荒野、荒れ果てた大地。茶褐色の地面がむき出しになっている。ごつごつとした固い土の塊が辺り一面を覆う。ぽつりぽつり、薄い緑色の植物が点在している。それを無表情な人の群れが踏み潰しながら歩いている。
虚ろな瞳はただ物を映してるだけで何も捉えておらず、時折、土塊に足を取られては、のそりと起き上がる。
向かい側にいる集団も同じようなものだ。
轟音、破裂音、爆音。彼の傍にいた、
彼は躊躇いなく引き金を引いた。棺桶型武装から放たれる銃弾が死者の軍勢に着弾し、脳漿や腸、手足などをまき散らすが、意に介さず彼らは前進してくる。
既に死した彼らは刻まれた命令に従い、ただ前進するだけだ。怪我など意味はなく、機能の核となる部分が吹き飛ばされるまで動きが止まることはない。
彼の腹部を銃弾が抉る。どこからか飛んできた弾丸が彼の腹部に当たったようだ。
脳が
既に腹部の再生は始まっている、補給用の超高蛋白溶液を直に注射すると、すぐに引き金を引き絞った。
そこでアランの目は覚めた。起き上がり頭を押さえる。そこはかなく頬が痛い。
見ると、飼い猫であるヴィーラが不機嫌そうに彼を見上げていた。頬の痛みは引っ掻いたせいであろう。彼が起き上がるのを見届けると、ぷいっとベッドから降り、皿の前に座り、無言で食事を催促した。
アランは額をぽりぽりと描くとベッドから降り、棚から缶詰を取り出し、皿の上に置いた。
そのまま、焜炉を捻り、火をつける。薬缶を沸かし、お湯ができるまえ待つ。
玄関から新聞を取ってくる。
フランケンシュタインの新型の発表、最近旧型のフランケンシュタインの遺棄が多いこと、人間狩りをしていた吸血鬼の逮捕、通り魔事件……。
物騒だ、とアランは思い。物騒じゃなかったときあったか?と思いなおす。
甲高い音がする、焜炉を止め、コップの上に、コーヒー豆を濾紙の上に敷き、お湯を入れ、さらに赤い液体をどばっと入れた。
既に味覚を失った身であれど、赤い補充液を入れた時だけは味がする……気がする。あくまで気休めであるが。自嘲しつつ、赤褐色に濁ったコーヒーを喉に流していると、視界の端で猫のヴィーラがどこかへ出かけていた。白い背はアランを一瞥もしない。
電話のベルが鳴る。
コーヒーのような何かをすする。温かい液体を喉に流し込み、ふぅと息を吐いた。
電話のベルはなり続けている。 溜息一つを吐いて、受話器を取った。
「はぁい、愛しい人。耳が張り詰めちゃってるんだけど、解いてくれません?」
無言で、受話器を置く。コーヒーを再び含んだ。
息をつき、新聞の続きに目を通した。最新の
電話のベルが再びなった。
「ちょ、ちょっと切るなんてひどいじゃないですかぁ。兎は寂しいと死んじゃうのですよ?」
「
「つれないですねぇ。そんないじわる言ってると嫁に押しかけちゃいますよー?」
「娼婦(コールガール)なら間に合ってるよ」
「まぁ、少女(ガール)と呼んでくれるのはうれしいですね。兎ちゃん、感激です♪」
「人生の墓場に入るのは遅すぎるぜ。んで、仕事の話だろ?」
「ええ、貴方にしか頼めない類です。聞いてくれると兎ちゃん、嬉しいなー」
「もったいぶんな。何処で会えばいい?」
「お話が早くて助かります。十二時にいつものカフェで」
電話が切れる。時計をちらりと見る。まだ、九時ごろだ。
少し冷めたコーヒーに口をつける、苦みも何も感じられなかった。
†
フランケンシュタイン。かつて禁忌の研究と呼ばれた死者蘇生の実験は失敗した。生体電流に死体の稼働、パンチカードを用いた命令の書き込みまでには成功したのだが、あくまで与えられた命令をこなすことができる動く死体までであり、自立稼働して動くことはできなかった。
研究が行き詰まったフランケンシュタイン博士に声をかけた存在がいた。吸血鬼と呼ばれる存在であるドラキュラ伯爵である。彼はフランケンシュタイン博士の研究に興味を持ち、自我再生のために自身の血を供給した。
長い実験の果て、ついに死者に一定の自我を取り戻すことを成功したドラキュラ伯はその力を率いて、当時、最盛期を誇っていた英国に乗り込み、女王と婚礼を結ぶ。
ここに
見慣れた兎耳の女性以外にも、豹顔の男や、手足だけ人間サイズの狼に変えてる男、猫耳をつけた女性などが見えた。
レジにいる店員が機械的に席を聞いてくる、額にある金属製の角が彼女が
先に来ている兎の名前を告げると、数泊、間をあけて、錆びついた人形のような動作で席まで案内される。動作や反応から見るに安物の
「ずいぶん遅かったですね。兎ちゃん、寂しくて死んじゃうかと思いましたよー?」
「知るか。お前が早すぎるんだよ。まだ12時前だぞ?」
「あれ? ……あれ、あれれ。兎ちゃん、はりきりすぎちゃったかしら」
「へいへい、ドジっ子かわいいかわいい」
兎耳がピコピコと揺れる。頬杖をつきながらアランは気のない返事を返した。
呆れながら視線を外に向ける。歩いている人間に混じって
技術が進んだ今なら体内にしまうことも可能であろうが、
「さて、じゃあそろそろ仕事の話に入りましょうか」
「おう、今回はどんな厄介事だ?」
「あ、酷い言われようですねぇ。兎ちゃんはいっつも簡単な仕事しか紹介しない、善良なお得意先じゃないですかー」
「何が善良だ。簡単な仕事って前置きで紹介された中で、実際に簡単だった試しがねぇぞ」
「そうだしたっけ? てへぺろ」
「あーはいはい。かわいいのはわかったから話を進めろ」
「もう、兎よりせっかちさんですねぇ……。こほん。今回の仕事は簡単に言うと掃除といったところでしょうか」
「……掃除だぁ?」
「最近、起こってる行方不明事件については知ってますね?」
「あー、あれだろ。街はずれの森近くにいった奴が姿を決して帰ってこない・・・とかって事件だろ」
「そうです。その事件で唯一生き残った人から依頼が着まして、
「生存者からの依頼? 警察はどうしたんだよ」
「それが、何処からか圧力がかかっているのか、動いてくれないそうですよ」
「……おい。本当に、その依頼だけなんだろうな? オレのルール知ってるんだろう?」
「……」
兎がにっこりと微笑む。サングラスに隠れて目は見えない。
「ありゃ、やっぱりばれました? 実はですねぇ、もう一件同じような依頼を受けてるんですよ」
「簡単に言いますと、今回の事件って吸血鬼が旧型になった
「自身に累が及ばないように破壊してほしい、……んだそうですよ」
「やれやれ。嫌な話だ。使うだけ使っていらなくなったら、ぽい捨てか。ふざけた話だ」
「……」
兎が無言でアランを見つめる。
軽く息を吐くと、アランは席を立った。
†
しとしとと降る雨が女性の体を滑り落ちていく。いつもの木の下で女性、ヘンリエッタは雨宿りをしながら、なんとなしに木に線を刻んだ。
いつからだろうか、日数を刻むようになったのは。あの日、旦那様が“此処に居ろ”と命令し、幾星霜。何度も昼と夜が過ぎ去った後、ふと、木に線を刻んだ。
それが始まりだった気がする。
今はすっかり日常の習慣となり、刻まれた線の数も百を越した。
しかし、一向に旦那様が現れる様子はなかった。ならば、私――ヘンリエッタはここで待ち続けるのみ。
身体を維持するための補助液の入手はできないが、幸いにも獣を狩れば得られる血で代用できる。たまに侵入してくる人の血液であればもっと良いのだが。
どん、と、箒型メイスの柄を地面に突き刺す。その先端は赤黒く汚れていた。これではいけない、旦那様が戻って来た時の為に身だしなみを整えておかなければ、とヘンリエッタは思い、明日は湖に汚れを落としに行こうと考えた。
と、そこでザッと何者かの足音が聞こえた。
ヘンリエッタが紫色の瞳をそちらに向ける。
「月がきれいですね、って洒落込めればよかったんだがな。いつも通り、灰色の空だとかっこがつかねぇなぁ」
「警告します。ヘンリエッタは旦那様にここを任されました。ここから退去するなら追跡いたしません。即刻の退去を」
奇妙な男であった。黒いシャツに青色のジーパン、くすんだ紺色の上着。羊の角の如きねじれたボルトがこめかみから突き出ている。
彼、アランの背丈の優に二倍はある巨大な棺桶。棺桶の底にあるベルトに腕を通し、取っ手を握り持っている。
棺桶の下側面をヘンリエッタに向け、引き金を引く。機構により下側面が開き、銃口が露出した。
ヘンリエッタは突き刺していたメイスを引き抜きつつ、木の影に倒れ込むように転がり込み、回避行動。少し遅れた足に銃弾が噛みつき、地面に血がこぼれた。
轟音、木々がアランに向かって倒れてくる。伏せた状態から片手で振るったメイスで木の根元が抉れていた。
アランは片手で棺桶を振るい、木々を薙ぎ払う。砕かれた木片が宙を舞った。
発条音。はじけ飛ぶようなヘンリエッタの跳躍、十メートル以上の距離を一息で飛び越え、その勢いのまま、メイスを振り下ろす。
アランはそれを棺桶を盾にして防ぐ。棺桶の背に開いた手を乗せ、威力に備える。
鉄がひしゃげる鈍い音。衝撃に森の葉が揺れた。みしり、という音ともに土に足がめり込んだ。ヘンリエッタの脚から補助液が溢れ出しているが動きには支障がない。
そのままメイスによる連撃。一発、二発、三発。鉄と鉄がぶつかる甲高い音。
ヘンリエッタの連撃を、棺桶の角度を変えながら逸らすアラン。
半身を引き、強引に棺桶で殴り飛ばす。二人の距離があまりなかったためか、棺桶で圧し離すようになった。
ヘンリエッタがよろける。足に損傷の為、踏ん張りがききづらいようだ。棺桶でメイスを押し上げる。アランのサイドキック。ヘンリエッタの腹部に蹴りがめり込み、倒れ込む。
棺桶の先端をヘンリエッタの頭部へ振り下ろす。ヘンリエッタが腕を交差して、顔をかばい、直撃を避けた。
皮下に装甲が埋め込まれているのか、肉がつぶれるような音がするが頭は割れていない。腕もおれていない。
アランが踏み込み、胸部。心臓を狙っての掌底。危機を感じたのかとっさにヘンリエッタが身を捩った。
「
炸裂音。アランの腕から射出された拳大の杭が、装甲ごとヘンリエッタの胸を穿つ。
全身に補助液を送る心臓部を破壊され、ヘンリエッタの四肢が弛緩し、地に落ちる。
棺桶をどけると、相変わらず虚ろな目が宙を見つめていた。心臓を完全に破壊できなかっため、一撃で機能停止させることはできなかったようだ。しかし、このまま処置をしなければそれは時間の問題だろう。 ぱくぱくと何かを呟いている。
「恨み言ぐらいなら聞くぜ?」
右腕の袖をまくり、右上腕部を開く。拳大はある筒状の薬莢を取り出し、新しいものと入れ替える。
ヘンリエッタの心臓部に正確に当てる。
「……もうし……わけ、ござい…………ません……、だ……んな……さま……」
再びの炸裂音。
†
遺体や武装、彼女のいた証拠をまとめて
荷物を置き、ソファーに座る。
一息つくと、白猫のヴィーラがこちらに鳴きかけてくる。
皿を口でおしやり、飯を催促する。
缶詰を1つ開け、皿の上に置くと、電報を一つ兎に打った。