蒼明記 ~廻り巡る運命の輪~   作:雷電p

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第97話


西木野真姫、最後の1日

 

【前回までのあらすじィィィ!!!】

 

 

 半年間に渡る外伝の執筆も終わって、ようやくこの本編に戻ってくることが出来た蒼一とうp主。 早速、蒼一を中心に書いて見たモノの、気が付いたら………ハーレムになっていた!!?

 

 だが、こうした事態を作ってしまったのは、うp主のせいである。 『なんか……違くね……?』と白目をひんむきそうになりながらも、こうした路線でいくしかないと再確認をしたうp主。

 

 

『まあ、イチャラブハーレムが今後の話に登場することになったと思えば、描くジャンルが広くなっていいんじゃね?』と開き直ってしまうのだが、果たしてこの作品の明日はどっちだ………?

 

 

 

『ただの作者の言い訳じゃねぇかよ……』

 

 

 すまん、これでいかせてもらうわ…………

 

 

 

 

 

 

 

――

――― 

―――― 

 

 

 

 前略、みなさまへ―――――

 

 

 晴れて俺は、あの地獄のような日々を抜けだして、こうしていつもと変わらない平穏な一日を過ごしています。 最近は、外の日差しがかなり強くなってきており、気温もバカにならないほどの灼熱地獄中だとか。 もはや、エアコンなしでは生きていけない、そんな夏真っ盛りな毎日が俺の新たなる日常となりました。

 

 そうそう、前にも話しましたが、こんな俺にも彼女ができました。 しかも、8人です。

 驚く人もいるかもしれませんが、これが現実なんです。 先日までのあの出来事が俺と彼女たちの関係を一気に縮めさせ、お互いの気持ちを深く感じ合えるような間柄となったことで、こうして共に歩む決意を固めたわけです。

 そして今では、そんな彼女たちから積極的なアプローチが絶え間なく続いていると言う現状になっているわけで………正直、悩みどころである。

 

 

 現状、その中の1人のことについて話したい―――――

 

 

 

 

 

 

 

――――俺の背中にベッタリとくっ付いて離れようとしない、ウチの同棲者のことだ―――――

 

 

 

 

 

 

「……なぁ、いい加減離れてくれないのか………?」

「……イヤよ……今日はずっとこうしていたいんだから………!」

 

 

 ムスッとした声を漏らし、絶対拒否の態度を示す彼女――――バラのような上品な匂いを纏わせた肢体を押し付ける彼女こそ、訳あってウチの同棲者となった真姫である。

 

 只今、絶賛反抗期を迎えております…………

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 

 事の発端は、つい先日のことである―――――

 

 

 

『そろそろ、真姫をウチに戻そうと思っているんだ――――』

 

 

 そう啖呵を切ったこの人は、真姫の父親である結樹さんだ。

 数十分前にいきなり連絡を入れてきて、西木野家に上がり込んだ俺は、すぐに結樹さんと話し合いに臨んだ。 そして、単刀直入言い放ったのがこの言葉だったのだ。

 

 それを耳に入れた瞬間、思考が停止してしまったようだった。 危うく手にしていた飲み物の入ったグラスを落とし掛けそうになるほど、俺は動揺していた。 それもそうだ。 真姫と同棲してから早1ヵ月近くが過ぎようとしていたという事実が、俺の中では“ごく普通の日常”だと脳が自動的にインプットされていたのだから。

 それをいきなり手放されるとなると、やはり、心が落ち着かない。

 

 結樹さんはその理由について言葉を続けた―――――

 

 

 

『以前、真姫があの一件でPTSDに発症したことを覚えているね? あの後に私がここに帰ってきた時に診断を行ったのだが、その症状がかなり改善されててね、これを機会にまたウチで暮らせるようにしようと思っているんだ』

『は、はぁ…………』

 

 

 真姫が抱えていた病状が善くなってきているという朗報だと言うのに、何とも粛然としない嘆息のような声が口から漏れ出てくる。 嬉しいはずなのに、素直に喜べないでいる自分がここにいる。

 

 

『今日まで娘を預かってくれて本当にありがたいと思っている。 蒼一君のおかげで、真姫はあんなに元気になれたのだから』

『いえ、俺は何も………』

『謙遜することは無いよ。 実際、蒼一君だったからこそ真姫を救うことが出来たのだと、私はそう思っている。 本当に感謝しているよ』

 

 

 穏やかな声で言うと、結樹さんはその場に座ったまま深々と頭を下げて、感謝の気持ちを表していた。

 だが、それでも俺は内心戸惑いを隠せないままで、結樹さんからの最後の願いを受けてこの場を去ったのだった。

 

 

 

 

――

――― 

―――― 

 

 

 

――――と言ったことがあってだな、そのことが真姫の耳にも入ると、次の瞬間こうなっていたってわけだ。 俺と同じくかなり驚愕したのだろうと思う。 その時に見せた表情が、まるでこの世の終わりみたいな絶望感を孕んだモノを見せていたのだから。

 

 正直言って、俺自身もかなり悲しく思っている。 けれど、真姫のこれからのことを考えるとこのままではいけないのだと言うことは、言わずともよく理解している。 俺には俺の居場所があるように、真姫にも真姫の居場所と言うモノがちゃんと存在する。 それを奪う権利を俺にはまだ持っていないのだ。

 

 ちゃんと、元いた場所に戻すことがいつしか俺の使命となるのだった。

 

 

 

 

 だが、実際に行うことは難航極まりないことであった。

 

 まず、真姫が俺の身体から離れようとしないことだ。

 結樹さんからの連絡を受けて以降、真姫は俺の背中もしくは胸辺りに抱きついてきてはずっと離れようとしない。 ギュッと力の籠った腕で固定され、そのまま顔と身体を埋もらせて離れようとする素振りなど1ミリも見せようとしなかった。

 それに無理に離れようとすると、とても切なく悲しそうにこちらを見つめだしてくるので余裕が無い。 ましてや、しばらく時間を開けてしまうと目の色が濁りだし光の無い瞳を向けて差し迫ってくるのだ。 その際、まるで壊れかけのラジカセみたいに「なんでなんでなんでなんでなんで…」と黒々しい言葉を吐きながらなので、恐怖の倍増は待ったなしと言ったところだろう。

 

 

 そのためか、俺自身に休まる時間などどこにもなかったのだ…………

 

 

 

 こう言う時は、専門家に聞いた方が早いだろうと判断した俺は、早速ある人に連絡を入れ始める。 明るいコール音が数秒程度流れた後に、おっとりとした心休まるような声が電話越しから聞こえ出す。 俺の名前を伝えると、相手は声のトーンをさらに1オクターブ以上跳ね上げたような明るい口調となって親しげに話し出す。

 

そんなこの人に、単刀直入で聞いてみたのだ―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「美華さん、どうしたら真姫を――――――――」

 

 

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 

 

 憂鬱だわ―――――

 

 

 本当に憂鬱過ぎて何もしたくない、そんな気分が私の身体を覆い尽くしていた。

 当たり前なことだと思っていた。 それが私にとっての普通の生活なのだと思い違いをし続けていたのだろうか?

 いいえ、違うわ。 これは思い違いなんかじゃない、実際に確かに存在した私の日常だったのよ。

 

 なのに、それは一瞬にして崩壊してしまう―――――

 

 

 パパから家に戻ってくるように言われちゃったの。

 普通だったら飛び跳ねるくらい嬉しいことなのに、何でだろう……胸に大きな塊が現れて、飛び跳ねることを許してくれなくなったのだ。

 

 私は普通じゃない、そう判断するのに時間は要らなかったわ。 私は心のすべてを奪われてしまったのよ。 多分、そう言えるのは世界中で私だけかもしれない。 大袈裟のように聞こえるかもしれないけど、それが今の私の気持ち。

 

 そんな私からすべてを奪い取った天下の大泥棒は、強く勇ましく決して諦めようとしない不屈の精神を持ち、私のことを救いだしてくれた愛しの君――――

 

 

――――蒼一は、いつしか私の心の支えとなっていたのよ。

 

 

 パパのひょいとした提案で始まったこの同棲生活は、私にとって天にも昇るような話で、毎日が素敵な時間だった。 私の本当に好きな人とこうして一つ屋根の下で暮らすことが出来る、こんなに心躍るような話が他にあっただろうか?

 

 いいえ、無いでしょうね。

 そして、こんなにも幸せな気持ちになった人もいないことでしょう。 それほどまでに、私はこの生活を気に入っていたのよ。

 

 私のすべてを曝け出し、そのすべてを彼のために捧げたことで手にした限りなき愛。 この愛を基に、私たちは愛し愛し合う関係にへと進展することが出来た。 それはもう、恋人以上の関係と言っても過言じゃないわ。 もはや、一心同体。 そう言えるくらいに私たちは大きく変わっていったの。

 

 

 

 それが、あとわずかな時間で終わりを迎えてしまう―――――

 

 そう思うと、居ても立ってもいられなくなって、蒼一の身体に抱きついていた。 蒼一から感じられるこの匂い、温もり、気持ちが一心に私の身体に注ぎ込まれていく。 あぁ……こうしてい続けていたい。 離れたくもないし、忘れたくもない。 この私にだけ与えられたこの時間を誰にも渡したくない。 たとえそれがみんなであっても…………

 

 ごめんなさい。

 でも、許して。

 

 

 こうでもしないと、私は多分…………

 

 

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 

「ん~………どこにいったかなぁ…………?」

 

 

 3階の物置部屋の中で、俺はとあるモノを探し始めていた。

 それは、俺にとってとても大切な代物。 俺と一心同体とも呼べるモノだ。 それがここのどこかにあることは分かっている、だが、あまりにもモノが多すぎて探し切れない。

 

 

 無暗やたらに積まれた段ボールの数々。 その中の大半は衣装道具ばかり。 それは以前に使っていたモノで学園祭の時に着ていた衣装と同様のものばかりが収められている。 その中のどれかにあるのだが………う~ん、やはり見つからない。

 

 

 どうしてこんなことをしているのかと言うと、美華さんに相談した結果故にここにいるのだ。 真姫を西木野家に戻す、そのためには俺からの依存をある程度緩和させなくてはいけない。 無理に切り離すこともできなくはないが、恋人関係になった以上、悲しませるようなことは決してしたくは無かった。

 そのために、一番良策とも呼べる手段を見出したわけなのだ。

 

 

「しかし……肝心のモノが見つからないと話にならんなぁ………」

 

 

 探し始めてから、かれこれ数十分が過ぎようとしている。

 これ以上こうしているわけにはいかない。 と言うのも、さっきから携帯にガンガン連絡が入って来ている。 しかも、それがすべて真姫からなのだ。 今の真姫は精神的に不安定な兆候にあることは確かだ。 そんな状態を長い時間放っておいておくわけにはいかない。 また、あんなことになっては取り返しが付かないからな。

 

 そう考えると、気持ちを逸らせてしまう。 急がなくちゃ………

 

 

「……っと?!!」

 

 

 急いだせいか、身体が積み重なった箱にぶつかり、それらがドンッと勢いのある音を立てて倒れだしてしまった。 あちゃぁ………と目も当てられないほどに中身が散在してしまう。

 

 

「こりゃあ、戻るのに時間が掛かりそうだ………」

 

 

 そう溜め息を落としていると、見覚えのあるモノが目に入った。

 

 

 

 

「これは………あっ!」

 

 

 それを手にすると、俺が探し求めていたモノであるものであることがわかった。 その色褪せることもない強く光放つそれを見つめ、すぐにポケットの中に仕舞いこんだ。

 

 

「あとは、これに俺のを加えれば………」

 

 

 ポケットの中に突っ込んだ手をギュッと握りしめて、気持ちを新たにする。 これが俺からの―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 

 

 運命の時間が差し迫ってくる――――――

 

 

 私と蒼一とのこうした時間が、あと12時間弱となってしまったことに心の余裕が乏しくなってくる。 1分1秒と時計の針が音を立てて進むごとに、私の心に圧し掛かる重苦しいモノが息を詰まらせる。

 

 イヤ……終わりたくなんかない………私は、ずっとこうしていたい…………!

 

 

 けど、時の流れが私の想いと反して悲しい現実を突き付けてくる。 いっそのこと、時を止めてしまいたい。 そうすれば、蒼一との時間が想いのままに伸ばすことが出来る。

 もっといたい……もっとアナタのことが知りたい………そのためなら、もう数週間……数か月………いえ、一生をアナタと共に過ごしたいとさえ考えてしまうわ………!

 

 

………できることなら………ね………

 

 目の前にある時計の針を止めようが、巻き戻そうが、目に見えない時計が正確に刻々と時を押し進める。 それを止めることなんて出来やしない。 私の手元にあるお金、そして、ウチの全財産を高く積もうが、1秒たりとも戻ってくることなんて無いのだから…………

 

 

「そんなこと………言わなくたってわかっているのに………」

 

 

 無意識にボソッと口から言葉が零れ落ちる。

 けどそれも、儚い無味な空気となって空高く飛んで行ってしまう。 すべてがイヤになってしまう、そんな憂鬱な気持ちが私の中で渦巻くのだった。

 

 

「静かだわ………」

 

 

 私に与えられた部屋でただ一人窓から夜空を見上げていた。 部屋の明かりも付けず、外の光だけが私を照らす明りとなるだけだ。 たそがれる……と言うには、時間が過ぎてはいるけど、気分はまさにそんな感じ。 どうしたら、こんな気持ちを晴らしてくれるのだろうか? モヤモヤとした気持ちを抱えながら、窓辺にもたれて1人溜め息を漏らす。

 

 

 

 コンコンッ――――――

 

 

 

「―――真姫、入るぞ」

 

 

 扉のノックと共に聞こえた愛しい声。 あぁ、その声を聞くだけで心が躍動してしまう。

 けど、今顔を合わせてしまえば、私は泣いてしまうだろう。 喜びよりもアナタとはなれると言う悲しみの方が、遥かに凌ぐからよ。

 

 

 けど――――

 

 

 

 

「――――ええ、いいわよ」

 

 

 それでも私はアナタに逢いたかった―――――

 

 

 扉の開く音が鈍く聞こえてくる。 それに足音も。 私はアナタに背を向けたままだけど、分かるのよ。 この身体に沁み込んだアナタの感じをすべて、私はわかっているのよ。 アナタが今、私とどのくらいの距離にいるのかも、アナタがどんな気持ちでいるのかも分かる。

 

 だから………だからこそ、アナタと離れたくないのに………

 

 

 

「――――真姫」

 

 

 私の身体をやさしく包み込んでくれるような声が私に臨んだ。 それを聞くと、身体が過剰に反応し出す。 身体が……気持ちが……激しく求めている。 私はそれを表面に出さないよう努めた。

 

 

 

「となり、いいかな?」

 

 

 そう言われると、全身が騒ぎ出し始めた。

 蒼一が隣に? それは私の感情が崩壊してしまいかねないことだわ。 アナタの姿を見たくないと感じている中で、そう言われてしまうと私は冷静でいられなくなる。

 

 なのに―――――

 

 

 

 

「――――ええ、いいわよ」

 

 

 口は正直だ。 私の本当の気持ちだけを代弁してくれる。

 私の口から言葉が出たと同時に、蒼一は私の隣―――向かい側―――にもたれた。 チラッと横目で見てみると、蒼一も夜空を見つめていた。 蒼一は落ち着いた様子で眺めているけど、私の内心はバクバクと鼓動を打ち鳴らしていた。 少し見るだけでこのくらい高まるのに、向かい合ってしまったらどうなってしまうのだろう………そんなこと、言わなくても分かるような気がした。

 

 

 しばらく、お互いにジッと空を見つめ合っていた。

 どこから話しかけたらいいのだろう、そうモヤモヤさせていると、私よりも先に声が聞こえてくる。

 

 

 

「真姫と過ごしたこの数週間、あっと言う間だったな。 大きなスーツケースを引き摺ってやってきたのが、まるで昨日のようにすら思えてきた………」

 

 

 しっとりとした声が聞こえてくる。 何だか、聞いていると悲しくなってくる、そんな声だ。 見なくても分かる、蒼一は今悲しそうな表情をしているのだろうと察した。

 

 

「あって早々抱きしめてくるわ、どこに行っても付いてくるわ、気が付いたら布団の中に潜り込んでいるわと、まったく頭の痛いことばかりしてきたもんだ」

「ええ………」

「楽しいこともあったが、辛いこともあった………あの日々を今でも思い出してしまうな………」

「そう………ね…………」

 

 

 “あの日々”、私たちが自分を見失っていたあの時期は、悪夢のように思い返してしまう。 一心不乱に蒼一だけを求めていたあの時のことを振り返ると、どうしてこうなってしまったのだろうと塞ぎ込みたくなってしまう。

 

 

 

 

「………けど、あそこで俺は大切なモノをたくさん見つけることが出来た。 俺が本当にしなくちゃいけないこと。 みんなのために何が出来るのか、そうしたことがわかったような気がするんだ。 それに――――」

 

「――――ッ!!」

 

 

 私の手に暖かな感触が包み込み始めた。 視線を降ろして見ると、私の手に蒼一の手が。 大きくて硬い肌が私の手を彼の許にへと誘う。 思わず、私は彼の方を向いてしまう。 そしたら、顔が合ってしまった。 あの私を救ってくれたあのやさしい笑顔をこの瞳に惹きこまれてしまう!

 

 

………ダメ………ダメよ………抑えきれなくなっちゃう………!

 

 

 彼の顔を見た瞬間、激しい動悸と全身が震撼してしまう現象に襲われる。 感情が高ぶり始め出していた。 そんな姿を最後に見せたくない……! 必死に堪え、耐えに耐え続けようとする。

 

 

 でも、アナタのその言葉を聞いてすべてが抜け落ちていく、そんな気分になってしまったわ。

 

 

 アナタが紡ぐその言葉は、私を――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――真姫を本当に愛することが出来るようになれた」

 

 

 

 

――――強く抱きしめてくれたのだから

 

 

 

 

 

 

 

「――――――ッッッッッ!!!!!」

 

 

 

 

 止まらない――――涙が

 

 

 止まらない――――感情が

 

 

 止まらない――――アナタを想う気持ちが、私を抱きしめてくれるのだから

 

 

 

 溢れ出す感情をもう抑え込む必要はなかった。 すべてを解放して、アナタの許へと駆け付けた。 アナタと一つになる――――そうすることでしか、私は私を抑えることが出来ないのだから………

 

 

 やっぱり無理だったわ。 私ほど我慢と言う言葉が似合わない人なんていないだろうと思えてしまうわ。 ごめんなさい。 でも見逃して、私が彼を愛していられるこの時だけ、自分を曝け出させて頂戴。

 

 

 今だけ、溺れさせて――――――

 

 

 

 蒼一の懐に入るとそのままギュッと抱きしめた。 まるで母親に甘える赤ん坊みたいに、私も蒼一に甘えているのかもしれない。 けど、こうしている時だけ、私は気を休めることが出来る。 これほどまでに充実した時間は無かった。

 

 

 

 

「真姫。 キミに渡したいモノがある」

 

 

 そう言うと、蒼一は私の身体を離させた。 また、ジッと向かい合う体制になると、蒼一はポケットから何かを取り出して私の手の中に収めさせた。

小さくて、何か長いモノのような感触………それに、蒼一の温もりが感じられた。

 

 

「開いても……いい………?」

 

 

 そう尋ねると、「いいよ」と返事してくれたので、ゆっくりと手の平を開かせる。 すると、中から出てきたのは――――

 

 

 

 

「――――綺麗――――!」

 

 

 

――――小さな青い宝石を付けた、美しい銀色のネックレスだった

 

 

 夜の光に照らされると、全体が明るい銀色を反射させるので、まるで夜空に瞬く星のように見えてしまう。 それに、真ん中にこしらえられた青の宝石が幻想的な光が瞳を輝かせた。

 

 

「これは、俺が最も大事にしているモノの1つ。 肌身離さず、ずっと持ち続けていたモノなんだ。 それを真姫に渡すよ」

 

 

 目を細めて朗らかな表情をして私にそう言った。

 

 

「そ、そんなに大切なモノなら、私が持つわけにはいかないわよ………!」

 

 

 蒼一の言葉を聞いて思わず口にしてしまう。 だって、蒼一がとても大事にしていたモノなんでしょ? だったら、どうして私なんかに渡す必要があるのか分からなかった。

 

 すると、そんな私の心配をよそに、蒼一は口角を引き上げて微笑んで応えた。

 

 

 

「だからこそ、なんだよ。 俺の大切な真姫だからこそ、俺の大切なモノを渡したいんだ。 受け取ってもらいたいんだ………」

 

 

 ずるいわよ…………そう言われてしまっては、何も言い返せないじゃないの………

 手の平にあるモノをもう1度目にすると、私はそれを受け入れた。

 

 

 

「………分かったわ。 大事にするわ」

「そうか………ありがとう………」

 

 

 そう言うと、蒼一は実に嬉しそうな表情で私を見ていた。

 それを見て、私も嬉しかった。

 

 悲しんでしんでいる姿なんて見たくない、穏やかに笑っているその姿を私は見たかったの。 そう思うと無性に嬉しくなるとともに、顔を紅くしてしまう。

 

 

 

「それじゃあ、付けてみようか………」

 

 

 蒼一は手の平にあったそれを手にすると、それを私の首に回して付け始めた。 近付く顔に心臓をバクバク鳴らしながらも、私はジッと堪えて待っていた。

 

 

 

「これでいい………あぁ、綺麗だ………良く似合っているよ」

 

 

 着け終わり、私の姿を改めて見た蒼一は感嘆の声を漏らした。 目を潤わせて、少し涙ぐみそうになっているその顔を見ていると、こっちも目を潤わせちゃうの。 とても晴れやかな気持ちになりながら、私は見つめ合った。

 

 

 

「真姫。 明日から俺と離れ離れになってしまう。 元の生活に戻るんだ。 けど、その時寂しくなったり恋しくなったりした時は、そのネックレスを思い出してくれ。 それを俺だと思って身に着けていてくれ。 俺はいつも真姫と共にいるんだって、思い返してくれ」

「―――――ッ!! そういち…………そういちぃぃぃ!!!!」

 

 

 

 抑えた感情が限界値を突破した。 溢れ出る感情を放出しながら私は蒼一を抱きしめた。 嬉しかったから……こんなにも、私のことを大事に想っていてくれたことに涙が止まらなかったから!

 

 あぁ、私は本当に幸せ者だわ。

 罪深く、一度死んだこの私が、こんなにも愛されているだなんて想像もしていなかった。 “嬉しい”という言葉以外にどんな言葉で言い表せばいいのかしら? この……溢れ続けるこの感情をどう表現したらいいのかしら?

 やっぱり、“嬉しい”の一言に尽きるほか何も無いわ! だって、心の奥底から嬉しいのだから!!!

 

 

 

「最後に……何かしたいことはあるかい?」

 

 

 囁くような声で私に尋ねられる。 けど、長く悩むことなんて無かった。 だって、もうすでに決まっていたから………

 

 

 

 

 

「アナタと―――――したい………」

 

 

 そう言うと、蒼一は少しだけ渋い表情をして見せたけど、すぐに「わかった」と言って私を抱きあげたの。 「ここじゃ不味いから…」ということで私は、蒼一の部屋へと誘われてしまう。

 

 

 

 そして私は――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――最後の夜を共に過ごした

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 

「ケースよし、持ち物よし、忘れモノもないわね」

 

 

 とうとう、この日がやってきた。

 大きなスーツケースを横に立たせて、真姫は玄関で最後の確認をしていた。 数週間分の荷物がすべてここに詰まっているのだが、こうして見ると何だか小さく思えてしまう。 なんでだろうな?

 

 

「もうチェックはいいのか?」

「大丈夫よ♪ それに、もし忘れたとしても、また泊まりに来るからね♪」

「それじゃあ、帰った意味が無いじゃないか………」

 

 

 冗談交じりの会話で花を咲かせ、別れの気持ちを吹き飛ばそうとしていた。 その少し後を引くような言い方が、トゲが引っ掛かるみたいにもどかしく聞こえたりもした。

 

 だが、それでも自信満々な表情を浮かばせて笑うあの姿を見ると、安心してしまう。

 

 

 

 すると、家の外で迎えの車のクラクションが鳴り響く。

 

 

 

 

「あっ、迎えが来たみたい………!」

「………そうだな…………」

 

 

 本当の別れが来たようだ。

 

 真姫もそれを意識し始めると、すぐに身体が動こうとはしなかった。 雲行きが怪しくなってきた。 ここまで来て、帰らないなんて言わないだろうか? 少し心配になってくる。

 

 

 

 けど、真姫は「ふふん」と鼻で歌うと、また明るい表情を見せ始める。 そして、俺と顔を合わせた。

 

 

 お互いの顔をじっくりと見つめ合う。 これがここでの最後の出来事になるかもしれない。 俺はそれを1秒たりとも無駄にしたくなかった。

 

 

 

「蒼一………」

 

 

 切ない声が俺に臨んだ。

 真姫が今何を求めているのかを感じとると、俺は大手を振ってその身体を抱きしめ、やさしく口付けを交わした。 真姫は頬をわずかに赤く染めながらも微笑んだ。

 

 

 

そして――――――

 

 

 

 

 

「―――――またね――――――」

 

 

 

 

――――俺の腕をすり抜けて、その扉を開くと、外の眩しい光の中にへと消えて行ってしまった

 

 

 

 

 

 

 

「………あぁ、また逢える……だから、大丈夫さ………」

 

 

 

 閉じきった扉を前に、応えることのない言葉を口にすると、1筋の滴を床に垂らしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

――

――― 

―――― 

 

 

 

 

「………終わった………のね………」

 

 

 迎えの車の中で、小さく呟く真姫。

 彼の家がどんどん遠退いていくのを見ながら、彼女は1人寂しくなる。

 

 

 ここから新しい日常が待っている、希望を持って臨んではみるモノの、やはりあそこで過ごした日々がどうしても忘れられなかった。

 

 

 

「………蒼一………」

 

 

 彼の名前をぽつんと呟く。

 

 

 すると、彼女は手持ちのカバンの中からファイルを取り出す。 そこから、数枚の楽譜を抜き出してそれを見つめだした。

 

 その楽譜は、これまでにμ’sのために作曲したモノとは、まったくの別物だった。 まだ未発表の新作――――昨晩の蒼一が眠りについた時に、1人で作業を行い、書きあげたモノ――――を真姫はわずかに微笑んで見ていたのだ。

 

 

 

「いつか………いつか必ず………この曲をアナタに…………」

 

 

 

 そう言うと、真姫はその楽譜に濡れた音符を1つ零したのだった。

 

 

 

 

 

――――それぞれは異なる道を進むが、いずれまた同じ道を進むことを夢見て、2人の若者は新たなる日常を迎えるのだった――――――

 

 

 

(次回に続く)

 




ドウモ、うp主です。

今回でとうとう真姫との同棲生活が終了と言うかたちになりました。
期間的には、数週間と言うことになっていましたが、話数的にはそんなに無いという現実………ま、まあ、ほとんど外伝で描いたから結果オーライにさせてください()

そして、ラストがかなり意味深な展開で終わりましたが、ここからは読者さんの想像にお任せいたしますわ。これが物語のラストにどんな影響を及ぼすのか?

それは、お楽しみにって感じです。


次回は、ようやくこの話を描ける………μ's保護者会。


さて、誰が出るんでしょーねー(白目


次回もお楽しみに


今回の曲は、

『Angel Beats!』より

Girls Dead Monster/『一番の宝物(Yui ver.)』

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