二人のリボンは姉妹の印~騙されてアイドル活動~   作:霞身

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大変長らくお待たせいたしました。
やっと本番です。
そして今回から本格的に不定期更新のタグを付けさせていただきます。


第七話:輝いてオンステージ。

 オーディションに受かったからといって、やることは普段と変わらない。

 学校に行って、終わったら事務所に行ってレッスン、帰ったら寝て学校へ。

 正直レッスンへ行く時間が苦痛でしかないが、それは仕方ないだろう、最近はレッスンも楽しくなってきたし、初仕事ということでやる気は十分に漲っている。

 それは真さんも響さんも同じみたいで、最近のレッスンは特に実りが多い。

 お互いに気付いたことや改善出来そうなことを口にして、トレーナーさんと一緒に話を詰めて俺たちのレベルはぐんぐんと上昇していた。

 テレビなどで他のアイドルを見ても「あ、これくらいならできるかも」と思うようなことも増えてきた。

 今ではもうレッスンで新たに指摘される部分はほとんどなく、ただ本番までの調整をしている状態だった。

 

「はい、今日のレッスンは終了!このあと残りたい子はいる?」

 

 そんなしょうもないことを考えている間に気付けばレッスンの時間は終わりを告げる。

 まだまだ体力には余裕があるけど、本番まであと一週間、ここで無理をしたところで、いいことはないだろう。

 他の二人についても、特別練習がしたいというわけでもなさそうだ。

 

「特には居ないみたいね、それじゃあ今日はこれで解散」

 

 俺たち以外のレッスンに来てたメンバーも居残りはしないみたいで、それを確認したトレーナーさんは、レッスンルームから出て行った。

 俺もちゃんと体ほぐしておかないとな。

 

「夏美ちゃん、しばらく見ない間にダンス、とっても上手くなったわね~」

 

 柔軟していると、あずささんがいつものように優しそうな笑顔で声をかけてきた。

 

「いやぁ、運動だけは得意ですから、ダンスならどんとこいって感じですよ」

「羨ましいわ、私、どうしてもダンスって苦手で……」

 

 まあ、それは言われなくてもなんとなくわかる。

 いつものんびりとしていて、俊敏に動いている姿を想像するのは難しいし、なんというか、ダンスをするには邪魔そうな重りがついているわけで。

 ただ、人には欠点があれば長所があるように、あずささんはダンスは苦手だが、グラビア映えするし、歌声も非常に綺麗だ。

 おかしい、欠点がひとつに対して長所が二つとか不公平すぎだろ。

 

「でもあずささん歌すごい上手じゃないですか、今度CDを出すんでしょう?」

「ええ、ありがたいことに、ただその関係でどうしてもボーカル練習ばっかりになっちゃって、運動していないわけじゃないんだけど、どうしてもお腹周りが気になっちゃって……」

「そんな気にするほどじゃないですよ、というか俺の方が重いんですから」

 

 うん、そうなのよ。

 最近事務所のホームページに掲載するプロフィールに載せるために身長体重スリーサイズを測ったんだが、やっぱりあずささんより……というかうちの事務所で一番重かったのよ。

 年齢では下から2番目タイなのに……

 いや、それほど気にしてはいないけどね、身長もいつの間にか170に到達しそうだし。

 

「うーん、でもやっぱり、水着のグラビアとか撮るとき気になっちゃって……こうやって前かがみの姿勢とか撮るときに……」

 

 そう言って前かがみになるあずささん。

 いや、このサイズはおかしいだろう、どうやったらこんなふうに成長するんだこの人の胸は。

 なんか、どたぷーんとかいう擬音が聞こえそうなくらい揺れてる、意識男でも体が女なのが理由なのか、なんというか、言葉にしにくい嫉妬心のようなものを感じる。

 なんか、あずささんの向こうで千早さんすごい顔になってるじゃん、この世の胸すべてを呪うような顔になっちゃってるじゃん。

 

「いや、あずささんはそのままでいいと思いますよ、そのままの方が魅力的ですって」

 

 というか、それ以上大きくならないでください、精神衛生的な問題で。

 それとは関係なしに、無理をしなくてもあずささんはそのままで十分魅力的なのだから、変わる必要も感じないのだけども、やっぱり本人はそう感じないのかね。

 

「そうかしら、なんだか夏美ちゃんにそう言ってもらえると嬉しいわ」

「無理して綺麗になっても、どこかできっと限界が来るんですから、ありのままが一番綺麗だと思いますよ」

「うふふ、ありがとう夏美ちゃん」

 

 のんびりと手足を伸ばしてクールダウンを終えれば、あとは帰るだけだ。

 さて、今日は居残りもしないしどうしようか。

 

「夏美ちゃん、今日この後時間あるかしら」

「はい、ありますけど」

「それじゃあ、よかったら一緒にお出掛けしましょう、ほら、私たちって、まだあんまりお話ししたことなかったでしょう?」

 

 そう言えば、あずささんとはまだあまり話したことはなかったな。

 だいたい亜美真美とか美希とか、中学生組とつるんでいる事が多いし、それ以外の時は真さんや響さんと一緒にいることが多い。

 あとは貴音さんともあまり話したことはないが……正直あの人は苦手だ、なに考えてるのかよく分からないし、何を話せば話が続くのか思い付かない。

 まあ、それはおいておいて、同じ事務所の仲間だし、交流をもつのは決して悪くない、それに何より、あずささんとは以前から話してみたかった。

 

「そうですね、それじゃあどこ行きましょうか」

「それじゃあ、あそこ、最近できたショッピングモール行ってみましょう、まだ行けたことがなくって」

 

 ふむ、そう言えば駅前に新しいショッピングモールが出来てたっけか。

 確かにCDを出すとなれば、レッスンも多くなってそういったところに遊びに行く時間もできないわな。

 

「じゃあ、着替えて早速いきましょうか」

「そうね」

 

 

 

 

 その日、俺は久々に冒険というものをしたような気がする。

 

「あら、あのおばあさんなかなか渡れないのかしら」

「あずささん?!」

 

「あら~、あんなところに猫ちゃんが」

「ちょ、そっちは反対ですよ?!」

 

「あずささん?!今どこにいるんですか?!」

『えっと……車がいっぱい走ってて……『Excuse me?』あら~?』

「ちょっと待ってください、そこマジでどこですか?!」

 

 困ってる人を見ると助けるために移動する、自分が興味を引かれるとふらふらっとそっちへ向かう、ちょっと目を離した隙に気づいたらとなりにいないなどなど。

 そうか、まだ行けたことがないってそう言う意味だったか……

 

「ごめんなさいね夏美ちゃん、私ってすごい方向音痴で……」

「いえ、割と近くにいましたから、大丈夫ですよ」

 

 抜群のプロポーションで歌もうまくてダンスが苦手なだけとか言ってたけど、とんでもない欠点を隠し持っていたわこの人。

 というか、どうやって事務所に来て家に帰ってるんだろう、短大もどうやって卒業したのやら。

 ひとまず、どうにかショッピングモールに着いた俺たちは、というか俺はどうにもお腹が空いてしまったので、軽く食事をとることにした。

 手軽でいいよね、ハンバーガー。

 

「いやー、どうにもお腹がすいちゃって」

「いいのよ、私も少し休憩したかったから」

 

 確かに結構な距離を歩いたからなぁ、事務所からそんなに離れてないと思うんだけど。

 とりあえず俺はハンバーガーを一つとドリンク、あずささんはダイエットというわけではないが、一応の食事制限ということでドリンクだけ注文して席に着く。

 そのうち有名になったらこんな気軽にハンバーガー店にも入れなくなるのだろうか、それは不便だなぁ。

 

「あら、夏美ちゃん、口元が汚れてるわよ」

「え、どこですか?」

 

 ここのハンバーガーって、美味しいのはいいんだが、挟んである具材とかソースの量がすごいから、うっかり包み紙から出して食べると悲惨なことになるのが辛い。

 そうじゃなくても、こうしてソースで汚れたりしてしまう。

 

「まってね、今拭いてあげるから」

「え、いやいいですよ、自分で……」

 

 断ろうかとも思ったけど、あずささんが何かを期待している感じだし、されるがままになろうか。

 あずささんは、テーブルに置かれていた紙ナプキンを手にとって、俺の口元を拭いてくれる。

 なんというか、この年になると恥ずかしいな。

 

「ごめんなさいね、私って一人っ子だったから、こういうことしてみたくって」

「いや、別にいいんですよ」

 

 まあ、俺自身小学校の時は男子と駆け回って遊んで、泥だらけになって帰ってくるとよく姉さんにこうして顔拭いてもらってたしな、慣れたものよ、それもどうかと思うが。

 

「でもあずささんって一人っ子だったんですね、なんか意外です」

「そうかしら?」

「はい、なんか─方向音痴なことは除きますけど─結構しっかりしてますし、お姉さんって感じがするんで、てっきり妹か弟でもいたんだと思ってました」

「あら、ありがとう夏美ちゃん」

 

 あずささんは、なんというか一緒にいて安心できるような、そんな雰囲気を持っているから、いろいろと身を委ねていても安心できる、そんな理想の姉みたいだな、なんて思った。

 もちろん、姉さんも人の話は親身になって聞いてくれるし、世話焼きなところもあって、素晴らしい姉だが、あずささんとはまた違うベクトルだ、どちらかといえば母親みたいな感じがする。

 

「夏美ちゃんは、緊張とかない?」

「緊張ですか……まだよくわかんないです、ただ、すごく楽しみです、まさか自分がアイドルなんて考えたこともなかったけど、こうやって真さんたちと一緒にレッスンして、オーディションに合格して、トントン拍子にいろいろと進むと、どこまでやれるのか試してみたくて、今はすごい楽しいです」

「そうなのね、私はほら、もう20歳で今更アイドルなんてしているから、少し怖いのだけど、でもそうね、そう思うと私も楽しみだわ」

 

 そんなに気にするほどだろうか、元々20歳以上のアイドルなんてかなりいたと思うが……

 でも確かに、短大を卒業したのなら、そのまま安定した仕事に就くことだって出来たはずなのに、こうしてアイドルなんてしているのなら、そりゃ心配にもなるだろうか。

 

「大丈夫ですよあずささん、あずささんはすごい綺麗なんですから、すぐに世間に認められてトップアイドルの仲間入りですよ」

「うふふ、ありがとう夏美ちゃん、それじゃあお買い物行きましょうか」

「はい」

 

 こうやってあずささんと二人でゆっくり話をしたのは初めてだったが、やっぱり印象と変わらず優しく、包容力のある素晴らしい女性だ。

 その後一緒に、迷子にならぬよう手をつなぎながら買い物に向かい、またしても俺の趣味ではない服を着せられるのだが、それはまた別の話。

 

 

 

 

「「「今日はよろしくお願いします!」」」

 

 今日は本番間近のリハーサル、俺達は初めてライブ会場、ハコへと来ていた。

 そこではライブの準備のためにスタッフさん達が忙しそうに駆け回っている。

 これが全て、今回ステージに上がるアイドルと、そしてバックダンサーである俺達の為になされていると思うと、さすがに重い責任を感じる。

 

「はいよろしく、今音響やってるから、それ終わったら出入りと立ち位置、あと照明一緒にやって、それ終わったら通しやるから、準備しとけ」

「「「はい!」」」

 

 俺達は下手(観客席から見て左手)からステージへと上がり、照明が落ちている間は待機、そして主役の登場と同時にBGMが流れてきたらダンスを始める予定だ。

 そして曲が終わったら再び下手から退場して、俺達の仕事は終わりだ。

 ちなみに主役のアイドル達は下からポップアップ(よくライブで使われる勢いよくせり上がる床)でかっこよく登場する、正直羨ましいが、そのうち使う機会も来ると信じよう。

 とまあ、登場などの確認自体はそれほどすることはないため、すぐに終わった。

 照明の確認もその後すぐに終わり、少し休憩が入って通しのリハーサルが始まる。

 

「ウルザードさん入りまーす!」

 

 どうやら、主役のご到着みたいだ。

 ステージにやって来たこのライブの主役、Dランクアイドルであり、ダンス、ヴィジュアル、ボーカルで分けるとすれば、ダンスを重視した俺達の先輩アイドルだ。

 

「「「今日はよろしくお願いしまーす」」」

 

 彼女たちは、リハですら軽く緊張している俺達と違って、堂々としていて、自分に自信を持っているのが良くわかった。

 今まで失敗が無かったということは、有り得ないだろうが、それでもこれまで幾多ものライブや、イベントを成功させてきたという自信、自分達のファン達からの期待に応えようという意気込み、全て俺達にはない、プロとしての風格を纏っていた。

 

「貴方達が、今回のバックダンサー?」

「はい!色々勉強させてもらいます!」

 

 俺達を代表してリーダーの真さんが挨拶をする。

 ひとまず、俺達に対して悪い印象を持っていないどころか、好意的な視線すら感じることは、一安心か。

 

「オーディションの映像見たわよ、すごいじゃない、あんなピッタリ全員合わせてバック宙なんて、悔しいけど、私達なんてすぐに追い抜かれちゃうでしょうね」

「いやいや、そんなこと無いですよ!ボク達はまだまだデビューもしてないし……ステージに立つのも初めてだから、失敗しないか心配です」

「大丈夫大丈夫、バックダンサーの失敗まで気にするようなコアなファンそんなにいないから、気楽にやっちゃって」

 

 そう言うものなのだろうか?

 俺達としては、先輩のライブを失敗させられないというプレッシャーをそこそこ感じてるんだが。

 

「ま、私たちの胸を借りるつもりで思いっきりやっちゃいなさい」

「通し始めますんで、準備お願いします!」

 

 どうやら、そろそろ覚悟を決めなきゃいけないみたいだ。

 

「「「はい!」」」

 

 リハはともかく、本番成功するかは神のみぞ知る、賽は投げられた、とりあえずやるだけやってみようかね。

 

 

 

 

「……真的にはどうだった?」

「全然ダメダメだった……」

「だよなぁ……まだリハーサルだっていうのに、ガチガチに緊張しちゃって、変なミスいっぱいしちゃったぞ……」

 

 まあ、結果だけ言えば、リハーサルは散々だった。

 観客も居ないっていうのに、変に緊張してしまって、ステップ間違い、転倒、タイミングがずれる、etc.etc.……

 かく言う俺も、二、三ヶ所間違いをした。

 緊張しにくいと、自分では思っていたけれど、その実なんだかんだ俺も人並みに緊張していたというわけだ。

 本番まであとそれほど時間はない、次の本番は一発勝負で失敗はできず、そしてさらに観客が居て、余計に緊張するだろうな。

 

「本番、これで大丈夫かな……」

 

 いつも元気印の響さんですらこの弱気、俺も正直今回でかなりこたえた。

 

「どうにか、大丈夫にするしかないだろうな……」

「そりゃ、わかってるけどさ」

 

 正直な所、解決策が何も思い付かない。

 そりゃ、俗説的な、手に人を書いて人を飲み込むだとか、観客を自分の好きな物だと思い込むだとか、そう言った手は思い付くが、そんなことで治るほど、俺達の緊張は柔じゃないだろう。

 ひとまず今日はもう帰って寝よう、色々としんどかった。

 二人も同じような意見なのか、今日は自主練習は無しで解散となった。

 

 

 

 

 今日の分のレッスンを終えて家で待っていると、どうやら夏美が帰ってきたみたい。

 

「お帰り夏美!リハーサルどうだった?」

「いやもう、ボロボロだった」

 

 うわぁ、夏美でも緊張しちゃうなんて、私大丈夫かな……

 それに、夏美ってなんだかんだ今まで失敗らしい失敗ってほとんどしたこと無いから、結構凹んじゃってるみたい。

 いつも通り振る舞ってるみたいに見えるけど、やっぱりショックなのか、いつもより元気がない。

 うーん、やっぱり夏美は、いつもみたいに元気すぎて困るくらいの方が、夏美らしくていいと思うんだけど、どうしたら元気になってくれるかな。

 

「いやー、正直手の打ちようが無いわ、笑えん」

 

 これは、かなり重症みたい。

 うぅ……付いていってあげたいけど、本番の日は私も街頭でキャンペーンガールの初仕事があるし……

 そうだ、じゃあこうしよう!

 

「夏美!本番には私も連れていって!」

「はぁ?姉さんはその日仕事だろ?そんな無茶な」

「大丈夫だよ、これ、持っていって欲しいだけだから」

 

 私は、自分の髪に結んでいたリボンを片方ほどいて、夏美に手渡す。

 私自身は行けないけど、せめてこれだけでも持っていってほしかった。

 

「いいのか?これお気に入りだろ?」

「いいのいいの、他にリボンはあるし、代わりに絶対成功させてきてね!」

「……そこまで言われちゃ、やるっきゃ無いよな」

 

 そう言って、夏美はやっといつもの夏美みたいに男の子っぽい笑い方に戻った。

 うん、これなら大丈夫そう!

 

「絶対成功させてくるから、楽しみに待っててくれ、姉さん」

「うん、頑張ってね、夏美!」

 

 

 

 

 ついに迎えた本番、つい先日、苦い思い出ができたばかりのその舞台に俺達は戻ってきた。

 

「真も響も顔色悪いけど、ちゃんと朝御飯食べてきた?」

 

 律子さんの言うように、真さんも響さんも、ちょっと体調が悪そうな顔色をしている。

 まあ、俺も姉さんに励まされなきゃ、似たようなものだったかもしれないが。

 本当に、姉さんには頭が上がらないな。

 

「全然食べられなかったぞ……」

「ボクも、一応ちょっとは食べてきたけど……」

 

 俺だけ体調が良くたってどうしようもない、食事はともかく、最低限、二人の緊張をどうにかしなきゃならないか。

 

「その点、夏美は準備万端って感じね」

「なんで夏美はそんな平気そうにしていられるんだ?この前は自分達と一緒でガチガチに緊張してたのに」

「今日は、姉さんも一緒だからな」

 

 ポケットから姉さんから借りた赤いリボンを取り出して、普段付けてる山吹色のリボンの代わりに髪を縛る。

 うん、なんとなく、いつにもまして気合いが入る。

 ほどいたリボンだが、もうどうするか決めていた。

 

「響さん、これ使ってくれないか?」

「夏美のリボン、いいのか?」

「いいよ、誰かと繋がってるって言うのは、すごく安心できるからさ」

 

 俺は姉さんから勇気を貰った、誰かと交換したもので繋がっているというのは、とにかく心強いものだって言うのを、理解した。

 だから、響さんには、俺のリボンを使ってほしかった。

 

「ありがとう夏美、それじゃあ、このリボンは真!真が使ってくれ!」

「ありがとう響、でもボクは髪短いからしばれないしなぁ……」

「大丈夫、自分のリボンは大きいからこうやって、手首に巻いて……よし、できたぞ!」

 

 真さんが手首に付けていたリストバンドの代わりに、さっきまで響さんが髪を結うのに使っていたリボンを巻く。

 そして、真さんが使っていたリストバンドは、俺に差し出される。

 

「それじゃあ夏美、これは夏美が」

「確かに受け取った」

 

 俺の手首には真さんの体温が残るリストバンドが巻かれる。

 姉さんのリボンと、真さんのリストバンドを使った俺、俺のリボンで髪を結った響さん、そして響さんのリボンを手首に巻いた真さん。

 やったのは、所詮は装飾品の交換だけだが、でもそこに確かに俺達の絆があるような気がした。

 

「くぅーっ、なんだか気合い入ってきたなー!」

「自分も!今ならなんでもできる気がするぞ!」

「よっしゃー!それじゃあ本番頑張っていこうぜ!」

「うん、そうだね!それじゃあ行くよ、765プロ、ファイトー!」

「「「おーっ!」」」

 

 今までにない充実感、気力十分、元気溌剌、今なら何も怖いもの無しだ。

 

 

 

 

 ついに、ライブが始まる。

 ついさっきまで青い顔をしていたのが嘘のように、三人とも生き生きとした表情で出番を待っている。

 あの子達の出番は、ライブの一曲目、ファン達のテンションをあげるための重要なポイントだ。

 この前の様子を見たときは、正直まだ荷が重かったかと思ったけれど、どうやら、それも過ぎた心配だったらしい。

 ステージの照明が落ち、三人が手を繋いでステージへと上がっていく。

 きっと見るまでもなくわかる、このステージは、今までで一番の出来のダンスができると。

 三人が位置につき、ついに準備は完了した。

 曲のイントロが始まると同時に三人はステップを刻んでいく。

 幾度も幾度も練習をしたステップだ、あれだけ集中できている状態で、失敗するわけもない。

 歌いはじめと同時にウルザード達がポップアップで登場し、やや絞られていた照明が全開となる。

 観客席から歓声が聞こえてくる。

 私もプロデューサーになる前は幾度も聞いた声。

 それを今、メインではないとはいえ、私が手掛けたアイドル達が浴びている。

 そして彼女達は、初めて浴びる歓声に、臆することなく、むしろ楽しんですら居るように踊っている。

 

「すごい……」

 

 自然と、声が溢れる。

 初めての舞台で、なんて堂々と踊るのだろうか。

 乱れなく、習った通りに、むしろ舞台の上で練度が上がっていく。

 本当に心から楽しくて仕方がないのだろうとわかる。

 ステージの上からの景色が、歓声を浴びることが、何より仲間と共に踊ることが。

 きっとこのステージは、ただの成功以上の意味を持っている。

 彼女達が、このステージの事を忘れない限り、彼女達は際限無く上達していくだろう。

 少しだけ、もう一度だけ、あの上に、立ってみたくなった。

 

 

 

 

 気が付けば、曲は終わっていた。

 曲自体は、5分も無い程度の長さだっただろうか。

 でも、その短い時間が、とても長く感じた。

 たったの5分で、体力を全部使いきったような甘い疲労感。

 今まで感じたことの無い充実感。

 初めて浴びた、今まで自分達の事を知らなかった人達からの歓声。

 真さんや、響さんと繋がっていく感覚。

 でも、いつまでも満足感に浸っている場合ではない、曲が終わったら、MCをやっているうちに舞台袖へ撤収しなくてはならない。

 

『あ、バックダンサーのみんな待った待った、ちょっと残っててね』

 

 撤収しようと移動を始めると、ウルザードの人達に止められた。

 

『この子達ね、今日が初のステージだったの、とてもそうは思えないダンスだったでしょ?』

 

 まさか、MCの中で俺達の紹介をしてくれるだなんて、思ってもみなかった。

 そして、俺達が初めてステージに立ったという事を聞いて、観客達がどよめく。

 どうやら、俺達は思っていた以上に、ずっとうまく踊れていたみたいだ。

 ウルザードの人達は、一人一人俺達を紹介して、一言ずつコメントを貰っていた。

 そして、俺の番になっていた。

 

『この子は、天海夏美ちゃん!こんなおっきいけどまだ中学一年生なんだって!』

 

 はっはっは、うすらでかくて申し訳ない。

 

『それじゃあ、一言もらっていいかな?』

 

 一言、今の気持ちを表すなら、たったの一言、これだけで十分だった。

 

「最ッ高!」

 

 こうして、俺達の初めてのステージは、幕を下ろした。

 

 

 

 

 撤収作業も終わり、ライブも全てのプログラムが恙無く終了した。

今は、その機材の片付けをしているスタッフと、俺達だけが、そこに残っていた。

 

「終わったんだよな?」

 

 ボーッと、響さんがそう呟いた。

 うん、終った。

 まさに完全燃焼だ。

 体力も底をつきて、今はただ、ライブが終ったという感傷に全員が浸っていた。

 

「成功、したんだよね?」

 

 真さんが、確認するように呟く。

 あれで成功じゃないなら、一生かけても成功する気がしないほど、大成功だった。

 

「俺達、やったんだな」

 

 全部終わって、呆然としたまま、理解するために、噛み砕くように呟く。

 

「やった、やったぞ!自分達うまくやったんだ!」

「うん、大成功だよ!」

「やったな!響!真!」

 

 今まで、前世も含めて感じたことの無い充実感に二人と肩を組んで喜ぶ。

 最初はどうなることかと思ったけれど、最終的にうまくいってよかった。

 

「ほら三人とも、喜ぶのもいいけど、そろそろ邪魔になるから私達も撤収するわよ~」

 

 そういう律子さんも、ほっとしたような、そして嬉しそうな顔で笑っている。

 うん、本当に今日のライブは、最高に楽しかった。

 きっと今日は、良く眠れる。

 姉さんにもちゃんと、感謝を伝えないとな。

 

 

 

 

 

 

 

「「「はーい!」」」




次の話し辺りから一気に時間が加速すると思います。
早く原作に追い付きたい。
それではまた次回お会いしましょう。

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