とある魔術の天地繋ぎ   作:なまゆっけ

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つかれた。


最高の錬金術師vs天地を繋ぐ者

「……クソがァッ!!!」

教会の主祭壇を蹴り飛ばす。

その威力にはあまりにも脆く軽すぎた祭壇は、紙切れのように吹っ飛んだ。壁にぶつかって止まる頃には既に、精巧な造りが嘘みたいに損傷している。

それでも収まらない怒りに、パラケルススは段の上でぐるぐると回り始めた。

親指の爪が深く深く噛み刻まれて、血が滲み出してボロボロになっていく。それはいつまでも止む気配は無く、指にまで噛み付いてしまいそうなほどだ。

「殺す……!! あのゴミ野郎だけは絶対に殺す……!!!!」

もう片方の拳を爪が食い込むほど全力で握り込み、パラケルススは宣言した。

沸騰した頭では何を考えようと無駄だ。彼はただただ数の差に頼り切って、確実に上終を押し潰すだろう。

もはや黄金の夜明け団がどうなろうと、上終を殺すという一点に少年の意識が傾いたとき、喪服の男が現れる。

まるで濃度の濃い塩水から、塩の結晶が浮かび上がるかのように気配を出さずに。

ケテル=クロンヴァールと瓜ふたつの顔貌を有する『生命の樹(セフィロト)』序列第十位の男。

「………マルクト」

「不穏な声が聴こえたから駆けつけたが、殺してもらっては困るぞ。あの右手はケテルの欲するモノの一つだ」

マルクトの独断行動だろうが、パラケルススにとって考えを見抜かれていたことすら気に食わない。

近くの手頃な椅子を蹴り飛ばし、マルクトに向き直る。

「だったら、生きてて右手がくっついてればいいんだな?」

穏やかではない言葉。

喪服の男はなおも無表情のままで首肯し、

「くれぐれも頼むぞ」

そう言い残して消えていった。

そして誰もいなくなった教会の真ん中で、パラケルススは首にかけた賢者の石を撫でて傷を治す。

これさえあれば死者を生き返らせることもでき、不慮の事故で上終が死んだとしても保険はある。だが、彼は錬金術師でもあり医者でもある。

『どの程度』で人が死ぬかは誰よりも知っているのだから、死よりも酷い拷問を与えることになるだろう。

 

 

「死ぬつもりはあるか!?」

「いや、パラケルススを殴るまで死ぬつもりはないな……!!」

死者の軍勢。

術師の人形となった彼らが襲いかかる。

老若男女問わず形成された死者の軍勢は、壁というより波のようだ。

殴り殺し、噛み殺し、踏み殺す絶死の津波。

この波にさらわれれば最後、生きて脱出することは叶わないだろう。

そんななかで最初の壁として立ちはだかったのは、筋肉を鋼鉄の鎧として着込んだプロレスラーじみた巨漢。

生前の彼が浮かべていたであろう笑みと、全身から血を垂れ流す彼の笑みとでは全く意味が違ってくる。

許せない――上終の想いは拳に現れ、迫り来る鋼鉄の巨漢への対処に当てられた。「ぬぅ!!」

気合い一閃。

上終を頭から縦に切り潰すギロチンが振り落とされた。普段なら避けようのないこの攻撃に、彼はなんとかして右手を合わせることに成功する。

何が変わったわけでもない。

変わっているのは、目の前の巨漢だ。

攻撃へ入る予備動作から近づいてくる足並みまで、あまりにもわかりやすい。

垂れ下がった腕を振り上げ振り落とす。描く軌跡も直線的で、軌道がわかっている攻撃相手に右手を合わせられないほど上終は衰えていない。

「まず、一人!」

接触と同時に発動した『天地繋ぎ』は巨漢を停止させ、上終はその横を全速力で通り抜けていく。

目指す先は、目の前にある死者の波。

パラケルススには逃げ回っていても勝利は掴めない。逃げれば逃げるだけ体力を消耗し、じわじわとなぶり殺しにされるだけだ。

幸い、ゾンビの動きは鈍く、見てからでも対応はできるレベルにある。これが通常の人間と同じ速さであったのなら、上終は容赦無く喰い散らかされるだろう。

「おおおおおおおおッッ!!!」

己を奮い立たせて、死者の群れを突き進む。

とにかく右手を振り回し、全速力で駆けながら死者の隙間を縫っていく。

小さな隙間でも強引に押し通れるように、姿勢を限界まで低くして獣のように疾走する。

そこまでしても、肌を切り裂かれ服を掴まれ噛み付かれるが、その程度で怯んでいる暇は無い。

「……ッ!」

バールを持って振り下ろしてくる死者。

迷わず左腕で受けて、右手を腹部に叩き込んでから休むことなく走った。この状況からか、心臓はせわしなく鼓動して身体じゅうから汗が流れ出す。

思考にもだんだんと霧がかかっていき、それは視界にもあらわれる。

筋肉が悲鳴をあげ、死者の繰り出す一撃一撃が骨を軋ませていくのを感じながらも、上終は決して足を止めない。

それは全てを投げ出して彼らの幻想を護り抜くと決めたから。

それは彼らの尊厳を踏みにじったパラケルススを打倒すると決めたから。

敗けるわけにはいかない。

命と引き換えにでも、パラケルススの顔面を殴り飛ばしてやらなければ気がすまない。ヤツを倒すことこそが、この町の住人への餞だ。

――前方から、何かが激突したような音が鳴り響いた。

よく聴くとそれは前方のみならず、ほぼ全方向から連続している。

「……パラケルスス。お前は、どこまでッ!!!」

車。

死者の波を掻き分け全力疾走する車が、四方向から突撃してきている。

突き飛ばしていく死者の血を巻き上げ、車体を赤黒く血塗らしていく鉄塊は、すぐそこに迫っていた。

避けきれない。

どう移動しても直撃する。

残された少ない時間では、どうやっても状況を打開する方法は思いつかない。

ならば、することは一つだ。

「――!!」

ただ歯を食いしばって衝撃に備える。

両腕で頭をかばい、目蓋を閉ざした。

(まだだ。俺は――)

パラケルススを倒してはいない!!!

直後。

高速の鉄塊が上終をはじき飛ばした。

血肉が叩き潰され、骨が折れる音が響く。

身体は宙に放り出され、ボールか何かのように病院の自動ドアのガラスに激突して、院内まで叩き込まれる。

「があッ……はあっ……!!」

呼吸が上手くいかない。

視界がちかちかして意識が奪われる。

許容外の痛みがだんだんと戻ってきて、口の端から血が溢れて全身から痺れていた。

腕は健在のようだが、肋骨を叩き潰された。おまけに肋骨が肺を傷つけたのか、吸って吐く動作だけで堪えがたい激痛が迸る。

だが、のたうちまわっている隙は無く、追い討ちをかけるように新しい車が突っ込んできていることを確認した。

脚と腕でどうにかして受け付けの向こうへ滑り込み、荒い息を必死に整えようとする。

(上階に……逃げれば………)

少しは落ち着いた呼吸と思考を駆使して、激痛が苛む身体にムチ打って階段までの道を跳ぶように走った。

一歩踏み込むごとに突き刺すような痛みが発生し、脚にもダメージを受けていたことを思い知る。

それを嘆いていても始まらない。

早くもボロボロの身体を引きずって、病院の屋上を目指す。高台から見渡せば、自ずと教会の位置も知れると踏んでのことだ。

「……ぐうっ!?」

膝が折れて身体が沈み込む。

ここに来てゾンビの群れを突破してきた疲労がのしかかってきた。朦朧とする意識を繋ぎ止めるかのように、頬をはたいて軽い痛みで自我を保つ。

上へ上へと壁にもたれかかりながら、ひたすら屋上までの道を進んでいく。

そんな時、足首になにか柔らかい感触が伝わる。

白い靴下を引っ張るとても小さな力。

もう何がやってきても驚きはしない。

覚悟を決めて足元に視線を移せば――――

「な………っ」

――――そこには、産まれたばかりの赤ん坊がいた。

自我を持たず親に保護され縋り付くしかない、惰弱な存在。だからこそ、成熟した人間には可愛く映るし、そこから学ぶことだってある。

そんな。

まだ親と話したことすらない赤ん坊が。

町中のゾンビのように血を垂れ流し、誰よりも小さな肉体で這いずり寄ってきていた。

別に助けを求めているわけじゃない。

上終に近づいたのは他のゾンビと同じく、攻撃するためにここに来たのだ。

誰とも知れぬその赤ん坊は、歯も生え揃っていない口で噛み付き、あまりに弱々しく拳を振るっている。

ただその光景を見て、上終の目元から一筋の涙がこぼれ落ちた。

赤ん坊への哀れみ。

それもあるだろう。

パラケルススへの怒り。

それもあるだろう。

自分自身との共感。

…………それも、あるだろう。

この赤ん坊は以前の上終と同じだ。

何もわからぬままさまよい、目の前に提示された使命に飛びつく愚か者。

徹底的に搾取される絶対弱者。

親の顔だってまだ記憶していないだろうし、親の声だってまだまだ聴き足りないだろう。

上終には心の奥底で親を求める感情があったはずだ。何も知らずに、突然何かから弾き出されたように産まれて、救いたいと願った少女のために戦った。

けれど、この子にはそれすらない。

自分の感情に従うまま行動することもできず、かけがえのない親にさえ存分に甘えることもできなかった。

なんて理不尽。

なんて不条理。

なんて不道理。

だから、何よりも熱く激しく燃え上がるのは、赤ん坊への哀れみでも、パラケルススへの怒りでも、自分自身との共感でもない。

この世界に巻き起こる絶対的圧倒的究極的不条理への果てしない怒り―――!!!

「パラケルスス……俺とお前は絶対に分かり合えない。どっちが正しいかの解答なんて決まっている……!!」

体重を掛けて身体を押し付けるようにして、屋上への両開きの扉を開け放つ。

脚を引きずり、落下防止の柵まで近寄って町全体を見渡す。美しいこの町も、全てパラケルススによって地獄へと変貌させられた。

そして思いの外早く、教会は見つかることとなる。ここから一軒挟んだ先のところに、大理石製の教会は厳かに佇んでいた。

それと同時に、教会近くのスピーカーから音が鳴る。

『もう満身創痍ってヤツ? ああ、君はこの前もそうだったね、失礼失礼。そろそろつまんないからさぁ~ボクのとっておきってのと戦ってみなよ。中ボス戦さ』

パラケルスス。

彼はフラメルやサンジェルマンと同じように、錬金術における至高の物質『賢者の石』を創成したことで知られる。魔術の四大元素に対応する四大精霊の論も講じ、彼自身が創り出した短剣……『アゾット剣』に悪魔を住まわせているという伝承も残っているほどだ。

錬金術と魔術。

この両方に秀でた彼に語り継がれるもうひとつのエピソードは、ホムンクルスの精製である。

パラケルススの著作によれば、人の精液を用いた特殊な方法でフラスコ内に限り生き延びることのできる小さな生命体を創り出すことができるとされている。

『名づけて、「Mixture/ver.ANGEL」―――「ダアト」の共有体としての特権を使って、天使の力を複数詰め込んだ試作品だ。そのせいで、個々の力は弱くなっちゃったけどね。賢者の石で肉体を与えるのも大変だったんだぜ?』

『生命の樹』においてダアトとは知識であり、他のすべてのセフィラの共有体とされている。おそらく、パラケルススの『生命の樹』としての能力は、他の幹部の力を扱えるといったところだろう。

音も無く、それは現れる。

上終の背後に磨かれた白磁器のような、つるりとした表面をもつ生命体が降り立った。

目と鼻や口はロウで固められたかのように白くなっており、一対の光の翼と頭上に輝く光輪が天使の威容を見せつけている。

『じゃ、がんばれ』

通信が絶たれた。

相対するのは上終と虚像の天使。

開いていた五指が集まり形作るのは拳。

「正しいのは、俺だ」

直後のことだった。

轟!!!と空気を破断しながら、天使の翼が振り下ろされる。

いつもの上終なら、ここで切断されていた。

既に回避行動に入っていた上終には掠りもせず、たったの数歩だが間合いを詰められる。

―――彼らの全てを無駄にしない。

全部、目に焼き付けてきた。

全部、身体で体験した。

全部、全力で戦った。

上終はここまでの道で遭遇したゾンビの攻撃を学び取り、経験値としてきた。一挙一動に目を配り、攻撃の際の微細な動きから軌道まで全ての叩きこんできたのだ。

そこから製作したのは、あらゆる攻撃の対処パターン。

上終には常人離れした反応速度は無く、また前兆の予知なんてのもできない。だから組み上げる。

自分だけの戦闘論理を。

幸いにも天使のように翼を扱う敵なら、間近で見たことはあった。

あとはその戦闘論理に翼を扱うという項目を加えておけば、今までの戦い……それこそ、ティファレトとの戦いからの経験を活かすことができる。

振り下ろした片方の翼を戻す隙を埋めるように、もう片方の翼が上終の胴を薙ぐために一閃。

即座に右手で対処し、一歩ずつ天使へ近づいていく。

翼による攻撃では埒が明かないと判断した天使は、両手に光り輝く剣を顕現させた。アレに斬られれば人体などひとたまりもなく、焼き切られてしまうだろう。

――読み切る。

遠距離が通じないのなら、身体能力と手数に物を言わせた接近戦を行う腹積もりか。

脚に号令をかけ、急加速を行う。

突進してくる天使は上終のいきなりの急加速に対応できず、右手をすんでのところで躱して距離を取る。

上終は様子見などという策を選んでいる場合ではなく、短期決戦を望んで天使に追随した。

戦闘論理はあくまで通常の人間を相手として想定したモノであり『人間以上の身体能力』、『虚を突いた攻撃』、『右手の許容外の攻撃』に弱い。

さらに、相手が上終以上の戦闘論理――格闘経験があるのなら、たちまち不利に追いやられるだろう。

故に短期決戦。

一瞬で勝敗を決する賭けの攻勢。

だがしかし。

この天使はホムンクルス。産まれながらにして、ありとあらゆる知識を保有している生命体。

『敵のリーチは拳の先まで。距離を取って攻撃すればいつかは倒せる』。

計らずして、両者が望む展開は正反対になった。

「……くっ!!」

振り下ろされた二枚の刃。

左に飛びつつ、直撃するであろう刃を右手で受け止めて、完全に停止させる。

先に振り下ろされていた純白の刃が、僅かに光り輝いて膨張したかと思えば、一気に炸裂した。

右手は対応できない。

爆発の直撃をくらった上終の身体は、滑るように横っ飛びして隣のビルの屋上に叩きつけられた。

「がっ!?」

背中に響く鈍い痛み。

飛来してくる天使は、迷いなく純白のギロチンを落とす。

無様だが横に転んで回避する。純白のギロチンは、ビルの中腹辺りまで斬り裂くとまた元に戻った。

上終は金属製の柵をボクシングのリングロープのようにしてもたれかかる。

―――それは、ほんの一瞬。

上終の脚が度重なる疲労と車との衝突で負ったダメージから、ほんの少しだけ傾いた。

これを見逃す天使ではない。

持ち前の人間を凌駕した身体能力で以って、瞬きほどの一瞬のうちに距離を詰める。

眼前に迫っていたのは、あまりにも無機質な陶磁器のような肌をした天使の顔。そしてそれに反応する間もなく腹部を拳で圧搾された。

ごぼ、と体内から血が這い上がってくる。

意識が飛びかけたところをまた新たな拳撃が上終を襲い、目にも止まらぬ神速の連打を全身に打ち込んだ。

そこからは筆舌に尽くしがたい光景だった。

戦いとはいえない未曾有の虐殺。

全身にまんべんなく打撃を打ち込まれた上終は、虫の息で地面に転がされる。

敗北。

完全なる敗北。

天使はボロ雑巾のように打ち捨てられた上終に手を伸ばし――――

「ようやく……捕まえた…………!!!」

――――手首を掴み返される。

天使は上終が気絶したフリを取っていたことに気づき、手を引っ込めようとするがもう遅い。

天地繋ぎ(ヘヴンズティアー)』「……まだだ」

これで止めても、範囲外になれば天使は復活する。この天使はどうあってもここで打倒しなければならないのだ。

そのためには身体を破壊し尽くさなければならないが………予想に反して、天使は光の粒子となって消えていく。

散っていく光の粒子に紛れて、手の平ほどの小さな物体が地面に落ちた。

それは生き物だ。

トカゲのような胴体に、赤ん坊のような頭部がくっついた異形の生命体。フラスコの中でしか生きられない生命体が、天使の身体を操縦するには負担があまりにも大き過ぎたのだろう。

『天地繋ぎ』がトリガーとなって、身体を構成していた天使の力(テレズマ)が霧散したのだ。

「お前も……俺と同じ、か」

苦しそうに呻くホムンクルスを、両手で包み込む。何もしてやれることはないが、その死を、生きた証を看取ることはできる。

すると、ホムンクルスは目を伏せてあっさりとあの世へ旅立った。

上終の両手に残るのは、どうしてか軽くなってしまったホムンクルスの亡骸。しっかりと彼を埋葬するために、いまだけ黒服の内ポケットに眠っていてもらう。

これで、パラケルススを倒せば決着がつく。

あとは教会へ向かうだけだ。

 

 

「……………パラケルスス」

教会の扉を開ける。

そこにいたのは、装飾の入った白いローブを着込んだ少年だった。彼は右手に短剣を、左手に古ぼけた巻き物を持っていた。

パラケルススは見るも無様な上終の姿に、笑顔を浮かべる。

「よく来たじゃないか。気分はどう? ボクのホムンクルスは強かっただろう? あそこで気絶してたほうが楽だったんじゃない?」

聴く価値もない戯言だと判断し、一直線にパラケルススへと進んでいく。

「怒ってる? 当然だよなぁ? お前みたいな偽善者には一番頭にくる出来事だろ?」

耳を貸さない。

眼だけは少年を見据えて、力強く歩く。

そんな上終を見て、パラケルススは右手の短剣――アゾット剣に力を込めた。

「教えてやるよ、魔術師ってヤツを」

ミシィ!!と右の拳が鳴る。

アゾット剣の切っ先が上終を向く。

後顧の憂いは断ち切った。上終は自分のなかの撃鉄を勢い良く振り落とし、一つの弾丸となって駆ける!!!

――時にアゾット剣には悪魔が宿るとされている。しかし、パラケルススは短剣の柄に賢者の石を仕込み、それで奇跡を成していた。

賢者の石とは卑金属を黄金に変える。つまり、不可能を可能とする伝説の物質。それを全力で稼働させれば、悪魔のような出来事も再現できるだろう。

真っ赤な血の色をした魔力がアゾット剣に集まり、切っ先より穿ち貫く光線が発射される。

一点に集中したことで、上終の『天地繋ぎ』すら凌駕するであろう威力を秘めた光線は、いとも簡単に弾かれた。

下から掬い上げるように手の甲を当てることで、光線の軌道を逸らしたのだ。

「くっ……!!」

思わず歯噛みする。

この間にも上終は詰め寄っていて、思考する時間すらもどかしい。

続けざまに三度光線を放つが、二つを躱され一つの軌道を捻じ曲げられる。

いくら数を増やそうがそれは同じこと。狙いをつける時間を利用されてひとつずつ避けられていく。

(何故だ! 何故当たらない!!?)

困惑するパラケルスス。

どんなに強い攻撃でも、当たらなければ意味がない。

「……………どうした、パラケルスス」

血まみれの顔で見据えられる。

相手は今にも死にそうだというのに、押しきれていないこの状況。そして、上終がすぐそこまで迫ってきていた。

「ナメるなァァァアアアアアア!!!」

アゾット剣の刀身をなぞるように、真っ赤な魔力で編みあげられた巨大な剣が創り出される。

それを横に一閃するが、あっけなく上終に止められ、呆然とした意識で上を見上げた。

「はっ……!!」

上終 神理。

完全に距離を詰められた。

「お前が、俺に……俺たちに勝てるはずがないんだ」

ドゴォ!!!と、パラケルススの顔面で痛覚が炸裂した。ぐらつく彼の横腹に捻りを加えた左拳が突き刺さる。

「ごっ……がああぁああああぁっ!?」

レバーブロー。

肝臓に限らず、臓器の付近には神経の束が密集している。そこに衝撃を加えればたちまち神経の伝達に障害が起き、呼吸困難が引き起こされる。

大口を開けて呼吸しながら、パラケルススは後ろへ下がった。

「他人を利用して、自分だけのうのうと引きこもってるお前には、戦闘経験が足りない……!!これがお前の悪行のツケだ! パラケルスス!!!!」

渾身の右ストレートがパラケルススの顔面の真ん中に命中する。鼻が折れ、血に溺れる彼に反撃する術は残されていない。

巻き物とアゾット剣が手中から滑り落ち、教会の床に転がった。

最後に右の拳が頬に突き刺さり、壁に頭を押し付けられる。手を後ろに回され、抵抗を失わされる。

「はあっ!はあっ!か、上終……!!!」

「……一つ、交渉をしよう」

後ろに回され、折り曲げられた腕に力が加えられる。関節とは逆方向に力を入れれば、折ることだってできるだろう。

「お前はこの町の人々を元に戻すことができるか?」

「………戻せってことか!? ふざけるなよ偽善者が―――」

べキィ!!とパラケルススの関節が痛々しい音を鳴り響かせた。

曲がってはいけない方向に彼の左腕が折れ曲がり、今度は右腕を掴みあげられる。

「『できる』と受け取るぞ。……魔術に使うだろうから、この右腕は折りたくないんだが」

「………ぐ、く」

それでもなお、逡巡するパラケルススに、上終は囁く。

「……俺の右手をお前の口のなかに突っ込んで、力を使えばどうなると思う?」

血が沸騰していた。

頭が暴走して熱を持っている。

これはあくまで脅しだ。

パラケルススを殺してしまえば、『死』に逃げ込まれてしまうことになる。死よりも苦しい生を体感させるために。

「…………………………!!!!!!!!」

最高の錬金術師。

彼が賢者の石を求めたのは、寿命という呪縛から逃れるためだ。

その才能で以って若輩ながら賢者の石を錬成し、永遠の命を手に入れた。

死が怖かった。

全て(じんせい)をゼロにしてしまう死を憎んだ。

だから、不老不死を追い求めたのだ。

そのためには神であろうと利用する、邪悪な精神を携えて。

それが、殺される。

あっけなく殺される。

憎んだ偽善者に殺される。

………パラケルススは道を間違えた。

彼がもし不老不死への妄執に囚われていなければ、本当の偉人として歴史に名を残しただろう。

「………戻す、だから、殺すな」

同時に、上終の束縛から解放される。

賢者の石が仕込まれたアゾット剣まで這い寄り、死者の書を斬り裂いて、現世に縛り付けられた魂を一旦解き放つ。

そこから、賢者の石の力で町全体の人間を生き返らせる。元々、死者の書で不当に利用された魂だ。

健全な肉体があれば、魂はそこに戻っていく。

証拠として、外の人々の身体は元に戻り、正常に起き上がり始めた。

「これで……もう、いいだろ………?」

「ああ」

瞬間、右の拳がパラケルススの顎を打ち抜き、昏倒させる。

「勝った……が」

まだ終わってはいない。

陽炎の城へ向かわなければいけない。

なのに、意識は朦朧として横倒しになる。

そして最後に聴こえた声は、

「小僧、よくやったぞ」

どこか聴き慣れた人のモノだった。

 




上終くんがボロボロになると嬉しい。
次回は陽炎の城です。

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