【プロローグ】
[ 南家 ]
現在、今度のライブで披露する新曲を制作中の俺とことりは、ことりの家に来てその作業に没頭していたのだが…………
「ふぇ~~~ん……なにもおもいつかないよぉ………」
「そこを何とか頑張ってくれぇ………そっちができないとこっちも上手く作業が進まないんだ………」
ことりは作詞の方を、俺は作曲の方を担当しているのだが、進行状況はあまりよろしくはないのだ…………
ことりは前回ユニット曲の作詞に関わっていたので出来るのではないかと言う希望的観測を抱いてはいたものの、いざ蓋を開けてみると、なかなかに上手くいかないのが実情だった。 その一方で、俺の方も思わしくないことになっている。 真っ白な譜面を目の前にして、何もいい感じのモノが思い浮かべずにいるのだ。
いつもは編曲のことをメインとしているので、1から曲を作るということはほとんどやったことがないのだ。 頭の中ではチラホラとメロディの片鱗が飛び交ってはいるが、それを1つの曲として繋げていくことができないというのが、現状と言ったところだろう……………
せめて、ことりの作詞の方ができれば、いい構想を練られるのだが……とことりの作業に期待をかけている。
「ま………ま…………マカロン…………!」
あっ、ダメだこりゃ…………
先程から、何か閃いたような反応をすると、すぐに口走るのがお菓子の名前だ。
うん、お菓子製作の方に意欲があるのかな……? それとも、糖分不足なのかな……?
いずれにせよ、すぐに出来上がるというものではなさそうだった…………
「う~ん……何も思い付かないよぉ…………あ! そうだ!」
何を思いついたのか、リボンを外し、着ているシャツのボタンを胸元のところまで緩め始めた。
そして、その状態から俺に向かって飛び込んで来ようとしたのだ!
「ぐぉおおお!!???」
突然の出来事と座った状態だったために、飛び込んでくることりを跳ね退ける行動をとることができなかった。 そのため、無理矢理押し倒されてしまったかのように仰向けにさせられ、その状態から上から落ちるようにやって来ることりを両手で抑えているとても奇妙な光景が生まれてしまっていた。
「ことり……っ! やめっ……!! やめろぉ……!!!」
「や~ん♪ ここまで来て止まるわけにはいかないよぉ~! 今の私には、あま~いモノが必要なの!頭の回転を良くするためには、それが必要なの!!」
「そ、それと俺と何の因果があるっていうんだぁ……!!」
「それはね、蒼くん。 私が蒼くんにくっ付くことで私の中に、あま~いモノがたっくさん出て来るの! そのおかげで、作詞の方もどんどん思いついちゃうかもしれないんだよ!!」
「うっそだろ?! それ絶対に今考えただろ!! 大体、そんなに甘いモノが欲しいならお菓子でも食べに行ってこいよ!!」
「ダメだよ~、お菓子のような砂糖じゃ私は満足しないの。 蒼くんがいれば効果は絶大なんだよ!! どんなお菓子よりもおいしいんだから♪」
「ウェイトゥ!! おいしいってなにっ!!!? 食べるの! 俺食べられるのぉ!!?」
「うん♪ 蒼くんは、私のおやつになりなさい♪」
なんの躊躇もなく笑顔を絶やさずに発言する様子に、ある意味で恐怖を感じてしまう。
コイツに俺のすべてを預けてしまったら、俺の体はもう使い物にならない程に様々なモノを吸収されてしまう気がしてならない! ここはどうあがいても逃げ延びたいが、上にいることり、下にいる俺という状況では簡単には抜け出せないでいる!
持つのか………俺……ッ!!!
そう俺が苦渋な表情を浮かべていると、フフフ……と何かを含ませた小悪魔的な笑みを浮かばせていた。
「ねぇ蒼くん。 私のここを見てよ………」
「ここって…………んなッ!!!?」
ことりが視線を送らせたところに目を向けると、素っ頓狂な声を上げてしまう。
俺の視線は今、ことりの胸元を注目していた―――いや正確に言えば、何故か、胸元部分 が肌蹴て白いシャツの隙間から桃色の何かが顔をのぞかせていた。
そう、下着だ―――――
ことりの着ている下着が丸見えな状態で俺の目の前に晒されているのだ。
「なななっ!!?! 何やっとんじゃぁ―――――!!!?!??」
「フフフ……見ているね、蒼くん? すごいでしょ? これ新しく買ったブラなんだよ? 蒼くんに見てもらおうと思って着てみちゃったの。 どうかなぁ……?」
「どうもこうもあるかぁ!! 早く、胸元のボタンを閉じろ!!!」
「だぁ~め♪ だって、そうしないと蒼くんは抵抗し続けちゃうでしょ?」
「な、何を言って………!!」
「私は知ってるよぉ~蒼くんがこういうえっちぃなことが苦手なの……♪」
「んなっ……!?」
「蒼くんは意外と恥ずかしがり屋さんだからね~♪ 力が抜けちゃって、何もできないでしょ?」
「くっ……!!」
流石と言うべきか………俺のことを良く見ているな………
俺の唯一の弱点と言うべきか、汚点と言うべきか………異性との直接的な触れあい、肌蹴た姿を見ると言った行為に直面すると、俺の全能力の大半が機能しなくなる。 ただ単にその抵抗力を持ち合わせていないのが問題だと言えるがな………
そんな俺が今の状況をどう見るかというと、圧倒的に不利だと言える。
ことりから必死に抵抗しているものの、俺の視線はその晒された胸元に釘付けされている。 悲しいかな、これも男の性分と言うヤツか、俺はそれから目を逸らすことができないでいる。 ここまで来ると、自分で自分を追い込ませているかのようだ……!
つまりそれは、次第に、保たせている力が落ちていくことを意味する。
養分を失った植物が、枝の先端をゆっくりと下に降ろすように、俺の腕もゆっくりと下がっていく。 ことりの全体重を支えるほどの力が無くなる、そう確信してしまう。
も、もうだめだぁ…………
「何をしているのですか!!? 蒼一!! ことり!!!」
急に部屋の扉が開かれると、そこから海未と穂乃果が顔を出した。
「た……助かったぁ…………」
2人が来てくれたおかげで難を逃れることができたようだ――――――
―
――
―――
――――
「まったく! 昼間から何をやっているのですか、あなたたちは!!! 私はてっきり曲作りのために時間を割いているものだと思っていました………ですが、私が間違っていたようですね………!」
俺とことりは海未の目の前に正座させられ、ありがた~くも厳しい説教を喰らっているところだ。
ギラリと黒く鋭い眼光を発しながら仁王立ちしているその姿は、まるで鬼のようだ。 今にも雷のような鉄拳でも落ちてきそうだ。
「ま、待ってくれ……! 俺はまともに作業をしていたんだよ! だが急にことりがちょっかいを掛けてきたんだよ!! だから俺のせいでh「ひどいよ、蒼くん!!」…へっ?」
「蒼くんはあんなに私のことを誘って来ていたのに、簡単に私のことを裏切っちゃうの……!?」
「おいぃぃぃぃ!!! 何言っちゃってんのぉぉぉ!!! まるで、全部俺のせいみたいな感じになっちゃうじゃないかぁぁぁ!!!」
「私に、あんな情熱的な言葉を掛けてきたのに………それでも、嘘だって言うの……?」
「蒼一………どういうことです………?」
「蒼君………ことりちゃんになにをしようとしていたのかな………?」
「いやいやいや、嘘だからね。 ことりの言っていることは全部嘘だからね! 考えても見てくれ、俺がそんなこと出来るわけがないだろ? だからよくよく考えてくれ………そ、そんな両方向からジワジワと這い寄ろうとしないでくれないかな? それと何か目が怖そうなんだけど、大丈夫なのこれ? 本当に大丈夫なの?!」
「大丈夫ですよ、痛みは一瞬だけですから覚悟しておいてくださいね……(ニコッ)」
「蒼君。 海未ちゃんにヒドイことされても、満足するまで私が慰めてあげるからね♪(ニコッ)」
あっ……オワタ………
前門の虎、後門の狼というどうあがいても逃げられない絶望的な状況がことりの一言により、一瞬にして出来上がってしまった。
もうだめだぁ………おしまいだぁ…………
本日、2度目の諦めムードでした――――――
あっ、生き残れたらチーズケーキが食べたい―――――――
「安心して、私がたぁっぷり食べさせてあげるからね♪」
俺の思考まで覗いて応えようとするんじゃない―――――――!!!
―
――
―――
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[ キュアメイドカフェ ]
「はぁ………」
「どうしたでござるか、ゼバス殿?」
「い、いやぁ……何でもないですよ、バジーナさん………」
幼馴染3人による修羅場から運よく抜け出せた俺は、今日もここで働く。
ちなみに、つい先ほど、3人から折檻を受けていたところに沙織さんから呼び出されたことで、あの場から逃れることができたのだ。
なんとか、すべての精神力を絞り取られることなく生き残れたので、その辺は沙織さんに感謝したい。
………しかし、完全に逃れられたわけでもなく、ことりは俺と一緒に働き、海未と穂乃果はその様子を見張っているのである。 そのため、気が散ってしまい仕事に身が入りにくいのだ。
はぁ……どうしたものだろうか…………
「しかし、ミナリンスキー殿が働きに来てくれて以降、我が店の盛況っぷりは凄まじいモノでござるよ~♪」
「そうなんですか? どちらかと言えば、迷惑をかけているんじゃないかって思ってましたよ」
「迷惑だなんてとんでもないでござる! むしろ、完璧すぎて羨ましいくらいでござるよ!」
グルグル渦巻きメガネをクイッと引き上げて光らせると、ビシッとした態度で話し始めた。
「ミナリンスキー殿は、この店で働き始めた頃から完璧でござったよ。 メイドとしての立場を良く理解しながらの接客。 おもてなしの精神を忘れることなく、常に全力全開で臨んでくださるので、拙者の目線から見ても大満足と言えるモノでござった。 特に、お客からの反応がとても良く、ミナリンスキー殿を目当てにこの店に来る御方も少なく無いほどでござるよ」
「そうでしたか。 あのことりがかぁ………」
「ん? 何か気になる所でもあるでござるか?」
「いえ……ただ、他のヤツと比べて控えめなヤツでしたから、そう言われると少しだけ引っかかってしまう部分があったりするモノで………」
「ふふっ、控えめでござるか。 確かに、拙者たち従業員と話をする時は控えめな部分もあったりするでござるよ。 しかし、ホールに立った彼女は別人のように生き生きしているでござろう? 拙者は、あの姿こそ本来の姿ではないかと思うでござるよ」
「控えめなのは見せかけだと?」
「さあ、そこはハッキリとは言いにくいでござる。 しかし、陰と陽は紙一重でござるよ。 どちらかが本当であったり、もしかしたらどちらも本当であったり、と言うわけでござるよ」
「紙一重、かぁ………」
沙織さんの言葉を思いながらことりの方に目を向ける。
確かに、普段では見せないような一面がこの場所ではそう見えた。 俺の知らないもう1人のことりの姿―――それが本当の姿なのか、それとも自分を偽っているものなのか、ハッキリとは答えられない。
だが、このことりもことりであるには違いないことだ。
それをどう受け止めるかは、俺に掛かっているものだと再認識させられる。
それならば、俺の答えはすでに決まっているさ――――――
―
――
―――
――――
夕方の時間帯に差し掛かるこの瞬間、店に穏やかな空気が流れ始める。
俺たちはしばらくの間、休憩をとるために穂乃果たちが座る席に向かう。
何やかんや言いながらも、穂乃果たちはこの時間まで居てくれたのだ。 本来ならば、帰らせなくてはいけにことになっているのだが、沙織さんの配慮もあって、今こうして一緒に過ごすことができるのだ。
「悪いな、こんな時間まで居てもらってさ」
「ううん、いいのいいの。 私たちが勝手にいるだけなんだし……それに、蒼君がことりちゃんのことを襲わないか見ていたんだもんね」
「…って、おいおい……だから俺はやってないって言ってるでしょうが………」
「そこは大丈夫です。 先程までの姿を見てて、蒼一ではないということは分かりました」
「ようやく分かってくれたかぁ………」
「ですが、男子たるものが女子にあそこまで言い寄られるとは如何なものかと思いますよ?! もう少し、鍛えなくてはいけないようですね…………」
「いや、遠慮させてもらうわ………」
言い寄られて、ああなっちまった事に関しては否定できんがな…………
「それにしても、ことりちゃんすごいねぇ~。 こんなに接客が上手だなんて知らなかったよ!」
「えっ! そ、そうかなぁ……? 私なんてまだまだだと思っているんだけど………」
「そんなことはありませんよ、ことり。 あなたは十分にすごいですよ、胸を張ってください」
「海未ちゃんまで………」
穂乃果と海未に言われて、少し照れくさそうに頬をうっすらと紅く染めた。 もじもじと指を絡ませながらも返事をするその姿から、ちょっぴり嬉しそうな笑みがこぼれ出していた。
「あと、とっても生き生きしていたよ! いつものことりちゃんとは違った姿が見られて嬉しいよ!」
「ふえぇ!? そうなのかなぁ……?」
「そうですよ、普段のことりとは少し違って……何と言いましょう……前向きといいますか、ひたむきに頑張っていこうという気持ちがあふれ出てるようにも思えますよ」
「そうそう! 今のことりちゃんなら何でもできそうな感じがするよ!」
「穂乃果ちゃん……海未ちゃん……! ありがとう、2人のおかげで私、何だか元気が出てきたよ! それに……今なら書けるかも……!」
「わあぁぁ! そうなの! それじゃあ、早速その準備をしないとね!」
「善は急げといいますからね、私も微力ながらお手伝いしますよ」
「ありがとう! それじゃあ、頑張っていくよ~!」
「「うん(はい)!」」
3人はそう意気込むと、早速、紙とペンを取り出して、今感じていること、感じたことすべてをそこに書き綴り始めた。 みんな真剣な表情をしながらも、時折、笑ったり驚きあったりと様々な表情を見せながら取り組んでいた。
俺はその姿を眺めつつ、ことりの代わりに接客を行っていた。
上手く出来上がることを信じて―――――――
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――
―――
――――
その夜、ことりから一通のメールが届いた。
中身を見てみると、書きあげた歌詞が書かれていた。
どうやら書きあげることができたようだ。 すぐに『よく頑張ったな、あとは俺に任せろ!』と励ましのメールを送ると、10秒足らずに返信が来て、喜びを表した文面がそこで見ることができた。
それから俺は、ことりの書いた歌詞を何度も読み続け、頭の中に貯めている断片化されたメロディを組み合わせ始める。 一通りのベースができ上がると、それを譜面に書き綴り、全体像を作りだした。 何ともぎこちないようなベースになってしまったが、あとは編曲次第で何とかなってしまうものだ。
早めに終わらせて、すぐにお披露目といこうじゃないか!
そう意気込み、あの部屋に入り込んだ。
その途中に真姫がやって来て、作業を手伝ってくれたおかげで日が変わる前に完成させることができたのだ。
ただ、少しばかり頑張り過ぎてしまったためなのか、2人揃ってその部屋で寝落ちしてしまったのは内緒の話。 さらに付け加えると、真姫が俺の首を抱き枕のように腕でギュッと締め付けられ、危うく窒息しそうになったというのも内緒の話だ。
何がともあれ楽曲は完成し、次の日にはその練習に明け暮れるようになった。
当然のことながら、ことりにはそっちの方を優先してもらわなければならないので、必然的に俺が沙織さんのところでことりの穴を埋めるべく働くこととなった。
その時に、沙織さんからライブの会場として、店前はどうかと言われた。
一瞬、それはどうかなぁ…と戸惑ってしまうところもあったが、『インパクトを与えるのだとすれば、この場所をおいてどこにもないでござるよ!』と沙織さんが豪語するので、そう言うことならばとお願いすることにした。
これは俺の勘だが、今回もうまくいくんじゃないかって感じているため、心配することは無かった。 実際、この人のアドバイスでいい構想を立てられた過去があるので、そうであるに違いないと思っていたからだ。
それから幾日かが過ぎた―――――
あのメイドカフェの店前には、複数の男女による人だかりが出来始めるようになる。
ライブ当日、あの新曲のお披露目となる日である。
一旦、営業を止めた店の中でメンバーたちが着替えと歌詞をチェックしていた。
今回の衣装は、ここの店で使われているメイド服を貸してもらっている。 沙織さんからちゃんと許可を貰うとともに、店の宣伝も頼まれることになるが、このライブを行えば効果は絶大なるものだと考えている。
さて、最後の調整でも行いますか――――――
「ねえ、蒼くん。 私、何か変なところないかなぁ?」
働いている時と同じ格好をしては、スカートを少しだけたくし上げて一回転してみせることり。 目立つような汚れもなく、コレと言った異常は見つからなかった。
「大丈夫だ、どこも問題は無いぞ。 それより、歌詞とメロディはちゃんと頭の中に入っているか?」
「う、うん……! だ、大丈夫だよ……! 蒼くんに教わった通りにやって来るね……!」
俺の問いにそう答えているようだが、上ずる声と固くなっているその動きが目立ってしまう。
「緊張し過ぎだぞ、もう少しリラックスしろよ」
「う、うん……でも、初めてセンターで歌うからとっても緊張しちゃってて………う~……どうしよう………」
「大きく息を吸って吐くこととかやってみたのか?」
「何度もやってみたよ……でも、全然治まらなくって………」
「う~ん……何かいい方法は無いモノかなぁ………?」
「う~ん………あっ! そうだ、いい方法があるよ!」
そう言うと、ことりは俺の手を引いて、またバックヤードに入ってく。
ここに何かあるのかと思っていた。 けど、実際は違っていたのだ。
「蒼く~ん! ぎゅぅ~~~~~~~♪」
ことりが急に抱きついてきたのだ。
「んなっ?! いきなり何をするんだよ!!」
「えへへ、こうしていると落ち付いちゃうんだよね♪ う~ん♪ この感触と温もりがとても心地いいよぉ~♪ そして、この心臓のトクントクンっていう音が子守唄のように安心しちゃうね……♪」
実に、穏やかな表情でそう言って来るので、こちらから強く言いにくかった。
さっきまで、緊張と不安で表情が強張っていたこともあり、こうしてそれらの力んでいたモノがすべて緩んだかのように思えるので、俺はことりの思うようにさせた。
「ねぇ、蒼くん。 このライブが終わったらね、聴いてもらいたいことがあるの。 いいかなぁ?」
力が弱く、たどたどしい程にゆっくりと言葉を並べると、少し赤み掛かった顔をこちらに向けて尋ねてきた。 その姿は、ことりがいつも人に頼む時に行うあの行為であったのだが、それとは違った表情を向けて来るので内心を動かされた。 何を話すつもりなのだろうか、と詮索してみようとするが、理性がそれを阻み、流れに身を任せるようにという結論を繰り出したため、俺はことりのその言葉を何の味付けもせずそのままの意味で飲み込んだ。
「わかった、終わったらここに来な。 俺は待っているからな」
「うん、ありがとね。 えへへ、蒼くんからたっくさん勇気をもらっちゃった。 もうこれで大丈夫だよ♪」
「しっかりとやってこいよ」
「うん! 任せて!」
力強い返答を受け取ると、ことりは俺に満面の笑みを向ける。
実に、柔らかくもやさしさを含んだ表情を浮かばせていたことりからは、緊張や不安と言った柵は無いように思えた。
するりと、俺の手の内から離れて外に出ていく姿は、巣立ちを迎える雛のようにも思えた。
「それじゃあ、いっくよ~~~~!!! μ’s、ミュージック・スタート♪♪♪」
南 ことりの初めてとなるセンターライブが幕を開けたのだった―――――――
―
――
―――
――――
夜――――
ライブは無事成功を収めることができた。
時間の都合上、新曲のみしか披露することしかできなかったが、ファンからは大盛況の声が飛び交った。 ちなみに、洋子に頼んでこのライブをネットで生中継させるということを行っていた。
その結果、ネット上でも大盛況だったみたいで、すぐにランキングに反映されることとなったのだ。 これでラブライブ出場までに必要な順位もあとわずかにまで迫ることとなった。
そして、俺はディナータイムと呼ばれる時間までここで働いていた。
それに、ことりもだ。
いずみさんには、働いていることは隠しつつも帰りが遅くなるということを伝えておいていた。 さらに、真姫も凛と花陽と一緒に夕飯を食べに行くと言っていたことと、沙織さんが早めに店を閉じ、一旦店を俺たちに任せたまま何処かへ行ってしまったのだ。
つまり、この店には偶然にも俺たち2人だけとなってしまったというわけだ。
しばらくの間、店内を静寂が包みこんでいた。
俺たちは無言のまま、後片付けを行い続けていた。 そして、すべてが終わったと同時に静寂が破られた。
「ようやく、2人っきりになれたね………」
大人しげな姿から見せる、ポッと頬を染めた表情をしたことりが俺に話しかける。
一歩先すら見えないほどの外の暗さと、店内を包み込む温かみを含ませたライトの色が織り交ざることで、幻想的な空間を演出させていた。
その空間の中に立つことりは、いつも俺に見せて来るようなお茶目な女の子ではなかった。 美しくも、何か深みを持ち合わせた女性として立っていた。
そのあまりにも違う姿を見て、思わず息をのんだ。 これが、あのことりなのかと疑ってしまうほどだったのだ。
ことりが1歩前に進んだ―――――
「ライブの前に、蒼くんに聴いてもらいたいことがあるって言ったよね……?」
「あぁ。 それで、何を話してくれるんだい?」
ことりはもう1歩前に進んだ―――――
「この前、蒼くんが話していたこと―――ここで働き始めてから、何が変わったのか。 私、ようやく分かったの!」
「ほぉ、その答えは一体何かな?」
ことりはさらに1歩前に進んだ―――――
「私ね、以前よりも自分のことが好きになったの! あの時、穂乃果ちゃんと海未ちゃんに言われて初めて気が付いたの、私がこんなにも前向きになれていたなんて考えても見なかったの。 ずっと、自分のことで精一杯だったから分からなかった………でも、振り返ってみてようやく分かったの。 私はもう、1歩前に進んでいたんだって、やっと分かったの!」
自信を持ってそう答えるその表情には自信と喜びが満ちあふれていた。 薄暗い影に覆われていた顔はもうそこには無く、太陽のように輝く姿がそこにあった。
それを見て、俺はうすら笑い、安心したのだった。
「ようやく、答えを見つけることができたようだな」
ただ一言だけ、そう告げた。
ことりはさらにもう1歩前に進んだ―――――
「うん………でも、この答えを見つけることができたのは、全部蒼くんのおかげだよ。 蒼くんが私を支えてくれたから……間違いをして自分を見失っていた私を叱ってくれたから……私は今の自分を見つけることができたの。 ありがとう……ただ、そう言いたかったの………」
「そうか。 それはよかった………」
「それとね、蒼くんにもうひとつだけ言いたいことがあるの――――」
ことりは最後の1歩を踏み出した―――――
この1歩で、俺とことりとの空間は無くなった。 熱をも感じられることができるほどに、両者との間には何も存在しなかった。
胸の鼓動が速くなる―――――次第に、体温が微熱くらいまでに高まりつつあった。
手に汗握る瞬間が訪れようとしていた。 その瞬間は……常に、突然のように現れる。
俺の心が動きだし、周りの音が消え失せ、また刹那の静寂が包みこむ―――――
「すき―――――大好き――――――私は、蒼くんのことが大好きなの――――――!!」
「――――ッ!!!」
胸を締め付けられるような言葉に、胸を押さえてしまう。
ぐっと握りしめられた手を胸元に、決意を込めた表情で告げてきたのだ。
そして、刻一刻と時間が過ぎようとすると、その顔から無数の涙が零れ始めているのが、すぐに分かる。
その涙が床に落ちていくごとに、心を痛ませられる――――その本心をやっと感じることができたからだ。
今まで、ことりが口に出していた言葉には力が無かった。 遊び半分といったような、真剣なモノではなかったからだ。 だが、今回は全く違う。 100%の真剣な想いを俺にぶつけてきたのだ。
そのためなのか、今感じている気持ちは、これまでに感じたことのない特別な感情を抱いているようにも思えたのだ。
応えてあげたい――――――
そんな気持ちが優先されようとするが、俺の奥底に眠る感情がそれを良しとはしなかったのだ。 真姫の時と同じく……だ。
「ことり………俺もことりのことが好きだ。
だが………俺にはそれに応えることができないんだ………
俺は――――――――――
―――――――――――――
―――だから、考えさせてくれ」
「――――っ!!? うん………蒼くんがそう言うなら……私、待っているよ……!」
零れ出す涙をぬぐいとりながら、ことりは出来るだけ笑っていようと努めようとしていた。 だが、その無理に繕おうとする姿がとても痛ましく感じてしまう。
せめてものとして、俺はそんなことりを強く抱きしめた。 ギュッと、少し力が入るくらいに抱きしめてあげた。 その時だけ、放れないように抱きしめたのだった。
胸を濡らす涙が俺の心を刺し、口から洩れる吐息が息苦しくさせた。
「そ、そんなことをされたら………勘違いしちゃうよぉ…………」
鼻をすすらせながら話す言葉に、無言でその背中をさすったのだった。
「………それなら………今だけ、この時だけでも……勘違いさせて…………」
弱々しくなっていく言葉を手に取ろうとするように、力が抜けていこうとする体を強く引き寄せた。
この時だけ、俺はことりのことをずっと放さなかった―――――――
そして、欲張りでわがままな自分に嫌悪を抱いた――――――
(次回へ続く)
ドウモ、うp主です。
無理やりなかたちでしたが、これにて『ワンダーゾーン』回は終りになります。
いろいろと思うところがあると思いましょう。
ちなみに、自分も色々と思うところがあって仕方ないのです。
蒼一のある意味でのこの優しさが辛い気持ちにさせてしまうのはなぜだろう……
それも紙一重なんでしょうかね?
それと御知らせですが、
この話を境に、この物語を一旦区切らせていただきます。
そして、1週間程、自分に時間を下さい。
結論を出したいので、よろしくお願いしたいです。
更新速度は早い方が助かりますか?
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ちょうどいい
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もっと早くっ!
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遅くても問題ない