私は霧雨魔理沙だ。
人間だけど魔法が使えるぜ。霊夢には叶わないけどな。
「トントントントン・・・」
包丁がまな板をつく音で真理沙は目が覚めた。
無駄な程に美しいシャンデリアが目を開けた時最初に見る物だった。別に毎度違うことを感じたり思い入れがある訳でもない。ただただ、毎日見てきたただの「物」
だった。
(ついに今日かぁ・・・)
上半身をベッドから起こすと視界に壁にかかった箒と明らかに入れすぎの深緑色のリュックが見えた。
(もう、私は霧雨真理沙じゃない、霧雨魔理沙なんだっ)
気持ちに乗せた勢いでベッドから体を投げ出した魔理沙は、いつもより浮いた心を隠すように静かに、そして小さく自分の部屋のドアを開けた。
「キィィィィーーーーーーー…」
古びた木製のドアが唸りを挙げた。
黒ずんだカーペットの敷かれた長い長い廊下。
首を痛めるほど背の高い窓。天井。
たった今まで生まれた時からいた霧雨家の屋敷だった。
廊下から1人の大柄な男が歩いてきた。
「おはよう」素っ気ない態度で魔理沙に挨拶をしたのは
魔理沙の父、霧雨 長男(きりさめながお)だった。
「おはようございます、お父様。」
魔理沙と長男が交わした言葉はたったそれだけだった。
長男はそのまま魔理沙の前を通り過ぎ長い廊下へと消えていった。(・・・。)魔理沙はしばらくの沈黙に緊張した。この小さくも人口の多い人里で大企業と言うまでの家具屋を経営している父。大柄で低い声、見下ろされている支配感、自分に向けられる冷たく鋭く光る目。魔理沙にとって家族であり、最大の敵である人物だった。
今日自分が家を出ていくことを見透かしているようにも見えた。昨日まで長々と計画してきた生涯に及ぶ家出。
名もないこの人里を離れ、魔法を使って生きてみようと決心さえもほんのひとつきで壊されてしまいそうなのだ。(でも、諦めないぜ。)魔理沙は見えなくなった男の背中を蹴り飛ばす振りをした。
「いただきます」
霧雨家の屋敷の中でも一番広い食卓で3人の暗い声が響いた。話し声は聞こえない。食器のカチャカチャする音と、開けた窓から入る鳥の鳴き声だけだった。
人里の中でも外れた木の茂る山の下に建つこの霧雨家の屋敷は、庭が広すぎるせいか周りの住人の声や、畑仕事をするもの達の活き活きした挨拶さえも聞こえない所だ。
「ーーー真理沙、変な格好はやめなさいと言ったでしょう。」
魔理沙の母、霧雨 理子が動かすナイフから顔を上げることもなく言った。
「変な格好ではないです。お母様。」
「貴方には似合わないわ。」
「似合わなくてもいいです」
魔理沙は言葉を受け流すように答えた。
魔理沙の着ている服は、下に着た白い長袖のシャツ以外
上はボタンが4つ、ついた黒いベストに
下は広がった黒いスカートに白いレースのふわりとした
ものを履いている、地味な服だった。それに加え
理子は赤いゆとりあるワンピースを優雅にまとっていた。
また、長男も、スーツ姿に指には高価そうな指輪をいくつも付けていた。
家族とは思えない光景である。
西洋文化が中途半端に入ってきているこの人里では、霧雨家の様な大富豪達が西洋の洋服や宝石を着けているのだった。
「同じ会話をしないでくれ」
単発的に長男が言葉を告げた。
魔理沙と理子はそれも無視するように食事を続ける。
広いテーブルに並んだ多数の料理たちはすぐに空になってしまった。
「ご馳走さまでした。お母様、ありがとうございました。」
魔理沙は面倒くさそうに手を合わせそう言うと、
自分の部屋へそそくさと消えていってしまった。
霧雨夫婦は、二人揃って去っていく魔理沙を見届けた。
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