蒼明記 ~廻り巡る運命の輪~   作:雷電p

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第105話


未成熟ガールズ

 

 

 果南ちゃんが溺れちゃってるっ――――!!

 

 私は目を疑った。 だって、曜ちゃんよりも泳ぎが得意なあの果南ちゃんがだよ?! そんなのありえないじゃん!!

 

 でも、現実は非情だ。 白い水飛沫を激しく打ち立たせて、苦しそうにしている果南ちゃんが目の前にいるのだから……それがなんでそうなっているのか、私には理解できなかった。

 

 

「…………っ!!」

 

 

 私は今すぐに助けに行こうとした。 でも、曜ちゃんに止められちゃった………

 

 

「曜ちゃん止めないで! 今から私が助けに行くから!!」

 

 

 無我夢中になっていた私は、思わず声を荒げて叫んでいた。 そんな私に曜ちゃんは―――

 

 

「無茶だよ! 果南ちゃんのところに行けたとしても2人をどうやって抱えるって言うの?!」

 

 

―――って、張り叫ぶような声に一瞬で我に返った。 確かにその通りだよ……普通に考えれば、私が行ったところで何の役に立つのだろう? 曜ちゃんみたいに毎日運動しているわけじゃない。 身体ってひ弱な方だ。 こんな私に、一体何が出来るんだろう………?

 

 そう考えると……何だか悔しくって……何もできない自分が腹立たしくって………それでも、なんとかしたくって………!!

 

 

「そんなのやってみないと分からないじゃん! このまま溺れるのを待ってるなんてイヤだよ!!」

 

 

 視界を滲ませながら必死になっていた。 理屈では分かっていても、無謀だと分かっていても、ほんのわずかなキセキがあるんだと信じて疑わなかった。

 でも、自信が無かった………本当はね、とっても怖い………果南ちゃんたちが溺れるのも、私が溺れちゃうのも……足が竦んじゃうくらい怖くって、泣きだしたくなっちゃう………

 バカだ……私は……本当に、バカチカだよ………

 

 

 ごめんなさい………誰か、助けて………っ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

「2人とも、退きな」

 

 

 私が願ったその瞬間、空から声が降ってきた。 すると、私の目の前にフワリと服が舞っていたから思わず掴んだ。 私は顔を見上げると、そこには大きな身体をした宗方さんが………

 その姿をジッと見ていたら、大きな手を私の頭に置いたの。 石のように硬くって、大きい―――でも、とてもあたたかくって安心しちゃう………

 

 そしたら宗方さんが―――――

 

 

「心配すんな、千歌。 2人は必ず助けてやるさ………」

 

 

―――と、にっこりと私の方に微笑みかけた。

 

 

 そして、次の瞬間には、海の中に飛び込んで行っちゃった。

 私は、ただぼぉーっと眺めているしかなかった。

 

 

 

「ねえ……千歌ちゃん。 宗方さんのあの大きな傷って―――」

 

 

 曜ちゃんが私に向かって何かを語りかけている―――でも、全然頭に入って来ない。 さっきからずっと、頭の中が1つのことだけしか考えなくなっていたの。

 

 

「………かっこいい………」

「え?」

「………宗方さん……かっこよかった………なんか、かがやいて見えたの………」

「ち、千歌ちゃん………?」

 

 無意識に私は、手渡された服をギュっと握りしめていた。 そしたら不思議なことに、私の中を駆けまわっていたモヤモヤとした不安が、メラメラと燃えるようにして消えて無くなっていたの―――――

 

 

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 

 勢いよく飛びこんだ身体に、まだ肌寒い海水が打ち付けられる。 けど、潮の流れだけは思った通り穏やかだ。 ただ留まっているだけ。 故に、泳ぎやすい。息を大きく吸って、少し潜ったところを泳ぎ出す。 さっき果南ちゃんがやって見せたような潜水で、急速に距離を縮めた。

 

 いける……これならば間に合う……!

 

 力の限りを尽くして脚で海を掻く。

 

 

 

「ぶはっ……!! 果南! 大丈夫か!?」

 

 

 ちょうど2人の前に浮き上がると、そのまま両方を掴む。 落ちたこの小さな子は、ゲホゲホとむせつつも口から海水を出して呼吸を整え出していた。 果南ちゃんも苦しそうな表情をしているものの、なんとか無事を確かめられた。

 

 

「ごめん……わたし、脚がつっちゃって………」

「大丈夫だ。 今は助けに来るのを待つんだ」

 

 

 そうしていると、ちょうどいいタイミングでさっきのボートが俺たちの近くに寄せてきた。

 

 

 

「さあ、早くこちらに!!」

 

 

 ボートから長い黒髪を流す女性がこちらに手を差し出してきた。

 

 

「1人ずつ抱えるから頼む! まずは、この子から! 果南、俺の肩にちゃんと掴まっていろよ!!」

 

 

 果南が俺の肩にしがみ付いたことを確認すると、まずこの小さな子を両手で抱え出す。 水面上高くあげたその子を黒髪の女性がしっかりと掴んで引き入れた。

 

 

「ルビィ、しっかりなさい!!」

「次は、果南の方をお願い!!」

 

 

 黒髪の女性の他に同乗していた、金髪の女性。 彼女は果南の名前を呼びながら同じように手を伸ばした。

 

 

「待ってろ……次は―――ッ!?」

 

 

 瞬間、思いもよらないことがこの身に起きた―――!

 波だ! それも、今の俺を覆い被すほどの大きいのが1つ、やってきたのだ! 避ける間もなく、俺はそれに呑み込まれ沈んでしまう。 しかも、その拍子に俺にしがみ付いていた果南が離れて沈んでしまった!

 

 ちくしょっ……!! 果南は今泳げないんだぞ!!

 

 腸煮えくり返りそうな気持ちを抑え、一度呼吸してから沈んだ彼女を探しに潜る。 あの1回の波で、思った以上に深く沈んでいる彼女を見つけると真っ直ぐ潜る。 彼女は目を閉じていた。 気絶しているのか?!……だとしたらまずい、呼吸してないぞ……!!

 

 追い付くのが先か、間に合わなくなるのが先か……! どちらにせよ、絶対に助ける、その言葉しか脳裏に映らなかった。

 

 

 あと、もう少し………もう少しで………!!

 

 

 腕をピンと伸ばして、海水に揺れる彼女の腕を掴んだ。 よしっ……! と心の中で叫んでから、そのまま一気に浮上する。 ぶはっ!! と俺が息を吐くのに対して、彼女からの反応は無い。

 

 

「早く、持ちあげて呼吸を!!」

 

 

 さっきと同じように、彼女も抱えて手を伸ばす金髪の女に託した。

 

 俺も一呼吸空けてからボートに乗り込んだ。

 そのすぐ横では、2人の女性が果南のために心臓マッサージを行っていた。

 

 

「果南!! 果南!!!」

「果南さん、しっかりなさい!! 諦めてはいけませんよ!!」

 

 

 2人の力強い呼びかけが届いたのか、口から透明な海水を吐きだした。 それからむせつつもちゃんと呼吸し始める様子を見届けて、ようやく安堵の吐息がこの空間に漏れ出すのだった。

 

 

 

 

〈ジジジ……ザ…………ザザ―――――――――――――〉

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 

[ 宿屋・十千万 ]

 

 

「この度は、私の妹と親友を助けていただき、まことありがとうございました」

 

 

 海から上がって早々、近くの旅館に案内された俺たちは、果南と小さな子をそこに連れて行った。 その旅館にいた女将曰く、命に別状はないとのことで、今は別室でぐっすりと眠りについていた。

 

 そんで、俺はというと――――

 一応、身なりを整えた状態で、畳が敷き詰められた部屋で正座されていた。 そして、目の前にはボートに乗っていたあの長い黒髪の女性と、金髪の外国系の女性2人が畳に額を付け深々と土下座をしているのを見ているという変な構図の中心にいる。

 ちなみに、俺の後ろには、千歌と曜が控えるように座っていた。

 

 

「い、いや……そんなに畏まらなくてもいいだよ? 別に、当然のことをしたまでなんだから」

「いえ、あなた様は命の恩人。 なのに、これくらいのことでしかお礼を申し上げることが出来ないことに、歯痒い気持ちなのです。 せめて、相応の物をお渡ししなくては………」

「いやいや、だからそんなのはいいんだって! そんなに気を使わなくたっていいんだから!」

「ですが……! 何もせずに帰らせては、黒澤家の末代までの恥ですわ。 こうなれば、あなた様が望むものをおっしゃってくださいまし! 私の出来る範囲内でお出しして見ますわ!!」

「なんか、変なスイッチが入ってしまったようなのですが……」

 

 

 深々と頭を下げて控えめにいたと思いきや、今は俺の目の前にまで身体を近付けさせて押しに来るという何とも両極端な女性だ。 ちょっと変な威圧まで感じられるし………

 

 この上品な口ぶりで話をしてくるこの女性・黒澤 ダイヤは、ついさっき助けた小さな女の子・ルビィちゃんの実姉である。 彼女の特徴である長い黒髪は、まるで織物のように煌めき、漆を塗ったかのように艶めいているのだ。 それに羽衣で覆ったような白のシャツから見える引き締まった身体と合わさることで、まさに日本の女性が本来持つ美しい輝きを見せているのだ。 ただし、名前は日本人らしくないがな………

 そんな彼女の身なりや仕草などから、ここらの名家の御嬢様のように見受けられる。 それに、どことなく海未と同じ雰囲気を感じられるからだろうな、少々堅物である。 こういう人たちって、どうしてこうも型にハマったことをしたがるのだろうか……未だに謎である。

 

 

 そして、その隣で俺たちのやりとりをニヤニヤとしながら眺めている金髪の女性。

 彼女は小原 鞠莉。 イタリア系アメリカ人の父を持ったハーフで、こちらも一応御嬢様だ。 というのも、俺がさっきまで眺めていた離れ島、あれ全部この子の家の所有地なんだと………真姫といいお金持ちって、やっぱすごいわ………

 そんな彼女の肩まで掛かる金髪とカチューシャのように編んだ髪が特徴的だ。 エリチカの金色と比べるとやや明るい方だ。 それに、身に付けている純白のワンピースによって一層栄えて見える。 また、外国人の血が混ざっているからだろうか、くびれのある腰と出るところはとことん出るというワガママボディに俺でも目が行ってしまう。

 ダイヤちゃんには悪いが、横で並ばせると対照的過ぎて笑ってしまいそうになる。 それと多分、性格も対照的なのだろうと直感的に感じてしまう。

 

 

「とにかく、私の気が休まるまでお礼をさせていただきますので、もうしばらく留まって下さいまし」

「おいおい、なんか最初の目的から離れているよね? ちょっとした帰れま10状態になってきているよ?」

「でしたら、お早めにご要望を………」

「んなこといわれてもなぁ………」

 

 

 実のところ俺の中では、いろいろと望みがあったりする。 まあ、ほとんどが趣味のことばかりで口に出せなかったり、今いる彼女たちの暴走をどうにかしてほしいだなんて言えたものじゃない。 あってもすぐに言えないと言うのは、みんなよくあることだろうと俺は思っている。

 

 

 

「あっ! だったらいいのがあるよ、宗方さん!」

 

 

 後ろから千歌ちゃんが声を大にして話しだした。

 

 

「あのね、宗方さんさっき言ってたよね。 綺麗な浜辺を探してるって。 だったら、その浜辺に連れて行ってもらおうよ!」

「あー! そうか、それがあったか! いや、すっかり忘れてたな」

 

 

 そう言えばそうだ。 俺がこっちに来た当初の目的は、撮影場所にピッタリな場所を探そうとしていたんだ。 さっきのこともあってバタバタしてたから忘れていたな。

 

 

 

「ちょ、千歌さん! 茶々を入れないで貰えます? そのような願いで良いと思ってるのですの?」

「あ、いや、ダイヤちゃん。 俺はそれでいいんだよ」

「し、しかしそれでは……!」

「納得いかないように思えるけどさ、でもこれでいいんだよ。 俺はキミたちから何かを貰おうとするために人助けをしたんじゃない、俺が助けたいと思ったからしただけのこと。 それに、望むものなら何でもって言ってたろ?」

「うむむ……確かに言いましたがそれでは………」

「だったらさ、ダイヤちゃんが思う最高の浜辺をさ、俺に教えてくれよ。 キミから教えてもらった場所なら俺にとって最高の贈り物だって喜ぶさ」

「そ……そうですか……あなた様がそう言うのであれば……別に私はそれでなくともよかったのですが………」

 

 

 ダイヤちゃんは頬をポッと赤く染めると、俺から目を逸らしてボソボソと呟き始めるが、さすがにそこまでは聞きとれなかった。 でもまあ、これで一件落着となりそうだわ。

 

 

 

「ムフフ……そう言うことなら、ワタァークシにお任せプリーズネー! ダイヤの代わりに最高のロケェイションをお届してあげるわ♪」

 

 

 不気味な笑い声を上げ、ここぞとばかりに出てきた鞠莉ちゃん。 ダイヤちゃんと同じく俺の近くにまでやってきては、猛烈アピールを迫ってくる。 特に、身体で。

 

 

「ちょっ、鞠莉さん! 私が教えて差し上げようとしているのですよ! 邪魔しないでくださります!?」

「それには、ノーデース。 ワタシにも引けないイジというものがあるのよ♪」

 

 

 何か知らんが、急に互いに火花を散らさせ始めているのだが……ただ教えてもらうだけなのに、どうして争いが始まるんだ? わからん……というか、早めに終わってもらいたい………

 

 

 

「では、ワタシが選ぶスペシャルなビーチは……我がホテルオハラのお膝元、シャイニービーチデース!!」

「しゃ…しゃいに………?」

 

 

 え? いまなんて言ったんだ? あまりにもブッ飛んだネーミング過ぎて理解しづらかったのだが?! それに、果南ちゃんが言ってた場所とは違うのか………?

 

 

「なっ?! それは私がお話ししようとした場所でしたのに……!!」

「Oh…それは残念だったわね~。 でも、この世は弱肉強食……早い者が勝利なのデース!」

「ふざけないで頂けます……? それと、たとえ鞠莉さんが先にお話ししましょうが、道案内はこのわたくしが! 取り仕切らせていただきますね!」

「フフッ、ダイヤも強情ねぇ~」

 

 

 2人の白熱した会話は顔を見合わせるかたちで拮抗していた。 どちらも簡単に引こうとする様子も無い。 意地と意地とのぶつかり合いというのだろうか? しかし、このことのためだけにそんなに張り合わなくてもいいのに………

 

 

「まあ、2人ともそのくらいにしときなって。 眉間にしわを寄せていると、綺麗な顔が大なしだぜ?」

「しかし……!……って、綺麗?!」

「Oh…」

「それに、今のキミたちの姿を見て、果南ちゃんはどんな顔をするんだろうかな………」

「「………ッ!!」」

「あ…いや、逆に笑っているかもな。 あの子、中々肝が据わっているようだし、それに……2人が果南ちゃんのことをそれほど大事に思っているんだ、きっとあの子だって同じかもな」

 

 

 そう、彼女のことについて思いふけていると、途端に静かになる。 2人も親友のことになると冷静になろうとするんだな。 そう言うところが、ちょっと穂乃果たちと似ているようにも感じられる。

 

 それから俺はおもむろに立ち上がる。 その様子に、2人はギョッと身を構え出すが、そんなキミたちにどうこうすることは無いさ。

 

 

「それじゃあ、今からそこに行ってみようじゃないか」

「「えっ?! でも…」」

「せっかく、2人が決めてくれた場所なんだから、余計にこの眼で見たくなっちまったんだよ。 善は急げっていうしな。 それに、2人の綺麗なお嬢様方が道案内してくれる豪華特典まであるんだしよ」

「き、綺麗なって……ま、まぁ……/////」

「もぉ~、アナタって結構強引なのね。 でも、嫌いじゃないわよ、そういうの♪」

 

 

 2人は顔を少し赤らめながらも立ち上がり、俺と共に外に出ようと準備をし始める。 どうやら、これから案内を始めてくれるようだ。 そうしてもらえると助かるな。 早く行く分、いろいろと構想出来るからな。

 

 

「はいはーい! 私も一緒に行きたいでーす!」

「同じく! 私も千歌ちゃんたちと行きたいでーす!」

「あなたたち………」

 

 

 俺たちの様子を見てなのか、千歌ちゃんと曜ちゃんは腕を大きく上げて一緒に行こうとしていた。 というより、元々一緒に行こうって話になってたもんな。 それを知らないダイヤちゃんはどうしましょうか、と言わんがばかりの表情でこちらを伺っている。

 

 安心しなさい、俺の中ではすでに決まっているのだから。

 

 

「別に、2人増えたからって変わらないだろ? いいじゃないか、ついてきてもさ」

「そう……ですか………あなた様がそう言うのでしたら仕方がありませんわね………」

「「やったぁー!!」」

 

 

ダイヤちゃんのお許しが出た瞬間に大喜びし出す千歌ちゃんと曜ちゃん。 そんな2人とは対照的に、切なそうに溜め息を落とすダイヤちゃんの姿があった。

 

 

 

 

 

 

――

――― 

―――― 

 

 

 

「おお…コイツはすごいなぁ……!」

 

 

 俺の目の前に現れたのは、雪のように真っ白に輝く砂浜が広がっていた。 打ち寄せるアクアマリンの海水、揺れるエメラルドグリーンの南国植物、まさに最高のロケーションが辺り一面に存在するのだ!

 

 宿を出立して数十分、船に揺られながらこの島にやってきて正解だったようだ。 一目見ただけで、どういう感じに撮影を行おうか構想に現実味が入りだす。 これならばいいモノが出来そうだと確信が持てた。

 

 

「ありがとな、ダイヤちゃん、鞠莉ちゃん。 おかげでいいモノが出来そうだ!」

「ふふっ、そう言っていただけると、お連れした甲斐があるモノです♪」

「フッフーン! ワタシに感謝してくれてもいーんですヨ♪」

 

 

 ほんと、紹介してくれた2人には感謝しないといけないな。 というか、鞠莉ちゃんの態度が異様にでかい…鼻息まで強く出してさ……けど、ここが鞠莉の敷地内だからそういう自信を持てるんだろうな。

 

 そう言うわけで、そんな鞠莉ちゃんの頭を撫で始めた。

 

 

「ホッ…?! What!!!? 」

 

 

 すると、すぐに身体をビクンと震わせるいい反応を見せてくれる。 それに、澄ましていた顔もみるみる赤くなって熱っぽくなっていくのも感じられた。

 

 

「鞠莉ちゃんが用意してくれたんだもんな、ありがと」

「は、はぃ……ど、どうも……ですぅ……//////」

 

 

 撫でれば撫でるほど萎びていく鞠莉ちゃん。 さっきまでのはっちゃけた勢いは、今や見事に型に納まって落ち着いた様子だった。 その様子を何故かダイヤちゃんが頬を膨らませながらじとぉ~と見ていたのは気にしないでおくとしよう………

 

 

 

「そういえば、宗方さんはどうしてこの場所を探していたの?」

「あぁ、ちょっとな。 とある撮影をしようかと思っていてな」

「撮影…?」

 

 

 首をかしげながら話しかけてくる千歌ちゃん。 そんな彼女の眼は疑問を抱く様子も無く、キラキラと光る好奇心を詰め込んだ眼を向けていた。

 

 

「キミたちは、スクールアイドルって知ってるか?」

「すくーるあいどる? なぁにそれ?」

「ちょっとわからないかなぁ……」

「聞いたことが無いですわね……」

 

 

 初めて聞く言葉に、3人は首を傾げ出す。 スクールアイドル自体は全国に存在するのだが、まだこうした場所までは浸透しきれてはいなかったようだ。

 

 

「ん~…以前、パパと東京に行った時に聞いたことがあるわ。 私たちのような学生がアイドルさながらのことを部活動として行う人たちのことネ!」

「そう、そして俺は東京のとあるグループの指導者。 彼女たちに最高のステージを用意して、楽しませるのが俺の役目。 そのために、こうしてやってきたってわけさ」

「へぇ~それじゃあ、宗方さんも踊れたりするの?」

「そりゃあな、指導者だしそれくらいのことはできないと、彼女たちを引っ張っていけないさ」

「うわぁ……!! 見てみたい!!」

「ははは、さすがに今からってのは難しいが……ウチのグループのだったら見るかい?」

「うん!! 見たい! すっごく、見たいよ!!」

「わかった。 それじゃあ、2日後にここに来てくれ。 その時に最高のライブを見せるって約束するからさ」

「約束だよ!! 私、絶対に見に来るからね!!」

 

 

 そういうと、千歌ちゃんは約束の証として小指を出す。 それが指切りだと分かると、俺も小指を出して互いを結ぶ。

 

 

「ゆ~び~き~り~げ~んま~ん♪ う~そ~つ~いた~ら………みかんでブッシャーしちゃうぞ!!」

「ブッシャー?!! なにいきなり怖いこと言っちゃってるのこの子―!!?」

 

 

 俺のツッコミには何も触れないまま、千歌はそのまま指を離す。 一体それは何なんだろうかと問いたくなってくるが、無邪気に笑う彼女を見ては何も言えなくなってしまい、終いには一旦胸に仕舞っておくことにした。

 

 

 

 ちなみに、密かに曜ちゃんから詳細を聞いたところ……溢れんばかりのみかん汁を眼の中に突っ込ませる、と言う鬼のような所業だと言うことを聞いて戦慄しかけた。 あの子……笑いながらそんなこと言うのかよ………

 

 

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 

 夕日が陰り始めた頃には、俺はあの旅館に戻っていた。

 目を覚ました2人の様子を見に来ると、小さな女の子・ルビィちゃんは、姉の後ろに隠れながらこっちをじっと見つめていた。 ダイヤちゃん曰く、かなりの人見知りらしく、こうしていないと話が出来ないそうだ。

 そのためか、俺がちょっとした動作を起こすだけで、身体をビクつかせてしまう。 挙句の果てには、瞳をじんわりと濡らし始め泣き出しそうになるという始末に………分かってはいても、お兄さん的メンタルにはよく響いております……はい………

 

 でも、ちゃんと挨拶はしてくれるとてもいい子だったので、簡単に許してしまう。 小さい子には、とことん甘いんだよな…俺って………

 

 

 

 そして、もう1人の彼女は海に――――

 

 

 

 

「病み上がりなのに、こんなところに来ても大丈夫なのか?」

「あっ……宗方…さん……帰ってたんだね」

「ついさっきにな。 あと、そのさん付けはしなくていいぞ。 久しぶりにそう言われるとむず痒くって仕方無い」

「あ~何だか分かる気がするなぁ。 それじゃあ……名前で呼んだ方がいいの?」

「そうだな、普通に蒼一って呼んでいいんだぜ、果南」

「それじゃあ、そう呼ばせてもらうよ、蒼一………って、うええぇぇ?! 私も名前で!?」

「いいじゃないか、その方が公平だろ?」

「そ、そりゃあそうだけど……ちょっと、心の準備がほしかったよ………」

 

 

 ブツブツと何かを呟いている果南。 けど、それは俺の耳には届くことは無く、波のさざめく音に打ち消されてしまう。 それに、夕日が差し込んでいるからなのだろうか、ほんのりと顔を赤らめているようにも見えた。

 

 

「あっ…あの……! 助けてくれて、ありがと………」

「別にいいんだよ。助けを求めているから助けただけ。 ただそれだけの話さ」

「そ、そう………」

「それよりも脚はどうなんだ? 攣ったところは大丈夫か?」

「それは平気だよ。 ほら、このとおり元気一杯で、今すぐにでも海の中を潜っていけそうだよ」

「やめとけ。 そこでまた攣ったら洒落にならんし」

「あはは……それはさすがにマズイね………」

 

 

 打ち上がる波に沿って、俺たちは笑いながら歩く。 夕日が沈む海を背景に、漣と潮風をBGMに穏やかな一時を過ごす。 何とも心地良い気分だ。

 

 

「あ、あのさ…蒼一………」

 

 

 急に果南が立ち止まるので、つい俺も脚を止めてしまう。 数歩、彼女よりも前に進んでしまったため、振り返るように彼女を見た。

 しなやかに伸びる身体。 細身でありながらも、その腕その脚はしっかりと引き締まって大地の上に立つ。 彼女の一切無駄のない肉体を見ただけで、海と共に育ってきたということが分かる。 生粋の海人(うみんちゅ)だ。

 男と渡り合えそうな、さばさばとした口調が彼女自身の心の強さを表していた。 その一方で、大地に根を下ろしそうなくらいに伸びる長い髪と、可愛らしげな表情が彼女の女性らしさを強調させていた。

 

 多分、この時初めて果南を見たのだと思う。 それ故に、こうして見てしまうとさっきまでイメージしていたのとギャップに、一瞬心を揺らしてしまう。

 赤く染めだした表情を見つめる。 何かを言いたそうにモジモジとしている。 その様子を見ながら待つ俺にとっては、ちょっとした焦れったさを抱いてしまう。

 

 すると、俺に言葉を交わし始めた――――

 

 

 

「そのっ―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――魚、いる?」

 

「えっ―――?」

 

 

 そう言って、どっから持ってきたのか分からない魚を指しだしてきた。……って、これよく見たら鯛じゃん!! しかも大きいし………

 

 

「これどうしたんだよ………」

「いやぁ~、さっき泳いでたら見つけちゃって………それでちょっと、銛で刺して捕まえちゃって……あっ………」

「か~な~ん?……お前、まさかあの後で………」

「あはは……ご、ごめん……海を見ていたらつい……」

「……ったく……もしものことがあったらと思うと、心臓に悪いぜ………」

「ごめん……心配かけちゃって………」

「まったくだ、せっかく助けたのに溺れたって聞いたら………」

 

 

 最後まで言い切る前に、果南の様子を見て口を閉じる。 しゅんと萎びていて、とても申し訳なさそうな表情をしていた。 そんな彼女のことをこれ以上責めることなんざ出来ないわ。

「果南」と、そう彼女の名前を呼ぶと俺を見上げた。 そして、そのちょっと不安げな表情をする頭にポンと手を置いて、やさしく撫で始める。 「ふぇっ…/////」と気の抜けた声を発しつつ、恥ずかしげに顔を赤くしだした。

 

 

「まあ、こうして元気なんだからいいとしようじゃないか。 けど、もう絶対危ないことはするんじゃないぞ?」

「ふ、ふぁ……はぁい………/////」

「ふふっ、いい子だ。 あと、この鯛、ありがとな。 ちゃんとおいしく調理させてもらうから」

「うん………/////」

 

 

 よしよしと犬を撫でるような感覚で撫でていると、次第に不安げな表情も和らいでいった。 そしていつしか、嬉しそうに口角を上げて微笑んでいた。 やっぱり、女の子はこうして笑っていてもらえると嬉しいものなんだよな。

 

 

 

「あ、あのっ……蒼一。 まだ話したいことが…「あああ!!! 見つけた!!!!」」

 

 

 果南の話を遮るように聞こえてきた聴きなれた声。 このツンっと通った声の持ち主って、まさか………

 

 

 

 恐る恐る後ろを振り返ってみると、道路から猛スピードでやってくる人影が………そしてすぐに俺の身体に抱きついてきたのだった!

 

 

「げっ……ま、真姫………!?」

「もぉ! 蒼一ってば、急にいなくなっちゃうんだもの、探しちゃったじゃないの」

「ど、どうしてここに………」

「昨日、アナタがここの場所を聞きに来たからもしかしてって思ってね。 けど、ここはバスがあまり来ないからこの時間帯になるまで待っていたのよ!」

「そ、そりゃあ御苦労さま………」

 

 

 ジトっとした目付きでこちらを睨む真姫。 まるで、駄々こねる子供のようにがっしりと俺の腕を掴んで放そうとしない。 まったく、世話の焼けるヤツだ………

 それに、1人で出かけるだなんて言ったら、どうせみんな付いて来るんだろうから言わなかったんだよ。 だから、朝っぱらから出掛けて行ったわけなんだよ。 しかし、寄りに寄って真姫に見つかるとは………帰りとか大変かもな………

 

 

「それで……この女は誰なのかしら……?」

 

 

 果南のことを一目見ると、そのまましがみ付く力を増し加え出して痛みが……真姫にとって、μ’s以外の女性をあまり良しとしていないようで、現にこうして嫉妬のようなものを起こしているのだ。 ここは慎重に言葉を選ばなくてはいけないな………

 

 

「こ、ここの人で、果南っていうんだ」

「ふ~ん……それで、蒼一とはどんな関係なの……?」

「わ、私っ?! 私は……その……蒼一に助けてもらったって言うか………」

「そう……それはよかったわね。 私はね、蒼一の“彼女”なの♪ よろしくね……」

 

 

 その…なんだ……真姫が俺の“彼女”だって宣言した時に、かなり強調されていたような……それに、またしても締め付けが強くなっているんですけどぉ………!!

 

 一方、果南はというと、真姫の言葉に目を真ん丸くして呆然と立ち尽くしていた。 そりゃあ、俺にこんなかわいい彼女がいるんだもんなぁ―。 そりゃあ、驚くわ―(棒読み)

 

 

「そ、そう……なんだ……あはは……そうだよね、蒼一はカッコいいから彼女がいてもおかしくないもんね………」

「果南……?」

「それじゃあ、そう言うことなので、私たちは帰らせていただきますね。 “私”の蒼一がお世話になりました、では、さようなら……」

「お、おい、真姫っ!! 引っ張るなよ!!」

 

 

 半ば強引に果南との会話を途切れさせると、そのままの腕を引っ張っていこうとする。 結果的に、俺は変な体制になりながら真姫に引き摺られるという変な構図となってしまうのだ。

 

 

 そんな時、ふと見上げると、果南がまた悲しそうな表情をしているように見えたのだ………

 

 

 

「真姫、ストップ」

「イヤ」

「いいから、1分だけ放してくれ」

「………1分なら………」

 

 

 そう言うと、掴んでいた腕を解放してくれた。 俺はそのまま果南のもとに行く。

 

 

 

「果南」と彼女の名前をもう一度呼ぶ。

 見上げてきた彼女に――――

 

 

 

「また、来るからな。 その時も、笑って待っていてくれよな」と、ただその一言だけを口に出して去った。 その去り際に、少し笑っていた彼女を見たような気がした。

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 

 内浦を後にした俺たちは、真姫をクーラーボックスとの間に挟むような形で座らせて自転車を走らせていた。 真姫は、降り落ちることが無いように、俺の身体にピッタリとくっ付けて梃子でも離れない感じだった。 そして俺は、背中から感じる真姫の温もりとやわらかな感触に鼓動を走らせていた。

 

 

「ねえ」

 

 

 ポツンと呟く声を耳にする。 反応するように相槌を打つ。

 

 

「私たち以外の女にあまり気を取られないようにしてよね……その……蒼一が離れて行っちゃうって思って、寂しくなっちゃうから………」

 

 

 と、しおらしい声で囁くのだ。

 ついさっきまでとの違いに笑いが込み上がりそうになるのを堪えつつ、こういうちょっと可愛らしい仕草を見せる彼女に胸を高鳴らせてしまう。

 

 

「大丈夫だよ。 俺はお前たちから離れないさ」

 

 

 そういうと、今度は顔を埋めさせたのだろうか。 背中に硬く暖かい感触を抱く。 そして、「うん…」と少し弾ませた声で囁くのだった。

 

 

 

「さて、早く帰らないとアイツらにドヤされそうだ」

 

 

 自転車のペダルをさらに強く回して帰路を早めだす。 潮風に当たりながら、今日の晩飯は何にしようかと思考を働かせていた。

 

 

 そんな俺たちを励ましに来たのか、追い風が吹いていたような、そんな気がしたのだった―――――

 

 

 

(次回へ続く)




ドウモ、うp主です。

何とか、内浦の話前編は終わることはできましたわ……え? 後編? そりゃあ、あるよ。どんな話になるかはおいおいでね。

しかし、いきなりAqoursのキャラを動かして、シリアスをやることになるとは……思ってもみなかったなぁ………()
ま、まあ、アフターケア的なこともできたし万事OK? フラグも立ったことだし、OK?


と言う感じで、一旦はμ'sとのあつぅ~い時間に戻るとしましょうか。次回は誰とやることになるのやら………


今回の曲は、

BELL & ACCORDIONS/『潮騒のうた』

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