とある魔術の天地繋ぎ   作:なまゆっけ

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学校とかいう地獄が始まったので更新ペース落ちます。
三日に一回、できれば二日に一回。
……ちくしょおおおおおおおおおおおおお!!!!!!


前哨戦の終わり

イギリス清教から奪われた原典と霊装には、あるひとつの全く持って使い道の無い原典が含まれていた。

まず第一に、読めない。

世界中の機械を使って本の文字を解読しようとしても、結果は不可能。それも当然だろう。なぜなら、その本に使われていた文章は決して人間には読むことのできない『天使文字』で記されていたからだ。

かつてのイギリス清教が考えた次の手は、天使の虚像を召喚してその本の内容を教えてもらうという方法だった。

本物の天使ではなく、天使の力の一端を現世に降ろすことで文字を読ませる。三日三晩に及ぶ儀式の末、見事天使の虚像の召喚に成功したイギリス清教。

その天使の返答は彼らの希望を打ち砕くこととなる。

そう、結果は『読めない(わからない)』。

そんなはずはない。天使文字で書かれた本なら、天使に読めるのは道理ではないのか。

天使はこう言った。

『私達の文字をベースにしていることは判るが、見たことも無い単語と文法ばかりで手掛かりすら掴めない』――と。

人間にも天使にも読めない文字。

全てが暗号で書かれた本。

イギリス清教の人間たちは、そこまでしてその書物の真名に気づいた。否、そう考察した者はいても、口には出せなかったのだろう。

使いようによっては世界を救済に。

使いようによっては世界を破滅に。

それは宇宙創世からこの世の全ての秘密が書き記された秘密の書物。

『ラジエルの書』。

秘密の領域と思考の神秘の天使と称された大天使・ラジエルが己にしか読めない文字で書き記した封印された知識である。

「……とまあ、こんな感じさ」

ステイルがタバコを投げ捨てて言った。

明け色の陽射しの一団は、陽炎の城を目指して走っていた。町に移動手段が残されていればそれを使ったのだが、ゾンビの占拠により計画は潰えたのだ。

「ラジエル……『生命の樹(セフィロト)』では第二のセフィラに対応する天使ですね」

マークのその情報だけで、話を聴いていた人間たちは黄金の夜明け団の目的にたどり着く。

生命の樹、第二のセフィラ『知恵』を司るラジエルであり、幹部はその力を扱うことができる。そして、黄金の夜明け団が盗んだ原典は解読不能とされたラジエルの書。

「なるほど。ヤツらは全宇宙の知識を手に入れることが目的ってことか。最悪だな……!!」

レイヴィニアが忌々しげに吐き捨てた。

禁書目録の103000冊の知識がどうとかいうレベルではなく、全宇宙の知識が手に入るのだ。正しく扱わずとも魔術の神……『魔神』に到達することすら可能だろう。

そうなればオシマイだ。

黄金の夜明け団は魔術サイドや科学サイドの垣根なんて飛び越えて、世界の全てを手中に収める。

『レプリシア=インデックス』のような少女を造ってしまうような組織が、だ。

「レイヴィニア」

かつてレプリシアの名を背負っていたアナスタシアが、金髪の少女の背中に呼びかけた。

「もし上終さんが来たら、一緒に戦ってあげて」

「……どうしてだ?」

「きっと無茶してると思うから。わたしと戦った時だって、包帯で全身ぐるぐる巻きにされてたじゃない」

本当の理由は伏せておく。

アナスタシアも上終の『話した』人物の一人だ。だからこそわかる、上終の危うさであり強さ。それは、記憶喪失という生い立ちも関係していることなのかもしれない。

彼はどこまでも感情移入してしまうのだ。

性格からかあまりに顔には出さないけれど、楽しい話をすれば瞳を輝かせて、暗い話をすればどこか落ち込んだようになってしまう。

たとえそれが見知らぬ人の話でも、かつて敵だった人の話でも、一度事情を察してしまえば上終はどこまでも突き進んでいく。

レイヴィニアなら彼を止められると思って、アナスタシアは声をかけたのだ。

真っ直ぐなアナスタシアの瞳に説得されて、金髪の少女はかぶりを振るような仕草をとった。

「お前がそう言うのなら、善処してやろう」

「うん。お願いね」

時は過ぎる。

陽炎の城までの道のりはだんだんと縮んでいき、強大な魔術防護が施された黄金の城が姿を現す。

それは荘厳優美でありながら堅牢。

黄金の美しさと鋼鉄の頑丈さを併せ持った要塞と呼ぶにふさわしき牙城。広大な樹海に囲まれた陽炎の城は、この世のモノとは思えないような圧倒的な威容を放っていた。

魔術防護は樹海を取り囲むように設置されており、入ろうと試みれば真っ赤な血の色をした壁が侵入を防ぐ。魔術を飛ばした場合も同じで、すべからく壁に無効化され霧散する。

聖人である神裂の一刀を受ければさすがに壁は揺らいだ。しかし、いくら連撃を加えようとも次々に魔力が補填されるため、抜くことはできなかった。

しばらくそうしていると、突如として真っ赤な血の壁が消滅した。どんな原因か、あるいは罠か、どちらにしろやることは変わっていない。

「マーク、攻め込むぞ」

「はい」

その指令は全部隊に通達され、明け色の陽射しと黄金の夜明け団の全面戦争が開始された。

 

「良いのですか? ケテル様自ら御出陣など……」

『生命の樹』序列第三位、エクルース=ビナーは黒い手袋を嵌め込みながら、隣にいる主君に話しかけた。

黄金の夜明け団のトップであるケテルは、敵に攻め込まれるという事態でありながらも余裕の笑みを崩さない。

ケテルは側近の心配を笑い飛ばす。

「ああ。要はコクマーがラジエルの書を解読するまで護り切れば良いのだろう? 今回の主役は私ではないよ。それに、首級の一つでも挙げなくては示しがつかん」

慢心。否、これは確固たる戦歴と実力から来る本物の自信だ。己への揺るがぬ信頼を彼は持っている。

彼らの背後では、『知恵』を司る序列第二位のコクマーが天使の力をフルに活用して、ラジエルの書の解読に努めていた。

この書物の解読が終われば、そこで黄金の夜明け団の勝利は確定する。

「まさか、パラケルススが敗れるとは……」

他のセフィラを司る幹部の一人が呟く。

そこには、未知に包まれた上終の力への恐怖が混じっていた。魔術防護が消滅したのは、術者であるパラケルススが敗北したからである。

正確には、魔術防護の維持に必要な死者の書と賢者の石のどちらかが失われたことがトリガーとなった。

「上終 神理……やはり興味は尽きんな。この戦いに勝利すれば彼を手に入れたも同然だろう。その後でじっくり調べるとしよう」

言い終わると、ケテルは後ろを振り向いて下卑た笑みを浮かべる。彼にだけは、そこにいる者を把握できていたのだ。

マルクト。第十のセフィラ『王国』を司り、第一のセフィラ『王冠』と繋がっているとされる役割を持つ。

対応する天使もメタトロンの弟であるサンダルフォンであり、二つのセフィラは切っても切れない関係にある。

「第一段階だ。もらうぞ、弟よ」

「……任せた」

マルクトは目を閉じて兄の前に立った。

ケテルの視線は一直線にマルクトの心臓の位置にそそがれており、右腕を矢のように引き絞る。

すると、縮めたバネを解き放つように右腕が伸び、マルクトの胸を貫通して心臓を抉り出した。喪服を血で赤く染めながら彼は、眼から光を失って崩れ落ちた。

ズルリと抜けた心臓は血に濡れており、わずかに痙攣している。

筋肉の塊であるために心臓は重く固い。だが、ケテルは躊躇うことなく心臓に歯を突き立て、口の中で細かく千切って飲み込む。

「……これでマルクトの力は私に移った」

―――術式『栄誉の食人』。

人間が人間の血肉を食べるという行為は、人類の文化ではそう珍しいことではない。例えば日本で行われる、葬儀の際に遺骨を食べる『骨噛み』はその死者の能力にあやかろうとするモノである。

このような自分の仲間を食べる行為を『族内食人』と呼び、敵を食べる行為を『族外食人』と呼ぶ。

族内食人の考え方は、死者の魂や肉体の一部を受け継ぐというモノである。『栄誉の食人』は親類に限り食人することでその能力を受け継ぐことができるのだ。

「では諸君、戦うぞ」

 

樹海を疾走する。

指令系統が麻痺しているのか、黄金の夜明け団側の敵は一切姿を見せていなかった。

「ち、ちょっと……待て。僕には少し……」

肩で息をしながらのろのろと走るステイル。その理由はもしかしなくてもタバコの吸い過ぎで、『魔女狩りの王(イノケンティウス)』など強力な魔術を扱う代わりに近接戦が苦手という一面も手伝っている。

対して神裂は息一つ切らさずにステイル以上の速度で足を動かしていた。

「言ってる場合ですか!? 早期に敵を叩かないと――!!」

ブレーキをかける。

他でもない『生命の樹』がそこにいた。

彫りの深くスーツの上からでも鍛えられた肉体がうかがえる男――黄金の夜明け団の頂点に君臨するケテル=クロンヴァール。

空気から溶け出すように出現した彼は、見下す笑みで言う。

「どうやらその心配はないようだな」

「………!!!」

瞬間、神裂は動いた。

腰に差した長刀を引き抜く。

巻き起こるのは周囲の木ごと切断する斬撃の嵐。人智を超えた抜刀術は無数の斬撃となってケテルを襲う!!

「ほう、鋼糸か。……面白い」

金属を擦り合わせる音が、手の内から響いた。五指を開くとそこには、白銀に光をそり返す鋼糸が握られていた。

斬撃の嵐は単一の居合いではなく、長刀の鞘の鯉口に仕込まれた鋼糸を操って成された攻撃である。

驚くべきはそれら全ての鋼糸を掴んで、千切ってみせたケテルの実力だ。

「こちらは最初から本気でいかせてもらう」

太陽が現れる。

背中から生えた三十六対の翼。

まるで天へ真っ直ぐと伸びた炎の柱。

神の如き者と称される熾天使ミカエルよりも強大とされた、メタトロンの力の一端がここに顕現した。

「……先へ行かれては困ります」

『生命の樹』序列第三位。

座天使の指揮官であるザフキエルの力の一端を宿した褐色の男が、ケテルの隣に馳せ参じる。

エクルース=ビナーは周囲を見渡すと、

「出てこい。貴様らの位置は知れている」

翼を横殴りに振るって、辺りの森林を真っ二つにした。そこから飛び出す三つの黒い影。

「だから言ったのに、どうせバレるって」

「いいや、こういうのはノリだ。どっちが強者を演じられるかで勝敗は決まるんだよ」

「とりあえず、そういうことにしておきましょうか」

レイヴィニア、アナスタシア、マーク。隠されていた戦力はこの三人とはいえ、一人一人が相当な実力を持つ魔術師だ。

黄金の夜明け団が誇る『生命の樹』の実力者であるケテルとビナーであっても、五対三という戦力差は覆しがたいだろう。

しかし、これを覆す方法はある。

ドンッッ!!!と二人を取り囲むように五つの小爆発が巻き起こった。それぞれの爆発の中心にあるのは、天使の翼を携えた人間だ。

それが五人。ということは、生命の樹は既に人員の補給を行っていた。全員が十全に天使の力を振るえる状態。

「……これで七対五」

「これくらい、承知済みだ」

天使の欠片と魔術師たちは激突する。

 

 

「………っ」

目が覚める。

同時に襲ってくる痛みに顔をしかめながら、周りの状況を確認する。空の色からかなり時間が経っていると判断した。

そしてふと疑問に思う。

どうして自分は空を見上げているのか。しかも、背中から伝わってくる感覚からして地面を引きずられているらしい。

それに伴って視界も移動していき、襟を掴まれていることからか息苦しさも感じてきた。

「どこだここは……?」

「お。起きたか、小僧」

聴き覚えのある声。

自分のことを『小僧』と呼んで聴き覚えのある声といえば、あの男しかいない。

全身真っ青の服を見て、確信をさらに深めた上終。

「ケセドか。どうしてお前が?」

ずるずると引きずられながら訊く。

すると、ケセドはなんでもないような風で笑って、飄々と返した。

「そりゃあ、黄金の夜明け団をぶっ潰すために決まってんだろ。今は陽炎の城に向かってる途中だよ」

「そうか。お前が俺を助けてくれたんだろう? すまなかった、ありがとう」

「おう、感謝しろよ」

襟から手を放される。

上終は背中の土埃を払いながら立ち上がると、身体の堪えがたい激痛が和らいでいた。おそらく、ケセドが魔術で応急処置を施してくれたのだろう。

無論、絶好調とは言えないが、あと一回は全力で戦えるくらいには体力も身体の調子も良かった。

ケセドの案内に従って、陽炎の城までの道を歩く。海の潮風が体温を冷ましていくのを感じながら、上終は思う。

一体どうして戦ったのか。

死んでもおかしくなかった。パラケルススにあともう少しでも戦闘経験があったのなら、上終は敗北していたというのに。

ゾンビにされた人々に同情した。

世界がああであってはいけないという心の叫びに従った。

(……俺は)

絶対に認めたくなかった。

どうしても認めたくなかった。

どうなっても認めたくなかった。

そう、納得できなかった。

「俺は『納得』するために戦ったんだ」

それは当たり前のこと。

戦いといっても、世の中には殴り合い以外の戦いの方が圧倒的に多い。スポーツだって戦いといえるし、勉強でテストの点を競うことも戦いだ。

人間はそれぞれの戦いに向かって、自分が納得できるような結果を手に入れるために努力する。

簡単なことだ。それに上終は今気づいた。

パラケルススは右手を奪うために戦った。彼にとっては納得できない結果になったのだが。

「ケセド。お前は何のために戦う?」

上終には分からないことばかりだ。だから人から聴いて成長しようとする。

ケセドは先の道を見据えながら、口を開く。

「俺は俺のために戦う。なんてったって暗殺者として育てられたからな。当然殺したくない奴だっていた訳だ。だからまずは黄金の夜明け団を潰して―――」

そこで、彼の言葉は止まった。

視線の先には黄金の美しさと鋼鉄の堅牢さを併せ持つ陽炎の城が、侵入者への威圧感を放ちながら佇んでいる。

周囲の樹海ではどこかしこで戦火が巻き起こり、一際激しい場所では天へと昇る炎の柱が上がっていた。

「――小僧、つかまれ。飛ばすぞ」

 

 

十二の翼が五人を襲う。

その後に隙を埋めるかのように打ち放たれる三十六対――七十二の翼が白い炎の刃となって突き刺さっていく。

ひとつひとつが正しく必殺の威力を秘めた攻撃を、相殺し回避して生き残れるだけのスペースを作り出す。

激しい戦闘のなかにあって、ザフキエルの力を宿したビナーはある違和感を覚える。

現時点の最高戦力を注ぎ込んだにも関わらず、しぶとく耐えている敵の強さ。

――想定していた。

各地で戦っている明け色の陽射しと黄金の夜明け団の戦況の拮抗。

――想定していた。

ならば、何が?

――わからない。いや、ビナーの頭の奥底では理解していて、それを意識の部分に持ってくることができていないのだ。

観測する。

己すらも駒として見抜く。

敵の攻撃はすべて手掛かりだ。

この時、ビナーの動きは目に見えて悪くなっていた。翼を使った攻撃も防御も、タイミングが遅れてきていた。

そのことはこの戦場のレベルにおいては、あまりにも致命的すぎる。

「ビナー!!」

誰かが叫んだ。

しかしもう遅い。

五人の魔術師の一撃がビナーに集中し――――

「理解した」

――――直撃した。

腕がおかしな方向に曲がり、身体のあちこちの肉が潰れて骨が折れるほどの重傷を負う。

とどめを刺そうとするレイヴィニアの魔術。杖をバトンのように回して炎の壁を射出するその術式。

それを、ビナーは見もせずに躱した。

「……なッ」

「理解した。理解したぞ、レイヴィニア=バードウェイ……!!!」

顔いっぱいに愉悦の笑みを貼り付けて、褐色の天使は空へと舞い上がる。レイヴィニアを射抜くその瞳は、どこまでも輝いている。

彼の人差し指が指すのは、レイヴィニアの武具である杖。四大元素のうち、火を司るとされる武器だ。

「それだ。貴様の術式の強力さの秘密……見破ったぞ。『生命の樹』と似た方式で魔術の威力を高めているな」

口が動く。

一文字一文字がスローに聴こえる。

やめろ、それを言ってはいけない……!!

それは。

それは。

それは私が――――

「バードウェイ、貴様は……ッ!!?」

上終 神理。

ペンザンスの町で別れたはずの人間が、どういうわけかビナーと同じ高度に打ち出されていた。

上終の身体能力ではここまで跳べるはずがない。他の五人も地面に縫い付けられていて、彼を飛ばす暇はない。

ならば、まだあと一人増援がいる!!

「……ケ、セド。この裏切り者がッ!!」

ケセドが使うのは空気を自由自在に操る魔術。それならば、人をひとり飛ばすことはできて当然だ。

ビナーは動こうとするも、その前に上終の拳が突き刺さり、それが最後のトドメとなって地面に墜落した。

『天地繋ぎ』を使うまでもない。ケセドの空気を操る魔術で受け止めてもらい、無傷で地面に着陸する。

「上終……?」

名前を呼んで問いかけるレイヴィニア。

「ああ。約束通り追いついたぞ」

まだ戦えるということをアピールするように、上終はしっかりと立って彼女に微笑んだ。

ケテルは獲物を前にした野獣のような表情で地面に降り立ち、上終と向い合う。

「上終 神理……会いたかったぞ。レプリシア=インデックスを倒した君には一目置いているんでね」

「お前に何を言われようとも嬉しくないし、感謝するつもりもない。ただ倒す。それだけだ」

ここに、明け色の陽射しと黄金の夜明け団の本戦が幕を開ける。

 




少し短くてごめんなさい。
次回から本格的にバトルですので、飽きずに待っていてくれると嬉しいです。

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