永遠の煩悩者   作:煩悩のふむふむ

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第三十二話 運命を変える為の、宿命の戦い

 第二詰め所でスピリット達の笑顔が満ちていた。

 彼女らの手には菓子やドレス等が握られていて、何も持たない者も何やら想像して頬を上気させバラ色に色づいている。

 だけれども、スピリット達の笑顔を見つめる横島の表情は暗い。

 どれぐらい暗いか例えるなら、女に貢まくった挙句『そういうつもりではなかったんです~』とホテル前でドロンされた男ぐらいに暗い。

 

「ちくしょー! そんなに喜んでくれるなら、おっぱいぐらい揉ませてくれても良いだろー!」

 

「この贈り物は、貴方が私達に変な事をしたお詫びなんでしょ! 誰が揉ませますか!!」

 

 滝のように涙を流す横島に、セリアはやれやれと肩をすくめる。

 そんなセリアも、横島と二人で食事に行くという約束に隠し切れない笑顔を浮かべているのだが。

 

 

 第二次マロリガン戦を終えて、横島はスピリット達から敬遠されていた。

 触手にスライムにと、スピリット達をエロエロな目に合わせたのだから当然だ。

 そこで横島は前々から用意してきたプレゼントを贈ることで仲を修繕し、その勢いでエロスに突入しようと画策した。

 セリアには食事。ヒミカにはドレス。ハリオンには自作のお菓子など。用意したプレゼントは全て一人一人専用という力の入れようである。

 

 IFの話をするのなら、下手をすると最初にプレゼントを渡されたヒミカは恥ずかしさのあまり受け取らない可能性すらあった。

 そうなれば第二詰所に騒乱が訪れていただろう。

 

 だけど、そうはならなかった。

 

「あー! ヨコシマ様!? ヒミカに何を渡しているのー!」

「う~シアーも何か欲しいよう~!」

 

 ヒミカにプレゼントを渡している最中、何も知らない青の姉妹が部屋に乱入して来たのだ。

 後はなし崩しにネリーとシアーにも用意していたプレゼントを渡す事になり、ヒミカはプレゼントは自分だけではないのだと理解すると、羞恥心を打ち減らして素直にプレゼントを受け取った。

 

 それから流れで全員にプレゼントを渡す事になってしまった。

 ロマンチックな雰囲気など一欠けらもなく、サンタクロースが子供達にプレゼントを渡すようなホームコメディが展開され、まったくエッチな雰囲気にならず横島は嘆いたのだ。

 

「ちくしょー! このプレゼントでラブラブになれるはずだったのにー!!」

 

 エロスを期待していた横島の嘆きに、スピリット達はほっとしたように胸を撫で下ろす。

 これで横島のプレゼントに胸の高鳴りを感じなかったわけではないが、恋という未知の感情には恐れがあった。

 

 ――――ヨコシマ様はずっと私達の隊長であってほしい。これ以上の関係など望まない。

 

 女性として成長していく体や、女としての情動に目をそらして、彼女達は身を焦がす恋よりも穏やかな陽だまりを選択した。

 

 未来よりも現在を。

 変化よりも停滞を。

 この幸せを永遠に。

 

 不遇な境遇にあったスピリットにとって、今は余りにも幸福すぎた。今とは幸せと同義になった。故に、今を打ち壊す可能性がある恋という感情は決して花開いてはいけないのである。

 

「ヨコシマ様! 今日も、これからも、ずっと……よろしくお願いします!」

 

 スピリット達は家族に見せるような親愛の笑みを横島に向ける。

 陽だまりの笑みを受けて、横島はエロスはまた今度だと笑みを返した。

 

 

 

 

 恋の花は咲かず、その蕾だけを奇形的に膨らませて、時は進む。

 

 

 

 

 

 

 パチン、パチンと小気味の良い音が部屋に響く。木と木がぶつかりあう音だ。

 二人の男が椅子に座り、将棋盤を通して対峙していた。一人はマロリガン大統領クェドギン。もう一人はマロリガン稲妻部隊隊長である碧光陰。

 光陰は眼前に打ち付けられた『銀』の文字に、思わず頭を抱える。『角』が生き残る手を模索するが、生きる道筋が見つからない。大駒をここで失えば『王』も長くは無いだろう。ここが勝負の分かれ目。勝つための一手を模索し、ついに唯一無二の手を見つけ出す。

 

「あ~大将、今の待ってくれないか」

 

「駄目だ。そう何度も待ったを掛けられては勝負がつかん」

 

「まだ三回目だろ。俺たちの世界には『仏の顔は三度まで』という言葉があってだな」

 

「俺は神などではないから無意味だな。これで負けたら俺の許可を取ってから執務室に出入りしてもらうぞ。貴重な酒や茶葉を許可なく飲みあさるなど許さん」

 

「くそう。シロちゃんが不在の時に勝負を仕掛けてきやがって」

 

「賭けに乗ったのは貴様だろう。勝てばスピリット幼稚園の初代園長だぞ」

 

 何とも碌でもない賭け勝負だ。

 結局、『角』と『銀』が交換となり光陰はさらに追い詰められる形となった。

 光陰はしかめっ面で盤上を睨みつけ、クェドギンは小さく含み笑いを浮かべながら窓に目を向ける。

 煙の帯が数本ほど立ち上っているのが見えた。白き羽のブルースピリットが一瞬で建物を破壊して周囲に燃え移るのを防いでいる。人々が我先にと押しつぶしあいながら城壁に駆け出していくが、誰も音頭を取る者がいないので城門付近で相当の死人が出るだろう。外から聞こえる怨嗟と絶望の声が、しかしクェドギンには自由を求める戦いの凱歌に聞こえた。

 狂乱に落ちていく街並みを眺めながら、クェドギンは持ち駒を手に持ってふと言った。

 

「お前は、この駒がどうして争っているのか考えた事はあるか?」

 

 問われた光陰は少し目を丸くした後、面白そうに破顔する。

 

「大将は妙な事を考えるなあ。だって駒は駒だろ。俺らが動かしているから動いてるんだ」

 

「確かにその通りだ。しかし、駒自身は自分の意思で行動していると思っているかも知れん。駒は自覚無く戦わさせられているのだ」

 

 光陰は思わずはっとした。

 実は、自分達を駒のように感じた時が多々あった。

 例えば悠人達がスレギトに強襲を仕掛けてきた際に、幸運に幸運が重なって防衛が成功した時などである。どうしてラキオスが奇襲が失敗したのかを調査したところ、不運というレベルではない不運が重なり合いすぎているのを確認できたのだ。

 隕石やロボットという、ご都合主義すら超えた幸運に自分達は守られた。

 

 あの奇襲を将棋に例えるなら、マロリガンは駒を並べている最中に攻められたようなもの。陣容が整う前に蹂躙され勝敗は決しただろう。

 当然、そんな裏技はプレイヤーである指し手には認められる訳もない。故に奇襲は失敗した。そんな気さえしたのである。

 

 全てを仕組んでいる黒幕が存在する。

 

 それは何度も考えたが、どれだけ調べても黒幕の影も形も見えず、この状況を作り出すには圧倒的な寿命と人の無意識や運勢まで操る力を持っているだろうという結論に至る。

 いくら何でも神と呼べるほどの黒幕がいるとは考えられない――――考えたくない。

 

 光陰はそこで考えを打ち切っていた。

 これは仕方がないだろう。影も形も見えない神と戦おうとするなど狂気の沙汰だ。

 だが、その狂気を身に宿した男が目の前にいた。

 

「ならば、駒が自由を勝ち取るにはどうすれば良い? 自決か……それは負けない為の手段だ。指し手を殺すか……しかしこれは駒の身では不可能だ。ならば、残された方法は」

 

 クェドギンは懐から短剣を取り出す。

 そして、強烈な増悪を持って将棋盤に突き刺した。

 

「盤上がなくなれば良い。駒があっても盤上が無ければ指す事はできない。これで、駒は自由になるだろう。例え、世界が壊れようとな」

 

 くつくつくつと、部屋に暗い笑いが響き渡る。

 

「なんて話だよ。今回の作戦は大将がマロリガンを牛耳ってラキオスをおびき寄せる為じゃなくて、そっちが本命ってわけか」

 

 お手上げとばかりに光陰は両手を上げる。

 この世界の違和感の数々。どこからともなく生まれるスピリット、歪なオーバーテクノロジー、血塗られた歴史、急な人の変心、親友との殺し合い。

 そうならば確かに答えが出てしまう。将棋の世界で平和な世界などあってはいけないのだから。

 挙句、平和な世界を取り戻すための方法が世界を破壊するしかないときたものだ。救いがたい現実である。

 

 とはいえ、おいそれと神の存在を信じるわけにはいかない。

 確かに現実的でない不運があったのは認めるが、それでも全ては偶然で起こり得るものでしかない。

 運勢の傾きを神に例えるというのは一般的なものだ。

 

「何か証拠はあるんだよな。狂気に命を賭けられても、妄想に命は預けられないぜ」

 

「物的証拠はない。しかし、幾度も行われた実験の結果で明らかだ」

 

 人とスピリット。

 この二つを絡めた実験により、人とスピリットは明らかに思考を誘導されているという結論を出すしかなかった。

 この類の実験はラキオスでも行われ始めていて、レスティーナもようやく大陸の裏に潜む悪意に気が付いたが、クェドギンは何年も前から真実に気づいて世界に戦いを挑んでいたのだ。

 

「何よりも、俺自身が一番実感している。俺の意思ではない『意思』が潜り込んでくるのをな。常に自身の思考を疑えば実感は容易だ」

 

 常に自分の思考を疑う。

 口で言うのは簡単だが、実際に行えば狂気でしかない。だけれども、この大陸で真の意味で正気を保つにはそれしかなかった。

 光陰は今更ながら狂気の世界に呼び出されてしまったと痛感する。

 

「世界とそこに住まうすべての存在は、奴らにとって舞台と駒に過ぎない。そして、お前らと彼女達はこの舞台では脇役に過ぎん。そう、言ってみればただの踏み台だ。物語の主役を彩る為のな」

 

「なるほどな。物語的に考えれば、妹を助けてスピリットを奴隷から助けようとしている悠人と横島が主人公。秋月と雪之丞がボスで、俺たちは主人公に試練を与える中ボスって所か。んでラスボスはまだ先と」

 

「その通りだ。俺の予想では、お前の勝利を奴らは想定していない。だからこそ勝利して欲しい。お前らが勝てば俺も世界を破滅させずにすむだろう」

 

「へっ……神の定めた運命に抗って勝利を掴み、惚れた女と世界を自由にしろってか。男としては燃えるシチュエーションだな……はは」

 

 自嘲じみた笑いを二人の男は浮かべた。

 何をどう言いつくろうと、間違いなく自分達がやっているのは悪なのだ。

 自覚すればするほど笑いがこみ上げてくる。

 

「それにしても……俺が踏み台ねえ」

 

「気に障ったか」

 

「いんや。感心しただけさ」

 

 踏み台と侮辱された光陰だが怒りも嘆きもしなかった。

 それは元の世界でも感じていたからだ。

 客観的に見て自分は悠人よりも肉体も精神も優れているだろう。しかし、光陰という一個の存在が悠人に勝っているとは、自分自身思う事が出来なかった。

 いや、きっと勝るも勝らないもない。どこにでもある歌のように、皆それぞれの個性があるだけ。それは分かっている。しかし、誰よりも大切な思い人は自分の方を向いてくれなかった。

 

 友情は薄れていない。憎しみはない。

 だがそれでも、悠人に勝ちたい。

 

 四神剣の担い手は互いに敵意を持って殺し合うようになると言うが、この思いだけは操られてはいないと断言できる。

 

「お前のその感情も、指し手は考慮済みなのかもしれないがな」

 

「なあ大将。どうして俺が悠人と今日子の事を考えてたって分かるんだ」

 

「お前は友と女の事を考えたときだけ、抑え付けている表情が顔に出るからな」

 

「男に観察されても嬉しくないぜ」

 

「違いない」

 

 互いにニヤリと笑う。

 

「さて、お喋りはここまでにして……いい加減に指してもらおうか」

 

 クェドギンは盤面を指さす。勝負は大詰め。

 勝利を確信したクェドギンは笑みを浮かべていたが、光陰も負けじと笑みを浮かべた。

 

「へっ、長話したのは失敗だったな」

 

「何だと……む」

 

 ガチャリと執務室のドアが開いた。

 流れるような銀髪に前髪の一部分だけ赤メッシュな美少女が部屋に入ってくる。

 

「戻ったでござるよー」

 

「おお、シロちゃん。待ってたぞーー!」

 

 手をいっぱいに広げて光陰はシロに抱き着きかかる。

 シロは慣れた様子で避けようとするが、光陰は強引にシロを抱きしめた。怪訝な顔をするシロ。

 光陰はじっとシロの瞳を見つめた。彼の目には気遣うような光がある。

 血の匂いがシロの体からプンと匂い立って、部屋に満ちていく。

 光陰が何を心配しているかに気づいたシロは不敵に笑う。

 

「光陰殿。心配無用です。

 焦らず、迷わず、剣を振る。

 先生に剣を向けた時に、戦いに不要なものなど切り捨てたござる」

 

 シロの言葉には迷いがなく、その瞳は強い光を放っている。

 永遠神剣を得て、そして不条理な環境に身を浸してシロは変わった。齢一桁の女児は立派な戦士になってしまった。

 これを成長と捉えるかは光陰は悩ましく感じたが、何も言う事は出来ない。

 光陰も同じ道を選択しているのだ。同情する資格などない。だがそれでも、自分よりも小さい少女に辛い選択をさせた自分の無力が悔しかった。

 

 そんな葛藤など光陰はおくびにも出さずシロを対局の席に着かせる。

 

「それでシロちゃん。実は大将と賭けをしてるんだけどな、勝てば何でも言う事を聞いてくれるぞ。負けたらここでの飲み食いは禁止されちまうけど。と言うわけで、頼むぜ、シロちゃん!」

 

「待て。これは俺とお前の賭けだろう。代打ちなど認められん」

 

「ふむ……では今からその賭けに拙者も混ぜてもらうでござる。これに負ければ拙者も無断で部屋に入らない。勝ったらスピリットに朝の散歩を義務付けるでござる!!」

 

「いいだろう。ここから逆転できるものならしてみせろ」

 

「では……ほいっと」

 

「……な、なんだと……まさかこんな手が」

 

 仲良く将棋に興じる。周囲から聞こえてくる悲鳴とは無縁の空間。

 莫大なマナが集まり始めているのを感じながら、三人は小さく呟く。

 

「これで最後だ。なあ、悠人よ……勝たせてもらうぞ」

「先生……拙者の覚悟。受け取ってもらうでござる」

「運命などに、人は屈せぬ」

 

 

 マロリガンにおける、最後の戦いが始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 マロリガンで動きあり。

 詰め所で連絡を受けた悠人と横島はすぐさまヨーティアの研究室に向かった。

 部屋に入ると、レスティーナとヨーティア、イオの三人が横島達を出迎える。

 

「遅いですよ、二人とも!」

 

 レスティーナが叱責の声を飛ばす。

 連絡を受けて早足で来たのだが、それでもレスティーナからすれば遅く感じたのだ。

 一刻を争う事態に陥ったのだと悠人は判断した。すぐさま本題に入る。

 

「一体どうしたんだ。マロリガンとの和平が上手く行かなかったとか」

 

「それだけなら良かったんだけどねえ」

 

 いつも飄々とした態度のヨーティアが、眉間に皺を寄せた険しい表情を浮かべる。

 マロリガンとの和平はラキオスの戦略上で第一の目標だったはず。それが上手くいかなくとも、まだ良かったと言えるほどの事態が発生しているらしい。

 レスティーナがこほんと咳払いをして、密やかな声で凶報を話し始める。

 

「まず、議会に所属していたマロリガン議員の多くと、それに連なる者らがエトランジェ達の手によって殺されました」

 

 いきなりの発言に悠人も横島も目を丸くした。

 人殺しという親友達の凶行。

 無論、自分達の手も血に塗れているわけだから人でなしと批判できる立場ではない。それでも人間という非戦闘員を手にかけたのは、また別な意味を持つ。

 

「マロリガンの権限は全てクェドギン大統領……いえ、クェドギン独裁官に束ねられました。彼は今、各都市から首都に異常な量のマナを集めさせています。これが何を意味するか、分かりますか?」

 

 悠人と横島は首を捻る。

 マナを一箇所に集める必要性は無い。マナは巨大な神剣を核としたエーテルコンバーターでエーテルに変化させて運用するのだが、一気に変換できるわけではないのだ。一万のマナを集めても、一日で変換できるのが数十程度なら集める意味がない。

 無理やり多量のマナをエーテルコンバーターに注入すれば暴走する危険性も――――ー

 

「ま……さか、イースペリアの時みたいにマナ消失を」

 

 青い顔で呟く悠人にレスティーナは重々しく頷いた。

 

 イースペリアの惨劇は大陸中に知れまわっている。

 この世界では大規模に人が死ぬことが無い。

 だからこそ、イースペリア首都が吹っ飛んだ災害は恐怖の代名詞として語られている。

 

「自分達の都市が消し飛ばされるとあって、マロリガン全都市で大恐慌が発生中だ。しかも各都市を治める市長をはじめとする役職共は殺されてしまってまとめ役がいない。あのバカの暴走を止めるのはマロリガンにはいないな。

 さらにマロリガンのエーテルコンバーターは、イースペリアよりも高位の神剣を核として使っている。当然だが溜めこめるマナは数十倍かそれ以上だ。被害は一都市では収まらないだろうさ」

 

「ぐ、具体的にはどれぐらいになるんすか?」

 

 横島が引きつった笑みを浮かべながら言った。

 頭の中では、一部の親しい人達だけを助けようかと保身で一杯だったりする。

 そんな横島の逃げ腰を理解してか、ヨーティアはサドッ気のある笑みを浮かべた。

 

「この天才の計算によると、大陸が平らになる程度と予想している。男と女が一組ぐらいは生き延びるかもな。ああ、神剣使いなら協力し合えば爆発は耐えれるだろうが、大陸全土に吹き荒れるマナ嵐で間違いなく全滅するだろう……世界の危機って奴だねえ」

 

 世界という言葉に横島は渋い表情になる。

 この『世界』という言葉が出た時点で横島に選択肢は無くなるのだ。

 

「それでクェドギンは何を要求しているんだ。やっぱり、ラキオスの降伏か?」

 

 砲艦外交を遥かに超えた、自爆テロの究極とも呼べるマロリガンの暴走。

 大陸を人質にして何を要求しようというのか。

 

「クェドギンは何一つとして、要求していません」

 

 悠人の質問にレスティーナは耳を疑うような答えを返した、

 何の要求もない。ただ、世界を破壊させようとしている。

 

 本当に気が狂ったのだろうか。

 ならば、どうして気が狂ったのか。そして、どうして友人達は狂気に付き従っているのか。

 疑問は尽きない。だが、逡巡している時間は無かった。

 

「もはや言葉を交わしている時間はありません。ラキオスは世界を守るため、スピリット隊と人間の兵士をマロリガン全土に派遣することに決めました。

 計算上、猶予はあと四日はあります。スピリット隊は先行してクェドギンを止め、マナ消失を防いでください。後から人間達が治安を回復させます。

 ……この大陸を、全ての命を、この世界をお願いします。ユート、ヨコシマ」

 

 レスティーナは大陸の未来を二人に託す。

 決意を漲らせる悠人とは対照的に、横島の心には無力感が広がっていた。

 

 

 

 それから半日。大慌てで準備を整えてスピリット隊はマロリガンに向かった。

 いくらエーテルジャンプで大陸の半分近くを移動して、スピリットが音速で動けようとも、一日でマロリガン首都に到達できるはずもない。初日は砂漠で野営である。

 スピリット達が交代で夜の警戒をしている頃、横島は自分のテントからこっそりと抜け出して、砂漠で一人、生気の無い目で星を見つめていた。

 

 どうしてこうなったのだろう。

 やはりこうなってしまったか。

 

 相反する思いが胸に渦巻く。思考が取りとめもなく浮かび、混沌とした考えがいくつも脳裏に浮かんでいく。

 世界を守るためにシロと戦う未来が来るのは感じていた。そうなれば、誰かが命を落としてしまうという悲劇も予感していた。そう、かつて、魔神に世界か女の決断を迫られた時の様に。

 

 あの決断の是非はともかく、後になって深く考えた事がある。

 

 カレー味のう○ことう○こ味のカレーをどちらが良いか。

 

 ――――どちらも嫌に決まってるだろうが!

 

 そのような、どっちも地獄という選択肢を突きつけられた時点で敗北なのだ。

 今度は同じ轍を踏まないよう、世界とシロタマのどちらかを選択するという悲劇を避けるべく横島は精力的に動き、命を懸けて戦った。

 

 希望はある。世界と女。この二つは両立する。それは知っていたからだ。

 それを成した正義の味方が身近にいた。隊長という立場にいる横島にとって、かつて隊長と呼んだ彼女こそが目指すべき人物であった。

 

 今度は自分が見捨てられる側ではなく、見捨てる側に立ってでも世界と女を守る。大切なものだけはなんとしても掴み取ってやる。

 

 その想いを胸に色々と頑張った。成果だって十分に出ていた。

 だけど全てをあざ笑うように世界は容赦なく選択を突き付けてくる。

 

 『世界』は横島がシロとタマモを殺して【世界】を守ることを求めている。

 

 誰かに話せば妄想と笑うだろう。

 だけど、どうしようもないほど感じてしまうのだ。

 

 

 俺は絶対に誰かを殺してしまう。

 

 

 それが、シロかセリア達かは分からない。でも、誰かが死ぬ。死ななければ世界が滅ぶ。

 もしくは、自分が死ねばどちらも助かるかもしれない。だけど、死にたくはなかった。死ぬのは怖い。また、自分の中には幸せにしなければならない命がある。それに女の子とエッチも出来ずに死ぬなど言語道断である。

 もういっそのこと何もかも忘れて逃げたくなる。だが、

 

 世界なんてどうでもいい。

 家族さえ守れればそれで良い。

 

 その言葉だけは、口が裂けても言う事は出来ない。

 過去の選択が言わせてはくれない。それに見捨てられない繋がりが増えすぎてしまった。

 

 一体どうしたらいいのだろう。

 

 いくつもの思考が折り重なり、論理的に積み上がらず、ポエムのように浮かんで消える。

 自分が何を考えているのか、横島自身にもよく分かっていなかった。

 ただ闇の中をさ迷う幼子のように道を示してくれる救世主を探す。

 そこで、一つの影が近づいてくるのが見えた。

 

「この世界は星が良く見えるよな。俺達の視力が上がったのもあるだろうけど、やっぱり空気が澄んでいるからか」

 

 月の光を背に浴びながら高嶺悠人は現れた。

 歩く姿を見ると、足捌きや体捌きは一流とまでいかなくとも一人前の戦士の動きである。

 剣豪であるアセリアやエスペリア等には及ばないが、それでも一年前まで剣を握った事が無かったなど誰が信じられよう。

 才能と経験と努力、なにより強い意志がここまで悠人を押し上げたのだ。

 

 横島は何も応えず、ぼーっと星空を眺め続ける。

 悠人は横島の視線を追って星を見つめたが、やがてポツリと言った。

 

「どうするつもりだ」

 

 悠人の言葉に主語は無かったが、それでも同じ立場同士だ。言いたい事は伝わってくる。

 

 シロとタマモ。光陰と今日子。

 彼らを助けられるのか、助けられないのか。

 助けられなかったら殺すのか、それとも捕まえて監禁でもするのか。

 捕まえる為に仲間を危険にさらすのか。もし、それでネリー達が死んだらどうする。

 

 思考が巡る。答えは出ない。出したくない。どう決断しようと、何かしらのリスクが生じる。

 そのリスクの全てが世界と愛する家族の命に関わる為、どうしても決断が出来なかった。

 どうして俺がこんな重責を担わなければいけないのだと、権利が好きでも義務が嫌いと豪語する横島は内心で毒づく。

 

「お前はどうする気だよ」

 

 答えが出せない横島は質問に質問で返すしかなかった。

 

「俺か? 俺は助ける。そう決めた」

 

 特に気負いも無く言い切った悠人に、横島は目を見開く。

 

「まさか。助ける方法が見つかったのか!」

 

「いや、見つかってないぞ」

 

 なんだそりゃ?

 

 助ける方法が見つかれば、死のリスクがない方法があれば、全員が助かる道を横島も選ぶ。

 だが、それが見つからないから困っているのだ。このままで絶対に誰かが死ぬ。逃げ出せば、全員死ぬ。答えのない選択肢を突きつけられて、どうして選択できようか。

 

「こうなったら出たとこ勝負だ。この戦いは誰も死なせずに今日子達も助けて終わらせてやるさ」

 

 最終的には根性論。未知の希望を信じて、先の見えない闇の中を手探りで進む道。

 それが悠人の出した答えだった。横島は軽蔑の視線を悠人に送る。

 こんな無計画な男が部隊を率いているのが恐ろしく感じられた。

 

「迷ってて勝てる相手じゃない。でも殺すなんて覚悟は俺もお前も抱けないだろ。結局、負ける。だったら、絶対に助けると決めていくしかないだろ」

 

 悠人も何も考えずに出した結論ではなかったらしい。

 確かにその方が横島達は力が発揮できるだろう。だが、勝利条件のハードルが上がるのだから力を発揮したら上手くいくとは限らない。

 とはいえ、確かに悠人の言うとおりであるのも事実。方法が見つからないなら、見つからないなりに最上の道を模索しなければならない。

 

 それは理想の道であり、仲間たちにも多くの負担をかけるだろう。

 だが、上手くいけば最高だ。上手くいかなかったら、最も絶望するだろうが。

 

「何があろうと、責任は俺が取る」

 

 悠人の言葉に横島は惹かれた。

 

 助けられなかったら悠人の所為。

 助けられたなら皆のおかげ。

 助けられても犠牲があったなら悠人の所為。

 

 

 ――――――――――――――――――いいな、それ。

 

 

 横島にとって、これほど魅力的な案は無かった。

 ルシオラを助けられなかった苦しみ。エニを助けられなかった苦しみ。

 あんな苦しみを二度も三度も味わいたくなかった。

 

 俺はそんなに強くない。あの苦しみが大丈夫になるほどの心の強さなど欲しくも無い。

 ただの高校生であった俺が、どうしてこんな重みを背負わなければならない。悠人も同じ高校生だが、そんなことは知ったことか。

 失敗した場合の痛みを、全て悠人に負わせればいいのだ。そうすれば心のまま、タマモ達を助けるため全力が尽くせる。

 

「大丈夫だ。きっと成功する……いや成功させる! 皆も手伝ってくれるしな」

 

 それでいこう。

 そう返事をしようとした横島の声を遮って、悠人は希望溢れる言葉と笑みを浮かべた。

 途端、横島の声は止まり、表情は強張る。

 

 何とかする。やってやる。努力すれば、皆でがんばれば、きっと上手くいく。

 何の根拠もない悠人の言葉が横島の胸にほの暗い火を灯した。

 強い意志を感じさせる悠人の言葉は、横島の心の奥底にある傷跡に遠慮なく触れるのだ。

 

 ――――ふざけるな!! それでなんとかなれば、あいつらだって!!

 

 脳裏に浮かんでくる二人の女性。

 

 ルシオラとエニ。

 

 努力して戦って命を懸けて、仲間と世界と自分の力と魂を燃焼させても、この手は届くことは無かった。

 

 改めて悠人を見つめる。

 笑みを浮かべていても、確固たる自信が張り付いているわけではない。助けられないのでは、という恐怖は確かに悠人にもある。

 だというのに、その恐怖と戦いながらも助けると言い切った。

 

 この男は気に食わない。

 横島が悠人に対して常々思っていた気持ちが鎌首をもたげた。

 

「甘いんだよ」

 

「そうだな。でも、諦めない。それが俺達だろ」

 

 ――――横島が女の子を助ける道を諦めるわけがない。

 

 ――――そんな目で俺を見るな!

 

 万感の信頼を込めた悠人の視線が、横島には疎ましくて仕方がない。

 言動の全てが癪に障る。失った事が無いから言える妄言にしか、横島には思えなかった。

 

「助けられるかどうか分からないだろうが……なんか現実的な方法は無いのかよ」

 

「現実的ってお前が言える言葉かよ……それともまさか助けるのを諦めるとでも言うつもりか」

 

「そうは言ってねえ! ただ、簡単じゃないって言っているだけだ!」

 

「そんなの分かりきった事だろ。だから、皆で協力するんだ」

 

「そういう問題じゃねんだよ!」

 

 お互いに睨み合う。いや、睨んでいるのは横島だけだ。悠人は困惑した様子で、横島の表情を覗き込んだ。

 その表情は怒りと焦りに満ちている。

 余裕と言うものが一切感じられない危険な表情。

 

「横島、お前本当に頭を冷やせよ。いや、冷やし過ぎてるのか。なあ、お前を慕う可愛い女の子が苦しんでいるんだぞ。お前が助けないわけ無いだろ」

 

 穏やかに、落ち着くように悠人は言うが、その態度こそが余計に横島を苛立たせ苦しませる。

 過去の失敗を無理やりほじくられているような気分だった。

 

「馬鹿の考え休むに似たりだ。お前はただ女の為に戦えばいいと思うぞ」

 

 皆が皆、同じような言葉を吐くと横島は思った。

 思うがまま進みたい道に行けばよいと。貴方は馬鹿でよいと。それが横島らしいのだと。

 

 誰も、分かっていないのだ。

 

 そうして進んだ道が、愛する女を自らの手で殺す道になってしまった時の苦しみを。あの絶望を理解できる奴なんていない。

 横島らしくない、などと無責任に批判して無理やり横島らしい選択をさせるつもりか。

 好き放題言って、また俺に女を殺させるつもりか。そうしてお前だけ大切な者を守ろうというのか。

 凄まじい怒りと妬みが横島に生まれ、悠人に向かう。

 

「うるさい! お前に何が分かるんだよ!」

 

「いや、何が分かるかって言われても……お前が女の為に力を発揮するのは分かってるぞ」

 

「うるさいうるさいうるさいうるさい! お前なんかに俺の気持ちが分かってたまるか!」

 

 ここで始めて悠人は自覚した。

 横島忠夫という男が、どれほど高嶺悠人をねたみ羨んでいたかを。

 その心に、それだけの捩れと歪みを持っていたのかを。

 

 横島にかける言葉が見つからない。そもそも、横島が何を言いたいのか悠人には良く分からなかった。

 世界の為に友達を殺そうと言うわけでもなく、かと言って友達の為にその身を捧げるわけでもなく、世界をどうでも良いと言うわけでもない。

 

 横島忠夫は何を言いたいのか。何をしたいのか。まるで見えてこない。

 当然である。横島本人すら、自分が何をしたいのか理解できていないのだから。

 

『見苦しい餓鬼め』

 

 『求め』の声が脳内に響く。

 確かにと、悠人も頷く。今の横島は、あれも嫌これも嫌と駄々を捏ねる子供でしかない。

 悩んでいるなら友人として相談に乗るが、この様子ではとても話し合いにはならないだろう。悠人自身、自分が口下手であると自覚もある。時間を置けば落ち着くかもしれないが、戦いは目前だ。早く横島を、いつもの横島に戻さなければならない。

 

 ならば、手は一つだ。

 

「横島、神剣を握れ」

 

「は、何だよ」

 

「簡単な賭けをするぞ。俺とここで戦え。それで、勝った方の言う事をなんでも聞くんだ。俺は当然、仲間を全員生かして、今日子達を助ける為に全力を尽くせとお前に言う。お前が勝ったら……まあありえないんだけどな。お前の好きなようにすればいいさ」

 

 横島はポカンと口を開けた。

 当然だ。明日明後日には決戦だというのに、いきなり決闘を申し込まれたら呆れるほかない。

 

「意味分からん。んなアホらしいことするわけねえだろ」

 

「逃げるのか。じゃあ、お前の負けだ。俺の勝ちだな」

 

「……ふざけんなよ。俺がお前なんかに負けるか!」

 

 あっさりと横島は挑発に乗った。

 悠人は本気で顔をしかめる。

 

 こんなくだらない挑発に乗るなど、今の横島は異常だ。同時に本気でもある。これほどまで悩み苦しんでいる横島を見るのは初めてだった。

 悠人も覚悟を決める。全身全霊をかけて横島とぶつかり合わなければと。

 

「まさかこんな事になるなんてな。まあ、いいさ。一度ぐらいは勝っておきたかったし。それじゃあいくぞ横島!

 神剣の力……すべて引き出してやる!! 希望を繋ぐ力をここに……エターナル!!」

 

 詠唱と共に、悠人の手から緑色の魔法陣が生まれ、クルクルと回転しながら徐々に巨大になっていく。

 そこから金色のオーラが溢れて悠人を包み込んでいった。

 

「なんだよ、これ」

 

『……信じられぬ。このオーラは』

 

 横島は呆然と呟き、『天秤』は低く呻いた。

 巨大な緑色の魔法陣から現れた金色のオーラは、通常のオーラを一線も二線も越えていた。

 悠人が得意とする身体強化魔法の一種だろうが、今までとはあらゆる面で桁が違う。膨大すぎるオーラ。いや、これはただ強力なだけではない。

 命の輝き、人の煌き、希望の灯火。聖なるかな聖なるかな聖なるかな。

 圧倒的な光輝がそこにあった。

 

『横島よ、これは凡庸な神剣魔法ではないぞ。マナを多種多様なオーラに変えるのが神剣魔法と呼ばれるものだが、これはそうではない。次元の壁をこじ開けて別世界からオーラを呼び出す魔法だ。

 しかもこのオーラは永遠を冠するもの……オーラの中でも最高峰に位置する……究極と呼ばれるものだ。第四位の神剣で扱えるとは。それも神剣を手にとって二年足らずで……なんという』

 

 驚愕。感心。呆れ。『天秤』の声には驚きと共に恐怖すら込められている。

 横島は唇を噛んだ。『天秤』の称賛の声が妙に悔しく、悠人の癖に生意気だぞ、というジャイアニズムが膨れ上がってくる。

 

 頭は警鐘をならしていた。今の悠人と戦ってはいけない。戦うのなら、逃げて、嵌めて、ありとあらゆる奇策鬼道を打っていかなければならない。

 だがそれの意味する所は、まともに戦ったら悠人には勝てないと認めることであった。

 

「アホ! 戦いは明日か明後日だぞ! ここで力使い果たしてどうすんじゃ! それでも隊長かっつーの!?」

 

「その答えはこうだな。多少、俺の力が弱まろうと、お前が捻くれてしょげているほうがよっぽど問題だからだ。俺とお前が手を組めばきっと何とかなるさ!」

 

 熱血と友情。

 悠人から溢れんばかりの熱気が放出されて、横島は暑苦しさに後ずさる

 

「俺達なら、やれる! 一人じゃ無理でも、俺とお前と皆と、全員で協力し合えば……絶対に助けられる!」

 

 仲間に頼る。

 個として最強クラスの力を持った悠人が出した結論がこれだった。

 暑苦しさと青臭さを真正面から叩きつけられた横島は声を失くしていたが、『天秤』は横島以上に驚愕していた。

 

 ――――まさか、本当にこうなるとはな。

 

 実を言うと、この砂漠で横島が誰かと戦いになることを上司に聞かされていたのだ。

 そして横島は戦いに敗れる。

 それが運命だと、上司は言った。どうしたって変えられない確定事項だとも言った。別になんら細工なしでそうなるのだと。敗北が計画にとってプラスになると上司は満足そうに語った。

 

 気に食わない。いくら計画の内とはいえ横島が悠人に負ける姿など見たくない。

 これが素直な『天秤』の気持ちだ。

 

『主、悠人を倒すぞ! あの男はどんな難関でも『最後にはどうにかなる』と高を括っている。私には、それが思い上がりに見える。奴を倒し、どうにもならないことがこの世にあると教えてやれ!!』

 

 これは『天秤』の本心だった。

 『天秤』は知っている。どうにもならない事は絶対にあるのだ。

 

(無理よ。勝てないわ)

 

 『天秤』にだけ聞こえるルシオラの声が響く。

 ルシオラも上司と同じく横島の負けを確信しているらしい。

 

(ねえ、気づいてないの?

 貴方はどうにもならない運命があるのを悠人さんに教えるつもりらしいけど、そもそも運命を変えようとしているのは貴方じゃない)

 

『黙れ! 横島、私の力を限界まで使え!! そして、悠人を倒すのだ!!』

 

 『天秤』の激が飛んで、横島は無言で神剣の力を限界まで引き出す。

 負けたくない。横島も悠人に対して混沌とした思いを抱きつつも、それだけは確かだった。

 横島と『天秤』の思いは重なり、シンクロして強力な加護を引き出していく。

 強大な力を得ていく横島に、『天秤』は満ち足りた思いを得る。

 

(この戦いに勝てば、何かが変わる。『法王』様は決してこの戦いでは勝てぬと言った。運命とすら言った。ならば私が全力で逆らっても良いだろう!)

 

 横島が勝てば何か変わる。

 良くも悪くも、敷かれたレールを外れるだろう。

 

 そう、この戦いは。

 

 

 

 永遠の煩悩者 第三十二話

 

 運命を変える為の、宿命の戦い

 

 

 

 

 

 月明かりの下。身震いするほどの寒さの中で二人の男は剣を構え対峙する。

 悠人は正道である正眼の構え。対する横島は右手に神剣を、左手には何も持たずぶらぶらさせる我流だ。

 訓練では何度と無く剣を合わせてきた二人だが、このように野試合での真剣勝負は初めてだった。いつもなら横島が自由奔放に動き回りながら悠人に多彩な攻撃を仕掛け、悠人は耐えながら隙を見つけようとするのがいつものパターンだ。

 だが、今回は違う。横島は戦うわけでも逃げるわけでもなく、短く息を発しながら悠人を凝視していた。悠人から発せられる圧力は斉天大聖にすら匹敵し、軽々しく動くなど出来やしない。

 

 先手は悠人が取った。

 金色のオーラを陽炎の如く纏って、周囲の空間を歪めながら横島に向かって一直線に駆ける。

 

 早いなんてものではない。横島ですら残像を追うのが精一杯だ。超音速なんてレベルを遥かに超えている。

 まともに打ち合うのは不可能と判断した横島は即座に空へと移動した。そのまま足裏にサイキックソーサーを作り出し、空中に固定する。

 どれだけ高速で動けても悠人は飛べない。神剣魔法による攻撃も広範囲攻撃は存在せず、ただ一直線のビームだけ。避けるのは造作もない。空ならば安全だ。

 

 だが、悠人も横島が空に逃げるのは織り込み済みだったらしい。迷いもなく詠唱を開始する。

 横島が目を見張った。信じられないほどのオーラが瞬く間に組みあがっていく。

 魔法陣の種類から判断するに、悠人が唯一使える攻撃魔法であるオーラフォトンビームだ。

 いつもなら距離さえおけば避けるのは容易い。そう、いつもなら。

 

「くそ、マジかよ!」

 

 どれだけ空中を駆けようと、悠人と常に目が合ってしまう。完全に捕捉されていた。どうやら反射神経や動体視力も大きく向上しているらしい。

 回避が難しいのなら防御しかない。だけれども悠人が放つ魔法は防御型の障壁も反射型の障壁も、全てを貫いてくるだろう。

 ならば。

 

「いくぞ、横島! オーラフォトン……ビーム――――

 

 魔方陣から光弾が放たれる――――直前に、横島は魂を操り空間を跳躍した。

 流石にこれなら回避できると考えたのだが、テレポートした横島は眼前の光景に目を剥く。

 

「ムムゥゥゥゥーーーーーーーーーーーーーー!!!!」

 

 なんと、悠人は魔方陣に手を突っ込んで発射されようとする光弾を押さえつけていた。

 そして横島が空間に出現すると、光に手を焼かれながらもオーバースローで思い切り投げつける。横島はテレポート直後で動けない。

 

「ひぃ!」

 

 防御も出来ず、食らえば死ぬ一撃に横島は死を覚悟したが、

 

 スポ~ン。

 

 光弾はまるで見当違いのほうに飛んでいった。

 筋力や動体視力とコントロールは比例しないという一例だ。

 基本的に悠人は不器用なのである。

 

「ノーコンやな~」

「くそ! もっと真面目に体育をやってりゃよかった!」 

「ピッチャーノーコン、ピッチャーノーコン」

「……だったらデッドボールかましてやるよ!!」

 

 横島に煽られ、こうなればもう一球と悠人は詠唱を開始する。

 冗談では無いと、横島は空中を蹴って地面に飛んだ。今、悠人の視界に入ってはいけない。防御や回避ではなく、身を隠して撃たせない状況を作るべきである。

 

 横島は地面に着地する。すると待ってましたとばかりに悠人が突撃してくる。だけど、それは横島が読んでいた。

 空中からの勢いそのままに地に潜る、潜る、潜る。

 サイキックソーサをドリルのように回転させて、土を掘り、深い地中に身を隠す。さらに栄光の手を利用して神剣を身から遠ざけて的を絞らせないようにした。

 

 悠人の使った強化魔法が切れるまで身を隠す。

 それが横島と『天秤』が出した答えだった。

 

 やはり横島はとんでもないと、改めて悠人は思う。

 テレポートもそうだが、地面に潜り気配を分散するなど、悠人にはひっくり返っても出来はしないだろう。

 文珠など使用しなくても使える戦術の幅は桁違いだ。だけれども、悠人は横島の異常を実感していた。

 

「中途半端だな」

 

 逃げるのならもっと遠くに逃げれば良いのだ。

 これは訓練でもなんでもない、ただの喧嘩。本当に手段を問わないのなら、強化魔法が尽きるまで逃げ続ければよい。

 だというのに中途半端に手の届く位置にいる。逃げるわけでもなく、戦うわけもでもない。

 

 どっちつかずの戦術に、悠人は横島の迷いを感じた。

 今の横島に負けることは無いと確信を持つ。

 

 地面に『求め』を突き刺して、オーラを練りこみ、地中に送り込む。

 普段の戦いなら横島がいやらしく攻撃してくるから力を練れず戦いづらいが、今のように逃げも攻めをしてこない中途半端な戦術はパワーファイターにとって非常に楽だった。

 

 地面の中をオーラの白い稲妻が走る。

 稲妻は地中深くにいた横島の近辺にまで到達した。無論、広い地中で気配を分散していた横島には直撃せず無傷だ。

 だが、この攻撃はここからが本命である。

 

「エクスゥゥゥプロ―――ド!!」

「ユート様! なにをやっ……きゃああああ!!」

 

 大地が揺れ、発光し、爆発した。

 地中深くで爆発したにも関わらず悠人が立っていた地面も爆裂して、彼自身も思い切り吹き飛ばされる。

 数百メートルも吹き飛ばされて、起き上がった悠人が目にしたのは暗黒の穴だった。

 

「まさかここまで威力があるなんてな」

 

 目の前に広がる光景に悠人も青ざめた。大地にクレーターのような穴がぽっかりと空いていた。

 ここまでならスピリットにも出来る。しかし、悠人の作り出した穴は底が見えない。

 人を止めた実感はあったが、まさかここまでとは思わなかった。

 

 そして気づく。周囲に金色のマナが漂っていた。

 間違いなく、横島の肉体を構成していたものだろう。

 

「oh……殺っちまったZE!」

 

 現実から逃避するようにヒップホップ調に言う。

 しばし瞠目して、

 

「え、エスペリアーー!! 蘇生魔法----!!」

 

 この場にいないエスペリアの名を呼んで、慌てて彼女を呼ぼうと駆けだす。正にその瞬間だった。

 漂っていた金色のマナが悠人の背後に集まって人の形を成した。悠人が異変に気付いた時にはもう遅い。振り返って目に映ったのは、神剣を振りかざす横島だった。灼熱が左肩から右脇腹に抜けていく。

 鮮やかな鮮血を撒き散らしながら、悠人は大地に沈んだ。それを見下ろすは、バンダナの青年。

 

「どうだ! 俺の勝ちだ!!」

 

『ふっ、私が出した咄嗟の指示があってこそだがな』

 

「咄嗟すぎただろうが。俺の詠唱速度があったからだろ」

 

 二人は互いに自分を称賛する。

 あの時、オーラの稲妻が地中に潜り込んできて事態を悟った『天秤』は即座にある魔法の指示を出した。

 

 ゴーストタイプ。

 

 横島が新たに作り出したオリジナルの新魔法だ。

 『魂だけの状態を維持する事により、ありとあらゆる攻撃を無効化する』というトンでも魔法である。

 

 こう言えば強力な魔法に聞こえるだろうが、実は決定的な欠点がある。

 ありとあらゆる攻撃を無効化するものの、ブルースピリットの基本スキルである魔法打消し魔法であっさり打ち消される。打ち消されたら、即死だ。

 ではブルースピリットがいなければ有効かというと、それも違う。

 効果時間は短く、さらに復活の瞬間が分かりやすい。悠人がもう少し注意深かったら倒されていたのは横島だった。

 横島が覚える魔法は、基本的にピーキーで使いどころが難しいのが多い。なんとも彼らしいと言えるだろう。

 

 

 何はともあれ横島は勝った。

 倒れ伏す悠人の姿を横島は満足そう見下ろしたが、突如として体を震わせる。

 

 勝った。勝ってしまった。

 世界と仲間の両方を救おうとした者を倒してしまった。

 これからどうなってしまうのか。

 

 ガチガチと歯が音を鳴らす。

 例え様もない程の恐怖が全身に立ち上ってきたが、

 

 ガブリ!!

 

 ふくらはぎに噛み付かれたかのような痛みが走る、というか噛み付かれていた。

 まるでゾンビの如く噛み付き攻撃を仕掛けてきた悠人を慌てて振り払う。

 

 見れば袈裟懸けに切り裂いたはずの傷が、綺麗さっぱりと治っていた。あのエターナルという魔法の効果だろう。

 だが、それで魔法の効果は切れたらしい。体力もかなり落ちているようだ。

 

「死んだふりかよ! そんな卑怯な戦法で情けなくないのかっつーの!?」

「お前が言うなよ! まったく、無駄な抵抗しやがって」

「状況分かってんのかよ……あの馬鹿みたいな強力な魔法は時間切れ。お前の負けだ」

「この勝負は俺の勝ちさ」

 

 悠人はなおも自分の勝利を疑わず、横島を挑発する。

 凄まじい攻防だったが、結局ダメージを多く受けたのは悠人だ。最強のオーラによる強化も時間切れで、悠人の勝ち目は減っただろう。

 だが、それでも。

 

「横島、お前が強いのはな煩悩があるからだ。女を捨てて、お前が勝てる訳ないだろ」

 

 それでもなお、悠人は自分が負けるとは微塵も思っていなかった。いや、正確に言えば、横島が勝てるとは思えないと言うのが正しい。

 確固たる悠人の言葉に横島は圧されたが、すぐに眉を怒らせて憤怒の面を作り上げる。

 

「うっさいわぁ! 何も知らんくせに! 俺が世界を救った時はな、女を捨ててたぞ。アイツとの約束を守る為に、アイツを殺した!! そして、俺は勝ったんだ! 約束を果たしたんだ!

 ははは、俺は世界を救った英雄様だぞ……無理なもんは無理。それを分からせてやるよ!」

 

 顔を真っ赤に染め上げて、喉から血を吐かんばかりに怒鳴り、嘆き、笑い散らす横島に、悠人は憐憫の情を持った。横島の過去に何があったか、ある程度は察した。どうしてここまで妬まれているのかも、うっすらと理解できた。

 この煩悩塗れの男が、『それ』を決断したときに、いったいどれほどの苦悩があったのか想像することすら出来ない。

 踏み込んでは行けない所に踏み込んでしまったか。少し後悔して、すぐに思い直す。

 

 ――――いや、俺はラキオスの隊長として、なによりこいつの友人として、踏み込まないわけには行かない!

 

 ただ可哀想と慰めて何になるというのか。

 普通の友達同士ならそれも良いかもしれない。だが、横島はこの不条理な世界で戦う戦友だ。向こうがどう思っているかはしらないが、これで親友とすら思っていた。

 言いたいことは全部言って、どれだけ傷ついてもぶつかり合ってやると心に決める。

 

「そうか……でも、その時はその時。今は今だ。無理かどうかは……運命が決まっているのかどうかは、事が済んでから判断するしかないだろ」

 

「済んでからじゃ遅いんだよ! このアホが!!」

 

 失ったことが無いから言えるのだ、と血を吐く様に横島は叫ぶ。

 悲痛そのものと言える横島の咆哮に悠人も覚悟を決めた。

 

 横島が仲間を、女性を諦めるなんてことはあってたまるか。冷静で冷徹になった横島なんて、誰も見たくないに決まっている。こいつは馬鹿である必要があるんだ!

 次の戦いに備えてなんて言ってられない。ここで全精力をつぎ込んででも、横島を倒す!

 

「おい馬鹿剣、力を貸せ。横島をいつものアホに戻す力を!」

 

『これ以上、力を引き出せば過去最高の干渉が可能となるぞ』

 

「ああ、分かった」

 

『ほう、分かっているか。ようやく契約に基づきスピリットを犯し壊す気になったようだな」

 

「悪い、その契約は踏み倒すぞ」

 

『踏み倒す気か契約者!!』

 

「ああ……どうせ瞬の『誓い』は壊してやるからいいだろ」

 

 唖然とする『求め』の気配が伝わってくる。

 これは相当キツイ干渉が来るか。できれば、戦闘中に干渉は勘弁して欲しいが。

 痛みに身構えた悠人だったが、

 

『……まったく、我はなんという馬鹿者と契約してしまったのだ』

 

 伝わってきた感情は、何故かそれほど悪いものではなかった。

 怒りを通り越したらしくどこか楽しげな雰囲気すら漂ってくる。

 

『いいだろう、そこまで言ったのだ。必ず『誓い』を破壊しろ。いいな!』

 

 『求め』から膨大な力が悠人に流れ込む。これならばと、悠人は全力で魔法の詠唱を開始した。巨大な魔方陣が構築され始める。

 それを見た横島は、全力で悠人へ走り出した。強力な範囲攻撃魔法が発動すると気づいたらしい。距離さえ潰せば、強力すぎる攻撃魔法は自爆してしまうから発動させられない。

 悠人は舌を巻いた。今発動させようとしているのは初めて使う神剣魔法だ。

 にも関わらず、横島は広範囲攻撃魔法と気づいて距離を潰そうとしている。動物的な直感の鋭さに、悠人は――――予定通りと笑みを作ってみせた。

 魔法陣が放つ光が増していく。悠人の狙いに気づいた横島はぐちゃぐちゃに顔を歪めた。

 

「こ、この熱血自爆バカがぁぁーー!!」

「さあ横島、我慢比べだ!! 俺と一緒に地獄を見やがれ! オーラフォトン……ノヴァアアアア!!」

「またですかぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 白熱が場に満ちた。

 青の魔法のようにエーテル振動の凍結ではない。

 緑の魔法のように自然の猛威でもない。

 赤の魔法のように焼き尽くすのでもない。

 黒の魔法のようにマナ構造を侵してくるのでもない。

 

 ただ純粋な破壊。全てを破壊する暴虐。

 まだ未完成であったが、だからこそ威力は集約せずに遥か広範囲まで及んだ。

 遠く離れたマロリガン首都からですら、空が輝くのを観測できるほどの光が二人を中心として巻き起こる。

 光が収まると、二人の男がその場で蹲っていた。

 

 ダメージはやや悠人の方が大きかった。

 横島は僅かに障壁を作り上げたが、悠人はもろに破壊の光を浴びたのだ。生きているのが不思議なぐらいだろう。

 それでも悠人は立ち上がった。半身を焼かれ左目は潰れ足は半ば炭化していたが、足首だけで立ち上がり右目は不屈の闘志に燃えていた。

 

「この程度の痛み、慣れっこなんだよ」

 

 毎度のように頭をくちゅくちゅされている悠人だ。痛みで倒れることは無い。

 対する横島は立ち上がった悠人を見て心底嫌そうな顔をする。何とか立ち上がろうとはしたが、凄まじい痛みが全身を駆け巡った。

 

 何でこんな暑苦しい男と殴り合うために立たなきゃいけないんだよ!

 

 聞こえてきた心の声に立ち上がる意思も気力も抜けていく。

 所詮、悠人が気に食わないから戦っただけだ。怒りであれ、憎しみであれ、何であれ。その感情のよりどころが男である以上、横島は立つ事が出来なかった。

 結局、彼自身が何をどう思おうと、男の意地や誇りがあっても、例え愛する女性を殺すことになってしまった過去があったとしても、女性が関わらない戦いでは彼は本来の力を発揮することは叶わない。

 

「俺の勝ちだな。従ってもらうぞ。絶対に女の子を助けるのを諦めないってな」

 

「……うるせーこのアホ。勝手にしろっつーの!」

 

 不満たらたらながら横島は敗北を認めた。悠人はやれやれと息を吐く。同時に血も吐いた。

 精根尽き果てたようにその場に倒れこむ。

 エスペリア達が何事かと走ってくるのが見えて、回復できると一安心した悠人だったが、ある事に気づいて顔を青くした。

 

 彼女達の服はボロボロで、エスペリアなんて頭がアフロになっていたのだ。

 そういえば戦いに集中していて気づかなかったが、何回か女性の声が聞こえてきたような気がする。そのたびに戦いの余波で吹き飛ばしていたのだろう。

 大事な決戦前に隊長同士の大喧嘩だ。しかも仲間を吹き飛ばして。一体どれほど怒られることになるのやら。まあ、横島のイジケを吹き飛ばしたのは後悔していないが。

 

 長い説教は仕方ないけれど、せめて黒くはならないでくれ。

 

 悠人は割と本気で恐怖しながら、エスペリアからの回復とお説教を待つのだった。

 

 

 

 

 

 

 二人の戦いを見届けたルシオラと『天秤』の様子は対照的だった。

 ルシオラは喜色満面。『天秤』は魂魄抜けた様に呆然としている。

 

(やっぱりこうなったわね。流石、横島よ! 悠人さんも良い男ね……横島には勝てないけど)

 

 横島の内部でルシオラが軽く言った。

 『天秤』は、ただただ悲嘆する。

 

 結局、運命は変わらなかった!! 我らは敗れた!!

 

 何もかも予定通り。敷かれたレールの上から外れる事はかなわない。

 今回の戦いは、何の意志も力も介入していない。ただ、あるようにあっただけだ。

 

 なんという眼力か。『法王』様はこうなる事を予知していたのか。

 上司の読みの凄さに『天秤』は感嘆したが、読みが鋭すぎて不気味でもあった。横島と悠人とは訓練時何度も戦っている。それこそ百回千回と数えきれぬほど戦ってきた。その全てで横島は勝ってきた。なのにどうして今回負けたのか。

 あの『エターナル』という神剣魔法のせいだろうか。あの最強のオーラが勝敗をひっくり返したか。それとも新型の攻撃魔法のよるものか。

 否と『天秤』は考える。確かに今回の悠人は今までの中で一番強かっただろう。それでも横島が悠人に負けるとは思えない。

 確かに悠人は努力家で頑強な精神力を持ち、戦士の才能も十分にあるが、それだけである。

 対する横島は天才だ。鬼才だ。霊力を持ち高い身体能力に機転も利く。悠人が横島に勝るのは持久力ぐらいで、それ以外の全てで横島が勝っていたはずだ。

 しかも今回は横島に凄まじいほどの戦意があって、そこに自身が協力したのだ。負けるはずが無い。でも、負けた。

 

(ヨコシマがユートさんに負けたのは当然よ。それ以外の結果が生まれるわけないもの)

 

(どういうことだ。今まで何十何百と刃を合わせてきて全勝してきたというのに、どうしてこの戦いには負けるのだ!!)

 

(もう、仕方ないわね。一体これがどうして運命なのか、一から説明してあげるわ)

 

 コホンと咳払いをして、ルシオラは精神世界で眼鏡を身に着けた。

 

(題材は夜の女教師よ。それにしても夜って付けると何だかエッチィ響きがあるわね)

 

(何をふざけたことを……いいから説明しろ! 

 

(まず、ヨコシマがシロを助けるかどうか迷うこと。これは当然ね。エニの件だってあるし、今まで散々酷い目に合ってきたのだから、今回は上手く成功する、なんて楽観的に考えられるわけがない。ただでさえ、貴方の影響で何かを成すには犠牲が生まれるって強迫観念すらあるんですから)

 

 そこまでは『天秤』にも十分理解できた。確かに横島は馬鹿でアホだが、学習能力がないわけではない。迷うのは必然だろう。

 だが、一つ訂正しなければいけないことがあった。

 

『私は別に犠牲を強制しているわけではないぞ。結果的にそうなるというだけであって』

 

(……今はそれでいいわ。次に、迷うヨコシマを誰かが後押しに来る。誰が来るかは貴方の上司も分からなかったでしょうけど、でも絶対に誰か来るのは分かっていたはず。皆、ヨコシマの事が大好きで、悩んでる姿に活を入れたくなるのも当然だから。個人的に悠人さんが来たのは驚いたけど)

 

 横島がここで誰かと戦う。

 言われて見れば、確かに横島の経緯を踏まえれば必然――――運命かもしれない。

 そこまでは『天秤』も納得できた。だが、次が一番、重要な点だ。

 

(どうして横島は負けた。私が見る限り、戦闘力も戦意も相当なものだったはず)

 

(戦意の満ち溢れたヨコシマなんて強くてもどうってことないわよ。

 いつものヨコシマならエターナルって魔法が発動したら効果が切れるまで全力で逃げたでしょ……というか戦うわけがないじゃない)

 

(だ、だが横島は強い! それでも強い!! 馬鹿だが頭も良く才に満ち溢れているのだぞ)

 

(もう、話が噛み合わないわね。そういう問題じゃないの。

 ユートさんも言ってたでしょ。というか、ヨコシマを知る人は誰だって分かっていると思うわ。霊力とかマナとかそういう問題じゃないのよ。女の為に戦わないヨコシマが勝てると思う?)

 

 結局、それが全てだった。

 神剣や霊力など関係ない。かつて恋人であるルシオラを殺した時だって、あれはルシオラの尊厳と約束を守るための決断だった。

 今回のシロとタマモの件は、結局の所、ただ横島自身が心に傷を負いたくないという臆病な理由で、まったく女のためではない。

 

 かつて、美神は『煩悩の無い横島は霊力が足らずGSとして使い物にならない』と言った。

 それをもっと正確に言えば『女の為に戦わない横島は使い物にならない』という意味だ。これは、霊力の有無が問題なのではない。たとえ霊力無くても横島が本気で女のために戦えば笑いと奇跡を起こしてきたのは周知の事実なのだから。

 

 戦いにしろ、謀をするにしろ、基本的な原動力は女。

 たまに男の意地や勇気を見せ付けることもないわけでは無いが、やはり女の為に戦う時よりは遥かに劣る。

 どれだけ高スペックのマシンでも、動力が無ければポンコツなのと一緒だ。例え、霊力がどれだけあっても、女がいなければ横島はポンコツだろう。

 

(悔しいけど、貴方の上司は本当にヨコシマが好きなのね。だから、ヨコシマがヨコシマであるのを前提に道を作っている。女の為に戦う限り、運命は変えられないかもしれないわ)

 

 もしも横島が女の為に戦わなくなって、正義や職務などと言った理由で戦うようになったのなら運命は変わるだろう。

 しかしそれは横島忠夫がこの有限世界での敗北を意味する。

 だけど、彼女は信じているのだろう。横島はこの世界に負けない。どれだけ酷い目にあっても女の為に戦って高みに上り詰めるのだと。

 

 黒幕である幼女の真の目的。彼女の側近すらも真意に気づいていないだろう。

 いや、あるいは幼女自身すらも気づいていないのでは無いか。

 

(ほんと……大変な女の子ばかりに惚れられちゃうんだから)

 

 苦笑するように言うルシオラ。そんな彼女を『天秤』は傷ましそうに見る。

 

 横島の、シロとタマモの、そしてルシオラの未来はここに決まった。

 この先の未来を想い、『天秤』は覚悟と慈悲を決意するのだった。

 

 

 

 

 




 ルート確定。悠人ルート突入。
 永遠の童貞者ルート。天秤ルート。ルシオラルート。裏第二詰所ルート。ジェノサイドルート。GS美神ルート。
 そんな感じ……いや、やっぱり全然違うか。第二詰め所との絆が一番感じられるルートになります。
 悠人ルートが確定したので次回は15禁と18禁の両方を書くかも。ちょっとドキドキ。

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