[ 音ノ木坂学院内 ]
夏―――――
夏と言えば、お祭りやら海水浴やら様々な風物詩に身を浸したくなる季節である。 そしてもう一つ、夏には欠かせないあのイベントが待ち構えている。
そう、それは夏休みである。
学生諸君にとっては、これほどまでに長い休息の時間が与えられることがあるだろうか? いや、無いだろう。 これを機に思いきって羽目を外し、自分自身を解放してしまいがちになるのが恒例の出来事。 今年もどっかの誰かが珍事件を起こして世間をアッと言わせてしまうのだろうと、少々ほくそ笑みながら中空を見上げる。
そしてここ、音ノ木坂学院にも夏休みがやってくる。
夏休み中でも、大会やら合宿やらで、部活動に勤しむ生徒が多くいる。 俺たちアイドル研究部・μ’sもラブライブに向けて絶賛猛練習中である。 夏休み中も幾つものライブを掛け持ちしなくてはならない、ハードなスケジュールを抱えているため、体力もそうだが精神的にも辛い時期になるだろう。
ただ俺たちの当初の目的は、学校存続のためであることを忘れてはいない。 それはメンバー全員の共通意識としているので、無理でも押し通してしまいそうだ。
その手綱をうまく引いてやるのが、俺たちの役割だ。 体調もそうだが、みんなの学力の方についてもちゃんと管理させなくてはならない。
そうした様々な課題に直面しているということを伝えなくてはならない方々がいる。
そう、親だ。
メンバーそれぞれの親に、こうしたことがあると言うことを伝えなくてはいけないのも俺たちの役目。 貴重な時間を活動に割くわけなのだから、納得することは難しいだろうが理解はしていただきたいと思っている。
そんなこんなで、今日ここで、初となるμ’s保護者会と言うモノが行われることになるのだが………何やら不穏な空気を感じてしまうのは俺だけなのだろうか………?
何故か身の危険を感じつつ、ここに集まってくださる保護者たちに挨拶などを行うことになる。
…………というか、明弘のヤツはどこに行きやがったんだ………?
―
――
―――
――――
会場をセットし、資料も万全に用意し終えた俺は、これから来るだろう保護者たちの出迎えをするべく昇降口に立っていた。 これから逢うのは、穂乃果や真姫などの顔見知りと凛や花陽などと言った初対面の方々となっている。 当然ながら、前者の方々と話すのは楽な方だ。 さすがに初対面の方々と突っ込んだような話はできないからな。 そこら辺は気を遣っていかなくてはいけない。
ただ、ここで思わぬボロ出すようなこともしたくないものだ。
「あら、蒼一君。 もう準備の方は大丈夫かしら?」
「いずみさん。 そちらも大丈夫ですか?」
「ええ、こう言うのは慣れっこだから平気よ♪」
と、何だか嬉しそうに話をするのは、ここの理事長でありことりの母親であるいずみさんだ。 今回の保護者会の企画者でありながらも準備もしてくださったのがいずみさんで、いろいろとお世話になったのだ。
「初めてのことで緊張しちゃうかもしれないけど、リラックスしなくちゃいけないわよ。 あまり肩に力が入ると思ったようにいかないからね」
「そうですね。 いろいろとありがとうございます」
「いいえ、私の方こそお礼を言わなくてはいけません。 ことりと学校のために動いてくれて本当に助かっているわ。 感謝しています」
穏やかに微笑みながら話すいずみさんから、どことなく申し訳なさを含んだ何かを感じていた。 何か不安なことでもあったのだろうか? その何とも腑に落ちないような様子に思わず声をかけてしまう。
「大丈夫ですよ。 俺たちが必ずいずみさんと
自信満々な笑みを浮かばせて語りかけると、ちょっと意外だったと言うような驚きの表情で俺を凝視した。 すると、俺から顔を背けると、一瞬だけ身体を震わせていた。 そして、手で顔の何かを拭うような仕草をした後、さっきとはまったく異なる満面の笑みで「ありがとう」と言いこの場を立ち去った。
その時、顔から何かが煌めいたように見えたのだが………気のせいだったのだろうか?
いずみさんを見送り出して間もない頃、最初の1人が見えた。
「あら、蒼くん。 久しぶりねぇ~」
「お久しぶりですね、めぐみさん。 今日はよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくね~♪」
そう明るい声で挨拶をしてくれたのが、穂乃果の母親である、めぐみさんだ。
実家の和菓子屋『穂むら』の女将をしており、穂乃果との付き合いの中での延長で、よく逢っては話などをする間柄であるため結構話しやすい人だ。 ただたまに、お茶目なところを見せたりもするのだが、そこはさすが穂乃果の母親と言うべきなのだろうと言っておく。
よく似ているんだよなぁ、これが。
「そう言えば、最近、穂乃果の機嫌がかなりいいのだけど何か心当たりがないかしら?」
「さ、さあ……どうしてなんでしょうね?」
それは十中八九、俺のことなのだろうと当然のように察してしまう。 いや、それもおかしいのだろうけどさ。
穂乃果と恋人関係になりました、と報告することは実に容易いことかもしれない。 けど、それが穂乃果だけじゃないということも含めたとしたら絶対に話すことが出来ない! 多分アレだ、呆れるか叱られるかの二択出しかないと言うことは目に見えているのだ。
それも、めぐみさんだけに限った事でもないし………
「そう? でもまあ、家の中で無気力にグータラしているよりかはマシなのよね~………あっ、これが終わったらまたいろいろとお話ししましょうね♪」
「あっ、ハイ。 その時は………」
思わず声を上ずらせてしまいながら応えると、今回の資料を手渡して見送った。
さて、あと何人来るのだろうか………?
「あら蒼一君、こんにちは♪」
「おぉっ?! あぁ、美華さんでしたか………」
「うふふ、驚かせてごめんなさいね。 私ってば、ついついこうしたくなっちゃうのよ♪」
「は、はぁ………」
クスクスと可笑しそうにしているのは、真姫の母親である、美華さんだ。
この近辺に設立している西木野総合病院の院長夫人で、今も現場に出ることもあるらしい。 それに昔、俺が事故にあって死にそうにあったところを美華さんたちが救い出して下さったことがあり、そこから何度か交流を行っている。 最近では、真姫のことで頻繁に会うことをしている。
ただ毎度思うのが、美華さんのこの姿がどうも真姫をそのまま成長させたようにも見えてしまい、真姫もいつかはこんな姿になるのだろうかって想像してしまったこともしばしばあった。 と言うか、この姿になって積極的なアプローチとかされたらマジで悩むのだが………
「そうそう、この間まで真姫ちゃんのことを預かってもらってありがとね。 おかげで、真姫ちゃんが元気になってくれて、私も嬉しいわ!」
「そうですか、それはよかったです。 けど、俺は何も………」
「いいえ、すべて蒼一君が頑張ってくれたおかげです。 何かお礼をしなくっちゃ………」
「いいですよ、気にしなくても………」
「ダメよ! ここまでしてくれたのに、何もお返しもしないなんて幾らなんでも悪いわよ! あっ、そうだわ! だったら、ウチの別荘を使わないかしら? その、合宿とかに?」
「別荘ですか? まあ、合宿を行いたいと言う考えはありましたが………」
「じゃあ、決まりね! 日程はお任せするから、決まり次第私のところに着て頂戴ね♪」
「は、はぁ………」
とまあ、ぐいぐい押しに来る美華さんに対してほぼ流されるままになってしまった俺は、鼻歌交じりに廊下を歩いていくその背中を見つめるほかなかった。
しかしなんだ、渡りに舟って感じだな。 ちょうど、合宿をいつ行おうかなって考えていたところだったし、結果オーライだな。
さて、それも今回のお知らせの中に入れておくか…………
懐から手帳を取り出して、どの日程に入れるべきかを考えながらメモを取り始めるのだった。
すると、何とも軽やかに鳴り響く下駄の音色が近付いてきた。 とすると、今度はあの人か――――
「ごめん下さいまし」
「あぁ、どうもお越し下さってありがとうございます。
「あら、蒼一さんではありませんか。 御機嫌よう」
「こちらこそ御機嫌ようです。 今日もその格好で出歩くと大変ではないですか?」
「いいえ、慣れておりますし、今回のは薄めのモノを使っていますので着心地は良いのですよ。 蒼一さんもどうです?」
「機会があれば、是非」
そう涼しい風をなびかせる爽やかな笑顔を見せるのは、海未の母親である、
由緒正しい家元の道場で日舞いや茶道、生け花など師範をしており、そのせいか普段からこうして立派な着物を身にまとっている。 また、その言葉使いや作法もとても丁寧で、海未もそれを受け継いではいるがやはり格が違う。 身体から溢れ出る気品のある雰囲気が、周りを受け付けないと言うか、一線を画すようなものである。
美華さんが上流階級の雰囲気を漂わせるのなら、
いずれ海未もこんな感じに綺麗になっていくんだろうなぁ、とそのしなやかで美しい全身像に見入っていた。
「こら、蒼一さん。 あまり女性をそのように長く見るものではありませんよ!」
「………あっ! す、すみません……あまりにも綺麗だったのでつい………ッ!!」
「くすっ、正直でよろしい。 ただし、その言い方では女性を惑わしますからこれからは控えるように……ね?」
まじまじと見入ってしまったことを
こういうことを平然とやってしまうのだから、ちょっと反則的にも感じてしまう。 天然か、それとも策士か? その娘である海未と見比べさせると、天然のようにも思えてしまう。
家元は男心を弄ぶことも伝統的に受け継いでいるのだろうか? ちょっと、疑問視したくなってきた。
「それではまた」と一礼をして、静々と去っていく姿を見送ると、間髪いれずに更なる来訪者を待ちうけることとなる。
「とおちゃぁーく!!」
「ゆ、結ちゃぁ~ん……そんなに早く走らないでよぉ~……!」
荒々しい足音を立ててやってきたのは、セミロングな髪を勢いよく流す気性が荒そうな女性。 そして、その後ろをおろおろとしながら追いかけてくる御淑やかな女性の2人が、疾風の如く俺の目の前に現れたのだ。
このちょっとどこかで感じたことのなる雰囲気は………
「あのぉ……凛ちゃんと花陽ちゃんのお母様方でしょうか?」
「ん、おっ! そうだよそうだよ! あたし、星空
「あら、はじめましてですね。 小泉
ビンゴ! 本当に凛と花陽のお母様方だった。
俺から見て左側の女性・星空 結さんは、肩まで伸びる長い髪を振り回すも口からチラリと覗かせる八重歯と共に満面な笑みを見せつける気の強そうなお人だ。 身長は割と高めで、エリチカと比べても断然高い。 その見た目からしたらかなりの美人なんだろうが、どことなく感じられる悪戯っ子な性格が垣間見えるために気が引けてしまう。 凛もこうしたヤンチャな性格を受け継いでいるのだろうとしみじみ感じる。
そして、右側の女性・小泉
「……ってことはさ、キミがあの宗方 蒼一君かい?」
「えっ…あっ、はい。 そうですが……」
「あ! やっぱり? へぇ~……中々にイイ男面してんじゃないの~。 あたしももう少し若かったらキミみたいな子を好きになってたかもね~♪」
「こぉーら、結ちゃんったらからかわないの。 蒼一くんが困っちゃってるよ?」
「あはは……御気になさらず………」
そうは言うモノの、結さんが急に顔を近付けてきた時は、かなりビビってしまったなぁ………
凛と同じ姿を見せてはいるものの、凛とは違った大人な女性の魅力を見せつけてくるので、内心焦ってしまっていた。 それにヤンチャな性格と共に垣間見えた、獲物を狩るような眼つきが俺を鷲掴みしようとしていたのだから、更なる焦燥感に駆られてしまった。
いつか凛もこんな感じになるのだろうと思うと、その相手は大変なんだろうなと思い悩んでしまうところだ。
「けど、結ちゃんが夢中になっちゃうのも分からなくないなぁ。 なんて言うか、頼り甲斐がありそうな人に見えるからね♪ 花陽ちゃんもそんなところに惹かれちゃったのかな?」
「えっ?! 花陽から何か聞かされているので!?」
「うふふ、それは乙女の秘密よ♪ それにしても、“花陽”ねぇ~……うふふ♪」
うっ……なんか嫌な地雷を踏んでしまったような気がする………その笑みの向こう側にある悪戯な心が見たような気がしてならない!
もうそろそろ時間となる中、余った資料の整理をしていると、ドタドタと荒れた足音と息切れがこちらに段々近づいてくるのが聞こえてきた。 ふと、顔を上げると、スーツ姿の女性が1人扉を開けて入ってきたのだった。
「はぁ……はぁ………あぁ、疲れたわぁ………」
入って来て早々、肩をグッタリと落として見るからに疲れている顔を見せるこの女性。 正面から見ても誰の母親なのかがまったく分からない。
「えっと……付かぬ事をお聞きしますが、お名前は……?」
「あぁ……そうだったわね。 ちゃんと自己紹介しなくちゃ分からないよね?」
と頭をかきながら苦笑いをして見せると、スッと背筋を伸ばしてキリッと引き締まった表情をして俺の前に立つ。 一度咳払いをして、にこやかに話し始めた。
「どうも、はじめまして。 矢澤にこの母親の矢澤えみです。 どうぞよろしくね、蒼一くん♪」
「はいどうもです………って、俺自己紹介しましたっけ?」
「いいえ、アナタのことは、にこたちからたくさん聞いているから覚えちゃったのよ。 でも、こうして逢って見ると、イメージしていたより断然いい人って感じよ♪」
「そ、そうですか………」
鋭い目つきで俺をまじまじと見つめるえみさん。 髪を後ろで団子状にまとめて、顔全体を見えやすくしているため、えみさんの表情の細かいところまでがバッチリ見える。 それでも、にじみ出る優しげな雰囲気が心を落ち着かせるのだ。
「いつも、にこや私の家族のことに気を遣ってくれてありがとね。 私、仕事で忙しいからあまり家族と一緒にいられる時間が少ないから蒼一くんが来てくれて本当に助かっているわ」
「いえ、俺も好きでやっているものですから。 それに、にこがあんなに頑張っている姿を見せられては男として黙ってはいられませんよ」
「へぇ~、かなりしっかりとした男じゃないの。 にこもイイ男を見つけたものね」
「え、なんです?」
「ううん、こっちの話よ」
何かを含ませたようにも聞こえなくもなかったのだが、それは一体何を意味していたのだろうか? ただ、とても嬉しそうに緩んだ表情をしているところを見ると、こちらも気を揉ませる必要は無いのだと感じた。
「さて、満足したことだし、そろそろ次の仕事に行くとしますか」
「あれ、出席なさらないのですか?」
「したいのは山々だけど、こっちも仕事が詰まっているからね。 ごめんなさいけど、今日はここで」
「わかりました。 それではこの資料だけでも持っていてください。 にこたちのことにも関わることなので目を通していただけるとありがたいです」
「ありがとね、蒼一くん。 あと、ウチにはいつでも上がってもらっても構わないわよ。 こころたちも喜ぶしね。 それに………いいえ、何でもないわ」
「? それでは、御気を付けて」
そう一礼すると、えみさんはニコッと笑って見せてから忙しい足取りでこの場を去っていった。 その最後に見せたあの笑顔が、どことなくにこに似ていたような気もしなく、やはり親子なんだと実感を持てるようになった。
「―――っと、もう時間かぁ……どうやらエリチカと希のお母さんは来られそうもないか」
開始時間もあともう少しということで、俺も2人分の資料を片手に会場の方へと足を運び出す。 御2人には一度お逢いしたかったなぁと思うモノの、えみさんみたいに仕事の都合上で来られないと言うことも考えると、仕方ないなと割り切った。
「さて、何から話すべきかなぁ………」
走りながら今日の予定をもう一度確認して会場入りする。
保護者の方々はそれぞれ指定の席について待ち望んでいる様子。 時間はあと少しだけあるが、早目に行うべきだと判断し繰り上げて開始の挨拶を行う。
「あー………御集りのみなさん。 御忙しい中、我々のために時間を割いて下さり誠にありがとうございました。 これより、音ノ木坂学院アイドル研究部の保護者会をとり行わせていただきます。 どうぞ、よろしくお願いします」
そう一言挨拶を行い一礼すると、わずかながらの拍手を貰いつつ席に座った。 主催者は俺と明弘………の予定だったのだが、当の明弘が直前にどっかに行ってしまったために俺一人が仕切ることとなってしまった……! 企画を提案・準備をしてくださったいずみさんは、一応、顧問的な立場となって俺のことをサポートしてくれるのだが、実質俺の独壇場である。
はぁ……マジかよ………と溜息をつきたくなるのだが、こうなってはやり通すしか他になかった。
「それでは、御手元の資料をご覧になりながらこれまでの活動と今後の活動について説明させていただきます―――――」
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数十分経過時―――――
「まったく、ニホンの渋滞というのはどうしてこうもヒドイものなのかしら……おかげで、時間が大分過ぎちゃったじゃないのよ! ………ったく………」
学院前に止まったタクシーから1人の女性が降りると早々、眉間にしわを寄せてこの国の交通事情に文句を付けていた。 それでも、ここまで連れてきてくれた運転手にはキチンと料金を支払い、車内で悪態を垂らしていたことのお詫びとして数枚の札を上乗せして手渡していた。
そうした意味では、かなり良識のある人物と見える。
「さて、あの子が恋焦がれている男の素顔でも拝んでやろうじゃないの………」
懐から1枚の写真を取り出し、それをジッと見つめていると、ニヤリといかにも深い意味がありそうな表情を見せる。 そして、コツコツとヒールを地面に打ち鳴らして前に進むと、束ねた髪を降ろして風に泳がせた。
金糸を束ねたようなその髪が日差しを反射させている姿を見ると、まるで彼女の愛娘と錯覚してしまうほどに似通っていたのだ。
サファイアのように青い瞳が鋭く煌めいていた。
(次回へ続く)
ドウモ、うp主です。
今回初の試みであるμ'sメンバーの母親たちの登場を実現させてみました。ただ、紹介だけで終わってしまったのですがね………
次回は本格的な話をすることになるのですが………その内容はカオスの一点張り……怖いなぁ…怖いなぁ………
そんなこんなで、次回もお楽しみに!
今回の曲は、
『Fate/kaleid liner プリズマ☆イリヤ』より
オリジナルサウンドトラックより/『少女の茶番』
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