[ アキバ ]
合宿も無事に終えることができ、俺は次なるは地方ライブに向けての準備に取り掛かっていた。 地方ライブと言っても関東圏を抜け出すと言うわけではなく、割と近い隣の県だったりする千葉、神奈川、そして東京の3都県だ。 交通の便もよく、移動時間も少ないことから彼女たちの負担も少なくて済むと算段した上での考えだ。
あとは、どのグループを向かわせるかが議題となるのだが……ここが問題なのだ。
基本的に、どのグループがどこのライブに行ってしまおうが構わないことなのだ。 ただ、付き添いは誰がいいのかを考えなければならない。 ライブの期間が少し開いていたのなら、すべてに俺が入ることが出来るのだが、どれも同日開催というのだ。
いくらなんでも、俺にはどこぞのZ戦士みたく瞬間移動が出来るわけでも、どこでもドアがあるわけでもない。 結局はそう言うことなのだ。 俺を含めて、明弘と洋子の3人がどこに入るべきなのか、それが問題だ。
もし、知り合いとかがいたら何とかなるのでは、と考えてみたりしたがそんな都合のいい人など見つかるわけでもない。
「地方組の同行者は俺か明弘のどちらかがいいんじゃないかな……? とすると、グループもそれに合わせて……」
ブツブツと独り言を並び立てて、真夏の炎天下の中で、あのソーダ味の棒アイスをガリガリと頬張る。 熱される頭をこうして冷やすことで、何とか思考を保たせているがさすがにキツくなってくる。 どこかで避暑しなければと考えるほどだった。
「あっ……もう終わっちまったか……しかも、ハズレかよ………まったく、今日は運がないようだな……」
アイスの残り一かけらを口に入れ込み、残った木の棒を見て少々落胆する。 早々当たるものではないと言うことは知ってはいるものの、実際ハズレてしまうと何故か気落ちしてしまう。 期待してなかったけど、本当は心の奥底では少し期待していましたと言う都合のいいアレだ。
はぁ…どうやら俺もそう言う類の人間だったってわけなのだ。
そんな気分がかなり落ち込ませ、額から流れる汗を拭いつつ脚を進めていくのだった。
その時だった――――――
ドンッ――――!
「うおっ?!」
「きゃっ?!!」
正面から何かがぶつかってきたような感じを抱いたのだ。 衝撃は小さかったため、倒れることはなかったが、ぼやけ出していた思考が一気に目覚めることとなる。
何にぶつかったのか下の方に顔を向けると、少女が路上で尻もちついていたのだ。 ただその姿は少し奇妙で、黒のキャップを深く被り、顔に白のマスクと大きめのサングラスをかけていたのだ。 服装は清涼感があふれるカジュアルな装いなのに、顔の辺りだけが異常に熱苦しく見える。 変だなぁと思いながらも尻もちをついてしまったその子に手を差し伸べた。
「大丈夫か?」
「あ、平気よ。 ありがとね……あっ…!」
マスク越しながらもかなり通った声で返すと、小さな手で俺の手に触れた。 すると、それに触れた瞬間、何かが俺の身体を駆け巡るような衝撃が走った! ざわざわっと心を騒がせるようなこの感覚、俺の感性がこの少女をヤバイヤツだと反応している…? 身体を痺れさせながらも少女を起き上がらせるのだった。
「いたっ! あそこだ―――!!」
ふと顔を上げると、数人の男たちが大きな声を叫んでこちらに指を指し、走ってきた。 一体何なんだ!? まさか、ヤツらか…!? と思わず身構えそうになるが、少女が手を強く掴んでこっちを向いて言った。
「逃げるわよ――――!」
そう言うと、少女は俺の手を引きながら走り出した。 何が何だか分からない俺は、なるがままに身体を預けつつ走り出していた。
人ごみの中を駆け走っても追っ手は付いてきている。 かなりしつこい連中のようだ。 今の俺らとそう変わらない速さで進んでいるため、どちらかが諦めない限り一向に埒が明かない状況ではどうしようもないように思える。
だが、切り抜けられないわけではない。 都会のジャングルと呼ばれる、この街を最大限に利用すれば何とかなるだろうと算段してみせる。 そして、可能だと判断すると、少女に近付き聞こえるように囁く。
「ここを切り抜けたいか?!」
「ええ! 出来ることならそうしたいものだわ!!」
「なら、少々手荒なまねをすることになるが……御免!」
「えっ…? きゃっ!!?」
俺は少女の手を離すと、そのまま膝と肩の辺りに腕を回して、その身体を持ち上げる。 ヒョイっと軽々と持ち上げることが出来たため、スムーズにこの流れを起こすことが出来た。 そして、脚のギアを数段上げると一気に加速し出して追っ手との距離を拡大させた。 極めつけは、ヤツらの姿が見えないのをいいことに、近くのゲームセンターに逃げ込みそこでいなくなるのを確認するのだった。
「なんとか撒かせたかな……?」
「そ、そのようね……」
「……っと、すまない。 こんな恰好をさせてしまって……すぐに下ろすからな」
「別に問題ないわ。 それに、公衆面前でお姫様抱っこなんて初めてだったわ。 うふふ、案外悪くないものね♪」
少女はクスクスと笑いながら俺が行ったことについて不快な様子を示さなかった。 普通ならば苦言の一言を貰うだろうに、この子は平然としたままだ。 それに、持ち上げた時に感じたあの変な感覚は一体……
この子と接していく内に、内心モヤモヤとさせられるようになるのだが……何かが変だ。
そう違和感を抱き始めだしていると、少女はこちらを向き始め出した。
「そう言えば、自己紹介がまだだったわね……」
そう言うと、少女は顔を取り巻いていたあらゆるモノを取り外し、ありのままの姿を俺の前に晒したのだ。
ザワッ――!!
一瞬だけ身体が震えだした。 その姿を見ただけで、測り知れない威圧感を漂わせていたのだから。 少女…いや、彼女は手を腰に当てながら堂々と俺に話しかけたのだ。
「私の名前は、綺羅ツバサよ。 よろしくね、宗方蒼一さん♪」
―
――
―――
――――
[ ゲームセンター ]
「……んでだ、どうしてキミが俺のことを知っているんだ?」
「それはねぇ……あっ!! 獲れそう獲れそう……!!……って、あぁ?!! うぅ……あともう少しだと思ったのにぃ~………」
「……キミは人の話をまともに聞こうとする気はないのか……?」
「あるよ。 あるけどぉ……ちょぉっといいところだから静かに……だはぁ!! どうしてダメなのよぉ~!!」
ひょいなことから俺と同行することになったこの少女、綺羅ツバサは、俺の質問に応えることなくクレーンゲームに御執心だ。 少しはこっちに気を向けてくれてもいいんじゃないのか? と思ってみたりするのだが、今の彼女にはそんな余裕はなさそうだ。
「ずっとそこに入り浸っているようだけど、それが欲しいのか?」
「当たり前よ!! このぬいぐるみは最新作なのよ! でかいのよ! モフモフしているのよ!! 私もアレが欲しいのよぉ~!!!」
「そんな駄々っ子のように張り叫ばないでくれよ。 ただでさえ通る声をしているんだから店内中に響き渡るじゃないか。また追っ手とかが来たらどうするんだよ?」
「その時は逃げるわよ……もちろん、獲ってからね♪」
「そっちの回収は必要事項なのね……」
自分の身よりもそれの方を優先させるだなんて、なんという執着性……貪欲とも言うべきなのだろうか…? てか、地面を揺らしかねないほどのプレッシャーを出しておきながら何も獲れてないって、ある意味すごいぞ? 俺でもそうしないというのに……もしかして、初心者?
「はぁ…しょうがねぇな。 ほら、ちょっと貸してみな?」
「え?」
「どの子が欲しいんだ? 手前か? 奥か?」
「て、手前の子よ……というより、アナタはできるの?」
「当然さ。 こういうのは得意中の得意だ」
それに、今回置かれているこの景品になると、獲得確率はぐんと上がるんだぜ。 てなわけで、コインを投入させて、こうしてひっかけるようにすれば……っと。
「う、うそ……?!」
「嘘じゃねぇよ。 ほら、やるよ」
「え、えっ? いいの?」
「今回のは、キミのために獲ったヤツだからいいんだよ。 それにプレッシャーをかけるほど欲しかったんだろう?」
「ええ、もちろんよ! それじゃあ、ありがたく貰っておくわね♪」
俺の手からそれを渡すと、彼女はキラキラと輝いた表情を浮かばせてそれを抱きしめていた。 よっぽど欲しかったんだろうな。 まあ、あれだけ投入し続けたのだから当然か。
「それじゃあ、本題に戻ろうか。 綺羅ツバサ」
「そうね。 私もアナタに聞きたいこともあったからね、ちょうどいいわ」
唇をスッと引き伸ばして、ふふっと含み笑いをこぼすと、鋭い視線が俺のことを捉え出していた。
―
――
―――
――――
[ 某所喫茶店 ]
彼女に案内されて来たこの喫茶店。 わずかに匂う木の香りを漂わせた趣のある木造造り。 そこにこの場にあわせたジャズのBGMが流れるため、かなり落ち着きのある雰囲気を味わえる。 時間があれば、また1人で来たいと思ってしまう場所だ。
そんな場所で、俺は彼女と向かい合って座っている。 絵的には、かなり映えるように見えるかもだが、これは絶対に穂乃果たちには見せられない光景である。 ただでさえ、嫉妬深くなってきているのだ。 そろそろ手が付けられなくなってもおかしくないのだから困ったものだ。
内心穏やかではない中で、彼女は注文した紅茶を上品な手つきで口に運んで啜っていた。 彼女のカップの取り方からそれを啜るまでの所作が非情に滑らかで、優雅な様子を見せつけられる。 真姫とは違う上品さを感じさせられるのだった。
「さて、何から話しましょうか……」
彼女はカップを皿に添えると、そのままテーブルの上に静かに置いて話しだした。 とても余裕があるように見せながらも、鷹のような鋭い視線は未だに健在のようだ。 そうした意味でとても話しにくいところもあるが、これくらいはどうということはない。
気持ちを切り替えて、彼女の言葉に応答した。
「そうだな……とりあえず、キミが何者なのかちゃんと教えてくれないか?」
「あら? まさかアナタ……私のことを知らないのかしら?」
「そのまさかだよ。 俺はキミのことをまったくと言っていいほど知らないんだ」
俺が彼女のことを知らないと答えると、彼女は目を大きく見開いて驚きを隠せないでいる様子だった。 まるで、常識を疑うような視線を向けられるような感じで、少しむず痒い。 そんなに驚かれるようなことなのだろうか?
「し、仕方ないわね……それじゃあ、正式な自己紹介としましょうか。 私は、UTX学院所属の3年生、スクールアイドルA-RISEのリーダーをやっている綺羅ツバサよ。 ちゃんと、覚えてよね♪」
気持ちを切り替え、一瞬にして落ち着いた様子で語りだすツバサは、またしても余裕を感じさせるように最後にウィンクをしてくる。 そのアピールに一瞬、心を揺さぶられそうになるが何とか抑える。 手慣れたと言うより、自然体で行って見せるため、彼女の魅力を数段も跳ね上げさせていた。
なるほど、噂のトップアイドルとは、このくらいのレベルにいるのか……
「そうか……キミがA-RISEのリーダーだったとはな……そう聞いたら少し心当たりがあったな、前年の大会の優勝者……なるほど、こんなところでお目にかかれるとは思ってもみなかったな」
「ふふっ、知ってくれていたのなら安心したわ。 全然知らないってなったらどうしようかと思っちゃった」
「すまないな、世情には疎いものでな。 ということは、さっきの追っ手と言うのは……」
「大方、私のファンだと思うわ。 ファンがいてくれることは嬉しいけど、プライベートまでこうだと結構キツイわ……」
「それは……ご愁傷さまだな……」
あんな過激そうなファンがいるとはな……あまり、いい気にはなれんもんだよな。 同情するぜ。
しかし、彼女のことについてあまり興味が無かったわけじゃない…いや、世情を知ると言うことに興味を抱かなくなったと言うべきだな。 そうした情報に自分を惑わされまいとするため、あえて情報を遮断するようなことをしてしまっていたんだ。 しかしそれが今、裏目に出そうになるとは皮肉なモノだな。
「そして、アナタが音ノ木坂学院のスクールアイドル、μ’sの指導者・宗方蒼一さんね」
「そうだ。 と言うか、どうして俺の名前を知っているんだ?」
「それは有名だからよ。 たった数か月で急成長した新星アイドルユニットと共にいる
「なるほど、それなら合点がいくな」
μ’sが活躍する一方で、俺たちの認知度も高くなってきているからなのか。 どおりで最近、見知らぬ人から声をかけられるのはそのためだったのか。
「それに、私個人としてアナタのことが気になっていたからね」
「俺のことが?」
「ええそうよ。 だから、いろいろと調べさせてもらったわ。 アナタがどこで生まれ、どこに住み、どこに通っているのか。……そして、過去に大きな傷を負った何かもね」
「………ッ!?」
ツバサの言葉に思わずむせかえしてしまいそうだった! いくらなんでも、そこまで調べるのかと彼女の神経を疑ってしまいそうになる。 訝しげそうになりながらも彼女の言葉を受け止め、平常を保たせようとする。
ふと、彼女がどのくらいまで俺の過去を知っているのかをあぶり出そうかと考えてしまう。 だが、彼女の慧眼のような視線がどうも気になって仕方ない。 見透かされていると考えるとすれば、下手なことはしない方がいい、そう判断するしかなかった。
「なるほどな。 キミはよっぽどの変人か、それともストーカーかの類なのかな?」
「そうね……強いて言わせてもらえば、後者かな?」
「おい、冗談のつもりだったのにマジで言ってんのか?!」
「私は冗談で言ったつもりはないわよ。 最初から本気よ?」
この子は一体何を言っていやがるんだ?! 俺の過去を知っていたり、堂々とストーカー宣言をしたりと口を開けば俺を驚かせることばかりじゃないか!!
穂乃果たちの奇行ですら頭を抱えたくなってしまうのに、こうした第三者、ましてやトップアイドルまでもがこうしてくるとどうすればいいか分からなくなる。 というか、周りにいる人がそう言うヤツなんじゃないかって悩んできたぞ………
「何か変な想像とかしてないかしら?」
「むしろ、そう言う想像をしない方がまともだと思うのだが?」
「まあまあ、そんなにならないで。 実際、私がアナタのことをいろいろと知りたいっていう気持ちがあっただけのことよ」
ツバサはカップに触れて引き寄せると、会話に一呼吸つけるかのように、紅茶を少しだけ啜って元に戻した。
「さっき言った通り、アナタのことはよく知っているわ。 というより、
「へぇ~、そりゃあえらくお高いところにとまったわけだ。 別に、俺たちだけが特別ってわけじゃないだろうに」
「いいえ、アナタたちは特別だったわ。 特に、私にとってはね」
ツバサは身を乗り出して顔を近付け始めた。 まるで、何かを期待しているかのような、そんな好奇心にあふれた表情を見せてくるのだった。
「私のすぐ近くに、こんなにも私の心を高ぶらせてくれるグループがあるなんて思いもしなかった。 アナタたちを見ていると、自然と力が湧いてくるような気がしてならないのよ」
「俺たちにそんな力がねぇ……なんとも信じがたいな」
「別に、どう捉えるかはアナタ次第。 けど、忘れないで。 私はずっとアナタたちのことを見ていくつもりだから」
そう言うと、ニヤリと頬を引き上げて不敵な笑みを浮かばせるのだった。 終始、彼女のペースに乗せられているような、操られているかのようなそんな感じさえも抱かせるのだ。 これが、頂点に立った者の姿……さぞや、凄いものを見たのだろうと考えてしまう。
「そう言えば、アナタに聞きたいのだけど、どうしてアナタたちは指導者として居続けようとしているのかしら?」
「そんなの決まっているじゃないか、すべてはアイツらのためだ」
「そうじゃなくって、アナタたちは十分に実力がある。 私の目からしてもプロ並の実力があるのに、どうして動こうとしないのか、それが気になるのよ」
その言葉は、今の俺にとっては思いがけないものだった。 と言うより、トップアイドルの彼女からそのように評されると思いもしなかったからだ。
「買い被り過ぎやしないか? 俺がプロにだって? 俺にはそう思えないな」
「アナタたちの学園祭でのライブ、見させてもらったわ。 あれだけ観客たちを熱狂させておきながらそう言えるのかしら? あそこまでしておきながら、ただの素人ですなんて言い訳は通じないわよ?」
「その言い方じゃ、まるでキミが俺のファンみたいな感じだな」
「ファンみたいじゃないわ、ファンなのよ。 アナタのね」
一瞬、身体の動作が止まりかけた。 彼女が俺のファン? それこそ馬鹿馬鹿しい話だ。 俺は彼女の言葉を払い除けようと口を開こうとした。 だが、俺よりも早く彼女は語りだした。
「アナタのライブを初めて見た時、私はアナタが見せる世界に引き込まれたわ。 歌声もダンスもそのすべてが私のすべてを拐って行ったかのようだった。 だから、私はアナタにもっと歌ってもらいたいし、踊ってもらいたいのよ!」
急に彼女は張り上げるように語りだし、声を店中に響かせた。 冷静さを欠いたような焦りすらも抱かせるようなモノだ。 つい先程までの冷静な彼女らしかぬ行動のように思えた。
「キミは……俺に表舞台に立つように勧めているようだけど、悪いが今はその気分じゃないんだ。 期待してくれるには嬉しいが、これは俺自身の問題なんだ。 すまないな」
彼女にそう言い聞かせると、肩かかった力が抜け落ちるかのように座り込んだ。 見るからにかなり落胆しているような様子だったのだ。
何故、そこまで思っているのかが気になると、今度はこちらから聞いてみることした。
「どうしてツバサは、俺にそうさせようとするんだ? 俺以外に、もっと魅力的なヤツはいるだろうに」
「……似ていたからよ……私が憧れて止まないある人にね……」
彼女は窓の外に目を向けだし、どこか遠くを見ているような様子だった。 それに物淋しそうな雰囲気すらも感じさせていたのだ。
それが何であるか、何となくではあるが分かってしまったような気がした。
「それは、RISERのことか?」
「!!」
この言葉を取り出すと、彼女の落ち込んだ表情が一変して驚愕なものへと変わりだしたのだ。 どうしてそれを知っているのか、というような見開いた瞳がこちらを臨んでいた。
俺は取り繕うように言葉を投げ出した。
「明弘…いや、俺の相方から聞いたんだ。 A-RISEはRISERを尊敬していたってね。 名前もそこから捩ったものだろう?」
「え、えぇ……そうよ、私はあの人たちに憧れてこの道に入ったわ。 私の今までの人生を大きく変えてくれた偉大な人。 そんな彼らに惹かれて、魅せられて、いつしかあの人に認められるような人になりたいって思うようになったわ。 そこに到達するには、半端な覚悟じゃ出来なかったわ。 ライバルと呼べる人達もたくさんいた。 それでも、それらをすべて跳ね退けてやっと頂点に立った……!……でもね、頂点になった瞬間、あの人たちは消えてしまったの……まるで、入れ替わるようにね……出来ることなら、彼らと同じ舞台に立って、私のことを認めてもらいたかった………」
萎びたかのように頬杖をつくと、物寂しそうに口をこぼした。 つい先程の活き活きとした
けれど、今の彼女を放ってはおけなかった。
「なあ、ツバサ。 キミは奇跡を信じたりするか?」
「……どうしたの、急に?」
「まあ、聞いてくれ。 俺はさ、ずっと前に逢いたいと思っていた人がいたけど、逢えずにいたんだ。 でもそれは、ちょっとした勘違いでずっと近くにいたんだよ。 それに気付かなくって月日が経ったある時、その人が危険な目になったんだ。 俺はその人のためにすべての力を込めてその人を助けようとした……けど、ダメだったんだ……最初は…ね……」
「……え……?」
「その時、俺は願ったんだ、その人が助かりますようにってね。 そしたら、願いが届いたのかな、その人は助かったんだ。 しかも、思い出したんだよ、俺がずっと逢いたいって思ってた人だったんだってね。 不思議だろ? 奇跡なんて、偶然の産物かと思いきや、本当に摩訶不思議な力のおかげで引き起こったんだ。 ただ、ずっと逢いたい、この人が助かってほしいって強く願ったら、それが一気に叶ったって言う話さ」
「そう……なの……? それで、その人は今……?」
「今もずっと近くにいてくれているんだよ……」
俺が昔話をし終えると、彼女は「そう……」とただ一言だけをこぼして静かになった。 すると、ツバサは視線を少し逸らしながら「ねぇ……」と尋ねてくる。
「私も……願い続けたら叶うのかしら……?」
―――と、囁くような声で聞いてきた。
俺は、少し間をおいて考えると、落ち着いた気持ちでこう答えた。
「その願い―――必ず、叶うさ―――」
そう答えてあげると、また「そう――」とだけ答えるのだが、とても朗らかな表情をして見せるのだった。
そうして、紅茶をやさしく啜るのだった。
―
――
―――
――――
喫茶店から出た頃には、辺りは夕日色に染め上がりだしていた。 意外と長い間あそこに居座っていたのかと時間の速さを実感させられる。 後からツバサが店から出てくると、早速、今日手にしたぬいぐるみを抱きかかえて嬉しそうにしていた。
さっきまで浮かない気持ちを出していた顔も、今ではこんなに明るい表情していた。 少しは、彼女の役に立ったのだろうかな? そう心の中で呟きながら彼女を見ていた。
「これからどうするんだい?」
「そうね……うるさい輩もいなくなっているようだし、私はこの辺で帰らせてもらうわ」
「そうか。 だが、あまり油断するなよ。 ヤツらがどこで見ているか分からんからな」
「かもしれないわね。 というか、なんでアナタがそんなにピリピリしているの?」
「……ッ! す、すまん…つい、な……」
ツバサに指摘されて初めて俺が張り詰めていたことに気が付く。 無意識だったのか…? 俺は普通にしているつもりだったのだが……何故だ? ツバサがそうした輩に何かされるのではないかということに、不安を感じたからなのだろうか?
顔に力を込めながら考え込んでいると、ツバサはくるりとその場で一回転しだした。 すると、ふふっと鼻で笑いつつ、キリッとした目付きでこっちを見つめだした。
「ありがとね。 そうしてしまうほど、私のことを心配してくれたのでしょ?」
「え、あっ……あぁ、そうだが……」
「その気持ちだけで十分よ。 アナタは、その
それをさよならの挨拶として送られると、こちらに背を向けて手を振って立ち去って行くのだった。 まるで、何事もなかったかのように静かに………
「……そう言えば、ツバサにあれが女性だと言うことを話したっけな?」
それすらも見透かされていたんじゃないだろうかと、今になって不思議に感じてしまう。 それが綺羅ツバサという人物像なのだろうか? まだ何かを隠しているように思いつつ、俺も帰路に立つ。
ふと、急に何か寂しさを感じ始めてしまった俺は、おもむろにスマホを取り出す。 そして、ダイヤルを打ち込むと電話をかけ出す。
その相手とは―――――
「もしもし、真姫か―――? いやさ、ちょっと声が聞きたくなってな――――え? 今からウチに来る? 電話越しよりも直接の方がいいでしょ、って……まあいいや、今日の俺もそんな気分だったからな。 来てくれると嬉しいかな―――――え゛っ?! と、泊まる!?? ちょっ…! そんないきなり―――はぁ!? 結樹さんたちからの許可も得た!? 早くないか、それ! しかも、今から30分くらいで着くだと!!? ちょっと待て!! す、少し準備をさせてくれェェェ!!!」
電話をかけながら猛ダッシュで家路に向かおうとしている。 慌ただしいこの毎日がいつも俺と共に廻り回ってくる。 だが、そんな毎日が来ることに安心感を得ている。 というより、充実しているような気がするんだ。
1年前では感じられなかったこの気持ち―――今ではこんなにも嬉しくって仕方ないのだ。 だからなのだろう。今、とても豊かな気分で走っているのだ。 彼女と共に居られることに満足している、そんな感じだ。
「今日は、一段と真姫を愛でてあげようかな……」
そんなことを想い浮かべながら、汗を拭って走り出すのだった―――――
―
――
―――
――――
[ UTX学院前 ]
「英玲奈! あんじゅ!」
アキバ駅のすぐ目の前にそびえ立つ高層ビル。 そこが彼女の通う学校、UTX学院。 その入り口の前に、ツバサのことを待つ2人の女性が立っていた。
「遅かったじゃないか、ツバサ。 どこに行っていたんだ?」
「もぉ~心配かけちゃったじゃないのぉ~!」
「ごめんごめん、ちょっと寄り道してたら時間が経っちゃってて……」
「まったく、時間にルーズなところは前と変わらないな」
「でも、そんな我儘なところ、嫌いじゃないのよね」
「わかったから、そんなにからかわないでよ!」
シュッと伸びる鋭い身体付きをした冷静な少女と、やんわりとした雰囲気で包まれたやさしそうな少女が駆けてきたツバサのことを弄っていた。 そんな彼女たちはこの学校で知り合って3年の歳月が流れるほどの深い仲、親友とも呼べる存在であった。
また、共に全スクールアイドルの頂点に立つアイドルでもあった。
「それにしても……そのぬいぐるみはどうしたんだ?」
「あらぁ~かわいいわぁ~♪ このニャンコ先生どうしたのぉ~♪」
「ちょっとね、とある人から貰ったのよ♪」
「ほぉ……ツバサが他の人に心を許すなんて……昔からの知り合いなのか?」
「いいえ、今日初めて会った人よ」
「「えっ!!?」」
ツバサの言葉を聞いて、かなり驚いている様子。 それもそのはずだ、ツバサは知り合い以外の人とはまったくと言っていいほど話をしないのだ。 ましてや、ファンなどというモノには一切……だ。
故に、2人は驚きを隠せないでいた。 しかも、あまり見せることのない穏やかな表情をするわ、貰いモノまでするわと何だかよく分からないのだ。
「ツバサ。 それは一体どんなヤツなのだ? ツバサをそうさせるほどの人物とは一体……?」
英玲奈が尋ねると、ツバサは口元を綻ばせて――――
「私の――――――の人よ」
「「―――――ッ!?!?」」
ツバサの口から出てきた言葉に衝撃を受ける2人。 そんなことに気にも留めないでいるツバサは、蒼一から貰ったそのぬいぐるみをギュッと抱き締める。
「奇跡は起こる―――願いは叶う―――か」
翠緑の瞳を煌めかせると、彼女はある言葉をつぶやく―――――
「アナタの帰りを待っているわ――――わたしの―――――」
(次回へ続く)
ドウモ、うp主です。
なんかやっと登場してくれましたね、キーパーソンという気持ちで描いてました。この作品の中において重要な立ち位置になってくれる彼女を今後どう扱っていくのかが問題だったりします。
ですが、これから数話は彼女たちは出てきませんので……ハイ。
そこは、新編にて重要な役割として登場させるので、どうぞです。
今回の曲は、
Riryka『誇り高き勇者』
更新速度は早い方が助かりますか?
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ちょうどいい
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もっと早くっ!
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遅くても問題ない