ミック=アルフォードは運び屋である。
依頼された荷物や時には人を依頼された時間までに依頼された場所へと運ぶことを生業としていた。それはそれとして、彼自身は無類の
ボイラーに石炭を入れ加熱、その熱で水を沸かして発生した蒸気で機関を動かし走る機械。興味がない人間にとって
ボイラーの大小、歯車の選び、各社ごとの個性、機能性を損なわない様に、しかし考えられた姿かたち。または、姿かたちを犠牲にしてでも優先された機能性。
いずれも知れば知るほど、考えることが増えていき終わりがない。その組み合わせを考え、推測し、理想の
溶接機をリズミカルに振りながら、パイプの接続部の隙間を埋めていく。彼のバイオテックされた聴覚は溶接時の手がかりとなる音を正確にとらえていた。
溶接作業が終わり、保護面を外す。黒く重なった金属をハンマーで叩いて割った。綺麗に波打った溶接面が丸くパイプの周りを一周している。
一息ついたところに、電報が入ってきた。
紙をまとめた車輪が回り、箱型の機関が受け取った内容を紙に記す。
どうやら依頼のようだ。依頼主はアラン。
内容は――
「……フラン犬ってなんだ?」
†
「フラン犬、だぁ? おい兎、冗談は耳だけにしろよ」
「ええ、まぁ、気持ちはわかりますけど……」
いつもの喫茶店。兎は目の前に置かれた橙色のオレンジジュースをストローで吸い、喉を潤す。胡散臭い商売にでも引っかかったのか、と、アランの呆れたような視線が語る。
濁った鳶色の視線を受けながら、兎はあははと視線をそらした。
フラン犬。犬を模して作成された
彼女のなじみの技術者が犬を模したバイオウェアの開発と、それを用いたペット犬というアイディアを会社に提出したが、本物のほうが安上がりじゃないかね、と断られたため、そのまま会社をやめ、自ら犬を観察して作り上げたらしい。
しかし、宣伝が悪いのか、需要がないのか、売れ行きはさっぱりであった。
「まぁ、彼、技術者としての腕はいいのですが思いついたら一直線に進みすぎるところがありますからね。大方、フラン犬作成まではいったものの、そのあとどうやって売り出すかまでは考えてなかったのでしょう」
「頭のいい馬鹿だな」
「ひとつ前なんて、爆発しながら飛ぶ飛行艇を作ろうとしていたぐらいですしー?」
「訂正、馬鹿で頭がいいんだな」
兎が自分の耳を撫でながら言う。最新技術についての良い情報源だったんですけどね、と付け加えた。
二度あった世界大戦の結果、人造人間の技術の派生として生物兵器は発達しているが、動物の
動物を
確かにペットしてなら使えないこともないであろうが、戦争をしている最中に、そのような研究をしている余裕はない。
「それで、報酬全額後払いの歩合制なんですけど……請けます?」
「受けねぇよ。…………とりあえず、宣伝とか広告が得意な知り合いに紹介してやるよ。本国連中なら食いつくかもしれねぇし」
第二次世界大戦に生み出された人間とほぼ変わらない自我を持つフランケンシュタインたちが、かつて自分たちの権利をもぎ取るために行ったフランケンシュタイン闘争。
その成果の1つに、フランケンシュタインたちが自ら獲得した国がある。
アランも本籍はそこに置いている。
「助かります。さて、本題に入りましょうか」
「おう、それだけで終わるんじゃねぇのかって冷や冷やしたぞ」
「やっだなぁ、可愛い兎ちゃんがそんなことするわけじゃないですか。今回も簡単なお仕事を持ってきましたよ」
「前から思ってたんだが、その簡単な仕事って、お前が口頭説明で済むから簡単な仕事って意味だよな」
「てへぺろ」
兎は片目をつぶり、自分の頭を軽く小突き、わざとらしく、ちろりと舌を出した。
アランが指でトンッと、机をたたいた。
「最近、ここらへん界隈でフランケンシュタインの盗難事件が起こっていることは知ってますか?」
「あれだろ、珍しい上級から中級にかけてのフランケンシュタインばっかり狙った事件だろ」
新聞の内容を思い出しながらアランが答える。
人造人間(フランケンシュタイン)には、その完成度、人間に近い機能を持つほど高度な人造人間(フランケンシュタイン)とみなされる。
与えられた命令、バイオウェアの通りに行動できないものは下級、ある程度、自己学習して改善してものは中級、薄いながらも自我の片鱗やどこから狂いながらも自我を有しているものを上級、完全にに人間と変わらないものが最上級とされている。
尤もバイオウェアで作成できるものは上級までで、最上級の
何故なら、彼らは生きた人間をそのまま
今回、狙われたのはその中でも、主に中級~上級の
「ええ、確証はないのですが、その事件と関わり合いがありそすな依頼が来てまして」
すっと1枚の紙を差し出す。そこには、
“ボクの恋人である
と書かれていた。
記録核とは
しかし、最上級の
「だ、そうですよ。まぁ、上級の
「んで、窃盗団と考えると、自然ってことか?」
「その可能性が一番高いってところですね。なにせ、彼らの活動区域で、彼らが活動している時間帯に消えてますからねー」
「なんしてたんだ、その時間?」
「買い出し、だそうですよ。夕暮れ時ですからね。買い出しに行って、ちょうど人目のつかないところを通るようなので、そこでさらわれたんじゃないですか?」
「無防備だな、おい。しっかし面倒なことになったな。少し調査してから望むつもりだったが、これ、救出任務だろ」
「救出になるでしょうね。時間との勝負と言ったところでしょうか」
「となると、まず、件の窃盗団に一当てしてから動いた方がよさそうだな」
「ま、そこらへんはまかせますよ。兎ちゃんは依頼をもってくるだけですからねー」
「簡単な依頼はうらやましいなー」
やれやれと、アラン。キャトルマンを深くかぶり直し、しばし黙考する。
確定はできないが、窃盗団の目的は珍しいフランケンシュタインを盗み好事家に売りつけ、または、パーツに分解して、パーツごとに転売することであろう。
となると、時間をかければかけるほど、依頼の対象となるフランケンシュタインが無事に帰ってくる可能性は低くなる。
となると、速やかに窃盗団の居場所を特定し、殴り込むのが好ましいが、それはできない。何故なら、其の居場所が未だわかっていないからだ。
となれば……。
そして、アランはにやりと笑った。
「なぁ、ちょっと、はじめのフラン犬の作成者の連絡とってくれねぇ?」
†
「といういきさつがあってだな。まぁ、要はだ。特別な周波数の音を出すフラン犬を誘拐させて、その追跡をやってもらおうって依頼だな」
「戦闘はごめんだぞ?」
「ああ、それはオレの領分だ。あんたは追跡と撤退時の脚になってもらえばそれでいい」
キャトルマンを深くかぶったアランがにやりと笑う。兎に頼み、珍しい
路地裏から一斉に現れた彼らは黒い頭巾で顔を隠しており、またたくまに複数人で人造人間を担ぎ上げると蒸気自動車に乗ってその場を離れていた。
出てきた人物たちの動きのぎこちなさと、ところどころ不自然なでっぱりがあったところを見ると、彼ら自身も
蒸気自動車は路地裏を右へ左へと入り組んだように走り、大通りに出ると、そのまま資産家用の倉庫群に一直線へ進んだ。
「金持ちのボンボン共の遊びかね、こりゃ」
「かもしれないな……あーいいなー、金があったら蒸気自動車(ガーニー)のパーツそろえたい放題なんだが」
「相変わらず蒸気自動車(ガーニー)好きなことで。ところで、ギアのパーツ変えた?なんか音が違うだが」
「お、良い耳してるじゃないか。実はギアを新しく変えて、オイルのグレードをあげたんだ。前よりスムーズに回ってるから音も整ってて聞いてて気持ちがいいだろ?」
「違いない。ところで、どの建物だ?」
「あれだ」
ミックが指さし、アランが双眼鏡でその建物を確認する。
灰をかぶってはいるものの、白く塗装され整ったドーム型の建物だ。
件の
今回は市内かもしれないことを考慮して、棺桶型の決戦兵装を持ってくることはできなかった。なので、一般的な
其れを背中に担ぐ。
「ん?」
「どうした」
「何か来たな」
ミックの言葉にアランが再び、双眼鏡を覗いた。
黒塗りの大型
頬に大きな傷のはいった明らかに堅気ではない男と、真面目そうな眼鏡の女性、そして、場違いな少女。彼女はにこにこと笑みを浮かべ、隣の女性に話しかけてはたしなめられていた。それを頭が痛そうな様子で傷の男が見ている。
「もう1度言うが、戦闘は報酬に入ってないぞ?」
「わかってるって、お前は所定の位置で待機していてくれ」
「オーケー。時間までに来なかったら置いていくぞ」
「なに間に合うさ。なんたって、簡単な仕事だからな」
†
ガスランプのゆらゆらとした炎が倉庫の中を照らしている。下級フランケンシュタインが虚ろな瞳で積み荷を
彼らは何やら瓶がぶつかるような音がした箱や、ぷかぷかと薄緑色の液体の中に臓器が浮かんだ瓶、そして、首筋に電極を直接刺したフランケンシュタイン達を車へと運んでいる。電極を刺されたフランケンシュタインは眠るように目を閉じ、だらりと弛緩した手足を下げている。それがもののように大型
その作業風景を黒服を来た傷の男が見ている。
黒服の下からは巌をのような筋肉が見て取れ、髪は角刈りになっており、サングラスに隠れた目を通って、右の額から頬まで一筋の刃物傷が入っていた。後ろには凹凸な女性が二人控えている。彼女たちの体に電極のようなものは見当たらず、少なくとも人間の様ではある。
横には少年たちが6人ほど立っていた。最近の流行であるこざっぱりとした衣装であるが腕につけている銀製の時計と言ったところどころ見れる装飾品は見るものが見れば、その値打ちにうらやむような代物であった。
作業をしているフランケンシュタインとは対照的に、少年たちは置いてあるドラム缶の上に座って話したり、最新の蒸気遊戯機械で遊んだりと思い思い自由に過ごしていた。
「今月も悪くはないな」
「オレたちも手慣れてきたっすからね。ところでそろそろオレたち、取引して長いじゃないですか。引き取ってくれる商品の対価を上げてくれないっすか?」
「対価を上げる、か」
「そうっすよ。オレたち、これまで特にミスとかなく珍しいフランケンシュタインを提供してきてじゃないですか。そろそろ仕事の信頼の証として額を上げてほしいなーって」
黒服が腕を組み、じろりとリーダー格の少年を見る。少年は特に緊張した様子もなく、男を見返した。少年は危機感を抱いた様子もなく、ただあたりまえのように提案する。あくまで気楽であり、また声の調子から提案が拒絶されることなく全く考えてないようだ。
「賃金を上げるか……、どのくらい上げてほしいんだ?」
「そうっすねぇ……2倍とはいいませんけど、せめて3割、できれば5割は上げてほしいなーって」
「謙虚だな。3倍ならどうだ?」
「え、3倍っすか。偉く大盤振る舞いっすけど」
「直接言ったことはなかったが、俺はお前たちの仕事を評価してるからな。
むしろ今までが少なすぎたくらいだろう」
「……マジっすか?」
「ああ。だが、しかし、それだとこっちに利益がでない。だから、お前たちにはこれまでよりも高級なフランケンシュタインを狙ってもらおうか」
「高級……というと……?」
「そうだな。中級以上の、できれば、女性型のフランケンシュタインがいい。これまでは見た目や機能が珍しければ買い取っていたが、これからは商品を厳選する形だな。
なに、お前たちの腕ならば難しいことも出ないだろう?」
「いやー、ここら辺の珍しいフランケンシュタインはだいたい狩つくしちゃったんで……」
「ならば遠出してでも自分たちで見つけることだな。そこまでできて、初めて仕事をしたというんだ」
†
めんどくせぇ、とアランは内心呟く。
窓からそっと手鏡で中を観察して、まず発見したのはあの黒服の男。
名うてのフランケンシュタインのブローカーで、ここら辺一帯に強い力を持つ黒社会の男である。その後ろにいる女性二人。双方ともに巨大なトランクをもって周囲を警戒してることから護衛であろう。二人に電極は見えないことから生身であると推測される。
と、長身の女性がアランのいる窓を見て、隣の少女に合図した。
気づかれた……バイオテックしてる可能性があるなと、アラン。予定通り、窓を割り、中に催涙弾を打ち込んだ。
真っ白な煙が倉庫内に充満する。激しい咳の音。嗚咽混じりの悲鳴が響いた。
長身の女性が黒服の男を地面に伏せさせ、覆いかぶさる姿が見える。少女の方はトランクの中から、一本の棒と取り出していた。スイッチと共に三日月状の刃が出現する――デスサイズ。
若者たちはそれぞれ涙や涎を垂らしながら、激しい咳をしながら苦悶している。
作業をしていた下級のフランケンシュタインはこれまでと同じく漫然な動作で、荷物の運搬を行っていた。
ガスマスクをつけたアランは素早く中へ突入すると、入り口の近くにあるガスバルブを閉め、灯りを消した。破砕音。目に涙を浮かべた少女が、そのデスサイズで壁を破壊し換気をしている、髪を切りそろえた女性が身を低くして、男を連れて奥へ走っていた。
その間にアランは車へ近づき、メイスで作業中のフランケンシュタインを破壊する。荷物を持っていないほうから順に電極部分をメイスで殴打し、潰し、ひしゃげさせる。
電極部分はフランケンシュタインの急所である。手足が千切れても無関係に動作し続けるフランケンシュタインであるが、この部分を破壊された場合は、即座に動きが止まる。
味方のフランケンシュタインが破壊されている最中であっても、他のフランケンシュタインは意に介さず、荷物の持ち運びを続行する。彼らは書き込まれた命令を実行するだけで、判断する意思は持ち合わせていない。故に、アランは新たな命令を受ける前に数を減らしておくことにした。
フランケンシュタインを破壊しつくしたアランは、まず、車をパンクさせ、そのまま、若者たちに近づく。灯りを消した倉庫の内部は薄暗く視界が悪いが、暗視をつかさどる錐体細胞を強化しているアランにとっては全く問題にならない。
黒服たちを確認すると、黒服をかばいながら逃げていく女性の姿が見えた。其れを少女はアランに向かって走ってきている。ゆらり、ゆらりと鎌を引き摺りながらあぶなかっしい足取り。
アランはメイスを振るい、三人ほど、少年の脚を叩き折った。悲鳴が上がる。
これで逃げられる心配はない、と、アランが少女に向き直る。
アランの胸ほどの身長、長袖の少女。袖の長さは完全に手先まで隠しており、袖の上から大鎌を握っている。菫色の瞳は、瞳孔が開ききっており、何らかの薬物を使っているのではないかと、アランは推測する。先ほどから催涙ガスを食らっても自在に動き回っているのは、何らかの薬物で体の反応を無理やり抑えているためであろう。
袖の長さとは対照的に短いスカートを翻し、アランと相対した。
「ねぇねぇねぇ、誰なのあなた。かちこみ?襲撃?」
鈴のなるような声。少女は体を捻り、振りかぶると、そのまま大鎌を横に薙ぎ払った。アラン、しゃがむ。回避。マスクの上部と髪が僅かに斬り飛ばされる。
鎌先で半円を描くように反転、アランに対して大鎌が振り下ろされる。
「アハハハッ、当たってよ、ねぇ、当たって切れてよ!」
乱雑に大鎌が振り回される。予備動作が大きいため、動きがまるわかりであり、避けるのは容易である。
アランは身をかがめ、前傾姿勢となる。あえて、首筋をさらし、攻撃を誘った。引き上げられた鎌が首――ではなく、肩に向かって振り下ろされた。アランがメイスで大鎌の腹を叩き、そらす。一歩前進、箒型メイスを振り下ろす。
それを。
2つの腕が、ナイフを交差させて受け止める。
少女の短いスカート、長い袖の根元、それぞれ4本ずつ、都合8本の腕。
大鎌は囮。隙だらけの動きで自身に近づかせるのが目的。
メイスを振り降ろした、攻撃の瞬間のタイミング。ここを狙われると、さすがのアランも対応ができない。
残りの6本の腕にはそれぞれナイフが握られている。
ナイフの刃が煌めく、直状の刃がアランに迫る。
アランは迫りくるナイフを払うことも避けることもせず、メイスから話した右手で少女の顔を殴りつけた。
アランに6本のナイフが突き刺さり、少女はめきょっ、という音と共に鼻が陥没し、前歯が数本地に落ちた。そのまま、右腕をたたみ肘打ち。少女がのけぞる。
突き刺さっていたナイフがさらに食い込み、肉が避けるがアランは気にしない。
急所となる心臓やボルトを破壊されない限り、フランケンシュタインが動きを止めることはない。痛みは感じているのだが、それを苦しいとは思わなかった。
少女がアランを蹴り飛ばし、距離を飛ばす。目には涙が浮かび、顔を歪めてはいるものの戦意は衰えてはいない。
半身を引き、腰を落とし、大鎌を右肩に担ぐように構え直す。追従して8本の腕を広げる。
メイスを少女に向ける様に構えたアランは、自身の傷が蠢くのを感じる。再生が始まっているようだ。動きに支障がないようなら気にする必要はない。
大鎌が上から振り下ろされる。既に射程は見切っている、とアランは大鎌の内側に滑り込む。
大鎌は見てのとおり、手鎌の形状をそのままに巨大化した武装である。
振るうために2つの取っ手が付いており、その部分をもって振るう武装であるが、刃がついているのは内側であり、外側にはついていない。
必然、切りつけるためには刃を被せてから、引かなければならず2動作必要であった。
だから、刃より内側に入り、棒の部分を掴んでしまえば、攻撃を受けることはない。
はずであった。
刃が振り下ろされ、それよりも前にアランが前身し、危うく急速に弾かれた鎌の切っ先に貫かれる。少女は8本の腕の内、1本を用いて、大鎌を前回よりも多く引いていた。
とっさに顔をかばった右腕を貫き、頬の一部に鎌が食い込んだが、致命傷は避けた。
少女が半歩前へ、6本の刃が振るわれた、右、左、足、心臓、腹部、左腕。都合、六ケ所を別々に狙った攻撃は、さすがのアランも完全に防御することはできない。
もっとも防御などまったく念頭においてないが。持っているメイスで少女の左肩を殴打する。ぐぎっ、と鈍い音を立て、彼女の肩が陥没し、だらりと、左手が力なく垂れた。
少女の振るった刃はアランの皮膚を切り裂き、何かの金属音に阻まれ、それ以上は到達しなかった。見ると、皮膚の下に鈍色に光る装甲が見えた。
アランは右手を無理やり動かす。肉が抉れ、赤みがが勝った桜色の身が見える。血がどろりと溢れ、地面と大鎌を濡らした。そして、大鎌の刃を掴むと、力任せに引き取り、あらぬ方向に放り投げた。金属音、大鎌が地面に当たり、どこかへと滑り消えていく。
ナイフが地面に落ちる音、少女は背後から生えている4本の腕で、アランの右腕と左腕を掴む。そのまま、アランを左で押し、右で引く。少女がアランの右足の背後に足を絡め払おうとする。アランは少女と同じ腕で少女の腕をつかみ返すと、少女自身に体重をかえるようにして耐えた。瞬間、アランの顎に衝撃。
残った腕がアランの顎に下から掬い上げる様な掌底。
ガキリと嫌な音がした。口の中でからからという音がする、歯が少し折れたのかもしれない。
少女の腕が一本、アランの脚を掴み、ひっぱりあげる。同時に残った右手でアランを推した。体重を支える足を失い、アランが倒れる。腕を封じられていたためか、受け身が取れず、二人分の体重を軽減なく後頭部に受けた。
地面に鈍い、そして、人体にはあえりない金属音が響く。常人なら致命傷、バイオテックされていたもそれなりのダメージを受けているはずだが、アランは動きに支障はないと判断、左手の装置を作動、何かが引かれる音がした。
少女が素早く3本の腕で左手を抑える。アランが左手に力を込めた。
力比べ。本来ならアランのほうに分があるのだが、少女に上に乗られている上に、3本の腕で違う方向から抑えられているせいか、拮抗していた。
少女は左腕を抑えたまま、さらに2本で、右手を抑え、残りの腕でナイフを振り上げる。
フランケンシュタインの主な急所は2か所。
1つは心臓。
1つは電極だ。
そして、目の前には2本の羊の角のようなねじれた電極が見えている。
瞬間、アランの右手がはぜた。
右腕に仕込んだ杭打ち機の弾薬を炸裂させたのだ。しかし、右腕は先ほどの大鎌で負傷しており、そのため、中で発生した高圧のガスが砲身の穴から洩れ、少女に直撃した。
不意の高温と衝撃で少女が一瞬怯む。それを逃さず、アランは手首が取れた右腕で少女を殴り飛ばした。折れた砲身の先は歪に尖っており、少女の脇腹にめり込み、さらに中へと貫通した。
少女の脇腹からじわりと血が滲みでてくる。アランは身を捻ってさらにねじ込んだ。
さすがにこれ以上は致命傷になると判断した少女は、身を捩り、右腕を引き抜くと、逃走する。血が溢れかけているが、腕を3本使い、無理やり止血していた。
アランもこれ以上、無理には追わない。走っていく小さな背中を見つめていた。
少女がどこかへ走り去ったあと、アランは立ちあがる。
「おい」
「ひっ」
あらぬ方向に足が曲がった青年がおびえた声を出した。
「このフランケンシュタインを探してるんだが、知らないか?」
とアランは1枚の写真を見せる。写真には桜色の髪をした表情に乏しい女性が写っていた。青年は苦悶に顔を歪めながら、写真を見ている。彼の呼吸は荒く、冷や汗が滲みでている。
「…………」
「よーく見ろよ? それでお前の手足が何本残るかが決まるんだからな」
「確か……アレ……」
青年が指をさす。差しが先には木の箱がいくつかある。
アランが箱を開けていき、中を確認する。
4つ目の箱を見つけた時、探していたフランケンシュタインを発見する。
電極の形、外見、聞いていた特徴、どれも一致。
左手で器用に肩に担ぐと、残った右わきにはメイスを挟んで、この場を後にしようとする。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
「あっ?」
「助けてくれよ!」
「がんばれ」
アランはその場を去っていく。
一応警戒しながら歩くが、誰かが来る気配はない。
そのまま所定のポイントにまでたどり着くと、待っていた運び屋のミックが見える。
アランは
†
「つーわけで、しばらくは身を隠したほうがいいかもしれんな」
「どうしてそうなっちゃったんでしょうねぇ」
「知らん。あ、身を隠すならヴィータちゃんも連れて行ってくれ。オレの近くに置いておくと、狙われそうだからな」
「女に女の世話を頼むなんて、兎ちゃんジェラシー」
「はいはい、兎ちゃんかわいいかわいい。ところで、依頼主のほうは大丈夫なのか、あのあと?」
「相変わらずお人よしですねぇ。……まぁ、大丈夫ですよー。あの人、“そろそろ体を買い換えようと思ってた時期だからちょうどよかったよ”って言ってましたから、フランケンシュタインから辿られることもないんじゃないでしょうか」
「……世知辛いなぁ」
アランはコーヒーを一杯煽る。熱いだけの液体が口の中に広がり、そのまま喉へと流れていった。