合宿1日目―――――
真姫の別荘に来てから今の時間に至るまで、結局、練習やらラブライブに向けての準備とかまったく手を付けることは無かったな。 緊張感が無いヤツらだなって言われそうだけどよ、今日に至るまでいろいろとあったんだ。 その緊張を解すためって考えれば、有意義な時間だったと思う。
おかげで、みんなのいい笑顔を見ることもできた。 ああいう満足気な表情をすることはあまり見なかったし、おまけに活動報告用の写真も撮れたみたいだ。 一石二鳥ってヤツかな?
まぁ、この後の作業がかなり増えちまったって言うのもあるけどな………たはは、遊んだ分は誰かが肩代わりしないとな………
「蒼一、味はこんな感じでいいかしら?」
「ん、どれどれ………おっ、いい感じだぞ♪」
「ホント! うふふっ、また腕が上がっちゃったみたいね、私♪」
「蒼一ぃ~にこのもこんな感じでいいかしらぁ~?」
「ほぉぉ、さすがだな。 こんな感じでいいと思うぞ」
「わ~い! 蒼一に褒められたにこ♪ 後は、にこの愛情をたっぷりと注いであげるにこ♡」
「あはは……ほどほどにな………」
思考を中空に浮かばせながら、現在俺がとり掛かっているのは、晩飯の支度だ。 俺と真姫とにこが今日の当番で、こうして台所に立っているわけだ。 しかし、この2人の手さばきは大したものだ。 特に真姫なんかは、料理をし始めてから一ヵ月半くらいだと言うのに急速に成長している。
元々筋が善かったってのもあるし、呑み込みの早い天才肌だったためだろう、今では数種類もの料理を1人で作れるようになるほどだ。 下手すりゃ、俺よりも上手になるやもしれない………負けていられんな。
「そぉ~くぅ~ん、お~な~かすい~たぁ~!」
「なんならそこで駄々こねないで、準備しろよ穂乃果………」
テーブルに身体を突っ伏せて、飯が来るのを今かと待ち焦がれている穂乃果。 というか、さっきからずっとしなびたほうれん草みたいな状態なんだが………まったく、だらしないヤツだ。
「まさかと思うが、家にいる時もそんな状態じゃなかろうな?」
「そっ、そんなこと………ないよ!!」
すっごく分かりやすいヤツめ………大方、雪穂に頼りっぱなしなんじゃないかって容易に想像できてしまう。 こんな姉がいたら苦労するだろうな……雪穂、ファイトだ。
「はいはい、早くテーブルから退きなさい! ご飯が出来たわよ!」
「わーい!! ご飯だご飯だぁー!!!」
にこが大鍋を持って来ようとすると、穂乃果は一瞬にしてシュッと背筋を伸ばしだした。 さっきまで萎びてたのに、ほんと、分かりやすいな………
「あぁ、そうだ真姫。 ちょっと聞きたいことがあったんだけどさ」
「ん? 何かしら?」
「実はな―――――――」
―
――
―――
――――
「…………っと、まあこんなもんでいいだろう」
夕食も済ませてからずっと部屋に閉じこもり、これまでの記録や今後の予定などの整理を行っていた。 さすがに、ここの別荘までたくさんの資料を抱えてくるわけにもいかず、あらかじめ端末に取り込んでいた情報のみを持って作業に取り組んでいたわけだ。
「ここにノートパソコンが常備されてて助かったな。 おかげで、洋子からの写真を確認することが出来たな」
広報用の写真の厳選を行うことも重要な作業だ。 洋子が(密かに)撮った今日の写真の中で、使っても大丈夫だろうと思われるモノだけを取り、後は記録として保存しておく。 かなり単純な作業かもしれないが、撮影者が洋子であることを忘れないでもらいたい。 およそ8割の写真が諸事情により公開することが出来ないのだから………
「どう見ても、健全じゃないな………紳士向きのモノばかりでしかねぇ………」
“夏”に“海水浴”に“水着”、このお決まりの3点に煩悩がフュージョンすることによって、とてもギリギリな写真が生まれる訳で……ソッチ系の人たちには大好評だろうが、そうやって人気を稼ぐのは俺の道理に反する。
それよりも何も、俺の彼女たちをそんな目で見てもらいたくないと言う気持ちの方が強かったりもする。
「どうやら俺も、本格的にアイツらの彼氏っぽくなってきたのかな………」
アレから数週間、未だに実感が湧かない。 アイツらと恋人な関係となってからというモノ、俺の日常にいつしかアイツらがいた。 それがまるで当たり前だったみたいな、前からそうだったみたいなそんな普通の感覚しか抱かないため、特別変わったと言う気持ちを抱かない。 ただ毎日アイツらと一緒にいることが、恋人らしいことなのだろうか? それとも、昼間の海未と真姫のように肌を交じらせることが正しいのか、皆目見当もつかない。
「あぁー………考えても埒が明ねぇよ………」
ぐたっと背もたれに深く寄り掛かり、チカチカ目に入る照明を見上げて脱力する。
ふと、時計が目に入ったので時間を読んでみたら、夜も更けた時だった。
「こんな時間まで……仕方ない、今日はこの辺にしておこう。 明日はかなり忙しいからな………」
椅子から立ち上がり、堅くなった筋肉を解すように伸ばすと、いそいそと部屋を出る。
向かうは、温泉だ。
昼間、真姫から教えられたその温泉には、絶対に入りたいと熱望していたので自然と足取りが早まる。 しかも天然モノだと言うから、その期待は大だ。 久々に、身体を休めることが出来そうだ。
「そう言えば……“内浦”って言ったっけな、真姫は?」
食事を取る前に真姫から教えてもらった場所、それが“内浦”だ。 位置的には、ここから左程遠くは無いとのこと。 ネットで調べてみても自転車で行ける範囲内だ。
行く目的というのは、今回の新曲のPV撮影場所の選定だ。 夏をイメージした曲なので、是非とも海を望む場所で撮影したいと思っていたところだ。
「いいロケーションが見つかるといいんだけどな………」
少しぼやいてみつつ脱衣所の暖簾をくぐるのだった。
「……って、ここまで本格的なのかよ。 西木野家………」
資産を持て余すと言うのは、こう言うことなのだろうか………もう、ここ旅館でもいいんじゃないか……?
―
――
―――
――――
「おぉぉ………これはすごいな………!」
身に付けているものをすべて外し、裸一丁withタオルくんと共に中に入ってみると、壮大な光景に言葉を失いかけた。
温泉だ……まさに、the ONSENだッ!!
この仄かに香ってくる木の匂いと硫黄の匂い。 ゆらゆらと立ち上る白い湯気。 この臨場感漂う感じこそ天然の露天風呂であることを意味させるモノだ。
外観も中々凝った作りで、湖のような湯船の真ん中に小島のような岩が1つ、山のようにどっしりと構えている。 そして、風呂の周りには、竹で作られた塀があり、それと一緒に細いマツの木が何本も植えられていて見た目も綺麗に落ち着きやすい。 さながら、銭湯などに大きく描かれている富士山とマツの絵を再現させたかのような立体的空間が見る者の心を癒してくれる。
それに、身体に付き始める湯気と微熱が、俺に一時の快楽を味あわせてあげようと誘って来ているかのようだ。 だが安心してくれ、元よりその誘いに乗るつもりだったさ。 疲れた身体を癒すのは、音楽かダンス、料理、そして温泉であると万物が創造された瞬間からの決定事項なのだと自論する。
早く入りたい………!
いかん、身体がうずうずし始めていけない……だが落ち着け、入るには一度身体の汚れを一洗いせねばならない。 これは常識だ。 神道的には禊に値するものだ。 温泉も一種の神聖な場所だ。 汚れたまま入るなんて、どこぞの神隠しに出てくるオクサレ様ぐらいしか許されんよ。 なんて考える前に、さっさと済ませよう。
風呂桶で湯船からあったかな湯をたっぷりと掬い、それを脚、胴、肩の順番に掛けてゆき、最後に顔に掛ける。 頭に掛けないのは、長風呂するのに髪を濡らして冷やさないためだ。 こんなんで風邪をひいてしまったら洒落にならん。
では、いざ――――!!
半永久的に熱を出す天然の良薬の中に脚を滑り込ませる。
「――――ッ!! くぅ~~!!」
脚を突っ込ませた瞬間に聞こえてくる、しゅわしゅわぁと炭酸のような弾ける音。 汚れた身体が特殊な反応を起こし、こうした不思議な音を出す。 そうだよ、これだよこれ!
脚先から伝わってくる熱に満足できなくなった俺は、そのまま、胴も沈ませる。
「―――くぁぁぁ………こ、これは……犯罪的だぁ……!!」
全身を浸からせた瞬間、これまで溜まってきた重荷がスッと消えていくような感覚に浸る。 そして軽くなった我が身をそのまま預け、ゆったりとした時間を過ごし始める。
「さ、さすがだ……この身体から痛みという痛みが流れ落ちて行く………これが、湯の力……!!」
これまで受けた傷だけじゃない、心の奥底にまで突き刺さった傷さえもやさしく包み込み癒してくれる。 そんな効力も備わっているんだよ、コレには。
こうした機会は東京じゃ絶対に触れることが無いだろうな。 帰ったら美華さんに感謝しないとな………
「やはり、温泉はいいモノだ。 ありとあらゆるしがらみから解放させてくれる………そう、まるであの時みたいに…………」
ふと脳裏に過ったのは、
変わらぬ夜空が目に焼き付いて離れなかった―――――
「――――んで、いつまでこそこそとしているつもりだ?
――――ことり」
ちゃぷんと水音を立てて反応を示すると、岩の向こうからゆっくりとその姿を露わにする。
立ち上る湯気と共に小さく揺れる長い髪。水面から跳ね返る光を浴びると、付着した水滴が天体に煌めく星座のように美しく輝く。 まるで、身体を星のベールで包んでいるかのようだ。 ベールの隙間から垣間見るふっくらとした身体と神秘的な肌の色をより美しく飾りたてていた。
見るからに美しい星々の女神は、顔を引きつらせては苦笑して、布一枚だけで隠された身体で俺の前に立った。
「あはは………バレちゃってた………?」
「とっくにな。 脱衣所に入った時から、先客がいるって分かってたし、ここに浸かっていた時から微かにお前の気配を感じていたんだよ」
「へぇ~、それってもしかして……蒼くんもことりのことを見ないでも感じてくれているってことだよね! 嬉しい!! やっぱり、私たちは相思相愛だったことが証明されたよ♪」
「それとこれがどうやったらイコール関係になるかんて知らねぇが、勝手にそう解釈するのはいかがなものかと……」
「何言ってるの! 私たちはお互いに愛し合って、こうして肌を重ね合わせてきた仲なんだから当然だよ!! ことりなんて、もう気配や匂いだけで蒼くんのことを感じられるんだよ!!」
「うぐっ……た、確かに……俺たちはそう言う関係だからそう言うことも………って、ちょっと待てぇ!! 気配とか匂いとかって、お前は犬かっ!!」
「蒼くんがどこに行こうと、ことりは付いて行くわん♪」
「絶対に楽しんでるだろ、お前………」
普通の人間は、匂いを嗅いだだけで人間を判別できるもんじゃない。 このことり、すでに十分な訓練を受けていると言うのかっ?! そう言えば、前に穂乃果が暴走した時にも匂いだけで判別していたみたいなことを言っていたな………つまり、暴走した反動で、あらゆる身体機能が細胞レベルで向上してしまったと言うのか?! だとしたら、残りの6人も同じような………いかん、考えただけでゾッとしてきた………
「もぉ~、蒼くんってばぁ~! ことりが目の前にいるのに、他のことを考えちゃ、ダ・メ♡」
「うおっ?! こ、ことり!!? この状態で抱きつくんじゃない! それに、当たってるし!!!」
「ふふふ、当たってるんじゃないよ、わざと当ててるんだよ♪」
そう言って、ことりは俺の首周りに腕を絡ませると、躊躇もなく俺の素肌にそのやわらかくも大きく実った罪の果実を押し付けてくる。 いい感じに引き上がる口から上唇をぺロリと舐める。 そして、ジトっとした目付きで俺を見つめる魔性の女・小悪魔ことりを堕天させた。
可愛らしくもあるが、同時に悪いことをしようと企むその様子に、嫌な予感しかしない。 色気たっぷりの身体を余すことなく俺の身体に絡みつかせ、熱の籠った誘惑をしてみせるのだ。 どちらにせよ、タチが悪いと言うことに変わりは無かった!
「こうしていると……ことり、もうガマンできなくなっちゃうなぁ~………♪」
淡い桃色の艶めいた声を通らせて俺に近付いてくる。 湯船で熱くなったのか、ほんのりと赤らめた頬をして、こちらを見つめていた。
ヤバイ、このままじゃ………!
心臓をバクバク打ち鳴らしながら、迫りくることりを必死で抑える。
この場所ではしたくない―――というのも、ことりとの行為を交じらせるというのは、かなり激しいモノとなることは必須だ。 それに、熱々の湯船の中でだ。 床の上ですら、脳が沸騰してしまいそうになるくらいに熱くなってしまうのに、ここでやったら
「うふふ♪ あれれぇ~どうしちゃったのかなぁ~? そんな余裕が無くなって、あたふたしている蒼くんもカワイイよ………もっと、食べたくなってきちゃった♡」
蕩けた口から漏れ出る言葉に、ぶるっと全身が震え立つ。 マズイ、コイツは本気で……!! そうも考えていられない。 ことりは、もう目と鼻の先にいる! 湿り気の含んだあまい吐息をこんなに近くで感じているのだ、理性に直接響いて俺をダメにしてしまう……!
ガラッ――――――
「「!!」」
ことりの色に押しこまれそうになる直前、水音しか響かなかった風呂場に、戸が開く音が鳴り響く。 お互いハッとなって、戸の方を見るとモヤに包まれながらも2人の影を捉える。
ヒタヒタと足音を鳴らして、ゆっくりとモヤの中から現れる身体――――スラッと細い肢体は空高く伸び、モヤに抱かれた瑞々しい肌は、朝露に濡れる葉のようキラリと艶めかせる。 どこを見ても美しく、どこに触れてもやさしい微熱に包まれる魅力的な身体――――が俺たちの前に現れる。
そんな彼女たちの姿を見て、互いに声を上げ出した。
「え、エリチカ?! 希!!?」
「ハァ~イ、蒼一……って、ええっ?!」
「あやや? ことりちゃん……もおったんか………」
モヤの中から現れ出てきたのは、白いタオルで身体を纏ったエリチカと希だ。 長い髪を痛ませないよう頭に巻き付けて、布からはみ出そうになるモノを見て、いつもと違った印象を植え付けさせる。 何と言うか……かなり魅力的に見えてしまっていかん………
それはそうとして、お互い顔を合わせて驚きの声を上げるのだが、少し様子が違う。 エリチカたちは、俺のことで驚いている様子ではなかったのだ。 というと、つまりは………
「えっ……蒼一だけしかいないと感じていたのに……どうしてことりまで………」
「むぅ~、ウチら3人だけで楽しもうと思ったんだんやけどなぁ~」
なるほど、そういうことか。
2人は、俺がことりと一緒にいると言うことを想定していなかったと言うのか。 それなら分かる。 けど、その驚き様にはまだ何かが…………
そう真剣な眼差しで見上げていると、おもむろにことりが俺から身体を離し、俺の横に座った。 それが、ちょうどエリチカの側から見ると死角となる位置にあるのだ。 それに、さっきとは打って変わって、浮かない顔を見せるのだ。
双方から何かが軋むような音を立たせつつも、揃って湯船に浸かりだす。 エリチカたちも俺の近くに寄ってきているため、先程まで広く感じていたこの場所も一瞬にして、狭く感じ始める。
色の付いた声が止み、静寂がやってくる。
どこからか湧き出るお湯の音だけが良く耳に響く。
だが、このどこか淀んだ空気が心をざわめかせる――――
「なあ…」
「「「………!」」」
一言だけ口から漏らしてみると、3人こぞって身を震わせる。 何も驚く必要もないだろうに………
けれど、彼女たちが互いに顔を合わせないようにしている様子を見ると、何となく、あぁ……そうなのだなと納得してしまう。 哀れに感じるか、それとも好機と捉えるべきか……運命の悪戯がそうさせた奇跡と思いつつ、彼女たちに問い質す。
「……お前ら、まだ“あのこと”を引き摺ってるのか……?」
「「「――――ッ!!!」」」
“あのこと”――――それは彼女たちにとっても、そして俺にとっても忌まわしく思うあの出来事に間違い無かった。
俺がそのことについて口を漏らすと、またしても3人こぞって身を震わせた。 表情にも陰りが生じ始め、湯船に浸かっているのに、肌が青白くなっていた。
「一体、どういうことなんだ……エリチカ?」
「いやっ……! そ、その………何と言うか………」
「希?」
「え、えぇっと、なぁ………」
「ことり……?」
「な、なんでもないよ………!」
みな俺に顔を向け合おうとせず、ただ下ばかりを見つめ続け、何も無いかのように答える。 けど、それは明らかに違う。 それぞれが事情を内に秘め、ひた隠しにしようと努めているのは言わなくとも分かる。 だから―――――
キュッ―――――
「「「えっ………?」」」
――――代わりに、開けなくちゃいけない。 それが俺の役割なのだから
3人の手を握り、背けていた身体をこちらに引き寄せる。 一瞬、驚いて目を大きく開けてこちらを見るが、お互いの顔を向かい合わせると表情を硬くしだす。 目も逸らし始めている。
「その様子だと、まだお互いのことを分かり合っていないようだな………どうなんだ?」
「そ、それは………」
「えっと………」
「………そうやで………」
「「希(ちゃん)!?」」
やはりか。 エリチカと希がことりと距離をとっていたのは、今に始まったことではなかった。 あの出来事が終わって以降、双方の間には、ずっと何かしらの隔たりが生じていた。 それを互いに埋めることも近付こうともしない、傍から見れば、何ともじれったく捉えてしまう姿だった。
しかも、その不穏な空気は他のメンバーに対しても与えているのだ。
「ウチは……まだ、怖いんよ………みんながウチのことをどう思っとるのかが……考えただけで胸が苦しくなるんよ………」
「………私も怖いわ……みんなを酷い目に合わせてしまったことが、今でも思い返しちゃうの………この手で奪いそうになった感覚が……じんわりと残ってるの………」
「すべてを壊そうとしちゃった………みんなで築き上げてきたものを一瞬で崩してしまおうとしていた………アレは無意識で起きたんじゃないの……間違い無く、私の意志でやってた……! それが……怖いの………」
黒く沈んだ顔を隠すように俯き、淀んだ心境を言葉にする。 ドロッと絡みつくような、心地悪い感覚が俺の内を這いずる。 それは、喉に引っかかった痰のようにしつこく、体調を危ぶませる嫌な物体。 それに近いような危険性をはらませていた。
同様に、彼女たちの中でもそれが渦巻いているのだろう。 それも、俺が感じるよりも深刻で、辛いモノなのかもしれない。 吐き出そうとしても取れない、そんな気色悪い感覚を今日に至るまで抱え込んできていたのだろう。
それが彼女たちに付けられた斑点―――――
だが――――――
「お前たちは、変わりたくないのか?」
「「「えっ――――?」」」
「今の状態から変わりたいと願わないのか?」
鋭い言葉で彼女たちに問いかける。
一見、無責任で難しいことを迫られているようにも見えるかもしれない。 けれども、それは違う。 これはとてもシンプルで、分かりやすい問いかけだ。
故に、難しい―――――
「「………っ! ……………」」
一瞬、口を開けて答えようとして見せるのだが、途中で躊躇ってしまい口籠ってしまう。 まだ、難しかっただろうか………そう考えて、諦めかけていた。
「………変わりたい………変わりたいよ………」
声を震わせ、目に涙を浮かばせて語りだしたのは、希だった。
「ウチだって、今のままは嫌や……もっと、みんなと普通にしていたいんや………! 寂しいのは嫌なんや……!」
「希………」
ボロボロと泣き崩れる姿は、見ててとても痛ましい。 普段から気持ちを表に出さない希が、ここまで声を荒げることは滅多にない。 それ故に、心に来るものが大きかった。
「私だって……変われるのなら変わりたいわ………けど、自分でもどうしたらいいのかが分からなくなっちゃうのよ……!」
「変わりたい……けど、みんなが本当に私のことを受け入れてくれているのかが、怖くて堪らないの………」
エリチカもことりも、声も身体をも震わせつつ話しだす。
彼女たちが揃って、そう感じてしまうのは当然のことだろう。 何故ならば、“あの出来事”の被害者でもあり、加害者でもあったのだから当然だろう。 彼女たちの辛い気持ちというのは、すべて拭いとることなど出来ないだろう。
だが、それでも―――――
「―――いや、その気持ちだけで十分だ」
「「「えっ――――」」」
ポツリと、言葉を水面に落とす。
「確かにお前たちは過ちを犯した。 それは、どんなに足掻こうとも拭いとることなんて出来ないこと。 一生をかけて付き纏う重責になるかもしれない」
「けど、それがお前たちの未来を完全に閉ざすものだと言う理由にならない。 未来は変われる。 それはお前たちの気持ち次第で変わっていくことが出来る。 誰かの力も必要かもしれない。 けど、それよりもまず自分が変わろうとすることから逃げちゃダメなんだ」
「もし、くじけそうになった時は、俺が受け止めてやる。 お前たちの傷付いたモノを俺が癒してやる。 たったそれだけことしかできないが、俺はお前たちの味方でありたい。 エリチカの、希の、ことりの彼氏として、俺は共に歩んでいきたい……そう願っているんだ」
そして、悲しげな表情で俺を見る3人の頭を、花に触れるようにやさしく撫でた。
「だから、もうそんな顔をするなよ……」
「そう……くん………うっ……ううぅ………」
「そういち………あぁ……そういちぃ………!!」
「ううぅ……うわああぁぁぁぁん!!!」
赤くなった目頭から滂沱の如く涙が流れ落とした。 溜まり続けていた感情のダムが、一気に崩壊してしまったのだろう。 まるで、赤子のように強く泣きだすのだった。
「おいおい、いい歳してそんなに大声で泣くなよ」
「だって……ひっぐ……だってぇ………」
「……ったく、しょうがねぇな………」
「えっ…………?」
俺はすすり泣くことりの身体を引き寄せると、腕を背中に回して、包み込むように抱きしめる。 それがいきなりだったからなのだろうか、鳴き声が一旦止んだ。 代わりに、湯よりも熱く火傷しそうな吐息が首筋に吹きかかる。 それが少しくすぐったくも感じてしまう。
「今回は……特別だからな………」
「………! うん………!!」
すると、ことりは鼻を啜りながらも明るくなりつつある声で答えると、張り詰めさせた気も緩み出す。 そして、流れ出る熱をゆっくりと肌で感じとる。 落ち着いたようだと、感覚がそう伝えるのだ。
「そういちぃ…………」
「ウチらも…………」
俺がことりを抱きしめているのを羨ましそうに眺めてくるので、呆れつつも少々思い悩んでから手を大きく広げた。
「ほら、お前たちも着ていいからさ」
「「うん……♪」」
そう言うと、2人は躊躇なく俺のわずかしかない胸の中に飛び込んできては、肌を擦り寄せだす。 つい先程まで、冷たい雨を流していたのに、今はもう温もりを持った小雨と共に晴れ間が顔をのぞかせていた。
「ねぇ」
エリチカが言葉をこぼす。
「ずっと……私たちのことを支えてくれるの……?」
少し不安気に聞こえる言葉。 それは、ことりと希からも同じような言葉を問いかけるような眼差しを向け出す。
それに、俺は迷うことは無かった。
彼女たちの身体をもっと抱き寄せ、肌と触れ合うことでの感触を今までにないくらいにくっ付き合う。 俺と一体化してしまうみたいにだ。
「当たり前だろ。 こんな、すぐにグズっちまうようなお前たちを放っておけるわけがないだろ? お前たちが嫌だと言っても一緒にいてやるさ」
「「「…………!! うん!!!」」」
もはや、ここに哀愁など無い。
ただ、心から喜ぶ彼女たちだけがそこにいるのだ。
そんな彼女たちを悲しませるようなことをさせちゃいけない。 ましてや、あの時の再来を起こすなど以ての外だ。 俺が彼女たちのために出来ることをすべてではないが、最善を尽くしていきたい。
それが、俺に与えられた使命なのだと強く思うのだ。
彼女たちの胸の中から聞こえる心地良い振動をBGMに、残りの時間、身体を湯船に浸すのだった。
そして、合宿初日の夜戦(夜這い)を繰り広げることに―――――
―
――
―――
――――
[ ??? ]
「はぁ………」
窓淵に頬を付かせ、外から吹き流れてくる潮風で顔を洗う少女がそこにいた。
少女は無気力に、ただぼぉーっと何も変わらない潮の満ち引きを眺めていた。 それを見て、何を感じたのだろうか、無意識に溜め息が漏れ出ていた。
「なぁ~んかつまんなぁ~い………つまんなさすぎて、もう、どーしよぉ………」
見た感じ、彼女は学生のようで、ちょうど夏休みが始まったばかりのようにも見える。 机の上にはやりかけの宿題の用紙が無雑作に置かれている。 大方、途中で飽きてしまったのか、面倒になって投げ出したかの2択だろう。 それが、彼女の性格なのだから。
「なにか、こう……うおぉー! ってなれるようなことが起こんないかなぁ………」
彼女が何を想像しているのか、わからない。 しかし、何か大きな変化を求めているのだろうと言うことは、言葉の節から捉えられる。
ふと、彼女は夜空に向かって手を伸ばし、届かない星々を掴もうとする。 けれど、それは叶わないことだ。 まるで、今の自分を重ね合わせているみたいだ。
「わたしって………変われたり出来るのかなぁ………?」
自らの無力さを痛感しつつも、ここにも、変わりたいと願う少女がいたのだった―――――
(次回へ続く)
ドウモ、うp主です。
最近まで、腰の調子が良くなかったのですが、よくなってきていて安心中。休暇中に、とんでもないことが起こるなんて……ホント、不幸だ………
こんな感じで、合宿編が始まったわけですが、さてさて、どんな展開が待っているのかお楽しみに~♪
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