とある魔術の天地繋ぎ   作:なまゆっけ

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最高につかれた。


護り抜くべきモノ

禁書目録(インデックス)』という名の少女がいた。

彼女は目に映るすべてのモノを完全に記憶する、『完全記憶能力』を生まれながらに備えていた。

魔道図書館とも呼ばれる彼女は、この世のあらゆる魔術の使い方が記された『原典』や悪書の数々を一言一句違わずに記憶している。

その数、103000冊。

これら全ての知識を正しく使えば、魔術の神へと至ることもできるだろう。

ただし、『禁書目録』は魔術の発動に必要な魔力を造ることができないため、本人には強大な力は無い。

―――そこで、とある組織の邪悪な誰かは考えたのだ。

『禁書目録』が魔力を生み出せないために、強大な力を持つに至れなかったならば、優れた魔術師にその知識を与えればどうか?

彼はそれを実行できるだけの力と、西洋最大級の魔術結社のトップという地位があった。

最初に当たった壁は、優秀な素材選び。

なにしろ条件が厳しい。

完全記憶能力を持ち、優れた魔術の才能がある人材はいなかったのだ。しかし、その数ヶ月後、『素材』が産まれた。

その赤子は、彼が許嫁に産ませた政略結婚の象徴のようなモノ。半分は他人で、自分の魔術の才能を受け継いでいるのなら、充分だと踏んでいた彼に吉報が訪れる。

産まれてきた子は『聖人』だった。

世界に20人といない、神の子の身体的特徴と魔術的記号を併せ持つ人間。聖人たちは、神の力の一端さえもその身に宿すことができる。

とてつもない幸運だった。

ここで、彼の計画は進路を変更することになる。

103000冊の魔導書の内容を覚える意味はない。欲しいのは103000冊の知識ではなく、強大な力を持った人間だからだ。

必要な知識を必要なだけ最小限に暗記して、魔術として行使するときも狭く深く性質を切り取るようにする。

聖人に相性の良い聖人のエピソードを模倣した魔術を使えば、力もさらに強くなるだろう。

そもそも、魔術の始まりとは何か。

脆弱で矮小なる人間が、その器に入れられるモノは限られる。神話の物語は人間に対してあまりにも巨大だ。

そこから掬い取れるモノはごく微量。

故に、人間に天の神々の行いを丸ごと奪い取るなんてできやしない。

だから、切り取る。

それと決めればただ一点のみを狭く深く抽出し、改良・先鋭化を繰り返し、さらには拡大解釈まで行って、独立した別個の技術に昇華させる。

彼は、それを『模倣神技』と名付けた。

原初の魔術式。

一点だけを再現するが故に、伝説級の能力を発揮させ、時の聖職者たちに忌み嫌われた神をも恐れぬ業。

その業を我が子に背負わせた。

単なる知的好奇心と強力な兵が欲しいという理由だけで。

母方の姓である『フランキッティ』を捨てさせ、『レプリシア=インデックス』という名前を与えた。

『模倣神技』を習得させ、暗記させる原典も手の内に入っている。次に考え出したのは、精神のコントロールと『首輪』。

魔術の原典は、見る者を汚染する。

聖人であろうともそれは変わらず、消耗するはずだ。疲弊し摩耗した人間に、術式を埋め込むことは容易い。

居場所を探知する術式と、思考を誘導する術式。最新機器との融合により、それは高いレベルで実現された。

そうして出来上がったのが『レプリシア=インデックス』。

魔術師を殺すための殺戮機械。

魔術の神――魔神たちの領域を垣間見ることのできる存在。

そして、彼女の父親は黄金の夜明け団の頂点。最高幹部会『生命の樹』序列第一位『ケテル=クロンヴァール』。

「つくづくイレギュラーだな、上終 神理。まさかケセドとティファレトの二人を打倒するとは」

三人減った円卓のメンバーは、上終の戦闘に皆目を丸くしていた。

素手でティファレトを打ち破ったこともそうだが、何より彼らを驚嘆させたのはケセドとの戦いだ。

内容自体は惨敗だった。

終始逃げまわり、サンドバックのように幾度と攻撃をくらっていた。が、突如として再生した右手とその力によって、ケセドは敗北。

今や、あのレプリシアとの対決に臨み、満身創痍ながらも最大火力の一撃を対処しきっていた。

「もしかして、この戦い……」

ケテルの側近・序列第三位のエクルース=ビナーはありえない未来を想定する。

否、想像するということはあり得るということ。

何より、レプリシア=インデックスには制限時間がある――!!

円卓から空中に投影されるスクリーンでは、まさにレプリシアが頭を抱えてうずくまっていた。

「ふむ。『原典』の汚染が引き起こす症状か……マルクト」

冷徹に言葉を紡ぐ。

戦闘中断などという選択は無い。

これでレプリシアが敗北するのなら、それまでの兵器だったというだけのこと。

「了解した、我が半身よ。――『遠隔起動術式』、発動」

 

 

「二人ともこっちに寄れ!俺の右手で護る!!」

レプリシアとの決戦。

三対一という状況だが、相手は完全無欠最強の聖槍の担い手だ。

上終は既に満身創痍で、レイヴィニアはポーカーフェイスで隠しているものの、ダメージは大きい。

唯一無傷なのがステイル。

魔女狩りの王(イノケンティウス)』は頼もしい味方だが、それもレプリシア相手にどこまで通用するか。

天地繋ぎ(ヘヴンズティアー)』は直接戦闘でも大きな力となるが、上終は人間を護る力と認識している。力の範囲内に二人がいれば、真紅の刺突のような攻撃が来ない限り、ほとんどを無力化してしまうだろう。

「させると思うのか?『伝承変更・絶対貫つ――!?」

当然、レプリシアはそれを止めるために動く。だが、彼女の『伝承変更』には若干の隙が生まれる。

そこを狙った炎の砲弾が動作を阻害し、さらなる隙を作り出した。

「逆に訊くが、させないと思うのか?」

相変わらずのポーカーフェイスで挑発してみせるレイヴィニア。

彼女が炎の砲弾でレプリシアの邪魔を出来たのは、ステイルと上終が自然を利用した攻撃を防御していたからだ。

三人はほぼ身体を密着させるように隣り合い、絶えず魔術を繰り出していく。

「今だけ僕の身長の高さが恨めしい!」

両手から炎の剣を発射し、『魔女狩りの王』による防御を平行して行うステイル。

彼は荒く息を吐きながら上終に追従する。豪奢な神父服がさらに動きづらそうだ。

「上終、私の動きに合わせろ!お前みたいなのろまじゃ話にならん!」

杖へ短剣へ杯へ円盤へ、様々な形状に武器を変化させながら多種多様な魔術を放つレイヴィニア。

スレた笑みで軽口を叩きながら攻撃をいなすところを見ると、コンクリートを叩きつけられたにしては元気なようだ。

「そう言う君こそ、鈍くなっているぞ!あまり無理するな!」

感覚の無い左腕をぶらぶらとさせながら、次々と飛来する攻撃を止めていく上終。

彼の防御の成果により、レプリシアを相手にしているものの危険な場面は訪れていない。

つまり、レプリシアが狙うのも、上終ということになる。

イギリス全土の雲がここ一帯の雷雲により集められていき、天空を覆う極黒の蓋が形成されていく。

蓋、という表現には語弊があるだろう。

正確にはそれは『砲門』だ。人類史上最大最強の雷電を地上に撃ち放つ、究極の雷雲。

止めきれるか――!?

己に電撃が落とされるのは判っている。右手を空に掲げていれば、自ずと雷は向かってくるはずだ。

「上終!全力で止めろ!お前がいなくなればこの状況は瓦解する!!」

それは、レイヴィニアが滅多にかけない励ましの言葉だった。打算によるモノでも関係ない。

その言葉が力となって上終に宿る。

直後。

ッッドォォォオオオオン!!!!!という轟音とともに、計り知れない威力を秘めた大雷が降り注ぐ!!

「う、おおおおおおおおォォォォォッ!!!!!」

全身の骨が砕けた。

脳がそんな錯覚を起こす。

数本には確実にヒビが入っていることだろう。

足が地面に沈み、右腕が鈍い痛みを引き連れてギシギシと軋む。そんなことは気にしていられない。

この右手を少しでも緩めれば押し潰される。

砕けんばかりに歯を食いしばり、左腕を添えて少しでも支えとする。

今、上終に攻撃が来ないのは、レイヴィニアとステイルが全力でレプリシアを抑えているからだ。

目を向ける余裕はないが、それは判る。

――大雷の先が、右手に触れる。

「がっはっ!?」

それはもはや、止めているのではなく『受け止めている』。

筆舌に尽くしがたい痛みと痺れが、あの一瞬で引き起こされていた。

「はっ…あ…!!」

死ぬ。

天地繋ぎがこのまま出力負けをすれば、今のとは比べ物にならない雷電が身体を打つ。

活路を見い出せ。

お前にできるのはそれだけだ。

足掻け。

どんなになっても希望を繋ぎ止めろ。

二人が自分を頼りとしてくれている。その事実の重さをしっかり自覚しろ。

援軍を望んでいるのならお門違いだ。

ここで都合の良い幸運は訪れない。

ここで必要なのは力じゃない。

ここで死ねない理由があるはずだ。

「そうだ、俺は……ッッ!!!」

だったら、証明してみせろ。

道を切り拓くのは命を犠牲にする覚悟と苦難に立ち向かう強い意志だと!!!

「レイヴィニア!俺はまだ君の話を聴いていない!!」

掴み取る。

迫り来る大雷の先をその右手で。

『受け止めている』というのなら、『掴み取れる』。

激しい雷電が全身を駆け巡るが、痺れる右手を真後ろに振り下げる。

五指から解放された雷撃は、力の方向を曲げられ、背後の建物をドロドロに融解させた。

膝をつこうとする上終を、ステイルは腕でムリヤリ引き上げる。

「生きているか?」

「……あ……あ」

たった二文字を口に出すのも途切れ途切れになってしまう。

「よし。右手の力は使っていろ。それと良い報せだ、雲が散っている。二撃目の心配をする必要はない」

大きく息を吐く。

この状態から二撃目を繰り出されていたら、確実に死んでいた。

たった一撃を逸らしただけで死にかけているのだから、二撃目はオーバーキルになっていただろう。

現在進行形で死にかけているのは言うまでもないが。

「お前……そのために戦っていたのか」

感情がこもった声で問われる。

上終はうまく動かせない身体で不器用に頷いて、

「心配……して…くれ、て…るのか?」

「アホが。自分の立場をわきまえろ」

突っぱねられる。

しかし、レイヴィニアは横目で上終を見ながらこう言った。

「だが、『明け色の陽射し』の執事としては合格だ。……とりあえずな」

「そう、か……い、や……充分だ」

満足気に微笑む。

その光景を反吐が出るような表情で俯瞰していたレプリシアは、口を開こうとして、

「づ……がァ……!!?」

砕く。

割れる。

壊れる。

脳がグチャグチャのバラバラになってどこか遠いところに飛んでいって脳漿が盛大に破裂して血の噴水が出来上がって身体を縦から真っ二つにされるような感覚と割れた脳の断片に硫酸を流し込まれてしゅわし「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッッ!!!!!!!」

膝をつき、手をついて、涙と唾液を撒き散らしながら絶叫するレプリシア。

頭から血が噴出し、額の皮膚が割れて少女を真っ赤に染め上げる。白い無地のボロ布の服も、赤黒い血によって赤く変貌し、血だらけになりながらも絶叫は止まらない。

レプリシアを除いた全員が言葉を失った。

何だアレは。

目を背けたくなるほどに悍ましい。

背を向けたくなるほどに恐ろしい。

逃げ出したくなるほどに痛ましい。

あの姿が、ころころと口調を変え嬉々と殺そうとしてきたレプリシアなのか。

あんなのは、この世にあってはいけない。

幼い少女に、あんな表情をさせてはいけない。

さながら、トンカチで思い切り頭を叩かれたような衝撃が、上終を襲った。

「……違う」

変わっていく。

レプリシアへの意識が。

変わっていく。

レプリシアへの感情が。

変わっていく。

レプリシアへの偏見が。

そして答えに辿り着いた時。

身体の中の撃鉄がもう一度だけ振り下ろされた気がした。

邪悪な存在ではない。

殺戮機械ではない。

あの少女は、『救われるべき存在』だ。

たとえ、過去にボロ雑巾のようにされたとしても。たとえ、過去に拳を交えて戦ったとしても。たとえ、過去に何人もの人間を殺していたとしても。

あんな少女が死ぬほど苦しんで、喉が張り裂けるくらい苦痛の絶叫を轟かせるなんて光景は、この世界にあるべきじゃない。

――救わなければいけない。

「……反吐が出る。ああ、まったくもって胸糞悪い。僕自身、こんなのに心を動かされる人間だとは思っていなかったゆだけどね……黒幕を焼き殺してやらないと気がすまない」

「ステ…イル……?」

「本当に僕らしくないことだ。彼女は『白の禁書目録』なんかじゃない。『あの子』と同じ、ただの少女じゃないか!!!」

出逢ってそれほど時間も経っていない。

出逢ってそれほど言葉を交わしていない。

それでも、ステイルの様子が異常であるのは一目瞭然だ。彼がレプリシアに向ける視線には、彼女だけでなく『他のもう一人』が重ねられている。

「あーあ。ありゃもうオシマイだろ。素直に逃げといたほうが良いんじゃねぇのか?お前さんら」

「……ケセド!?」

思わず声に出た。

あちこちをコゲまみれにしたケセドが、ヘラヘラとした表情を浮かべながら歩み寄ってくる。

青色の伊達男は上終のボロボロになった全身を見て、感心したように愉しげな笑みを貼り付けた。

「おお、一段とボロボロになってるじゃねぇか。傷が似合う男ってヤツだ」

「そんなのになった覚えはない。どうしてここにいる?」

「こいつのおかげだよ」

ホスト崩れのような真っ青の服を撫で付ける。その拍子に上着の一部が崩れるが、気にした様子はない。

「魔術礼装ってヤツだ。わかるか?小僧」

「全くわからん」

「だろうな。まあ、魔術を使うための道具って考えればいい。特注製でな、瞬間的に防御能力を発揮するようにしてあった。それでも炎のせいで気絶したがな」

もしや、割と生死を懸けた話なのではないのだろうか。

ケセドの雰囲気に乗りそうになる上終は、それどころじゃないことを思い出して、問う。

「どうしてここに来た?」

「決まってんだろ、あのクソ胸糞悪いバケモンを止めるためだよ」

「信用できないな。さっきまで敵だった魔術師が、自分の組織の邪魔をするようなことをするハズがない」

ステイルが厳しい口調で切り込むと、そのままの笑みで語る。

「そうだろうな。俺は俺で勝手にやらせてもらうとする。正直、うちのボスにはもう参ってんだよ」

嘘を付いているようには思えない。

一度戦った者にしかわからない、不思議な感覚。

「ケセド、お前の意見に賛成だ。俺はレプリシアを救いたい。お前は策も無しに戦場に来るようなヤツじゃないだろう」

すると、驚いたような顔をして、

「いいぜ、方法を教えてやる。アレは……」

ぶつり、と音がした。

その音の方向に視線を投げると、レイヴィニアの唇から血が流れでている。

犬歯で唇を噛み、千切るまでに至ったというのだ。

「レ――」

レイヴィニア、と話しかけようとしたが、遅かった。

―――〝『遠隔起動術式』、発動〟

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア、アア、ア、ア……ッ!?」

レプリシアの絶望の旋律が止む。

身体全体が高速振動を繰り返し、叫び声が分断されていく。

「『遠隔起動術式』……黄金の夜明け団の魔術と科学の専門家を集めた成果のひとつだ。『学園都市』、これくらいなら知ってんだろ?」

「それは知識にある。周りの世界より科学技術が数十年先を進み、『超能力』の開発を行っている都市だ」

「その通り。レプリシアの制御に使われているのは、元は医療用のナノマシンだ。学園都市の人員が情報を流し、改良を加えることで遠隔起動と魔術の使用ができるトンデモマシンだよ」

魔術用ナノマシン……正式名称を『MS/Domination』。

脳に直接作用することで、意識の阻害や思考の誘導、視覚情報を処理する後頭葉からレプリシアの居場所を察知することまで可能。魔術的作用も手伝うことで、それらスペックを底上げしている。

本来ならナノマシンという科学の結晶に、魔術を融合させること自体タブーだ。だが、黄金の夜明け団はそのタブーを生業とし、それを追求する組織。

レイヴィニアがケセドを睨みつけ、低い声で訊く。

「どうすればいい。教えろ」

「いーや、アンタなら気づけるはずだぜ。相手は『聖人』なんだから、多少荒っぽい方法でも死にやしない」

「…『電気』か」

電気は最新機器にとって天敵だ。

レプリシアごと電気を送り込み、ナノマシンを破壊する―――これがもっと楽観的な状況なら、反対する人間はいたかもしれない。

だがしかし。

やるしかない。

現に、レプリシアは立ち上がった。

「うふklhゥゥアnoewtpgjアアgaddmjアァァwmjggjam」

ノイズが混ざる。

『アナスタシア=フランキッティ』ではなく。

『レプリシア=インデックス』でもない。

故に、アレは何でもない。

ただただ破壊と殺戮をもたらす災害だ。

「アアアjmpgaアァァdjpwwajpッッッ!!!!!」

ドオッ!!と鉄筋で編まれた槍が地面から突き出る。

それは始まりの合図だ。

「――!」

「『魔女狩りの王(イノケンティウス)』!!」

先手を打ったのはケセドとステイル。

小さく言葉を呟き、魔術が発動される。

一度受けた上終だからこそわかる。

あの魔術は、右手を押し潰した不可視の鉄槌――!!

そして隙を埋めるのは、摂氏3000度の炎の巨神!!

瞬間、上終はレイヴィニアに手を掴んで引かれ、そこを不可視の鉄槌が通り抜けた。

レプリシアの周囲では『魔女狩りの王』の炎が渦巻き、それすらも攻撃手段の一つとする。

「助かった。ありがとう」

背筋に氷柱を差し込まれたような冷ややかな感覚を覚えつつ、礼を言う。

しかし、彼女には聞こえていなかったのか、青ざめた表情でレプリシアを見開いた目で見つめていた。

レイヴィニアだけではなく、ステイルも、ケセドも一様に絶望の表情をたたえている。

「魔術を……利用された……?」

――そう。

今までは絶対貫通に完全治癒に世界支配と、自然に干渉することはあっても魔術に干渉することはなかった。

する必要がないというのもそうだが、魔術の干渉には幾分かの時間がかかる。

相手が指令に従うだけのゴーレムならば、指令を乱すだけで良い。

が、レプリシアは『魔女狩りの王』と不可視の鉄槌の両方をノータイムで干渉してみせた。

これが意味することはつまり。

「魔術が、通用しない。そういうことか、レイヴィニア」

「クソったれなことにな……!」

「ならば、電撃は通用しないのか……?」

上終の言葉が、この状況を一言で表していた。

魔術は利用され跳ね返される。

頼みの綱の電撃も通用しない。

魔術で生み出されたモノに頼らないとしても、相手の自然を操る力にはそれもまた利用される。

「『神血大聖槍(ロンギヌスの槍)』……ヤツの魔術はそれだ。ボスは模倣神技とか言ってたけどな。ちくしょう、こんな力までありやがるとはな……!!!」

ロンギヌスの槍。

神の子の肉体を貫き、死を確かめたと言われる伝説の槍。十字教において最大級の聖遺物と崇められる聖槍である。

その伝承はあまりにも有名。

神の子より流れた血が、盲目であったロンギヌスの目を治すという奇跡が起こった。

神の子の血を受けた聖槍は、手にした者に世界を制する力を与えると伝えられている。

目を治す奇跡の伝承だけを切り取り拡大解釈。作られた属性は『完全治癒』。

世界を制する伝承だけを切り取り、先鋭化。作られた属性は『世界支配』。

神の子を貫いた伝承だけを切り取り拡大解釈。作られた属性は『絶対貫通』。

あのレプリシアは世界支配を完全に掌握し、魔術をも利用できるようになった。

「………!!!」

上終は右手を見やり、信念を込めて硬く硬く岩のように握り締める。

まだ、足りない。

命を燃やすに足る薪が。

まだ、足りない。

レプリシアを相手取る闘志の炎が。

単純な身体能力では勝てない。

魔術さえも跳ね返されるだけ。

しかし、それならば。

『天地繋ぎ』は通用する。

だったら、この場でレプリシアに勝てるのは上終 神理だけだ。

幸い、レプリシアはこちらが攻撃するまで反撃を行わない。代わりに空の全方向に雷雲が飛び散り、伝説級の雷を絶えず落としている。

「レイヴィニア。俺が行く。動きを止めて至近距離で電撃を放てば効くかもしれない」

「…待て。こんなところでお前を犬死にさせるつもりはない」

フッ、と上終は短く笑って、金髪の少女に振り向いた。

「それでも、俺は行く。――だから、話を聴かせてくれ」

こんな時に何を言っているのか。三人の視線が突き刺さるのを感じる。

これは必要なことだ。

『天地繋ぎ』しかない自分が、レプリシアに対抗する理由とするための自分勝手な行動。

死ぬつもりはない。

レプリシアの救われた姿を見なければ、自分が救われた気分にならない。

ヒーローじみている。

到底似合わないことだ。

だが、年端もいかぬ幼い少女が『あんな』になって救いたいと思わない人間はいないはずだ。

もし、そんな感情すら抱かないというのなら、自分の弱さに依存しているだけの真の弱者だ。

――俺は。俺には、命を奮い立たせるだけの炎が要る!!!

「頼む。それが俺の戦う理由を補強する。それが俺の身体を支えてくれるんだ」

真摯な瞳。

やめろ。

その眼で私を見るな。

あいつ(アナスタシア)』と重ねてしまうから。

お前にできるわけがない。

お前がやることじゃない。

ああ、確信した。

上終 神理は狂人だ。

目に見える困っている人間を本当に、心の底から救いたいと願う狂人。

―――私もそうじゃないのか。

アナスタシアを救いたいと思った感情を偽りだと言うのか。

ふざけるな。認められない。

―――あの涙を忘れたのか。

忘れるわけがない。

私自身の『弱さ』の象徴を。

「わた、しは………」

気づけば、話していた。

『明け色の陽射し』で支配者として育てられたこと。

アナスタシアとの思い出。

救いたいと思ったあの感情。

レプリシアとのやりとり。

すべて。

すべて。

すべて。

上終は、曇りない瞳で。真剣な顔で話を聴いてくれていた。

『レプリシア=インデックス』にアナスタシアの記憶が残っているとは思えない。そんな弱音まで吐いた。

「結局アナスタシアは、幻想だったのかもしれないな………」

アレは夢。

レプリシアこそが現実だ。

上終は聴き終わると、私の手を引いて立ち上がった。

「止めた瞬間に電気を流し込んでくれ。俺は弱いからな……よろしく頼む、レイヴィニア」

待て。

お前は弱い人間じゃない。

ボロ雑巾みたいになっても戦うお前に、そんなことは言わせない。

「――!!」

涙を流しているのか。

……この、私が?

「行くぞ、レイヴィニア。君がアナスタシアとの記憶を幻想だと言うのなら――――」

それは、救う言葉だったのかもしれない。

アナスタシアのような光り輝くナニカで、私を照らす救いの光。

      「その幻想を護り抜く」

 




最終決戦ですね。
次回もまた、読んでくれると幸いです

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