るなり、気を紛らわすかのような苦笑いをして見せるのだが、申し訳なさそうに語る言葉がどこか喉に詰まるような感じで辛く聞こえてくる。 終いには、わずかに残っていた笑顔も消えて暗い表情をし始めてしまう。

 

 

 

 

「そんなことないさ――――」

 

 

 けれども、そんな暗さなんてのも打ち消すように言葉を綴った。

 

 

「これは俺がやると決めたからやっているだけだ。 誰からの指図によるものでもない。 だから、俺たちのためにと思って申し訳ないだなんて思わないでくれ。 悲しむのなら無くしてしまった自分のギターについて思うのだな」

「―――!! はい……ありがとうございます……!」

 

 

 詰まっていたモノが溶け落ちたのだろうか、あかねちゃんは少しだけ口角を引き上げると、やんわりと表情を明るくし始め出した。 少し気が楽になってくれればそれでいい、と今のところはそう考えても構わんだろう。

 

 

 

「宗方さん。 実は……ですね……」

 

 

 すると、あかねちゃんは手を胸元まで寄せて、もじもじとあやしだすと囁くように話しだした。 その声を聞こうと身を乗り出し、耳を澄ませて聞き始めた。

 一呼吸、間を置いて小さな唇から言葉を滑らせた。

 

 

 

「……じ、実は……あのギターは私のではないんです……」

「えっ……?」

 

 

 不意に、そう言われたことに思わず抜けた声が飛び出してしまった。 どういうことなのか、眼を光らせるような真剣な表情で彼女の言葉に耳を傾けた。

 

 

「無くなったギターというのは、私の相方のモノなんです。 それを私が一時的に預かることになったのですが、周りのことに気を囚われすぎちゃって、気が付いたら手放しちゃっていたんです……それで、いろいろと探して見たのですが、まったく見つからなくって……」

 

 

 ぎこちないような苦しい表情をしながら語る言葉がとても重く感じ取れる。 責任感というヤツだろう、他人の、しかも相方のモノを無くしたとなるという重圧は耐えがたいものだろう。 同情するほかまともにかけてあげるモノが無かった。

 

 

「そうか……ちなみに、相方には伝えたか……?」

「い、いいえ……まだです。 と言うより、伝えられませんよ、こんなことを……! 大事なモノなんです……それを私が無くしたってことを伝えたらどうなるか……!」

 

 

 グッと奥歯を噛み締めるように話す彼女の表情はとても苦しそうだ。 わずかに震えている身体がそれを物語っているかのようだ。 今にも打ちひしがれてしまうのではないかと思うほどだった。

 

 

 そんな彼女を慰めるかのように、震える手をとっては包み込み、やさしい言葉を持って囁きかけた。

 

 

 

「そう深く考えようとするな、キミが思っていることすべてが現実になるとは限らない。 今は、見つかることだけを信じて祈るんだ。 まだ、望みを捨てちゃいけない」

 

 

 無くしてしまった事実があるにしても、絶対に見つからないだろうとする未来など確定されちゃいない。 その可能性にすがり付き希望を抱くことの重要性を今の彼女には必要なことだ。 それ故に、俺は諭すような気持ちで囁きかけたのである。

 すると、この言葉が効いたのか、迷いに囚われていた瞳が徐々に真剣な眼差しへと変化が生じていく。 気合を入れ直すかのように大きく息を吸い吐くと、震えていた身体が治まりを見せる。

 

 

「ありがとうございます、もう大丈夫です……!」

 

 

 比較的安定するように、抱いていたであろう不安を感じさせないようにわずかばかりか微笑んで見えた。 やはりその方がこの子に相応しい、微笑んでいる様子を見てそう感じだす俺。 μ’sのみんなもそうだが、女の子には笑顔が付きモノだ。 魅力的だし、何よりかわいく見えることに意味がある。

 あかねちゃんもその内に1人と考えている。 普段から笑顔を振り撒いているからなのだろう、澄ました様子になると自然と口角が上がって微笑んでいるように見える。 故に、逆の悩ましく思う表情がぎこちなく見えてしまう。 そう言う子ならば尚更のことだ。 この子のために尽力しなくてはいけないな、と心の内で呟くのだった。

 

 

 

 

 

「そういちぃー!」

 

 

 人ごみの中から耳にスッと入ってくる透明な声が聞こえてくる。 声がした方に顔を向けると、エリチカたちがこちらに向かって来ている様子が捉えられた。

 しかし、よく見てみると、エリチカが何かを抱えながら近付いて来ているのに眼を見開いた。 それに逸早く気が付いたのは、言うまでもなくあかねちゃんだった。 彼女はすぐに駆け始め出すと、そのままエリチカが持つそれに吸い込まれていった。 遅ればせながら、俺もその後を追って行くと、彼女はそれをエリチカから貰い受けて強く抱きしめていたのだった。

 

 ピンク色で白い羽が付いているギターケース―――あかねちゃんが探し求めていた相方の大切なギターであることを確認した彼女は、大喜びではしゃぎ出していた。 同時に、安堵したことによる嬉しさのあまり眼を潤わせている様にも見えたのだった。

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 

 探し物が戻ってきたことにあかねちゃんは満面の笑みになりながら、そのギターケースをしっかりと抱きしめていた。 もう絶対に放さない! だなんて言っているのだが、それはキミのじゃないだろとツッコミを入れてしまいたくなる。

 けど、それほどまでに嬉しいのだろうと言うことは言わなくたって分かる。 心配した分の裏返しのようなものだと捉えればいい話なのだ。

 

 

 

 

「みなさん、ほんっとうにありがとうございました!!!」

 

 

 お腹に力の入った声量でお礼を言うと、それを抱えたまま深々と頭を下げた。 律儀にそこまでしなくてもいいのだが、と思いつつもそれが彼女の誠意だと感じるとそれを否定できるはずもなかった。 故に――――

 

 

「見つかってよかったじゃないか―――」

 

 

―――と言ってあげるのだ。

 

 お互いに喜び合うかたちで彼女を励ます。 最初は協力的ではなかった3人もあかねちゃんが喜ぶ様子を見て、安堵の様子を見せるのだった。 特に、最後まで反対していたにこなんて、一番嬉しそうにしていたので少し笑ってしまう。 素直じゃないなぁとその様子に頬を緩ませていた。

 

 

「そういえば、みなさんも今回のライブに参加されるのですよね? お互いに頑張っていきましょうね!」

「ああ、あかねちゃんもな」

 

 

 弾けるような笑顔と励ましの言葉を貰うと、俺も返すかたちで彼女を激励した。

 

 ふと、彼女から感じられたモノがエリチカたちのとは少々異なることのように抱いた。 それが何なのかを知るために、俺は疑問を投げかける。

 

 

「なあ、あかねちゃんたちは確か…ライブユニットって言ってたよね? それは、スクールアイドルとは違う存在なのか?」

「えっ、スクールアイドル……? いえいえ、私はそういうのじゃないんですよ」

 

 

 あかねちゃんは首を大きく振って、違うと言うことを示した。 そして、改まるように咳払いすると、彼女たちのことについて話し始めた。

 

 

 

「私が通っている奏ヶ丘女学院と言うのは、ちょっと変な学校なんですよ。 音楽(ライブ)に特化した学校で、そこで2人1組のユニットチームを結成して3年間ずっと一緒にライブを行わなければいけない。 しかも、そのライブで得たファンの数が学校成績に繋がるっていう仕組みなんです。 だから、スクールアイドルとはちょっと違ったりするんですよね」

「なるほど、つまりはプロのアーティストを目指す養成学校ってわけで、部活動感覚のスクールアイドルとは異なり、妥協が許されないプロ並みの真剣さを必要とされるわけか」

「ん~……多分、そうかもしれませんね。 私自身入学したばかりであまり詳しくはないんですよ」

 

 

 あはは…と苦笑いを浮かばせるあかねちゃんだが、その説明でその学校がどういうところかというのを理解した。 それに、奏ヶ丘の名前はいつだったか耳にしたことがあったな。 何やら、バカテスのような格付けがされる弱肉強食の世界なんだとか……そんな環境下におかれてプロになる人も結構いるんだとか。

 

 

「ふん。 なんだか、スクールアイドルがお遊びのような扱いに聞こえるのは気に食わないけど、この子が言っていることは正しいわ。 一度ライブを見させてもらったことがあるけど、そこの学校の人って、真剣な眼差しで音楽と向き合っているって感じがしたわ。 まるで、一生を賭けているかのような、そんな感じよ」

「へぇ~、にこも知っていたのか」

「当たり前よ! 私を誰だと思っているの!?……まあ、いいわ。 つまり、私が言いたいのは、なかなか手強い相手ってことよ」

「ふえっ……?!」

「ほぉ……」

 

 

 めずらしくにこが誰かのことを称賛するかのようなことを言うだなんて、思わず声が出てしまう。 あかねちゃんもそれに眼を見開いて、驚きの声を漏らしていた。

 

 

「ま、まだアンタのことを言ってるんじゃないのよ……! そこの学校のことを言っているんだから、勘違いしないでよね?」

「ええぇ?! 違うの!? てっきり、私のことかと思ったのに……」

「バカ言わないで頂戴。 アナタの実力を見てないのに、評価なんて出来るわけないじゃないの!」

 

 

 少々、熱の入った怒り方をするにこだが、もう少しやさしくしてやれよと思ってしまう。 そんなに威圧的に言うと、相手は委縮してしまうじゃないか。

 あかねちゃんの方を見ると、ほら、言わんこっちゃない。 見るに眉を引き下げて、なんとか笑っていようとしている―――苦笑いだ。 その笑いのみが彼女の唯一の余裕のようにも見えるのだった。

 

 

 

「あ、あはは……確かに、小さなお嬢ちゃんの言う通りですね……」

「誰が小さなお嬢ちゃんよ……? 私はにこって名前がちゃんとあるし、これでも3年生なんだからね……!」

「えぇっ?! ご、ごめんなさいぃぃぃ!!」

 

 

 くふっ……! にこがまた身長のせいで年下のように見られていることに、口元を押さえてしまう。 さっきの威圧の返しなんだとしたら最高の返しだと言えるかもしれない。

 

 

「―――でも、にこさんの言う通りかもしれません。 私自身、入学してからこのかた、あまりいい成績を収めてませんから何とも言えないのは事実です。 ライブだって、こんな大勢の人の前でやるのも初めてですし、今だって緊張の嵐でパニクってたりもします」

 

 

 抱えるケースをギュッと抱きしめるほどの不安が立ち込めている。 そのままプレッシャーに押しつぶされてしまうそうにも見えて、いささか心配になった。

 

 

 

「でも―――――」

 

 

 顔に影が映り込むと、一瞬だけ表情が見えなくなった。 それに、不安そうな感じも消えたような――――

 

 

 

 

 

「――――もし、私の音楽(ライブ)を聴いてくれたら、考えてくれますか―――?」

 

『ッ――――!!?』

 

 

「―――まあ、冗談なんですけどね」

 

 

 なんだ、今のは……?!

 一瞬、身体中を走り抜けたような鋭い感覚は……!? まるで、稲妻みたいな刺激を受けたようにも感じられた。 それを今、あかねちゃんが放ったのだろうか? 今の彼女を見ても、そんな様子が一切見られないのだが、あの一瞬で見せたプレッシャーは只者のようには思えなかった。

 それに、あの真剣な眼差し―――光を追いかけていくような真っ直ぐに伸びる瞳。 何の迷いも見せない光が、彼女の情熱となって燃え盛っているかのようだ。 そして、伸びていくその光が、何かに挑戦していこうとする挑戦者(チャレンジャー)のようにも見えるのだった。

 

 

 彼女の中に秘められている力とは一体どういうものなのか、少し興味を抱き始めた。

 

 

「ふふっ、いいじゃないの……そういうの嫌いじゃないわ。 いいわよ、アンタの実力を見させてもらうからね!」

「!! ありがとうございます……! それじゃあ、お互いに頑張りましょうね!」

 

 

 

 にことあかねちゃんは、お互いにジッと見つめ合うと、手を出してギュッと握手を交わしたのだった。 互いにとてもいい表情をして見せていた。

 その様子に、今日はいいライブが出来そうだと確信を抱くのだった。

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

[ 会場控室前 ]

 

 

 会場からの爆音が壁を伝って廊下に響く。

 ボーカル、ギター、ベース、ドラムス、シンセ―――その他諸々の音色が1つのハーモニーを生み出して、忙しく駆け回る。 風のような囁きもあれば、雷のような刺激も味あわせてくれる。 そんな音楽の中に身を投じ、流れに身を委ねさせようとする――――が、身体がそれを拒絶する。

 

 

「くぅっ………」

 

 

 未だに、一体化することが出来ない悔しさを味わっていくほかないのだろうか……? 苦虫を噛むような気持ちで扉の前に立っていた。

 

 

 

 

「着替え終わったわよ」

 

 

 真姫の声が部屋の中から聞こえてくると、ノブを捻って中に入る。

 

 入ってすぐに目に飛び込んだのは、クールに決まった黒装束を纏った3人が立っていたのだ。

 

 

「おぉ……! やはり、よく似合っているな!」

 

 

 思わず感嘆の言葉が飛び出てしまう程の完成度。 ことりから衣装の説明を受けて見た時の印象よりも、数段をも跳ね上がるような高揚感に浸りだしていた。

 

 

「当然よ! この罪な美貌を手に入れてしまったにこに似合わない衣装なんてないわ!」

 

 

 自信満々に腰に手を添えてポーズを取り出すにこ。 チャイナドレスのようなハイネック式のワンピースとなっていて、ノースリーブと短めのスカートというギリギリの露出により、にこから大人の魅惑を引き立たせていた。

 

 

「どうかしら、蒼一? 結構、いい感じに着れていると思うのだけど?」

 

 

 横に流れる髪を掻き上げ、美しくメイクアップされた美顔で見つめてくる真姫。 一方の肩が露出されるワンショルダードレスのようなワンピース。 むき出しとなった肩には金色のチェーンが巻かれ、首に黒のチョーカーを巻き付けていた。 また、両腕には肌の色が薄っすらと見える黒のロンググローブを付けて美意識を高めさせていた。

 

 

 

「似合うの? 私にはなんだかよく分からないわ……」

 

 

 戸惑うように腕組みし、無意識にも胸の大きさを強調させているエリチカ。 ライダースーツのような肩から足先までを覆った真っ黒のボディスーツ。 腰回りには金色のチェーンを巻き付け、頭にはテンガロンハットを被っているため、束ねていた髪を下ろしていた。 こうして見ると、少女特有の幼い見た目が無くなり、一気に大人びた美しさを見せつけていた。

 

 そんな“美々”に包まれた3人が並んで立つことで、今まで見たことのない新たな3人を見ることができたのだった。

 

 

「うん、やはり想像以上の完成度だ。 みんなとっても綺麗に見えるぞ」

「そうなの……? 蒼一にそう言われたら、ちょっと自信が付いたかも」

「やっぱりいい感じよね。 アナタにはこれくらいの刺激的なモノを与えてもいいかもね♪」

「ふふん♪ この恰好で蒼一に飛びかかったらどうなるかな? にこの魅力でココロを捕まえてア・ゲ・ル♡」

 

 

 3人の姿を褒めると、それぞれ頬を紅くさせて嬉しそうに顔を緩ませていた。 ただ、だんだん俺に刺さってくる視線が強くなりつつあることに身震いさせてしまう。 まったく嫌な感じでしかしない……

 

 

 

「そう言えば、さっきのあの子はなんだかすごかったわね」

 

 

 思い出すかのようにポンと手を叩いて、ついさっきのことを思い起こすエリチカ。 余程、印象深かったのか、驚いた表情をしつつ話しだした。

 

 

「あの子……何か強い力を持っているような気がする……それが何なのかは分からないけど……」

 

 

 真姫もあの子から何かを感じとったのだろう。 真剣な表情で思い返していた。

 

 

「あのプレッシャー……もしかしたら……」

 

 

 にこは1人だけ難しい顔をして、ブツブツと独り言のように話している様子だ。

 3人がこうして同じことで悩み出しているのを見るのは久しぶりかもしれない。 あかねちゃんとの出合いが、彼女たちに何かしらの変化を与えさせていたようだ。

 

 

 そんな中―――会場内の様子をモニターで見ていると、その例のあの子がステージに上がっていた。

 

 

「あの子……!」

 

 

 にこが声を漏らすと同時に全員がモニターに釘付けになる。 無論、あかねちゃんの動向に眼を向けていた。

 

 

『あ、あ……テステス……。 どーも、みなさァァァァん!!! 初めまして、dubstarです!!!』

 

 

 マイクに向かって割れるような大声で叫ぶ彼女―――制服のブレーザーを脱いで、半袖シャツにネクタイを締め、赤いスカートだけを着た藤原あかねが数百人もの観客に向かって声を高らかに上げた。

 そのパワフルボイスに惹かれ、観客は彼女たちを呑みこんでしまうくらいの大声援で応える。 初の大舞台だと言っていた彼女は、一瞬身を引いてしまいそうになった。 だが、彼女はとても嬉しそうに笑ってみせた。

 

 

『私たちはこんなに大きなステージに立って歌うのは、初めてなんです! そのせいなんですかねぇ、足がガクガクしちゃって止まらないんです! もう、助けてほしいくらいです!!』

 

 

 その声に観客から笑いが起こる。 それをきっかけに、この場の雰囲気が段々と変わっているのを感じ始めていた。 まさか……俺の中で薄っすらと何かを感じ始め出していたのだ。 それもかなり大きいモノとして……

 

 

『でも、私はここで挫けたりなんてしません。 私には目指したい夢のため、あの日交わした約束を叶えるために私は歌います! 大声で…! 全力で……!! この歌を歌います!!!』

 

 

 大きく息を吸うと、爆発するかのような勢いで声を上げた!

 

 

『聴いて下さい―――U’re my precious!!』

 

 

 

 彼女の合図で鳴り響きだす合奏―――シンバルの振動、切り込むギターメロディ、リズムを付けるドラム。 それらが合わさって、力強いメロディーを打ち鳴らし始めた。 そこにスッと息を吸う音が入ると、彼女の口から音楽が奏で出る。

 

 

『――――――――!!!』

 

 

 会場中に轟く絶叫―――あの身体からは想像もできないくらいの声量に空気が震撼する。 それだけじゃない、直球すぎるくらいの詩が身体に突き刺さってくる! 身体が歓喜しているのだ! 彼女と例の相方の歌が俺の心を騒ぎ立たせたのだ。

 

 

 彼女たちの歌に終始息を呑みっぱなしだ――――そして、あんなに伸び伸びとパフォーマンスをして見せる彼女たちを羨ましく感じていた。 あれこそまさしく、音楽に身を投じさせた姿なのだと言うことが出来るのだ。

 

 

 

 音楽が鳴りやんでも動悸が止まらない――――

 

 彼女たちが披露した2曲は、会場中の観客たちを魅了させてしまった。 そして、俺たちもまた、聴き惚れてしまっていたのだった。

 

 

「す、すごい……!」

「聴いているだけでこんなに熱くなるだなんて……なんて曲よ……!」

「くっ……! み、認めるわ……。 アンタ……いいアーティストだわ……」

 

 

 ずっと見続けていた3人も彼女たちの歌に圧巻されていた。 あかねちゃんに噛みついていたにこでさえも、この様子だ。 彼女たちが魅せたモノは誰もが認めてしまうモノだったということだ。

 

 

 

 

 けど―――――

 

 

「いい音楽を聴かせてもらったんだから、ちゃんとお礼しないといけないわね」

「そうね。 こんなところで怖じ気ついてなんていられないわ」

「アイツらにはアイツらのやり方があるけど、にこたちにもにこたちらしいやり方でいくしかないのよ」

 

 

 あかねちゃんの歌は確かに俺たちの心に届いた――――が、その反動によって、にこたちのライブコンディションが大きく跳ね上がったのだ。 一瞬にして、彼女たちは気持ちを切り替え、真剣な表情で挑もうとするのだった。

 

 

「絵里、真姫。 私たちなりのやり方で、みんなを魅了してあげようじゃない!」

「ええ!」

「任せなさい!」

 

 

 にこの相槌に強く応える2人。 準備はすでに出来上がっていた。 最高の状態を維持させたままステージに上げさせることが出来たと考えると、あかねちゃんには感謝しないといけないかもな。

 

 

「それじゃあ、蒼一――――」

 

 

『――――いってくるわね!!!』

 

 

 一斉に控室を飛び出て走っていく3人。 負けられないとする闘争心が働いたのだろう、そのままステージに立った3人は堂々とした立ち振る舞いで会場を盛り上げさせていた。

 

 

「さあ、エリチカ…真姫…にこ……。 お前たちの最高のパフォーマンスを見せてやれ……!」

 

 

 彼女たちが全力で歌うその姿を、モニター越しで熱い眼差しを持って見守るのだった。

 

 

 

 

(次回へ続く)




どうも、うp主です。


最近、ポケモンにハマりすぎて妄想が捗らないという問題が生じていたり、いなかったりと振れ幅が激しい作者です。仕事の方もそろそろ忙しくなってくるので、執筆に割く時間が減っているのは確かだったり……。

そんなこんなで、もう12月です。もう年末なんて信じられないなぁ、あともう少し時間が欲しいと思う今日この頃です。今月はイベント盛りだくさんなので、時間なんてないでしょうね。あと、何話投稿できるかがミソだったり?

そして、初めましての人が多いかもしれません、今回のクロス作品キャラ。『藤原あかね』は、とある企画で立ち上がった『ライブレボルト』という作品の主人公です。ドジっ子でおっちょこちょい、けど、まっすぐな気持ちを持って突き進んで行こうとする。穂乃果と似ているところがありますね。
出した理由は、個人的にこのコンテンツが好きになったからという理由だけです。曲のサンプルを聞いた瞬間に惚れてしまった…みたいな感じでのめり込んでいる次第です。時間が経てば、大きなコンテンツに成長するだろうと信じて、明日のライブに向けて準備します。


では、次回…………がもしかしたらすごいことになるやもしれません……。


dubstar/『U’re my precious』

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